これを魔女の九九というようです

愛の炎よ、澄み渡る方へ向かえよかし

329 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:16:22 ID:Fqa66Dmo0
さざめく波の音が耳をつく。
その騒々しさに心を奪われ、はたと辺りを見渡した。
薄暗がり、グリルから漂う肉の焼ける音、それを邪魔しない程度に匂うカサブランカ。
手元にはワイングラス、行儀のいいウェイターが、うす桃色のワインを注ぎ入れた。
その下にはシルクで出来たクロス、艶やかな布の上にはボーンチャイナが一皿。
バターで風味付けされた鯛が、そっくり返っている。
食べてとねだっているのか、逃げようとして跳ねたところなのか。
オブジェのように固まったそれを、蝋燭の淡い光が暴く。

「食べないのかい?」

テーブルの向こうから、声が聞こえた。
視線を向けると、

(´・ω・`)「食べないと、ポアレが冷めてしまうよ」

彼は、鯛の身にナイフを当てた。
逆立った鱗が、刃にしがみつく。

330 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:17:04 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「どうしたんだい、デレ」

魚は嫌いだったか、と問う彼に、首を横に振る。

ζ( ー *ζ「なんでもないの」

そう、なんでもないの。
今日は四月一日。
わたしの誕生日。
忙しいなか、彼はわたしのために来てくれたのだ。
わたしが会いたいと手紙を出したから、彼は食事に誘ってくれたのだ。
震える手でカトラリーを持つ。
そっとフォークを身に突き立てて、ナイフで切り取り、口へと運ぶ。
仄かな塩気、胡椒の辛さ、バターの風味。
添えられたトマトのソースが、ほどよい酸味と甘さを含んでいてよく合っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「おいしいわ」

(´・ω・`)「それはよかった」

窓へと視線を向け、彼は微笑んだ。

(´・ω・`)「いい景色だろう」

ζ(゚ー゚*ζ「ええ」

延々と続く砂浜、青い海。
その果てはまっすぐ、まっすぐ突き抜けるように。
空と海の境が混ざるようにして、続いている。

331 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:18:02 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「僕も夜景が好きでね」

ζ(゚ー゚*ζ「…………」

ロゼのワインを、口に含む。
酔いが足りないようだった。
頭の片隅で、ざざん、ざざんと波が押し寄せる。

ζ(゚ー゚*ζ「あなたの好きなものをわたしも見せてもらえるなんて」

幸せだ。
砂浜と海は欠落してゆく。
人工的な突起が次々とそれを八つ裂きにしていくからだ。
ちっか、ちっかと赤い明滅。
ヘリコプターや飛行機に高度を知らせる明かりだ。
南国を思わせる海は、あっという間に摩天楼の下へ埋もれていった。

(´・ω・`)「ここでどれほどの人が不幸で苦しんでいるのだろうね」

色もなく、彼は呟いた。
わたしは、何も答えずにもう一度ワインを飲んだ。
その頃には、すっかりとあの潮騒は遠ざかっていた。
頭の中に押し寄せた海が、干からびてしまったかのように。

332 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:18:50 ID:Fqa66Dmo0






愛の炎よ、澄み渡る方へ向かえよかし






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333 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:19:34 ID:Fqa66Dmo0
わたしと彼の出会いを遡るには些か時間が掛かった。
まず、わたしはカンザスの田舎に住んでいた。
ママと二人で。
パパはいない。
いないことに疑問は持っていなかった。
ママはわたしのことをめいっぱいに愛していると伝えてきた。
一人でわたしを産んで、一人でわたしのために部屋を改装し、一人でわたしを育てるために、休みなく働きに出ていた。
ママが働きに出ると、わたしは本当に家の中で一人きりであった。
そういう時はどうするのかというと、ひたすらに窓の外を眺めていた。
ママが家から出ると、その背はラベンダーをかき分けて消えていく。
家の周りに生えているラベンダーは、元から生えていたらしい。
森のように鬱蒼と生い茂るそれで、時々ママはリネン水を作ってくれた。
足が痛くて眠れない時なんかは、枕とシーツにたっぷりつけてくれるとよく眠れたものだった。
見送ってしばらくは、そのラベンダーを観察した。
風にそよぐと、紫の花々はわたしに手を振った。
それだけで、あの芳香が鼻に蘇るのだ。

334 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:20:18 ID:Fqa66Dmo0
ラベンダーの花に見飽きてくると、今度は空を眺めた。
天気が良すぎる日はつまらなかった。
空に浮かぶ雲の形で、わたしは遊ぶことが多かった。

ζ(゚、 ゚*ζ(あれは馬)

その背に跨って、わたしはラベンダーの森を駆け抜ける。

ζ(゚、 ゚*ζ(あれはドーナツ)

ママはよくドーナツを作ってくれた。
今日のお昼も、きっとドーナツが置いてあるだろう。

ζ(゚、 ゚*ζ(あれはヒトデ)

本でしか読んだことがないけど、海の生き物だ。
あんまり動かなくて、何を食べているのかもわからない。
ただお星様の形をした生き物だというから、素敵なものに違いなかった。

ζ(゚、 ゚*ζ(海に行きたいな)

海は広い。
お風呂よりもたくさん水があって、冷たくて、魚やヒトデが住んでいる。
夏になると人がたくさん来て、泳ぐのだという。
裸で泳ぐのはダメで、水着というかわいい服を着るのだとか。

ζ(゚、 ゚*ζ(そんなにいいところじゃないって聞いたけど)

335 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:21:01 ID:Fqa66Dmo0
トイレよりも狭い部屋で、服を脱いで、水着を着て。
人混みに紛れて、ようやく海にたどり着いても、やっぱり人がいて。
大して遊べないうちに時間ばかりが過ぎていき、また狭い部屋で着替えて、疲れて家に帰る。
しかも、海の水はしょっぱくて、塩が肌にかぶれるのだという。
海にもシャワーが付けてあるけど、たくさん人が待っているから待つだけでもうんざりする。
おまけに水はちょっぴりしか出てこない。
それだったら浴びても浴びなくてもおんなじなのだと、ママは海の良くないところをたくさん説明してくれた。

(*゚ー゚)「それにね、ろくでもない連中がいるのよ」

それっきり、ママは機嫌悪そうにたばこを吸うから、わたしは海の話をあんまりしなかった。

ζ(゚、 ゚*ζ(それでも海に行ってみたい)

人があんまりいない時期ってないのかな。
夏になったら人が来るっていうんだから、春とか秋とかはそういうのはいいんじゃないかな。
冬はすっごく冷たいだろうから、わたしも行きたくない。
冬のお風呂はなかなかお湯が出なくって、あんまり好きじゃないからだ。

ζ(゚、 ゚*ζ(いつかママが連れてってくれますように)

336 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:21:44 ID:Fqa66Dmo0
空を見るのにも飽きてしまったら、今度は壁の絵を眺めてみる。
ママは、わたしが女の子だと知って喜んだそうだ。
男の子じゃなくって、絶対ぜったいぜーったい女の子がいいと思っていたそうだ。
どうして?と聞いたことがある。

(*゚ー゚)「だってママが赤ちゃんだった時の服が着れるのよ?」

そう言ってママは、ママとわたしが赤ちゃんだった時の服を見せてくれた。
小さくて、綿製のフリルがたくさんついたかわいいベビードレスだった。
首元にはピンクのリボンがついて、うさぎの刺繍だってしてあった。

(*゚ー゚)「ママとおんなじ服が着れてうれしいでしょ?」

ママは嬉しそうに言うから、わたしも嬉しくて頷いた。
じゃあもしわたしが男の子だったらどうしたのだろう。
そう聞いたら、ママはにこっと笑って、

(*゚ー゚)「よく切れる包丁があるから大丈夫」

と言った。
ママはその手間が省けてよかった、と言った。

338 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:23:15 ID:Fqa66Dmo0
(*゚ー゚)「生まれてきてくれてありがとう、女の子でありがとう。デレ、大好きよ、愛してるわ」

ちゅ、ちゅ、とキスの雨が降って来る。
ママのキスは、長い。
一度始まるとなかなか逃げられない。
ずーっと一日中、仕事しないでキスできると言っていた。
ママがわたしを一人にしないでくれるなら、こんなに嬉しいことはないと思った。
一人にしておくのは、ママも負い目があるようだった。
ピンクに塗られた部屋の壁にはユニコーンや虹や人魚の絵が描いてあった。

(*゚ー゚)「これはデレだけが読めるフェアリーテイル」

小人に、お姫様に、鹿や熊。
薔薇に、五弁のライラック。
バスケットにはリンゴとブドウ、オレンジ。
そんな絵が、寝室にも、トイレにも、キッチンにも、リビングにもあった。
足を引きずりながら、わたしは部屋を移動する。

ζ(゚、 ゚*ζ(今日は、小人と熊がピクニックに行く話)

昨日はお姫様と人魚の冒険譚。
一昨日はライラックのおまじないとユニコーンの恋。
組み合わせは無限大で、飽きればいくらでもママが壁に描いてくれた。
一日のほとんどが、この絵で遊ぶことに費やされていた。
そのうちお腹が減って、用意されたご飯を食べて、また絵を眺めたり、眠ったり。
ママが帰ってくるまで、ずっとそうしていた。

339 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:24:09 ID:Fqa66Dmo0
夕暮れもとっくに過ぎて、星が天高く輝く頃。
ママは疲れた顔をして帰ってくる。
怖い夢を見て泣きそうになったような顔をして、ママはわたしにキスをしてくる。
ぎゅぅっと強く、苦しくなるほど抱きついてくるから、わたしはママの気がすむまで頭を撫でてあげた。
怖い夢を見たときにママがそうしてくれるからだ。
そうすると少しは気が休まって、ママのことを好きになれるのだ。
ママも、怖い目にあって頭を撫でられたら、わたしのことを好きになってくれるに違いなかった。

(* ー )「デレ、足を出して」

不意にママがそう言う時がある。
わたしは大人しく、ママに向かって足を差し出した。
ママはたばことマッチ取り出した。
しゅ、しゅ、とマッチを擦る音。
とく、とく、と心臓の跳ねる音。
ママはわたしを愛してくれている。
ママはわたしが好きだった。
ママはわたしの支えであり、わたしはママの支えであった。
わたしはママの子供だけど、ママは時々わたしの子供になった。
子供だからほんとはたばこを吸ってはいけないんだけど、でも体は大人だから吸ってもよかった。

340 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:25:11 ID:Fqa66Dmo0
マッチに火がついた。
すぅ、と息を吸うとたばこに火がついた。
マッチが、わたしの足をジュッと焼く。
やけどのうえに作るやけどはとても痛い。
治りきらないうちに、また皮膚がぐちゃぐちゃになるからだ。
夏になると膿が出ることもあったし、そうなると体に毒が回って熱を出すこともあった。
それでもそう言う時はママがつきっきりで看病してくれるから、嬉しかった。
ママはわたしを愛してくれていた。
ふすふすとたばこの煙が顔にあたる。
けむくて、わたしはむせた。
ママは無表情で、たばこに取り憑かれていた。
そのうち吸い終わると、またわたしの足にたばこをこすりつけた。
そんなことを、今日は五回繰り返した。
吸い終わると、ママはとても優しくなる。
冷たい水で灰を洗い流し、軟膏を塗ってくれた。
包帯も巻いてくれて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
そうして寝付くまでわたしのそばにいてくれた。
毎日毎日飽きもせず、わたしはママの灰皿で居続けた。

341 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:26:18 ID:Fqa66Dmo0
ある日、ママはいつものように仕事に出た。
ちょっと違ったのは、ママがたばこを忘れていったことだった。
ママはわたしの次にたばこが好きだった。
たばこがなくてママは困るだろうと思った。
わたしは、初めて外に出た。
ママの忘れ物を届けに、裸足で外を出た。
ちょうどその前の日は雨で、地面はぬかるんで居た。
ちょうどその前の日のママは、たばこをよく吸っていた。
包帯にじくじくと泥が染みて、わたしは立っていられないくらい足が痛くなった。
ゆっくり、ゆっくりと歩いているうちにわたしは転んだ。
転んだことのないわたしは、水たまりに倒れ伏した。
服も顔もどろどろで、そのまま這いずってママの後を追った。
たばこの箱だけは濡れないように、気をつけて。
そうしてどれほどの時間が経ったのか。
ぬかるんだ道はいつのまにか舗装された道路になり、わたしはなんとか歩けるようになった。
といってもひどい格好であった。
ママお手製のワンピースは、すっかり泥にまみれていたからだ。
それでもわたしは歩いた。
道行く人が奇異の目で見つめても、こそこそと噂してようと、わたしには関係なかった。
わたしには、ママしかいなかった。

342 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:27:33 ID:Fqa66Dmo0
ママがどんな仕事をしているのかはあまり知らなかった。
でもバスに乗るということだけは知っていた。
ママは、たしかにバス停にいた。
新しく買ったばかりのたばこを開けて、ぷかぷかとふかしていた。

ζ(゚、 ゚*ζ(……なんだ、買えばいいんだ、)

そうだ、たばこなんてお店にたくさん売っているのだ。
わたしが届けなくたって、ママはいくらでもたばこを買えるのだ。
こんな格好でわざわざ届けた方が、ママだって恥ずかしいかもしれない。
だってわたしはこんなにも笑われている。
視線だって浴びている。
わたしが今近付いたらママは笑い者になるだけだ。

ζ( 、 *ζ(でも、ほめてほしかった)

343 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:28:17 ID:Fqa66Dmo0
誰か、誰か。
わたしのことを笑わないでください。
わたしは、大好きなママに褒めて欲しかっただけなのです。
わたしのために働いてくれるママのために、役立ちたかっただけなのです。
日に晒されて、惨めな泥が、服から剥がれ落ちました。
そうしているうちに、ママはバスに乗り込んで、仕事に行きました。
わたしは、また足を引きずって、元来た道を戻りました。
こんなに恥ずかしくて嫌な思いをしたのは初めてでした。
そのうちなんだか悲しくなって、わたしは大声をあげて泣きました。
誰も聞いちゃいないと思っていたのです。
ラベンダーがそよそよと、風に揺れる音しか耳に入らなかったのですから。

344 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:29:21 ID:Fqa66Dmo0
でも。

「どうしたんだい、お嬢さん」

ママよりも柔らかく、優しい声が、聞こえたのです。
その人はすらりと背が高い人でした。
その人は優しい灰色の目をしていました。
その人はママが好きそうなフリルのついた服を着ていました。
その人は昔、絵本で読んだ王子様のような人でした。
その人は、

(´・ω・`)「よかったら話を聞かせてくれませんか?」

とても優しい、魔女でした。

345 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:30:07 ID:Fqa66Dmo0
わたしは、その人の服を汚すことも厭わずに泣きつきました。
その人もまた、怒ることなくわたしを抱きしめてくれました。
大好きなママのためにママの役に立てなくて笑い者になった悔しさと、ママが愛してくれたという証のせいでこんなにも汚れてしまった怒りと、
それに対する裏切りを、全て全てぶちまけました。
それはまるで呪詛のように、己の身の内に響き渡り、ママを嫌いになりそうなわたしをまたさらに憎悪させました。

(´・ω・`)「よし、よし、お嬢さん。まずはお茶でも飲みませんか?」

そう言って、その人はラベンダーを踏みつけました。

346 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:31:28 ID:Fqa66Dmo0
するとそこら一帯は、たちまち灰色の影に飲み込まれて。
わたしの服を汚した泥は、ぐつぐつと煮え渡り、チョコレート色のテーブルを作り上げました。
風に揺れていたラベンダーは、水けを失って互いに縫い合いました。
そうしてたちまち、暗紫色のテーブルクロスが出来上がったのです。
道端の石ころは、かたかたと揺れてぽこりと膨れ上がりました。
ポットやカップの形をしたそれは、こつんとテーブルを叩くと……。

ζ(゚ー゚*ζ「わあ……」

ほかほかのレモンティーがたっぷり入っていました。

(´・ω・`)「おっと忘れてた、椅子を作らないとね」

魔女の一声で、灰色の影はすぐさま椅子を形づくりました。
材料は、わたしと魔女の影でした。
細い鉄線を編み込んだような椅子は、とっても座り心地がよくて、すぐに気に入りました。

(´・ω・`)「さあ、まずはお茶を飲んで。砂糖が欲しかったらいくらでもあげるよ。おなかが空いていたらお菓子もたくさんあげる」

347 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:32:42 ID:Fqa66Dmo0
テーブルをコツコツと叩けば、見たことのないお菓子が飛び出しました。
カゴに入ったクッキーにビスコッティ、チョコレート漬けのさくらんぼ。
ババロア、メレンゲのケーキ、いちごのたっぷり挟まったサンドイッチ。
気付けばわたしの顔も服も綺麗さっぱり、泥が消えていました。
わたしは遠慮なく、この見たことのないお菓子に手をつけました。

ζ(゚ー゚*ζ「おいしい!」

ふかふかのクッションのようなお菓子は、ギモーヴというものでした。
甘くって舌がとろけそうになるほどおいしくて、わたしは夢中になって食べました。

(´・ω・`)「君はお母さんと二人暮らしだったのかな?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ! ママとずーっと二人きり」

喉に張り付いた甘味を、レモンティーで押し流します。
口の中はさっぱり爽やか、ほろ酸っぱい香りが鼻に抜けていきました。

348 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:33:27 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「パパはどこに行ったのかな?」

ζ(゚ー゚*ζ「ママは一人でわたしを産んだって言ってた」

(´・ω・`)「でも必ずパパになる人がいるはずだよ」

ζ(゚ー゚*ζ「んー……。よくわかんない」

(´・ω・`)「まあそれで君が幸せならいいけども」

ζ(゚ー゚*ζ「幸せだよ、ママは毎日わたしのこと好きって言ってくれるもの」

(´・ω・`)「その足の火傷はどうしたのかな?」

ζ(゚ー゚*ζ「ママがわたしのことを好きな証だって」

(´・ω・`)「ふうん。君は痛くないのかな?」

ζ(゚、 ゚*ζ「……痛いけど」

(´・ω・`)「けど?」

ζ(゚ー゚*ζ「ママはわたしのこと好きだからそうするの」

(´・ω・`)「本当に君のことが好きなのかな」

どこからともなく取り出した角砂糖を、魔女はティーカップに入れました。
一粒、二粒、からころと。
銀のスプーンが持ち上がって、一人でにかき混ぜています。

349 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:34:07 ID:Fqa66Dmo0
ζ(゚ー゚*ζ「好きだもん」

それを眺めながら、マフィンに手を伸ばしました。
かぼちゃの甘さとチーズのしょっぱさが引き立ちあって、あっというまにお腹の中に消えました。

(´・ω・`)「君が男の子でも?」

ζ(゚ー゚*ζ「……きっと好きだもん」

歯切れ悪く、幼いわたしは紅茶を飲みます。
ぴとりと鼻にレモンのスライスがくっついて、バツの悪い気分になりました。

(´・ω・`)「僕の両親は、性別なんか関係なく子供が生まれたら愛しいと言っていたよ」

ζ(゚、 ゚*ζ「だから?」

(´・ω・`)「君は男の子に生まれていたらお母さんに好かれていたのかなあと、僕は気になっているんだよ」

ζ(゚、 ゚*ζ「……好きだもん」

絶対に、と心の中で言い返します。
だけど何故でしょう、今までのような自信はありませんでした。

351 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:35:28 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「君はお母さんと出かけたことはあるのかな?」

ζ(゚、 ゚*ζ「ママはお仕事で忙しいもん」

(´・ω・`)「じゃあ君が風邪を引いてもほったらかしにして仕事に行くんだね」

ζ(゚、 ゚*ζ「そんなことないもん!」

(´・ω・`)「じゃあどうしてお母さんは君とお出かけしてくれないのかな」

ζ(゚、 ゚*ζ「……だって、海は人がたくさんいて、大変だし」

(´・ω・`)「海以外にも出かける場所はたくさんあるよ」

ζ(゚、 ゚*ζ「仕事、いそがしい、し…………」

(´・ω・`)「……ねえ、お嬢さん」

魔女は、とても悲しそうにわたしを見つめます。

(´・ω・`)「君は虐待されているんだよ」

ζ(゚、 ゚*ζ「ぎゃくたい……?」

(´・ω・`)「お母さんは君に遠くへ行って欲しくないんだよ、君が物事を知ることを恐れているんだ」

ζ(゚、 ゚*ζ「どうして?」

(´・ω・`)「色んなことを知ってしまえば君のお母さんがおかしいことがわかってしまうからさ。
      おかしいことをしてまで、お母さんは君をそばにおきたかったんだ」

ζ(゚、 ゚*ζ「……そばにおいとくことはすきってことじゃないの? あいしてるってことじゃないの?」

わたしは混乱していました。
魔女は、黙って首を横に振りました。

352 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:36:29 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「本当に愛していたら君を痛い目には合わせない」

ζ( 、 *ζ「…………」

(´・ω・`)「本当に愛していたら、君を海に、いや、どこにだって連れて行くよ」

ζ( 、 *ζ「…………」

(´・ω・`)「君は本当の愛を知らないんだ」

可哀想だね、と魔女は言いました。
(´・ω・`)「僕がどうしてここに来たかわかる?」

ζ( 、 *ζ「……わかんない」

わたしは、俯いて涙をこらえるのに必死でした。
ママはわたしを愛していなかった、わたしはママを愛していたのに。
わたしは、ママを愛していたのに。

(´・ω・`)「君の声が聞こえたんだ。海に行きたいって」

だから連れて行こうと思ったんだけど、と魔女は区切りました。

ζ(゚、 ゚*ζ「……だから?」

(´・ω・`)「……君とお母さんを一緒にさせておいたら、いつか殺されちゃいそうでもっと可哀想だ」

だから、と魔女は手を差し伸べました。

(´・ω・`)「僕と一緒に旅をしよう。どこか、君が住みたいと思う場所があればそこにずっといたっていいから」

ζ(゚、 ゚*ζ「……ママに怒られちゃうよ」

(´・ω・`)「その時は僕が怒るよ。お嬢さんをあんな家に閉じ込めておくなんてあんたは酷い人だって」

ζ(゚、 ゚*ζ「……どこにでも連れてってくれる?」

心の奥底で、重く蓋をしていた欲望があふれ出そうとしていました。

353 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:37:27 ID:Fqa66Dmo0
(´・ω・`)「ああ」

どこにでも連れてってあげるよ。

(´・ω・`)「君のことを助けたいんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「……デレ」

(´・ω・`)「僕は、   」

温かな手を取り、彼は言いました。

(´・ω・`)「この世から不幸を取り除くことが望みの、灰色の魔女さ」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、人を幸せにするのがあなたの使命?」

(´・ω・`)「そういうこと」

ζ(゚ー゚*ζ「……すてきね」

悲しいことも辛いこともない世の中なんて、素敵に違いありませんでした。

ζ(゚ー゚*ζ「わたしにもできることがあったらいいな」

(´・ω・`)「きっと君がやりたいことはすぐ見つかるよ」

ζ(゚ー゚*ζ「もう見つけたわ」

もっと彼のことを知りたい。
あの素敵な魔法の仕組みを知りたい。
わたしの心は、すぐ満たされていきました。

354 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/05/21(日) 15:38:22 ID:Fqa66Dmo0




愛の炎よ、澄み渡る方へ向かえよかし 了




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