456 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2021/12/25(土) 18:03:31 ID:wfKNAKAs0



かくてめでたく悪より逃れて



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457 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:04:14 ID:wfKNAKAs0
果たして救済に勤しんだ期間はどれくらい続いたものか。
気が付けば冷戦は終わり、ベルリンの壁が壊れ、ソ連は崩壊。
世界は激しく変わることを望み、
その狭間に取り残される人々も多く存在した。
魔女がいくら長命とて、救える命に限りはあった。

ζ( ー *ζ(この世界には、不幸が多すぎる)

わたしと    だけでは、到底間に合わない。
そもそも不幸に終わりなどないのではないか。
疑念が、つねに付きまとう。
またわたしたちの行為を、快く思わない人間の多さにも驚いた。

ζ( ー *ζ(どうしてみんな、親切心を恋慕と勘違いするのだろう)

わたしから見ればどの人間も救うべき対象だ。
そこに順位や区別などは含まない。

ζ( ー *ζ(わたしは誰の所有物でもない)

だから誰に支配される謂れもなかった。
理解を得るために、説明した事は何度でもある。
けれど、

ζ( ー *ζ(ダメだった)

怒り、恨み、悲嘆、嗚咽、それらが邪魔をした。
感情的になった相手と、対話なんて出来るはずもなかった。
やがてわたしの陰に、虚無が染み付き始めた。
最初こそ救われただの助かっただのと持ち上げてはくるものの、
いつの日かわたしに対する失望へと変化する。
初めこそ動揺し、傷付いてしまうこともあったが、
やがてはその落差に備えるようになった。

458 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:04:57 ID:wfKNAKAs0
ζ( ー *ζ(きっと、あの人もこんな気持ちだったのね)

いつぞやかに怒鳴り込んできた女性を思い出して、わたしは微笑む。
食って掛かったわたしを止める彼は、きっとこんな風に笑っていた。

ζ( ー *ζ(もう、こんなこと止めてしまおうか)

鈍化した心でも、すり切れれば摩擦で火がついた。
じりじりと、燻るような苦痛の炎が灯る。
でも。

ζ(゚ー゚*ζ(わたしには足がある)

二度の癒しを得た足。
    の手を取り、立ち上がった足だ。
どれほど離れていても、わたしと彼を結び付ける絆の具現。
失意の中でも足を撫でていれば、
彼と過ごした日々を思い出せた。
それでも心が癒えない時には、手紙を出した。
わざわざ書くほどのことでもないような、他愛ない手紙だ。
私生活については一切触れていない。
感情は全て隠しきった。
ここで寄りかかってしまったら、また彼の負担が増えてしまう。
だったら道化を演じている方が、彼も楽しんでくれるに違いない。

459 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:05:40 ID:wfKNAKAs0
……けれども結局、わたしは弱かった。
最初こそ返事は要らないと文末に記していた。
その通りに彼は返事を寄越さなかった。
段々と腹を立てている自分に気が付いたのは、果たしていつだろう。

ζ( 、 *ζ(本当に大丈夫だったら、手紙なんか書かないのに)

言葉にせずとも分かって欲しかった。
ましてや、    の方が長く活動を行なっている。
どんな気持ちでわたしが過ごしているのか。
ちょっと考えれば分かりそうなことだろう。

ζ( 、 *ζ(こっちは気を使ってるのに)

そう思えば思うほど、ペンを握る回数が増えていった。
三ヶ月に一度のつもりが、二ヶ月、一ヶ月、二週間、一週間。
徐々に間隔は狭まっていき、添えた遠慮もいつしか消えていた。
気付けば彼も、同じような返事を寄越してきた。
現在地、気候、食事、季節の挨拶。
互いの傷に触れないよう、細心の注意を払っているような内容の手紙。
それでもやはり、便りが来るのは嬉しかった。

ζ(゚ー゚*ζ(わたしは一人じゃない)

心強く思った一方で、言外に圧力を掛けたことを後悔していた。
今までは彼一人で戦ってきたのだ。
わたしにはその孤独が分からない。
いざとなれば    に頼るという選択肢が、最初から用意されていた。
わたしは、甘ったれだった。

ζ(゚ー゚*ζ「……頑張らなくちゃ」

わたしは、戦わなくてはならなかった。
逃げるなんてもってのほかだ。
確かに終わりは見えない。
けれども、彼を一人になんて出来るはずがなかった。

460 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:06:20 ID:wfKNAKAs0
――いつの秋口だったか。
休む間も無く全世界を動き回っていると、
どの時間に自分が生きていたのかを忘れてしまう。
けれども、確かに秋だった。
湿気を取り払うような心地よい風に吹かれて、
わたしは彼の家へと向かっていた。
全世界の至る所に、彼の隠れ家は点在している。
その中で一番古くから存在しているのが、日府の家であった。

ζ(゚ー゚*ζ(随分と長い付き合いになるけれど、
     あの家に行くのは何度目かしら)

試しに数えてみれば、片手に収まる程度にしか行ったことがない。
それだけでも十分に珍しい。
だというのに、つい昨日届いた手紙には、こんな言葉が書かれていた。

ζ(゚、゚*ζ(君の力を借りたい、か)

ベテランの    ですら手を焼く事態なんて、
わたしの手にも負えないような気もする。
でもわたしは、なかば喜びで満ちていた。

ζ(゚ー゚*ζ(せっかくわたしを頼りにしてくれたんだもの)

彼の苦しみを癒すことができるのは、わたしだけ。
他の誰にも、彼を苦しみから救うことは出来ない。
わたしは、必ず彼を幸せにする。
――決意に満ちた陶酔に浸っていたのに、

('、`*川「はじめまして、デレさん」

全てをぶち壊しにしたのは間抜け面の女だった。

461 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:07:16 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ヮ゚*ζ「……誰なの?」

おずおずと頭を下げる女に、意識が飛びかける。
拡散する理性を縫い合わせつつ、視線を這わす。
    の頭一つ下の背丈。
幼さの残る顔と、大人びた感情の表出。

ζ(゚ヮ゚*ζ(まるで杜撰なパッチワークのよう)

さらに視線は、呪詛のように絡みつく。
赤茶混じりの痛んだ長髪に、かろうじて矜持がせせら笑う。

ζ(゚ヮ゚*ζ(みすぼらしい)

(´・ω・`)「すまないね、急に呼び出して」

平身平頭を貫く    は、彼女の肩に触れた。

(´・ω・`)「お茶にしよう」

それはまるで、二人の睦事を暗示するかのような動作で、

('、`*川「どうぞ、上がってください」

立ち尽くすわたしに、少女は目で廊下を指し示し、

ζ(゚ヮ゚*ζ(なん、なの……)

泡沫の記憶が、パチンと弾ける。

462 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:07:57 ID:wfKNAKAs0
o
 。.゚ 。 ゚o 。.゚  。 。o゚ 。  .  。°。o
。o 。.゚。 。o゚ 。  .  。°。  .  。 。° 
°  。o 。.゚不快。疑問。註釈を求む。゚ 。  . o
。゚ ゚ o .     .゚.。. ゚  。 ゚o 。.゚ 。°。,
  。。゚ ゚゚ 。  .  。° .。. 。 。° ,
..゜

463 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:08:43 ID:wfKNAKAs0
  o . .゚.。. ゚  。 ° .。. 。 。°、 .o
 。°。。。゚ ゚゚ 。 ° .  。° ..゜° .。. 。 。°
° .。. 。されど場面転換は、乱雑に行われる。 。°。
。゚ ゚ o . ゚o 。.゚  。 。°o゚ 。  .  。o°
゚ ゚゚ 。  .  。° o .°.゚.。 . o。°。,"
    .°     。
o゚ 。   .°、 .o。° o .°.゚.。 . 
o゚ 。  .  。o°
゚ ゚゚ 。  .  。°。,"
。° o .°.゚.。 .

464 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:09:50 ID:wfKNAKAs0
――キッチンだ。
最新の家具が揃えられていて、かすかにレモンの香りがする。
彼は紅茶を入れていた。
わたしは手伝うふりをして、あの女をリビングに置き捨てていた。

ζ(゚、゚*ζ「どういう事?」

意思に反し、言葉尻は怒りを噴き出していた。
    は困ったような顔をして、ナイフを洗った。

(´-ω-`)「山の中で死体を見つけたんだ」

ζ(゚、゚*ζ「死っ……」

(´-ω-`)「生き返りたいと強く願っていたから、蘇生させたんだ」

淡々と語る口調とは裏腹に、彼は苛立っていた。

ζ(゚、゚*ζ(わたしの言葉遣いが悪かったんだ)

背骨が氷柱へと変じ、悪寒を感じた。
洗い終えた包丁を彼から奪い、布巾で丁寧に拭う。

ζ(゚ー゚*ζ「……助けてあげたのね?」

(´・ω・`)「それで済めば良かったんだけどね」

ふう、とため息を一つ吐き、彼は呟く。

465 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:10:53 ID:wfKNAKAs0
(´・ω・`)「彼女、無意識に魔法を使うんだ」

ζ(゚ヮ゚;ζ「……魔法を?」

(´・ω・`)「よく考えれば当然だった。
     通過儀礼で擬似的に僕らは死を迎えて蘇生をする。
     彼女はまさに死んで蘇った存在だから、魔法だって自然に使えるんだ」

苦々しく吐き出した言葉に、わたしはなんと声を掛ければ良かったのだろう。

ζ( ヮ ;ζ(「それは失敗だったわね」?
      それとも、「大変じゃない」?)

どれも不適切だ。
いや、どんな答えを望んでいるのか、わたしは理解できなかった。
しゅうしゅうと噴き出すケトルの音だけが、キッチンに響く。

(´・ω・`)「……書斎の封印を解いたのも彼女なんだ」

ζ(゚ヮ゚;ζ「あの結界を……!?」

日府の家には、あらゆる資料が保存されている。
全世界を転々とするには、身軽である方がいい。
ましてや他の魔女から姿を隠している彼だ。
当然、他の魔女に狙われる可能性はある。
だからわたしたちは、結界魔法を掛けていた。
    とわたしの魔力が入り組んだ、複雑な魔法だ。
易々と突破できるはずもない。

466 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:11:42 ID:wfKNAKAs0
ζ( ヮ ;ζ(だけど、でも、)

    が、嘘をつくはずもない。
いつだって彼は誠実で、親身にわたしを導いてくれた。
魔女としての経験だって、優に積んでいる。
所詮わたしは、彼の弟子にすぎない。

ζ( ヮ ζ(そう、猿真似ばかり――)

胸裏にひとつ、泡が浮上する。
すかさずわたしは、泡を握りつぶした。
表立って割れるよりも先に、何者にも気づかれないうちに。

(´・ω・`)「あそこには何があるの、と聞かれたから
     入ってはいけないよとだけ言い聞かせておいたんだ」

    は悠然とした所作で、コンロの火を消した。
琴線の上で綱渡りをする心地で、わたしは次の句を待つ。

(´・ω・`)「すると彼女は、「開けばいいのに』と口に出した」

ζ(゚ヮ゚;ζ「…………」

絶句。
望みを直接口に出すことは、魔女にとっての禁句だ。
わたしたち魔女は、人の目には見えぬ境界から祈りを分けてもらう。
人の目に見えるものには、祈りを捧げない。
本来魔法というものは、この世の理を曲げて成す奇跡である。
虚構を現実へ持ち出す行為は、一般的に広く知られていいものではない。
だから祈りの言葉は暗号化され、静々と狭く広がるべきなのだ。
大々的に口にしてしまったら、それはもう祈りとは呼べない。

467 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:13:28 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ヮ゚;ζ「呪い……」

そう呼ばれて然るべきものだった。
長い歳月をかけ、わたしたちが蒐集した知識の海。
二人の入江を、あいつは暴いたのだ。
煮え繰り返るように、感情がさざめく。
泡沫の闇が、理性の砂岩を少しずつ削いでいく。

ζ( ヮ ζ(ゆるせない)

ただ一言、強く強く思った。

(´・ω・`)「お察しの通り、二度と書斎に封印魔法は掛けられない」

ζ(゚ヮ゚;ζ「最悪ね」

(´-ω-`)「まあ、まだなんとかなるよ。
     書物には暗号化する魔法があるし、
     家自体も、秘匿の魔法を掛けている」

だがこのままでは、あの女が呪いを一方的に振り撒いてしまうだろう。
そうなれば、知識と重要な拠点は失われることとなる。
ようやくわたしは、彼の意図を汲む。

ζ(゚ー゚*ζ「……魔女の心得を、教えればいいの?」

(´・ω・`)「話が早くて助かるよ」

ほっとしたような笑みとともに、ティーポットへと注がれるお湯。
対流によって茶葉はされるがままに踊り狂い、
そっと押し込むように陶器の蓋がなされた。

468 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:15:19 ID:wfKNAKAs0
(´・ω・`)「正確にいうと、魔女未満に育成してほしい」

蘇生の魔法には、膨大なコストがかかる。
偉大な魔女であろうと、遠隔から死体に干渉するのは難しい。
であれば死体自身が、いくつかの境界を認識させる必要があった。
そして大事なことが、もう一つ。

ζ(゚ー゚*ζ「不用意に祈りを口に出さないよう、教育するわけね」

彼が頷くのと同時に、目の前にケーキスタンドが現れた。
マカロン、マドレーヌ、フィナンシェ、クッキー。
わたしにとって馴染み深いお菓子。

ζ(゚ー゚*ζ(あいつも食べたことがあるのかしら)

思い出を穢されたような気分になる。
それでもわたしは、    の話に耳を傾ける。

(´・ω・`)「町全体にも魔法が掛けてある。
     もしあの子を目撃しても、行方不明者のビラに
     載っている人物と結びつかないようにする魔法をね」

ζ(゚ー゚*ζ「それも解けたら大騒ぎになる、ってわけね」

物分かりのいいふりをしながらも、腑に落ちない。
直近の手紙で目撃した、日本という地名。
ちっぽけな島国にも、救いを求める者は多い。
それを加味しても、珍しく長居していると思えば……。

469 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:17:04 ID:wfKNAKAs0
ζ( ヮ *ζ(随分なお話ね)

何か彼に得があるから、守ろうとするのだろう。
だが思案せども、答えにたどり着くことは出来ない。
わたしでは与えられないようなものを、あの女は持っているのか。

ζ( 、 *ζ(わたしじゃダメなの?)

口にさえ出してくれたなら、わたしはその通りに変化してみせる。
    の望むものは、何だって叶えたかった。

ζ(゚、゚*ζ(だけど、聞く事は出来ない)

触れるのが怖かった。
わたしには出来ない事だよ、と言われてしまったらとても辛いから。

ζ( 、 *ζ(ううん、違う)

君じゃなくて、あの女がいい。
そうはっきりと口に出されたら……。

(´・ω・`)「頼めるかな?」

試すような物言いに、ハッと気付く。
ような、じゃない。
明らかに、試されている。

470 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:18:24 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ヮ゚*ζ「もちろん」

器量よく頷くと、    は初めて表情を緩めた。

(´・ω・`)「有難う」

ζ(゚ヮ゚*ζ「まだ何にもしていないわ」

首を振るわたしに、彼はそっと肩を抱いた。

(´・ω・`)「これでまた一つ、僕は君に救われたんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「っ――!」

凪いだ鏡面のような胸の裡に、一雫のワインが落ちる。
紅茶色のそれは、ラベンダーの薫陶を受けている。

ζ( ー *ζ(ああ、)

ようやく思い出した。
彼は、救世主になろうとしている。
あまねくすべてを内包し、理解し、否定や拒絶さえも抱きしめる。
愛情深く、他の追随を許さない、唯一無二の魔女に。

ζ( ー *ζ(どうして忘れていたのだろう)

視野狭窄に陥っていた不甲斐のなさに、涙ぐむ。

471 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:19:52 ID:wfKNAKAs0
(´・ω・`)「もう一つ、頼みたいことがある」

囁かれた言葉に、寸分の隙もなく肯首する。

(´・ω・`)「彼女と友達になってくれないか」

忙しければ無理にとは言わないけれど、と言いかける彼。
即座にわたしは、肯定で押し戻す。
役に立たなくちゃいけない。
わたしにとっては何の得もない。
けれど、    にとっては大事なものだから、
彼の幸福に結び付くのなら、
わたしはいくらでも耐えられる。

(´・ω・`)「君がいてよかった」

安堵する    に、笑みを滲ませるわたし。
後に続く言葉がどんな修飾を得て、わたしを賛美するものだったのか。
もう思い出す事はできない。
ただ、

(´・ω・`)「ずっと一人でいる事は心細いからね。
     君にはそれが良く分かるはずだから」

その言葉だけが、わたしの胸に残っている。

472 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:20:45 ID:wfKNAKAs0
死体との親睦を深める席は、素晴らしい出来だった。
やはり    の淹れる紅茶は、香りが良い。
ストレートはもちろん、ミルクを入れても、
レモンのスライスを入れても、その風味を邪魔しない。

ζ(゚ー゚*ζ(完璧な紅茶に、完成されたお茶菓子)

けれどもよく見れば、その端々に魔力の断片を感じ取ることが出来た。

ζ(゚ー゚*ζ(    の理想が込められた世界)

その箱庭に招かれるだけでも恐れ多い。
だというのに、彼女は住まうことも許された。

('、`*川「……デレさん?」

わざとらしく小首を傾げる女に、包むような笑みを返す。

ζ(゚ー゚*ζ「きっとわたしたち、いいお友達になれるわ」

('、`*川「友達……」

噛みしめるように、女はわたしを見つめる。
媚びるような熱を持った瞳だ。

473 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:22:09 ID:wfKNAKAs0
ζ(゚ヮ゚*ζ(いやな女)

けれども、わたしは許す。

ζ(゚ー゚*ζ「困ったことがあれば、なんでも相談して頂戴?」

それはきっと、    の力になれるから。

ζ(゚ー゚*ζ「わたしに出来る事なら、何でもするから」

だから。

ζ( ヮ *ζ(    )

わたしには、    が必要だった。

474 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:22:52 ID:wfKNAKAs0
……言い付け通り、わたしは役を果たした。
気まぐれに家へと現れてお茶を共にし、
質問には優しく答えるものの、核心には触れない。
『迂闊に祈りや望みを口にするな。』
強く、強くわたしは言い聞かせ続けてきた。
女は予想に反して従順で、逆らう事はなかった。
もちろん厳しいばかりでなく、飴も用意した。

ζ(゚ー゚*ζ「たまには出かけしましょう」

片手を差し出し、わたしは微笑む。
最大限に友愛を込めて、内心では反吐を散らして。

('、`*川「はいっ!」

あいつは、微塵も気付かない。

ζ( ー *ζ(ほんとお笑い種ね)

わたしとあいつは、ショッピングモールへ向かった。

475 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:24:16 ID:wfKNAKAs0
この街に、資本主義以外の娯楽は存在しない。
代わり映えしないテナント。
どこにでもあるファストファッションの店。
甲高い声で告げられる宣伝文句。
疲弊を隠す店員と、シフトをこねるカリスマ店長。
床を這いずる子供を、カートで引きずる母親。
レストランの待ち時間で喧嘩するカップル。
フードコートでたむろする老人と学生ら。
世相をかたどる、芸能人を真似たゴムマスク。
一度も使ったことがない、虹色のカツラ。
ちゃちな雑貨を売り飛ばす、ディスカウントショップ。
店頭で埃をかぶった、リラックマの寝巻き。
ピンクを基調とした、ファンシーショップ。
ファッショナブルに飾られ、用途を見失った楽器屋。
過食嘔吐を促進する、惣菜の数々。
値引きシールを待ち望む、年金生活者。
ガチャガチャとうるさい空間で、死体女がはしゃぐ。
わたしは愛想笑いをして、受け流す。
まともに取り合っていたら、気力が保てない。
ただでさえ、動的エネルギーが満ちている。
見えざる境界の数々が、押しつぶさんばかりに溢れ出ていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと、休憩しない?」

立ちくらみを隠しつつ、わたしはベンチを指差した。
死体女は、子犬のようにうなずいた。
癪にさわる動きだった。

476 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:25:32 ID:wfKNAKAs0
('、`*川「もう、足パンパンで……」

我先に座ったあいつが、ふくらはぎを揉んでいる。

ζ(゚ー゚*ζ「あーそうね」

げんなりしつつ、適当に同調する。
死体の友達になる。
それが、    の望みだから。
眉間をほぐすふりをして、視界の端からあいつを消す。
だけど、境界が押し寄せる。
天地平面立体の境もなく、有象無象がわたしに手を伸ばす。

ζ( 、 *ζ(参ったな)

いつもなら、上手いこと調節ができるのに。

ζ( 、 *ζ(まあ、こいつのせいだろうな)

ショッピングバッグを漁る音を聞きながら、恨めしく思う。
継続して死体を動かすには、膨大な魔力がかかる。
また本人に悟られぬよう、ディテールを作りこんでいる。
だからあらゆる境界が、彼女に反応を示してしまう。
    は、素晴らしい手腕を持っている。
わたしでは、とうてい成し得ない魔法だ。
愛しい彼に、わたしは拍手を送り続けてしまう。
だけど。

477 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:26:17 ID:wfKNAKAs0
ζ( 、 *ζ(だけど)

……言ってはならない言葉が浮かびかける。
澱んだ泡を吹き消して、歪んだ瞳を笑顔で隠す。

ζ(^ヮ^*ζ「疲れたけど、楽しいね」

('、`*川「ええ。すっごく」

絞り出した一言に、死体がたやすく返す。

('、`*川「……デレさん?」

二の句なんて考えていない。

ζ(^ヮ^*ζ「――さっき見た寝巻き、あなたなら似合うんじゃないかな」

('、`*川「リラックマの着ぐるみ、ですか?」

適切に返答しろ。

ζ(^ヮ^*ζ「そうそう。 かわいいものって癒されるし」

('、`*川「たしかに……」

間違えるな。

478 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:28:56 ID:wfKNAKAs0
ζ(^ヮ^*ζ「欲しかったら買ってあげるわよ」

('、`*川「え、でも……」

ζ(^ヮ^*ζ「いつも寂しい思いをさせてごめんね。
     なかなか会えないから、そのお詫びとして、ね?」

('、`*川「そんな、悪いです。
     デレさんはいつも忙しいのに……」

ζ(^ヮ^*ζ「いいのいいの」

無理やり手を取って、雑貨屋になだれ込む。
かわいい、素敵、似合ってる。
うわべの言葉に、死体が笑う。

('、`*川「ありがとうございます。すごく嬉しいです」

ζ(^ヮ^*ζ「オンオフの切り替えも、大事な境界だからね」

笑え、わたしも。

ζ(^ヮ^*ζ「大事にしてね」


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 。°。。。゚ ゚゚ 。 ° .  。° ..゜° .。. 。 。° .o
 °。 .。. ° .そんなこと、ひとつも思ってない。°。。。゚ ゚゚
° .  。° ..゜°なのに、死体は笑うんだ。 .o° .。. 。 
。.゚ 。  .   ゚ . 、o° .。. 。 。.゚ 。  . 
 。°。。。゚ ゚゚ 。 ° .  。° ..゜° .。. 。 。° .o
   °。o° .
    .。. 。
    ..゚
     ゚ 。.

479 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:30:15 ID:wfKNAKAs0
献身もむなしく、彼女の好奇心を折ることはできなかった。

('、`*川「あの、今回は眠気覚ましの薬を作ってみたんですけど……」

差し出される丸薬に、嘆息が過ぎる。

ζ(゚ヮ゚*ζ「……また、書斎に入ったの?」

萎縮する手の内から、素早く薬を取り上げる。
その刹那、出来の良さが伝わった。
薬の調合は基礎中の基礎で、人間の手でも作る事は出来る。
しかしあくまでも魔女の真似事だ。
効果には歴然とした差が出る、はずだった。

ζ( ヮ *ζ(本当に独学なの……?)

四年――わたしがリハビリと修行を両立していた期間だ。
血反吐を吐きながら、あらゆる知識をあの人から賜った。
それでも最初の数年は、失敗続きだった。

ζ(゚ヮ゚*ζ(それなのにこの女は……)

('、`*川「ごめんなさい……」

強張る表情を見た相手は、逃れるように俯く。

ζ(゚ヮ゚*ζ「わたしたちのお手伝いなんか、しなくていいのよ?」

逃げかけた猫を飼い殺し、友好的な物言いをする。

480 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:30:59 ID:wfKNAKAs0
('、`*川「でも……」

ζ(゚ヮ゚*ζ「ペニサスちゃんは、何にもしなくていいのよ」

口籠る相手の肩を、わたしはそっと抱く。
無能であるから、お前は    に必要とされている。
お前がなにかを成してしまったら、わたしの立場がない。
しっかり監督しろって言われているのだ。

ζ(゚ヮ゚*ζ「お願いだから、何もしないで」

何も問題を起こすな。
わたしの手を煩わせるな。
わたしはきちんと言い付けを守っている。

ζ(゚ヮ゚*ζ(約束を守れ)

わたしの言うことを聞け。
お前が言い付けを守らなければ、わたしまで責められる。

ζ( ヮ *ζ(それだけは、嫌)

とにかく、やることなすこと全てが気に食わなかった。
知識は分け与えられるものであって、奪うものではない。
暗号化されたレシピを暴くなんて、遺跡荒らし同然だ。
魔女に対する冒涜と言っていいだろう。

481 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:32:28 ID:wfKNAKAs0
ζ( ヮ *ζ(お前は魔女にふさわしくない)

あいつに与える知識などない。
純粋でいい。
無垢であることを、    は望んでいるのだから。
でも。

ζ( ヮ *ζ(どうして彼は、それを許しているの?)

どうして、わたしの苦痛を認めてないのだろう。
どうして、何も気遣ってくれないのだろう。
どうして、あいつは守られるだけで済むのだろう。

ζ( ヮ *ζ(好き、なのかな)

愛して、いるのだろうか。
無力な人間を。

ζ( ヮ *ζ(わたし、強くなりすぎたのかしら)

強さの何がいけないのだろう。
そもそもわたしが強くなる事だって、あなたが望んだことでしょう。
強くなって、一人でも多くの人を救う。
不幸を摘み取るのがあなたの幸せだから。
だから、だから……。

ζ( 、 *ζ(あなたを幸せにするのはわたしだけ。そうでしょう?)

長らく顔を見ないうちに、彼は忘れてしまったのだろうか。

482 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:33:14 ID:wfKNAKAs0
ζ( 、 ζ(それとも最初から、わたしのことなんか……)

絶望的な結論が、突沸する。
鈍色の泡が、理性の蓋を押し上げる。

ζ( 、 *ζ(痛い、痛い、痛い)

数々の辛酸を舐め、謂れなき中傷を投げられてきた。
それを耐えきれたのは、彼という支えがあってこそだ。

ζ( 、 *ζ(煩わしい)

溢れ出る悪露の泡を、愚直にすり潰す。
手を思い描き、抱き込んで、ぎゅっとして。
ぱちんぱちんと割れる音。
小さな泡がぬるり、逃れてほかの泡とくっついた。
肥大した界面に、たくさんの目玉模様。
じろじろとねぶるように、わたしを見る目玉。
嫌い、きらい、きらい。
わたし一人では、持て余すに決まっていた。

ζ( 、 *ζ(この苦しみを、どうにかして分かち合いたい)

他でもない、    だけに理解してほしかった。
褒めてほしかった。
認めてほしかった。
謝ってほしかった。
厄介事の種を作って申し訳なかった、って
一言貰えたのなら、たちまち許してしまいそうだった。

483 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:34:19 ID:wfKNAKAs0
ζ( ー *ζ(傷付けたい)

張り裂けるような悲痛の後には、無尽蔵に怒りが込み上げて、
後悔してもしきれないくらいに加害性が増していく。
ただでは済まない致命傷を、魂に刻み付けたい。

ζ( ー *ζ(あなたにも、わたしにも)

何者にも敵わないくらい、オリジナルの傷を与えたい。
けれども同時に、膨大な羞恥心にも苛まれる。
彼との絆をひっくり返すなんて、災禍にも程がある。
たった今から一秒先まで支配する激情によって事を成したなら、
二秒先のわたしは烈しく悔いるのではないのか。

ζ( ー *ζ(やっている事が、彼の頬を叩いた女と変わらないし)

それが唯一の堤防として、吹き荒れる波濤を受け止めていた。

ζ( ー ;ζ(おかしくなりそう)

切除したい。
棄てて、焚べて、生まれた灰が、
無知蒙昧な人間を害したとしても、助かりたい。
悩みたくない。
どうして苦しい思いをしなくてはならないのだろう。

ζ( ー ;ζ(『好き』って、もっと貴い感情でしょう?)

ただれた感情の噴出は止まることを知らず、
害意のみが膨れ上がり、とうとう我慢が出来なくなったその時。

484 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2021/12/25(土) 18:35:09 ID:wfKNAKAs0
青銅の靴が、ひとりでに踊り出した。

かつ、

かつ、

かつ、

と、三たび靴が哭く。
瞬間わたしの体は泡となり、光差す海面へと投じた。
無数の泡は浮力に抗い、沈み行く。

ζ( 、 *ζ(深海へ)

いつぞやか、わたしの誕生を言祝いだ深海へ。

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