364 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:31:51 ID:PogJdj520




真理よ、おのれを呪うものを救えよかし




.

365 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:32:32 ID:PogJdj520
透明なガラスで出来たティーポットの中で、茶葉が踊る。
ゆらゆら、ひらひら。

ζ(゚ー゚*ζ(マリンスノーみたい)

でも、中に入っているのは紅茶の葉っぱ。
もう少しで、二分が経つ。
ストレートの紅茶なら、もう少しだけ蒸らすけれども、

ζ(゚ー゚*ζ(今作っているのはレモンティー)

美味しいレモンティーを入れるコツは、普通の紅茶よりも
浅く蒸らすことが大事だと、あの人は言っていた。
だからすぐ、温めておいたカップへと注いでしまった。
用意したカップは、二人分。
一つはわたしで、もう一つは    の。

ζ(゚、゚*ζ(……だったら良かったんだけどなぁ)

残念ながら、彼は出掛けてしまっている。
そんな時に限って、招かれざる客がやって来るのだ。
今日もそう。
    が居なくなってすぐに、彼女はやってきた。

ζ(゚、゚*ζ(ついてないの)

今日はわたしの誕生日なのに、とごちながら、
レモンのスライスをカップへ滑らせた。

366 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:33:29 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ(ま、しょうがないよね)

来てしまったものについては、嘆いていても仕方がない。
ため息を一つ吐き、キッチンを後にした。

ζ(゚ー゚*ζ「お待たせ」

極力明るく友好的な声を出して、相手の様子を見る。

o川* へ )o「…………」

だけど相変わらず、相手は黙りこくっている。

ζ(゚ー゚*ζ「お砂糖が欲しかったら、そこのポットに入っているからね」

親切を装って、牽制を一つ。
するとようやく、相手の目がちろりと動き出す。
赤く、赤く、泣き腫らした目だ。
ここへ来た時から、名も知らぬ客人は涙を流している。
腫れ腫れと浮腫んだその目元からして、ずっと涙を流していたに違いない。

ζ(゚、゚*ζ(泣きすぎると美人も台無しね)

手元に寄せたカップから、レモンを取り除きながらふと思う。

ζ(゚、゚*ζ(学生、かな)

二十代前半か、それよりも若く見える。
床にへたりこんでいるショルダーバッグからは、新品の教科書が覗いていた。

367 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:34:17 ID:PogJdj520
とすると大学に入ったばかりなのかもしれない。
そういえばこの間、    の元にはたくさんの書類が届いていた。
差出人はとある大学で、奨学金の保証人となる手続きを行うためのものだった。

ζ(゚、゚*ζ(ああ、わかった)

きっと    は、貧しい女の子に富を分け与えたのだ。
それだけでは心許ないから、と彼は親身に相談に乗ってあげた。
それをこの子は、勘違いしてしまったのだ。

ζ(゚、゚*ζ(うんうん、あの人なら大体そういうことをしそうよね)

    の目的は不幸の目を摘み取るためで、この子のことが好きでやったわけではない。
だけど大変可哀想なことに、    がいくら身を粉にして人に尽くしたとしても、
それが恋愛感情に則った行動だと勘違いする人は後を絶たない。

ζ(゚、゚*ζ(バカみたい)

お茶の一杯にも手をつけず、遠回しに睨んで来る女性を、
わたしは軽蔑しそうになる。
だけど、そうしてはいけない。
彼女はちょっと愚かなだけで、それは憐れむべきことなのだ。
同時に、その性質を慈しんでやらなくてはならない。
わたしは分別のある魔女となる人で、相手はそんな事もわからない、ただの人。
だからわたしは、彼女を許す。
    の心を射止めたと思い込んで、子犬のように纏わり付き、自分が望んだ以上の幸せを欲する。
傲慢を体現したかのような彼女を、わたしは許す。

368 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:35:06 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ(……あ、)

背後から扉の開く気配。
そっとそちらに首を向けると、

(´・ω・`)「誰か来てるの?」

やはり彼だった。

ζ(゚ー゚*ζ「お客さんよ」

あなたのね、と付け加えると、彼は不可解そうな顔をして、こちらへとやって来る。

(´・ω・`)「おや、どうしたんだい?」

買ってきた額縁を床へと降ろし、彼は床へと跪く。
この部屋にある椅子は、二つきりしかないからだ。

o川* へ )o「どういう、ことなの」

洟をすすりながら、女性は彼を睨む。

(´・ω・`)「ああ」

納得したように、そして一瞬、悲しげな顔をして、彼は宥める。

369 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:36:29 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「彼女は恋人でもなんでもない人だよ」

彼女、とは無論わたしのことである。
事実、わたしと彼は恋人などという浅い付き合いはない。
もっと深く、濃い繋がりを持っているのだが、
果たして彼女に理解出来るだろうか。

ζ(゚、゚*ζ(出来ないだろうな)

目ばかりではなく、顔全体を赤く染めて罵る女性を冷めた目で見る。

o川* へ )o「なんなの、それ」

意味わかんない、と呟く声。
それに対して、やっぱりねと思うわたし。

o川* へ )o「……あたしは、あんたと付き合ってるんだよね?」

(´・ω・`)「大事に思っているよ」

o川* へ )o「そうだよね?」

縋りつつも、責め立てるような声。
彼は、動じない。

o川* へ )o「じゃあなんで、この女と一緒に住んでんの?」

(´・ω・`)「……まあ、家族のようなものだよ」

慎重に言葉を選ぶ彼の頬に、平手が飛んだ。

370 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:37:11 ID:PogJdj520
o川* へ )o「見たよ。ベッド。一つしかないじゃん」

(´・ω・`)「このアパートは狭いからね」

o川*゚Д゚)o「いい年した男女が一緒のベッドに寝て、
      何も起きないわけないじゃん」

(´・ω・`)「君が考えているようなことは何も起きていない」

o川*゚Д゚)o「起きてようがなかろうが、関係ないの!」

(´・ω・`)「君の言う通り、きちんと貞操は守っているよ」

o川*゚Д゚)o「っ……。そういう、問題じゃない、よ……っ」

再び嗚咽を漏らす彼女は、月並みな恨みを吐露する。

o川*;Д;)o「……わたしのこと、あいしてるって言ってたじゃない」

ζ(゚、゚*ζ(やっぱりバカだ、この人)

彼が抱いている愛は、すべての人に向けられている。
いわばそれは神から人に対する愛、アガペーであり、
女性から彼へと向けられるエロスとは、全く性質の違う愛なのだ。
自分が    のことをそういう目で見ていたからって、
相手もそういう気持ちを抱いているだろうと確信を持って、
肉体だけの関係を結ぶなんてやっぱりバカとしか言えなかった。

371 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:38:47 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「もちろん、愛しているよ」

o川*;Д;)o「うそつき」

(´・ω・`)「うそじゃない」

o川*;Д;)o「うそつき!!」

(´・ω・`)「……君と僕の愛に対する認識が、ちょっと違っているだけだよ」

諦めたように、    は溜め息を吐く。
こうした事態は一度や二度ではないけれども、やっぱり心が痛むに違いない。

ζ(゚、゚*ζ(どうしてみんなは、彼の気持ちを理解してあげないのかしら)

彼から分け与えられる愛を拡大解釈して、そうではないと
気付いた瞬間から、手のひらを返す。
なんて恩知らずな人達なのだろう!

o川*;Д;)o「ねぇ、わたしの気持ちも、わかってよぉ……」

再三再四に渡る要求に、

ζ(゚、゚*ζ「あなたこそ、彼のことを何も理解していないくせに」

とうとう堪忍袋の緒が切れた。

372 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:39:32 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「デレ」

思わず飛び出した言葉を、    はたしなめる。
だけどわたしの気は治らない。

ζ(゚、゚*ζ「あなた、どうせ貧民街の出身なんでしょ?」

その言葉に、女性は怯んだ。
間違いない。
やはりわたしの見立ては正しかったのだと分かり、それが潤滑剤となって口を動かした。

ζ(゚、゚*ζ「そこでどんな地獄を見たのか、わたしは知らないわ。
     けれど、そこから救われたいと何度も願ったことくらい、わたしにはわかる」

昔のわたしも、そうだった。
虐待されていることにも気付かずに、あんな母親を愛し、
不幸だとも思わずに過ごしていた歪な日々。
確かに、わたしは幸せだった。
けれども所詮、贋作の幸福。
ささやかな罅から全てが壊れ、わたしは絶望した。
彼はやって来たのは、ちょうどその時だった。
些細にして拙い祈りの声を、彼は拾ってくれたのだ。
彼がやって来なければ、今頃わたしはどうなっていたのかも分からない。
けれどそのままでいたのなら、変わらぬ日々を送り続けたことだろう。
母親のしたことは、許されることではない。
しかし幼いわたしを縛り付けなければならないほどに、あの人は壊れていた。

373 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:40:43 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ(可哀想な人だった)

やはりあの人も、憐れむべき弱者であった。
あの人だけを置き去りにして、わたしはカンザスを飛び出した。
今頃どうなっていることか、確認する勇気をわたしは持ち合わせていない。
でも出来ることなら、幸せでいてほしい。

ζ(゚、゚*ζ「……不幸が嫌いなのは、みんな同じでしょう?」

優しく問いかけるように、視線を向ける。
女性は、そっと目を伏した。

ζ(゚、゚*ζ「不幸を無くそうとするのは、そんなにいけないことかしら?」

o川* へ )o「それ、は……」

ζ(゚、゚*ζ「みんな幸せになろうとすることは、悪なのかしら」

それは、到底叶うはずのない夢だと笑われることに違いなかった。
実際に笑われたこともある。
だけど、わたしは知っている。
彼の夢を馬鹿にする人間は、己が理想にうち破れた人間だ。
がむしゃらにそれを叶えようとして、けれども叶えることが出来なくて、
それを恥じて、馬鹿にすることで精神を保っている人間だ。
厄介なことに、その恥じらいは自他の境なく発生する。
つまり恥ずかしいと思う対象は過去の自分であり、目の前にいる人間でもあるのだ。

374 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:41:54 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「……でもね、」

どんなに馬鹿にされたとしても、わたしは諦めない。
愚直な彼の行いによって、わたしは確かに救われたのだから。
そして、全人種の幸せが彼の幸せであるのなら、

ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、彼の味方でありたいの」

わたしも彼のようになりたいと願った。
わたしも、不幸な環境にいる人たちを救いたいと思った。
それが、わたしを救ってくれた彼の願いでもあるから。

ζ(゚、゚*ζ「なのにどうして、あなたにはそれがわからないの……」

全てを吐き出したわたしに、女性は絶句している。
同じような身の上にあったであろうわたしと彼女の違いを
まざまざと感じ取り、格の違いを目にしてしまったからだろう。
だって、彼女は我儘だから。
浅ましい愛を強請らずに、必死に恩を還元しようと
動いているわたしとは、絶対的に差があるから。
それなのに、どうして女性は害意の篭った視線を向けているのだろう。

375 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:42:59 ID:PogJdj520
o川*;Д;)o「あんたも、おかしい。……おかしいよ」

ζ(゚ー゚*ζ(二度も同じことを言わないでほしい)

半分、分かってはいる。
全く違う世界を生きているから、わたしや彼のことを異物としてしか見れないのだろう。
見識の狭い、貧しい心だ。
けれど残念なことに、大半の人間はそう思って生きている

ζ( 、 *ζ「やっぱり、あなたもそうなのね」

そんなことを言う人に限って、弱者に手を差し伸べることはない。

ζ(゚ー゚*ζ「非常に、不愉快だわ」

それは、彼に対する最大の侮蔑。
同時に、女性自身に齎された救済を踏み躙る発言。
誰のおかげで大学へ行けるようになったのか。
彼女はすっかりと忘れてしまったらしい。
なんて、愚かな発言だろう。
それを分からせるために、口を開いた時だった。

376 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:43:51 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「もういいよ、デレ」

くすんだ金色の瞳が、わたしを制す。

(´・ω・`)「君も、もう家に帰りなさい」

柔らかな言葉に、女性は、

o川*゚Д゚)o「はぁ!?」

(´・ω・`)「不愉快な気分にさせて、申し訳なかったね」

o川*゚Д゚)o「まだ話が、っ」

終わっていない、という言葉は飛び出さなかった。
    の口付けによって封じられたからだ。
抵抗しようにも、今の彼女は指の一本も動かすことが出来ない。
もうずっと前から、彼女は魔法に掛けられていたから。

377 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:45:38 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……今日のことはもう忘れて、帰りなさい」

床に置かれていたバッグを差し出すと、女性は大人しく受け取った。

(´・ω・`)「僕たちのことは、忘れなさい」

玄関へと送り出す口調は、子守唄のように懐かしい。
女性は、振り返ろうと首を動かしていた。

(´・ω・`)「忘れるんだ」

ひとりでに開く扉。
寂れたアパートの廊下は、灰色の明かりに照らされている。

(´・ω・`)「気を付けてお帰り」

o川* へ )o「っ    、」

女性が、彼の名前を呼ぶ。
彼は、首を横に振る。

(´-ω-`)「さようなら、幸せな人」

戸惑った表情の女性を、一人廊下に取り残して、扉はゆっくりと締まった。

378 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:46:48 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……怒ってる?」

ζ(゚、゚*ζ「怒ってません」

(´・ω・`)「いや、怒ってるでしょう」

わしわしと頭を撫でられるも、わたしの視線は腫れた頬にしか向いていない。

ζ(゚、゚*ζ「痛そう」

(´・ω・`)「あんまり痛くないよ」

ζ(゚、゚*ζ「だって、すごく赤いもの」

(´・ω・`)「どれくらい?」

ζ(゚、゚*ζ「よく熟れたトマトにそっくり」

(´・ω・`)「……うん、実は結構な威力があった」

ζ(゚、゚*ζ「ほら、やっぱり!」

くるっと背を向けて、わたしは救急箱を取り出そうとした。
けれども彼は、それを優しく抱き止めた。

379 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:47:29 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「ありがとう」

ζ(゚、゚*ζ「……湿布、貼らないと」

(´・ω・`)「気持ちだけで十分さ」

またもや頭を撫でられて、わたしの髪はすっかり逆立っていた。

ζ(゚、゚*ζ(上手に結べてたのにー)

鏡を相手に、口を尖らせる。
こんがらがった毛糸束のような、黒い髪。
ブラシを手にして、よくよく梳くことにした。
鏡の中で、    はティーカップを手にしている。
あの女が一口も飲まなかった、可哀想なレモンティーだ。
見えざる手によって、スライスされたレモンが
浮き上がっているのが見えたから、きっとそうに違いなかった。

(´・ω・`)「苦いな」

ζ(゚、゚*ζ「渋かったかしら?」

(´・ω・`)「いいや、レモンのせいさ」

シュガーポットの蓋が、可愛らしい音を立ててずり落ちて、
シュガーキューブが一つ、二つ、羽の形になって飛び出した。
    は、結構な甘党だ。
一日に二回はおやつの時間を設けている。

380 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:48:34 ID:PogJdj520
彼に出会った頃のわたしはガリガリで、棒みたいな体型をしていたけれど、
釣られて甘いものを食べていたら、あっという間に丸く肥えてしまった。
以来おやつの時間は、二日に一回までと決めるようにした。
彼は構わず、いつでも甘いものを食べているけれど。

ζ(゚、゚*ζ(耐えているこっちの身にもなって欲しいわ)

ようやく髪を整えて、振り向くと彼は銀の砂糖を溶かしている最中らしい。
銀のスプーンがゆっくり、一人でワルツを踊っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「無理して飲まなくていいのに」

すっかりと冷めた水底には、砂糖の粒がゴロゴロに転がっているに違いない。

(´・ω・`)「作ってくれた人に申し訳ないからね」

ζ(゚ー゚*ζ(それはわたしに向かって言っているのかしら)

定かではないが、気付いたことがひとつある。
スプーンで攪拌するごとに、頬の腫れがみるみる引いていくのだ。

(´・ω・`)「やっぱり、珍しいかい?」

思わず振り向いたわたしに、にやと得意げに笑う彼。
魔法は、やっぱり不思議だ。
目に見えるものも、目に見えないものも、魔女は全てを拾い上げる。
存在を承認されたものは、魔女の祈りを掬い上げ、そうなるべしと助力する。

381 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:49:50 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ(それは、世の中に対する画素を増やすようなもの)

ぼやけたままに過ごしていたそれに気付くと、世界は途端に鮮やかさを増す。
その瞬間が、どうしようもなく好きだった。

ζ(゚ー゚*ζ(早くわたしも    みたいな魔女になりたいな)

    に従事してから随分と時間が経ったけれど、
未だに弟子という身分で、使える魔法も数少ない。

ζ(゚、゚*ζ(早くエフェクト持ちになりたいな)

エフェクト。
それは、自分だけの魔法を獲得したという証。
実力を認められ、通過儀礼を果たした本物の魔女だけが得られる、特別な印。
    のエフェクトは、灰色だ。

ζ(゚ー゚*ζ(初めて見た時には曇天の空みたいって思ったな)

穏やかな人柄からは想像もできないほどに冷たい色をしているけれど、
そこから飛び出す魔法はどんな魔女にも負けないくらい、鮮やかで楽しいものだった。

(´・ω・`)「うーん、苦い」

レモンティーを飲み干した頬は、すっかりと綺麗になっていた。

ζ(゚ー゚*ζ「もう痛くない?」

(´・ω・`)「うん。ありがとう」

383 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:53:54 ID:PogJdj520
再び頭を撫でようと腕が伸びてくる。
せっかく整えたばかりなので、
台無しにされては困るとわたしは口を開いた。

ζ(゚ー゚*ζ「ところで、あの額縁は何に使うの?」

ずっと気になっていたことを口にすると、

(´・ω・`)「君への誕生日プレゼントさ」

ζ(゚、゚*ζ「絵でも買ってくれるの?」

(´・ω・`)「まさか」

いたずらっ子のような笑みを浮かべて、彼は窓へと立てかけた。

(´・ω・`)「お手を拝借」

恭しく差し出された手を、わたしは握り返す。
額縁の向こうには、相変わらず霧がかった街が見えている。はずだった。

ζ(゚ー゚*ζ「あ……!」

公園の遊具、ヘルタースケルター。
飲みかけのレモンティーも、籠に盛られた果物も、ティーカップも、
ピカピカの鉄のフライパンも、玄関先に活けたカサブランカも、
ひとつきりしかないベッドも、皆吸い込まれていく。
当然、わたしたちも。
恐怖は、ない。
はてしなく続く螺旋状の滑り台に、身を委ねるだけ。

384 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:55:26 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「何処へ行くの!」

隣にはいない    に向けて、わたしは叫ぶ。

(´・ω・`)「君の好きなところへ!」

張り上げた声は、すぐ後方から聞こえてきた。
いつの間にか抱き上げられていたらしい。
わたしのお腹をぎゅっと抱きしめるように、背中から腕が伸びていた。

(´・ω・`)「だって今日は君の誕生日だもの!」

去年は、樹上の果実の中で一晩を過ごした。
一昨年は、氷河を歩いて、永の眠りに付いた太古の花を見に行った。
その前の年は、四日かけて世界中の夜を観測しに行った。
さらに前の年には月の裏側でクレーターを使ったワッフル作り、
ドラキュラの杭を求めてルーマニアに行ったこともある。
ヴェネチアの水を集めてエジプトに雨を降らしたり、
ダイアモンドと瑠璃を燃やして蒼ざめたマフィンを作ったこともある。
初雪となるはずだった雲を全部アイスクリームに変えたこともあるし、
ジェリービーンズからカラフルなうさぎを作り出してもらったこともある。
世界中を転々としているから、行ったことのない場所はない。
そう、彼と一緒にいればどこまででも行くことが出来た。
わたしは、万能の力に守られていた。

385 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:56:52 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ(    と一緒に行きたいところ)

行ったことのないところ。
考えては浮かんだ案を却下し、また考えてを繰り返した末に、

ζ(゚、゚*ζ「あ、」

あった。
ひとつ、未だに行ったことのない場所。
海。
どこまでも青く、空と海の境すらもあやふやな海。
その中でもうんと暗い、

ζ(゚ー゚*ζ「深海へ!」

叫んだ途端、空があることに気付いた。
黒い、黒い、吸い込まれるような黒い空。
しっとりと纏わりつく海水は、しんと冷えている。

ζ(゚ー゚*ζ「わぁ……」

下を見れば、海底はすぐそこへと近付いていた。
そぞろと黒い影が蠢き、よく見るとそれは巨大なダンゴムシに似ていた。

(´・ω・`)「オオグソクムシ、海底の掃除人さ」

優雅に着地した    の足元から、堆積した白い雪は、ふわりと舞い上がる。

(´・ω・`)「おいで」

ふふりと笑う彼は、未だに彷徨うわたしを捉えてくれた。

386 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:57:51 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「はぐれたらどうしようかと思った」

(´・ω・`)「そんな目に遭わせるわけないだろう」

ζ(゚ー゚*ζ(馬鹿なことを言ってしまった気がする)

急に恥ずかしくなり、わたしは辺りを見渡した。
深海には、際限なく闇が広がっていた。
それなのに、頭上からラベンダー色の明かりが灯されていた。
見ると、彼は頭上に向かって何かをばら撒いていた。
金粉、それも粉砂糖のように細かいものに見えた。

ζ(゚ー゚*ζ「なあに、それ」

(´・ω・`)「リンさ」

ζ(゚ー゚*ζ「リン?」

(´・ω・`)「この辺りの深海にはリンや硫黄を食用とする生き物が多い」

指差した先には、月面のようなクレーター。
よくよく目を凝らしてみると、そこから水が噴き出しているらしかった。

387 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:58:56 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「あれは硫黄泉。温度が六百度もある」

ζ(゚ー゚*ζ「熱いのね!」

(´・ω・`)「地下深くから噴き上がる時に膨大な摩擦が掛かる。
     だから熱泉となって湧きだすんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「でも、噴き出してるところにはフジツボみたいなのがいるけど」

(´・ω・`)「あれにとってはあそこが過ごしやすい場所なんだ。
     科学では未だにあれを地上に連れ出すことは出来ない」

ζ(゚ー゚*ζ「魔法では?」

(´・ω・`)「まぁ、やろうと思えば出来るだろうね」

自信たっぷりに言う    は、なんだか子供のようだった。

ζ(゚ー゚*ζ「それで、リンを撒いたらどうなるの?」

(´・ω・`)「そのうち分かるよ」

そう言って、    は地底を蹴り出した。
沈みつつあったマリンスノーは、再び舞い上がる様を見て、
いつかに貰ったクリスマスプレゼントを思い出した。
雪だるまの入った、スノーグローブだ。
背景にはサンタクロースが煙突へと入る場面が描かれていて、
毎年冬になると飾るのが習慣となっていた。

388 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 20:59:57 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「あ、」

粉雪は、みるみるうちにテーブルを作り出した。
マジパンで作ったウェディングケーキみたいな、真っ白なテーブルだ。
整った円形に変じたその端からは、サラサラと滝がこぼれていく。
ただしよく見ると、それは細かなレースの柄を編んでいた。
スミレ、勿忘草、バラに、チューリップ、それからポピー。
どれも素敵な花ばかり。

(´・ω・`)「座りなさいな」

柔らかな声が指す方向には、いつの間にやらソファーが出来上がっていた。
深海色のベルベットが張られたクッションは、優しく体を受け止めてくれた。

ζ(゚ー゚*ζ「宇宙にいるみたい」

まるっきり体重が消え去ったような気分で、思わず肘置きへとしがみつく。

(´・ω・`)「水中だからね」

至極当然な答えに、やはり気恥ずかしくなった。

ζ(゚ー゚*ζ(そうだ、水の中に入ると体が軽いんだ)

(´・ω・`)「心配しなくても、君が思い切りジャンプでも
     しない限りは何処にも行かないよ」

見透かしたように、    は微笑んだ。

389 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:01:37 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあもし、何処か遠くで、わたしが
     迷ってしまっても迎えに来てくれる?」

意地悪く返すと、    は頷いた。

(´・ω・`)「何処にいても、迎えに行くよ」

答える指は、とんとんとテーブルを叩く。
その魔法は、

ζ(゚ー゚*ζ「お茶会!」

(´・ω・`)「正解」

柔く微笑む彼を遮るように、あちらこちらからお菓子が降ってくる。
牡蠣殻の形をしたマドレーヌ。
青いジェリーの海。
その中で泳ぐクジラのエクレア。
薄い玻璃のような飴細工を纏ったヤドカリのタルト。
ヒトデそっくりの巨大なクッキー。
かわいいウツボのロールケーキ。
巻き貝の形をしたティーセット。

ζ(゚ヮ゚*ζ「すごい、すごい、すごーい!」

声をあげてはしゃぐわたしに、彼は目を細めた。

390 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:02:21 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「喜んでくれて何よりだよ」

ζ(゚ヮ゚*ζ「だって、素敵だもの!」

薄地のティーカップの中では、レモンのスライスがぷかぷかと浮かんでいる。
口にすると、爽やかな甘みと紅茶の香りがふんわり広がった。
わたしの入れたものとは大違いだった。

ζ(゚ー゚*ζ「おいしーい」

ついでにマドレーヌへと手を伸ばす。
しっとりふあふあとしたそれは、薄く塩がきかせてあった。

ζ(゚ー゚*ζ「全部おいしいよう……」

(´・ω・`)「まだまだたくさんあるから、ゆっくり食べなさい」

そう言う    だって、タルトとロールケーキを交互に頬張っていた。

ζ(゚ー゚*ζ(幸せだなあ)

しんと静まり返った深海の底、わたしと    の声だけが響く。
二人きりの世界。
それを見守るように、淡い光が降り注ぐ。

391 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:04:00 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ(そういえば、この光源は何かしら)

見上げると、小さな瓜型のクラゲが漂っていた。

ζ(゚ヮ゚*ζ「光ってる!」

ランタンのような光がちろちろと、右往左往している。

(´・ω・`)「さっき撒いたリンに寄って来ているんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「それを餌にしているの?」

問いかけに、    は頷いた。

(´・ω・`)「正確にいうと、リンを餌とする微生物があの中に住んでいる」

ζ(゚ー゚*ζ「クラゲが餌にしているわけではないの?」

(´・ω・`)「クラゲにとっては毒だね」

ζ(゚ー゚*ζ「でも死なないの?」

(´・ω・`)「クラゲはプランクトンを食べて、糞として酸素を作り出す」

ζ(゚ー゚*ζ「酸素が糞なの?」

(´・ω・`)「ほんの少しは生きるために必要だけど、
     殆どの酸素はクラゲにとって毒なんだ」

392 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:05:36 ID:PogJdj520
ご覧、と彼は燃える炎を指し示す。

(´・ω・`)「リンを取り込んだ微生物は、クラゲの
     毒となる酸素と反応を起こして炎を生み出す。
     すると酸素はリンと結合して、リン酸へと生まれ変わる」

ζ(゚ー゚*ζ「……むつかしいよ」

(´・ω・`)「はは、ちょっと難しいか」

ζ(゚ー゚*ζ「だいぶむつかしい」

(´・ω・`)「要するに、クラゲには微生物も酸素もリンも必要なのさ」

そう言われて、やっとわたしは理解する。

ζ(゚ヮ゚*ζ「わたしにとっての    みたいなものなんだね!」

(´・ω・`)「……まぁ、そういうものかな」

緩い微笑みと共に、彼はエクレアを摘んだ。
突然の出来事に驚いたクジラは、背中からクリームを吹き出した。

(´・ω・`)「……君のやりたい事は、見つかったかね」

その問い掛けに、わたしは頷いた。

393 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:07:29 ID:PogJdj520
ζ(゚ヮ゚*ζ「やっぱり、魔女になりたいの」

(´・ω・`)「やっぱり、か」

嬉しそうな、困ったような彼の笑みを見るたびに、わたしの胸は苦しくなる。
わたしは、    の役に立ちたかった。
助けてもらった恩もあるし、憧れもある。
魔法で人々の幸福を作り出す彼は、やっぱりかっこいい。
そう思うと同時に、心配もしていた。
だって彼はずっとひとりきりで、いつか擦り切れてしまうんじゃないかと感じていたから。

ζ(゚ー゚*ζ(だから、わたしはあなたの味方でありたいの)

わたしだけでも、彼を分かってあげなくちゃいけない。
助けてもらうばかりでは、いられない。

ζ(゚ー゚*ζ(もうお姫様は卒業するんだ)

わたしは、王子様を求めない。
もう十分に救われたはずだから。
わたしは、肉欲を求めない。
そんなものは、永遠から程遠いから。
わたしは、万人を愛したい。
それが彼の幸せに繋がるから。
わたしは、永遠を手に入れたい。
彼を支えるのは、わたしでありたい。

394 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:08:32 ID:PogJdj520
ζ(゚ー゚*ζ(    )

密かに、名前を呼んで、

ζ(゚ー゚*ζ「わたしは、あなたの幸せを、願わずにいられないの」

たった一言、しかし込められた想いは他の追随を許さない。
じくじくと沁みるこの想いは、きっと誰にも真似しようがない。
わたしだけの愛。

(´・ω・`)「……僕のことを考えなくても、いいんだよ」

呪いを解くように、彼は呟いた。
わたしは首を振る。

ζ(゚ー゚*ζ「あなたの幸せが、わたしの幸せだから」

(´・ω・`)「デレ……」

ζ(゚ー゚*ζ「勉強だって、たくさんするから」

だから、

ζ(゚ー゚*ζ「どうかわたしを、魔女にして」

今度はわたしが、あなたを救うんだ。

395 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:09:14 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……今月の終わりに、」

長い長い、永遠にも続く沈黙を破ったのは、    からだった。

(´・ω・`)「ブロッケン山へ行こう」

その言葉を耳にしたわたしは、鳥肌が立つ。

ζ(゚ー゚*ζ「それって……!」

わたしの想像を肯定するように、    は頷いた。

(´・ω・`)「ヴァルプルギスの夜だ」

灰を被ったような瞳が、きらと光った。

(´・ω・`)「それで君の幸せになるのなら、力を貸そ、おっと!」

ζ(゚ヮ゚*ζ「ありがとう!」

力いっぱい、    を抱き締める。

ζ(゚ヮ゚*ζ(嬉しい、嬉しい、嬉しい!)

これはあくまでも、スタートラインに立っただけ。
そうだと分かっていても、やはり嬉しいことに変わりない。

396 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:09:56 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「……まさか、ここまで喜んでくれるとは」

ζ(゚ヮ゚*ζ「だって今、人生で一番嬉しいんだもの!」

(´・ω・`)「分かった、分かった」

嬉しそうに、彼はわたしの頭を撫でた。
そのせいで、きっとまた髪の毛はふちゃむちゃになってしまったことだろう。
だけどそんなことは些細だ。

ζ(゚ヮ゚*ζ(やっと、あなたの役に立てる……!)

使命を胸に秘め、わたしはいつまでも彼に抱きついていた。

397 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:10:43 ID:PogJdj520
ヴァルプルギスの夜までの約一ヶ月間は、飛ぶように過ぎていった。
なんたって覚えなきゃいけないことは沢山ある。
先輩魔女やそれに仕えている使い魔に対する挨拶とマナー。
通過儀礼の予習と復習。
それから、

ζ(゚、゚*ζ「ふっ……おお……!」

(´・ω・`)「ああ、そんなに力んじゃうと」

ζ(>、<*ζ「あいたっ!」

(´・ω・`)「ひっくり返るよ……って、遅かったな」

箒を使って空を飛ぶ練習。
いかにも魔女です、という魔法だけれども、これが一番難しかった。

ζ(゚、゚*ζ「よい、しょっ!」

穂先へとしがみつき、地面を蹴り上げる。
よろよろと心許ない浮遊力で、わたしを持ち上げる箒。
ちなみに絵画やフィクションでは、穂を後ろにして
魔女は空を飛ぶが、現実では逆だ。
ホビーホースよろしく穂先を頭に見立てて空を飛ぶのが、正式なやり方で、

ζ(>、<*ζ「あふぇっ!」

……飛べるはずだった。

398 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:11:27 ID:PogJdj520
(´・ω・`)「だからね、あんまり穂先を上げるとひっくり返っちゃうんだよ」

ζ(゚、゚;ζ「ううう……」

(´・ω・`)「うーん……。
     ブロッケン山の近くまで転移して飛んでも、夜が明けてしまいそうだな」

ζ(゚、゚;ζ「間に合わないじゃない!」

(´・ω・`)「そう、間に合わない」

したたかに打ち付けた頭を撫でながら、彼はため息を吐いた。

(´・ω・`)「……来年にする?」

ζ(゚、゚*ζ「が、頑張ります……!」

もう一度立ち上がったわたしを見て、

(´・ω・`)「うんうん、僕は見守ってるからね」

彼は優しく微笑んだ。
それからは毎日のように練習して、なんとか長距離移動が可能になった。
……と言っても    の魔法で、ブロッケン山の麓まで
転移したらやっと辿り着けるという程度だ。
おまけに箒の方も、ちっとも言うことを聞いてくれないから、
    から灰色のリボンを付けてもらう羽目になった。

399 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:12:19 ID:PogJdj520
ζ(゚、゚*ζ(補助輪付きの自転車に乗ってるみたい)

轡の役割を果たしているそれをしっかと握りつつ、わたしは苦い思いに浸っていた。

(´・c_・`)「そんな顔しないの」

微笑ましく笑っているチビの男は、    その人である。
まん丸のお月様にちいちゃなトリュフみたいな黒い鼻が付いていて、
甘やかに透った声も、今日だけは信じられないくらいのダミ声になっている。
つまり、ちっとも    には見えない見た目をしていた。
どうしてこんな変装をするのかというと、彼は困ったようにこう言った。

(´・c_・`)「他の魔女には好かれていないからさ」

せっかくの祭に水を差すのも悪いだろう、と彼なりに気を使ってのことらしい。

ζ(゚、゚*ζ(いつものかっこいい    がよかったのに!)

きっと彼の実力をやっかんでいる連中がいるのだろう。
そんな矮小な連中に、優しい彼は気を使っているのだ。

ζ(゚、゚*ζ(なんて嫌な奴ら)

密かに憤るわたしを乗せ、少しずつ箒は山頂へと近付いていく。

400 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:13:38 ID:PogJdj520
ブロッケン山。
ドイツ中部に位置する、魔女の総本山。
一年のほとんどは雪と霧で覆われている、不可視の山。
四月最後の晩から五月の明け方に掛けて、ヴァルプルギスの夜は行われる。
今では観光用に人間が出入りしているらしいが、本物の魔女と出会う事は出来ない。
全世界より集った魔女は、霧によって神秘を守る。
修行中の魔女も、その場へ辿り着くことは出来ない。
師匠に認められた者だけが、招かれることで初めて立ち入ることが出来る。

ζ(゚ー゚*ζ(ワクワクしないわけがないよね……!)

そう思う一方で、わたしは必死に    の後を追う。
凍てつくような霧の中、見失ってしまったが最後、
来年まで機を逃すことになる。
いわばこれが、見習い魔女にとって最後の試練であった。

ζ(゚ー゚*ζ「!」

霧の中に、人影が見えた気がした。
じろと不躾に、

ζ(゚ー゚*ζ(いや、品定めをされているのはこっち……)

たら、と冷や汗が背中を伝う。

401 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:14:20 ID:PogJdj520
生命が終わりを迎える眠りの季節、冬。
太陽を取り戻し、芽吹きの到来を告げる季節、春。
死と生の境が最も薄くなるのが今宵、ヴァルプルギスの夜。
魔を呼び、霊を呼び、人にすり替わろうと画策する夜。
こちらへと近付いて来るのは、死者の魂だけではない。
志半ばで倒れ臥し、己が存在価値を見失った魔女は、透明な死へと誘われる。
生きながらにして透明にされてしまった魔女の行く末は、記録されていない。
いや、記録が消されてしまう。
深く愛されようが、信仰を集めていようが、
透明にされた魔女の痕跡は、跡形もなく消えてしまう。
知識をばら撒き、他人の見識を深めるきっかけを与える。
それが魔女にとって生涯を掛けた大仕事となる。
つまり、その仕事の成果を台無しにしてしまうのが透明な死である。

ζ(゚ー゚*ζ(冷え冷えとした視線を感じるわ)

透明になった魔女が、再度形を得ようともがく今。
灰色のリボンを抱くように、わたしは    を追いかける。

ζ(゚ー゚*ζ(魔女になる)

ただ一つの願いを、

ζ(゚ー゚*ζ「魔女に、なる」

口にして、

ζ(゚ー゚*ζ「    を救う、魔女になる!」

402 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:16:12 ID:PogJdj520
まろび出ては消え行く何者か達。
彼らの間を潜り抜けた途端、視界に広がったのは
虹色のフレアを描く巨大な篝火だった。
追っていた背中が急降下して行くのが見えた。

ζ(゚、゚*ζ「おっとっと」

慌てて後を追うと、禿山のように見えていたそれが、魔女の集団である事に気が付いた。

ζ(゚ヮ゚*ζ「わぁ……」

山羊そっくりの魔女に、鸚鵡のような鼻を持つ魔女、
梯子のように背の高い魔女に、和装姿の魔女。
見ているだけで飲み込まれてしまいそうな、魔力の渦。

(´・c_・`)「ああ、よかった」

箒を片手に、彼が歩いてくるのが見えた。

(´・c_・`)「振り向いたらいないから、置いてきてしまったのかと」

ζ(゚ー゚*ζ「ううん、大丈夫!」

(´・c_・`)「最初に比べたら随分上達したね」

ぽすぽす、と背中を叩かれるわたしは、

ζ(゚、゚*ζ(まるで馬のように扱われてるわ)

と思っていた。

403 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:17:16 ID:PogJdj520
(´・c_・`)「休んでいる暇はないよ」

と指差す方向には、櫓が建っている。

ζ(゚ー゚*ζ「通過儀礼ね?」

確認するように目を走らせると、彼は頷いた。

(´・c_・`)「僕はあそこへ行くことが出来ないから、ここで待っているよ」

ζ(゚ー゚*ζ「行ってきます」

手を振りながら、わたしは再び空へと舞い上がる。
もう、最初の頃のようにずり落ちることはなかった。

404 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:18:53 ID:PogJdj520
毎年ブナの木を切り出して建てられる櫓、メイポール。
そこに立ち入ることができるのは、篝火を管理する魔女と、
これから通過儀礼を受ける見習いの魔女のみ。

ζ(゚ー゚*ζ(一生に一度しか見ることの出来ない風景)

順番を待ちながら、篝火を見下ろした。

ζ(゚ー゚*ζ(    も、わたしみたいにドキドキしたのかな)

ふと、疑問が湧き立った。
こう見えても長生きしていて、若く見せているのは努力によるものだと
常々彼は語っているけれど、一体果たして実年齢は何歳なのだろう。

ζ(゚ー゚*ζ(わたしが子供の頃からずっと容姿が変わっていないもの)

そんなわたしも、年を正確に数えてはいない。
お酒を飲める年齢には達した、とは思う。

ζ(゚、゚*ζ(ま、いっか)

名前を呼ばれたわたしは、思考を中断する。
とうとう、順番が回ってきた。

405 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:19:33 ID:PogJdj520
*(‘‘)*「さ、どうぞです」

年端もいかない魔女が差し出すのは、サンザシの枝。
白い花は瑞々しく咲いている傍で、銀の針のごとく伸びている棘。
そこへと指を伸ばし、ぷつ、と肉を喰ませる。

ζ(゚、゚*ζ「いたた」

指先に浮かぶ赤い血は、艶めくサンザシの実のようだ。

*(‘‘)*「次は、この札に判を押すのです」

差し出された紙は、二センチ四方の小さなもので、
三行三列のマスに区切られている。
左上から順に、それぞれ一から九までの数字が描かれていた。

ひょう、ひょう、

と吹く寒風に攫われないよう、指先に貼り付ける。
じわ、と滲む血を吸い上げて、紙は数式を成長させていく。
一は十へと置き替わり、四は零へと数が減った。
五と六はそれぞれ七と八に入れ替わり、右下のマスには四を得た。
出鱈目な魔方陣。
しかし、それは人間の道理から見た場合での無意味。

ζ(゚ー゚*ζ(魔女に、なる)

強く念じ、わたしは紙を飲み込んだ。



味は、何もしない。
血の味すらも感じない。
紙を飲み込むのだから、喉に違和感があるのかと思えば、それすらも虚無だった。
ほんの一瞬、世界が止まったような気がした。
聴覚、視覚、嗅覚、触覚、味覚。
全てを失い、忽ちに引き戻される感覚。
鋭敏に研ぎ澄まされた本能。

*(‘‘)*「さあ」

さあ、さあ、さあ、さあ、

見守っている魔女の声が、何重にも重なる。
耳の奥に洞が出来て、うわんと畝るような気持ち。
ふら、と一歩を踏み出した。

406 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:20:20 ID:PogJdj520
.


ζ(゚ー゚*ζ「汝、会得せよ」


唱和。


ζ(゚ー゚*ζ「一を十と成せ」


誰の声と特定することのできない、
絶対的な魔女の声。


ζ(゚ー゚*ζ「二を去るに任せよ」


聞き覚えがあった。


ζ(゚ー゚*ζ「三をただちに作れ」


聞き覚えがなかった。


.

407 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:22:15 ID:PogJdj520
.


ζ(゚ー゚*ζ「しからば汝は富まん」


ただひたすらに、わたしを包み込む。


ζ(゚ー゚*ζ「四は捨てよ」


わたしを取り込まんとするその声を、


ζ(゚ー゚*ζ「五と六より、」


わたしは唱う。


ζ(゚ー゚*ζ「七と八を生め」


櫓から篝火が見える。


.

408 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:23:48 ID:PogJdj520
.


ζ(゚ー゚*ζ「かく魔女は説く」


そこには透明な澱が存在していた。


ζ(゚ー゚*ζ「かくて成さん」


不可視の彼岸が見えていた。


ζ(゚ー゚*ζ「すなわち九は一にして、」


溢れんばかりに満ちている、悪魔の気配。


ζ(゚ー゚*ζ「十は無なり」


生者と死者の境界は限りなく薄くなる。


.

409 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:24:34 ID:PogJdj520
.


ζ(゚ー゚*ζ「これを」


わたしは、


ζ(゚ー゚*ζ「魔女の」


落ちる。


ζ( ー *ζ「九九と」


炎へ。


ζ( ー *ζ「いう」


.

410 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:25:39 ID:PogJdj520
.







生と、







.

411 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:26:21 ID:PogJdj520
.







   死の、







.

412 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:27:05 ID:PogJdj520
.







      境界を、







.

413 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2017/10/11(水) 21:27:47 ID:PogJdj520
.







          超えて。







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