これを魔女の九九というようです

五と六より、七と八を生め

163 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:28:57 ID:HOaUlsmE0







五と六より、七と八を生め







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164 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:29:50 ID:HOaUlsmE0
翌朝、ペニサスは何事もなかったかのように僕に挨拶をした。
生返事をし、僕は彼女の体を眺めた。
生きている。
昨日の出来事が、まるで嘘のようだった。

('、`*川「どうしたの?」

(´・_ゝ・`)「……え?」

('、`*川「険しい、っていうか怖い顔してるから」

(´・_ゝ・`)「いや、なんでもないよ」

('、`*川「師匠に何か言われた?」

(´・_ゝ・`)「…………」

こういう時、咄嗟に嘘がつけないというのは困ったものだった。
その代わり、僕は一部分だけを伏せて話した。

(´・_ゝ・`)「君が魔女になるのには反対だって言ってただけだよ、彼はね」

ペニサスはそれで納得したらしく、その後は何も追求してこなかった。
キッチンにいたデレに呼ばれて、朝食を取りに行ったのもあるのだろう。
僕はハチミツの塗られたトーストを齧る。
ハチミツなんて久々に食べた気がした。
砂糖とも果物とも違う独特な甘みは、気分を穏やかにしてくれた。
甘ったるい口の中に、コーヒーを流し込む。
ああ、甘い。
欲を言えば、朝のコーヒーだけにはマシュマロを入れて欲しくなった。

165 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:31:08 ID:HOaUlsmE0
しかしデレの善意を断れず、僕はマシュマロが徐々に溶けていく様を眺めることしかできなかった。
もう一口すすってみた。
甘みがさらに上書きされ、舌が痺れるような感じがする。
やはり普通のコーヒーがよかったな。
甘みよりも塩気が欲しくなり、卵の黄身が絡まったハムを口の中に放り込む。
うん、うまい。
ハムエッグなんて定番の料理だが、僕は半熟の目玉焼きが作れない。
あとでデレに作り方を聞いてみようか。
ついでにドクオの件についても。

('、`*川「デレさんったらケチなのよ」

キッチンから居間に帰ってきたペニサスは、僕の隣に座るなりそう言った。

('、`*川「もっとコーヒーにマシュマロ入れたいって言ったら、怒られたの」

(´・_ゝ・`)「……まぁ、そうだろうね」

マグカップから溢れ出そうになっているマシュマロを見て、僕はそう返した。

(´・_ゝ・`)「これいくつ入れたんだい、ペニサスくん」

('、`*川「十五個」

(´・_ゝ・`)「どう考えてもそれは入れすぎだよ」

('、`*川「甘ーいほうがおいしいに決まってるじゃない」

(´・_ゝ・`)「僕のは五個入れてもらったけど、十分甘いよ」

('、`*川「そうかしら」

167 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:32:30 ID:HOaUlsmE0
ペニサスはおもむろに僕のマグカップに手を伸ばし、口に含んだ。
その途端彼女の眉間に皺が寄り、僕の方を見た。
嘘つき、と視線が物語っている。
抗議されても勝手に飲んだほうが悪いのだと僕は思うのだが。

('、`*川「わたしやっぱりこっちのほうがいい」

毒でも飲み干したような顔をして、ペニサスは自分のマグカップを手にした。
その代わり僕のマグカップは、乱雑に突き返された。

('、`*川「甘くておいしー」

(´・_ゝ・`)「ペニサスくんねえ……」

甘いものばかり食べてたら病気になるよ、と言いかけて僕は止めた。

('、`*川「なに?」

(´・_ゝ・`)「なんでもないよ」

僕はペニサスの皿に乗っていたプチトマトを口に入れた。
彼女は大げさに叫んで、僕の脇腹を小突いた。

ペニサスが単純でよかった。
僕は心底そう思いながら、昨日の出来事を思い出した。

168 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:33:38 ID:HOaUlsmE0
(´・ω・`)「デレ、見損なったよ」

ζ(゚ー゚;*ζ「違うの」

(´・ω・`)「何が違うんだい? 言い訳なら聞いてあげるよ」

何を考えているのかわからない眼差しで、ショボンはデレを見つめる。
デレは腕に爪を立て、ガリガリと引っかいていた。
無意識なのかもしれない。
赤い線が重なっていく様を見て、そう思った。

ζ(゚ー゚;*ζ「ほんとに、ちがうの、ドクオが、かってに、やったの……」

幼く、掠れた声だった。
かわいそうなほどに言葉は震え、彼女は今にも泣きそうだった。

(´・ω・`)「ふむ」

ショボンはデレから視線を外し、床へと向けた。

('A`)「…………」

ドクオはどこか遠くを見つめていたが、やがてそれに気付いた。

('A`)「な、ナ、なンデフくぁ」

ますます舌ったらずな喋り方になってしまったのは、僕のせいであった。
おそらく投げ飛ばした際に口の中を切ってしまったのだろう。
それでも悪いことをしたという気持ちは全く起きなかったのだが。

169 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:34:18 ID:HOaUlsmE0
(´・ω・`)「君が勝手にペニサスを殺したのかい? それともデレに頼まれていたのかな?」

('A`)「……ぁっ、ぁ、しデなぃ」

(´・ω・`)「何をしてないんだって?」

無色不透明な声はドクオを貫く。
べぇ、とドクオは血を吐き出し、こう答えた。

('A`)「デレ、はかん、けぃなイ」

(´・ω・`)「君の独断か」

ため息と共に、ショボンの声はいつもの調子を取り戻した。

(´・ω・`)「変だとは思っていたんだよね」

(´・_ゝ・`)「変?」

(´・ω・`)「ペニサスはこれ以上老いもしないし病気もしない。危害を加えられても彼女が生きることを望む限り、死ぬことはない」

寝息を立てているペニサスをショボンは見遣る。
月光に照らされた彼女の顔は蒼白く、血が通っていないように見えた。

(´・ω・`)「デレもそれを知っているから、殺すならこんな中途半端な真似をしないと思ってね」

視線が移ろい、デレに向けられた。
まるで釘を刺すように、あるいは信頼するように。

ζ(゚ー゚*ζ「……わたしがそんなことするはずないって、知ってるくせに」

170 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:35:37 ID:HOaUlsmE0
デレは、笑った。
安堵と諦観を混ぜたような笑みだ。
笑っているはずなのに、泣いているようにも見えた。
それがとても寂しいものに見えて、僕は息苦しくなった。

添えられたサラダを口にして、僕は回想を打ち止めた。
変わる事のない肉体。
死んでいるのに生き続けているという矛盾。
彼女は気付かないのだろうか。
それとも、気付いたらなにか処置をされてきたのか。

ζ(゚ー゚*ζ「お味はどうかしら」

家事を終えたらしいデレが、部屋に入ってきた。
今日も彼女の格好は派手である。
薄黄色のブラウスに、真っ赤なスカート。
裾や袖には白いフリルやレースがふんだんに使われていた。
よくそんな格好で料理ができるなと僕はある種の尊敬を抱いていた。

('、`*川「すっごくおいしいです」

ペニサスの言葉に、僕も頷いた。

ζ(゚ー゚*ζ「ならよかったわ」

柔らかな弧を描く目は、とても優しい眼差しをしていた。
今まで見た中で一番自然な笑みだ。
少しの毒っ気も含んでいない。
しかしそれも長くは続かなかった。

171 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:36:20 ID:HOaUlsmE0
ζ(゚ー゚*ζ「あ、そうそう」

口の緩みを正すように、彼女は言う。

ζ(゚ー゚*ζ「ペニサスちゃん、今日はわたしと一緒にお出かけしましょう?」

('、`*川「お出かけですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「ショッピングモールに行きたいの。新しいお洋服買ってあげるわよ」

('、`*川「行きます!」

ペニサスは残っていたハチミツトーストを一口で頬張った。
咀嚼もままならぬ様子で、それをコーヒーで押し流した。

ζ(゚ー゚*ζ「そんなに焦らなくてもいいのよ?」

('、`*川「でも、デレさんとお出かけするのは久々ですから……」

ζ(゚ー゚*ζ「ゆっくりでいいわよ、ゆっくりで」

そう言ってデレはちらりと僕を見た。

ζ(゚ー゚*ζ「洗い物しなくっちゃね」

空っぽになった皿を一枚持ち、彼女はキッチンへと戻った。
僕はコーヒーを飲み干し、その後に続いた。

(´・_ゝ・`)「手伝いますよ」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、いいのに」

172 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:38:35 ID:HOaUlsmE0
一瞥もくれずにデレは言う。

ζ(゚ー゚*ζ「それよりも気になることがあるんじゃないかしら?」

見透かされている。
どうにも食えない人だ。
少し反発心が湧いた。

(´・_ゝ・`)「……ドクオくんは、大丈夫なんですか?」

僕の言葉に、デレは一瞬皿を洗う手を止めた。

ζ(゚ー゚*ζ「……気にしているの? あなたのせいじゃないのに」

(´・_ゝ・`)「殴ったのは事実ですから」

ζ(゚ー゚*ζ「ペニサスちゃんのことが好きなのね」

(´・_ゝ・`)「好きというか、なんでしょうね」

有耶無耶な返事をしつつ、考える。
好きか嫌いかで言えば、好きである。
かと言って特別かどうかを問われると答えに窮する。
僕にとってのペニサスとは……?

ζ(゚ー゚*ζ「ドクオは大人しく部屋で寝てるわ。魔法を使ったから、怪我も全部治ってる」

もうペニサスちゃんと二人きりにはさせないけどね、とデレは食器をカゴの中に仕舞った。
かちゃりと陶器のぶつかり合う音が響く。

ζ(゚ー゚*ζ「それより、ショボンがあなたに話があるって言ってたわよ」

(´・_ゝ・`)「話ですか」

173 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:39:17 ID:HOaUlsmE0
ζ(゚ー゚*ζ「そうよ、ペニサスちゃんのいないうちならゆっくりお話しできるでしょう?」

(´・_ゝ・`)「そう頼まれたんですか」

僕の質問にデレは答えなかった。
ほんの一瞬にまりと笑って、それからこう言った。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、ペニサスちゃん。食器持ってきてくれたのね」

振り向くと、そこには空になった皿を積み上げたペニサスが立っていた。

('、`*川「どういたしまして」

ζ(゚ー゚*ζ「洗うのは任せておいて。あなたは着替えてきなさいな」

('、`*川「はーい」

ペニサスはちらりと僕を見た。

('、`*川「なんの話してたの?」

(´・_ゝ・`)「ちょっとした世間話だよ」

('、`*川「なにそれ」

ζ(゚ー゚*ζ「ペニサスちゃんー、早くお出かけしましょ?」

催促するように、デレは会話を遮った。
ペニサスは少し戸惑う様子を見せたが、何も言わずにキッチンを後にした。

ζ(゚ー゚*ζ「嘘をつくのが下手な人ね」

(´・_ゝ・`)「隠し事をしないで生きてきたものでね」

ζ(゚ー゚*ζ「羨ましいわ」

174 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:40:40 ID:HOaUlsmE0
あんまり羨ましくなさそうな声で、デレは言った。

ζ(゚ー゚*ζ「冷蔵庫のなかにお皿があるから、あとであの人に持って行ってね」

そう託けて、デレもキッチンを後にした。

(´・_ゝ・`)「ふう……」

久々に一人になった気がして、僕は溜息を吐いた。
ずっと緊張し通しで、生きた心地がしなかった。
実際そうなのだが。

…………生きてはいないが、しかし意思はある。
僕は胸の内を整理すべく、コーヒーを入れることにした。
もちろん今度は、マシュマロ抜きで。

175 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:42:31 ID:HOaUlsmE0
ペニサスとデレが出掛けたのを確認して、僕はショボンの部屋へ向かった。
ノックをすると、一人でに扉が開いた。
それに招かれるようにして僕は白い地面の世界へと降り立った。
緩やかな木立は不気味なほどに静かであった。
さぁ、と風が吹いてもざわめきは聞こえない。
鳥の囀りも聞こえず、僕の足音も響かない。
果たして本当に歩いているのだろうか。
きちんと前に、進めているのだろうか。
まったく変わらない景色に対抗して、僕は歩みを進めた。

やがて地面に緑の染みがにじみ出た。
歩く度にそれは形を成していき、しばらくしてからそれが芝生のなり損ないであると気付いた。
緑の侵食はどんどん広がっていく。
僕は幼い頃に遊んだ原っぱを思い出した。
よくバッタやカマキリなんかを捕まえていたが、今となっては見かける事もなくなってしまった。
触るのももう無理かもしれない。
子供の頃には何でもなかった事でも、大人になるとなんだかんだ理由をつけて出来なくなるのが常であるからだ。

帆布で出来たパラソルが視界に入る。
その下にはシートが広がっていて、ショボンが気持ちよさそうに眠っていた。
しゃくしゃくと芝生を踏みつけながら、僕は近付く。

(´・ω・`)「……ああ、来たんだね」

やおら起き上がり、彼はそう言った。

(´・ω・`)「おはようデミタス。ゆっくり休めたかね?」

(´・_ゝ・`)「あまり寝付けませんでしたよ」

(´・ω・`)「だろうね。僕もだよ」

176 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:43:39 ID:HOaUlsmE0
ぐわぁとショボンの口が大きく開かれ、間延びした声が吐き出された。

(´・ω・`)「あーあ、いつまでも寝転がるのはよくないね」

彼が立ち上がると同時に、パラソルが霞消えた。
世界は目まぐるしく変わっていく。
鉄で出来た優雅な椅子が二脚、滲み出た。
次に瞬きをすると、木製のテーブルが出来上がっていた。

(´・ω・`)「それ、デレが作ってくれたのかい?」

(´・_ゝ・`)「あ、ああ……。はい」

ゆめうつつといった感じの声が出る。
今までにも魔法に触れてきた。
しかしこんなふうに飲み込まれるような、どこか恐ろしいものは初めてであった。

(´・ω・`)「ふむ」

椅子に座った彼の指は、テーブルをとんとんと叩いた。
恐る恐る僕は、フルーツサンドの入った皿をそこに置いた。

(´・ω・`)「フルーツサンドか」

ほんの少し微笑んで、ショボンはぽつりと呟いた。
考えあぐねるように空間を飛び回っていた色彩たちは、その一言で整理がついたらしい。
雲ひとつない青空。
その青と相対するかのような赤煉瓦の街並み。
燦々と降り注ぐ陽光は、不思議と爽やかであった。

(´・ω・`)「コーヒーも欲しいねえ」

177 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:44:37 ID:HOaUlsmE0
指が二度、テーブルを叩く。
真っ白な陶器が形を成す。
とぷんと液体の揺れる音、苦く香ばしい匂い。
正真正銘のコーヒーだった。

(´・ω・`)「デミタス、君は砂糖とかミルクはいるかい?」

(´・_ゝ・`)「……いえ」

(´・ω・`)「ああそう。ところでいつまでそこに立っているのかな」

ショボンは心底不思議そうにそう問うた。
僕はそれに答えず、黙って椅子を引いた。
ひんやりとした鉄の感触は、魔法で引き出されたものとは到底思えなかった。
しかし、やはりこれは魔法なのだ。
これだけの日が差し込んでも全く汗をかかないし、街には僕たち以外に人はいなかった。
あまりにも完成されすぎた空間だ。
居心地の悪さを誤魔化すため、僕はコーヒーをすすった。
それに気付かず、ショボンはサンドイッチを手に取った。
イチゴやキウイ、オレンジなどの果物がたっぷり入っていて、生クリームがはみ出ている。
見るからに食べにくそうだったが、彼は欠伸した時よりも大きく口を開けた。
ばくりと食らいつくその様は、童話に出てくる狼を連想させた。
幸せそうに?が緩みながらも、さらにもう一口。
そんな調子だったので、皿はあっという間に空になってしまった。

(´・ω・`)「さてと」

指についた生クリームを舐めとり、ショボンは手をあげた。

(´・ω・`)「デミタス、十年前の秋頃に君は何をしていたか覚えているかね」

(´・_ゝ・`)「十年前?」

178 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:45:19 ID:HOaUlsmE0
唐突にあげられた数字に、僕は戸惑った。
十年前というと、他県の部署の人員が足りなくなったのでその穴を埋めていた頃だ。
初めは三ヶ月のつもりだったがやがてそれは半年になり、結局ずるずると一年半も出張していた。

それをショボンに伝えると、彼は少し考える素振りを見せた。

(´・ω・`)「……見てもらった方が早いな」

ショボンが宙を掴む動作をすると、その手には紙が一枚握られていた。

(´・ω・`)「これを見て欲しい」

(´・_ゝ・`)「……っ!?」

その紙には、セーラー服を着たペニサスが印刷されていた。
その隣にいる人間の顔はモザイク加工されていたが、同じ制服を身につけている。
友達と撮った写真なのだろうか?
幼く無邪気な笑みを浮かべる彼女は、まるで別人のようだった。
しかし、彼女はペニサスに間違いなかった。

その写真の下には、「伊藤ペニサスさんを探しています!」と大きく書かれていた。
伊藤。
伊藤ペニサス。

(´・_ゝ・`)「……ああ」

そこでようやく思い出す。
彼女を一度全国ニュースで見かけていたことを。

179 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:47:12 ID:HOaUlsmE0
その十七歳の少女は、とても面倒見がよかった。
リーダーシップもあり、いつもクラスの中心にいた。
クラスメイトからは慕われ、先生からも一目置かれていた。

十年前の秋。
彼女は下校時間ギリギリまでクラスメイトと学校に居残っていた。
文化祭が間際に迫っていたので、その準備に追われていたのだ。
秋の日はつるべ落としとはよく言ったもので、帰る頃には日がとっぷりと暮れていた。
いつもと同じようにクラスメイトに別れを告げ、少女は一人で帰ったらしい。
学校から家まで三十分の道程。
その途中、肉まんを買ったのをコンビニ店員に目撃されたのを最後に、少女は姿を消した。
連日メディアではその詳細を繰り返し放映し、警察も無垢で真面目な少女を見つける事に躍起になっていた。

しかし事態は進展しなかった。
メディアも膠着状態のそれよりも、より刺激的なニュースを茶の間に届ける事になった。
失踪した少女の安否は知れず、やがて記憶の片隅にも残らず忘れ去られていった。

その少女が、微笑んでいる。
僕の手は震え、思わず左手でその手首を掴んだ。

ペニサス。
君は、…………。

(´・ω・`)「およそ九年前の夏。僕は日本に帰ってきた」

ショボンの声によって、僕は現実に呼び戻された。
紙から目を離そうとして、しかし頭は動かなかった。

(´・ω・`)「久々の故郷に懐かしむ暇もなく、一つの祈りが耳に入った。とある山から聞こえるそれは、哀れになるほどか細く痩せていた」

僕は睨みつけるようにショボンを見た。
彼は気にせず、話を続ける。

180 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:48:26 ID:HOaUlsmE0
(´・ω・`)「『助けて、わたしを見つけて』。その祈りに居たたまれなくなり、僕はその山に向かった」

これ以上、話を聞きたくなかった。

(´・ω・`)「山奥に埋められていたそれは、目も当てられないような姿になっていてね」

呼吸が浅くなる。
悪い夢を見ているようだった。

(´・ω・`)「散々嬲られた挙句、最期は生きたまま焼かれたらしく、骨がひどく痛んでいた」

思わず紙をくしゃくしゃに丸めた。
僕はひどく怒っていた。

(´・ω・`)「燃え残っていた制服の裾に、たまたま彼女の名前が残っていたんだ」

心臓が抉られたように痛い。
ひどくひどく、痛かった。

(´・ω・`)「僕は、彼女の事を随分調べたよ。もう一度生きたいと願うあの子を無視する事が出来なかったんだ」

心の中に地獄が広がっていくようだった。
僕はそのままショボンの言葉に耳を傾けた。

(´・ω・`)「蘇生という魔法は、生きたいという死者の意思とその存在を認める情報が必要だ」

(´・_ゝ・`)「情報?」

(´・ω・`)「外見、生い立ち、為人などだね。承認、認知、発見などは魔法を使う上では重要な要素だからさ。何も知らなければそれはただの骨としか認識出来ない、ペニサスだという認識は得られない」

(´・_ゝ・`)「ああ……」

181 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:51:16 ID:HOaUlsmE0
ペニサスの話を思い出して、僕は息を漏らした。
魔女は境界線を跨ぐ者。
その境界線はありとあらゆるところに存在し、魔女でない者はその境界線を意識しない。
知らなければそれらはいないも同然だ。
彼らは祈りを現実へ引き出すために、万物の存在を認める。
自らの祈りを彼らにも認めてもらうために。

(´・ω・`)「事件当時の資料を漁ればおおよそのことはわかった。あの子を見つけて一週間も経たないうちに、僕は蘇生に着手できた」

蘇生は、無事成功した。
多少の混乱が見られたものの、二日もすればペニサスは以前と同じように活動するようになったらしい。
その更に三日後には、ショボンが魔法を使わずともペニサスの生きたいという意思のみで動けるようになったそうだ。

(´・_ゝ・`)「でも、生き返ったらペニサスは記憶喪失になっていたと」

僕の言葉に、ショボンは首を横に振った。

(´・ω・`)「痛覚や味覚が鈍くなった以外は全て上手くいっていた、はずだった」

彼はそこで言葉を区切った。
するすると言葉を紡いでいた口は鑰でも付いているかのように閉ざされていた。

(´・ω・`)「今際の記憶がフラッシュバックしてしまったんだ」

(´・_ゝ・`)「…………」

瞼がじんわりと熱を持ったような気がして、目元に手をやった。
もしかしたら涙が出るような気がしたけども、気のせいであったらしかった。

(´・ω・`)「目も当てられないような状態だった。彼女は懸命に生きようとしたけど日に日に窶れていった」

182 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:52:58 ID:HOaUlsmE0
冷めたコーヒーを口にしたショボンはとても苦い顔をしていた。

(´・ω・`)「忌まわしい記憶は彼女から生きる意思を確実に奪っていった。このままでは死んでしまうと思ったんだ」

(´・_ゝ・`)「……まさか、」

(´・ω・`)「ペニサスの記憶を消したのは僕だよ」

一陣の風が吹いた。
居心地の悪くなったショボンが無意識に引き起こした魔法なのかもしれない、と僕は今の話とは全く関係ないことを考えていた。

(´・_ゝ・`)「それも、彼女が望んだことなんですか」

絞り出すような声に、僕は戸惑った。
他人のことでこんな風に動揺したのは初めてだった。

(´・ω・`)「僕の独断だ」

(´・_ゝ・`)「……なぜ」

(´・ω・`)「あの子は全てを受け入れようとしたけど、それができるほど成熟していなかったからさ」

だけど、死の記憶だけ消してしまえば、それでよかったんじゃないのか。
どうして全部、忘れさせてしまったんだ。
きっと彼女には、大切な思い出もあっただろうに。
人差し指の腹に、親指の爪が食い込んだ。
生きていたら血が滲んでいただろう、と他人事のように考えて思い出したことがある。
ペニサスは、血を流していた。
死んでしまえば血の巡りは止まってしまうし、もちろん心臓も動かなくなる。
だけど彼女は全てを忘れてしまっている。
死んでいるとは夢にも思っていない。
気付いていないから彼女の体もまた、生きている人間に近い動きをしているのかもしれない。

183 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:54:31 ID:HOaUlsmE0
ショボンは再び口を開いた。

(´・ω・`)「このままだとペニサスは死ぬよ」

(´・_ゝ・`)「……!」

絶句する僕に、ショボンはさも当然といった表情で、こう言った。

(´・ω・`)「死ぬよ、君が殺すんだ」

魔女と使い魔の間にできる精神的な繋がりは、僕やペニサスが思っている以上にとても強力なものだという。
魔女は無条件で使い魔に対して魔法を使えるし、使い魔の祈りを魔女が肩代わりすることでそれを魔法に昇華することができる。

……僕たちは二つ過ちを犯した。
一つ目はペニサスが中途半端に魔法の知識を得ていたこと。
二つ目は、僕が大して生きたいという意思を持っていなかったこと。

(´・ω・`)「君の蘇生は非常に中途半端だ。今こうして活動できていることが奇跡といっても過言ではない」

前述の通り、死者の祈りと魔女の認識が蘇生を成立させる要となる。
死んで間も無くペニサスに見つかったことで、僕はその存在を認めてもらえた。
これが腐っていたり白骨化していたら、僕は蘇生出来なかっただろう。

その後会話をするために一時的に蘇生した僕は、その後使い魔になることを誓った。
ここがそもそもの間違いだったのだ。
僕は、僕の意思で生きたいと望んだわけではなかった。
その時も、今までも、ずっとペニサスの祈りにしがみついて生きてきた。
彼女が僕に生きて欲しいと祈っていたから、僕は生きてこれたのだ。

(´・ω・`)「生きる気力のない君を生かし続けるには膨大な労力が必要になる」

185 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:57:24 ID:HOaUlsmE0
僕は電池切れ寸前の携帯電話と一緒なのだという。
外部バッテリーで充電しながら無理矢理動かしている状態で、バッテリーの電力がなくなれば携帯電話の電源は落ちてしまう。
そしてバッテリーが充電されれば電力が供給され、携帯電話を使う事ができるが、バッテリーの消耗は著しくなる。
やがて徐々に溜め込む電量が少なくなり、いずれバッテリーは壊れてしまうだろう。

(´・ω・`)「現にペニサスが起きていられる時間は減っていっている。今は夜更かしできなくなる程度だけど、そのうちあの子は眠り続けるようになって最終的には二人とも死んでしまうだろうね」

(´・_ゝ・`)「どうすれば、いいんですか」

するとショボンは口元に笑みをたたえた。

(´・ω・`)「君の記憶を消そう。使い魔であったことも、魔法の事も、全部忘れるんだ」

(´・_ゝ・`)「全部……?」

(´・ω・`)「そう、全部。そうすれば君も自分が死者である事に気付かない」

(´・_ゝ・`)「…………」

(´・ω・`)「そんなに心配しなくたって大丈夫さ、前の暮らしに戻るだけだよ。その暮らしを何十年もこなしてきたんだから、今更どうという事もないさ」

僕は、迷った。
たしかにショボンの言う通り、僕が忘れてしまえば全て丸く収まるのだろう。
忘れてしまえば、きっと楽なのだ。
ペニサスの生きたいという祈りだって守る事ができる。
僕がいなければそれを食い物にする輩もいなくなるからだ。
僕は、魔女になりたいというあの子の力になれていなかったんだ。
使い魔であったのに、ペニサスをサポートするどころか足を引っ張ってしまっていたんだ。
どうしようもない人だな、僕は。

204 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/06(土) 01:09:35 ID:sxoF/qR.0
ぼんやりと考えるうちに、僕は日陰が出来ていることに気付いた。
僕たちの周りを、灰色の人影がぐるりと取り囲んでいたのだ。
それはまるで檻のようでもあり、僕を弾劾する正義が形を成したようでもあった。

(´・ω・`)「どうするんだい?」

決まりきっている答えを引き出すように、ショボンは急かす。

(´・_ゝ・`)「僕は……」

乾いて、掠れてしまった声があたりに響く。
灰色の人影たちは、僕の顔を覗き込むように距離をぐっと縮めにきた。

僕は、あの子に生きてほしかった。

186 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:58:53 ID:HOaUlsmE0
ショボンの部屋を後にした僕は、居間へ向かった。
ベッドのそばに置いてあった段ボールを漁り、小型の鞄を取り出した。
幾許かのお金をその中に入れ、僕は居間を出た。
それからキッチンに立ち寄り、僕は二階へと上がった。
書斎とペニサスの間にある部屋が、デレの部屋であった。
扉をノックする。
返事はない。
しかし彼はいるだろう。
扉を開ける。
中は薄暗かった。
窓は鎧戸によって閉ざされているからだ。
四隅に設置されたフットランプが唯一の光源らしかった。

(´・_ゝ・`)「ドクオくん」

僕は薄暗がりに向かってそう呼びかけた。
ずずる、と動く気配がする。
どこにいるのかはわからない。
部屋の中に入ろうという気が起きなかったので、彼がこちらに来るのを待っていた。

やがて彼は姿を現した。

('A`)「ぁ、ア? でみタす?」

不思議そうな顔をして、彼は僕に問うた。

(´・_ゝ・`)「もう君に会うことがないだろうから、謝りに来たんだ」

('A`)「あャまる……?」

(´・_ゝ・`)「咄嗟のこととはいえ、殴ってしまってすまなかった。だけどもうペニサスくんにあんな事をしてはいけないよ」

('A`)「う、ゔぅ?」

187 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 16:59:51 ID:HOaUlsmE0
いまいち飲み込めないような顔をして、ドクオはこう言った。

('A`)「でみタス、どうシたの?」

(´・_ゝ・`)「今夜、僕はペニサスと離れ離れになるってことさ」

無事に夜が来たらの話だけどね、と僕は付け加える。

(´・_ゝ・`)「でも、どうしてあんなことをしたんだい」

ドクオは口を閉ざしたが、一言こう呟いた。

('A`)「スキだから、デレが」

(´・_ゝ・`)「好きだからか」

('A`)「で、デも、デレは、かんけィない」

(´・_ゝ・`)「そうか」

僕はドクオに向かって手を差し出した。
ドクオはそれを、不思議そうに見つめた。

('A`)「なニコれ」

(´・_ゝ・`)「握手だよ。相手の手を握るんだ」

その行為にどんな意味が含まれているのか、ドクオはわからなかったかもしれない。
だけどドクオは、僕の手を握り返した。

188 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 17:00:43 ID:HOaUlsmE0
いまいち飲み込めないような顔をして、ドクオはこう言った。

('A`)「でみタス、どうシたの?」

(´・_ゝ・`)「今夜、僕はペニサスと離れ離れになるってことさ」

無事に夜が来たらの話だけどね、と僕は付け加える。

(´・_ゝ・`)「でも、どうしてあんなことをしたんだい」

ドクオは口を閉ざしたが、一言こう呟いた。

('A`)「スキだから、デレが」

(´・_ゝ・`)「好きだからか」

('A`)「で、デも、デレは、かんけィない」

(´・_ゝ・`)「そうか」

僕はドクオに向かって手を差し出した。
ドクオはそれを、不思議そうに見つめた。

('A`)「なニコれ」

(´・_ゝ・`)「握手だよ。相手の手を握るんだ」

その行為にどんな意味が含まれているのか、ドクオはわからなかったかもしれない。
だけどドクオは、僕の手を握り返した。

189 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 17:01:35 ID:HOaUlsmE0
(´・_ゝ・`)「ありがとう、ドクオ」

('A`)「あ、ァリがとウ? デミたす」

(´・_ゝ・`)「きっとこれでお別れだ。短い間だったけどありがとう」

細く骨ばった手が、僕の手から抜けていった。
彼はまた薄暗がりの中に消えていき、僕はそれを見送った。
扉を閉めて、僕は目を閉じる。

デレは、やはりペニサスが嫌いだったのだろう。
だけど、その死までは望んでいなかったはずだ。
デレは自分の全てをショボンに委ねている。
ショボンの欲望は彼女の欲望でもあるし、ショボンの幸福は彼女の幸福でもある。
そしてショボンの望みはペニサスの幸せで、その幸せはペニサスの生存によって成り立っていると考えている。
どんなに不愉快でも、それがショボンの望みであるならデレは邪魔しない。
とすると、やはりペニサスを殺したのはドクオの独断なのだろう。
ドクオはデレが好きだから、ペニサスを……。

(´・_ゝ・`)「……帰ってきた」

階下で、扉の開く音が聞こえてきた。
僕は階段を降りて二人を出迎えようとした。
しかし玄関にいたのはデレ一人だけであった。

(´・_ゝ・`)「お帰りなさい」

ζ(゚ー゚*ζ「ただいま。出迎えてくれるなんてよっぽど帰りが待ち遠しかったのね」

首を横に振るが、デレはくすくすと笑った。

190 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 17:04:58 ID:HOaUlsmE0
ζ(゚ー゚*ζ「あの子なら廃教会まで自転車を取りに行ったわよ。サバトの時に置いてきたのがよっぽど気にかかってたみたいなの」

(´・_ゝ・`)「そうですか」

平静を装おうとしたが、デレにはお見通しのようだった。

ζ(゚ー゚*ζ「ショボンから、話聞いたんでしょ」

(´・_ゝ・`)「はい」

ζ(゚ー゚*ζ「どうするの?」

(´・_ゝ・`)「……今夜ペニサスくんが眠ったら、全てを忘れるという約束をしました」

ζ(゚ー゚*ζ「そう」

興味なさげに、デレは短く言葉を返した。

(´・_ゝ・`)「デレさん」

ζ(゚ー゚*ζ「なあに?」

(´・_ゝ・`)「その靴は、人を移動させられるんですよね」

ζ(゚ー゚*ζ「ええ」

(´・_ゝ・`)「例えばですけど」

と、僕は青銅色の靴を見つめて問う。

(´・_ゝ・`)「靴を履いたデレさんと手を繋いで、僕一人だけをどこかに飛ばすことも出来ますかね」

191 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 17:06:31 ID:HOaUlsmE0
ζ(゚ー゚*ζ「出来るけど、どこに行きたいの? カンザス? それともエメラルドの都かしら?」

茶化すような言葉に、僕は真面目に返す。

(´・_ゝ・`)「廃教会です」

ζ(゚ー゚*ζ「……ペニサスちゃんと離れるのが惜しいから、少しでもそばにいたいの?」

(´・_ゝ・`)「まぁ、そんなことです」

僕はそっと鞄に力を込めた。

ζ(゚ー゚*ζ「意外ね、あなたってドライな人だと思ってた」

(´・_ゝ・`)「少し長くそばに居すぎたのかもしれないですね」

ζ(゚ー゚*ζ「……夕飯までには帰ってくるのよ」

デレが手を差し出してきた。
僕は礼を言い、彼女の手を取った。

カン、踵がひとたび打ち付けられる。

(´・_ゝ・`)「魔法陣は」

カン、ふたたび音が響く。

ζ(゚ー゚*ζ「要らないわ、あれは大人数だったから」

カン、みたび靴が鳴いた。

192 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 17:08:58 ID:HOaUlsmE0
途端、周囲の色がめちゃくちゃに混ぜ合わされた。
ぶくぶくと泡が僕の足元を溶かし、繋いでいたはずの手はどこかへ消え失せていた。
少し心細くなりながらも僕は祈る。
ペニサスの元へ、廃教会へ行きたいと。

深海に投げ込まれたかと思うと景色は明るくなり、あるいは樹海に放り込まれて空をいきなり飛んだりした。
目紛しく変わる風景は、果たして正しいものなのか僕は判断できなかった。

やがて、暴力的な色彩の竜巻は去っていった。

見覚えのあるその建物は、やはり廃教会であった。
辺りを見回す。
ペニサスは見当たらない。
しかし草むらの中に自転車が倒れているのを見つけた。
そしてそのそばに、ショッキングピンク色をした袋が置かれていた。
ペニサスが買った服が入った袋なのかもしれない、と僕は考えた。
僕はなんとなしに廃教会に向かって歩いた。
壁に蔦が絡まっているのがみえる。
長いものは屋根にまで届こうとしていた。
なんて力強いのだろう。
植物の生命力に、僕は少し打ちのめされそうになった。

石でできた階段を上る。
入り口らしきものはすぐ見つかったが、扉がとっくの昔に朽ちてしまったらしい。
ぽっかりと開いているそこは、化け物の口のように見えた。
躊躇する僕の足元にはガラスの破片やら小さな鉄の部品やらが散乱していた。
あながち間違いでもないのかもしれない。
人を食べて、装備品を適当に吐き出したような跡にも見えたからだ。

(´・_ゝ・`)「何を考えているんだか」

193 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 17:11:03 ID:HOaUlsmE0
はたと我に帰り、叱咤するように呟く。
僕はそっと中を覗き込んだ。
教会内は思ったよりも明るかった。
天井の一部が崩れているせいだろう。
床は所々木が腐っている。
気をつけないと踏み外して怪我をしてしまう。
僕は慎重に歩みを進めた。
床板の隙間からは植物が競って背を伸ばしている。
内壁も、外壁同様に蔦が侵食していた。
ただやはり、日光が当たらないせいか蔦の一部は真っ黒に枯れていた。
それでも勇ましく、蔦は進軍をやめていなかった。

(´・_ゝ・`)「おっと」

踏み出した部分がみしりと音を立てた。
僕は慌てて足を引っ込めた。

「誰かいるの?」

警戒するような声は、聞き覚えのあるものだった。

(´・_ゝ・`)「僕だよ、ペニサスくん」

ペニサスは、ひょっこりとパイプオルガンの陰から顔を覗かせた。

(´・_ゝ・`)「そんなところにいたのか、気付かなかったよ」

('、`*川「ちょっと面白い仕掛けがあったのよ。というかデミタスはそこで何してるのよ」

(´・_ゝ・`)「君に用件があって、ここまで来たんだよ」

194 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 17:12:45 ID:HOaUlsmE0
僕はパイプオルガンのある右側に向かってゆっくりと進んだ。
ペニサスはその成り行きを見守りつつ、僕に話しかけてきた。

('、`*川「どうしてここがわかったの?」

(´・_ゝ・`)「デレさんがちょうど帰ってきた時に、君がいなかったから聞いてみたんだよ」

('、`*川「それでデレさんにここまで連れてきてもらったの?」

(´・_ゝ・`)「そういうことになるね」

遅々と、しかし着実に僕はペニサスに近付いていった。
鞄を掴む手に、力が入る。

(´・_ゝ・`)「ペニサスくん」

あともう少しだ。

(´・_ゝ・`)「君は、自分の記憶がどんなものなのか気になるかね」

('、`*川「……気になるわ、でも師匠は無理して思い出さなくていいって」

もう少しで、辿り着く。

(´・_ゝ・`)「師匠の考えは抜きにして考えてほしいんだ。君は思い出したいのかな、それとも忘れていたいのかな」

('、`*川「思い出したいわ」

意外なことに彼女は即答した。

195 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 17:13:52 ID:HOaUlsmE0
('、`*川「大事なことを忘れている気がするの」

(´・_ゝ・`)「戻ってきた記憶は、とても辛くて悲しいものかもしれないよ」

ようやく、パイプオルガンの前まで来れた。

('、`*川「それでも、わたしは取り戻したい」

(´・_ゝ・`)「その方法が、苦痛を伴うとしたら?」

僕はパイプオルガンの裏手へと回る。
数歩歩けばペニサスに触れられる距離まで、僕は詰める。

('、`*川「そうしたら、デミタスが助けてよ」

(´・_ゝ・`)「僕が?」

向かい合う僕たちの視線はぶつかり、絡み合う。

('、`*川「わたし、あなたが来るまでずっと一人だったのよ」

ショボンもデレも、ペニサスを可愛がってくれた。
しかしあの家に帰ってくるのは稀で、彼らがいない間はずっと孤独であった。
街へ出ても知り合いは居ないし、誰にも話しかけられない。
まるで透明な存在のようであったと彼女は話す。

('、`*川「あなたと会った時、わたしは自分の居場所を見つけたような気がしたの」

(´・_ゝ・`)「ペニサスくん……」

196 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 17:14:47 ID:HOaUlsmE0
僕はため息まじりに名前を呼んだ。
やはり、少し怖かった。

(´・_ゝ・`)「約束しよう。僕は、君のそばにいるよ。だけど記憶が必ず戻るとは限らない方法なんだ」

('、`*川「それでも試す価値があるなら、わたしはやってみたい」

(´・_ゝ・`)「…………」

僕は背後に追いやっていた鞄の口を開けた。
中を弄り、探し当てる。
紙を取っ払い、握りしめた。
手が震えてしまう。
だけど、やらなくては。

ペニサスは僕の様子に気付かずに話す。

('、`*川「ね、その方法ってどんなものなの? どうやってデミタスは師匠に交渉し」

ペニサスが固まる。
僕の手に何が握られているのかを視認したのだろう。
彼女が行動を起こすよりも先に鞄を投げ捨て僕は一気に距離を縮めた。

(´・_ゝ・`)「ごめん、ペニサスくん」

これがどんな結果を引き起こしたとしても、僕は君を見捨てないから。
その言葉が届いたのかは定かではない。
ただ行動の成果に、生暖かい液体がぬるりと僕の手に絡みついたのは確かであった。

( 、 *川「ど、して……っ、」

腹を穿たれたペニサスは、やっとの事でそう言った。
僕は謝りながら、もう一度刃を突き立てた。

197 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 17:16:44 ID:HOaUlsmE0









五と六より、七と八を生め 了










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198 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/06/05(金) 17:17:58 ID:HOaUlsmE0
登場人物紹介

(´・_ゝ・`) 盛岡 デミタス
人を刺すのは初めて

('、`*川 伊藤 ペニサス
何回も刺されていた

ζ(゚ー゚*ζ デレ
言葉で刺した回数いざ知らず

('A`) ドクオ
牙を剥いたのは一度だけ

(´・ω・`) ショボン
無意識に刃を立てている


フルーツサンド
地味に手間がかかる一品。デレは四枚切りの食パンを二枚使って作っている

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