これを魔女の九九というようです

二を去るにまかせよ

29 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:06:34 ID:q9TyRmLg0







二を去るにまかせよ






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30 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:08:29 ID:q9TyRmLg0
案外人というものは何処でも眠れるものだな、と僕は初めて知った。
何度か立ち止まり、道を聞くたびにペニサスは億劫そうにその目を開けた。
そうしてむにゃむにゃと寝言まじりに次の到達点を告げ、僕は放り出されたそのパズルを解くのに必死になっていた。
要するに、ずいぶん時間が掛かったということだ。
着いた頃には小一時間どころかその倍の時間は経ってしまっていた。

彼女の家、もとい正しくは師匠の家は高級ベッドタウンの一角にあった。
日当たり良好、二階建ての一軒家。
ただし外観はさっぱりわからなかった。
家を取り囲むように藤の木がぐるりと天然物の塀を作り出していて、要塞のような威圧感を放っていた。
枝垂れた紫は、どこか毒々しいものに見えて心穏やかになることを許してくれなかった。
そして、その壁の向こうに見える家もなんだかよくわからない植物に覆われていた。
家ではなく怪物の住処に来た気分だった。

(´・_ゝ・`)「ペニサス君」

勝手に入るのもまずいだろうと僕は彼女をたたき起こした。

('、`*川「ん……」

とろんとした眼は何回かの瞬きを経て、はっきりとした光を得た。

('、`*川「ついたのね」

ありがとう、と言いながらペニサスは慣れた手つきで門扉を開けた。

(´・_ゝ・`)「自転車は?」

('、`*川「そのまま持ち上げて庭に持って来ちゃって」

31 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:09:53 ID:q9TyRmLg0
短い階段をとんとんと駆け上りながら、ペニサスは言う。
そんなに重いものではなかったが、わざわざこの階段を上り下りするのは不便だったに違いない。
何度かペダルに脛を蹴られながら、僕はそう思った。

中に入ると、ますます家の異様さが際立った。
家に絡みついていたのは、木香薔薇と羽衣素馨であった。
柔らかいクリーム色の花と、強い芳香を放つ薄桃色の花が押し合いへし合い咲く様は浮世離れしていた。
ところどころ庭に落ちた影は、侵略痕のように感ぜられた。
彼らは家だけでは飽き足らず、庭にまで手を伸ばしているのだ。

('、`*川「なにしてるの?」

ペニサスはきょとんとした様子で、僕を見ていた。

(´・_ゝ・`)「あ、いや……。見事な花だなと思って」

当たり障りのないようにそう返すと、ペニサスは嬉しそうに笑った。

('、`*川「師匠が全部植えたのよ」

(´・_ゝ・`)「お師匠さんの趣味か」

('、`*川「たくさんお花を植えると、そのエネルギーを分けてもらえるんですって」

にこにこと笑いつつ、ペニサスは足元に咲き誇る花を踏み潰しながら、僕のそばによってきた。
パンジーだのポピーだの、色とりどりのそれはくちゃくちゃに丸められた紙屑のようになってしまった。
少し気の毒になった。

32 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:11:08 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「自転車はこっち」

右手側の隅っこに、これまた花に覆われたガレージがあった。

('、`*川「今度からはデミタスが運転してね」

(´・_ゝ・`)「はいはい」

ふと思い立ったように、彼女は上着のポケットを漁った。

('、`*川「飴食べる?」

(´・_ゝ・`)「いや要らない」

ペニサスは、そう、と返してまた例の飴を頬張った。
見ているだけであの味が舌に蘇ってきて、僕は少し眉間に皺をよせた。


あれだけの植物に覆われていたのだから、中は閉塞感がすごいだろうと僕は身構えていた。
しかしどういうわけか、不思議と清々しい空気に満ちていた。
僕は一足踏み入れただけで、この家をすっかり気に入ってしまった。

('、`*川「靴は棚の空いてるところならどこでも入れていいから」

靴を箱に収めながら、ペニサスはそう言った。

(´・_ゝ・`)「ちょっといいかな」

('、`*川「なに?」

(´・_ゝ・`)「君の靴、変じゃないか?」

今更気づいたが、彼女の靴はちぐはぐであった。
片方は金色、もう片方は銀色のラメが輝くバレエシューズ。
なにか意味はあるんだろうか?

33 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:12:34 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「魔女は境界線に立つことを意識しなきゃいけないの」

(´・_ゝ・`)「境界線?」

('、`*川「そ、境界線。魔女はそれを跨ぐ存在なの」

死と生、朝と夜、赤と青、日常と非日常……。
世の中にはたくさんの境界線が張り巡らされているが、人々はそれを意識することなく暮らしている。
それを意識し、越えようとしたり跨いだり見つめたりすることが修行の一環なのだという。
把握する境界線が多ければ多いほど、魔女の自分と人間の自分を分断する要素が増えていく。
人格の乖離こそが、魔力の要なのだそうだ。

('、`*川「だからこれも一つのおまじない」

魔法を使う時と使わない時とで身につける物を変えることで、細かく境界線を増やしているのだ、とペニサスは教えてくれた。

('、`*川「とは言っても、それで増える魔力なんてたかが知れてるけど」

大事そうに箱を閉じ、ペニサスは棚の中にそれを仕舞った。

魔女というものを、僕はまだまだ理解しきれていない。
しかしその断片は、とても魅力的でどこか危うさを感じさせるものだった。
もしも人間であった時の自分があまりにも遠くに行ってしまったら。
忘れてしまったら、その魔女はどうなってしまうのだろうか。

34 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:13:28 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「まずお風呂に入らなきゃね」

(´・_ゝ・`)「え?ああ、うん」

生返事をしながら、僕はペニサスの後をついていく。

('、`*川「スーツ、捨てちゃってもいいよね」

(´・_ゝ・`)「お願いするよ」

それなりの値段はしたが、どう見てももう着れそうになかった。
というかよくこんな格好で自転車を漕いでて職質されなかったなと僕は唸った。
早朝で人通りが少なかったとはいえ、血みどろのスーツを着た男が少女を連れ回していたら怪しいにもほどがあっただろうに。

('、`*川「そこがお風呂、石鹸とかは好きに使っていいから。お湯も溜めていいわ。これタオルね」

手際よくカゴから引っ張り出されたタオルは、次々僕の手に渡された。

('、`*川「スーツはこの袋に入れてね。着替えは今探してくるから」

(´・_ゝ・`)「……すまないね」

これではどっちが従者なのやら。
と思っているのが伝わったのかはわからないが、ペニサスは少し拗ねたように言った。

('、`*川「今日だけよ、お客さん扱いするのは」

明日からはわたしがパシるんだからー!などと言いながら、彼女は脱衣所のカーテンを勢いよく閉めていった。
僕は若干途方に暮れながら、ようやく服を脱ぐことにした。

35 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:14:42 ID:q9TyRmLg0
風呂場は思ったよりも大きく、立派であった。

(´・_ゝ・`)「猫足のバスタブなんか初めて見たな」

思わず口に出しながら、僕は蛇口をひねって湯を溜めた。
その間に体を洗うことにした。

しかしやたらボトルが多く、どれを使えばいいのか僕はさっぱり見当がつかなかった。
好きに使っていいと言われたが、こうも選択肢が多いと選び辛かった。

(´・_ゝ・`)「おお」

と、ここで僕は見慣れたものを発見した。
牛乳石鹸。
これさえあればとりあえず頭でも体でも洗ってもいいだろうという謎の安心感がある石鹸。
子供の頃にかじってあまりの苦さに涙目で吐き出した覚えもあった。
牛乳で出来てるならきっとおいしいだろうと僕は思ったのである。
そんなはずはないのに。

適当にしゃかしゃかと泡立てて、頭に乗せる。
ところどころじんわりと痛む箇所やかさかさに乾いた血がべろりと剥がれるような感触がした。
さっきまで死んでいたという証拠が、少しずつ消え失せていく。

思ったより、死ぬというのはなんともないものだったな、と僕は考える。
ほぼ即死だったせいか、痛みに苦しむ間もなかった。
ただあのままどうすることも出来ずに、寝転がっていたのはどうにも落ち着かない気分であった。
一本の映画が終わり、エンドロールも流れ切ってしまったのに、照明がつかない映画館に一人取り残されたらああいう気分になるのかもしれなかった。
どうするんだ、僕はどうしたらいいんだ。
このまま待てばいいのか、それとも動くべきなのか。
しかし真っ暗な映画館で立ち上がるのは、なんとなく気が引けてずっと座らざるを得ない。
結果そのまま一人でゆらゆらと揺れる「Fin」の文字を見つめ続ける羽目になるのだ。

36 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:16:00 ID:q9TyRmLg0
(´・_ゝ・`)「あちっ」

どうやら設定温度を間違えたらしい。
少しお湯が温かったからといって、適当にいじりすぎたのだろう。
しかし火傷するほどの温度でもなかった。
僕は手探りでかちかちとダイヤルをまわした。

(´・_ゝ・`)「え」

丁度いい、と感じたその水温は、五十三度。
結構熱いはずなのに、僕はそれを心地いいとすら感じていた。

(´・_ゝ・`)「……火傷もしてない」

普通だったらヒリヒリしてたまらないだろうに、それもなく、僕はやはり死んでいるのだなと実感した。
きっと死んでいるから、生身とは勝手が違うのだろう。
呆然としながらも、僕はタオルを手に取りまた泡立て始めた。
今ならこの石鹸を齧っても、苦くないかもしれなかった。

37 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:17:02 ID:q9TyRmLg0
風呂から上がると、着替えと思しき服が置いてあった。
が、しかし。

(´・_ゝ・`)「貴族のコスプレかな……? これは……」

まず一番最初に目に付いたのは、胸元にフリルがついたシャツと朱色のネクタイ。
その次に置かれていたのはダークチョコレート色のベスト。
唯一平常心で履けそうなのは真っ黒なスラックスくらいであった。

フリル付きのシャツが一番着るのに抵抗があったが、仕方ない。
出されたものに文句を言うのは少し図々しい気がしたのだ。
僕は諦めて袖を通すことにした。
いったいどんなセンスをしているんだか……。
僕はペニサスが少し恐ろしくなった。

しかし案外着てみると、不思議なことにそれはしっくりと僕の体に馴染んでしまった。
まるでそれが当たり前だったように。

(´・_ゝ・`)「ペニサス君」

少し心細くなり、僕は彼女を探した。
彼女は、居間と思しき部屋にいた。

(´・_ゝ・`)「寝ちゃってるよ……」

ソファーで横たわる彼女はどこからどう見ても熟睡していた。
ロココ調の白家具とリラックマの着ぐるみを着た魔女。
なんともいえない組み合わせである。

(´・_ゝ・`)「風邪ひくよ」

揺さぶるものの、ペニサスは起きない。
僕は途方にくれながら、せめて毛布でも探そうと家の中を探すことにした。

38 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:21:10 ID:q9TyRmLg0
居間のすぐ隣はキッチンであった。
綺麗に整頓されていて、生活感はあまり感じられなかった。
間違ってショールームにでも来てしまったかのような気分になった。
ペニサスは、ちゃんと食事をとっているのだろうか。
料理出来ない四十路手前の男は考える。
もし料理を作ってくれと言われたらどうしようか。
インスタント食品と惣菜が主食の僕は、目玉焼き一個作るのがやっとなのだ。

(´・_ゝ・`)「ん……?」

と、僕は奇妙なものを発見した。
洗いカゴの中に放置されているそれは、実験室で見たことがあるものだった。
ビーカー、乳鉢、乳棒。
料理するのに使うものとは到底思えなかった。
一体何をしているんだろうか、ペニサスは。
後で聞いてみようと思いつつ、僕はキッチンを後にした。

廊下をうろうろしていると、二階へ続く階段のスペースを利用した物置を見つけた。
もしかするとその中に毛布があるかもしれない。
そう思い扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。
見られたくないものが入っているのかもしれない。
仕方なくそのまま二階へ上がることにした。

39 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:22:15 ID:q9TyRmLg0
階段は狭く、かなり急勾配であった。
手すりに掴まっていないと上がるのは難しく、壁か何かを登っている気分になった。

(´・_ゝ・`)「つ、疲れるなこの家は……」

上りきった頃には息が切れ、運動不足を実感することとなった。

さて二階には三つ部屋があった。
一つは書斎だったが、本棚に収まりきらなかった本が床に雪崩れているのを見て僕は中に入るのを止めてしまった。

もう一つは鍵がかかっていたので、中の様子は分からなかった。
書斎のすぐ隣にあったので、もしかするとペニサスの師匠の部屋なのかもしれないと僕は考えた。

最後の部屋は、ペニサスの部屋であった。
天蓋付きのベッドに、小振りなシャンデリア。
メープル色の机には、鬼灯を模したランプ。
チェストの上には小振りの釜と黒曜石の鏡が僕の顔を映していた。
白を基調とした壁には、青紫色のテッセンの絵が直接描かれていた。

小さな部屋なのに様々な情報が凝縮されている気がして、思わず目眩がした。

(´・_ゝ・`)「毛布を……」

無意識に一言漏らし、ベッドに近付く。
薄い掛け布団を手に取り、僕は逃げるようにしてその部屋から去った。
そしてソファーで眠るペニサスにそれを被せた後、僕の意識はぷっつりと途切れてしまった。

40 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:23:01 ID:q9TyRmLg0
起きた頃にはとっぷりと日が暮れていて、僕の体はあちこち軋んで悲鳴をあげていた。

('、`*川「床でなんか寝るからよ」

先ほどまでうたた寝していたソファーに腰掛けるペニサスは、憎たらしくそう言った。
僕は少しカチンとしながら、その隣に座った。

(´・_ゝ・`)「起こしたら君が怒るかと思って」

('、`*川「うぐ」

言葉に詰まったペニサスは、やおらその傍に置いてあった紙袋を差し出した。

('、`*川「ドーナツ食べる?」

(´・_ゝ・`)「もらおうか」

紙袋を覗くと、ピンクのチョコレートやしゃりしゃりしたグレーズのかかったドーナツが見えた。
それよりも僕はオーソドックスなオールドファッションが好きなのだが、残念なことにそれは今ペニサスの口に収まってしまった。

仕方ないのでもちもちした食感が売りのドーナツを食べることにした。

('、`*川「一個でいいの?」

(´・_ゝ・`)「食べたら考える」

('、`*川「じゃあイチゴのはもらっちゃうから」

細い指がピンク色のそれをつまみ上げる。
人工的な色合いをした食べ物が苦手な僕には、ありがたい選択であった。

41 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:24:24 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「これ食べたら、轢き逃げ犯を探すわ」

(´・_ゝ・`)「あ、ああうん」

急に聞こえてきた物騒な単語に、僕は少し面食らった。

(´・_ゝ・`)「どうやって探すんだい?」

('、`*川「スクライングするの」

(´・_ゝ・`)「スク……なんだって?」

ごくんと最後のひとかけらを飲み込み、ペニサスはどこか誇らしげに説明し始めた。
とはいえ例の寝間着のままなので格好はつかないのだが。

('、`*川「占いとかでよく水晶玉とか覗いて予言したりするでしょう?あれやるのよ!」

(´・_ゝ・`)「あー……」

紫色のベールで顔を隠した怪しげな老婆が巨大な水晶玉相手に手で覆う様を思い浮かべ、僕は頷いた。

('、`*川「わたしの部屋から黒い鏡持ってきて」

入ったから分かるでしょ、とペニサスは畳んだ掛け布団を僕に託した。

(´・_ゝ・`)「ついでにこれも戻して来いと」

('、`*川「話が早くて助かるわ」

早速僕はペニサスの部屋へ向かった。
いよいよ犯人が分かる。
自然と気分が高揚し、僕は滑るように階段を駆け上がった。
そしてあの真っ黒い鏡を手にして、慎重に階段を降りた。
黒曜石は言ってみれば天然のガラスである。
落としたらきっと粉々に砕けてしまうだろう。

42 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:25:35 ID:q9TyRmLg0
しかし本当にこんなもので分かるのだろうか?
正直半信半疑であった。

(´・_ゝ・`)「おっと」

部屋に戻ると、ペニサスは真っ黒なコルセットスカートと格闘していた。
いつ用意したのだろうか。

('、`*川「あ、ちょうどよかった」

これつけてくれない?とペニサスはペンダントを差し出した。
血のように赤い石がついていて、その中には細い針のような黒がいくつか入っていた。

(´・_ゝ・`)「はい」

('、`*川「ありがと」

そう言うペニサスは、すっかりさっきとは違う面持ちであった。

(´・_ゝ・`)「着替えるのも境界線を増やすためかい?」

('、`*川「そうよ。さっきの着ぐるみもほんとは着たくないんだけど、メリハリをつけたほうがいいって友達が言うから……」

(´・_ゝ・`)「君、友達いたの?」

思わずそう言うとペニサスはあからさまに機嫌が悪くなった。

('、`*川「いるわよ」

(´・_ゝ・`)「てっきり学校に行ってなさそうだからいないのかと」

慌てて弁解するも、彼女の唇はとがりっぱなしだった。

43 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:26:15 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「魔女には魔女なりのネットワークがあるんですぅー」

そう言って、彼女はテーブルに置かれた鏡と対峙した。

('、`*川「……  、    、…………。    」

微かな声が僅かに部屋に響く。
相変わらず僕には何を言っているのか理解できなかった。
歌うようなその呪文は延々と長く続き、麻痺した時間が淀むように部屋を支配していった。

しかし終わりは唐突にやってきた。

('、`*川「……見えない」

焦ったようにペニサスは言った。

(´・_ゝ・`)「見えない?出来ないじゃなくて?」

('、`*川「今まではちゃんと出来たもん!」

むすっとした表情でペニサスは食ってかかった。

('、`*川「ちょっとした探し物とか占いとか……。それこそデミタスが死んだこともスクライングしなかったらわたし知らなかったもの!」

(´・_ゝ・`)「それは、その……。すまなかった」

少し傷付いたような表情は、僕の良心をちくりと抉っていった。
しかしできなかったのは事実なのだ。
僕は少しペニサスの能力を疑い始めていた。

('、`*川「もう一回やってみる」

そう言って鏡と向き合ったが、結局それを三回繰り返して彼女は諦めた。

44 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:27:22 ID:q9TyRmLg0
(´・_ゝ・`)「たまたま調子が悪かったのかもしれないよ」

('、`*川「そんなのなんの慰めにもならないわよ……。基礎中の基礎なのに」

聞けばこんなことが起きたのは初めてなのだという。
ペニサス自身も戸惑っているのだろう。
僕はどう励ませばいいのかすっかり困っていた。

(´・_ゝ・`)「とりあえず……」

うーん、と考えて、僕は思い出す。

(´・_ゝ・`)「お菓子でも食べようよ」

('、`*川「今からコンビニ行くの?」

キョトンとした顔でペニサスは問う。

(´・_ゝ・`)「会社に私物のお菓子が随分残ってるのを思い出したんだよ」

('、`*川「え、会社に行くの?デミタスの?」

(´・_ゝ・`)「うん」

('、`*川「……これから?」

(´・_ゝ・`)「これから」

45 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:28:19 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「大丈夫なの?」

(´・_ゝ・`)「今日はノー残業デーだから誰もいないと思う。それにある程度私物の整理もしたいしね」

('、`*川「警備の人は……」

(´・_ゝ・`)「忘れ物したから取りに来ました、この子は姪っ子です、でごり押しする」

('、`*川「…………デミタスってさ」

(´・_ゝ・`)「うん?」

('、`*川「結構ぶっ飛んでるよね」

そう言いながらも、ペニサスは玄関へと向かっていった。
僕はそのうち自分の家にも行かなきゃなぁなどと考えていた。
どうせ僕が死んだことに誰も気付いていないだろう。
なんせ死体がこうして歩き回ってしまっているのだから。

46 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:29:28 ID:q9TyRmLg0
そもそも会社に行こうと思ったのは、朝ペニサスの家へ向かう時にその近くを通ったからであった。
三十分あれば会社へ着く距離に、まさか魔女がいるなんて。
まさに日常と非日常の境界線に立っているような気分になった。
別に魔女だの魔法だのに嫌悪感があるわけでもない。
ただ、僕はまだ自分の死を受け入れきれていなかった。
本当はすべて夢で、気付いたら会社と家の往復をするいつもの暮らしに戻れてしまうのではと思っていたりもする。

けれども僕は確かに死んでいるのだ。
痛覚は以前より鈍く、耳を澄ませても鼓動は聞こえない。
飲食はするし、汗や涙などは出てもやはりどこか違うのだという感覚は拭えなかった。

少しずつ、生前の僕を回収しなければ。
誰にも迷惑をかけないように、後腐れのないように。


(´・_ゝ・`)「ここだよ」

自転車をビルの隅に寄せ、僕は裏口へと案内した。

('、`*川「鍵はあるの?」

(´・_ゝ・`)「一応ね」

鍵穴に差し込み、回そうとする。
が、手応えはなかった。

(´・_ゝ・`)「……開いてる?」

('、`*川「ノー残業デーとかいう日じゃなかったの?」

(´・_ゝ・`)「そのはずなんだけどなぁ」

少し待つようにペニサスに言って、僕は先に中へ入った。

47 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:31:16 ID:q9TyRmLg0
緑色の非常灯に照らされた廊下には人の気配はない。
そろりそろりと静かに僕は歩みを進める。
二階の隅にある部屋が僕の職場であった。
が、その部屋は煌々と電気がついていた。
誰がいるんだろうか。

胃のあたりが少しきゅっと締まる感じがした。
ゆっくりと近付きながら、僕は落ち着くように何度も念じた。


部屋には、僕の部下であるギコがいた。
彼は机に突っ伏して眠ってしまっていた。
起こそうかどうしようか迷った末、僕は結局起こす事にした。

(´・_ゝ・`)「ギコくん、ギコくん」

うーん、と寝ぼけたような声が聞こえる。

(´・_ゝ・`)「風邪ひくよ」

ジリッジリッ、と蛍光灯が明滅する。
僕はもう少し強く彼の体を揺すった。

(,,゚Д゚)「んー……」

ギコは緩やかに目を覚ました。
そして僕の顔を見て、飛び上がった。

(,,゚Д゚)「ぶっ、ぶちょっ、ぶちょー!?」

(´・_ゝ・`)「おはようギコくん。こんなところで何してるんだい?」

(,,゚Д゚)「そんなの俺が聞きたいっすよ!というか部長どうしてここにっ……。今日、会社来なかったじゃないですか!なんで!」

48 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:32:39 ID:q9TyRmLg0
混乱しているのかめちゃくちゃになった日本語を叫びつつ、彼は?に伝っていたよだれを拭った。

(´・_ゝ・`)「いやまあ、色々あってね」

言葉を濁しつつ、僕は自分のデスクへと移動した。
引き出しを開けるとお気に入りの万年筆や様々な形をしたゼムクリップが入っていた。
それをスラックスのポケットに突っ込み、また違う引き出しを開けた。
その中にはお菓子が山ほど入っているのだ。
小腹が空いた時にはもちろん、仕事がうまく進まなくてイライラしている子やうまく書類を作った子にあげるためのものだった。
それを折りたたみ式のバッグに片っ端から入れていった。
あとはもう別に欲しいものはなかった。
長居をしてもしょうがないので、僕はすぐ帰ることにした。

(,,゚Д゚)「部長、何を…………」

まさかお菓子だけ取りに来たんじゃないんだろうな?と彼の目は訴えていた。
本当にそれだけであった。
しかしそれでは格好がつかないので、僕は咳払いをして大仰にこう言った。

(´・_ゝ・`)「ギコくん」

(,,゚Д゚)「は、はい」

(´・_ゝ・`)「こんな時間になるまで残業するほど仕事熱心なのは感心するが、きちんと家に帰って休むんだよ」

(,,゚Д゚)「え、あ、はい」

キョトンとする彼は、どうして僕がこんなことを言うのか分かっていないようだった。
まあ分かるわけもないだろう。
僕にだって分からないのだから。

49 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:34:17 ID:q9TyRmLg0
(´・_ゝ・`)「それにしても君は残業するのが嫌いじゃなかったのかね?」

僕の記憶では、皆が会社に残っていても真っ先に定時で帰っていたはずだった。
その彼がこんな風に一人で会社に残っているのを見るのは、初めてであった。

(,,゚Д゚)「いやぁ、ちょっと昨日眠れなくて……」

零点のテストを母親に見つけ出された子供のような顔をして、彼は言った。

(,,゚Д゚)「それで寝不足で仕事してたら全然進まなくて、少し残ろうと思ったらいつの間にか寝ちゃって……」

(´・_ゝ・`)「なにか心配事でもあるのかい?」

(,,゚Д゚)「ええ、まあ……」

(´・_ゝ・`)「そうか……」

もし僕が生きていたら、飲みに誘って話でも聞いてあげられたのに。
そんなことを思いながら、僕はギコを見つめた。

(,,゚Д゚)「部長、まだこの時間って電車ありますよね」

午後十一時半過ぎ。
かなり本数は少ないが、まだまだ終電には程遠い。

(´・_ゝ・`)「あるけど、君車通勤だったろう」

(,,゚Д゚)「いやぁ、その……車が調子悪かったもんで」

(´・_ゝ・`)「そうなのか。車は維持費がかかって仕方がないよな」

(,,゚Д゚)「ええ、そうっすね……」

彼の目は忙しなく、天井の蛍光灯と僕を行き来してきた。
いつもの彼はやる気がなく常にかったるそうにしているのに、どうも今日は様子が変だった。

50 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:36:41 ID:q9TyRmLg0
(´・_ゝ・`)「切れかけの蛍光灯ってどうにも落ち着かないよね、不気味でさ」

(,,゚Д゚)「そ、そうっすよね」

(´・_ゝ・`)「僕の近所にもこれよりもっとひどい状態の街灯があってさー」

(,,゚Д゚)「あー、あのトンネルは雰囲気ありますよね」

ははは、と僕らは笑い合い、固まった。
僕は気付いてはいけないことに気付いてしまった。
ギコは言ってはいけないことを言ってしまった。

(´・_ゝ・`)「ギコくん、」

(,,゚Д゚)「…………」

沈黙ののち、ギコは僕に向かってハサミを投げつけた。

(´・_ゝ・`)「あぶなっ」

い、という言葉と同時にドスンという衝撃。
ふー、ふー、という荒い息が目前で聞こえる。

(,,゚Д゚)「なんでだ」

僕の腹に突き立てられたカッターナイフが抉るように震えた。

(,,゚Д゚)「なんっっっで死なねえんだよおおおおおお!!!!!???」

蹴り飛ばされ、僕は床に転がった。
全然痛くないものだから、僕は悠長に殴られ続けた。

(,,゚Д゚)「昨日!!!確かに殺しただろおおおがよぉぉぉぉぉ!!!!!」

(´・_ゝ・`)「ギコくんだったのか」

改めて、僕は犯人と対峙する。
夜叉のような顔つきになったギコくんは、憎々しげに叫ぶ。

(,,゚Д゚)「死ね!死ね!!死ねェェェェェ!!!!!!」

ごめん、もう死んでるんだ。死んでるけどうごいちゃってるんだよ。
なんて言ったら、彼はますます取り乱すだろう。
僕は代わりに問う。

(´・_ゝ・`)「僕、君に何かしたっけ」

51 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:39:12 ID:q9TyRmLg0
(,,゚Д゚)「しまくりだよこのクソ上司が!!!!!!!!!!いつもいつも女ばっかり贔屓して仕事回さないせいで俺んところに仕事がくるんすよ!!!!?????女には残業させないで男には会社残れってどんな女尊男卑ですか最低っすよ!!!!!!これで同じ賃金だから笑っちゃいますよねえええええ!!!!!女どもは仕事しねえから忙しくなってもクソの役にも立たねえしその分また仕事がこっちに流れてくるしでほんとあたまおかしい!!!いかれてるわ!!!!!!それで残業するのが嫌だから早く帰ればあからさまにイラっとするし、イラっとしたいのはこっちの方だってんだよクソッタレが!!!!!!!贔屓したケツ持ちはてめえ一人でやれや!!!!!!!あ、あとなんでマイカー通勤してるか知ってますぅ!!!!???せっかく定時に上がってもてめえが飲みに誘って来るからだよ!!!!!!!!俺が酒飲めないって言いましたよね?さっさと職場から離れて家帰って好きなことして一人で充実したいんですよ!!!!それなのにあんたは!!!飲みニケーションとかふざけたことを言いやがる!!!知らねえよ!!!俺の酒が飲めねえのかって飲めねえよ!!!!!!!!飲みたくもねえよ!!!!!!!!なにか悩み事でもあるのかい?一杯引っ掛けながら話を聞いてやろう?お心遣いありがとうございます今からとっとと舌噛んで死んでくれってずーーーーーーーーーーーっと思ってましたよ、俺!!!!!!!!!悩みの種は今目の前で面倒見のいい上司を演じてるクソ野郎だってことをクソ野郎は理解できないんだからほんと困っちゃいますよね!!!!死ね!!!!死ねェ〜〜〜〜!!!!死んじま」

ごいん、と物騒な音が響いた。
同時に馬乗りになって叫び続けていたギコは、バッタリと倒れてしまった。

52 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:40:53 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「うるさいんだけど」

消火器を抱えたペニサスは、冷たく言い放った。

('、`*川「あんまり遅いから様子見に来ちゃった。犯人、見つかったのね」

(´・_ゝ・`)「そのようだね」

僕は納得していなかった。
そんな風に僕は見られていたのだろうか。
女子社員を優遇しているつもりはなかった。
最近は物騒な世の中になったから、女子社員に残業させるのは危ないと思っていた。
男は力があるし、体力もある。
何も危ないことはないし、僕もよく昔は会社に泊まっていた。
お菓子を上げるのはたしかに女子社員ばっかりだったが、女性は甘いものが好きで男は酒の方が好きだろうと思っていたからであった。
それに僕が若い時なんかは、上司から飲みに誘われたら断るのはもってのほかであったし、お金は全部払ってもらえるのだからかえって有り難かった。

僕は、自分のことを善良な人間だと思っていた。
そうだと信じ込んでいた。

('、`*川「とにかく、気付かれないうちに帰りましょ」

ゴトンと床に消火器を転がして、ペニサスは催促した。

(´・_ゝ・`)「ああ、うん」

('、`*川「もー、せっかくの服が台無しね……」

(´・_ゝ・`)「すまなかった」

と言いつつも、僕はこのフリル付きのシャツから解放されるのが嬉しかった。

53 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:42:58 ID:q9TyRmLg0
('、`*川「いいわよ、まだ同じ服がたくさんあるから」

(´・_ゝ・`)「…………」

どうやら喜ぶのにはまだ早かったらしい。
僕は頭を抱えたくなった。

(´・_ゝ・`)「ペニサスくん」

('、`*川「ん?傷口なら塞がってるみたいだから大丈夫よ」

(´・_ゝ・`)「そうじゃなくて」

と答えながら僕は腹の刺し傷を探った。
あれだけ刺されたというのに、いつの間にかそれは跡形もなく消え去っていた。

(´・_ゝ・`)「僕は、殺されるほど悪い人間だったんだろうか」

('、`*川「知らないわよ」

ペニサスは振り返らずに進む。

('、`*川「だって会って一日しか経ってないもの」

緑色の明かりが彼女の背を照らす。
それはやけに印象的に映り、僕の脳裏に焼き付いた。

('、`*川「そんなことより、早く家に帰ってお菓子食べましょ」

(´・_ゝ・`)「……はいはい」

もう二度と、ここには来ないだろう。
背後で閉まる扉の音は、やけに重々しかった。

54 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:43:42 ID:q9TyRmLg0








二を去るにまかせよ 了







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55 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2015/04/30(木) 17:44:57 ID:q9TyRmLg0
登場人物紹介

(´・_ゝ・`) 盛岡 デミタス
善意が裏目に出るタイプ。ドーナツにはブラックコーヒー派

('、`*川 ペニサス
憧れと同化したいタイプ。ドーナツには冷たい牛乳派

(,,゚Д゚) ギコ
本音を溜め込むタイプ。ドーナツにはラムネ派

ドーナツ
何故か掃除屋さんが経営しているドーナツショップで買える
ペニサスは百円セールの時にしか買わない

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