忌談百刑

第14話 土曜日に嫌われて

Page1

552 名前:語り部 ◆B9UIodRsAE[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:19:56 ID:FFkC5bls0

【第14話 土曜日に嫌われて】

"( ^ω^)"




――じゃあ、どうしようかおね。

さっき出てきた僕の従兄の話でもするかお。



ξ゚听)ξ「有名よね、あのひと」


(´・ω・`)「僕らの中学のOBだっけ?」



そうだお。その話も、おいおい入れていくお。

僕の従兄の"ジョル兄さん"は僕のカーチャンのネーチャンの息子だお。


年齢は27歳で、現在は一応美符大学の文化人類学の研究室に所属しているはずだお。

553 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:20:30 ID:FFkC5bls0


兄さんは、子供の頃から、変わっているというか、ぶっちゃけちょっと"障害児"的な扱いを受けていたんだお。



例えば小学二年の時、算数のテストの時間に、開始と同時に猛烈な勢いで解答を埋めていき、
『先生ッ! 終わったから虫取り行ってくるッ!』って言って教室を飛び出して行ったり。

そのまま授業の終わりまで帰ってこなくて、チャイムと同時に教室に飛び込んできたと思ったら、
どっかで拾ったコンビニの袋の中に、何百匹っていうバッタを詰め込んできてたり。



年の瀬、冬休みに入る直前ぐらいに、カマキリの卵を、学校のお道具箱に溜めてて、
それを忘れたまま冬休みを迎えて、いざ三学期だって、クラスのみんなが登校したら、
そのカマキリの卵が全部孵化してて、教室中カマキリの子供がワラワラワラ……。

部屋のカーテンに団子みたいに固まってたり、黒板のチョーク入れの中で共食いをしていたり、
もうそれを見た女子何かは失神したり、男子も騒ぎまくって、まさに阿鼻叫喚だったりしたんだお。



そのくせ勉強というか、記憶力と、その知識の応用力はその辺の大人も顔負けで、
小4の夏休みには、『二重スリット実験機』を自作して、どっかの大学の教授がそれをぜひ引き取りたいって、
学校に交渉しに来たりしたんだお。

554 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:20:54 ID:FFkC5bls0


当然、そんな問題児を先生側が見逃すはずもなく、ついに兄さんの母さん――まぁ叔母さんだおね――に、
発達障害の検査を受けに行くように勧めたんだお。

叔母さんも、普段から兄さんの奇行に悩まされてたから、世間体は気になったけど、検査に行くことにした。



結果は、多動性障害と注意欠陥障害、それから軽度の自閉症、それに全部引っかかったんだお。



それでも、学校の学習だけ見れば優秀だし、基本心根も優しくて、なんだかんだ友人からも好かれてたから、
本来なら、特殊学級に入れるかどうかきわどい所だったんだけど、何とか普通学級で小学校を卒業したお。



あ、友人からは好かれていたけど、女子からは蛇蠍の如くだったのは伝えておくお。



後、小学校生活で一度も上履きを履かなかったという伝説も作ったらしいお。

555 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:21:45 ID:FFkC5bls0

そんな兄さんなんだけど、中学に上がった頃から、段々と奇行が減って、
その代わり活字中毒張りに、本ばかり読むようになったんだお。

兄さんは、僕らが通っていた、拝成北中のOBな訳だけど、
拝北の図書室って、普通の学校よりも蔵書が多いおね?



あれ、実は兄さんが、学校にある全ての本を読破した上に、全部の読書感想文を書いて、
文部科学省に勝手に送り付けたんだお。最後に、『もう読む本が無くなって悲しい』っていう手紙付きで。

その後、文科省直々に、うちの学校の図書予算に追加があって、しかも、その本の購入は、全部兄さんのチョイスでやったらしいお。



(´・ω・`)「あぁ、だから民俗学だとか、精神分析学だかとか、犯罪心理学だとか、超ひも理論だとかの本があったんだね」



……完全に兄さんチョイスだお。

556 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:22:35 ID:FFkC5bls0


そんな兄さんの運命を決定づけるような事件が、中学二年生にあったお。

皆、厨二病って言葉知ってるおね?



ξ゚听)ξ「中2くらいに、自分が選ばれし存在だとか、そんな風に思いこんじゃうやつでしょ?」



そうそう。



兄さんは、そういうのには全く無縁で、
漫画とかも死ぬほど読んでいたんだけど、決してそれが自分の身に起こる事ではなく、
あくまでも架空の世界のお話だときっちり割り切れる人間だったんだお。



でも、ある日、兄さんは、訳の分からない女に人に駅前で絡まれる。

その人は、自分を、占い師だと言って、
兄さんに不思議な運命が見えるだとかそんな事を言いながら、自分の店に引き入れたんだお。

兄さんは、それがもし宗教の勧誘だったら、ソイツの信奉している神様が、影も形も無くなるくらい論破してやろうと
内心ニヤニヤしていたんだけど、その占いの館は、意外と本格的だったんだお。

557 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:23:17 ID:FFkC5bls0

兄さんは、そういう方面にも詳しくて、この館に飾られているオブジェクトから、
いま日本にはびこっている、どの新興似非宗教とも違って、
それがブードゥー由来の物だと分かったお。

「オグン」のシンボルがあしらわれたテーブルクロスの上に、様々な動物の意匠が複雑に入り乱れてる意匠の彫り込まれた木の板が置いてある。

占い師は、幾つかのカラフルな小袋を、自分のローブの袂から取り出したお。

微かにハーブ類の匂いと、それから鉱石がぶつかり合うじゃらじゃらという音がして、
兄さんはそれが、"グリグリ"と呼ばれるブードゥーの呪術道具だという事に気が付いたんだお。




日本でやるにしちゃ、随分本格的じゃないか。




兄さんはそう思ったお。




行くわよ。占い師がそう言って、動物の盤上に、複数の"グリグリ"を放り投げた。
そして、そのグリグリの配置で、兄さんの運命を占うというんだお。

558 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:23:52 ID:FFkC5bls0


パンッ!


その時、それぞれの"グリグリ"がぶつかり合って、全てが盤上から放り出されて、机の下に落ちる。
そして、落下の衝撃で全ての"グリグリ"は、破裂して、中身が飛び出したそうだお。

占い師は絶句して、しばし床に散らばる小袋の残骸と、兄さんの顔を交互に見やっていたんだけど、
最終的に、こう告げたんだお。



『天の神も、死の神も、貴方はいらないって言っているわ』



その意味がよく分からず、兄さんは聞き返す。



『それってどういうことなんですか?』



『天国にも地獄にも、貴方の居場所は無いって事よ。もうこれ以上は分からないわ、こっちから呼び止めてなんだけど、出て行ってくれるかしら。
 私、貴方が怖くなったの』













――その帰り道に乗ったバスが、大事故を起こして、兄さん以外の全員が死んで、彼だけが生き残った時、彼が自分がどういう存在なのかを悟ったお。

559 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:24:36 ID:FFkC5bls0



『メメントモリ症候群とでもいうのかね』




兄さんは、その日以降、定期的に、死を望むようになってしまった。
強烈なまでの消滅願望。そしてそれを防ぐように立ちはだかる運命。





例えば、こんな事があったお。

ある日兄さんは、急に飛び降りて死んでやろうと思ったんだお。

で、手近な10階立てのビルの非常階段の鍵が開いていたから、これ幸いと思って階段を駆け上がって屋上に出たら、
既に、手すりの向こうに先客がいて、今まさに飛び降りる瞬間だったんだお。



『あっ、ちょっ、僕が先に逝きますんでッ!!』



そう言って兄さんは、猛然とダッシュして、飛び降りようとしている中年男性の腰に組み付く。

そのまま柵のこっち側に引っ張り上げて、そっからはつかみ合いの大喧嘩。
そうしているうちに、そのビルの警備員と警察がやってきて、結局兄さんは自殺を止めた功労者として警察から表彰されたお。

560 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:25:10 ID:FFkC5bls0

それから、次は、家の刃物で喉でも掻っ切ろうとしたんだお。

でも、そうだな、例えば、その刃物が、自分を貫こうとしたらボッキリ折れるとか、そういう次元じゃなくて、
その日から、家の刃物に一切触れられなくなったらしいお。必ず家の誰かが使ってるんだって。

どの時間に台所に行っても、必ず誰かが料理をしているし、カッターナイフは誰かが使っている。

ある日、午前四時まで起きてて、この時間帯だったら、絶対に家族も寝ているだろうと思い、一階に降りて台所に向かったら、
弟が泣きながら、カッターを使って新聞記事の切り抜きをしていて、その横で、お母さんが弟を慰めながら、包丁でリンゴを剥いていたんだって。

なんでも、今日までの宿題で、気になった新聞のスクラップをするっていうのがあって、それを夜に思い出して、
お母さんを起こして手伝ってもらっているのだと。


兄さんは、『あ、こりゃ絶対に無理だわ』って思って、それ以来刃物で死ぬのは止めたらしいお。


それ以降も、様々な形で、死んでみようとするんだけど、そもそも、その直前の事象にすらたどり着けないんだお。

561 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:25:33 ID:FFkC5bls0





『だから、今の俺は"生きてる"んじゃなくて、"死ねない"んだよなぁ』






別に、死にたいほど、この世界が嫌いなんじゃなくて、単純に"死ぬ"って事に、興味が凄くあるって感じらしいお。
まぁ、その辺の感覚は、きっと兄さんにしか理解できないから、考えても無駄なんだろうけど。

562 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:25:59 ID:FFkC5bls0


僕が中学2年生の時、兄さんは美符大学の院生をやっていたお。

その頃には、研究室の教授にくっついて、世界中の少数民族の風俗を研究するっていう名目で、海外を飛び回っていたお。

でも、日本に帰ってくると、必ず僕にお土産を買ってきて、
その少数民族の話や、渡航先で起こった事件なんかを話してくれるから、僕は兄さんに懐いていたんだお。



その日も、僕の携帯に電話があって、『お前今から俺んち来れる? 明日休みっしょ? 泊まり来いよ』なんてお誘いがあった。

僕がカーチャンに、兄さんのマンションで一泊する旨を伝えると、『あの子、まともな食事とかしてなさそうだから、これ持って行きなさい』
なんて言って、タッパーに入った冷凍されたカレーをいくつも鞄に詰められたのを覚えているお。



兄さんは、美符市内のマンションに住んでいたんだお。

しかも、『"死"に触れてる気がして快適』っていう理由で、事故物件に住んでいたから、
2LDKで3万っていう格安の家賃しか払ってなかったららしいお。

563 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:26:33 ID:FFkC5bls0


電車とバスを乗り継いで、兄さんのマンションに着く。

インターホンを鳴らすと、スピーカーから、『勝手に入ってー』なんて間延びした声が聞こえてきたから、
僕は遠慮なく扉を開けたお。



途端、異様な臭気が鼻を刺したお。

なんていうのかな、あの焼肉とかのホルモンの匂いを何十倍にも濃くしたような、
言ってしまえば、未洗浄の動物の内臓の匂い。



「ちょっ、兄さん、なんだおコレッ!!」


『ようブーン。よく来たよく来た』


「よく来たじゃねぇお。くっせぇお」



兄さんは、ガラス板の机の上に、またどっかの国で買い漁ったであろう民芸品や、呪術のグッズを広げていた。


後ろのテレビデッキの横には、瓶の中に線香みたいな棒が何本か入っていて、そこから煙が出ている。
どうやら、この臓物臭の原因は、あのお香の様だ。

564 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:27:16 ID:FFkC5bls0



「なにやってんだお、兄さん」


僕が、鼻を摘みながらそう問うと、兄さんは、



『自殺』



と返す。



これも、結構お決まりのパターンになってきていて、

つまりは彼は、各国から集めた呪いのグッズで、自らを呪って死のうとするのが、趣味なのだお。

565 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:27:43 ID:FFkC5bls0


文化人類学の研究も、結局まだ自分がであった事の無い、少数部族が保有する呪いの技術を盗んでくるためであり、
普段優秀な学生のふるまいをしているのも、そうしていると、教授から海外遠征のお誘いを受けることが多いからだお。



『いやー、丁度2人プレイの呪術グッズを手に入れたんだけど、手頃な人材がいなくてさぁ』



呪いに複数人プレイの物があるのかは知らないが、とにかく僕は兄さんの自殺ごっこの助手として、体よく召喚されたらしい。
これもいつもの事なので、今更びっくりしないが。



僕は兄さんを無視して、勝手に冷蔵庫を開ける。

僕の鞄から、そろそろ解凍されてカレー臭をまき散らしているタッパーを追い出すためだ。

でも、冷蔵庫は、なんかよく分からない、真空パックの肉で埋まっていた。

その中の一個を引きずり出してみると、それはの先っぽには大型爬虫類の腕がくっついていて、
パッケージには英語で"ワニの腕肉"と書いてある。なんてもんを常食しているんだコイツは。



僕は冷蔵庫にカレーを入れることを諦めて、そのまま冷蔵庫の上に、タッパーを置いておいた。




そうして、僕は兄さんの対面に腰を下ろした。

566 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:28:24 ID:FFkC5bls0

ガラスの机の上には、何となく用途の分かりそうなものから、ただの毛クズの塊にしか見えないものまで、
数十種類の物体が所狭しと置かれていた。

でも、兄さんを中心に、大きく二分されており、その扱いの雑さから見ると、右が効力無し、左が未検証だと分かったお。



「これ、なんだお?」


僕は、効力無し勢の中の、
蜘蛛の巣みたいな編み物から伸びる糸の先端に、気色の悪い生き物が複数ぶら下がっているものを指差す。

決して触りたくはないので、あくまでも指を指すだけだ。



『それ? 北アメリカのネイティブアメリカン、"オブジワ族"の、最悪ウェンディゴ憑きを封印したドリームキャッチャー』



全く意味が分からない。


何でも、その"オブジワ族"には、自分が化け物になってしまうという妄執に囚われる精神疾患があって、
その"憑き物"を落として、閉じ込めるために使ったものだという。

この蜘蛛の巣の編み物の中には、その"ウェンディゴ"の中でも、過去部族の男性の半数を殺した"ゥワデパパンナ"が封じられている。

コイツの封印を解くと、今度は部族全員が、黒い霧を口から吐いて死に絶えると言われてるほどヤバいと族長から言われたらしい。

そんなものを、どうやってか知らんが、その部族の集落から持ち出して、あまつさえ日本のマンションの一室で封印を解いたというのだ。



脂で煮た後に冷凍庫で冷やすという至極単純な方法で封印が解ける、というので実践してみたが、
その時に、何を思ったのか、卵液と小麦粉とパン粉を付けて、カラッといってしまったので、解除に失敗したらしい。



もう、ホントこの人の破天荒にはついていけないお。

567 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:29:06 ID:FFkC5bls0

僕は今度は、未検証の一覧から、二つ折りにされた、木のボードを指差したお。
何か動物の皮が打ち付けてあり、表面を覆っているらしい。



『それだよそれ。それが二人用なんだよなぁ』



そう言って、そのボードを、丁度持ち運び用の将棋盤を開くようにして、机の上に広げたお。



――双六だ。



何語かは分からないけど、動物の皮の上に、刺繍で幾つのものマスが連なって刺されており、
そのはじめと終わりには大きな丸が、これまた派手なパッチワークがされていたお。

兄さんは、更に未検証の中から、二つの紙コップの口を接着したような木彫りの民芸品を取り出すと、
パカンと真ん中から割る。

どうやら、入れ子構造になっているようで、いわゆる"マトリョーシカ"の様に、後から後から出てくる
入れ子を次々に割った。そうして、最後の一個には、円錐状の白い固そうなモノが二個と、これまた嫌に黄ばんだ白のダイスが一個出てきたお。


「これ、双六だおね?」


『呪いの、な』


兄さんは説明を始める。
これは、ロシアの骨董品屋で買ったモノだという。

店主も、自身の曾祖父から、"いわく憑き"であるという事を大仰に聴かされて、
それを客にも説明すると、いつも胡散臭そうな顔をされて売れないと嘆いていたという。

568 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:30:21 ID:FFkC5bls0



――この双六は、"ラスプーチン"の人体から作られている。



時のロシア皇帝ニコライ2世に取り入った、伝説の怪僧"グレゴリー・ラスプーチン"その人の、
皮と、骨で作られたこの双六には、ラスプーチン本人の魂が封じられている。


そして、この双六で負けた者の肉体を依代に、現界するのだと、その店主は、曾祖父が言うには、という冠付きで教えてくれた。


なんでも、ロシア皇帝の座を密かに狙っていた、ニコライ2世の義兄弟、"アレクサンドロ・ミハイロヴィチ大公"は
"ラスプーチン"を使って、帝政の崩壊を画策していた。

晩年の大公は急に考古学への熱心な投資を行っていたという記録もあり、過去に滅びたロシア民族の遺物を発掘させてたという。

その呪いの遺物をラスプーチンに与え、宮殿内に"淫奔結界"を張り性風俗を乱れされて、権威を失墜される目論見だった。

でもそれが露見し、ラスプーチンは処刑された訳だが、
大公は、その時には、遺物によって"歩く呪術道具"と化した彼の肉体を使って、おもちゃを作り、
ニコライ2世の息子である"アレクセイ"に与え、彼の肉体を乗っ取り、そこから更にロシアを崩壊に導き、
その後の政権を手中に納める計画を立てていた。


結局この目論見も、当時双六作成を命じられていた、時計職人の"ヴィクトル・イグナチェフ"が
完成後に、その忌まわしい双六の存在を嘆き、友人にどこかに隠してくれと言い残して自殺したために、
所在が分からなくなっていた。



そうしている間に、結局ロシアは、1917のロシア革命がおこり、双六など無くても帝政が崩壊したために、
いつしかその存在も忘れ去られていった。




で、巡り巡って、ロシアの片田舎の骨董品屋の隅っこでホコリを被っていたところを、
この自殺マニアの兄さんに見つかったらしい。

569 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:30:50 ID:FFkC5bls0



そんな過去最大級に胡散臭い双六を、今から、僕と兄さんでプレイしようというのだお。



『俺に買ったら、3万やる』



兄さんは、何時だって単刀直入で、僕に有無を言わせない術を心得ている。



「丁度、PS4欲しかったんだお」



そう言って、僕は、本当だったら"ラスプーチンの遺骨"から作られているらしい駒を一つ、スタートと思しき所に置いたお。






















――勝負は、僕が勝ったが、結局兄さんに"ラスプーチン"が乗り移る事は無かったお。

570 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:31:33 ID:FFkC5bls0




『んだよぉ〜。三万払い損じゃん。お前内藤ホライゾンなのに、俺、三万ハライゾンじゃん』



「うっさいお。早く約束通り、三万くれお」


僕がそう催促すると、兄さんは悪態をつきながらも、鞄の中をあさり始めた。

すると、『おっ!』なんて、何かいいものでも見つけたようで、財布では無くて、白い長方形を取り出して見せた。

僕らの世代になると、なじみが無くなってきているけど、それはどうやら"VHS"のケースの様だったお。

ラベルも何にもないのを見ると、テレビ番組などをダビングしたものなのだろう。
そして、兄さんが持っている、というだけで、おおよそどんなものなのか予想がついてしまうのが悲しいものだったお。



『へっへ〜。忘れてたぜぇ〜? なぁブーン、コレ、なんだか分かるぅ〜』



兄さんは、よっぽどそれに期待しているのか、それともさっきの三万円の事を、僕の脳内から忘れさせようとしているのか、
ワザとテンションを上げたように、僕の目の前でそのケースを振ってみせる。

僕はやれやれと首を振りながら、自身の考えを兄さんに告げたお。



「――"呪いのビデオ"」


『さっすがブーンッ!!』といいながら、兄さんはケースからVHSを引き抜いて、未だブラウン管のテレビデオに、それを挿入した。

僕らは、テレビの向かいにあった、兄さんのベッドに腰かけながら、何処からか持ってきた"カンガルージャーキー"をつまみに、
そのビデオを見始めたんだお。

571 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:32:01 ID:FFkC5bls0



――数分の砂嵐の後。



8畳のワンルームが映し出された。

音は無く、白黒の画面だ。



ベッドと、机と、テレビラックの上に、液晶のテレビ。

奥はベランダらしく、カーテンが引いてある。

机の上には、食べかけのミカンと、ビールの缶が数本。それから、ペンとメモ帳が。

そして、ベッドの上には、男が一人寝ていた。

どうやら、玄関の方の高い位置から、男の私生活を撮影している様だ。

あまり鮮明でない映像から、素人がハンディビデオで録画したものをダビングしたものだと分かる。



少なくとも、こんなにつまんない映像が、TV番組の内容ではないのは確かだろう。
例えば、どこかの高校か大学の映画研究会が、自主制作した、そんな感じなのだろうか。



それからまた数分。男がのそりと起き上がった。
自分がかけていた毛布をゆっくりと取り去り、頭をぼりぼりと掻いている。

572 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:32:34 ID:FFkC5bls0


やがて、その頭を掻く手が段々とゆっくりになり、やがて、止まった。


すると男は突然跳ね上がる様にベッドから立ち上がる。
そして、キョロキョロと辺りをしきりに見渡し始める。



何かを探しているようだ。


机の上のみかんや、飲みかけのビールを掴んでは置いてみたり、
この撮影角度からは見えない位置にある収納を見たりしているようだ。



やがて、男は、こちら、つまりはカメラの方に向き直り、ずんずんと近づいてきた。

そのまま、またこのカメラからは見えない位置、――多分、玄関だろうか――に行き
そこで何かをしているようだ。頭の天辺だけが見えており、それが激しく揺れている。



『開かないんだな、玄関』



兄さんがそう言った。

言われれば、玄関のノブをしきりに引っ張っているようにも見える。

573 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:33:06 ID:FFkC5bls0



やがて、今度は逆の方向へと歩き出す。
ベランダから出ようと言うのか。


男はカーテンを掴んで、一気に開いてみせた。


ベランダの扉は、何枚もの板で、滅茶苦茶に打ち付けられ、塞がれていた。
男は倒れた。急に沸き上がった恐怖に、腰が抜けたようだ。



どうやら、監禁されているらしい。



男は生まれたての小鹿のように、足を震わせると、ゆっくりと立ち上がり、
今度は机を持ち上げた。そして、それを思いっきり、ベランダを封鎖する板に投げつけた。



しかし、板は一枚も割れることなく、ベランダへの侵入を拒んでいる。

574 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:33:31 ID:FFkC5bls0



男はがっくりとうなだれて、ベッドに腰かける。



すると、ふと顔を上げて、目の前のテレビを見始めた。
テレビの画面は、カメラから見ると丁度真横で、何が映っているのかは分からない。

しかし男は急に立ち上がると、テレビにつかみかかり、何かを喚いているようだ。
テレビの放送内容にキレているように見える。



まさか、"例の映画"のように、そのテレビから、何かが出てこようとしているのか。



しかし、それも数分。彼はテレビも机のように持ち上げると、無理やりコンセントを引き抜いて、
次は玄関に向かって投げつけた。

丁度カメラの下あたりにぶつかったのか、カメラが大きく揺れる。

しかし、その場所から男が動かないのを見ると、やはり、玄関は開かなかったらしい。

575 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:33:54 ID:FFkC5bls0



肩を落として、項垂れる男。



すると、男の真後ろに、黒い靄のようなものが現れた。



男はそれに気が付いていない。




その靄のようなものから、黒い血管の浮き出た、女の物と思われる二の腕が突き出してくる。

次に足、次に躰。体は、黒い染みのついたワンピースを着ており、細身の体のシルエットが強調されている。
しかも、そのシルエットは、"鉤状"に歪んでいた。腰骨がボッキリと折れているのを、無理やり真っ直ぐにしたような。





そうして、最後に見える頭は、お決まりの、ぼさぼさの長髪の塊だった。

576 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:34:18 ID:FFkC5bls0

女の全身が、靄から吐き出されると、男の首にその掌を絡ませる。

男はそれで女の存在に気づき、慌てて振り返るが、その時にはもう、女の指は、男の首筋に埋まっており、
首からは血の川が流れていた。

そのまま、男の身体は宙に浮く。ギリギリと万力のように首を絞める女が、そのまま自分よりも大柄な男性の身体を持ち上げているのだ。
男は、女の腕を、自分の爪で掻き毟りながら、両足をじたばたと振り回す。しかし女は、動じない。



いや、それどころか、今度は女の方が、男をむちゃくちゃに振り回し始めた。そして、所かまわず叩きつける。



カメラが大きく揺れた。



壁に、床に、天井に、ベッドに、テレビラックに、ベランダの板に、転がった机に。



男の体は無慈悲に叩きつけられていく。



その度に男の四肢が変な方に曲がり、そこから黒い血が吹き出す。

577 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:34:48 ID:FFkC5bls0

段々とその速度は増していき、やがて、吹き出す男の血が細かい霧状になり、画面がゆっくりと見えなくなっていく。
しかし、カメラの揺れはますます大きくなり、見えない画面の奥で、なおも男が叩きつけられているのが分かる。



やがて、そのカメラの振動が収まり、画面の霧も晴れていく。



そうして再び現れた女の腕には、もうどの関節をどう曲げたのか分からない、肉の塊がぶら下がっていた。
それを、どさっと床に落とすと、女はゆっくりとカメラの方に向かって歩み始める。




そして、玄関の上部についているであろうカメラの方に、にゅぅと自身の顔を近づけると、
髪の毛に覆われて見えなくなっていた顔を、自身の腕で、掻き分けるように、僕らに晒した。

578 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:35:09 ID:FFkC5bls0











――両目に、無数の釘が打ち付けられ、口は縫い合わされていた。













そして、その縫い合わされた口の端を吊り上げると、ゆっくりと、僕らを、指差して、そして、画面は暗転した。

579 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:35:34 ID:FFkC5bls0





――決して愉快な気分にはなれない映像だった。



『これが、"次がお前だ"なら嬉しいんだけどな』



僕の横で兄さんがそんな事を言った。



「いや、僕も見てたし、どっちかというと、僕の方を指してた気がするお……」



『だったら、ブーンが死んだ後で、もっかい見るわ』



「鬼畜ッ!」




僕はそう言って、兄さんのベッドに寝転んだ。

580 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:36:05 ID:FFkC5bls0



すると、テレビデオから、キュルキュルキュルという、テープが巻きもどる音が聞こえる。

再生が終わったので、自動で巻き戻ったのだ。たった30分ぐらいしか、テープの長さがないらしい。
そして、最初の砂嵐まで戻ると、また再生が始まった。



『おもろいからつけっぱなしにしとこうか。何重にも呪われたら、さすがに死ねるかもな』



はいはい、と僕は返しながら、カンガルージャーキーをつまむ。

そして、ベッドの上から体を伸ばして、兄さんの本棚から、漫画を数冊抜き出すと、それを読み始めた。


兄さんはノートPCを開くと、やおらキーボードを打ち始める。

何をしているのかと聞くと、経費で買った呪術道具は、レポート提出しなきゃなんないの、といってそれきり黙ってしまった。


ふぅんと返して、また漫画に向き直る。だけどそれも30分も持たずに、僕の意識は、まどろみの中に消えていく――。

inserted by FC2 system