忌談百刑

第14話 土曜日に嫌われて

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581 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:36:39 ID:FFkC5bls0




――どれぐらい寝ていたんだろう。



閉じられたまぶたの上に、電灯の気配を感じる。
まだ兄さんは起きているのだろうか。

僕はうっすらと目を開けて、自分の瞳を、徐々に光に鳴らしていく。

そして、すっかり目が慣れると、まつ毛にこびり付いた目ヤニを指で落としながら、体を起こした。

未だはっきりとしない意識の底から、なんだか浮上してくるものがある。
それは、明確な言葉を持たないまま、僕の口から飛び出したお。



『……せま』



そう、狭いんだお。




兄さんの2LDKのマンションの間取りじゃなくて、なんだかもっと狭い。

言ってしまえば、実家の僕の部屋くらいしかない。つまり"8畳"だ。





それに気づいた瞬間、まだ下半身に纏わりついていた布団を跳ね飛ばし、僕は両目をひん剥いて、辺りを見回した。

582 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:37:20 ID:FFkC5bls0

目の前には、大型の液晶テレビ。

その手前には、ベッドよりも低い机。上には、食べかけのみかんと、缶ビール数本、それから、ペンとメモ帳。

左手にはカーテン。右手にはクローゼット。

更にその奥には、簡易的なキッチンと、玄関が見えた。






――嘘だろ?





僕は跳ね起きて、玄関に向かう。

鍵も掛かっていないしチェーンロックも無い。
それなのに、幾らドアノブを捻っても、押しても、引いても、扉はびくともしなかった。




「開けておっ!!! 誰かッ!!! 兄さんッ!!!」






開かない。開かないんだ。

嘘だろ? 嘘だろ? 嘘だろ?











僕は、今、あの、ビデオの中に、いるのか。

583 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:38:00 ID:FFkC5bls0



振り返って、カーテンへと走る。

両手で一気に開くと、そこにあるのは太い釘で幾重にも打ち付けられた、板、板、板。

その向こうのガラス戸すら見えないほど、暴力的に封鎖されている。



心臓の鼓動が早まる。

自分にあり得ないほど不味い事が起こっている事が、リアルに脳が理解する。

それは、"死"という概念に直結した警鐘。この状況が続けば、自身も"肉団子"にされるという確信。

それが、僕の体を震わせて、額から、背中から、冷や汗が一気に噴き出した。




叫び出したい欲求に駆られるが、咄嗟のところでその悲鳴を飲み込む。

ビデオの男は、冷静さを欠いたから死んだのだ。

この部屋には、まだ何かが隠されているかもしれない。




なんだ、考えろ。
あのビデオを見た時に、何かあったんじゃないか。





なんだ、なにが――。

584 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:38:38 ID:FFkC5bls0




瞬間、頭に閃光が走る。





男は、"テレビに向かって叫んでいた"






僕は慌ててテレビの画面に向き直る。










そこには、テーブルの上のノートPCを見つめる兄さんと、そして、その奥のベッドに横たわる、僕の姿が映し出されていた。

585 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:39:08 ID:FFkC5bls0


これだったのだ、男が見ていたのは。

だから叫んでいたのだ。僕らに助けを、求めていたのだ。
でも、音がないから、それが分からなかったんだ。





それからもう一つ。男は重大な勘違いをしていた。



この"ビデオの中"で、"現実世界"を映しているのは、このテレビかもしれないけど、
"現実世界"の人間が見ているのは、"ビデオの中"のテレビ正面の映像じゃない。


あの玄関の上部にある、"カメラ"からなのだ。




だからあの時、男は、玄関に向かって叫ぶべきだった。



そして、音が無かったとしても――。

586 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:39:52 ID:FFkC5bls0

僕は机の上のペンを引っ掴んで、隣のメモ帳に、こう書いた。



"兄さん、助けてッ!!"



それをメモ帳から破りとると、さっき見た映像を思い出し、僕と、このメモ帳が最大効率で映る位置まで走り、
そこで飛び跳ねた。



大きく手を振って、少しでも兄さんの眼の端に、さっきの映像とは違う何かが映っている事を気付かせるために。



それくらいそうしていたんだろう。少なくとも、ビデオの中の男が、机を放り投げたくらいの時間は経過している。
となると、後はテレビを、ベランダに投げて、それから数分で、あの"肉団子女"が現れる。

残り五分と言ったところか。



そして、そこで僕はある事に気づいた。



この位置からだと、僕がテレビを見れないッ!!



僕は慌ててテレビが見える位置まで下がる。
そして涙目で見たテレビには――。








画面いっぱい兄さんの顔が映っていた。

587 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:40:38 ID:FFkC5bls0

兄さんは気付いたんだッ! そして、僕に向かって何かを話しかけている。
僕は、テレビに飛びつき、側面のヴォリュームを、最大まで上げた。



『おいッ! ブーンッ! 聞こえてんのかッ!』



僕はその声が聞こえただけでもうれしくなって、思わず泣きそうになった。
でも事態が好転していないことに気づき、すぐにメモに新しい言葉を書き、カメラの方に掲げた。




"僕の声はそっちに届かない! 僕は今、ビデオの中にいる!"



それを見たであろう兄さんは、こう返してきた。



『どれくらい中にいるか分かるか?』



"多分10分くらい"



『不味いな……13分43秒時点で、女が現れたんだ。再生のタイムを覚えてるから間違いない』



あと3分だ。あと3分で、あの女が黒い靄から、僕を殺しにやってくる。



"兄さん、どうすればいい?"



新たなメモを、カメラに向ける。

588 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:41:13 ID:FFkC5bls0

『お前、アイツに素手で勝てそうか? 素手じゃなくてもいい、机でもなんでも使って』



"厳しい"



『だよなぁ……。お前、その部屋、クローゼットあるんじゃないか? それから普通の1Kなら、ユニットバスとか、すぐ見に行け』




僕は飛ぶように、ベッドの脚側の壁に埋め込まれたクローゼットに組み付いた。
そしてガバッと開いた。




どちゃ……という粘質な音と共に、真っ赤に濡れた、何かの塊が入ったごみ袋が転がってきた。
その半透明から透けて見えたのは、あのビデオの中の男の、右半分が吹き飛んだ顔だった。




「うわぁあぁああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」




僕はもんどりうって、地面に倒れた。



『どうしたッ!! なにがあったッ!』


僕は床に転がったまま机の上をやたらめったら叩いて、ペンの在り処を確かめると、そのまま床に落ちていたメモ帳に


"さっきの男の死体がある"


と書き込んで、カメラの方に掲げた。

589 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:41:44 ID:FFkC5bls0



『マジか。この分だと、ユニットバスも無駄だろうな』



兄さんの、状況にそぐわないほど冷静な声が響く。



"どうしよう、殺される"

次のメモ。





果たして、このビデオの世界で殺されると、現実世界の僕はどうなってしまうんだろう。
現実世界の僕も、肉塊に変わるのか、それとも精神だけが死んで、二度と目覚めなくなるのか、
それとも、精神も肉体も、この世から消滅するのか。



分からない。



分からないから、怖いんだ。



気がつけば、掌を、痛いほど握っていて、爪が皮膚に食い込んで、血が滲んでいた。

590 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:42:21 ID:FFkC5bls0



――それを見て、不思議と、兄さんを恨む自分が微塵も己の中にいない事に気が付いた。


だって、こんな状況、全部兄さんのせいなのに。僕は、兄さんに怒りをぶつけてしかるべきなのに、
テレビ画面に映る、真剣に考え込む兄さんの顔を見ていると、
何故だか、怒りよりも、"きっと何とかしてくれる"という確信が湧いてくる。



僕は、じたばたするのをやめて、テレビ画面を見つめた。



兄さんは、爪を剥がす勢いで齧り始める。

兄さんの七つの悪癖の一つだ。ただ、この時の兄さんの頭は、ものすごい勢いで回転しているという事を僕は知っていた。

ついに、人差し指の爪を、犬歯できつく噛み締めると、兄さんはそれを一気に引き剥がした。




指からも、口からも、鮮血が散る。そして――。













『よっしゃッ! ブーン、お前、背中をテレビにくっつけろッ!!』









叫んだ。

591 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:42:46 ID:FFkC5bls0

言ってる意味は全く分からなかったが、言われた通りに、僕は後ろ歩きの状態で、
思いっきり背中をテレビに押し付けた。


「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


この叫びがいるのかいらないのかは不明だが、もうこうなりゃ兄さんを信じて、あとは気合いだ、と半ば自棄になっていた節もある。






数分そうしていた。

体感では、とうにあの黒い靄が現れていい頃だ。
でも、何も起きない。

その代り、背中の方から、兄さんの声が聞こえた。




『ようこそ、我が家へ。土足じゃねぇ事は、褒めてやる』




僕は振り返った。

592 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:43:25 ID:FFkC5bls0



――画面の中には、もうすでにこちらを見ていない兄さんと、

机を挟んだ向こう側に、あの"肉団子女"がいた。





何故、どうして、"現実世界"に?




あのビデオの中では、女は男の背後に現れた。
でも、今回は、僕の背後にはテレビがあった。



現実世界とリンクしたテレビが。



つまり、僕の背後、というのは、あのテレビの中、"現実の兄さんの部屋"だ。

593 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:44:28 ID:FFkC5bls0




僕は噛り付くようにテレビを見た。



"肉団子女"は、テレビを踏み越えて、ゆっくりと兄さんに近づく。
足元の呪術道具を踏み荒らして、兄さんを見下ろした。

そうして、その欠陥の浮き出たガリガリの細腕を、兄さんの首へと伸ばしていく――。





――が、その指先が、兄さんの首筋に触れた瞬間、



"パァンッ!!"



女は文字どおり"破裂"した。



女の全身が、一瞬で四方八方に飛び散る。





僕の見ていた画面にも、女の顔の右上半分が、ベタリッ! と張り付き、
釘に貫かれた目が、画面の内側に跡をつけながら、ゆっくりと下に落ちて行った。

594 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:44:56 ID:FFkC5bls0







『……ちぇっ、だらしねぇの。まぁた死にぞこねた』







そうひとりごちた兄さんの背後には、


シルクハットと燕尾服の真っ黒い男が、頭蓋骨を片手に、まるで心底汚いものを見るような目で、兄さんを見ていた。

595 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:45:30 ID:FFkC5bls0


――気が付くと、僕は兄さんのベッドの上で、目を覚ましたお。



隣には、兄さんも寝ていて、シングルベッドの狭い範囲に、男二人というぞっとしない状況だったお。


『しゃむい……』


そういいながら、兄さんは僕の体から毛布を引き剥がす。
僕は身震いをしながら、体を起こしたんだお。



あれは、全て夢だったのだろうか。


あんなビデオを見たから、そういう夢を見ても不思議ではない。

僕は溜息を吐くと、朝ごはんをまともに食べない兄さんの為に、昨日のカレーでも温めるかと、
ベッドを降りたお。





すると、足元に何かぶつかり、ガサリ、と音を立てる。
何だろうと思ってベッドの下を覗き込むと、あるんだよ、ゴミ袋が。




そして、そのゴミ袋の中には、昨日僕に向かって飛んできた、
あの"肉団子女"の顔面が、ぎゅうぎゅうに押し込まれていた――。

596 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:46:45 ID:FFkC5bls0














         「うわぁぁあああああぁああぁああああああッ!?!?!?!?!?」





             『ちょっと、ぶーん……うるしゃぁい……むにゃむにゃ……』


















【土曜日に嫌われて 了】

597 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/07/19(水) 05:47:39 ID:FFkC5bls0
【幕間】




川 ゚ -゚)「これはあれだな、名物キャラになりそうな予感」

( ^ω^)「確かに、兄さん関係は、まだまだあるお」

('A`) 「その"肉団子女"のゴミ袋ってどうしたんだろうな」

( ^ω^)「普通に燃えるゴミの日に捨てたって言ってたお」

('A`) 「豪胆だな」

(´・ω・`)「今はどうしてるの?」

( ^ω^)「えーっと、なんかコスタリカにいるって言ってたお。毒蛙を食べに行くって――」

ξ゚听)ξ「当分帰ってこないわね……」

('A`) 「それじゃあ、次の"題"に行こうぜ」

川 ゚ -゚)「三週目のトリは、私か」

ξ゚听)ξ「期待しているわ」

( ^ω^)「じゃあ"題"は>>610でいいかお?」

(´・ω・`)「いいんじゃない?」




ξ゚听)ξ「それじゃ、次の"解"を求めましょう」

610 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2017/07/19(水) 16:50:34 ID:u3p4L6i20
瀉血

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