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539 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/31(金) 23:51:35 ID:XEj07iWwO
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(´・_ゝ・`)「泊まると高確率で怪奇現象が起きる部屋があるらしい」
('、`*川「はあ」
3日ぶりの再会は、いつもの偶然ではなく、先生が我が家を訪れたことで果たされた。
居間で私と向かい合い、先生は、旅行誌の1ページを私に見せた。
何の変哲もない旅館が紹介されている。
当然ながら、記事には「いわくつき」なんて説明は書かれていない。
(´・_ゝ・`)「そこに、一緒に泊まってほしい」
('、`;川「えー」
いくら先生といえど、先生は男で私は女だ。抵抗はある。
たしかにホテルに一泊したことはあるけれども、だからって、
旅館にもほいほい付いていきますよ、というわけにはいかない。
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540 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/31(金) 23:52:52 ID:XEj07iWwO
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そこへ、お盆を持った母がやって来た。
J( 'ー`)し「コーヒーでよろしかったですか?」
にこにこと笑いながら、母は先生の前にアイスコーヒーと
4分の1ほどにカットしたバウムクーヘンを出した。
先生もにこりと笑って「ありがとうございます」なんて返している。
それから、先生は私を旅館に連れていく許可を母にとった。
そもそも私がまだ首を縦に振っていないのだが、そこはもう完全に無視の方向で。
母はまた先生の笑顔とでっち上げに騙され、笑顔で頷いた。
('、`;川「いやいや、私と先生が旅館に一泊って、ぱっと見ただの不倫カップルよ!?」
J( 'ー`)し「その旅館ってちょっと遠いところにあるんでしょ?
誰に何と思われようと、いいじゃないの」
('、`;川「お父さんにバレたら怒られるし!」
J( 'ー`)し「お父さんには適当に言っておくから」
仮にバレたとしてもコブラツイストで黙らせる、と頼もしい一言が付け足された。
寧ろ目の前の男にコブラツイストをかけてほしい。
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541 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/31(金) 23:54:32 ID:XEj07iWwO
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(´・_ゝ・`)「……というわけで、あとで旅館に予約入れておくから。
伊藤君、午後から空いてる日はある?」
先生が微笑む。
そして、先程の記事を指差した。
指の先には旅館の評価欄。
食事の部分が満点だ。
私は、自棄気味にバウムクーヘンを口に放り込んだ。
第十五夜『プラスかマイナスか』
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542 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/31(金) 23:56:01 ID:XEj07iWwO
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数日後、私は旅館にいた。
恥ずかしながらご満悦だった。
('ー`*川「ふひひ」
ほろ酔いで布団に倒れ込む。
浴衣を着ているので堪えたが、先生がいなかったら足をばたばた動かしていただろう。
温泉気持ち良かった。ご飯美味しかった。お酒も美味しかった。
この部屋がいわくつきであることさえ忘れれば、幸せだった。
('ー`*川「こんなにゆっくり出来たの久々ー」
バイト三昧の日々に、たまの休みは家でごろごろ。
そんな生活だったので、ここまでのんびりするのは本当に久しぶりだった。
旅館なんて、高校の修学旅行以来だ。
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544 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/31(金) 23:58:33 ID:XEj07iWwO
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('ー`*川「しかも料金は先生持ちだしー」
(´・_ゝ・`)「はいはい、良かったね」
先生は広縁にある背の低い椅子に腰掛け、お茶を飲んでいた。
小さなテーブルの上にはノートパソコン。済ませなきゃならない仕事があるそうだ。
ワイシャツにスラックスという服装で、どうやら寝る気はなさそうだった。
旅館の人にも、布団は私の分だけでいいと言っていたし。
一組の布団に枕が2つ並んでいて、完全に勘違いされているのが分かって死にたくなったけども。
とりあえず、私は布団の中に潜り込んだ。
ふかふかの敷布団に、さらさらのシーツ、程よく軽い掛け布団、丁度いい高さと柔らかさの枕、いい匂い。
このまま寝たら、とろけそうだ。
冷えている布団に自分の熱が移り、心地よさが増していく。
('ー`*川「んふふふふ。きもちいー。おやすみ先生」
(´・_ゝ・`)「じゃあそろそろ怖い話でもしようか」
何でだ。
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545 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:00:02 ID:7eWcle2EO
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(´・_ゝ・`)「この部屋に出るっていう幽霊はね、」
('、`*川「幽霊の話はいいから。おやすみ」
(´・_ゝ・`)「なら幽霊じゃない怖い話する?
高校卒業してから2年、バイトしかしてこなかった伊藤君の将来についてとか」
('、`*川「やめて」
それが一番恐い。
私は余分な枕を布団の外に放り、先生を睨んだ。
('、`*川「言っとくけど、私、幽霊に会うために旅館に来たんじゃないからね」
(´・_ゝ・`)「僕は幽霊に会いに来たんだよ。
そしてさっき伊藤君が言ったように、費用は僕持ちだ」
('、`;川「……くっ」
それを言われると、ちょっと痛い。
私は先生に「旅館に一泊させてもらっている」立場である。
先生はゆったりとお茶を飲み、息をついた。
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546 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:02:48 ID:7eWcle2EO
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(´・_ゝ・`)「──昔、駆け落ちしてきてこの部屋に泊まったカップルがいた。
彼らは真夜中、海に飛び込んで心中を図った」
聞くしかないらしい。
掛け布団を捲り、上半身を起こした。
あまり遠くないところ(近いとも言えないが)に海があるのだと、事前に聞いていた。
(´・_ゝ・`)「で、女性の方だけ生き残っちゃったんだって。
家に帰されてから一ヶ月後に、自室で後を追ったらしいけど」
('、`*川「……結果的には2人とも亡くなったけど、時間と場所は違うわけね」
(´・_ゝ・`)「男性の方は死体も見付かってないから断言出来ないな。
まあ亡くなってるだろうけどね」
(´・_ゝ・`)「ともかく2人とも死んだとするよ。
彼女の家は2つ隣の県だから、距離はかなり開いてしまったことになる」
('、`*川「……それでも心中って言えるのかしら」
(´・_ゝ・`)「難しいところだね。僕なら『一緒になれた』とは思わないかな」
私も、そうは思えない。
天国なんてものがあるとして、互いの魂がそこに行って再会出来れば、まあ無意味ではないだろうけど。
いや、自殺したら地獄に落ちるんだっけ。
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547 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:06:37 ID:7eWcle2EO
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というか、これは「怖い話」なのだから、まだ続きがある筈だ。
その続きも大体想像がつく。
想像通りなら、天国にも地獄にも行けていないだろう。
(´・_ゝ・`)「ともかくそれ以来、この部屋に男女2人が泊まると、幽霊が出るようになったそうだ」
('、`*川「どっちの幽霊?」
(´・_ゝ・`)「どっちも目撃談はあるよ。男だけが出てくるパターン、女だけのパターン、両方出るパターン。
まあ、その目撃談だって全てが事実ではないだろうから、
実際がどうなのかは全く分からないよ」
男女の霊が出るなら、既に再会していることになるのではないだろうか。
それよりも幸せなカップルを妬ましく思う気持ちの方が強いのか、心中とは関係ない霊なのか。
(´・_ゝ・`)「何にせよ、ありきたりすぎて胡散臭いよね。
一応、事件自体は本当にあったらしいけど」
('、`*川「調べたの?」
(´・_ゝ・`)「うん。新聞にも載ってた」
教授の仕事だって暇ではないだろうに。
私は、「そう」と自分が出来得る限りの呆れた声で返した。
私も先生も黙り込む。
途端に、室内の静けさが身に染みた。
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548 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:08:20 ID:7eWcle2EO
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(´・_ゝ・`)「もう寝ていいよ」
先生が、気持ち悪いくらい爽やかに微笑んだ。
このパターン、寝たら危険だ。
夢か寝起きに「来る」恐れがある。今までの経験上。
('、`;川「……やだ」
(´・_ゝ・`)「じゃあ起きてる? 丑三つ時まであと3時間くらいかな」
悩んだ。
このまま起きていて、びくびくしながら夜を明かすか。
眠りに就いて、何も起きないまま朝を迎える希望に賭けるか。
明日は昼から書店のバイトだ。
('、`*川「……」
私は、もそもそと布団を被って横たわった。
鼻から上だけ出して、先生の方を向いたまま目を瞑る。
電気は消したくない。
何も起きませんように。
控えめにノートパソコンのキーを押す音を聞いている内、
うとうとしてきて、やがて意識が暗闇に落ちた。
*****
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549 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:09:06 ID:7eWcle2EO
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意識が持ち上がって最初に感じたのは、私の爪先に触れる、誰かの足の感触だった。
頭の中がぼんやりして、無意識に足を動かして感触を確かめた。
ちょっと冷たい。
ここはどこだっけ。
寝る前の記憶を手繰る。
旅館。先生と旅館に来たんだった。
そして──まさか布団に先生が入ってきたのかと思い
一気に目が覚めた私は、瞼を上げた。
目の前にあったのは、先生とは似ても似つかない後頭部だった。
髪の長さや華奢な肩からして、女の人。
混乱する。
よくよく見ると、彼女はぴくりとも動いていなかった。
呼吸をしている様子すらないのだ。
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550 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:10:37 ID:7eWcle2EO
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生きている人間ではないと気付いた。
寝る前に抱いた思考が合っていたのにも気付いた。
本当に寝起きに来やがった。
足を離し、瞼を下ろした。
視界を再び闇に戻す。
いなくなっているのを期待して、そっと目を開けた。
こっちを向いていた。
あんまりにも驚いて、一瞬、息が止まった。
もう。やだ。本当に。何で油断しているときに来るんだろう。
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551 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:11:53 ID:7eWcle2EO
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彼女は無表情だった。
目の大きさが左右で全く違うのを除けば、普通だ。
声が出せない。体が動かない。目だけは動かせる。
私は泣きそうになりながら、また目を閉じた。
鼻に何かが触れる。
指。
ぺたぺた、顔や髪を触られた。
今にも首を絞められるのではないかと思うと、気が気じゃなかった。
逃げたい。
──そのとき、部屋の入口で音がした。
まさか霊が増えたのではと戦慄したが、足音が入口から部屋の中、広縁の方へ移動する。
椅子の軋む音で、正体が先生だと分かった。
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552 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:14:30 ID:7eWcle2EO
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あの女性の感触が消えていた。
手に力を込める。動いた。
そろそろと足で探ってみても、やはり、彼女の足はもう布団にはなかった。
私は深呼吸をすると、目を開いた。
(´・_ゝ・`)
先生が缶コーヒーを開けている。
視線は真っ直ぐノートパソコンに。
そのすぐ後ろに、さっきの女がいた。
先生にぴったり張りついて、というか覆い被さるようだった。
先生は──気付きそうにない。
コーヒーを飲んで、ノートパソコンのキーを叩いている。
その人を脅かそうとしても無駄だよ。
霊に、そう言ってやりたかった。
もちろん本当に言う勇気はない。
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553 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:16:11 ID:7eWcle2EO
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──けれど。
先生は、ふと顔を上げた。
暗い窓の方を振り返り、首を傾げる。
またノートパソコンに向き直ったが、少しすると、再び周囲を見渡し始めた。
ついには、自分の左肩辺りに顔を傾けた姿勢で固まる。
そこには女の顔がある。
時間にして、ほんの1、2分。
先生がテーブル脇の鞄に手を伸ばすと同時に、女は消えた。
先生はデジタルカメラを引っ張り出して、左肩を撮った。
たぶん何も映っていないだろう。
撮影したデータを確認し、先生は溜め息をついた。
残念そうだ。
それでも、先生の瞳からは──若干の興奮が読み取れた。
私は身を起こした。
あの女は、どこにもいない。
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555 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:17:54 ID:7eWcle2EO
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(´・_ゝ・`)「伊藤君」
('、`;川「先生、今、」
(´・_ゝ・`)「聞いてよ伊藤君」
やっぱり興奮している。
先生は私の横に座り、身振り手振りで先程の出来事を説明した。
子供みたいだった。
(´・_ゝ・`)「声がしたんだ」
('、`*川「声?」
(´・_ゝ・`)「女の人の。はっきり喋ってた。本当だよ。
写真も撮ったけど、それには写らなかった」
左側から、恨みつらみを吐き出す声がしていたのだという。
姿は見えなかったらしいが、たしかに先生の左肩に女が顔を乗せていたと私が答えると、
先生は嬉しそうに笑った。
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556 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:19:57 ID:7eWcle2EO
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(´・_ゝ・`)「はじめて霊の声聞いた。
普通の人間より耳に響く感じなんだね」
('、`*川「ああ、そう……良かったわね」
霊が起こすラップ音や足音なんかを聞くことはあっても、
霊そのものの声を聞いたことはなかったそうだ。
さすが零感。
しばらく1人ではしゃいでいた先生だったが、やがて落ち着いてきたのか、
一度咳払いをして仕切り直した。
(´・_ゝ・`)「……さっき、自動販売機に行くついでに、旅館の人つかまえて
心中事件について聞き出したんだ」
('、`*川「事件のことを聞き出すついでに自販機に寄った、でしょ」
(´・_ゝ・`)「そうとも言うね」
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558 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:22:42 ID:7eWcle2EO
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('、`*川「それにしても、よく聞けたわね。
従業員が知ってたとしても簡単に話すとは思えないけど」
(´・_ゝ・`)「そこは舌先三寸で色々と」
先生が舌をちょっと出した。
自分で言うか。
とにかく、事件を詳しく聞くことには成功したらしい。
(´・_ゝ・`)「心中の前夜、先に旅館に来たのは彼女の方だったそうだ。
あまりにも暗い顔してるから、心配した仲居さんが付き添ってあげた」
(´・_ゝ・`)「彼女が仲居さんに泣きながら話したことには、
彼氏と同時に家を出るのが難しかったから、この旅館を待ち合わせ場所にしたらしい」
('、`*川「待ち合わせ……」
(´・_ゝ・`)「その後、彼氏も合流して……仲居さんが気付いたときには2人は旅館から消えていた。
あとは報道された通り。
心中して、彼女だけが助かって、一ヶ月後に彼女も死んだ」
先生は、弧を描く口元を手で隠した。
別に面白い話ではないので、さしもの先生も不謹慎であるとは思ったようだ。
しかし何とまあ、幽霊の声を聞いたのがそんなに嬉しいか。
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560 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:24:42 ID:7eWcle2EO
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(´・_ゝ・`)「ポイントは、ここが『待ち合わせ』の場所だったということだ。
……やっぱり、死んだ時間も現場も違えば心中にはならないみたいだね。
死んでも尚、一緒にはなれなかった。だから彼女は、今もここで彼氏を待ってる」
('、`*川「……? 彼氏に会いたいなら、せめて、現場だった海に行けばいいじゃないの」
(´・_ゝ・`)「僕もそう思うけど。でもさ、怪談に合理的な思考を求めるのも、ちょっとね。
──彼女にとって、ここは待ち合わせ場所なんだ。
待ってれば彼氏が来てくれるっていう、彼女の意思が色濃く残ってたんだろう」
('、`*川「……なるほど」
海で亡くなった彼氏。
一ヶ月後、自宅で後を追った彼女。
未だに巡り会えていない。
(´・_ゝ・`)「ということは、この部屋に男の霊も出るってのはデマだね。
あるいは無関係な通りすがりの霊だ」
('、`*川「そうね……」
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561 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:25:45 ID:7eWcle2EO
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(´・_ゝ・`)「ついでに、男女の客が泊まったときに幽霊が出るってのも、どうやら違うらしいよ。
それは噂が一人歩きしていっただけだ。
実際は、男性が泊まるときに怪奇現象が多いんだってさ。女性客の有無は関係ない」
('、`;川「はあっ!? じゃあ私が付いてきた意味は!?」
(´・_ゝ・`)「いいじゃないか。ご飯美味しかったんだから」
('、`;川「そんなもん吹き飛ぶような体験したっつうの!!」
無意味に連れてこられて、無意味に幽霊に添い寝された気分は
先生には分からないだろう。
言っておくが、私はまだビビっている。
枕を先生に投げつけるかどうか迷って、結局やめた。
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562 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:26:51 ID:7eWcle2EO
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('、`*川「……はあ」
溜め息。
添い寝は怖かったけれど、あの霊自体は、ただ純粋に彼氏を待っているだけなのだ。
男性客が来る度、彼氏が来たのではないかと確かめているだけの──
('、`*川(ん?)
いや、待った。
さっき、先生は何と言った?
女性の声は、恨みつらみを吐いていたそうだ。
恨みって、誰に?
(´・_ゝ・`)「さて、僕には気になってた事柄がある」
先生が人差し指を立てた。
嫌な予感しかしない。
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563 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:28:43 ID:7eWcle2EO
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(´・_ゝ・`)「果たして彼女は、本当に『後を追う』ために自殺したのかな?」
('、`;川「……どういうこと」
(´・_ゝ・`)「彼女達は、互いの両親から交際を妨害されて、
それから逃れるために……そして結ばれるために心中を選んだ。
しかし結果を見れば、彼女だけが生き残ってしまった」
(´・_ゝ・`)「……彼氏側の両親は、どう思うだろうね?」
どう、って。
考えて、私は眉根を寄せた。
(´・_ゝ・`)「仮に、彼氏の方から心中を提案したとする。
でも彼氏が亡くなってる……というか帰ってきてない以上、
彼女が言い訳をしたところで、彼の両親は信じるだろうか」
('、`;川「それは……んんと、どうだろ……」
(´・_ゝ・`)「あくまで推測。下衆の勘繰りだけど。
彼女は、ひどく責め立てられると思う」
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564 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:29:55 ID:7eWcle2EO
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(´・_ゝ・`)「愛する人との心中を覚悟して、それなのに自分だけ助かってしまって。
それだけで充分苦しい筈なのに、そこへさらに憎しみをぶつけられようものなら──」
恨み。
もし。もしも。自分1人で死んでしまった「彼」に恨みを抱いたなら、彼女は何をするだろう。
彼女は、ここで「彼」を待っている。
でも、「待っている」と「待ち構えている」では、その意味は、あまりにも違う。
室内の空気が冷えていた。
ぞわぞわ、背筋を見えない何かが這い上がる。
私は右手で先生の口を塞いだ。
続きを聞きたくなかった。
聞いてはいけないと思った。
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565 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:30:59 ID:7eWcle2EO
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(´・_ゝ・`)
先生の目が、私を見下ろす。
後から聞いたけれど、このときの私は、非常に情けない顔をしていたそうだ。
そのおかげか、私が手を離しても先生は話の続きを口にはしなかった。
目が冴えていた。
眠れないまま朝を迎え、朝食をとって、私達は旅館を後にした。
.
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566 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:31:58 ID:7eWcle2EO
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旅館での体験は、あれだけだった。
別に幽霊が付いてくることもなかったし、はっきりと悪さをしたわけでもなかった。
私にとっては、いつもの、先生に巻き込まれたことによる心霊体験。
でも先生にとっては、それなりに衝撃的な出来事だったのだろう。
*****
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567 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:33:25 ID:7eWcle2EO
-
──それからしばらく後、パン屋にて。
実に2週間ぶりに会った先生は、ひどく疲れている様子だった。
(´・_ゝ・`)「やあ伊藤君、旧Mトンネルって知ってる?」
('、`*川「知らないけど、どうせ心霊スポットでしょ」
(´・_ゝ・`)「そうそう。伊藤君、そこに、」
言葉の途中で、先生は口元に片手を当てた。
顔を背ける。
欠伸をしたらしかった。
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569 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:35:49 ID:7eWcle2EO
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(´・_ゝ・`)「……そこに、一緒に行かない?」
息をついて、話を続ける。
眠たそうな目。
その下には、隈が出来ていた。
('、`*川「……先生、大丈夫? ちゃんと寝てる?」
答えはなかった。
私がカツサンドを袋に入れると、先生は財布を開き、値段ぴったりのお金を出した。
袋を受け取りながら、「行く気があったら大学の前に来て」と先生が呟く。
('、`*川「何時?」
(´・_ゝ・`)「……10時くらい」
行きたくはなかったけれど。
先生の様子が気になったので、午後10時、私は言われるままにVIP大学へ向かった。
.
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570 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:38:35 ID:7eWcle2EO
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旧Mトンネルの周囲は人気がなかった。
トンネルの前に車を停める。
運転席で、先生が欠伸を漏らした。
これで何度目だろう。
('、`*川「……先生、何か眠そうね」
(´・_ゝ・`)「うん……」
先生は車から降りなかった。
ぼうっと、トンネルを眺めている。
何でも、入口に血まみれの男が現れる──というのが、ここの「定番」だそうだ。
また欠伸。
しばらく沈黙して、先生が口を開いた。
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571 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:40:11 ID:7eWcle2EO
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(´・_ゝ・`)「本当は1人で来るつもりだったんだけどさ。
1人だと朝まで寝てしまいそうだったから、君を連れてきたんだ」
('、`*川「へ」
(´-_ゝ-`)「……というわけで、何かあったら、起こして」
('、`;川「え、ちょっと」
先生は座席の背もたれに寄り掛かって、目を閉じた。
──私が先生と心霊スポットに行った回数は、話していない分も含めれば結構な数に及ぶ。
その体験の中には、じっと、「何か」が起こるまで待たなければいけないことが幾度もあった。
しかし私が覚えている限りで、先生が眠ったことはなかった。
真夜中に静かな車中で黙って座っているときだって、まんじりともせず、
眠気など窺わせない瞳で暗闇を睨みつけていた。
ホテルのときも、旅館のときもそうだ。
なのに、このとき、先生は眠った。
先生だって人間だ。睡眠をとることはおかしくも何ともない。
それでも私には異常事態に思えた。
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572 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:41:01 ID:7eWcle2EO
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('、`;川「先生」
呼び掛ける。
3度目くらいで、先生はうっすらと瞼を持ち上げた。
('、`;川「何か変よ」
(´・_ゝ・`)「何が……」
('、`;川「先生が」
手の甲を目元に当て、先生が唸る。
少ししてから、ぼやけた声で言った。
(´-_ゝ-`)「……最近」
('、`;川「うん」
(´-_ゝ-`)「ほとんど毎晩、心霊スポット行ってるから……あんまり寝てない」
先生らしいといえば先生らしい。
そんなことか、と安堵した。
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573 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:42:32 ID:7eWcle2EO
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('、`*川「程々にしなきゃ駄目よ」
(´-_ゝ-`)「……でも」
口が大きく動かなくなってきた。
本気で眠たいのだろう。よくここまで運転出来たものだと思った。
(´-_ゝ-`)「最近……声とか色々……よく、聞けるようになったから……
今の内に色んな場所行けば……見れるようになる気がする……」
それを最後に、先生は口を閉じる。
しばらく見ていると、寝息をたて始めた。
私の方は、先生の呟きを理解するのに必死だった。
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574 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:44:06 ID:7eWcle2EO
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('、`*川(……声って、幽霊の?)
言葉を何度も反芻する。
先生は旅館で幽霊の声を聞いた。
それ以来、他の霊の声も聞けるようになった──という意味だと解釈する。
それが、先生を刺激したのだ。
今まで以上に、躍起になって心霊スポットを巡った。
そうすれば、やがて霊の姿も見られるようになるのでは、と考えたのだろう。
いい傾向だとは思えなかった。
今の先生の状態を見れば、誰だってそう感じる筈だ。
あまりにも危うい。
けど、どうすればいいのかは分からなかった。
私の忠告なんて、先生は聞かない。
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575 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:45:28 ID:7eWcle2EO
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ぐるぐると思考を巡らせている内に、日付が変わり、丑三つ時が過ぎ、空が白み始めた。
幽霊は現れなかった。
あるいは、出たことに私が気付かなかっただけかもしれない。
先生が目を覚ます。
頭を振り、「何もなかったか」とだけ言って、ハンドルを握った。
('、`*川「……休まないと駄目よ」
精一杯考えて、何を言うべきか迷って、それしか言えなかった。
(´・_ゝ・`)「今日は久しぶりに長時間眠れたよ」
先生は笑うだけだった。
*****
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576 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:47:22 ID:7eWcle2EO
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いま思えば、先生は最初から憑かれていたのだ。
とっくの昔に。
死霊とか、動物霊とか、そういうことでなく。
「幽霊」という概念に、取り憑かれていた。
先生はずっと危ないところにいた。
生まれもっての零感が作る、ひどく薄いバリアに守られていた。
でも、「零」は崩れた。
いつかは崩れるものだったのだ。
先生は自ら心霊スポットなんかに行って、そのバリアを傷付けてきたのだから。
.
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577 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/01(土) 00:48:56 ID:7eWcle2EO
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それから一ヶ月経って、私は、先生がいなくなったのを知った。
第十五夜『プラスかマイナスか』 終わり