引き潮のようです



21 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/07(日) 13:42:07 ID:GPqRt/lw0



引き潮のようです
二 祖父宅、東潮ノ見山公園



家に戻ると、子之夫妻が既に食卓を囲んでいた。
仏間との間の壁は取り外されていない。



( `ー´)「二人とも三年ぶりだっけ?」

( ・∀・)「最後に来たのが高一の夏だから…そのくらいには」

(* ゚A゚)「ほー、もうそんなんになるかね」

(`ー´ )「まぁ、俺もどんどん歳とってくわけだよ…」



叔父が手を付けていない梅酒を開け、茂那に渡す。

( `ー´)「流石にもう、大学でも飲んでるだろ?」

(; ´∀`)「いやぁ、僕は弱くて弱くて…」

22 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/07(日) 13:42:49 ID:GPqRt/lw0

(-∀- )「こいつ、カクテル一口すすっただけで真っ赤になる」

( `ー´)「俺も最初の頃はそうだったけどね」

( ´父`)「酒なんて慣れよ、慣れ。一回限界まで挑戦してみる」

(`ー´ )「で、一回吐いてみる!!」

(*-A-)「よしなさいな、まだ飲んじゃいけない歳だってのに」

(; ´∀`)「いやいや勘弁してください、すぐ頭痛くなっちゃうんで」

( ´父`)「んでも、茂良の方は酒強いんか」

結局茂那が手を付けなかった梅酒は、茂良のグラスへ並々と注がれた。

( ・∀・)「まぁ、ある程度は…?」

(* ゚A゚)「そこだけは二人とも違うんかねぇ」

( `ー´)「同じ時間に生まれて同じ学校に出て、背丈も殆ど同じだもんなぁ」

(´д` )「そう考えると漫画みたいな双子ですよね、我ながら」

23 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/07(日) 13:44:15 ID:GPqRt/lw0

( ・∀・)「体重も殆ど同じで、違うのは目の形だけだからねぇ」

( ´∀`)「そうそう…こいつの目はお袋譲りで、僕は親父譲りで」

(`ー´ )「そう言われれば、このたれ目は兄貴かもねぇ…」

叔父が茂那の顔をしげしげと見つめ、当の茂那は困ったように笑う。
茂良のグラスはいつの間にか空になっていた。

( ´父`)「おめ、吐いたりするなよぉ」

(・∀・ ;)「これくらいじゃ出来上がんないって」

( ´д`)「こいつはね、新歓でも唯一酔いつぶれずに素面で通してたんですよ」

( ´父`)「新歓たぁ何ぞね」

(* ゚A゚)「新入生歓迎会?」

(´∀` ;)「先輩と飲み比べして、先に先輩が潰れちゃって」

(`ー´ ;)「何も変わってないんだねぇ、俺が学生だった頃と…」

24 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/07(日) 13:45:09 ID:GPqRt/lw0

(* ゚A゚)「あんたが大学生だった頃って、何年前さ?」

( `ー´)「そりゃもうバブル初めだから、三十年前近くは経ってるのかな…?」

( ´父`)「俺からすりゃぁ、八十年代が三十年前ってのが信じられんよ」

( `ー´)「三十年前ねぇ…」



話題は、三十年前の潮ノ町へと移った。
その頃は駅前の映画館も営業しており、商店街の中心地には百貨店が構えていたと言う。
だが、町全体の人口が徐々に下がり始めたのもこの頃からだったらしい。

(´父` )「若いもんは皆東京へ出るようになったんだぁな」

( `ー´)「俺はちゃんと帰ってきただろう」

( ´父`)「んなもん、ここ十年の話だろうに」

(* ゚A゚)「それに、こんなケースはそうそう無いでしょう」

(`ー´ ;)「そりゃぁ、大多数は帰らねぇさ。何だかんだ不便なとこだもんな」

25 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/07(日) 13:46:15 ID:GPqRt/lw0

( ´父`)「山の小学校はいつ無くなってもおかしかないの」

( `ー´)「へぇ、俺の母校がね…」

(*-A-)「少子高齢化の波ですかねぇ」

( ´父`)「おめぇの頃は三クラスあったのに、もう一クラスしか残っとらんと」

( -∀-)「どこで知ったんよ、そんなの」

(´父` )「向かいの内藤さんの坊主はまだ小学生だからよ」

(; `ー´)「何、内藤さんとこの赤ちゃんってもう小学生なの?」

( ´父`)「いつの話をしてるんだ、おめは」

(; `ー´)「いや参った参った…もう十年は経つのか」

(* ゚A゚)「あんたも若くはないねぇ」

(`ー´ )「同じだろう、それは君だって…」



茂良がふと隣を見ると、茂那が体を「く」の字にして、いびきをかいていた。
大人三人組の昔話は終わる気配も無く、
茂良はトイレに行くと言って席を立ち、そのまま中庭に出た。

26 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/07(日) 13:47:24 ID:GPqRt/lw0

外は静かで、鈴虫の音色が東京のそれよりも遥かに澄んで聞こえた。
雑草は伸び放題、茂良の足元を容赦なく擽る。

( ・∀・)「昔、ここで花火をやったな…」

あの頃は雑草も定期的に刈り取られ、芝生のようにふかふかとしていた、ような気がする。

花火の思い出…と言えば、茂那がネズミ花火を何も知らずに点火してしまい、
向かいの内藤宅で爆発させてしまったことがあった。

( -∀-)「結局あの日は内藤さんとこも混ざってやったなぁ」


ここ何年か、線香花火すらまともに触っていないと気付く。
中学時代も高校時代も部活動に夏の殆どを費やし、海も山も祭りも花火も、別世界の話だった。

明日あたり線香花火を買って、久しぶりに火をつけてみようか。
いや、その前に、あっちこっちに伸び放題の雑草を刈らなければいけないか…。



リビングへ戻ると、三人は相変わらず話し込んでいる。
しばらく傍に座って耳を澄ましていると、どうも例の映画館についての話題らしい。

27 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/07(日) 13:48:31 ID:GPqRt/lw0

( `ー´)「ありゃぁ、俺が就職するギリギリ前に潰れたんよ」

(`ー´ )「だから、四年の冬か?閉館記念だ言うて、殆どのチケットが半額になって」

( ´父`)「もう、そんな前になるのけぇ」

( `ー´)「そこで俺ぁ『トップ・ガン』見たんよ。はっきり覚えとる」

(; `ー´)「いつもはガラッガラだったのに、閉館するって決まったら混んで混んで」

(´父` )「まぁ、そんなもんだの」

( ´父`)「そんなことせんでも、俺が学生の頃ぁいっつも大賑わいで…」



祖父は潮ノ町から私鉄と国鉄を乗り継いで一時間かけ、内陸の高校へ通っていたと言う。
授業や部活が終わり潮ノ町駅に戻ると日は暮れており、映画館ではレイトショーが行われていた。

レイトショーは料金が日中の七割程度とかなり安く抑え込まれており、
元々映画好きだった祖父は、週一程度の頻度でそこへ通っていたそうだ。



( `ー´)「そりゃ、もう五十年以上前の話だぁ」

28 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/07(日) 13:49:30 ID:GPqRt/lw0

( ´父`)「レイトショーじゃ、チケットが50円もせんのよ」

(* ゚A゚)「大雑把に考えて、今の1/30ねぇ」

( ´父`)「だからよ、駅の改札降りたら速攻で映画館駆け込んでよ、やっぱり大賑わいで…」

(; `ー´)「分かった、分かったがな。同じ話題を繰り返すない」

小さな宴会は、夜明け前まで続いた。
このことだけは、十年前と何ら変わりが無かった。



電気を消し布団に横になっても、茂良は眠れなかった。
脳裏に浮かぶのは、人で溢れかえっていたであろうかつての潮ノ町駅、
そして、三十年前に無くなった映画館の想像図。



電車は定刻通り、八時十分に到着した。
サラリーマンがホームに溢れかえり、改札をすり抜け、駅前広場に出る。
半分がそのまま帰宅、残りの半分が駅前の居酒屋に入り、もう半分は映画館へと急いだ。

「キネマ・パラダイス座」は潮ノ町唯一の映画館で、定員は150人。
娯楽の少ない町の憩いの場として、日時問わず多くの客でごった返す。

29 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/07(日) 13:50:36 ID:GPqRt/lw0

その日は、「くたばれ!ヤンキース」が初上映されると噂されていた。
アメリカ映画の大ファンだった若き日の祖父は、改札を出ると一目散に映画館に駆け込み、
なけなしの50円を払い、薄暗いシアターに通され、真ん中の席に腰を下ろす。

やがて映写機のスイッチが入り、客電が落ち、スクリーンが明るく照らされ、
スピーカーから細かいノイズが聞こえだすと、いよいよカウントダウンが始まり―



ここで目が覚めた。
全編モノクロの古き良き昭和レトロな夢だったが、やけに現実味を帯びているところが
茂良にとっては少々気味が悪かった。

少々頭に鈍痛を覚えるが、二日酔いというほどでもない。
布団を畳んで寝室を出ると、既に茂那がリビングで朝食を取っていた。

( ´д`)「こんな規則正しい時間に朝飯を食うのも久々だよ」

テーブル上のデジタル置時計には「6:15 AM」と表示されている。
台所を覗くと、祖父が皿の上にトーストを数枚盛り付け、冷蔵庫からバターを取り出そうとしていた。

( ・∀・)「爺ちゃん、おはよう」

( ´父`)「なんじゃ、もう起きたのけ」

30 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/07(日) 13:51:30 ID:GPqRt/lw0

(´父` )「飯を食ったらラジオ体操でも行ってこんか、おめら」

(´д` )「なんだそりゃ、ガキじゃあるまいし」

( ´父`)「とりあえず外に出とけ、風に吹かれて目ぇ覚ますんだの」



掃除をするから三十分はそこら辺を散歩でもしていろ、と
祖父は朝食を済ませた二人を外へと追い払った。

( ・∀・)「…でも、一回だけラジオ体操やったことあるよな」

(´д` )「ここで?」

( ・∀・)「なんかほら、あったじゃん。もうちょい行って左に曲がると」

すると、左手の奥からラジオ体操のピアノ伴奏が聞こえてくる。

( ´д`)「…凄いなお前、何年前の記憶だよ」

(-∀- )「もう、十年前?」

( ´д`)「何でもかんでも十年前だな」

31 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/07(日) 13:57:10 ID:GPqRt/lw0

東潮ノ見山公園。
猫の額ほどの小さな敷地の中に、滑り台、二列のブランコ、グローブジャングル、
シーソー、埋め込まれたタイヤ…が、ひしめき合っている。

自治会の中年男が退屈そうにベンチに座り、その横にはラジカセ。
子供が五人ほど、手足をだらしなくぶら下げながら「一応はやってるんですよ」と言わんばかりに
体操らしき動きをこなしている。

( ・∀・)「にしても五人てのもなぁ」

( ´д`)「まぁ、お盆だし…?」

(・∀・ )「もうちょい多かったわ、十年前の同じ時期は」

(; ´д`)「覚えてねぇよ、そんなん」



やがてラジオ体操も終了し、子供達は散り散りに去って行った。
男もラジカセを持ってさっさと公園を出てしまい、二人の若者だけがぽつんと取り残される。

この公園、小さいながらも整備は行き届いているのか、
遊具の塗装禿げも少なく、雑草も定期的に刈られているようだった。

32 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/07(日) 13:57:57 ID:GPqRt/lw0

茂良は公園の全景をぐるりと見回し、思いついた。



( ・∀・)「…よし」

( ´д`)「なんよ」

( -∀-)「どうせ今夜は暇だろ、大量に花火でも買いこむぞ」

(´д` )「そんなん、どこでやんだよ」

( ・∀・)「ここ?」

(; ´д`)「あ?」

( ・∀・)「スイカとかスナック菓子なんかを大量に買い込んでさ」

( -∀-)「線香花火に火付けて『あー落ちる落ちる』とか言って、ワイワイやるんだよ…」

( ´д`)「…」

(´д` )「幸せな人間だね、茂良君は…」







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