■引き潮のようです
└一
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1 名前:◇izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:32:07 ID:FE1f.m820
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東京から東北へ向かう新幹線で三時間、
在来線に乗り換えて三十分、
私鉄線に乗り換えて更に三十分すると、車窓からは漸く潮ノ町の市街地が見えてくる。
二両編成のワンマン列車、線形は悪く、カタカタと上下の細かい振動が続く。
車両は東京の私鉄の中古を買い取ったもので、年季の入ったモーターがやかましい音を立てる。
やがて、無機質な女性の機械音声が車内に響き渡る。
「次は、終点潮ノ町、潮ノ町、すべてのドアが開きます。お忘れ物の無いよう…」
しかし茂良と茂那は長旅に疲れ、半醒半睡の状態だった。
( -∀-)「………んっ」
( ・∀-)「あっ………?」
(∀・ 三 ・∀)「…」
( ・∀・)「おい起きろ、起きろ茂那!!」
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2 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:32:51 ID:FE1f.m820
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引き潮のようです
一 潮ノ町駅、市街地、祖父宅
(; ´∀`)「いやぁ、恐ろしい長旅だった…」
茂那がでたらめに手足をぶらつかせ、身体をほぐそうとする。
シートに座り続けること計四時間、背中も腰もカチコチに固まっていた。
(・∀・ )「あれっ」
( ・∀・)「爺ちゃんがいないぞ、合ってるんだよな?」
(´д` )「時間?」
( ・∀・)「まぁ時間も、電車も?」
茂良の腕時計にはしっかりと「2:30」と刻まれていた。
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3 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:33:41 ID:FE1f.m820
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( ・∀・)「これ、J-SHOCKだぞ。しかも電波で、狂うはずがない」
( ´д`)「じゃぁ、狂ってるのは爺ちゃんの方か」
( -∀-)「縁起でもねぇな」
茂良と茂那は、前日に
「潮ノ町には二時半に着くから、迎えを頼む」
と、祖父に電話を入れていた。
( ´父`)「年寄りに運転なんてさせて、事故っても知らんぞ」
と、軽口を飛ばされながらも承諾されたはずだが、一向に来ない。
しばらく会わないうちに、前日の約束を忘れるほど「ボケ」が進行しているなどとは思いたくないが―
二人は駅入口の階段に腰を下ろし、駅から続く「潮騒東口商店街」をぼうっと眺めた。
商店街は数百メートルの短いもので、その先には潮ノ町漁港、更に潮ノ湾の青い海が見える。
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4 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:34:39 ID:FE1f.m820
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言ってしまえば、町の中心地の規模がそれくらいでしかない、ということである。
反対側、西口も小さなロータリーとスナックが数件、
コンビニが一件あるくらいで、非常にこじんまりとしていた。
これは、茂名と茂良が初めてこの駅に降り立った十数年前から殆ど変っていない。
あえて言うならば、心なしか人通りが少なくなったような気もするが。
( ・∀・)「爺ちゃんが言うには、昔あの辺りに映画館があったんだってよ」
茂良が指差した先には、「セレモニー潮騒」の建物。
( ´д`)「何、あのなんとかセレモニーんとこ?」
( -∀-)「入場規制食らったらしい、人が多すぎて。爺ちゃんが中学だかの頃…」
(´д` )「へぇ、そんなもんがあったのね。こんなうらぶれた町にも」
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5 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:35:40 ID:FE1f.m820
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茶に錆びついたシャッターばかり目立つ商店街、
大理石のタイルが下品に輝くセレモニーは、清々しさを感じられるまでに浮いていた。
( ´д`)「そもそも、あんなもんあったか?」
(・∀・ )「いや、この前まで更地だったか、駐車場だったか…」
( -∀-)「まぁ、間違いなく映画館じゃなかったな」
祖父は、二人が駅に着いてから三十分後にやって来た。
いつものようなボロボロの軽トラではなく、真新しい軽自動車だった。
( ´д`)「ありっ、どうしたのこれ」
( ´父`)「そりゃぁ、この前買ったんだわな。大金はたいての」
( ・д・)「ボロトラは?」
(´父` )「あんなもん、捨てたわ。引き取ってもらった」
(; ・∀・)「ありゃぁ」
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6 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:36:45 ID:FE1f.m820
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新品の軽は優れ物で、大きな揺れも無く、車内も驚くほど静かだった。
エンジンがかかる度にガクガクと揺れ、おまけにシートベルトは弛みきってまったく機能せず、
いつか放り出されるのではないかと恐怖に慄いた軽トラも、今では過去のものである。
(´∀` )「あのボロトラ、割と思い出だったのにな」
( -∀-)「トウモロコシ大量に積んでな、俺らも荷台に乗っけてもらったんだっけ」
(; ´∀`)「めちゃ怖かったけどな、ジェットコースターどころじゃなかった」
( ・д・)「ガコンガコンみたいな」
( ´д`)「ドッシャンバッシャンって感じじゃない?」
( ・Д・)「ガッタンピッシン!!っつってな」
( ´Д`)「ゴッタンドッカン!!ダカダカビシバシ!!」
(´父` )「どっちでもいいわ、そんなもん」
( ´父`)「それより、おめぇら今年でいくつだ?もう大学生か?」
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7 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:37:36 ID:FE1f.m820
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( ´∀`)「どっちも十八?今年で十九か」
( -∀・)「そうそう、またどっちも同じ大学よ。同じ高校で同じ推薦貰って…」
( ´父`)「まぁ何だぁ、相変わらず仲ええことだの」
商店街を抜け、漁港前を左に曲がると、県道潮ノ湾海岸線に突き当たる。
入り組んだ海岸線を丁寧になぞるように並走する道路で、
右手には日に照らされ、燦然と輝くブルーオーシャンが溢れんばかりに広がっていた。
ハンドルを右に左に忙しなく回しながら、祖父が呟く。
( ´父`)「ここら辺は、ちょーっと前までは海水浴場があったんだがの」
そこには、コンクリートでコーティングされた味気ない防波堤に、無造作に転がった消波ブロック。
(´父` )「おめぇらもガキん頃、遊んだんじゃねぇか?水着も穿かずに、素っ裸で…」
(; ・∀・)「…そうだったっけか」
( ´父`)「まーぁ、十年よりゃ前になるかな。婆ちゃんが生きてた頃の話だわな」
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8 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:38:24 ID:FE1f.m820
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( ´д`)「十年か」
( -∀-)「それくらいにはなるかな、小学生になりたての頃だったから…」
防波堤は延々と続く。釣り人らしき男がブロックの上によじ登り、竿を振り上げる。
海面は穏やかで、西日の粒を風呂敷のように余すことなく包み込む。
( ´父`)「あん時葬式に来た人らもどんどん逝っちまってよ」
(´父` )「北浅瀬の鵜良さん、昔からおめぇらのこと可愛がってたけどよぉ。死んじまったしの」
( ´父`)「あとはこの前、港口の我那さんも大変だったんよ。認知症で…」
(; ´Д`)「嘘っ、我那の大叔母さん?いっつもお年玉くれる人!?」
( ´父`)「徘徊するようになっちゃったもんで、家から何キロも離れた交番で見つかって」
(; ・∀・)「長いこと会ってないからなぁ…」
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9 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:39:13 ID:FE1f.m820
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( ´父`)「おめぇらがここに来た日にゃ、必ず親戚集めて宴会やってたんだけどなぁ」
(´父` )「今じゃぁ、開くほどの人もいるかどうか…」
十年前に祖母が亡くなって以来、何人もの親戚が病に倒れ、他界したか。
防波堤に埋もれた海水浴場のように、宴会も次第に過去のものと化しつつある。
当たり前の光景が、日に日に当たり前でなくなっていく。
それはつまり、それほどの年月が経ち、誰もが歳を取ったことの証明なのかもしれない。
県道を離れ、田畑を真っ直ぐに突っ切ると、潮ノ見山の市街地に出る。
市街地と言っても、ほんの少しだけ広い道路に、小さな商店、本屋、理髪店が
ぽつぽつと並んでいるだけの、極めて小さなものだ。
( ´∀`)「まだあるんだなぁ、潮ノ見書店…」
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10 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:39:57 ID:FE1f.m820
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( ´父`)「頑張っとるよ、あそこのご主人さんも」
( ・∀・)「今時本なんて売れんもんな」
( ´父`)「ましてやおめぇ、こんな片田舎の奥まった町じゃぁ…」
祖父宅は、町の外れに位置している。
築八十年の木造建築で、かつては曾祖父の代から続く米屋「茂市商店」と一体化しており、
靴箱の隣の棚には、大量の米や肥料が所狭しと置かれていた。
が、過疎化で客足が引き、祖父が高齢だということもあって、昨年の春に閉店、
玄関も業者に依頼し、一気にリフォームさせたと言う。
( ´д`)「あれま…」
そこには茶色に塗られ木造建築風に仕立て上げられた、コンクリート製の真新しい玄関があった。
米棚も肥料棚も消え、奥にあったはずの事務所兼応接間も取り壊され、
どっしりと構えていた軒先が一気にコンパクトに、モダンになってしまっていた。
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11 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:40:42 ID:FE1f.m820
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( ´父`)「驚いたろ」
( ・д・)「いや、話には聞いてたけどさ…」
( ´д`)「別物になっちゃったねぇ」
玄関を上がると、建て替えられて新しくなった、小さな仏間があった。
壁上には歴代のご先祖様の肖像画や写真が額縁に入れて飾られてあり、
十年前に、祖母の写真も加わった。
( ・∀・)「いや、お久しぶりです。二年…三年ぶりになるのかな?」
二人は仏壇の前に正座し、鈴と木魚を叩き、手を合わせて深く頭を下げる。
( ´д`)「仏間も変わっちまったな、こんなに日が差し込んでなかったのに」
(・∀・ )「そうそう、もうちょい暗くて、ひんやりしてたかんね」
( ´父`)「そこらへんは、色々注文つけたのよ」
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12 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:41:25 ID:FE1f.m820
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(´父` )「ここの壁は昔の塀の木をそのまま使ってもらったしよ」
( ´д`)「へぇ」
( ´父`)「こっちの壁は取り外し可能だで、そのまま居間とくっつけられる」
( ・д・)「すげぇ」
( ´父`)「何かデカい食事があれば、壁ブチ抜いちまおうっての」
( ´д`)「ブチ抜く機会は?」
(´父` )「ねぇもんだ」
(・д・ )「今日は誰か来ないの?」
( ´父`)「子之が来るんじゃねぇかの。能緒さんと一緒に」
( ´∀`)「あぁ、おじちゃんね」
(´父` )「んでも、たった五人じゃぁ外す必要もねぇもんだの」
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13 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:42:09 ID:FE1f.m820
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叔父の子之と、その妻である能緒が来ると言う。
祖父は夕飯の支度があるから、夕方までは居間でくつろぐなり、
外に出るなり好きにしてくれと言い、奥の台所へ消えた。
リビングも玄関や仏間同様、コンパクトに新しく作り直されていた。
リフォームを機に買い直したのだろうか、新品の薄型テレビに二人掛けのソファ、ガラスのテーブル、
まるでモデルルームの一室のように小奇麗で、二人は言い知れぬ違和感を覚えてしまった。
( -∀-)「そういや、爺ちゃんも一人暮らしだからな」
(´д` )「一人住まいにゃ、広すぎる家は却って酷か…」
( ・∀・)「アホみたいに広かったからな、前のリビング」
( ・∀・)「ふすまの方にさ、なんかよく分からんねぇ御札が貼ってあってよ」
(´∀` )「はがすと攫われるぞとか言われてな」
( -∀-)「マジで信じてたよ…」
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14 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:42:50 ID:FE1f.m820
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( ´д`)「にしても何だ、あの…」
(´д` )「これが一番いいんだろうな、今の爺ちゃんにしてみりゃ」
( ・∀・)「寂しいっちゃ、寂しいけどね」
そろそろ日が暮れる頃だった。
リビングで肩を落としても仕方がない、と、道路を挟んで裏側にある畑へ向かう。
トウモロコシを大量に収穫した畑も、今ではただの更地と化していた。
畑横にはあぜ道があり、そこを数分歩けば、地平線の向こうまで広がる緑の絨毯を拝める。
日も傾き、徐々に風も涼しさを帯び始める。
ただ何をするわけでもなく、二人はあぜ道を歩き、仏頂面で橙色の夏空を眺めた。
( ・∀・)「変わったなぁ」
(´д` )「三年も経ったらな」
( -∀-)「ま、それもそうだけどさ」
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15 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/09/03(水) 22:43:37 ID:FE1f.m820
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あぜ道を引き返し、祖父の待つ家へと戻る。
日は沈みかけ、セミは静まり返り、既に鈴虫が鳴き始めている。
トウモロコシと共に荷台に乗り、ガタガタと唸る軽トラから夕日を眺めたのは、何年前のことか。
祖母が健在で、家に帰ると大勢の親戚がリビングを埋め尽くし、
日付が変わるまで宴会が繰り広げられた、いつだかの夏の日の記憶…。
( -∀-)「捨てちゃったかぁ、ボロトラ…」
年が経てば経つほど遠ざかり、やがて見えなくなっていくだろう。
当たり前のこと、ただそれだけのことが、二人には非常に歯がゆかった。
続
◆ 二>>>
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