( ^ω^)剣と魔法と大五郎のようです

三十二話

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148 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:07:25 ID:eV43cX2A0





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149 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:09:24 ID:eV43cX2A0

 血の匂いがした。今までに嗅いだことのない、濃厚な臭い。
 薄らぼやけている視界には無数の死体が転がっている。
 どれもこれもついさっきまで生きていた。武器を持ち防具を纏い、猛々しく吠えていた。

 だがもう死んだ。
 突如体を分断され、血しぶきを上げて崩れ倒れた。

 目の前に誰かの手が転がっていた。
 体は何処だろうか? あの血肉溜まりの中だろうか?

 早く見つけて謝罪しなければ。
 気が付かずにゲロを吐きかけてしまった。
 血の臭いに混じって、胃液と食物の混ざった、何とも言えない酸いて甘い臭いが鼻をつく。

 こりゃ汚いや。
 マントで拭えば許してもらえるか?
 ちゃんと洗わないとだめかもな。

 そんなことを思った。謝る意味も相手も無いことに気が付きまた吐いた。
 嘔吐物はほぼ液体で、血の海を押しのけながら、あるいは混ざり合いながら地面に広がってゆく。

 また他人の手に吐いてしまった。
 謝まらなければ。相手が死んでいようと構わない。
 死者に謝罪が出来るのは生者の特権である。

150 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:10:25 ID:eV43cX2A0


     「おや〜〜〜? 意外や意外! ブーン以外にも生きている子がいるのね」


 明るい声がする。
 女の声だ。若い、と言うより幼い。しかしどこか老獪な、歳を重ねた老婆のような空気を感じる。


     「凄いねあなた。どうやって防いだの?」


 目の前に足が現れた。小さな足だ。子供だろうか。
 黒い靴から見えるくるぶしも、足首も白く美しい。
 地面の赤に映えてなおのこと輝いて見えた。
 

     「ねえ、大丈夫? お水飲む?」


 自分が話しかけられていることに気が付いて、顔を上げた。
 それだけで頭がぐらぐらとしたが、視界にとらえたものを見て、さらに意識が揺れた。


o川*゚ー゚)o 「もしかしてこういうのは初めて?」


 そこにいたのは、声の印象から遠からぬ、幼い少女だった。
 小さな顔に黒い髪。血色がよく、ニコニコと上機嫌だ。
 こちらと目があると、髪と同じく黒い服をゆらして立ち上がった。

 やはり少女だ。見間違いではなかった。身長はこちらの肩ほども無いだろう。
 幼く愛らしい顔をしている。そのくせ浮かべている微笑みは淑女と紛う程大人びて見えた。

 脳が。本能が怯えていた。これは違う。違うぞ、と。

151 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:11:49 ID:eV43cX2A0


o川*゚ー゚)o 「あなた、お名前は?」

(;'A ) 「……メランコリーズ=ロンリードッグ」

o川*゚ ,゚)o 「めらこりん……?」

(;'A ) 「いや、メランコリーズ=ロンリードッグ……」

o川*^ー^)o 「……そう、ドッグって言いうのね。私あなたのこと気に入っちゃった」


 少女が手を差し伸べる。
 足と同じく白い手だ。その向こうに少女の笑みがある。
 今度は見目に似合った無邪気なそれだ。


o川*^ー^)o 「私の為にちょっと……」


 少女が何かを言おうとしていた。
 しかし、その言葉が唐突に止まる。
 代わりに彼女の口から生えたのは、血に濡れながらも鈍色に輝く、片刃の切っ先。

152 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:12:55 ID:eV43cX2A0

 少女が「あが」と言うのと同時、刃は勢いよく回転し口内に戻っていく。
 否、何者かが彼女の後頭部から剣を突き刺し、回しながら引き抜いたのだ。
 刃の回転で抉られた少女の頭部組織が、血と共に顔に降りかかる。


(;;;;;;;;ω ) 「――――“連刃二刀”」


 少女の首を横断する煌めきが見えた。
 血の糸のみを胴と繋げて宙に跳ね上がる頭部を、さらなる煌めきが過ぎ通る。
 聞えたのは硬い物を小突いたような、打撃音。そして、鞭を振るったような湿気た擦過音だった。

 少女の頭は空中で目を境にして上下に別れた。
 脳漿が斬撃の軌跡をなぞる。
 血を溢し、何か分からぬ粘液をまき散らしながら、しかし少女の顔は笑ったままだった。


(;;;;;;;;ω ) 「――――“狐払い”」


 既に頭部を失った少女の体は、ぐらりと倒れる前に、横に吹き飛ばされた。
 回転し螺旋を描き、血を帯のように振りまく。
 地面に衝突し、跳ね、転がり、伏せって止まったその背中には、二筋の巨大な刀傷があった。


(;;;;;;ω^) 「……大丈夫かお?」


 少女を追って横に流れた視線をもとの位置にもどすと、そこには男が立っていた。
 背はあまり高くない。顔は柔和だ。しかし、両手に刀を持つその体は、服の上からでも分かるほど力強さに満ちている。
 彼の名は知っていた。事前に噂と共に聞いていたのだ。

 通称「オルトロス」。双刀の魔犬、ブーン=N=ホライゾン。

153 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:13:54 ID:eV43cX2A0

(;'A ) 「え、あ」

(づω^) 「落ち着いて。でもまだ終わってない」

(;'A ) 「何が、なんだか……」


 ブーンに引き起こされ、何とか立ち上がる。
 足に力が入らず、ふらついて彼に縋りついた。
 ブーンは嫌がる様子もなく、刀の刃が当たらぬよう、腕でこちらを支えてくれる。


( ^ω^) 「手短に。アレが僕らの討伐対象―――」

(;'A ) 「え??」

( ^ω^) 「魔女だお」


 その瞬間、体が大きく引っ張られた。
 急激な力に首がねじ切れそうになる。
 ふらつく頭をなんとかして、状況を把握する。

 膝の裏と、背中にブーンの腕がある。
 抱えられて移動しているようだ。
 人一人の重みが増しているにも関わらず、ブーンは素早い。抱えられているこちらの目が回るほどだ。

 なぜこんなことをしているのか? と問おうとしたその時、一瞬前までブーンが居た空間に、巨大な亀裂が走った。
 独特の反応光が端々にちらついている。魔法だ。魔法によって空間を捩じり、切断しようとしているのである。
 一体だれが? その答えもすぐに分かった。


o川*゚ ,゚)o 「もぅ、お話し中だったのにぃ」


 先ほどの少女。ブーンの言葉を信じるならば、現代においてこの上なしと畏れられる最強の魔法使い。
 通称して「魔女」。地震、雷、火事、コイツと、天変地異に唯一並ぶことのできる人間である。

154 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:14:59 ID:eV43cX2A0

(;'A ) 「なんで、いきて?!」

( ^ω^) 「『魔女』だから」


 ブーンは駆ける。
 時折急激に進路を変え切り返す。
 魔女の攻撃は絶えないが、それを見事に回避し続けた。

 彼の肩にしがみ付きながら、必死に頭を働かせる。
 そうだ。古城跡を寝床にしていた魔女の討伐に傭兵として参加し、この大広間になだれ込んだ瞬間に……。

 周囲を見る。
 先ほどまで見ていたのと変わらない光景だ。
 バラバラに切断された討伐隊の体が散らかっている。

 目を向けると、広間の外に残っていた者たちまで死んでいる。
 恐らくは一定範囲内の指定した対象を問答無用で刻み殺す魔法だったのだろう。
 そうなると、範囲によっては外に待機していた残りの兵士たちも無事かどうか。


( ^ω^) 「あんたに頼みがあるお」

(;'A`) 「ひゃ、ひゃい」

( ^ω^) 「一緒に戦ってくれお。アレと相対して生き残れるってだけで、腕前は信用できる」

(;'A`) 「え?ええ?」

o川*^ー^)o 「横恋慕はだぁめよ」

155 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:16:00 ID:eV43cX2A0

 一際大きな魔力の波動がブーンを襲う。
 何とか回避するも、二の腕を掠め、ブーンは膝をついた。
 掠めた、と言っても傷は大きい。彼の纏っていたマントが、衣類と皮膚ごとはぎとられている。
 

( ^ω^) 「どっちにしろ殺されるお」

(;'A`) 「わ、わかった!」


 了承した瞬間に、突き飛ばされた。
 ブーンもその後すぐさま跳躍。
 二人の間の地面を、無色の大斧が叩き割る。


o川*゚ー゚)o 「ちょっと頭開いて脳みそもらうだけだからね?」

(;'A`) 「ひえっぇ!」


 すぐさま魔法式の組み上げに入った。
 生半可な魔法では意味がないことは、もうわかる。
 となれば、手段は一つしかない。噂に聞く魔女であれば、これしかないと初めから決めてきたのだ。

 魔女が魔法式の展開に気付いた。
 目が爛々と輝いている。
 本性を知った今、獲物を見つけた獅子のようと例えても、可愛げが勝ちすぎる。

156 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:17:04 ID:eV43cX2A0

 魔女の意識がこちらをむいた。
 同時に仄かな魔力の気配を感じる。
 常識ではありえない速度で、この場を中心に魔法式が組み上がっていた。

 直接干渉系の魔法。
 盾や防壁等は無意味だ。
 もっと根本から干渉を断たなければ、遮蔽物や回避では逃れられない。

 しかし、防御の魔法を組むまでも無く魔女の視線がすぐにこちらから外れた。
 その愛らしい頭部を、ブーンが横から蹴り抜いたのである。
 いつの間にそんな場所にいたのか、魔女も気が付いていなかったように見える。

 蹴り飛ばされた魔女は、軽やかにふわりと舞い上がって体勢を整えた。


o川*゚ ,゚)o 「もーさっきから斬ったり蹴ったりばっかり。レディの顔をなんだと思ってるの?」

( ^ω^) 「的」


 さらに魔女に斬りかかる最中、ブーンの視線がちらとこちらを向いた。
 援護してくれたのだ。そうとなれば急がなければならない。
 魔女の強襲と圧倒的な魔法能力に焦りはしたが、落ち着けばこちらにも相応の手がある。

157 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:18:44 ID:eV43cX2A0

o川*゚ー゚)o 「でも珍しいわね。ブーンが他の人をあてにするなんて」

( ^ω^) 「……君を止めるには魔法がいる」

o川*゚ー゚)o 「そうね。神様でも足りないくらいの」

( ^ω^) 「……」

o川*゚ー゚)o 「あの子がそれだけの魔法使いに見えた?」

( ^ω^) 「君が気に入った。それで十分だお」

o川*^ー^)o 「信頼してくれてるんだ」

( ^ω^) 「黙れ」


 激しい金属音。
 ブーンが斬りかかり、魔女が魔法で生み出した剣でそれを受けたのだろう。
 あまりに一瞬のことで何が起こったのか追いきれなかったが恐らくそうだ。

 ブーンの斬撃は速く、強い。
 鳴り響く受け太刀の音だけで肌が切り裂かれそうだ。
 それに応じて躱し守る魔女もまた並ではない。

 後悔の念が湧く。場違いな戦場に首を突っ込んでしまった。
 魔女の初撃に耐えた、気に入られたといっても所詮は凡夫の身である。
 初めての魔女に慄いて必要以上に早く上位の防御魔法を発動していたにすぎなかったのだ。

158 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:19:47 ID:eV43cX2A0

 もうすぐ魔法式が完成する、と言うところで魔女の意識が再びこちらを向いた。
 先ほどまでの悪戯な気配では無い。
 値踏みするような鋭さがその視線の中にある。


o川*゚ ,゚)o 「へえ、想像以上」

( ^ω^) 「ッチィ」

o川*゚ ,゚)o 「どこに埋もれてたのかしら。もうちょっと早くみつけたかったな」


 互いの剣を弾き、間合いが開いたところで魔女が指を鳴らす。
 その周囲に軽い破裂を伴って無数の火の玉が現れた。


o川*゚ー゚)σ 「ちょっと大人しくしててね、ブーン」

( ^ω^) 「ッ! 杉浦双刀流――――


 数多の火玉は魔女が指を向けるのと同時にブーンを強襲。
 豪雨が爆ぜるようなけたたましい音。連続する激しい紅蓮の爆発がブーンを呑み込んだ。

 その熱波は距離を取ったここでも頬に感じるほど。
 防御魔法を備えた魔法使いなら辛うじて、所詮剣士でしかないブーンに凌げるものではないだろう。
 直撃を避けたとて、火炎に包まれれば血肉か肺を焼かれて死ぬ。

159 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:21:16 ID:eV43cX2A0


o川*゚ー゚)o 「さて」


 カツ、と音がして、魔女が振り向く。
 先ほどまで平たい子供靴だったはずが、いつの間にか踵の高い婦人用のそれに代わっている。
 足元だけでない。炎の爆発に気を取られている一瞬に、魔女は少女から、成熟した女性の姿になっている。

 その顔かたち、体型に、思わず唾を飲んだ。


(;'A`) 「――― 一つ、聞きたい」

o川*゚ー゚)o 「なぁに?」

(;'A`) 「あんたの、名前は?」

o川*゚ー゚)o 「……あら、そんなこと? なんでも答えあげちゃうよ?」

(;'A`) 「いや、いいよ。名前さえ聞ければ」

o川*^ー^)o 「わたし、キュート。キューちゃんって呼んでね」


 魔法の発動に入る。
 当然魔女がそれを放っては置かない。
 こちらよりはるかに早い速度で、攻撃魔法を組み上げた。

 間に合わない。
 死を覚悟した。

160 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:22:28 ID:eV43cX2A0


o川*゚ ,゚)o 「本当、厄介な技」

 
 ブーンは隙の出来た魔女の懐に滑り込んだ、はずだ。
 何せ速すぎて過程が見えない。
 気付くと肉薄していた、という感覚である。


(,,;;;゙゙ω゚) 「“門通し”!」


 一瞬の溜め。弾けるようにブーンは魔女の細い腹に掌底を叩き込んだ。
 体当たりのように密着した一撃。
 インパクトと同時に魔女の体表が波を打つ。
 連鎖的に骨の砕けるパキパキという音が響き渡り、その口から嗚咽が漏れた。

 しかしブーンは止まらない。


(,,;;;゙゙ω゚) 「“瓦抜き”!」


 体が僅かに浮いた魔女にぴったりと接近したまま、更なる掌底で顎を打ち上げた。
 かち合った歯が折れて飛び、間に挟まれた舌が宙に舞う。


(,,;;;゙゙ω゚)「“鐘砕き”!!」


 宙に浮いていた魔女の足が、地面に着くその瞬間。ブーンの両拳が魔女の胸部を同時に打ちすえた。
 空気が円型に揺れた。爆発と紛う程の音が響き渡り、魔女の体は軽々と吹き飛び壁に叩き付けられる。
 四肢が曲がる。肺が完全につぶれたのか、開いた口から血煙が勢いよく吹き上がった。


(,,;;;゙゙ω゚) 「“金剛喝――――」

161 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:23:35 ID:eV43cX2A0


 間髪置かず突進するブーンの顔面に、無骨な手が叩き付けられた。
 死体の手だ。散らかっていた死体が急に浮き上がりブーンを襲ったのである。
 ブーンの動きが刹那鈍った隙に、その他の死体も次々と、弓に放たれた矢のようにブーンに飛び掛かる。

 手が掴みかかり、頭が喰らいつき、足が絡まり、胴に押しつぶされる。
 ほんのわずかな時間の間にブーンは屍の山に埋もれ、必死に伸ばした手の先だけが隙間から覗いている。


o川*゚ー゚)o 「びっくりしちゃった。本当に会うたびに強くなるのね、あなた」


 もういつ治ったのかも分からない。
 魔女の体は何事も無かったかのように再生している。
 まるで徒労。どれだけ攻撃を叩き込んでもまるで無かったようにされてしまう。

( ;'A`) 「“―――――我、汝を」

o川*゚ ,゚)o 「あ〜らら」


 だが、ブーンのあがきは、けっして無駄では無かった。
 彼が稼いだこの僅かな時間の内に。


( 'A゚) 「――――――祝福す”!!」


 魔法式は完成している。

162 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:24:26 ID:eV43cX2A0


 魔法の発動と同時に、七つの陣が周囲に展開。
 陣の輝きに呼応して体に薄く紋様が浮かび上がり、淡い明滅を起こす。
 向かい合う魔女には恐らく、この瞳に宿る七色の煌めきが見えるはずだ。

 周囲の空気が渦を巻いて上昇する。
 震えていた。大気も、地面も、この世界そのものが、この力に慄いている。

 体の中を熱い感覚が駆け巡る。
 力が満ちている。今なら何でもできる。
 その確信があった。悪名高い魔女であってもこの魔法なら。


o川*゚ー゚)o 「……」

( 'A゚) 「……加減はできねえ」

o川* ー )o 「……」


 ――――師から託されたこの“神格化”の魔法ならば。


( 'A゚) 「行くぜ!」


o川*^∀^)o


.

163 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:25:33 ID:eV43cX2A0


 気が付くと地面が目の前にあった。
 体が冷たい。さっきまで溢れていた力は今やどこにも感じない。
 訳がわからない。然し、どんな結果の中にいるのかは分かった。
 嘘だ。動かない口と喉の代りに、頭で叫んだ。こんなのは嘘だ。

 動かした視界にブーンが倒れている。
 何とか屍の山を脱したようだが、その後もしばし魔女とやり合ったのだろうか。
 おびただしい数の傷を負っている。辛うじて生きているのが不思議なほどだった。


     「私ね、本当に感動してる」


 目の前に踵の高い靴が現れた。
 魔女だ。何とかしなければと思ったが何をすればいいのかが一切思い浮かばない。
 

     「まさか、神格化を使えるほどの実力者が、こんなにぽっと、ノコノコと来てくれるなんて」


 大仰な動作で、踵が床を滑る。
 その時に伸びた赤黒い液体。討伐隊の血?
 違う。これは自分自身の体から流れ出ている。


     「ず〜っと、丁度いい人がいなかったのよね。その点、ドッグは本当にぴったり」


 意識が遠のいてゆく。血を流し過ぎた。
 ブーンが何かを叫んでいるがはっきりと聞き取れない。
 体を、なにか温かい力が包み込んでゆく。

 何かをされる。抵抗しなければ。
 反射的に組んだ魔法式が何なのか、自分でも分からなかった。


    「大丈夫、安心して。殺したりしないわ。あなたたちには時間をあげるだけ。だから……」

165 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:27:12 ID:eV43cX2A0







 目が覚めた。
 視線を左右に動かす。動かしてみたものの、何を見ればいいのか分からない。

 心臓が高鳴っている。
 汗をかいている。
 手足が震え、肩には異様な力が入っている。
 しばらく硬直したのち、ドクオは自分が夢を見ていたのだと理解した。

 長い運動を終えたかのように、深く息を吐き身を起こす。
 いくらか離れた隣のベッドではツンが寝息を立てている。
 起こさずに済んだということは、奇声を上げたりはしなかったということか。


( ^ω^) 『ドッグ』

('A`) (悪い、起こしたか?)

( ^ω^) 『気にすんなお』

('A`) (……お前にも見えてた、よな。今の、夢)

( ^ω^) 『……やっぱり、サスガ兄弟のアレが原因?』

('A`) (どうだろ。……いや、そうだな)

166 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:27:53 ID:eV43cX2A0

 ベッドそばに置いてあった荷物の中から、小さな石を取り出す。
 掌で握りこめるほどの大きさで丸く平たい。
 片面には目を模した紋様、裏には耳を模した紋様が彫ってある。

 これは、ミルナ=スコッチに案内され向かった魔女の居城で見つけた唯一の、そして貴重な手掛かりである。

 三日前、ブーンとドクオは、ミルナの案内で魔女が根城にしているという旧ジュウシマツ砦を尋ねた。
 結果として、そこに魔女はいなかった。どころか、砦そのものがなくなっていたのである。
 見つかったのは大きく抉られた山肌と一部の壁のみで、初めて訪れた人間には、そこに砦があったという話すら嘘に思えた。


( ゚д゚ ) 「幻覚の類で無ければ、間違いなくここにあったのだが……」


 一番面食らっていたのは、ここに直接確認しに来たというミルナ本人だ。
 詳しい話を聞いた限り、彼が嘘を言っているようには思えなかった。
 ブーンとドクオが知る魔女の特徴を示唆する要素が多くあったからである。

 となると、ミルナの言うように幻覚、あるいは魔女が砦ごと移動したかのどちらかである。
 どちらも可能だろう。あの女ならば。


( ^ω^) 「少しだけどキュートと……傍にいたキメラの匂いが残ってる」

( ゚д゚ ) 「拙者の探知にも、其れらしい反応が僅かばかりあるな」


 となると、おそらくは後者。
 魔女の性格からしても幻術で誑かすより、力技で砦を運んだと考えた方が得心がいく。
 問題は痕跡が消されてしまったせいでその後の足取りを予想すらも出来ないということだ。

167 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:29:03 ID:eV43cX2A0


( ゚д゚ )、 「申し訳ない。拙者がもっと早く追いつけていれば……」

( ^ω^) 「いや、連絡もせず行ったり来たりしてた僕らの責任だお。むしろよく知らせに来てくれたお」

( ゚д゚ )+ 「実は拙者もそう思っていたのだ。追加報酬をくれ」


 ミルナをはっ倒したい気持ちを抑えつつ、ブーンとドクオはそれぞれの方法で周囲を探索した。
 ブーンは嗅覚と第六感で魔女の気配を探り、何か手がかりが無いかを探す。
 ドクオは探知魔法を展開して、ごくわずかな魔力でも注目して、この場で魔女が何をしていたのかを調査していた。

 三人がここを訪れて数時間。
 道中の疲れもあり、切り上げて野営にしようという流れになった時にそれは見つかった。


( ^ω^) 「なんだこれ」


 見つけたのはブーンである。
 不自然に割れた岩の罅に何か光る物を発見したのだ。
 傾いた朱い日差しが差し込んで一瞬煌めいたのを見逃さなかった。

 四苦八苦して何とか取り出したのが、この目と耳の紋様が描かれた、タリズマンである。

168 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:29:51 ID:eV43cX2A0

 ドクオが調べたところ、小さな太陽のタリズマンに大地のタリズマンを合わせたものだということがわかった。
 素材としてみれば希少ではあるが魔道具としてはオーソドックスな組み合わせである。
 魔力を生み出す太陽と、魔法式を保存する大地を組み合わせれば、半永久的に魔法を発動させられる。
 当然、太陽のタリズマンの魔力で維持することが可能で、大地のタリズマンに収まり切る魔法であることが条件だが。

 この魔道具の解析は、サロンに戻ってからじっくり行った。
 なぜか全壊していたハインリッヒの家から無事な範囲で必要な薬品を借り、魔法式を抽出する。
 もっと手軽に調べることも出来るのだが、どのような魔法が封じられてれているか予想もつかなかったため慎重になったのだ。

 結果判明したこの魔道具の効果は。


('A`) 「持ち主の視覚と聴覚を保存――つまりは見たこと聞いたことを他人に体験させられる魔道具だ」


 簡単なようで非常に希少な物である。
 情報を独自に保存するというのは、魔法の中でも難度が高く、繊細なのだ。
 もしドクオが不用意にこのタリズマンに干渉していたら、中身は完全に壊れていただろう。

 さらに時間をかけて解析し、傷つけずに内容を確認する方法が判明。
 万が一、洗脳ツールであった場合に備えてハインリッヒに同席してもらい、ドクオとブーンは魔道具に保存された記録を確認した。


  真っ先に映ったのは、森の風景だった。
  目の前には身長の高い男の背中があり、遠くを望んでいる。

 ブーンとドクオにはその背中に見覚えがあった。

169 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:30:46 ID:eV43cX2A0

(  ´_ゝ) 『オトジャ、行くぞ』


  男がちらとこちらを振り返った。

  声をかけられたこちら側の視界が縦にぶれる。
  恐らく首肯したのだろう。
  それを見て男は剣を抜き、さらに魔法を発動する。

  遠方に対して用いたのだろうか。
  この視点からは何が起きたのかを確認することはできない。
  男は、もう一度こちらを振り返ると、魔法を用い飛翔した。

  視点の主もそれに続き、剣を抜いて、森の木々を飛び越えた。


(;'A`) (ブーン、これって……)

( ^ω^) 『うん。アニジャ=サスガ。ってことはたぶん、オトジャ=サスガの記憶だおね』

(;'A`) (……あの山にあったってことは、もしかしてこの記録……)


  ドクオが続きを口にする前に、オトジャの視界は次々と変化する。
  そう、これは、オトジャ=サスガが見た、


 o川*^ー^)o 『あらゆる卑劣、あらゆる姑息、惜しまず使ってかかっておいで―――』

 
  魔女との邂逅の記憶。

170 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:31:51 ID:eV43cX2A0



     『―――これを見聞き出来ているということは、それ相応に知識を持った人間だと前提して話す』



  様々なことが映像として流れ、情報として整理するので精いっぱいだったタイミングで、オトジャのくぐもった声が聞こえた。
  視界でアニジャと魔女が戦っている。
  状況としては、アニジャが先に立ち魔女を引きつけ、オトジャが隙をついて狙撃する、と言ったところか。



     『―――そして、願わくば、魔女を斃さんと勇む英傑であることを』

 

  オトジャは非常に小さな声ではあったが状況に合わせて、自分たちの目的、魔女を斃す上での手段を事細かに解説した。



     『もし俺たちが勝てなかった時に、誰か魔女に挑む者の助けになればと、この記録を――――』

     『―――――俺たちは封印魔法に必要な式攻撃に内包して魔女に撃ちこんでおいて……』

     『……おれたちが使う、切り札の封印術についてだが―――――』



 魔法の知識の無いブーンはチンプンカンプンであったが、ドクオは唖然としていた。
 あまりにあまりにで、開きっぱなしの口から唾液がとくとくと流れ落ちたほどである。

171 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:32:44 ID:eV43cX2A0

  戦闘が激化すると、オトジャも参戦し、解説は無くなった。
  主観的視点のため、状況は把握しにくいが、ここまでの解説で二人が何を仕掛けるつもりかは分かっている。

 ドクオは喘ぎと呻きと悲鳴を上げながら、拳を握ってそれに見入った。
 ブーンは静かに冷静に、状況を目に納めている。

 そして。


( ^ω^) 『……ドッグ、最後のは?』

(;'A`) 「…………見ての通り以上のことはわからん」


 タリズマンに封じられていた記録は、完璧に殺した筈の魔女が再び現れたところで終了している。
 容量の問題だったのか、あるいは、この視点の主が死んだからなのか。

 あの山にはサスガ兄弟の魔力の気配も、これだけ激しい戦闘が行われた痕跡も無かった。
 誰かが荒れ果てた環境を、以前同様に戻し、砦を消し去って立ち退いたのだ。
 それがサスガ兄弟の行いなのか、魔女の行いなのか、確証を持ってどちらと判断はできない。

 しかし、二人は確信していた。
 勝ったのは魔女で、サスガ兄弟は恐らく、殺されたのだと。

172 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:33:24 ID:eV43cX2A0

 それが、この日の朝の話である。
 ドクオにとってはあまりに衝撃的な内容の映像だった。
 ついつい、自分たちが魔女に負けた日のことを夢に見るほどに。


(;'A`) (ずっと考えてたけどよ、全然わかんないんだよ)

( ^ω^) 『キュートがなぜ死ななかったか?』

(;'A`) (おう。そんで、キュートを斃す方法も)


 ドクオには、一度の敗北から学んだ「対魔女戦」用の策があったが、今回の映像を見てそれは悉く却下となった。

 サスガ兄弟の取った方法は、ドクオの立場からすれば見事なものだった。
 強引な部分はあるものの、元々の格差を埋めるにはあれでも少ないくらいだ。
 自分の策がまだまだ甘いことを、ドクオは痛感した。

 しかしそれでも魔女を斃すことはできなかったのだ。
 ドクオの策が通じるわけはない。
 もしかしたら、殺すことは出来るかもしれないが、サスガ兄弟の時と同じく復活される恐れが高い。

 魔女はこちらが認識している外側で既に何かの準備をしていた。
 それが分からない。分からなければ殺す手段も見つからない。
 せめて彼女の体が、他の凡百の人間と同じく、硬い棒で頭を叩けば死ぬ程度であってくれたらと思わずにはいられない。

 超高火力、超高耐久、悉く不死身。
 倒されるために生まれてきた存在でないことを、痛感させられる。

173 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:34:56 ID:eV43cX2A0

(;'A`) (ブーン、お前の目から見て、猶予はどれくらいあると思う)

( ^ω^) 『わからんお。ただ、まだもう少し間はありそう』

(;'A`) (……そうか)

( ^ω^) 『あれは、キュートの目指すそれからははるか程遠い』

(;'A`) (体が完成しても、すぐに決行は無理と考えていいんだよな)

( ^ω^) 『断言はしないお。ただ、そうなると思う』

(;'A`) (……わかった。もう少し考えよう)

( ^ω^) 『すまんお。ドッグには頼りきりだお』

(;'A`) (馬鹿言えよ。俺だって当事者なんだからな)

( ^ω^) 『おっおっお』

(;'A`) (なんにせよ、しばらくはツンの修行だな。キュートは行先も、倒し方もわからねえし)

( ^ω^) 『だおね。良い案浮かんだ?』

(;'A`) (……かねてから「こうすりゃいいのにな〜」くらいに考えてたことは教えるつもりだ。お前は?)

( ^ω^) 『僕も似たような感じ。軽くいろいろ教えたら適当にボコって遊ぶお』

(;'A`) (手加減しなさいよあなた)

174 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:35:40 ID:eV43cX2A0

 ミルナによって魔女の情報がもたらされたため、ブーンとドクオによるツンの稽古は延期となっている。
 タリズマンを回収して戻ってからも、ドクオはタリズマンの解析を最優先し、休憩がてらブーンが体術を仕込む程度だった。

 元々はツンが師の元を離れていたから受けた依頼。
 レモネード=ピルスナーが現れた以上お役御免となってもいいのだが


|゚ノ ^∀^) 「私、実はあまり人にものを教えるというのが得意ではなくて……出来ればお二方にご助力いただきたいのです」


 というわけだ。
 一人の術者、戦士として優秀なレモナだったからこそ、指導しあぐねることが多いのだという。
 ツンができない理由を本質的に理解してやることができず、ゆえに打開するための知識を与えてやることができない。
 その歯がゆい部分を、二人に補ってほしいというのである。

 ヨコホリが自らの意志で襲撃してきた以上、ツンの強化は急務である。
 ツン本人に逃げの選択肢が無いのだからなおさらだ。
 そう言った、なりふり構っていられない事情もレモネードの協力要請にはあるのだろう。

 引き受けたもののどう指導すべきか手探りであった二人には僥倖である。
 メインの指導はレモナに任せ、客観的に見てツンのいたらぬ部分を底上げしてやればよい。
 新しい魔法を考案するにしろ、技を仕込むにしろ、分業が出来るというのは楽である。


('A`) (うまくいくかね)

( ^ω^) 『本人次第でしょ。ほら、頭脳労働担当はさっさと寝て脳みそ休ませるお』

('A`) (……ああ、そうだな)


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