( ^ω^)剣と魔法と大五郎のようです

三十二話

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175 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:36:46 ID:eV43cX2A0



/ ,' 3 「……ふん」

ハハ ロ -ロ)ハ 「禁恨党の殲滅は成功したわけですカラ、まるっきり失敗と言うわけではないかト」

/ ,' 3 「あれだけの戦力をつぎ込んで、それだけの成果とはな」

 アラマキ=スカルチノフは吐き捨てるようにそう言い、目を通していた書類をデスクの上に置いた。
 かけていた老眼鏡を外し、目頭を指で押さえる。
 いくらかつらそうな表情だ。

 老眼でありながら、ランプの薄暗い光の中で書類に目を通していたからか。
 それとも、読んだ内容に、著しい不満を覚えたからか。
 恐らく両方だろうと、補佐官であるハロー=ケイフォーは判断する。

 彼が目を通していた書類、それは先の大五郎サロン支店襲撃についての報告書である。
 内容は、一言で言えば『失敗』。
 禁酒委が秘密裏に手を引き送り込んだ戦力は、大五郎サロン支店に僅かな傷をつける程度に終わった。

 しかしながら、この結果をそこまで悲観する必要は無いはずだ。
 大五郎を襲撃するという名目は、ある種一つのブラフでしかなかった。
 この作戦の本当の狙いは、過去何度も禁酒委の画策に水を差してきた怨敵、禁恨党及びその首領ィシ=ロックスの殲滅にあったのだから。
 確かに、あわよくば支店を落とす、と言う思惑もあったが、それが成せなかったからと言って特段悪い結果では無い。

176 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:37:53 ID:eV43cX2A0


/ ,' 3 「……支店の新店舗移設を赦した時点でケチは付いていた」

ハハ ロ -ロ)ハ 「……」

/ ,' 3 「セント=ジョーンズ。腐っても奴の右腕と言うわけだ。散々苦い思いをさせてくれる」

 ハローは、自らも報告書を手に取り、改めて目を通す。
 支店襲撃の失敗について、原因のいくつかが細かく記されている。
 主な理由は、アラマキが言った通り、サロン支店の中心部移転を赦してしまったことに起因するだろう。

 禁酒委、及び密かに手を結んでいる種類根絶法の支持団体の目的は、あくまで「酒類」の根絶である。
 そのため、攻撃の対象はあくまで大五郎の関係者のみ。
 もっとも苛烈な時期にはアルコールを摂取した民間人も対象になっていたが、今は幾分大人しくなっている。
 故に、襲撃、侵攻と銘打っても、街そのものに著しい被害を及ぼす事案は避けなければならない。

 問答無用に殲滅するだけならば数に物を言わせて街ごと破壊すればよかった。
 だが、禁酒委の正義に反するため実行は出来ない。
 結果としてこちら側のそう言ったスタンスを逆手に取られ、大五郎側には防衛の利を与えてしまった。

 セント=ジョーンズの指揮の巧みさや、敵特記戦力の奮闘、さらには不確定要素である第三者の介入など、
 細かく上げれば失敗の原因は多くあるが、そのほとんどは敵支店が現在地に無ければ取るに足らない要素だった。

 つくづく、惜しまれる。
 移転の準備がどれほど前から進んでいたのかは不明だが、その早さから郊外店破壊以前から進んでいたと予想できる。
 これに勘づけなかった時点で禁酒委は勢力争いに実質敗北していたのだ。

177 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:38:37 ID:eV43cX2A0

ハハ ロ -ロ)ハ 「―――しかし」

 ずっと抱いていた疑問を、ハローは口にする。

 なぜ、大五郎はそこまで入念に策を弄し、サロン出店を計画したのだろうか。
 サロンがもともと飲酒文化の薄い土地であるというのは、大五郎とて調査していたはずである。
 潜在的なものも含めて、需要がそれほど見込めるとは思えない。

 現に、潜入している軍の密偵によると、やはり売り上げは芳しくないという。
 見積もり算出したサロン出店、及び戦闘による被害の出費を考えると、全くの赤字。
 採算が取れていないどころか、今すぐ撤退しないのが不思議な惨状だ。


/ ,' 3 「それについては、かねてから調べているが、まるで掴めん」

ハハ ロ -ロ)ハ 「モリオカも同様のようです」

/ ,' 3 「奴のことだ、何か狙いがあるとみて間違いないのだがな」

ハハ ロ -ロ)ハ 「密偵を増やしましょうか」

/ ,' 3 「できうる限り優秀なものを回せ。泳がされて不利な情報を掴まされるのは御免だ」

ハハ ロ -ロ)ハ 「了解しました」

/ ,' 3 「それと」

ハハ ロ -ロ)ハ 「はい」

/ ,' 3 「再度、支店排除の準備を急がせろ」

178 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:39:40 ID:eV43cX2A0

ハハ ロ -ロ)ハ 「やや性急では?」

/ ,' 3 「奴らの企みが何かわからんと言え、サロンを捨て置くわけにはいかん」

ハハ ロ -ロ)ハ 「わかりましタ」

/ ,' 3 「サロン支店のしぶとさはわかった。次はシナーを回せ」

ハハ ロ -ロ)ハ 「ムォン老を?」

/ ,' 3 「数で攻めても今回のように街を盾にして防がれるだけだ。あの男ならばうまくやるだろう」

ハハ ロ -ロ)ハ 「しかしそうなるとVIP近郊の戦力が薄くなりますガ」

/ ,' 3 「訓練遠征という名目で我らの兵を出しておけ。牽制にはなるだろう」

ハハ ロ -ロ)ハ 「……了解しました。ではそのように」

 書類に目を落としたアラマキを残し、ハローは部屋を出た。

 ため息を一つ。
 遠征を名目にするとはいえ、VIP近郊に軍を出すとなれば緊張は高まる。
 事実上の内乱である禁酒委と大五郎の抗争を、あまり目立たせるわけにはいかない。

 チャンネルにはいまだに多くの火種がある。
 あまり騒ぎを大きくすれば禁酒委の行動そのものに釘を刺される恐れが出てきてしまう。
 委員長であるアラマキが様々な機関と繋がりを持つため大概のことは黙認されているがその威光もいつまで続くか。

 かつての戦争をきっかけに力をつけた有力者たちが続々と一線を退き、世代の交代が始まっている。
 今はまだ各界の若手が重鎮たるアラマキを尊重する立場を取っているが、逆に言えばそれだけアラマキを疎む者がいてもおかしくは無い。
 いつの時代の人間にとっても、頑固で精力的な老人と言うのは目障りなものだ。

179 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:40:51 ID:eV43cX2A0

ハハ ロ -ロ)ハ 「イヨウ」

..::=゚ω゚)ノ 「はいよう」

 ハローの呼びかけに応じ、軍服に身を包んだ男が壁から浮き上がる様に現れた。
 イヨウ=ダヨウ。ジョルジュ=ナガオカから預けられている隠密だ。
 異邦の出身らしく奇妙な術を使い、優秀なので重宝している。

ハハ ロ -ロ)ハ 「話は聞いていたナ」

(=゚ω゚)ノ 「御大には既に鴉を飛ばしたよう」

ハハ ロ -ロ)ハ 「良し。後は」

(=゚ω゚)ノ 「僕が大五郎の目的を探ってくればいいのかよう」

ハハ ロ -ロ)ハ 「できるカ?」

(=゚ω゚)ゞ 「出来ないと言えないのが辛いところだよう」

ハハ ロ -ロ)ハ 「奴らの企みが碌なものだった試しは無イ。急げ」

(=゚ω:::... 「やれやれ。簡単に言ってくれるよう」

 ぼやきつつも、イヨウは現れた時とは逆に、壁に融けるようにして消え去った。
 彼が消えた壁に触れてみるが、何の変哲もないただの石壁だ。
 隠し扉なんぞあり得ないし、いつ見ても奇妙な術だ。

180 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:41:40 ID:eV43cX2A0

ハハ ロ -ロ)ハ 「……さて」

 イヨウがここに現れたということは、既に頼んでいた仕事を終えてきたということだ。
 今頃、ハローの部屋にはその報告がまとめられた書類が置かれているだろう。
 アラマキの命令に直接関係は無いが、目を通しておかなければならない。

 そのほかにも仕事は山積み。
 モリオカに報告しなけばならないこともあるし、定例会議に提出する資料もまとめなければ。
 あとは、今回のサロン侵攻において裏で手を回してくれた関係各所へも、何らかの礼をしておく必要がある。

ハハ ロ -ロ)ハ 「ヤレヤレ」

 腰に手を当て、再びため息。
 肩は凝り、腰も重い。
 アラマキの下に就いてからは、モリオカの時とは違う負担が増えた。

 モリオカはなんでもかんでも仕事を押し付けてきたが、その分此方の行動にはあまり口を出してこなかった。
 反面アラマキは、本人がよく働く分周囲への要求も多い。
 気付けば次々新しい仕事を見つけてくる分、モリオカの仕事を代行している方がいくらか楽だ。

 現に、今抱えている仕事の大半は、本来ならば存在していないはずのものばかりなのだから。

ハハ ロ -ロ)ハ 「ったく、この街にも大五郎の店があったら、一杯やりたいところだワ」

 自分でも嗤えない冗談がアラマキに聞こえていないことを祈りつつ、ハローはその場を後にした。


  *  *  *

181 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:42:41 ID:eV43cX2A0


ξ#゚听)ξ 「“マリオット”!!」

 強化の魔法を纏うと同時、ツンは牧草の茂る地面を蹴った。
 力強く、速く。
 上方では無く、前方に向かい、地を這うような跳躍。

( ^ω^)

 目標はブーン=N=ホライゾン。
 相変わらずのにやけ面で、両手に一本ずつ棒切れを構えている。

 ツンの肉薄は、まさに一瞬だ。
 一切の遠慮、躊躇なく、手に持ったナイフを、ブーンの腹部に突き出す。
 ブーンはまだ反応していない。

 当たる。
 そう確信した瞬間に、手首を断裂するような衝撃が走った。
 遅れて、熱を帯びた痛み。

 何が起きたかを理解するよりも先にナイフが手を離れた。
 掴みなおそうとしたが、その手がナイフの柄に届くことは無い。

 痛み。
 腕と同じく鞭で打たれたような痛烈な熱と衝撃が、肩から胴体を斬り下ろす形で、既に走り去っていた。

182 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:43:26 ID:eV43cX2A0

( ^ω^) 「“杉浦双刀流―――阿吽衝”」

 痛みのあまり体が硬直する。
 突進の勢いも相まって体勢を崩し、ツンは足を縺れさせてブーンに突っ込んだ。
 その背中に、更なる痛みの線が走る。

 ブーンは倒れ込むツンを躱しつつ、その背中にさらに一閃叩き込んだのだ。
 彼が持っていたのが木の枝で無く本物の刀であったなら、ツンは間違いなく死んでいる。

 気が付くと、ツンは地面にうつ伏せになっていた。
 目の前には家畜に食まれ短くなった牧草。その向こうにブーツの爪先。


( ^ω^) 「……速さに賭けて、直線勝負に出たのは悪い選択じゃなかった、と思うお」

ξ; )ξ、 「ぅ……ッ……」


 なんとか顔を上げると見慣れたブーンの顔があった。
 倒れたままのツンを覗きこんでいる。
 その貌は、いつもの通りのはずなのに、表現しがたい恐ろしさを持っている。


( ^ω^) 「で、まだやる?」

ξ; 听)ξ 「とう……ぜん」

( ^ω^) 「そう。じゃあ十秒で立って。立たなくても仕掛けるお」

183 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:44:07 ID:eV43cX2A0

 結果として言えば、ツンは十秒で立ち上がることはできなかった。
 何とか上半身を起こし、立ち上がりかけたところを、


( ^ω^) 「遅い」


 ブーンの強靭な足で蹴り払われのだ。
 反射的に行った腕での防御により、頭部を直接撥ねられることは無かったが、衝撃で体が横に流れた。

 耐えきれず転がり、這いつくばるツン。
 起き上がろうとするが、四つん這いの状態から、それ以上力が入らない。
 力んでいるはずなのに、一定のところまで持ち上がると、とたんにどこかへ抜けてしまうのだ。


( ^ω^) 「やると言ったのは君だお」

 ブーンの爪先が、ツンの顎に添えられた。
 くいっと、軽く持ち上げられ、ブーンを見上げたと思った次の瞬間。


( ^ω^) 「“物乞い吊るし”」


 さらに真上に向かって、持ち上げるように柔らかく、されど打撃の速さを持って蹴り上げられた。
 跳ねる頭部と、上半身。
 筋肉も骨も反応が間に合わない。体の至る部分で小さな破裂が連続する。
 眼窩で目がぐるりと上に半周する。気色悪い。意識が飛びそうだった。

184 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:44:58 ID:eV43cX2A0

( ^ω^) 「まだやる?」

ξ; )ξ 「……」


 当然、と言おうとした口が動かない。
 全身には、ブーンと稽古を始めてからのダメージが、ほぼ回復しないまま残っている。
 まだ続けるという意志の決定を、骨も、筋肉も、神経も、血液さえもが、拒絶していた。


( ^ω^) 「無理みたいだおね」


 ブーンが再びツンの顔を覗きこむ。
 そこでやっと、自分が仰向けに倒れていることを理解する。


( ^ω^) 「そのままでいいから、聞いて」


 そう言うと、ブーンは自分の体を指さし始めた。
 全三か所。最後の一か所を見た時に、やっとそれが何を意味するかが分かる。

 ブーンと稽古を始めてから一時間強の間に、ツンの攻撃が当たった場所だ。
 脇腹、耳の端、そして肩。全て掠った程度だった。


( ^ω^) 「君が僕を攻撃できたのはこの三か所だけだお。しかも、全てが浅い」

ξ; )ξ

( ^ω^) 「聞くけど、病み上がりでことさら万全でない僕相手でこの程度の君が、あの傭兵にどうやって勝つの?」


 ブーンはツンも病み上がりであることを理解した上であえて言っている。
 問題はそこでは無いからだ。それが分かるから、ツンは頭によぎった言い訳の全てを自身で捻りつぶした。

185 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:45:38 ID:eV43cX2A0

 返答が出来ず、ツンがしばらく黙り込んでいると、ブーンは小さくため息をついた。
 同時に、目を向けずとも感じた覇気や殺気と言った気配が一瞬で消える。
 いつもの柔和な笑みだ。稽古中にツンを震わせた鬼神のような圧力は一切なくなっている。


( ^ω^) 「リッヒ、ツンの治療たのむお」

从 ゚∀从 「……ああ」


 二人の稽古を黙って見ていたハインリッヒは、何か言いたげな顔を隠すことなく、されど特に文句も言わずツンの治療を始めた。
 普段から良く世話になる応急処置の魔法だ。
 裂傷や打撲を薄い魔力のベールで覆い痛みと熱を取り去ってゆく。

 ブーンの手加減は完璧で、ツンの負った外傷に大きな傷は無かった。
 すべてがかすり傷や軽い打撲。骨や腱が経たれるほどの傷は一つもない。
 お蔭さまで、応急治療の魔法のみでもツンはいくらか回復し、起き上がることが可能になった。


( ^ω^) 「君に改めて自分の弱さを痛感してもらったところで、僕の方針を教えるお」


 治療が一段落しツンの状態が落ちついたのを見て、ブーンが口を開く。
 ツンは地面に腰をおろしたまま、顔だけをそちらに向けた。
 ハインリッヒはあまり興味がないのか、特に気にする様子なく残っているツンの傷の治療を続けている。

186 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:46:27 ID:eV43cX2A0


( ^ω^) 「ツンの強みは、精神面にあるお」


 ブーンは親指で自身の胸をつつく。
 目はまっすぐツンを見ていたので、ツンもまっすぐに見返す。
 いつもの柔和なにやけ面だが、瞳には誠実な光が見て取れた。


( ^ω^) 「君は火事場のバカ力でいくつもの劣勢をぶち壊してきたお」

( ^ω^) 「それは間違いなく強さだお。君の癇癪には正直僕もひくお。マジで」


 「だけど」とブーンは続ける。


( ^ω^) 「歴戦級の奴は君みたいな癇癪持ちの対処法をちゃんと心得てる」

( ^ω^) 「ヨコホリ=エレキブランはそう言うやつの一人だお。あれは、君が見ている以上に強かだ」

( ^ω^) 「相手が君に狙いを定めてきたって言うなら、まず間違いなく通じないお」


 ブーンは反応を確かめるように一言一言しっかりと話す。
 対するツンは大人しくブーンの言葉を受け入れていた。
 そんなこと今さら、という気持ちこそあったが、楯突いて話を遮るほどの反感は無い。

187 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:47:22 ID:eV43cX2A0


( ^ω^) 「まあそれ自体は十分に君も分かっていると思うけど、態々言ったのには理由があるお」


 ハインリッヒがすべての治療を終えツンから離れた。
 先に戻っている、とジェスチャーで伝えられる。
 了承を伝え、家へ向かって去る白衣の背中をブーンと共に少しの間眺めた。


( ^ω^) 「……君は、感情の爆発によって得られる刹那的な能力向上に依存している」

ξ゚听)ξ 「そんな……」

( ^ω^) 「ことないと思うかお? 自分よりいくらか強い相手でも、追い込まれて我武者羅になれば何とかできると思ってないかお?」

ξ゚听)ξ 「……そう、かも」

( ^ω^) 「悪いことではないお。実際に君はそれで何度も窮地を脱してきた」


 思い返せば確かにそうである。
 自身の弱さに自覚がある反面、死に物狂いになれば何とかできる、と言うような無根拠な万能感を持っている。
 それがあるからこそ、ツンは挫けずに足掻くことができた。


( ^ω^) 「だけどヨコホリにはそれが通用しない」

( ^ω^) 「窮鼠の牙をあてにすれば、食い破られるのは君の腸になる」

ξ゚听)ξ 「じゃあどうすればいいの」

( ^ω^) 「……君に、杉浦双刀流を仕込むお」

ξ゚听)ξ 「!」

188 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:48:55 ID:eV43cX2A0

( ^ω^) 「勘違いする前に言っておくけど」


 そう言ってブーンはこれからの方針をツンに伝えた。
 
 ブーンがツンに仕込むのは、双刀流の中でも一部、『無刀の型』と呼ばれる、刀を用いない技である。
 ただでさえ腕力で劣るツンが武器を持たぬ型を習得して役に立つのかと思ったが、ブーンの考えは違うらしい。


( ^ω^) 「双刀流の無刀の技の大半を生み出したのは、女性の継承者だったんだお」

ξ゚听)ξ 「へえ、あんな力技を女の人が……」

( ^ω^) 「意外でしょ?」

ξ゚听)ξ 「メスのゴリラじゃなくて?」

( ^ω^) 「100%違うとは言い切れないお」


 ツンが意外に思うのも無理はない。 
 ブーンは膂力を駆使した技をばかり使う傾向にあるため、その他の技を見たことが無いのだ。
 実際には投げや締めなど、一口に無刀と言っても多種多様な―――それこそこれだけで一つの流派を名乗れるほどの技がある。 

 ブーンはその中からツンにも扱えそうな技を仕込もうと考えているのだ。


( ^ω^) 「君の格闘はどうしても大味だし、にわかでも仕込めば多少マシになると思う」

ξ゚听)ξ 「そういうけど、私が殴る蹴るしたところで効くのかしら」

( ^ω^) 「うん。そこがミソ。杉浦の無刀技の多くは「魔力注入」が前提にある」

ξ゚听)ξ 「!」

189 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:50:07 ID:eV43cX2A0

 魔力注入とはその名の通り魔力を相手に注入する行為のことである。
 忘れた人間もあるかもしれないので再掲するが、魔力を持つ者は基本的に自身と異なる魔力が体内に入ると調子が狂う。
 軽い脱力感のようなものから、一撃で昏倒するほどのものまでと効果は使い手次第だが、ただの打撃よりは威力が上がると考えて良い。

 ブーンは魔力を扱えない分をその超人的な膂力で補ってはいるが、理想から言えば実は不完全な状態なのである。


( ^ω^) 「実際には、他流派拳法の「氣」から学んだものだから、「魔力」とはちょっと違うんだけどね」


 何が言いたいのかと言うと、半分がゴーレムに改造され魔法を由来として生きているヨコホリには、この「魔力注入」が有用なのだ。
 一撃必殺とは言わないまでも、相手が忌避する技には成り得る。
 天叢雲以外の攻撃も警戒させることができれば、その分出来ることも増える、と言うわけだ。

 しかし問題がある。
 ヨコホリは、生半可な魔力攻撃もロクに効かないのである。
 実際過去にツンが魔力をぶち込んだ時も、さほどダメージを与えることはできなかった。


( ^ω^) 「君の魔力注入は我流のもので、お師匠さんに教わったわけじゃないんだおね?」

ξ゚听)ξ 「うん。師匠は魔力モンスターだから、教わっても参考にできないのよ」

( ^ω^) 「ってことは、僕とドッグがちゃんと教えれば十分伸びるはずだお」

ξ゚听)ξ 「……わかった」

( ^ω^) 「大丈夫。君みたいな直感野生チンパン児なら魔法覚えるより楽だと思う」

ξ゚听)ξ 「ぶっ飛ばす」

( ^ω^) 「頑張って強くなろうね」


 *  *  *

190 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:51:07 ID:eV43cX2A0

 その店はサロンの中心部にありながら、裏路地を少し奥へと入った場所にひっそりと建っていた。
 看板は古びており、風雨に摺り切られて文字は読めない。
 もう何度もここには通っていたが、未だになんという名であるのか知らないままだ。

  _,
( ゚∀゚) 「……騒がしいな」


 ジョルジュ・ナガオカは、店の戸を開けようとしていた手を止め、来た道を振り返る。
 やや薄暗い路地の向こう。
 日のよく当たる大通りを、酒を飲んだ風の男が数人、大声を張り上げながら歩いてゆくのが見える。

 顔は良く知れないが、風体はサロンの市民とは異なる。
 恐らくは大五郎の傭兵だろう。
 眉間に深い皺が寄り、奥歯に苦虫をかみつぶす程度の力が入った。

 己が堪忍袋を締め直す為に小さく頭を振って、ジョルジュは店の戸を開ける。
 久々に取れた休息の時間だ。余計なことに気を取られず、せめて好物で腹を満たさなければならない。

  _
( ゚∀゚) 「いつものトーストを頼む」


 不愛想な初老の店主とそれだけの言葉を交わし、ジョルジュは奥の角のテーブルへ。
 構造上人目につきにくく、他の席とも離れているため落ち着けるお気に入りの席だった。
 
 だが。
  _,
( ゚∀゚) 「……なぜ、お前がここにいる」

 目的の席に座ってる先客の顔を睨む。
 その男は不機嫌なジョルジュの顔を見て、顔をゆがめて「グググ」と笑った。

191 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:51:53 ID:eV43cX2A0

(//‰ ゚) 「なんでもクソもあルかよォ。お前さンに用があるからに決まってンだろ」
  _,
( ゚∀゚) 「言伝があれば此方から出向く。そういう取り決めをしていたはずだが」

(//‰ ゚) 「大丈夫だ。周囲に大五郎の関係者はいねえよ」


 男の名は、ヨコホリ・エレキブラン。
 所属を持たない“根絶法支持の賊”である。
 変装はしているが、元が特徴的な男だ。見る者が見ればすぐに分かる。
 関係上、ジョルジュと彼が共にいる姿を見られるのは好ましくない。
 これまでも、彼と仕事の話をする場合はジョルジュの方から人目につかない場所を指定するのが大半であった。

  _
( ゚∀゚) 「用はなんだ」

(//‰ ゚) 「今後のお話を聞きたくてナ」
  _
( ゚∀゚) 「暇を寄越せと言ったのはそちらのはずだ」

(//‰ ゚) 「用は済ンだ。ついでにもう少しゆっくりしようと思ってたンだがな」


 ヨコホリの話を聞きながら、対面の席に腰を下ろす。
 そこで、彼の隣に大きな包みがあるのに気が付いた。
 高さはテーブルから少し覗く程度。幅と奥行きもあり、丁度ヨコホリの上半身と同程度に見える。

 武装の必要ない彼にしては珍しい大荷物。
 いくらかの興味を持って中身を推察していると、ヨコホリの話もそちらに向く。


(//‰ ゚) 「コイツの調整をしてたら、なンだか居てもたってもいられなくてなア」

192 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:52:37 ID:eV43cX2A0

  _
( ゚∀゚) 「それは?」

(//‰ ゚) 「俺の“とっておき”だよ。欠陥も多いンで、滅多に使わねえンだがナ」


 ヨコホリが布をはだけさせる。
 覗いたのは一部だけだが、それだけでおよその見当がついた。
 彼の言う、“とっておき”の意味も含めて。

  _
( ゚∀゚) 「まさか、あの小娘の為に?」

(//‰ ゚) 「まアな」
  _
( ゚∀゚) 「そこまで執着する必要があるのか」

(//‰ ゚) 「グッグッグ。お前には分からねえか?」
  _
( ゚∀゚) 「……」

(//‰ ゚) 「グググ、そう真剣に考え込むな。顔がいい。体がいい。声がいい。そンなところよ」
  _
( ゚∀゚) 「……女の趣味が違うようだ」

(//‰ ゚) 「ググッ、違いねえ。なンにせよ、威勢のいい小娘を組み伏せて好きにするってェのは」
  _
( ゚∀゚)

(//‰ ゚) 「“そそる”だろ?」
  _,
( ゚∀゚) 「……悪趣味め」

193 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:53:21 ID:eV43cX2A0


(//‰ ゚) 「で、次の“お出かけ”はいつだ?」
  _
( ゚∀゚) 「……知っていたのか」

(//‰ ゚) 「予想はつくだろ。あンだけの人数でババアと取り巻きを“コレ”しただけで満足なンてことはねえだろ?」


 掌で首を切る動作するヨコホリ。
 ジョルジュは店主の視線がこちらに向いていないことを確認する。

  _
( ゚∀゚) 「……俺としては、あまり街中で騒ぎたくないのだがな」

(//‰ ゚) 「相変わらずあめエことを言う」
  _
( ゚∀゚) 「性分だ」

(//‰ ゚) 「で?」
  _
( ゚∀゚) 「まだ、詳細は決まっていないが」


 ジョルジュは店主にちらと目を向ける。
 注文したトーストの調理中で、こちらに気を向けている様子は無い。
 念のためジョルジュは喉をぎゅうと縮める。

  _
( ゚∀゚) 「……およそ三週間後、前回とは異なり、少数精鋭による夜間の奇襲を計画している」

(//‰ ゚) 「これまでに比べると随分悠長だな」
  _
( ゚∀゚) 「次は、ムォン老が参加する」

(//‰ ゚) 「……成程なァ。そらあ準備がいるわけダ」

194 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:57:44 ID:eV43cX2A0

 ヨコホリに伝えた通り、次に大五郎が“賊”に襲撃されてしまうのは三週間後だ。
 さる方からのお達しで禁酒党頭領、シナー=ムォンが参加する手はずになっている。

 シナーは、根絶法に纏わる闘争にごく初期から参加していた古株である。
 実力は折り紙付き。単体戦力で彼を超える者はそういまい。
 率いる戦力の面も加味すれば、根絶法支持団体の中でも間違いなく筆頭である。 

 それだけの存在を動かすのだ。
 戦力の調整には時間がかかるし、事前の下調べも入念になる。
 必然的に実質指揮を執るジョルジュにのしかかる責任も大きい。

 こうなってくると一人の兵隊として敵を蹴り砕いている方が楽だ。

  _
( ゚∀゚) 「貴様には俺と共に遊撃に回ってもらう。問題は無いな」

(//‰ ゚)b 「一つ」
  _
( ゚∀゚) 「……なんだ」

(//‰ ゚) 「ツン・ディレートリが絡んで来たら、アレの相手は俺に一任しろ」
  _
( ゚∀゚) 「……あの娘を侮るわけではないが、貴様を専属で当てなければならない程とは……」

(//‰ ゚) 「嘘つけ、分かってるよお前は」
  _
( ゚∀゚) 「……」

(//‰ ゚) 「俺は二人きりで遊びてェ。お前は“やりにくい”奴に場を乱されたくねえ。互いに利はあるだろう」
  _
( ゚∀゚) 「……分かった。あの娘の対処はお前に任せる。だが、執着はしすぎるなよ」

(//‰ ゚) 「わァってるよォ、善処はすらァ」

195 名前: ◆x5CUS.ihMk[] 投稿日:2016/10/29(土) 21:58:38 ID:eV43cX2A0


(//‰ ゚) 「さて。飯時に邪魔して悪かったナ」


 ジョルジュの目の前で湯気を立てるトーストを一瞥し、ヨコホリは席を立つ。
 傍らにあった例の包みを担ぐ。
 よほどの重量があるのか木製の床が軋みを上げた。

  _
( ゚∀゚) 「行くのか」

(//‰ ゚) 「ああ、予定を聞いときたかっただけなンでな」
  _
( ゚∀゚) 「……くれぐれも、余計な真似はよせよ」

(//‰ ゚) 「…………グッグッグ」


 明確な返事をせずに、ヨコホリは店を出て行った。
 嫌な予感がする。胃が痛むのを自覚する。
 使える男ではあるが扱いが難しいことに変わりはない。
 大五郎がもう少しあっさりと折れてくれていればあんな難物を使用する必要は無いのだが。

 ため息を一つ。
 精神を落ち着け、胃を宥める。
 三週間後に控えた襲撃をなんとしてでも成功させなければならない。
 今は、そのための準備に精を出すべきだ。ヨコホリの動向を気に掛けて調子を落としたのでは本末転倒である。

 出来る限り明るい気持ちに切り替え、ジョルジュはトーストにかぶりつく。
 いつものトーストはいつも通りに美味く、彼の荒んだ胃と心に、つかの間の幸福感を与えてくれた。

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