( ^ω^)愛がとにかく余ってるようです

【一億総弓道部】

131 名前:【一億総弓道部】[] 投稿日:2015/04/15(水) 22:34:26 ID:yF2LBo/k0
 
喫茶店でのネーム作業から帰ってくると、アシスタントの
女の子が僕の元へ駆け寄ってきた。

(*゚ー゚)「先生、手紙が来てましたよ」

( ^ω^)「ん?ありがとう」

アシスタントの子から封筒を受け取り、中身を調べると
そこには繊細そうな文字でつらつら長文が書かれていた。
上から文を読み上げる。

( ^ω^)「なになに?先生が描かれた先週のクロワッサン戦記で
       登場人物の一人が弓矢で敵のリーダーをしとめる
       描写がありましたが、あの弓の引き方ではまっすぐ
       矢を飛ばせません、弓道が誤解されてしまうので
       もっと正確な描写をお願いします……か」

その下にも、正しい弓の引き方について様々な用語を交えながら
延々と解説が書かれていた。

( ^ω^)「ふーん……ちょっと適当に書きすぎたのが
       悪かったかお……」

132 名前:【一億総弓道部】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 22:35:16 ID:yF2LBo/k0

弓道というのはそこまでメジャーなスポーツでもないだろう、
大勢の人の目に触れる漫画でおざなりな描写をしてしまったら
確かに真剣に弓道に取り組んでいる人に悪いという気もする。

僕は素直に反省し、ご指摘ご教授ありがとうございます、
次回以降は正確な描写を心がけます……と返事をしたためた。

その後ひと段落して、アシスタントは僕にコーヒーを渡しながら
尋ねてきた。

(*゚ー゚)「そういえば先生、これから展開はどうなるんですか?」

僕は頭の中に仕舞っている今後の自作の流れを、かいつまんで話した。

( ^ω^)「うん、敵のアジトまで主人公たちがたどり着くんだけど
       進入方法に困ってしまう、そこで仲間のハッカーが
       裏門のセキュリティを書き換えてロックを解除するんだお」

(*゚ー゚)「あ、それであのハッカーを仲間に引き入れたんですね」

( ^ω^)「そうだお、その後無事アジト内に進入できるんだけど、
       キッチンまで進んだところで四天王の一人が待ち受ける」

(*゚ー゚)「とうとう四天王まで出てくるんですね」

133 名前:【一億総弓道部】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 22:36:10 ID:yF2LBo/k0

( ^ω^)「彼はなんと姿を消す能力を持っていて、
       主人公たちは大苦戦するお」

(*゚ー゚)「え!?じゃあどうやって倒すんですか?」

( ^ω^)「主人公はキッチンの隅に小麦粉があるのを発見する、
       そこで機転を利かせて、小麦粉をばらまいて
       粉塵爆発を起こし、逆転勝利するんだお」

(*゚ー゚)「すごいですね!」

( ^ω^)「四天王を倒した先で、主人公たちは金網を発見する。
       すると突然、ヒロインが怯えて震えだすんだお」

(*゚ー゚)「どうしてですか?」

134 名前:【一億総弓道部】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 22:36:55 ID:yF2LBo/k0

( ^ω^)「ヒロインはかつて金網デスマッチで敗れた過去があり、
       それが今でも心的外傷として残り続けているんだお、
       そのせいで金網を見るだけで恐怖がフラッシュバックして
       動けなくなっちゃんだお」

(*゚ー゚)「可哀想ですね……」

( ^ω^)「そんなヒロインの姿を見た主人公は彼女を優しく抱きしめ、
       僕たちがついているから大丈夫、と声をかけてやる。
       主人公の優しく広い心が受け入れてくれたおかげで、
       彼女はトラウマを無事克服するんだお」

(*゚ー゚)「感動ですね、なんかもう涙ぐんじゃいます」


( ^ω^)「まぁそんな感じの展開だお」

(*゚ー゚)「ありがとうございます」

135 名前:【一億総弓道部】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 22:38:05 ID:yF2LBo/k0

実際の漫画でも、おおむね先ほどのような展開で描き進めた。

ここ最近は特に筆が乗ったおかげでスイスイと制作に取りかかれ、
誌上に載った自分の作品を見て、我ながらよく描けたと悦に入っていたのだが。

(*゚ー゚)「先生、また手紙が来てましたよ、三通!」

( ^ω^)「お、またかお」

アシスタントから受け取った三通の封筒を受け取り、
そのうちの一通の封を開けて確認する。

そこには、以前とは違う筆跡だが、やはり繊細そうな文字で
長文が書かれていた。
文を読み上げる。

( ^ω^)「えーと……先生のクロワッサン戦記で、
       仲間のハッカーがアジトのセキュリティを書き換えて
       ロックを解除するというシーンがありました。
       私はシステムエンジニアをやっており、コンピュータにも多少精通しておりますが、
       ハッカーというものを先生は根本的に誤解されているようです、
       見たこともないセキュリティをその場で解除するというのは
       現実あり得ない芸当であり、憤飯ものであると言わざるを得ません、
       本来コンピュータのセキュリティというものは……」

136 名前:【一億総弓道部】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 22:38:59 ID:yF2LBo/k0

その後も、セキュリティから情報科学の概念に至るまで解説があり、
同時に僕がどれだけ間違っているかを指摘する文面が続いていた。

(;^ω^)「うーん、そんなこといっても僕は詳しくないもんなぁ……。
      やっぱもうちょっと調べて描くべきだったかお?」

見たこともない専門用語が踊る文を眺めていたせいか痒みだした頭を
右手でぼりぼりとかきむしりながらも僕は反省した。

( ^ω^)「あとで謝罪の手紙書かないと……」

とりあえず先ほどの手紙をテーブルにおいて、
僕は次の封筒を開けて文を確認した。

先ほどの手紙の筆跡とは違うものの、やはり繊細そうな文字があり
僕はいやな予感がした。しかし読み上げる。

( ^ω^)「先々週のクロワッサン戦記読みましたが、
       粉塵爆発について間違った描写がありましたので
       ご迷惑かと思いますが指摘させていただきます。
       粉塵爆発というものはそう狙って起こせるものではありませんし、
       思惑通りに発生することもありません。
       」

化学用語のちりばめられたその後の文章を見て僕は熱が出そうだった。

137 名前:【一億総弓道部】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 22:39:40 ID:yF2LBo/k0

( ^ω^)「プロを怒らせるとマジで面倒だお……」

描写には本当に気をつけなければならない、と僕は肝に銘じて
次の封筒を開けた。

( ^ω^)「次こそファンレターだと嬉しいんだけど……」

だが繊細そうな筆跡を見て、僕はその期待が裏切られたことを
直感的に知った。それでも読み上げる。

( ^ω^)「先週のクロワッサン戦記読ませていただきました、
       ヒロインのトラウマを主人公が解消させるというシーンですが、
       心理カウンセラーをやっている者からしてみれば、
       あのシーンには怒りを覚えました。
       仕事柄、様々なトラウマを抱える方々にお会いしておりますが、
       心的外傷というものはそう簡単に克服できません、
       苦しみ続け、自ら命を絶つ者さえいる現状で、
       あのような安直な言葉だけで心の傷を癒せるというのは
       危険な考え方でもあります、まず、人間の記憶というのは、
       長期記憶と短期記憶、超短期記憶に分かれており……」

( ^ω^)「……うーん……」

僕は思わず、ソファーに倒れ込んでしまった。

(*゚ー゚)「先生!?」

慌ててアシスタントが駆け寄る中、僕は創作というものの難しさを改めて思い知った。

138 名前:【一億総弓道部】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 22:40:35 ID:yF2LBo/k0

それから数ヶ月後、それからも送られ続ける読者からの指摘に
その度応えて展開づくりをしているうちに僕は
自分が書こうと思っていたストーリーを見失ってしまった。

( ^ω^)「ここで主人公が……、いや、こんなことはありえないお……」


どんな展開を書こうとしても、読者からの抗議が頭にちらつき、
僕は当たり障りのない描写しか描けなくなった。

そうすれば当然、漫画としての出来も薄くなっていき、
あえなく僕の連載は打ち切りの憂き目にあうのであった。

(*゚ー゚)「先生……」

( ^ω^)「さようなら、ふがいない師匠でごめんだお……」

そしてアシスタントもくにへ帰ってしまった。

139 名前:【一億総弓道部】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 22:41:40 ID:yF2LBo/k0

それ以後も新作作りから遠ざかりつつあった僕だったが、
ここにきて戯れにホームページに載せていたエッセイ漫画が
思いの外好評となり、なんととある雑誌に連載することになった。

僕は安心していた、なぜなら。

( ^ω^)「エッセイ漫画なら僕自身の経験を書くんだから、
       間違ったことを描いて抗議がくることもないお……」

というわけだ。

(*゚ー゚)「良かったですね先生!」

アシスタントも帰ってきて万々歳だ、
僕は久しぶりにうきうきとした心持ちで作画に取り組めた。

( ^ω^)「ふんふん……」

鼻歌なんかも、奏でてみたりして。

それからしばらく経った後のことだ。

140 名前:【一億総弓道部】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 22:42:29 ID:yF2LBo/k0

(*゚ー゚)「先生、手紙が届いてましたよ」

アシスタントから封筒を受け取る。
今度はもう悲観はしていない、次こそきっとファンレターだ。

( ^ω^)「女の子からだと良いなあ……」

(*゚ー゚)「あ、そんなこと言って。わたし、妬いちゃいますよ」

( ^ω^)「まさか」

封筒を鼻に近づけて匂いを嗅いでみると紙の匂いがした。
女性からではないらしいが、それでも励ましや感想なら嬉しいのに代わりはない。

珍しくペーパーナイフで封を切り、中の手紙を取り出す。
それを開くと、書かれていた筆跡はあの繊細そうなものであった。

(;^ω^)「なんか、いやな予感が……」

とにかく目を通してみると、

141 名前:【一億総弓道部】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 22:43:20 ID:yF2LBo/k0

( ^ω^)「先月の先生の作品を読ませて貰いました。
       そこで、道ばたの空き缶を拾ってゴミ箱に捨てたということを書いておりましたが、
      過去の先生の傾向からいってそんな善行をするのはありません、
      本来の先生ならば無視するか、あるいは蹴飛ばすはずです、
      このような間違った描き方をすると先生の人格が誤解される可能性が
      ありますので、お節介かもしれませんがご指摘させていただきます……」


その下にもつらつらと長文が書かれていたが、僕は読まなかった。
ここでようやく僕は、読者の反応の正しい対処に気付いた。

僕はその手紙をまっぷたつに破るとくしゃくしゃに丸め、ゴミ箱に捨てた。
そしてアシスタントの子に話しかけた。

( ^ω^)「なんか美味しいパンケーキでも食べにいこうかお?」

(*゚ー゚)「わたし天一の方が好きです」

( ^ω^)「じゃあそれで」

部屋の電灯を消して、僕たちは外へ出るのだった。

142 名前:【一億総弓道部】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 22:44:01 ID:yF2LBo/k0

~おわり~

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