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143 名前:【愛がとにかく余ってる】[] 投稿日:2015/04/15(水) 22:46:25 ID:yF2LBo/k0
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どうやら愛のためのゴミ箱というのは存在しないものらしい。
最近、とにかく愛が余っている。
人々の胸中に泡のごとく次々と湧き出る愛を、愛ゆえに抑えることが出来ず
ただ本能の行動として消費し、そして消費が追いついていないのが現状だ。
(*゚ー゚)「あれ?内藤さんって普段メガネなんですか?」
僕が俯きがちに電卓を叩いていると職場の女子社員が尋ねてきた。
( ^ω^)「うん?あぁ、家ではメガネなんだお」
(*゚ー゚)「やっぱり。
でも内藤さんがメガネなんてちょっと意外かも」
( ^ω^)「職場でかけたことは一度もないからね……
でもどうして気付いたんだお?」
(*゚ー゚)「ほら、鼻のところがメガネの痕が残ってるじゃないですか」
そう言われて引き出しから小さな鏡を取り出しのぞき込むと、
確かに鼻の両側に楕円の痕がある。
メガネの鼻当てが長い時間接触していたために、その形で残ってしまったものだろう。
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144 名前:【愛がとにかく余ってる】[] 投稿日:2015/04/15(水) 22:47:20 ID:yF2LBo/k0
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( ^ω^)「よくそんなところ見て気付けるおね……」
感心して僕が答えると彼女は照れたように小さく笑い、
(*゚ー゚)「わたし、メガネの男の人が好きなんです。
なんか、近眼だとか目が弱いっていわゆる弱点じゃないですか、
そういう弱点を隠すこともできずにメガネという形で表さざるを得ない、
そういうところに胸がじんじんと震えてくるんです。
あぁ、この人には弱いところがある、だから私が守ってあげないといけないって、
そういう気持ちに駆られてしまって」
彼女の言葉と視線が一段また一段と熱を帯びてくるのを感じて、
それとは逆に僕の肝はどんどん冷えてくるので、
(;^ω^)「あ、ごめん、ちょっとトイレに……」
と席を立ち一目散に遁走した。
愛ゆえにこういう悲劇も起きるが、いつもの事なので気に病む必要は何一つ無い。
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145 名前:【愛がとにかく余ってる】[] 投稿日:2015/04/15(水) 22:49:30 ID:yF2LBo/k0
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さて、確かに僕はプライベートではメガネをかけている。
しかしそれは、近眼だからとか目が弱いだとか、
そういう真っ当な理由からかけているのではない。
このメガネは、"メガネをかけている"という事実さえ満たせるのなら、
度が入っていなくても、フレームが重くても問題ではないのだ。
退社した僕はまっすぐ家に帰るようなことはせず、
市街地のアーケード商店街を抜けて、その先の飲み屋街へ進んだ。
その一角の小さなスナックビルに僕の目的の店がある。
玄関を通り抜けてエレベータに乗りこみ、5階のボタンを押す。
エレベーターが上昇している間、僕は上着の内ポケットからメガネを取りだし、
ハンカチでレンズを拭うと、それを装着した。
( ◎ω◎)(うん、レンズに汚れはないようだお……)
そうしているうちにエレベータは5階へ到着し、チンと鈴の音が鳴った後、
ドアが開いた。
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146 名前:【愛がとにかく余ってる】[] 投稿日:2015/04/15(水) 22:51:24 ID:yF2LBo/k0
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「「「「いらっしゃいませー」」」」
ドアの向こうのフロアから数人の若い男性の挨拶が響いた。
彼らは白いシャツに身を包み、斜め45度のきっちりとした角度で
僕にお辞儀をする。
( ´∀`)「本店のご利用は初めてでしょうか」
( ・∀・)「本店のシステムについてはご存じでしょうか」
(,,゚Д゚)「お煙草はお吸いになりますでしょうか」
ミ,,゚Д゚彡「上着をお預かりいたします」
なにも客一人にこんな大勢で対応しなくてもいいんじゃないか、と思うが
なにしろ世の中に愛が溢れていて、そして従業員も増えている。
ここで働きたいとやって来た人を無碍には出来ず、次々と雇ってしまうからだ。
例えどんなに人手が充実していようが、オーナーは未来ある若者への、
そしてその労働意欲への愛ゆえに、それをやめることが出来ない。
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147 名前:【愛がとにかく余ってる】[] 投稿日:2015/04/15(水) 22:53:34 ID:yF2LBo/k0
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( ◎ω◎)「とりあえず10人ほどで頼むお、
煙草は吸わないから禁煙ルームで頼むお」
( ´∀`)「かしこまりました」
( ・∀・)「ではお部屋へとご案内させていただきます」
僕たちは4人の従業員に連れられて、1.5人分ぐらいの幅の狭い廊下を進み、
目的の部屋へと向かった。
その間も僕はメガネのレンズになにも触れることの無いよう、
細心の注意を払い続けた。
( ・∀・)「こちらです」
ミ,,゚Д゚彡「ではごゆっくり」
( ◎ω◎)「ありがとうございますお」
案内された部屋にはシングルの粗末なベッドと照明とテレビのみが置いてあり、
奥にはもう一つドアがあった。
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148 名前:【愛がとにかく余ってる】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 22:56:11 ID:yF2LBo/k0
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店員が出て行った後、ベッドに腰掛けて一息つき、
そして立ち上がり奥のドアをノックする。
( ◎ω◎)コンコン
すぐにドアが開き、10人ほどの小学生ぐらいの年齢の男女がわーっと部屋に突入し、
僕の元へと迫った。
(*゚ー゚)(´・ω・`)(*゚∀゚)川 ゚ -゚)(=゚ω゚)ノ ワー
満面の、という言葉がぴったりな笑顔を浮かばせた彼らは
僕の目の前まで駆けてきて、そして僕のメガネを素手でべたべたと触れ始めた。
曇り一つ無かったきれいなレンズは、子供たちの指紋で次々と埋まり、
メガネ越しに見る室内はあっと言う間に灰色に曇っていった。
( ◎ω◎)「……」
僕は抵抗するでもなく、話しかけるでもなく、ただただ眼鏡を触られ続ける。
子供たちの方も、それ以外は何一つしない。
これが彼らの仕事だし、僕もそれを望んでいるからだ。
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149 名前:【愛がとにかく余ってる】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 22:58:51 ID:yF2LBo/k0
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その後数分が経過して、すっかり眼鏡に何も映らなくなった頃、
子供たちは行為をやめて、一列に並び、壁のそばに立った。
もう頃合いか、と思い僕も立ち上がって彼らの元に向かう。
( ◎ω◎)「ありがとう、楽しかったお」
僕は子供たちの一人一人に感謝の辞を述べ、握手を交わす。
子供たちはやはり笑いながら、ぺこりと頭を下げる。
端から端まで挨拶が終わると、彼らは入ってきたドアから帰っていった。
壁掛け時計の秒針以外は何一つ音のしなくなった部屋で、
僕は眼鏡を外しレンズを改めてまじまじ眺めると、
年輪のような指紋の輪がいくつもいくつも重なりあって残っていた。
それを見ることで、僕は耐えがたい充足感に満たされる。
確かに僕は、愛を受け取ったらしい。
( ^ω^)つ◎-◎「ふぅ……」
ひとつため息をついて、思わずにやける口元を腕で拭うと、
立ち上がり退出した。
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150 名前:【愛がとにかく余ってる】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 23:01:46 ID:yF2LBo/k0
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子供たちは、いわば愛の結晶である。
そして、現在のように愛が大量発生する世の中では、当然愛の結晶も爆発的に増加する。
無尽蔵に沸いてくる愛の結晶を全て受け止められるほどこの国は広くなく、
かといって、溢れる愛は間引きさえもそれを認めず、僕の眼鏡を触ってきた彼らのように、
愛のはけ口として回されることになった。
なぜこれほどまで急速に愛が増加したのか、
幾人もの研究者が原因解明とその対応に勤めたものの、結局分からなかった。
愛は見ることも掴むことも出来なければ、当然その実体は藪の中だ。
愛すると言うことは、大抵誰か、あるいは何か対象が存在するというのが定説だった。
しかし今回発生する愛には特に対象がなく、指向性の無い、ものを選ばない愛が
触れる人すれ違う人に、ポケットティッシュのように配られてしまう。
夫は妻以外のものを愛し、妻も夫以外のものを愛し、
姑は先立たれた夫とその両親とそのご先祖を愛し、子供はクラスメートにすら惜しみなく愛を配り、
家庭内には見ず知らずの愛の受け皿が増え、そしてだれもそれを咎めることが無いゆえに
マンションは空へ空へと伸び続け、アパートは地を這うように広がり続けた。
愛のためにこの国は終焉を迎えつつあったのだ。
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151 名前:【愛がとにかく余ってる】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 23:04:24 ID:yF2LBo/k0
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( ^ω^)「なんか……喉乾いたお」
ジュースでも買おうかと上着を探るとその拍子に紙の束が地面へ散らばり落ちた。
一つを拾い上げるとそこには名前と連絡先が記されている。
ほかの紙も同じようなことが書いてある。先ほどの子供たちからだろう。
( ^ω^)「まったく困ったもんだお」
愛は与えるばかりで、僕のように求める人は少なくなってしまった。
当然だろう、与えても与えても減らないのにわざわざ貰う奴はいない。
僕の場合は、むしろ逆だった。
浴槽の栓を抜いたように、次から次へ愛が失われていく。
愛を時々補充しなければ、なんだかとてつもなく薄情になっていきそうで怖かった。
まるで僕みたいな人間とそれ以外の人たちで、愛のバランスをとっているようだった。
「あああああああああ!!!」
( ^ω^)「ん?」
突然、背後から迫り来る喚声に思わず振り向いた。
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152 名前:【愛がとにかく余ってる】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 23:07:05 ID:yF2LBo/k0
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すると老若男女大勢の人々が、一つの方向へ脇目も振らずに走っていくのが見える。
彼らは笑いながら、至福を全身に満たした風で、
しかし不可抗力を思わせる感じで駆けていた。
(;^ω^)「なっ……?なんだお?」
誰も彼もが笑顔を張り付けて走って行く。
みんな、その場所へ向かうことがこの上ない喜びと疑わない様子で駆けていく。
怪訝に思い、その方向にへ目を凝らしてみると、僕は仰天した。
(;^ω^)「あ、愛が爆発してるお!」
愛は目に見えない、と言ったがそれは訂正するしかないだろう、
形容こそ出来ないが確かに、一人の男から吹きだした愛が可視化され
奔流となって町を浸食しつつあるのだ。
人々はその愛に引き寄せられ、そして愛を放出してからっぽになりつつある爆発元の男へ
自身の止めどない愛を押しつけるために、走っているのだ。
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153 名前:【愛がとにかく余ってる】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 23:08:35 ID:yF2LBo/k0
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(;^ω^)「い、いけないお!」
その方向に向かってはいけない、彼らに加わってはいけない!
本能が警鐘を鳴らし、理性が後ろから追いかけていく。
だが、それでも彼らの列に混じろうと体は動いてしまう。
愛を受け取ること、愛を押しつけること、それが義務であり責務であると信じて疑わない
そのパレードに加わらない自分が、生きている価値がないような
人でなしのように感じてしまうが故に、引き寄せられていく。
アスファルトを削り、筋肉を振るわせて脚はそちらへ向かおうとする。
しかし抵抗をやめるわけにはいかない、
愛の流れに身を任せることが楽になることだと分かっていても、
あの先に安全が保障されているわけじゃない。
今のこの現象は、確かに異常なのだ。
(;^ω^)「こ、こんな……こんな、ただポロポロと産んでは投げつけるような
こんな、愛が、愛とは認めないお……こんなの、違うんだお、
愛のホントの形じゃないって……そ、そうだ、お……」グググ
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154 名前:【愛がとにかく余ってる】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 23:10:33 ID:yF2LBo/k0
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精神と肉体の擦り合いで血の吹き出すような痛みを全身に感じながらも
必死の抵抗のおかげで、僕はなんとか数センチ動くにとどまったが、
しかし限界は近いだろう。
(;^ω^)「だれか止めてくれお……愛は止められないって……そんなの……
酷い話だお……ただ愛があるから愛する、それも対象も選ばずに……
そんなの、猿以下じゃないか……お……もっと尊いもんじゃないかお……」
呪詛とも祈りともしれない言葉を吐きつつ、脚がぎしぎしと悲鳴を上げ、
もはやこれまでと思われたその時だった。
愛の爆発の中心地に群がり互いに体を押しつけ合う連中を、
空から現れた巨大なショベルが地面ごとえぐって掬いあげ、
そしてまた空へ去っていった。
( ^ω^)「……」
一瞬の出来事だった、呆然とすることしか出来ず、
もう動かなくなった脚を握り拳で叩くと、その場に体ごと崩れ落ちた。
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156 名前:【愛がとにかく余ってる】[sage] 投稿日:2015/04/15(水) 23:13:33 ID:yF2LBo/k0
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この町のほぼ全人口が、あそこへ集結していたのだろうか。
周りには僕以外、人っ子ひとり居ない。
あれは何だったんだ。あれほど町中に蔓延していた愛は今は気配すらなく
虚無ともしれないものが肌を撫でつける。
愛は人間から生まれるものだとしたら、人間が居なくなれば愛も消えるということか。
現場の近くへ向かうと、大きく抉れた地面が土肌を露出させていた。
血や肉片が残った様子はなく、あのショベルは地面と人間だけを綺麗に持っていったようだ。
連れ去られた彼らは今どこで何をしているんだろうか、
もしかして平気で、新天地で愛を交換し続けているんだろうか。
それを思うと、急に寒気が襲ってきた。
( ^ω^)「寒いお……」
しかし寒かった。
本当に寒くて、上着を体に寄せると、ポケットに細長いものが触れた。
取り出すと、それは指紋だらけの眼鏡だった。
( ^ω^)つ◎-◎「……」
その眼鏡の指紋を僕はどうにもふき取ることは出来ず、
ただその場に立ち尽くすのみだった。
~おわり~