till your death

23 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 13:50:50 ID:yjLHkHZo0

その日の夜は、夢の中で見た夢を思い出すほど多くの夢を見た。
中でも印象深く残っているのは、台風の夜の夢だった。

外に干したままの洗濯物が雨風に晒され、ずぶ濡れになっている。

はためくTシャツやカーディガンは、必死に干し竿に掴まっている。
揺れ動く衣類に吊られたように、私の首も傾いたまま、部屋に座って台風を眺めていた。

完全に目が覚めたのは、またも夕暮れ時の暗くなりかけた頃だった。

(*゚ー゚)「……」

夢の甘いドロドロとした感覚が無くなると共に、急に現実が認識されてゆく。
あらゆる鬱屈とした気分は、目が覚めた瞬間から襲ってくる。

(*゚ー゚)(感情が揺れ動くのはいつも起きてからだ……)

(*゚ー゚)(眠っているときは、この世界にいないのかな)

24 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 13:53:26 ID:yjLHkHZo0

私は布団から這い出て、キッチン周辺を見渡す。
レトルトのカレーを一番下のラックから取り出し、食パンと一緒に食べる。

部屋に残っている食料は乾いたスパゲティぐらいで、私は思わずため息をついた。
今日は外出しなければならない。

(*゚ー゚)「……」

部屋の隅の棚に置いているミカンを見つめる。
いつか食べようと思ったときには、既にカビが生えていた。

今では皮の表面全体が黒く変色し、誰もがそれをミカンだとは思わないだろう。

ミカンではない、腐った何か。
命の絶え間ない連続と、微かに変わり続ける実感を与えてくれる何かだった。

25 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 13:55:06 ID:yjLHkHZo0

出かける服を選び、財布をコートのポケットに入れて玄関を出た。
鍵を掛けたか何度か確認し、駅前のスーパーへ向かって歩き出す。

この先に味方は誰もいない。
そんなつまらない事実が、早速私を嫌な気持ちにさせる。

視界に広がる異物だらけの空は、薄い灰色に染まっている。
もうじき電線や建物の外観は、日が落ちた空に飲み込まれるのだろう。

住宅街を抜けた先の駅前の広場には、誰かを待っている人や何羽かの鳥がいた。
誰とも視線を交わさぬよう、風景を捉える広角レンズのように前へ進む。

どこからか飛んできた米粒くらいの虫が、首もとからTシャツの中へ入り込む。
何かの細い足が皮膚を撫でていく感覚に、我慢が出来ない。

(*゚ー゚)(ここで脱ぐわけにもいかないし……)

(*゚ー゚)(うう……、気持ち悪い)

26 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 13:57:34 ID:yjLHkHZo0

みぞおち辺りを這っている虫を、服の上から握り潰した。
冷たい体液らしきものが、私の皮膚に付着する。

電線に留まっていた鳥が、こちらを見ているような気がする。
嫌な視線から逃れるように、私は駆け足でスーパーに入り込んだ。

レジを受け持つ女の人が、台の横から袋を補充している。

買い物カゴを持たずに、私は店内のトイレの個室に立ち入る。
体に付いているであろう虫の死骸を、早く取り除きたい。

コートを脱ぎ、Tシャツを腹から胸まではだけさせる。
白いTシャツは白いままで、何の異変もない。

インナーの隙間に指を入れて覗いても、虫の姿は見つからない。
潰した虫の、体液の付着した跡さえどこにも無かった。

27 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 13:59:33 ID:yjLHkHZo0

(*゚ー゚)(私は……)

(*゚ー゚)(何も叩き潰したんだろう)

トイレを出た私は、カゴを手に取りいくつか食料を選ぶ。
スパゲティのソースに食パン、腐っていない何か。

購入するものはほとんど決まっていて、ワックスの剥げたタイルを早々と踏んでゆく。

野菜コーナーに、半分に切られたキャベツが並んでいる。
カットされたキャベツの、波打った葉と葉の合間には歪な隙間がある。

(*゚ー゚)(私の脳もあんな風になってるのかな)

(*゚ー゚)(いやだいやだ……)

どんなに安くても、キャベツを買うことは一生無いだろう。

28 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 14:00:40 ID:yjLHkHZo0

買い物を終え、店を出ようとしたときだった。
私のすぐ両脇から、低い電子音が鳴り響いた。

万引き防止ゲートが何かに反応したらしい。
緑色のエプロンを着けた男が、小走りでこちらへ向かってくる。

( ,,^Д^)「すみません、最近誤作動が多くて……」

( ,,^Д^)「電源を切っておくように言ってるんですけどね」

ジロジロと蛇のような視線で、私の頭部を見つめながら何かを言う。
虚ろに返事をし、彼の言葉のままに従う。

( ,,^Д^)「ちょっと財布を見せてもらってもいいですか?」

( ,,^Д^)「……ああ、やっぱり。この財布が原因でしたね」

( ,,^Д^)「不快な思いをさせてしまって大変申し訳ございません」

( ,,^Д^)「どうぞ、お通りください」

(*゚ー゚)(……)

29 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 14:02:18 ID:yjLHkHZo0

スーパーから外へ出ると、日は完全に落ちていた。
窓から漏れる明かりや街灯の人工的な光が、暗闇の中に散乱している。

(*゚ー゚)(私の部屋みたい)

(*゚ー゚)(だから、綺麗なんだ……)

買い物を済ませた私は、軽い足取りで家へと引き返す。
住宅街に差しかかり、家までの距離もあと半分といった頃だった。

ドスン、と何かが衝突する音が背後から聞こえた。
いつかの事故を彷彿させる、嫌な音だった。

すぐさま私は振り返る。
数10メートル後ろに、宅配のトラックが停まっている。

ドライバーが荷物を抱え、トラックの後方から現れた。
衝突音は恐らく、後部扉を閉じたか荷物を落とした音だったのだろう。

30 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 14:03:15 ID:yjLHkHZo0

(*゚ー゚)「……」

(*゚ー゚)(……そういえば)

(*゚ー゚)(あの事故を思い出させる何かに)

(*゚ー゚)(最近いくつも……)

そう思うと、近くに存在する何もかもが予兆に感じる。
買い物袋の重さ、生温い風、私の背後を追う欺瞞。

あるいはそれは疑い深い私の杞憂なのかもしれない。
気を取り直して、心なし帰路を急ぐ。

31 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 14:04:10 ID:yjLHkHZo0

(*゚ー゚)「……」

道の向こうから、ランドセルを背負った子どもが歩いてくる。

街灯に照らされた子どもの姿は泥まみれだった。
放課後に公園かどこかで遊んで、ちょうど帰宅するところなのだろう。

変質者に間違えられては不味いと、密やかに鼓動が高鳴る。
買い物袋を持つ手に力が入り、歩行が何となく不自然になる。

(´・ω・`)「こんにちは」

(*゚ー゚)「……」

すれ違う瞬間、私を見た小学生が挨拶をした。
何故挨拶されたのか戸惑いつつ、私は会釈を返す。

(*゚ー゚)(言われてるんだろうな)

(*゚ー゚)(怪しい人には挨拶をしなさいって)

32 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 14:05:08 ID:yjLHkHZo0

疑わしく思われたのかと苦笑し、私は自分の身なりを確かめる。
薄手のトレンチコートとTシャツに、コットンのカーゴパンツ。

春先や初夏は、もう何年もこのような服装で出歩いている。
特に見た目はおかしいと思わないが、きっと私の感覚は世間から置き去りにされている。

(*゚ー゚)(別の服でも良かったけど)

(*゚ー゚)(台風のせいで、乾いてなかったからなぁ……)

あの子どもは不審者を見かけたと、親や先生に喋ったりしないだろうか。
出掛ける用がさらさらないのは幸いだが、しばらく外は歩きたくない。

(*゚ー゚)「……」

(*゚ー゚)「……えっ」

33 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 14:06:20 ID:yjLHkHZo0

(;゚ー゚)(違う!)

(*゚ー゚)(服が濡れてたのは、夢の中で……)

誰もが半年に一度くらい、入浴中にシャンプーとボディーソープを間違えることがある。
ノズルの上部を押して、あるいは髪に洗剤を塗布した瞬間に、苦笑いを浮かべる。

私はそれが毎日続いているようなものだった。
今更そんなことに落ち込んでいられないと、虚勢を張って過ごしている。

(*゚ー゚)(……別に)

(* ー )(いいけど……)

自然と、体中の血が足下の地面へ吸い込まれる。

空洞になった私は耐え切れず、思わずその場にしゃがみ込む。
買い物袋に入っていたペットボトルが地面にぶつかり、少しだけ跳ね返る。

いくら日常に失望しきったつもりでも、それはまだ足りなかったらしい。

34 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 14:07:49 ID:yjLHkHZo0

(゚、゚トソン「私はしぃのことについて言及します」

聞いたことのある声がして、私はゆっくりと顔を上げる。

いつかのセッションの参加者が、冷たい表情で私を見下ろしていた。
トソンと名乗っていた気がするが、それすらも確信が持てない。

(゚、゚トソン「振り絞る鼓動とあなたは現在に?」

(゚、゚トソン「本当に触れたのですか?」

(*゚ー゚)「……鼓動? 現在?」

(* ー )「何、言ってるの……」

(*;ー;)「何を言ってるのか、全然分からない!」

(゚、゚トソン「……本当に、触れたのですか?」

(*;ー;)「……」

私が何に触れたというのだろう。
彼女から視線を逸らし、辺りをぼんやりと見渡す。

35 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 14:10:06 ID:yjLHkHZo0

粗野なアスファルトの道路に沿って、誰かの家々が立ち並ぶ。

マンションと一軒家に挟まれたコンビニと、その駐車場。
自動ドアが開くたび、店員の声が微かに漏れる。

帰宅途中の人や自動車が、まばらに私の前を通り過ぎてゆく。
道端にしゃがみ込んだ私を気にしつつも、誰も声を掛けない。

いくつかの建物の奥に、風に揺れる街路樹の先端が見える。
その上に広がる空は雲がかかっていて、星は見えない。

在るものがそこに在るだけの、無味乾燥な平穏と静寂。
随分と長い間感じたことのない、奇妙な感覚だった。

36 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 14:11:04 ID:yjLHkHZo0

(*゚ー゚)「……あっ」

(*゚ー゚)(今この瞬間)

(*゚ー゚)(私が見ているものと)

(*゚ー゚)(他の人が見ているものは、同じなんだ……)

私は今、主観と客観の一つの到達点にいる。
それはただの、どこにでもある理性的な日常だった。

気が付けば、錯乱と少しの失望も、微笑む欺瞞さえもそばにはいない。
待ち続けていたものが目に見えなくても、私は幸せだった。

(*゚ー゚)「……」

37 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 14:12:22 ID:yjLHkHZo0

この俗な日常の感覚は、すぐにでも終わってしまう気がする。
そう思っていた時、不意に私は気付く。

(*゚ー゚)「そっか……」

(*゚ー゚)「分かったよ」

(*゚ー゚)「……」

(*゚ー゚)「これから触れるんだ」

私の人生を終わらせた、あの事故はまだ起きていない。

いつの間にか私は、適度な空腹時のように冴えていた。
心臓も緩やかに、けれど確かに全身へと血を送っている。

曲がり角の先の街路樹は、今頃満開を迎えているのだろう。

38 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 14:13:17 ID:yjLHkHZo0

私は立ち上がり、あの街路樹の前へと走る。
置き去りにされた買い物袋が、戻ってきてと叫んでいる。

(*゚ー゚)「ふふ……」

本当にこれでいいのか、という疑問が全く浮かばないことに私は笑う。
あるいはそれは、錯乱が戻りつつあるせいなのかもしれない。

心臓が胸を飛び出してしまいそうなほど高鳴っている。

走り続けながら私は、街路樹を見上げようとして気付く。
路上のカーブミラーに、こちらへと迫る運命が小さく映っている。

モクレンの花が、もうすぐ舞い散る。

39 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 14:14:04 ID:yjLHkHZo0
  
  
  
ぎらりひらひらびーどすん。


本当の私の人生は、きっとこの擬音語から始まる。

40 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/04/03(日) 14:14:44 ID:yjLHkHZo0
 
  
  
 
till your death




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