till your death

1 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 18:50:08 ID:5jHdO.v20
    
    
ぎらりひらひらびーどすん。

本当の私の人生は、きっとこの擬音語から終わったのだろう。
 
 
 
till your death

2 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 18:51:23 ID:5jHdO.v20

(*゚ー゚)「ままー、あのお部屋はいつも電気がついてるよー」

(*゚ー゚)「そうね、きっと勉強熱心な学生さんが住んでいるんだわ」

(*゚ー゚)「ツンちゃんもいっぱい勉強して、偉い学者様になるのよ」

(*゚ー゚)「はーい、ままー」

(*゚ー゚)「……」

(*゚ー゚)「……」

(*゚ー゚)「うふふ……」

(*゚ー゚)「うふふふふ!!」

すっかり昼夜逆転して半引きこもりの私を、向かいの一軒家にはそんな風に思われていたい。
大抵の人の生き方がグロテスクなように、私は自分自身の放つ全ての余波にうんざりしている。

3 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 18:53:48 ID:5jHdO.v20

いつだったか私は、車に轢かれて頭を強く打った。
その時見た一連の光景を、一生忘れない。

街路樹の、風になびかれ今にも散りそうなモクレンの花を私は眺めていた。
気付いた瞬間には、真横から迫る自動車のヘッドライトの強烈な光の中。

景色を掻き消し迫る自動車と私の間に、枝から離れた花びらが舞う。
花弁の複雑な関数のグラフのような外観だけが、真っ白な背景に浮かび上がる。

散り踊るモクレンの花は、まるで光の中を泳ぐ影絵だった。

優雅で美しい一瞬が、ゆっくりと姿を変えてゆく。
鳴り止まないクラクション、次いで叩き付けられる痛みと音が私の頭の中に走った。

その後目立った障害や傷は残らなかったものの、その分私の内面は酷く損傷していた。
それからの生活を醒めぬ悪夢へと変え、錯乱と少しの失望がいつもそばにいる。

4 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 18:54:57 ID:5jHdO.v20

(*゚ー゚)「うふふ……」

空想に浸りながらいじっていた携帯電話の、マナーモードのボタンが外れてしまった。
本体の破損した外観は、流行に乗れなかった私の通話機器にしっくり合っている。

ゴム製の小さなパーツを指で弄んで、ゴミの散乱した床に投げ捨てる。

もうマナーは要らないのだ、と思うと愉快だった。
素敵なリリックが浮かびそうで、つい体がリズムを刻む。

(*゚ー゚)「ああ、メール送らなきゃ」

大声で歌いたい気持ちを抑える。
それでも抑え切れなかった分を、メトロノームめいた首の横降りに変換する。

一文字一文字慎重に打ち込み、携帯の送信ボタンを押す。
数秒の通信画面の後、私からの新着メールが届いた。

5 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 18:56:22 ID:5jHdO.v20

『元気』

『Re:元気』

『生きたい』

『Re:生きろ』

真夜中であろうと付き合ってくれる自分自身に、私は心の底から感謝する。
嬉しさが形を得て体から溢れ、零れ落ちた隙間には幸福感が流れ込む。

(*゚ー゚)「……」

(*;ー;)「ありがとう、ありがとう、君は良い人だなあ」

(*;ー;)「うええええ……、えっ……、えん」

実体の無い幸せは、それでも時々目に見える。
特に涙で滲んだ視界は、それらを映しやすいらしい。

例えると幸福は、金色の体毛を誇る、鳥の巣の形をした生き物だった。
あるいはそれは、他人には全く別の何かに見えるのかもしれない。

私はただ、それらが現れるのをじっと待っていた。

6 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 18:57:34 ID:5jHdO.v20

ひとしきり泣いた私は、疲れのせいか体の気だるさを感じている。
いつ脱いだか分からない、床に落ちていたシャツを頭にして、床に横たわる。

マンションの外では、落雷を伴った激しい豪雨が続いている。
雷の発光が時折、カーテン越しに部屋の光景を消すのを、ぼんやりと眺める。

(*゚ー゚)「……」

時々、私は私しか愛せないのではないかと不安になる。
けれどそんな不安を思う私は、本当は自分自身すら愛していない。

私の周囲に潜む欺瞞がにっこりと笑う。

7 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 18:58:56 ID:5jHdO.v20

10代の恋はほとんどが性欲の錯覚だと、どこかで聞いた。
その言葉は私を恋から容易く離れさせ、今もどこか冷めたままだった。

無意識的に私は、異性と距離を置いて接するようになった。
良くないとは思っていても、他人の好意の裏側を邪推してしまう。

全ての混乱の発端は、事故ではなくその言葉のせいなのかもしれない、という気さえする。
少なくとも一端を担っているに違いない。

どうしようもないと分かりきっていても、未来が不安になるのは何故なのだろう。
すぐさま会議を開かなくてはならない。

(*゚ー゚)「えーっと」

(*゚ー゚)「今日はセッションに参加してくれてありがとう」

数人の見知らぬ人物を想像し、私は落ち着いた調子で話し始める。
区役所の貸し会議室、輪になってパイプ椅子に座る参加者の姿が見える。

8 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 19:00:05 ID:5jHdO.v20

o川*゚ー゚)o「……」

从 ゚∀从「……」

(*゚ー゚)「皆さんのその意思が、自分を変える力になるのです」

(*゚ー゚)「初めての方も何人かいるわね」

(*゚ー゚)「それじゃ、そこのあなたからどうぞ。まずはお名前を」

(゚、゚トソン「トソンと言います。私はしぃのことについて言及します」

(*゚ー゚)「は?」

(゚、゚トソン「彼女は密度の濃さに溺れて前進する気がありません」

(゚、゚トソン「しぃは哀れな精神の被害者なのでしょう」

(*゚ー゚)「……もういいから」

9 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 19:01:17 ID:5jHdO.v20

私の意に反して、トソンは私を責め続ける。
早口で明確に発音する彼女の唇が部屋中に渦巻き、私は気分が悪くなる。

(゚、゚トソン「振り絞る鼓動とあなたは現在に?」

(゚、゚トソン「本当に触れたのですか?」

(*゚ー゚)「……」

さっきから鈍い腹痛が続いている。
今ではもう、痛いのか痛くないのかすらよく分からない。

いつ買ったのか分からない桃を夕食に食べたせいなのかも知れない。
腹を壊しては大変だ、と手元に落ちていた整腸剤を胃に流し込む。

(*゚ー゚)「あっ……」

(*゚ー゚)「これ、違うじゃん」

剥離した携帯のパーツ、マナーモードのボタンが喉を通り過ぎてゆく。
立ち上がって吐きに行くのも面倒で、私は横たわったままでいた。

10 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 19:03:01 ID:5jHdO.v20

(*゚ー゚)「……」

いつの間にか雨音は幾分弱くなっている。
きっとピークを越え、明日にはもう止んでいるのだろう。

私は何となくテレビをつけて、チャンネルを回した。
古臭い書体で、『世界の夜景』と表示されている番組が始まる。

どこかの深夜の都市を上空から写した映像が流れている。
高層ビルや自動車の放つ小さな光が、綺麗に明滅している。

見ているうちに何故か私は泣きそうになった。
体を起こし、画面いっぱいに映る都市の夜景を呆然と眺める。

(*゚ー゚)「どうせなら」

(*゚ー゚)「……」

(* ー )「……どうせなら、誰もが見て分かる傷とか障害とか」

(* ー )「そういうのが残ってくれていたら良かったのに……」

11 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 19:04:36 ID:5jHdO.v20

そんなことを考えている私は、きっと呪われているのだろう。
呪われている私は、いつか本当にそうなるに違いない。

(*゚ー゚)

(#゚;;-゚)

顔にあざが焼きつき、片耳がもげた醜い姿に。
けれどその時初めて、平穏と静けさがそばに寄って私の肩を抱く。

そんな未来を夢想して自分を慰めている姿は、酷く惨めなのかもしれない。
それでも自分自身に対して正直に向かい合えたことを、少しだけ嬉しく思う。

私は思い立ったように気だるい体を動かし、テレビの電源と照明を消す。
掛け布団だけを押し入れから取り出すと、そのまま床に伏せて眠った。

12 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 19:06:18 ID:5jHdO.v20

深い睡眠に入れず、何度も寝返りを打ち私は夢を見た。

夢は次から次と記憶の枝から離れ、内容をもう覚えていない。
精製前の汚い油に浸された胃をぺしゃんこに潰されているかのような、不快な夢だった気がする。

半日以上眠っていたらしく、目覚めた時にはもう外は暗かった。
殆ど何も見えない中で意識が覚醒するのは、とても孤独だ。

(*゚ー゚)(……そんな風に感じたら)

(*゚ー゚)(いつもみたいに、また)

もう一度寝て明るい時間に起きようか、と意識が自分に断りもなく考える。
体は体で寝るのは疲れたと勝手な事を言い、私は独りでに立ち上がって電気をつける。

部屋の中は、眠る前と何も変わっていない。
いつものように錯乱と少しの失望がそばにいる。

(*゚ー゚)「……」

(*゚ー゚)「……別にいいけど」

13 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 19:07:52 ID:5jHdO.v20

水道水をコップ一杯分飲み、期限前の食パンを胃に押し込んだ。
顔を洗おうとすると、流れる水道水は指の隙間から逃げよう逃げようともがき出す。

(*゚ー゚)「どうして逃げる」

(*゚ー゚)「皿に溜めてやる」

水を溜めた皿をテーブルに置いているうちに、水道水はそのまま動かなくなった。
だんだん、なんだか可哀想な事をしたなあと感じ、水道水を皿から逃がしてやる。

(*゚ー゚)「……ごめん」

居間に戻りじっとしていると、今度は照明の光が眩しくなり、遂には目に突き刺さりだす。
蛍光灯の理不尽な振る舞いに、私は強い怒りを感じる。

(# ー )「お前は何ルーメンだ、お前は何ルーメンだ!」

(# ー )「お前は何ルクスだ、お前は何ルクスなんだ!」

私は瞼を閉じながら、そう叫んだ。
どれくらい叫んだだろうか、気がつけば光は見えなくなっていた。

ふっと安堵感が胸の内に降り、何か映画でも見ようかなと横を向く。
何回も繰り返し見たDVDが、棚も周りの家具も含めて、全て無くなっている。

14 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 19:09:06 ID:5jHdO.v20

(* ー )「あっ」

(* ー )「ははは……」

私は、自分が目を閉じていたことに気付いた。
光も何も見えるはずがなかった。

笑いが止まらず、やがて私は涙を流し出す。
それはすぐさま感動へと変わり、全身の痺れに打ち震える。

幸せの絶頂だと思える幸せに、私はまだ遭遇したことがない。
もしかすると、ここがそうなのかもしれない。

(*;ー;)「くふふふふ、……あっはっは!」

(*;ー;)「私は愛してる! ここが、こここそが愛なんだ!」

(*゚ー゚)「……ははは」

(*゚ー゚)「……」

(* ー )「……」

(* ー )「そうじゃなきゃ、こんな……」

幸せが形を伴って姿を見せるのを、私はじっと待っている。
隣に座る欺瞞がにっこりと笑っていた。

15 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 19:10:28 ID:5jHdO.v20

(*゚ー゚)「……なーんにも来ないね」

(*゚ー゚)「……」

昨夜に降っていた雨は、眠っている間に止んでいる。
それでも雷の音はまだ、部屋の外から聞こえていた。

待っているのにも飽きた私は、恐る恐る窓を開けてみる。
窓の外には、幸せの象徴が人の良さそうな笑みを浮かべて立っていた。

从'ー'从「こんにちは」

(*゚ー゚)(しまった!)

(*゚ー゚)(無闇に窓を開けなければよかった)

幸せの象徴は雷のふりをして、私が窓を開けるのを待っていたに違いない。

彼女は見たことの無い服を着て、微笑みを絶やさない。
雨の降る中に一晩中立っていたにも関わらず、彼女の髪はサラサラだった。

16 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 19:11:46 ID:5jHdO.v20

从'ー'从「心の牙を研ぐ、という言葉を知っています?」

(*゚ー゚)「……し、知りません」

幸せの象徴は、あるいは私を助けてくれるのかもしれない。
黄金の鳥の巣の生き物をもたらすのなら、私は救世主のお話をお聴きしたい。

けれどそれよりも今は、嫌にバサつく私の髪の毛が気になる。
まるで髪の毛自らが切られたがっているかのように、しつこく私の頭にまとわりついている。

(*゚ー゚)「お帰り下さい、お帰り下さい」

从'ー'从「あら、お出かけするところだったのですね」

从'ー'从「また来ますね」

17 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 19:13:12 ID:5jHdO.v20

ようやく落ち着けると思い、やかんを火にかけていると再び話し声が聞こえ出す。
まだ誰かが外に立っていたのかと思ったが、声はもっと近くから聞こえる。

耳を澄ますと、バサつく髪の毛がそれぞれ好き勝手に喋っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ私が歌うから、あなたが踊るのよ」

川 ゚ -゚)「いいね」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ私が踊るから、あなたが歌うのよ」

川 ゚ -゚)「いいね」

髪の毛の声帯は、いったいどこにあるのだろう。
彼らはやけに間延びした、ざらついた声をしている。

話している声も距離も何もかも酷く耳障りで、私はハサミで彼らを断髪しようと考える。

18 名前: ◆vpvhJwxxDk 投稿日:2016/03/28(月) 19:14:50 ID:5jHdO.v20

(*゚ー゚)「ザクザク髪を切ってやる」

(*゚ー゚)「……」

(*゚ー゚)「どうだ、ザクザクと髪を切ってやるぞ」

(*゚ー゚)「……」

俯いた頭と床までの距離数10センチを、確かに彼らは散り踊り落ちてゆく。
何の歌も聞こえないが、きっと彼らにとって本望だろう。

(*゚ー゚)「……」

(*゚ー゚)「……」

気がつけば、床の上は髪の毛が散乱して黒く染まっている。
もう誰も、喋ってなどいなかった。

19 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/28(月) 19:15:23 ID:5jHdO.v20


続く

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