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2 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 18:43:19 ID:rITWvuFw0
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我々とは
複雑に編み込まれた関係の織物が
その時々に表す形象にすぎない
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3 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 18:44:49 ID:rITWvuFw0
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《 序 》
手元にきたカードは「3」が二枚に「10」が二枚、残りはスペードの「7」が一枚のツーペア。
始めから役を成している、悪くない手配だといえる。
けれどいまは、その幸運こそがうらめしい。
ちらりと前方を覗く。
彼女の幼くも整った目鼻立ち、私とよく似たその顔が、必死の無表情で手中のカードを凝視している。
片手でカードの背を覆い隠そうとしながら、小さなその手からは薄い紙の端々がはみだしている。
胸がちくりと痛む。
程なくして、彼女は三枚のカードを場に伏せ、山から同じ数だけのカードを引いた。
五枚のカードが再び彼女の手中に揃う。それを見て、私は少しだけ安堵した。
そして手札の五枚から「7」を抜き取り、場に置こうと手を伸ばした。
その時だった。
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4 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 18:46:27 ID:rITWvuFw0
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「姉さま」
彼女の視線が、まっすぐに私を貫いていた。
怒っているような、いまにも泣き出しそうな、
必死に取り繕っていた無表情<ポーカーフェイス>から漏れ出した生の感情のそのすべてが、
私の不正を咎めていた。
「お願い」
この子は全部、わかっている。
私には、もう、隠し通すことはできなかった。
私は場に置こうとしていた「7」に加え、ペアを成していた二枚の「3」も一緒に棄てた。
そして、山から引いた三枚のカードを手中に収め、場に伏せた。
彼女の視線は変わらず私を見据え、私は、そんな彼女をと視線を合わせることができなかった。
紙のこすれる、軽い音。彼女の開いた手が、視界の端に入った。「キング」のスリーカード。
強い手だ。交換を一度きりに定めているポーカーにおいて、そうそう負ける役ではない。
しかし。
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5 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 18:47:28 ID:rITWvuFw0
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私がいつまでも手を開けないでいると、彼女の腕が私の足下にまで伸びてきた。
伏せたカードが開かれる。始めから手札に入っていた「10」のペア。新たにカードに加わった三枚。
ハートの「クイーン」、クローバーの「クイーン」、そして、ダイヤの「クイーン」。
「10」と「クイーン」のフルハウス。
手を開くまでもなく、勝敗はわかっていた。
私の、勝ちだった。
無言だった。私はもとより、彼女も何もいわなかった。
私の手を開いたままの格好で固まっていた。
うつむいたその姿勢からは表情を読みとることはできず、ただ、形のいいつむじが目に入るだけだった。
「母さまがね、私をお山に入れるべきだって」
つむじの下から、彼女の声が聞こえた。
絞り出すような、胸の苦しくなる声だった。
「私には素養がないって。お家には必要ないって。姉さまがいればそれでいいって。
私は、いらないって――」
彼女は止まらなくなっていた。
この家に生まれ落ちてから数年。
そのたった数年の間に堆積した心の澱を、かき棄てようと躍起になって、
けれどそれもうまくいかず余計に暴れて、もがいて。
まるで、傷口から毒を吸い出したいのにそこからさらに自分の毒を注入してしまう、
そんな愚かで悲しい動物のように、そんなふうに私には思えた。
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6 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 18:49:06 ID:rITWvuFw0
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「才能がないのってそんなに悪いことなのかな、棄てられなきゃいけないようなことなのかな、
生きてちゃいけないのかな、特別じゃなきゃ、生きてる価値、ないのかなぁ」
開いたカードの上にぽたぽたと水滴が落ちた瞬間、私は彼女を抱きしめていた。
私を振り払おうと身をよじる彼女を、私は離さなかった。
そんなことない、そんなことないと念仏のようにつぶやきながら、
彼女の不安をそのふるえごと押しとどめようと力を込めた。
「いやだ、いやだよ、いやだよぉ……」
彼女はもう抵抗しなかった。小さくすすり泣きながら、いつまでもいやいやとつぶやきつづけていた。
何がいやなのか。それは、彼女自身にもはっきりしていないのだと思う。
思うようにいかないことばかりで、すべてが、自分を含む何もかもが敵に思えるのだろう。
彼女を抱きしめる手に、さらに力を込めた。
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7 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 18:50:29 ID:rITWvuFw0
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私は、ちがう。
私だけは、あなたの味方だから。
私だけは、あなたの“いや”にならないから。 あなたがいやな思いをしないようにするから。
あなたのいやを取り除いてあげるから。
だから、どうか。
私を拒絶しないで。
おねえちゃんを忘れないで。
いつまでも、いつまでも。
いつまでも――
.
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8 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 18:52:03 ID:rITWvuFw0
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《 一 》
(´・_ゝ・`)「――というわけで、クレンネスの利用については末期ガン等の苦痛を伴う患者の終末医療、
及び意志疎通の困難な精神病患者への使用に限定し、その上でINBCが作成した基準を
参考に各担当医の判断に一任する、という方針で決定したいと思います。
それでは次の議題ですが……」
司会の男はそこで言葉を区切り、会議場の奥へと視線を覗かせた。
視線を向けたのは彼だけではなかった。
その場にいるほぼすべての者が、
うかがうような卑屈さを感じさせる態度で一所に視線を寄せていた。
そこには一人の老婆がいた。枯れ木のような身体でありながら
その背筋のように芯を感じさせる佇まいは、見る者を圧倒するに足る威圧感を備えていた。
彼女は眠ったように目をつむっていた。
今までの話も聞こえていたのか、いないのか、定かではない。
しかしそれでもだれもが、この場にいるだれもが何も言わず、
この触れれば折れてしまうような老女を怖れるように、
ただただその口が開かれるのを待っていた。
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9 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 18:53:24 ID:rITWvuFw0
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川 ゚ -゚)「……構いません。続けなさい」
それは決して大きな声ではなかった。
むしろささやくように小さな声であったといってよい。
しかしそのささやくような声を聞き逃した者は、この場にひとりもいなかった。
つばを飲む音が響く。
老婆の相向かいに座る男がうながしたことで、
司会の男はようやく自分の役割を思いだした。
(;´・_ゝ・`)「……えー、それでは、劣化により倒壊の怖れがある旧閉鎖棟の解体事案についてと、
現在旧閉鎖棟に入院しているただ一人の患者、えぇと……素直クール氏の御令孫、
杉浦しぃ様の……えぇー……対処、について、その、ですね……」
川 ゚ -゚)「言葉を取り繕う必要はありません。あそこがなくなるということは、
つまりはそういうことなのですから。そうですね、新院長さん」
老婆の相向かいに座る新院長と呼ばれた男は、一瞬強く眉根を寄せたが、
直後には余裕を装った表情を浮かべて老婆に笑いかけていた。
( ・∀・)「さあ、古い家のしきたりなど私にはわかりかねますよ。
素直家のことは素直家で。家長である素直クール、あなたの判断に一任したいと思います」
川 ゚ -゚)「しぃは杉浦の家に送った童です。
素直の問題だと強調されるのはあまり気持ちよくありませんね、モララー」
( ・∀・)「それは失敬。ですが、われわれの主張に変わりはありませんよ」
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10 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 18:55:12 ID:rITWvuFw0
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新院長モララーの態度は、あくまで泰然とした優雅な振る舞いをまとっていた。
爪の先まで整えられた細く長い指が。机を叩く。その仕草さえも、どこか意識的な、
観客の存在を前提とした演技のように大げさであった。
とつとつとつと、指が机を叩く音だけが鳴る。
素直クールは答えない。モララーは仕方無しに、ひとつため息を吐き、先に口を開いた。
( ・∀・)「ここ相真大学病院……いえ、相真精神病院が素直のために存在していたことは
理解しているつもりです。逆に言えば、素直のおかげで生きてこられたとも。
個人的なことをいえば、いまの私があるのも素直のおかげ、
クールおばの助力があったからこそだと感謝もしています。
ですがいまは、大事な時期なのです」
川 ゚ -゚)「クレンネス、ですか?」
( ・∀・)「はい。クールおばも知ってのとおり、試験的な段階とはいえクレンネスの
国内利用は当院が初めてとなります。同業の視線だけではない、マスコミ、
国民からの注目が絶大なものになることは想像に難くありません。
INBCを始めとした国際団体の査察が行われるという情報も耳に入っています。
その時に後ろ暗いことがあっては困るのです。我々はクリーンであらねばなりません。
旧閉鎖病棟はもちろんですが、ほかにも隠さなければならないことは山ほどある。
どんなに些細な秘密も見逃さずに潰し、切り捨てなければならないのです。
素直女史、あなたになら理解していただけますよね?」
川 ゚ -゚)「回りくどい言い方はやめなさい。つまりあなたは、私にどうしてほしいのですか」
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11 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 18:57:09 ID:rITWvuFw0
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素直クールのあくまで静かなその口調に、モララーの快調な弁舌はここで初めて陰りを見せた。
二者の間に存在する絶対的な力関係。本来あるべき上と下の立ち居地が仄見える。
しかし、モララーも引き下がらない。
彼の顔面に貼り付けられた院長の仮面は、他の者のように恐怖で歪まない。
彼は戻らず、先へ進む。
( ・∀・)「……素直家の息のかかった一切、当院から手を引いていただきたい」
川 ゚ -゚)「本音がでましたね」
( ・∀・)「この国の精神医学発展のため、ひいては国家の心の成熟のためです。
それは素直の理念とも一致しているのではありませんか」
会議場に存在するすべての視線が、素直クールに集中している。
それらは具体的な熱量を帯びているかのように室内の温度を高めたが、
当の素直クールだけは涼やかに、枯れ木のような背を直立させて目をつむっていた。
( ・∀・)「人は親の庇護を離れ、自らの足と力で立たねばなりません。
それを奪う権利はだれにもないはずです。
例えそれが素直クール、あなたであろうと」
モララーは嘘偽りのない自身の心情を発した。
素直の力は絶大である。可能な限りの工作は施したが、
一度こじれてしまえばどのように転ぶかわからない。
可能ならば、心から納得して、自ら引いてほしい。
禍根を残さず、しかし、きっぱりと関係を断ち切りたい。
それは幼い頃から目をかけてくれた恩人への、モララーなりの恩返しの気持ちでもあった。
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12 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 18:59:48 ID:rITWvuFw0
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依然目をつむったまま沈黙を保っている素直クールの一挙一動に
場の全員が固唾をのんでいるなか、司会役を任された男、
デミタスは時計に目を走らせながら時間を気にしていた。
彼とてこの相真大学病院に思い入れがないわけではない。
問題を起こし、行き場をなくしていた自分に居場所を与えてくれたことには感謝もしている。
しかし他の教授や理事などと比べて、相真への責任感や真剣度にいささか
欠けているところがあるのも事実であった。
それに今日は、彼にとって大切な用事があったのである。
その約束の刻限が迫ってくるごとに、彼の気持ちは少しずつ、会議の熱からそれていった。
だからであろう。会議室に近づく足音に気づいたのは、誰よりも彼が早かった。
床を踏むゴムのこすれが、規則的に、しかし少し足早に高い音を鳴らしている。
その乱暴な歩き方は近づいてくる者の心情と、同時にその体格の特徴を如実に表していた。
会議のために人払いをすませた静寂の廊下に響く、軽い、跳ねるような足音。
やがてそれはデミタス以外の者の耳にも届き始め、
素直クールと院長モララーを中心として硬直状態にあった室内の意識を分散し、
そして、その足音とともに室内にある唯一の扉の前で、止まった。
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13 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:01:35 ID:rITWvuFw0
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『失礼します!』
扉が開く。
そこには少女がいた。
胸に抱えた革鞄をくしゃくしゃと、興奮や緊張を押し込めるかのように
強く抱き潰した少女は室内へとすばやくすべりこみ、そして勢いのまま、
息つく間もなく口を開いた。
o川*゚ぺ)o「直訴にきました!」
息も荒くそう叫んだ少女は、顔も赤く目尻にはわずかに涙がにじんでもいた。
正常な精神状態でないことは端から見ている誰の目にも明らかであり、
少女のことを知らない理事たちなどは奇異の目を向けながら隣の者と
何事かぼそぼそと話だし、頭のおかしい患者が抜け出してきたのではないか、
看護師は何をしているのかと、口さがなく言い出す者も出てくる始末だった。
幸い、デミタスは彼女のことを知っていた。
入院している患者などではなく、れっきとした
相真大学病院の学生である彼女のことを。
また、個人的な理由によっても。
それゆえに、彼女がなぜこの場に乗り込んできたのかも察しがついていた。
とはいえデミタスは彼女の味方というわけでもない。
良い顔をしておきたい理由は存在するが、それ以上に今は、
妙な面倒ごとで会議が長引くのを防ぎたい気持ちの方が強かった。
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14 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:02:58 ID:rITWvuFw0
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本来ならば、あまり人目を引くようなことはしたくない。
人前に出るのは苦手な性質だ。このような場で率先して前に出ても、
輪から外れるだけで気まずい思いをするのが関の山なのはわかっている。
しかし今日は特別なのだ。デミタスはなるたけ穏便に、
できるだけ迅速に追い払えるよう、柔和な笑みを浮かべて彼女に近づいた。
(´・_ゝ・`)「内藤さん、だよね。だめじゃないかこんなところに来ちゃ。
いまは大事な会議中なんだよ。あぁみなさん、安心してください。
彼女はただの学生です。すぐに帰ってもらいますので……」
ざわめきが大きくなった。主に彼女を知らない理事会のメンバーのものだ。
「日本に飛び級の制度はなかったはずだが……」。
その通り、彼女は別に特例としてここに入学してきたわけではない。
ただ同年代の学生と比べ、身体的な特徴に少々違いがあるだけだ。
デミタスは細々と耳に入ってくる言葉に心のなかで答えながら膝をまげて、
わずかにふるえる彼女の顔と同じ高さに視線を合わせた。
(´・_ゝ・`)「さっきも言ったけど、いまは大事な会議中なんだ。
用なら後で聞いてあげるから、今はちょっと我慢してくれないかな」
o川*゚ぺ)o「できません」
(´・_ゝ・`)「そう言わずにさ。みんな厳しいスケジュールを合わせて集まってるんだ。
君の勝手でみんな困っちゃうんだよ。わかるだろ。ね、いい子だからさ」
o川*゚ぺ)o「私は用事があってここに来たんです。どいてください。あなたじゃ話になりません」
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15 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:04:36 ID:rITWvuFw0
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少女はデミタスを押しのけようと、片手を乱暴にふるった。
その手はデミタスのちょうど肩付近にあたり、
バランスの悪い姿勢をとっていた彼はそのまま尻餅をついた。
デミタスは少し慌てながら腰を起こし、
居心地の悪そうな照れ笑い周囲に振りまきながら、
デミタスを置いて会議場の奥へと歩みだそうとしていた
少女の肩に手をおき、その動きを制止した。
(;´・_ゝ・`)「あのね、いい加減にしなさいよ。あんまり聞き分け悪いとみんなが怒ってしまうよ。
悪いことは言わないからいまのうちに帰りなさい、ね?」
o川# へ )o「さっきから……」
(´・_ゝ・`)「ん、どうしたの。帰る気になってくれたかな?」
乾いた音が響いた。よろめいてあらぬ方向に向いたデミタスの顔に、
てのひら型の赤みがじんわりと浮かび上がってきた。
o川#゚ぺ)o「子供扱いしないでください! これでも今年二十歳になるんです!」
手を振り上げた格好のまま少女が吠えた。
が、反射的に伸びた怒りを意志の力でしまい込むように、
叩いたてのひらをもう片方の手で覆い、すぐさま胸の前に抱き寄せた。
そして、うかがうようにほほを抑えるデミタスの顔をのぞき込んだ。
デミタスは何が起きたのか理解できていないかのように呆けていたが、
やがて痛みに覚醒すると目に見えて狼狽をあらわにした。
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16 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:06:04 ID:rITWvuFw0
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(;´・_ゝ・`)「ひ、ひどいじゃないか! ぼくは君のためを思ってだね。そ、それに……」
( ・∀・)「デミタスくん、もういいよ。彼女とはぼくが話します。下がっていてください」
戸惑いのままのべつまくなしにまくしたてようとするデミタスを止めたのは、
院長のモララーだった。モララーは会議場の人間へ簡単に目配せすると、
もう一度デミタスへ下がるようにジェスチャーを送った。
(;´・_ゝ・`)「ですが……」
( ・∀・)「構いませんから」
(´・_ゝ・`)「は、はぁ……」
デミタスはちらと時計を確認しながらも、言われるままに下がった。
周囲から自分をバカにする声が聞こえたような気がしたし、
やさしくしてやったのに恥をかかせてくれた少女に対する苛立ちもあった。
その上約束の刻限が間近に迫っていることもない交ぜになって
内心走り出したいくらいに気持ちは急いていたが、
院長命令に背けるほどの気概を、彼は持ちあわていなかった。
そんな彼の気持ちなど知らず、少女は少しだけその様子を気にしながらも
デミタスの横を素早くすり抜け、院長モララーの座る席の前に立った。
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17 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:07:24 ID:rITWvuFw0
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( ・∀・)「内藤キュートさん、こうして直接お会いするのは初めてですね」
o川*゚ぺ)o「私を知っているんですか」
キュートと呼ばれた少女は少なからず驚いた。
大学病院の院長などといった高い地位にいる人物が、
学生一人一人のことまで把握しているとは思ってもいなかったからだ。
( ・∀・)「もちろん存じています。あなたが何を頼もうとしているのかも、
知っているつもりでいます。ですがまずは、あなたの口から聞かせてください。
何のために、何するつもりでここへ来たのか」
あくまで真摯的な院長の態度に、感情任せにやってきたキュートは急に
自分が幼いことをしているように思え、要求を口にすることにためらいを覚えた。
しかし、今更引く気もない。いま引くくらいならば、“数年前”にもう諦めている。
キュートは“あの日”から始まる自己の歴史を振り返りながら、
己の決意をまとめるように少しずつ語りだした。
o川*゚ぺ)o「私は……私は医者になるためこの大学に入りました。
それも内科や外科の医師ではなく、心の病に精通している精神科医になるためです。
だから精神科の教育に力を入れている、この大学を選んだんです。
受験でも、滑り止めなしにここ一本と決めて勉強してきました。
医学部に入ること、相真大学に入ること、それだけを考えて。
だから合格したときは本当にうれしかった。
在学中も一生懸命勉強するつもりで、一年、二年とやってきました。
他の人と比べて飛び抜けた成績とは言えないかもしれませんが、
それなりの結果は出してきたつもりです。なのに、なのに……」
話しているうちにだんだんと血が上ってくるのがわかった。
昂奮すると苦しくなって、泣きそうになる。やはり自分は間違っていない。
理不尽な目にあわされている。感情がつのって、のどがつまった。
しぼりだすように、言葉を吐いた。
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18 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:08:53 ID:rITWvuFw0
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o川* へ )o「なんで、私が医学部を進級できないんですか」
それだけ言うと、キュートは院長を強くにらみつけた。
後はもう、嗚咽がもれないようにするので精一杯だった。
それに対してモララーは、少しだけむずかしそうに
顔をしかめながらキュートの視線をしっかりと受け止めていた。
その表情にはどこか自分を哀れんでいるところが見え隠れしているように思えて、
キュートは突然沸き上がってきた目の前の男性に対する不快な感情を抑えることができなくなった。
( ・∀・)「まず始めに明らかにしておきましょう。きみの進級に不可の判定を下したのは、ぼくです」
瞬間身を乗り出そうとしたキュートを、モララーは手で制した。
きれいに磨かれた女性的な爪が目に入る。
( ・∀・)「待ってください。順を追って説明します。
……ところで内藤さん、あなたは医師国家試験における欠格事項を知っていますか?」
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19 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:10:19 ID:rITWvuFw0
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一瞬、言葉に詰まる。
o川*゚ぺ)o「……それが、何か関係あるんですか」
( ・∀・)「あるから聞くのですよ。どうですか」
o川*゚ぺ)o「……未成年者、成年被後見人、被補佐人は医師免許を取得できない」
( ・∀・)「はい、それが絶対的欠格事由ですね。
そして相対的欠格事由に麻薬中毒者、罰金以上の刑を受けた者、
その他医事に関し犯罪・不正のあった者。
それに……身体に障害のある者が該当します。ご存じでしたか」
o川*゚ぺ)o「……先生は、私を障害者扱いされるおつもりですか」
( ・∀・)「そう受け取る者もいる、ということです」
o川*゚ぺ)o「仮に……仮に私の身体が障害と認定されるにしても、
相対的欠格事由ならば通る可能性もあるはずです!」
( ・∀・)「しかし裏を返せば、それは通らない可能性もあるということです。
そしてその確率は非常に高い。あなたの身体が相対的欠格事由に抵触する、その確率も含めてです。
それに、私があなたを止める理由はいま言ったことがすべてではありません。
むしろ、これから言うことが本題です。
内藤さん、もしもの話をします。もしもあなたが医師免許を取得したとして、どこに就職しますか」
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20 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:11:35 ID:rITWvuFw0
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o川*゚ぺ)o「それは……」
( ・∀・)「先に断っておきますが、うちでは雇いませんよ。
厳しいことを言うようですが、まともな病院であればあなたを雇うところはありません。
内藤さん、医師の仕事とはただ診療し、手術なり薬の処方なりをすれば終わり――
といったものではありません。
いくら適切な処置を施せようとも、一度信頼を損ねれば
それですべてご破算となることも珍しくない世界です。
ましてあなたの希望は精神科医。心を扱うこの科において、
患者と信頼関係を築く必要性は他科の比ではないでしょう。
そこで質問です。内藤さん、ひとつ想定してみてください。
あなたは何らかの心の病を患い、いままでしてきた仕事はおろか、
まともに食べることも、眠ることも十全にできなくなってしまいました。
頭の中で自分を非難するような、
存在を否定するかのような声が繰り返し繰り返し聞こえてきます。
このまま放っておけば衰弱した果てに死んでしまうかもしれない。
いや、楽になろうと生命活動の停止を望むかもしれない。
それを知ったご両親は、あなたを放っておかないでしょう。
育て方を間違えてしまったのだろうか、もっと愛情を注いでやればよかったのか、
などといったように自分たちを責めてしまうかもしれません。
そして自分たちの手には負えない現実を悟り、最後の希望として病院の精神科を頼みに行くのです。
慣れない手続きを済ませ、待合室できっとだいじょうぶ、
何もかもうまくいくと自分たちを励まして、そして、名前を呼ばれ、
期待と緊張にふるえる手で扉を押し開けたその先に……
十にも満たない女の子が待っていたら、どう思うでしょう。
私が担当医ですとその小さな女の子が言い出したら、これは何の冗談だと、
そう思うのではないでしょうか。バカにしていると怒り出す人もいるのではないでしょうか。
内藤さん、あなたはご両親に信頼してもらえるでしょうか。
内藤さん、あなた<患者>は、あなた<医師>を信頼して診療に望めますか」
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21 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:13:21 ID:rITWvuFw0
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有無をいわさぬ口調。反論はなかった。
そもそもモララーの言ったことは、いわれるまでもなく
すべてキュートにはわかっていることだった。
そんなことはわかっていた。
この十年間、己の容貌が他者にどのような印象を
与えるものなのかは、誰よりもキュート自身が痛感している。
この肉にかけられた呪い。
努めて考えないよう意識の片隅に押し込めていた思考。
それを第三者の口を通じて突きつけこじ開けられた、そんな格好だった。
常識で考えれば、自分が医師になれるわけがないと、誰よりも自分自身が理解していた。
知らず、抱きしめたバックごしに、
自身の胸の皮を裂かんばかりに力を込めて指を突き立てていた。
それでも……。
.
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22 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:14:17 ID:rITWvuFw0
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( ・∀・)「医師だけが医療従事者というわけではありません。
看護師や管理栄養士など、その職種には驚くほどの幅があります。
医療に携わりたいというのであっても、医師にこだわる必要はないのです。
幸いうちは薬学部にも力を入れていますから、あなたが望むならば
スムーズに転部できるよう便宜を図ること可能です」
それでも……。
( ・∀・)「もちろん、いますぐ決める必要はありませんよ。
ご両親とも相談した方がよいでしょう。
よく話し合って、春休み中に結論をいただければ結構です」
o川* へ )o「それでも……」
( ・∀・)「さぁ、もういいでしょう。今日は帰りなさい。
デミタスくんではありませんが、ぼくたちも忙しい身なのです」
そういって、モララーは話を打ち切ろうと手を振った。
が、その手はすぐさま動かなくなった。モララーの細長く形の良い手を、
キュートの小さな手が握り締めていた。
その幼い外見に似合わぬ握力に、モララーは思わずうめき声を上げそうになった。
o川#゚д゚)o「それでも私は、精神科医にならなくちゃなんだ……!」
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23 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:15:13 ID:rITWvuFw0
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( ・∀・)「……離しなさい」
o川#゚д゚)o「離さない。認めてもらえるまで、絶対に離すもんか!」
モララーを睨むキュートの目つきは尋常ではなかった。
執念。たしかに医師になることは、経済面においても名誉面においてもプラスに働く。
将来の安定を望み、あるいは望ませられたがゆえに、
盲目的に医師になることを目指す学生がいることはモララーも知っている。
しかしそれにしても、キュートの様子は常軌を逸している。
モララーは敵意とも異なる強い希求をぶつけてくるキュートを観察しながら、
ちらと、先ほど誰かがつぶやいた言葉が脳裏をよぎった。
病室から抜けだしてきた精神病患者。
( ・∀・)「内藤さん、きみは……」
モララーは何事かをキュートに問いかけようとした。
が、その言葉は言い終える前に途切れることになった。
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24 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:16:59 ID:rITWvuFw0
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内藤キュートの背後に、素直クールが立っていた。
まるでそこから生え固まった樹木のように音もなく、
しかし確かな存在感を放ちながら佇んでいた。
あれほど取り乱していたキュートも、
とつぜん現れた気配に毒気を抜かれている様子だった。
川 ゚ -゚)「一ヶ月です」
枯れ木のような身体から、厳かな冷気がほとばしる。
川 ゚ -゚)「院長、例の場所の解体は一ヶ月だけ待ちなさい。
よもやその程度の時間も与えてくださらないとおっしゃるほど、
狭量ではございませんよね。
それからそうですね、その期間中、医師を一人お借りしたいと思います」
( ・∀・)「一ヶ月、ですか。解体についてはともかく、
医師には個別のスケジュールもありますから……」
川 ゚ -゚)「長岡を借ります」
モララーの言葉をぴしゃりと断った素直クールは、
未だにモララーの手を握っていたキュートの腕をつかみ、
強引に自分の方へと向かせた。
年齢の割に長身の素直クールが腕を上げると、
キュートの身体はそれにぶらさがるような格好で左右によろめいた。
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25 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:18:40 ID:rITWvuFw0
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川 ゚ -゚)「内藤さんとおっしゃいましたね。これから大事なことをお話しします。
二度とは言いませんので、心して聞きなさい」
爪先立ちの姿勢でキュートは声の主を見上げる。
自分を見下ろす厳然とした老婆の顔が見える。
川 ゚ -゚)「今は使われていない古い病棟に、心の病を患った一人の少年が安置されています。
あなたは一ヶ月以内、春休みの間にその子を回復させなさい。
達成できた暁には、医学部への進級を許可させます。
しかし失敗した際には、転部することも認めません。
この相真大学を去っていただきます」
自分の訴えが通ったと、キュートが喜び思うことはなかった。
この老婆にそんな権限があるのか……などと考える余地もなかった。
真っ先に頭に入ったのは、一ヶ月という治療期間の非常識的な短さ。
回復というのがどの程度の状態を指すのかは不明だが、
改善の兆しが見えるまでに年単位の時間がかかってもおかしくはない世界である。
しかもそれは、すでに一線で活躍する現役の医師が治療に当たった場合の話だ。
ただの一学生である自分に何ができるのか。
老婆の言葉はほとんど、医師になることを認めないと言っているに等しかった。
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26 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:19:58 ID:rITWvuFw0
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o川*゚ぺ)o「でも、そんな……どんな症状かも知らないのに!」
川 ゚ -゚)「無理だと思うなら諦めてもらって結構です。
モララー院長の言うとおり、薬学部なり看護学部なりへ行けばよいでしょう。
進んだ道で新たな夢を見つけることもあるやもしれませんしね。
しかしリスクを負ってでも医師になりたいと切望するのであれば、
いいですか、今回の件が唯一、道を開く最後のチャンスと肝に銘じなさい。
その上で後込みするようであれば、それはその程度の夢だったということです。諦めなさい」
身をよじるキュートの動きをまったく意に介さず、
素直クールは一息に厳しい言葉を突きつけた。一方的な物言いや態度。
しかし、呼吸することすら妨げられるようなその逆らいがたい空気に圧倒され、
キュートは何も言えず、ただただ自分を見下ろす枯れ木のような老婆を見上げるばかりだった。
ゆえに、異議を唱えることができたのは、言われた当人であるキュートではなかった。
( ・∀・)「待ってください、私は反対です。
あそこは一学生に公開するような場所ではありませんし、
そもそもそれは法に触れる行いです。
この病院を預かる身として、到底看過することはできません。
……それに、彼は危険です。“呑み込まれて”しまうかもしれない」
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27 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:21:14 ID:rITWvuFw0
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モララーは特に後半を強調して、素直クールに訴えた。
それに対して素直クールは表情ひとつ崩すことなく、じっとモララーの顔を見つめていた。
感情のどこか一部が欠落しているような、冷えた、
人間味のない視線を向けながら素直クールはモララーの訴えに応えた。
川 ゚ -゚)「あなたはこの素直クール、最後のわがままも聞けないほどの恩知らずだったのですか?」
最後という言葉に眉を歪めたモララーは、うかがうようにたずねる。
( ・∀・)「……どういう意味ですか?」
川 ゚ -゚)「言葉の通りです。一ヶ月が過ぎ次第、素直は相真から完全撤退します」
会議場内がにわかにざわめきだした。
その騒ぎを腕の一振りで制してから、モララーは念を押す。
( ・∀・)「その言葉、二言はありませんね?」
川 ゚ -゚)「私の名を思い出しなさい。私は素直クールです」
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28 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:22:29 ID:rITWvuFw0
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表情を変えずにそう言い切る素直クール。
他ならぬ素直家当主の言、虚偽などあろうはずもない。
ゆえにモララーが考えるべきことは、当初の目的から一歩先へと進む。
( ・∀・)「ひとつよろしいですか。内藤さんが彼の治療に参加しなかった場合、
先の撤退表明はどのような扱いになるのでしょう」
川 ゚ -゚)「彼女の参加は必要条件です。条件が満たされなければ、
約束も当然なかったことになりますね。
あなたの思惑がどうであれ、素直は相真への関与を続けます」
再び場が騒がしくなる。今度はモララーも、諫めるようなことはしなかった。
自身は素直クールから提出された条件について考える。
( ・∀・)「……条件は参加までですか。成功の可否ではなく」
川 ゚ -゚)「結果は問いません。ただし途中で抜けることも許しません。
最終日まで参加し続けたと確認された時点で、条件は満たされたものと判断します」
彼の治癒を望んでいるわけではないのか。
それとも、彼女に看させることで状態が回復するという確証でもあるのか。
モララーは素直クールにつかまれたままの内藤キュートを見る。
( ・∀・)「……もうひとつよろしいですか。なぜ、内藤さんなのです」
川 ゚ -゚)「深い理由はありません。今ここに彼女が現れた。
そこに意味を感じた。それだけです」
( ・∀・)「意味、ですか……」
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29 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:23:57 ID:rITWvuFw0
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考える。素直クールがこのような条件を出した理由を。
旧閉鎖棟の取り壊しを引き延ばしたことについては想像も及ぶが、
そこにただの一学生、内藤キュートを巻き込む必要性がどこにあるのか。
彼女が“素直”であることを加味しても、
「意味を感じた」という言葉をどこまで信用してよいものか。
素直クールの人柄からしてただの同情とも思えない。
むしろ下手な希望を見せる方が、彼女にとって酷な現実を
突きつけることになる可能性は高くなるだろう。
素直クールは何を考えているのか。冷えた瞳の彼女を見つめる。
その時ふと、ある単語が、モララーの脳裏をよぎった。
生贄。
頭を軽く振って、思い浮かんだ考えを振り払おうと試みる。
しかしその考えは、頭蓋の内側に膜を張ってこびりついたかのように、
モララーの思考を浸食してきた。
彼女は悪人というわけではない。
利害が発生するならばともかく、意味もなく他者に危害を加えるような真似はしないはずだ。
だが、血のつながりのある肉親のためだったら?
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30 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:25:02 ID:rITWvuFw0
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( ・∀・)「……みなさん、申し訳ありませんが席を外していただけますか。
結果は後ほど必ずお伝えしますので。デミタスくん、先導を頼みます」
素直クールが撤退を表明した時とはまた異なるざわめきが、会議場内に満ちた。
そのほとんどはモララーの横暴に対する不満の声だったが、
デミタスが半ば強引に押し出したことと、モララーの約束が功をそうして、
不承不承といった様子ながら会議場はモララー、素直クール、内藤キュートを残してもぬけの殻となった。
静けさを取り戻した室内で、モララーは再び素直クールと対峙する。
素直の思惑はようとしてしれない。それでも、決断は下さなければならない。
相真大学病院院長として、正しい決断を。
( ・∀・)「やはり私の立場では、あなたの行為を容認することはできません」
教育に携わる者の一人として、理由もわからないままいたずらに
教え子を危険に晒すわけにはいかない。それは当然の義務だ。
( ・∀・)「ですが……」
人の上に立つ者は、大きな視点をもたなければならない。
それは、何が重要であるかを考える以上に、何を切り捨てるかを考えることでもある。
なにより優先すべきは、相真の未来。そして、医療の発展。疲れ果てたこの国の安寧。
そのためには、非常な決断を下さなければならないことも時にはある。
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31 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:26:20 ID:rITWvuFw0
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( ・∀・)「一ト月だけ、あそこはそのままにしておきましょう。
無粋な干渉は致しません。”素直”にとって多大な意味を持っていた場所、
あなたにとっても思うところはあるでしょう。
残された期間、お好きなようにお使いください。それから――」
未だ腕を取られていたキュートを素直の手から静かに解放し、
素直に視線を向けたまま、モララーはキュートの肩に手を乗せる。
( ・∀・)「ぼくも少し、結論を急ぎすぎたきらいがあると反省しています。
内藤さんの進路についても、再考する余地はあるでしょう。
そうですね、一ヶ月ほど、もう一度考えてみることにしてみましょう。
その間に何か前向きに検討できる参考材料が出てくれば、
ぼくも結論を変えざるを得ないかもしれません」
少しだけ、肩へ置いた手に力がこもる。
川 ゚ -゚)「その言葉、二言はありませんね」
( ・∀・)「私は相真大学病院院長、陣内モララーです。
あなたが素直クールであるのと同じように」
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32 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/07/28(月) 19:28:13 ID:rITWvuFw0
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もう後戻りはできない。自分もクールも決断してしまった。
後は彼女次第だった。
彼女――内藤キュートは、話の内容を理解しているのか判然としない困惑した様子で、
うつむくように胸を押さえていた。
そんな彼女の様子などおかまいなしに、素直クールは大上段から言葉を振り下ろす。
川 ゚ -゚)「あなたが考えることはひとつだけ。
医師になる最後の望みにかけて今回の件を受けるか、諦めて別の学部へ行くか。
一日だけ猶予をさしあげます。もし受ける気になったなら、
明日またここに来なさい。彼の元へ案内します」
( ・∀・)「内藤さん、きみが賢明な判断を下すことを期待しているよ」
モララー自身、受けること、受けないことのどちらを指して
賢明な判断と言っているのかわかっていなかった。
彼女が受けてくれなければ厄介な問題が起こることは間違いない。
しかしそれを知った上でも、モララーはキュートに無理強いはしなかった。
最大限の餌をぶらつかせただけ。それがすべての事実だった。
( ・∀・)「さあ、もう行きなさい」
モララーのその言葉を契機に、キュートはよろよろと動き始め、部屋から出ていった。
キュートが部屋から出ると、モララーの命で部屋から追い出された者たちの視線が
一斉に彼女に集中して降り注いだ。
キュートはそれらの視線を忌避するように身を屈ませながら、
足早にその場から去っていった。