清夏のようです

銷夏のようです

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250 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:02:10 ID:btbomhEE0

 ずるずる、つるつる。
 もぐもぐ、がつがつ。

 冷たいそうめんが口の中から腹までを冷やして行く心地よさ。

 合間に取る茄子や豚の天ぷらは、歯応えや味に変化を与える。
 めんつゆに少しずつ落とす薬味も、また同様の効果をもたらしてくれた。

 間違いなく美味い。
 しかしそれよりも、向かい側で麺をすする彼女が気になる。

 気になるが、気にしないように。
 視線が勝手に動いてしまうが、見ないように。

 ずるずる、つるつる。
 互いの出す音だけが、部屋の中に響く。


 食事中と言う事もあって、室内は静かなものだ。
 咀嚼の音と、エアコンの音、扇風機の音、少し遠くに冷蔵庫の音。

 後は外で鳴き続ける蝉の声が、壁やガラス戸越しに聞こえるくらい。

251 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:02:50 ID:btbomhEE0

 真っ昼間だが、部屋はやや薄暗い。
 まだつけていなかった電気と、ベランダのガラス戸にかけられたすだれ。

 薄暗いが、息の詰まるような暑苦しい暗さではない。
 どこかひんやりとした、心地のよい暗さ。

 隙間から差し込む日差しは、室内との対比でやけに明るく見える。

 静かで、暗くて、涼しくて。
 扇風機のゆるい風が彼女の髪を、さわさわと撫でていた。


 ふと、視線が合う。
 ふい、と視線をそらす。

 くすり、笑う声が聞こえた。


(*゚ー゚)「ねぇ、ギコくん」

(,,゚Д゚)「ん」

(*゚ー゚)「焼けてるねぇ」

(,,゚Д゚)「あー……こないだ蝉とったから」

(*゚o゚)「男の子って高校生になっても蝉とりするんだ……!」

252 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:03:23 ID:btbomhEE0

(,,゚Д゚)「長岡が言い出したんだよ」

(*゚ー゚)「あー、だからかぁ」

(,,゚Д゚)(長岡の評価って分かりやすいな)

(*゚ー゚)「相変わらず、三人とも仲良いねぇ」

(,,゚Д゚)「……そっちはどうだよ」

(*゚ー゚)「私? ちゃんとお友達出来たよ」

(,,゚Д゚)「ふーん……」

(*^ー^)「でもね、ギコくん達と話すのはね、やっぱり楽しい」

(,,゚Д゚)「……ふーん」

(*゚ー゚)?

(,,゚Д゚)「…………お前全然焼けてないのな」

(*゚ー゚)「赤くなるから日焼け止め塗ってるんだよー」

(,,゚Д゚)「あー……真っ赤になってたなそういや」

(*゚ー゚)「あんまり焼けないんだけどね、赤くなって痛くなるんだー」

254 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:04:36 ID:btbomhEE0

(,,゚Д゚)「……ごっそさん」

(*゚ー゚)「お粗末様でした」

(,,゚Д゚)

(*゚ー゚)

(,,゚Д゚)「美味かった」

(*^ヮ^)「わぁい」

(,,゚Д゚)(誘導された)

(*゚ー゚)「デザートに桃があります」

(,,゚Д゚)「よっしゃ」

(*゚ー゚)「洗い物して剥いてくるねー」

(,,゚Д゚)「あー、俺洗う」

(*゚ー゚)「良いのー?」

(,,゚Д゚)「うん」

(*^ー^)「ありがとー」

(,,゚Д゚)(かわいい)

255 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:05:54 ID:btbomhEE0

 洗い物をする隣で、洗った桃の皮を剥く彼女。

 慣れた手付きで包丁を動かす姿に、普段から料理をしている事がわかった。
 ああ、良い嫁になりそうだな、なんて。

 ふわ、と漂う桃の甘い匂いが、隣に立つ彼女のシャンプーの匂いと混ざって鼻腔をくすぐる。
 白くすらりとした首筋が、髪の隙間から覗く小さな耳が、妙に視線を奪う。

 ん? と視線に気付いた彼女が首をかしげながらこちらを見上げた。
 手元に視線を動かして、何でもないと口にする。


(,,゚Д゚)「髪、切ったんだな」

(*゚ー゚) 「へん?」

(,,゚Д゚)「……最初見た時は、びっくりした」

(*゚ー゚)「えへへ、伸ばしてたんだけどね、春にね、つーちゃんに燃やされたの」

(,,゚Д゚)「えっ」

(*゚ー゚)「お墓参りに行って、お線香あげようとしてね、チャッカマンでぼって」

(,,゚Д゚)「け、怪我は?」

(*゚ー゚)「ないよー、髪のこのあたり燃えちゃったけど」

(,,゚Д゚)「お、おう……」

256 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:07:18 ID:btbomhEE0

(*^ー^)「ふふ、つーちゃん泣いちゃってね、大変だったの」

(,,゚Д゚)「あいつシスコンだからなぁ……」

(*゚ー゚)「よいしょ、桃剥けましたー」

(,,゚Д゚)「はい器」

(*゚ー゚)「切って盛り付けまーす」

(,,゚Д゚)「洗い物終わった」

(*゚ー゚)「あ、拭いて仕舞わないタイプ?」

(,,゚Д゚)「めんどい」

(*゚ -゚)「もー」

(,,゚Д゚)「あーはいはい、拭きます」

(*゚ー゚)「はいは一回だよー」

(,,゚Д゚)「はーいー」

(*゚ー゚)「すぐ伸ばすー」

(,,゚Д゚)「お前が言うな」

257 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:08:11 ID:btbomhEE0

(*゚ー゚)「はい完成」

(,,゚Д゚)「食うか」

(*゚ -゚)「もー、途中で放り出すんだからー」

(,,゚Д゚)「桃がぬるくなるから」

(*゚ー゚)「しょうがないなぁ、食べましょう」

(,,゚Д゚)「食べます」


 食後のデザートに冷たい果物と入れ直した麦茶を持って、机まで戻る。

 ギコは元の座布団に座り、彼女は向かいから斜めの席に移動した。
 片した宿題を隅へ押し退けるギコを、頬杖をついて眺める彼女。

 味気の無いつまようじの刺さった桃に手を伸ばそうとしたら、彼女が口を開いた。


(*゚ー゚)「あ、そうだ」

(,,゚Д゚)「んー」

259 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:08:54 ID:btbomhEE0

(*゚ー゚)「あのねギコくん、まだダメだよ」

(,,゚Д゚)「? 何が?」


 まだ食ってはいけないのだろうか、と彼女の顔と桃を見比べる。
 しかし彼女はそれを眺めながら、頬杖を崩して、少し恥ずかしそうにはにかむ。


(*゚ー゚)「責任取れる歳までね、ダメなんだよ?」

(,,゚Д゚)

(;, Д )そ


 あ、ああ


(;*゚ー゚)「な、なんて、ね?」

(;, Д )「…………」


 約束は、有効だった。

260 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:09:31 ID:btbomhEE0

 突然の彼女の言葉に、思考も動作も停止してしまった。

 そして意味を理解して、ぶわ、と首から上が暑くなる。
 一気に溢れだした汗と、高まる体温、からからに渇いてゆく口の中。

 恐らく、いや間違いなく、首から上は真っ赤になっているのだろう。

 すぐそこに座る、彼女と同じくらいに。


 自分の発言がどんな意味を持つのか、彼女は理解しているし。
 自分が何を言われたのか、ギコも理解してしまっている。

 いきなり、なんて事を、口にしたんだ。

 お互いにそう思いながら、真っ赤になって変な汗を流す。
 俯いて口を閉ざし、相手の顔も見れなくて。

 どうするんだよ、この空気。


 ああでも、でも。
 無効には、なっていなかった。

 あの約束は、まだ有効だったのか。


 それは、互いにちゃんと伝えてはいない気持ちが、一方通行では無いと言う意味で。

261 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:09:52 ID:btbomhEE0

 どくどく、胸が、全身が、脈動がうるさい。

 この二年、もやもやしどおしだった。
 一方通行なんじゃないか、このまま自然消滅するんじゃないかと、ずっと息苦しかった。

 けれど彼女の言葉は、それを容易く覆してくれて。


 ああ、細い手が震えている。
 赤くなった額に浮かんだ汗が、前髪を濡らしている。

 お前、そこまで恥ずかしいなら言うなよ。
 何を変な勇気を出しているんだお前は。

 ああもう、ああもう、


 畜生、俺も、自分の背中を蹴っ飛ばさないと。


(;,゚Д゚)「…………あのっ!」

(;*゚ -゚)「ギコくんっ」

(;,゚Д゚)「はいっ!?」

(;*゚ -゚)「あ、お、お先に、どうぞ」

(;,゚Д゚)「あ、いえ、そちらこそ」

262 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:10:30 ID:btbomhEE0

(;*゚ -゚)「あの、あの、ね、私、あれ、わざとだったの」

(;,゚Д゚)「あれ?」

(;*゚ -゚)「キャミソール、あの、中2の、補習、着てなかったの」

(;,゚Д゚)「は、ぇ、はっ?」

(*゚ -゚)「……私ね、あのね、ギコくんにちゃんと、女の子だって、思われてるのか、不安でね」


 バカか。
 バカかこいつ。

 最初からずっと、お前はお姫様なんだよ。


(*゚ -゚)「だからね、意識してほしいなって、すっごく恥ずかしくて、すっごくドキドキしたけど」


 バカかよお前は。
 ほんとにバカかよ。

 なんでそう言うアホみたいな努力するんだよ。
 なんではっきり口で言えないんだよ。

 行動する方がずっと恥ずかしいだろそれ。

263 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:10:58 ID:btbomhEE0

(*゚ -゚)「でもね、あの、その、効果、ありすぎちゃったみたいで、ね」


 ああそうだな、効果あったよ。
 ありすぎてバカな事しでかしたよ。

 お前のせいかよあれ。
 いや俺のせいなんだけど。


(*゚ -゚)「びっくりして、こわくなって、逃げちゃった……ごめんね、私、その、ヤな子だよね」


 そうだなひどい奴だよ。
 そう言ってやりたいけど、口が乾いて声が出ない。

 俯きながら、汗浮かべて、真っ赤になって、なんて告白しやがるんだ。
 何でそんな事できたんだお前、そこまで追い詰められてたのかお前。

 ああもう畜生。


 自分のせいで傷付けたと自制心を殴り付けていたのに。

 手のひらで踊らされてるのかと思ったらこぼれ落ちてるし。

 まずこいつの手にそんなもん乗るわけないし。

264 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:11:52 ID:btbomhEE0

(*゚ -゚)「でっ、でもあのっ、中学生には、ね、早いと思うしね、だからね」


 もういいよ、分かったから。
 言いたかった事があふれだして止まらなくなってるのは分かったから。

 そんな泣きそうな顔で、いっぱいいっぱいの顔で、唇を震わせて、お前は何を言ってるんだ。


(*; -゚)「あの、あのね、えっとね、高校もね、話さなきゃって思ったの、でもね、」


 ああ。
 ついに、ぽろ、と涙がこぼれ落ちた。


(*っ-;)「違うとこ行くって言ったら怒るかなって、こわくって……
 バカだよね、言わない方が怒るよね、ごめんね」


 やめてくれよ、頼むからもう。


(*っ-∩)「ごめ、ね、ごめん、なさ、……う、ぅ……ごめんなさぃ……
 もう、もう、なんで……なんで、涙出るのぉ……」


 俺が先に謝りたかったのに。
 泣くなよ、泣かないでくれよ。

 お前に泣かれるの、つらいんだって。

265 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:12:17 ID:btbomhEE0

 「ごめんね、ごめんね、私、ごめんなさい」

 そう繰り返して泣きじゃくる彼女の肩が震えていて。
 何度も何度も、次々に溢れる涙を手でこすって。


 私のせいなの。
 私が悪いの。

 ギコくんのせいじゃないの。
 ギコくんは悪くないの。

 私がバカな事したから。
 私が恥ずかしい事したから。

 ごめんなさい、ごめんなさい。
 ちゃんと言えばよかった。
 こわくて言えなかった。

 嫌われたと思ってた。
 でも前みたいに接してくれた。

 ちゃんと謝りたかったの。
 全部ちゃんと言いたかったの。


 しゃくりあげながら、胸をひきつらせて言葉を吐き出す。

 その姿があんまり痛々しいから、いじらしいから、手を伸ばした。

266 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:12:47 ID:btbomhEE0

 膝立ちになって、目を擦る手を掴んだ。

 がたん、ぶつかった机と、揺れるコップの中の麦茶。

 彼女は驚いた目をこちらに向けた。

 そのまま顔を近付けた。

 震える声をもう聞きたくなかった。

 唇を塞ぐと、懐かしい感触。

 長く長く感じる時間は、ほんの数秒。

 ぷは、と唇を解放した。

 大きく息を吸いながら、彼女の細い体に腕を回した。

 腕の中に収まる身体は、思っていたより、ずっとずっと小さかった。



 ああ、やっとだ。


 三度目にして、やっと自分から出来た。

267 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:13:09 ID:btbomhEE0

 「ギコ、く?」

 「怒ってない」

 「ぇ……」

 「もう怒ってない」

 「……ギコくん」

 「ごめん」

 「どうして、謝るの?」

 「あの時、怒鳴ったから、カッコ悪い事ばっかりで」

 「ギコくんは、悪くないもん」

 「悪いんだよ、俺が」

 「悪いの、私だよ」

 「しぃ」

 「な、に?」



 好きです。

 あ、ぁ、私も、すき、です。

268 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:14:21 ID:btbomhEE0

 そのまま、彼女を抱きすくめたまま床に倒れ込む。

 あ、と目を丸くした彼女は、間近にあるギコの顔を見上げて、必死に首を横に振った。

 だめ、だめだってば。
 フリじゃないの、だめなの。

 そう言い含めても、どんなに抵抗しても、この二年ですっかり大きくなった腕の中からは逃れられない。

 短くなった髪の隙間から覗く耳や首に唇が触れて、きゃあと小さな悲鳴が上がる。
 今までの分を返すように唇を塞がれて、酸素が薄くなってゆく。

 短めのスカートは、暴れるからめくれてしまっているし。
 服越しにも分かる胸の膨らみは、あの時のように柔らかく歪んでいる。

 首と肩の境界あたりに甘く噛みつきながら、タンクトップの中に手を入れた。
 しっとりと汗ばむ肌は、やわく手のひらに吸い付くようで。

 ゆっくりと手を上へと移動させ、そのままに服はめくれあがる。
 大きくは無い、形の良い、やや小振りな胸。
 淡い水色のドット柄、シンプルで可愛らしいそれ。

 その中に、手を差し込んだ。

269 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:14:42 ID:btbomhEE0

 きゃあ、きゃあ。
 さっきよりも強い悲鳴が上がる。
 拒絶の理由は八割が羞恥で二割が理性。

 大きな手のひらが生まれて初めて他人の手が及ぶ場所に触れている。
 ぱちん、と胸の間の留め具が外されて、白い胸があらわになった。

 羞恥に胸まで赤く染めて、ばかばかとギコの胸を叩く。
 もうあの頃のように、押してもびくともしてくれない。

 ぎこちない愛撫は止まる気配は無く、それでも触れられた場所が熱くなるみたいで。
 時おり息をつまらせながら、白い喉をさらした。


 それでもどうにか必死に抵抗をしていると、傍らに落ちていた小さな紙袋が倒れた。


 がさ、と開いた口から、中身がこぼれだす。

 その中身を見た二人は、互いに言葉も出ないほどに、羞恥に包まれた。

270 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:15:22 ID:btbomhEE0

 あいつは、なんて物を置いていったんだ。
 どう言うつもりでこれを渡したんだ。

 いや用途は限られているのだが。
 三つ入りの試供品が二つ、一箱は封が切られて、一つを使った痕跡がある。

 あいつ使ったのか、と思ったら、水を入れて遊んだ形跡が袋の底に残っていた。
 やはりあいつはバカだった。


 しかし、とギコが袋の中身を掴む。
 それを止めようと彼女はもがく。

 彼女に馬乗りになった状態で、膝立ちになる。

 ぱりぱり、破られる袋。
 ぴり、と切られる封。

 小さな濃いピンクのそれが、正方形の包装から取り出されて。
 かちゃかちゃ、ベルトをはずす音。

 もう止める事など出来ないとわかっていても、ぺちぺち、と退かない脚を叩いていた。
 ダメなんだよ、ダメなんだからね、私たちまだ子供なんだからね。
 もちろん何の抵抗にもなっていないし、そんな抗議は届かない。

 そして最終的に、抵抗を諦めた彼女の口から、
 バカぁ、とか細く頼りない、震えた悲鳴が発せられた。

271 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:15:57 ID:btbomhEE0



 みんみん、じゃわじゃわ
  (ああ蝉の声が遠い)

 きし、きし、
  (板張りの床のか細い声)

 がたがた、
  (そばにある机が揺れる)

 ぜぇ、はぁ
  (どちらの胸が鳴っているのだろう)

 ぽたぽた
  (汗がとまらない)

 とく、とく、とく、とく、
  (心臓のうごきは、早くなるばかりで)


 擦れる音、触れ合う音、まざりあう音

 甘い、甘い
 頭がしびれるほどに甘い、何か


 「ダメって、言ったのに」


 からん、と、溶けた麦茶の氷と
  すっかりぬるくなった、甘い甘い桃の匂いが存在を主張した。

272 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:16:34 ID:btbomhEE0
────────────



 じゃり、じゃり。
 境内の砂利を踏む音が、そこらじゅうから聞こえる。

 みんみんじゃわじゃわ。
 聞き慣れたやかましい蝉の声が、全身を包む。


 溢れ返る熱気、喧騒、色んな音と匂い。
 まだ日の高い神社は、真夏の日差しの中、夏の祭りに賑わっていた。


 はあ、と汗を拭いながら、鳥居に背中を預けて立つ。
 首から下げたタオルが、じわじわと湿ってゆく。

 まだかな、と空を見上げる。
 嫌になるような眩しい熱が、目をくらませた。


(*゚ー゚)「ギコくーん! 遅くなってごめんねー!」

(,,゚Д゚)「おーっせーぞー」

(*゚ー゚)「女の子は準備が大変なのー」

(,,゚Д゚)「へいへい」

273 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:17:06 ID:btbomhEE0

(*゚ー゚)「…………」

(,,゚Д゚)「…………」

(*゚ー゚)「…………」

(,,゚Д゚)「浴衣新しいやつだな」

(*゚ー゚)「うん!」

(,,゚Д゚)「前のが似合ってるわ」

(*゚ -゚)「えー」


 淡く色づいた白地に、優しい色合いの朝顔の柄。
 背中まで伸びた髪を結い上げて、小さなガラス飾りのピンで前髪を止めている。

 足元は相変わらずの下駄で、今年も持参したサンダルが役に立ちそうだ。

 期待していた言葉を貰えなかったのか、唇を尖らせる彼女。
 その口許に、先に買っておいた、ポケットに差し込んでいた物を突き付けた。

274 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:17:29 ID:btbomhEE0

(,,゚Д゚)「ほら」

(*゚ー゚)「あ、りんごあめ! くれるの?」

(,,゚Д゚)「おう」

(*^ヮ^)「ありがとうギコくん、これ好きなんだー」

(,,゚Д゚)(知っとるわ)

(*゚ー゚)「じゃあ待たせたお詫びにこれを進呈です」

(,,゚Д゚)「おー、さんきゅな」


 彼女が巾着風の鞄から取り出したのは、まだ冷たいスポーツドリンク。
 ちょうど喉が乾いていたので、ぱき、と蓋を開けて喉を潤した。

 飲みさしのスポーツドリンクは鞄に仕舞い、二人並んで歩き出す。

 今日はやけに天気が良く、日が長い。
 いつもならそろそろ日が傾くのに、まだ空は明るいままだ。

275 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:18:07 ID:btbomhEE0

(,,゚Д゚)「あーっちーなー」

(*゚ー゚)「かき氷買う?」

(,,゚Д゚)「おー、買う買う」

(*゚ー゚)「でもお祭りのかき氷って固いよねー」

(,,゚Д゚)「砕いた氷でしか無いな」


 出店で買ったかき氷は、暑さを和らげるためにレモン味。
 とは言え違うのは匂いだけで、どれもただの砂糖水にかわりはない。

 大事なのは気分だ気分、と固い氷を崩しながら口に運ぶ。
 がりがり、氷を噛み砕くと少しだけ涼しく感じた。


 ああしかし、今年も暑い。
 夏は好きだが、こうも暑いと嫌になる。

 そう言えば夏には、様々な思い出があるな。
 金魚すくいに興じる彼女の袖をつまんでやりながら、遠い日々に意識をやった。

276 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:18:33 ID:btbomhEE0

 アイスの甘さ。

 ジュースの冷たさ。

 胸を締め付ける痛み。

 絶望すら感じる罪悪感。

 身を焦がす様な暑さ。

 手に残る柔らかさ。

 忘れられない唇。

 汗に濡れた髪。

 こぼれる涙。


 夏の記憶の断片が、頭の中でぐるぐる踊る。


 りんごあめ。

 スポーツドリンク。

 懐かしいなにか。

277 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:21:27 ID:btbomhEE0

(*゚ー゚)「見てギコくん、出目が三匹もとれたよ!」

(,,゚Д゚)「しぃ」

(*゚ー゚)「へ?」


 得意気に笑う彼女の唇に、唐突に重なる。

 すぐに離れたが、彼女は顔を真っ赤にして、下駄でむき出しの脛を蹴ってきた。


 痛いな何すんだよ
 人前で何てことするの!


 頬を膨らませる彼女が水槽に金魚を戻してから、手水舎で手を洗う。
 ちら、とこちらを見て、せめてひと気のない場所でしてよ、と赤くなりながら小さく呟いた。

 あの頃はまるでお姫様だったのに、すっかり気が強くなってしまった。
 やれやれ、既に尻に敷かれているな。


 ああ、しかし。

 長かったな、ここまで。

278 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:24:55 ID:btbomhEE0

 ここまで来るのに、9年ほどかかってしまった。

 もっと前から好きだったが、意識したのは小5の頃から。
 擦れ違いやら、素直になれないやらで、随分と時間がかかってしまったな。

 彼女と付き合ってはや三年、まだ三年。

 うだうだとしていた時間を埋めるためにも、たくさん彼女と時間を共にしたいな、なんて。


 手を拭きながら彼女が傍らに戻る。
 遠くを指差して、なにかを伝える。

 向こう側には、友人二人の姿。
 手をふりながら、こちらへと走っていた。

 手を振り返しながら、かき氷に直接かぶりつく。
 甘くて、爽やかなすっぱい匂いが広がった。


 ああ、そう言えば。
 懐かしさの理由がわかった。


 一度目はりんごあめ。
 二度目はスポーツドリンク。

279 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:25:26 ID:btbomhEE0

(,,゚Д゚)「三回目はめんつゆだったな」

(*゚ー゚)「何が?」

(,,゚Д゚)「さぁ?」

(*゚ -゚)「えー?」


 厳密には四度目では無いが、今回はレモンの味。


 もはや秘め事ではないのだが、蜜に密なる二人きりでの大事な行い。

 これからも重ね、これまでを抱き、ずっと大切にしていたくて。


 近付いてきた見慣れた面々。
 傍らで首をかしげる彼女。

 大学に進学してもなお、この面子に変化は訪れそうにない。

 きっと就職をしても、回数こそ減れども、何だかんだでつるむんだろうな。

 全く、退屈をしないな。

280 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:26:48 ID:btbomhEE0

 あれから、ついに彼女と付き合うようになったギコは
 友人たちから全力の茶化しを受ける羽目になった。

 しかしそれもしょうのない事だ、自分がヘタレてたせいだと甘んじる他無い。

 それからと言うと、
 秀才二人に勉強を教わって、天才一匹につっつかれながらの受験勉強。
 えらく苦労はしたが、行きたかった大学には受かった。

 全員が違う大学に進む事になってしまったが、それでも同じ時は過ごせる。
 互いに時間を見つけては、何かと声を掛けあって集まるのだ。


 彼女の短くなった髪は、ギコの要望によって再び長く伸ばされている。
 ロングヘアが好きなんて、ステレオタイプなんだから、と笑われながら。

 しかし友人二人は、いつまでたっても浮いた噂を聞かない。

 未だに初恋を引きずってるだの。
 未だに初恋すらしてないだの。

 あの二人も、相当にマイペースだ。

 そんなマイペースな奴らと。
 可愛い彼女と過ごす夏。

281 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 22:27:09 ID:btbomhEE0

 さて、今年は何をしようか。

 どんな事をして過ごそうか。

 どこへ遊びに出掛けようか。


 海や、山や、川や、プールや、街中や、互いの家。

 どこへだって行こう、この夏を嫌になるまで満喫しよう。


 空は嫌と言うほどに晴れてるし。
 太陽ははうんざりするほど照っている。

 容赦なく肌を焼く熱も、流れる汗も、くらくらする頭も、変わりやしない。

 目を刺す様な真っ青な空には、白くもこもことした雲が浮かぶ。

 蝉の声もやむ気配はなく、太陽の照り返しはいやに眩しく。

 今年も、最高気温は上がる一方で。



 (夏は、まだまだ終わりそうにないなぁ)




おしまい。

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