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284 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 03:59:09 ID:pK.GWnJcO
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先生の零感ぶりは凄まじい。
たとえば2人で廃病院に行った(連れていかれた)とき。
血まみれのお婆さんが乗った車椅子が、私達に近付いてきたことがあった。
しかしお婆さんなんか見えない先生は、霊を挑発するためなのか何なのか、
車椅子のハンドルを握って全力疾走した。
お婆さんは迷惑そうな顔をして消えた。
たとえば2人で墓地に行った(連れていかれた)とき。
足のない女の子が先生の背中を押して、先生が危うく転びかけたことがあった。
しかし女の子なんか見えない先生は、直前まで私が文句を言い続けていたのもあり、
完全に私の仕業だと決めつけて、ねちねちねちねち嫌味を浴びせてきた。
女の子は申し訳なさそうな顔をして消えた。
たとえば──いや、もういい。きりがない。
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285 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:00:26 ID:pK.GWnJcO
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とにかくこれが先生の基本スタイルで、私としては、いっそ羨ましいくらいだった。
前回、私が先生を「無敵」と評したのも、彼のこの性質が根本にあったからだ。
そのことをふまえた上で今回の話を聞いてほしい。
ひどく単純で、不気味な話。
第九夜『おばけバス』
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286 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:02:07 ID:pK.GWnJcO
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(´・_ゝ・`)「おばけバスって知ってる?」
('、`*川「おばけバス?」
昼間のファーストフード店の中、私と先生は向かい合って座っていた。
まず10分ほど前、窓際の席でハンバーガーを食べていたところ、外を先生が通りかかった。
通り過ぎかけた先生は、私に気付くなり店に入ってきて、
手早く注文を済ませて向かいに座ったのである。
いい加減、ばったり遭遇しても驚かなくなってきたのが悲しい。
で、先生は挨拶もそこそこに唐突に「おばけバスって知ってる?」などと訊いてきたのであった。
('、`*川「知らないけど……。……何それ? ネコバスみたいなもん?」
(´・_ゝ・`)「君は頭の悪い発言をするね」
先生がハンバーガーを齧る。
先生は歳の割に、若者向けの味を好む人だ。
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287 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:03:56 ID:pK.GWnJcO
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(´・_ゝ・`)「普通のバスなんだけどさ。
よく『出る』んだって」
('、`*川「……幽霊が?」
(´・_ゝ・`)「うん。だから、おばけバスっていう通称が出来た」
私は先生の前にあるフライドポテトを2本ほど失敬した。
先生が私のチキンナゲットを奪う。ちゃっかりマスタードソースまで付けて。
('、`*川「バスに幽霊が出るの?」
(´・_ゝ・`)「そうだよ。気付いたら乗客が増えてるとか、後ろに座ってた人が消えてたとか。
決まった車両の、決まった路線の、決まった時間でのみ、そういうことが起こる。
おかげで、そのバスの利用者は減ってしまったようだよ」
('、`*川「ふうん……」
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288 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:05:49 ID:pK.GWnJcO
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それから私達は、黙々と食事を続けた。
私は店内に貼られている新商品のポスターを眺めながら。
先生は外に視線をやりながら。
その内に、私が先にハンバーガーを食べ終える。
包み紙を折り畳む私に、先生は微笑んだ。
(´・_ゝ・`)「伊藤君、この後の予定はあるの?」
正直に「暇です」と答えるべきか否か、真剣に迷った。
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289 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:07:58 ID:pK.GWnJcO
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電車に乗って、バス(普通のバスだ)に乗って、
適当な店で時間を潰して、ひたすら歩いて。
気付くと、もう午後6時を回っていた。
私は、隣を歩く先生の顔を見上げた。
('、`;川「どこまで行くの?」
(´・_ゝ・`)「もう少しかな」
ハンカチで汗を拭う。
昼に比べればマシとはいえ、まだ気温は高い。
先生も、うっすらとではあるけれど汗をかいていた。
こういうとき、道路を走っていく車を見ると羨ましく思う。
冷房が恋しい。
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290 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:10:42 ID:pK.GWnJcO
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(´・_ゝ・`)「あ、そこだ」
先生が声をあげる。
前方に、屋根付きの停留所があった。
ベンチと自動販売機が置かれているのを発見し、私は小走りで駆け寄った。
スポーツドリンクを購入する。
冷たいペットボトルを首に当て、ほっと息をついた。
('、`;川「気持ちいい……」
ベンチに腰を下ろし、スポーツドリンクで喉を潤す。
少し遅れて到着した先生が缶コーヒーを買った。
プルタブを引きながら時刻表を確認する。
(´・_ゝ・`)「うん、丁度いいね。そろそろだ」
先生が私の隣に座った。
他には誰もいなかった。
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291 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:11:44 ID:pK.GWnJcO
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先生がコーヒーを飲み終えた頃、バスが来た。
行こうか、今日こそは幽霊見れるかな。
そう言って先生が私の背を叩く。
('、`;川「……多分、先生は今日も無理よ……」
窓辺に佇む、片目のぶら下がっている男が見えていない時点で望み薄だ。
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292 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:14:04 ID:pK.GWnJcO
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バスの中は、やけに涼しかった。
涼しいどころか寒いくらいだ。
あんなに恋しかった冷房が、今はとても煩わしい。
('、`;川「先生、降りたいんだけど……」
(´・_ゝ・`)「何、もう見えてるの? その感受性を僕にも分けてよ」
('、`;川「分けられるくらいなら分けたいわよ」
2人がけのシートの窓側に私、通路側に先生が座っている。
これで通路側に座らされていたら、私は5分も持たなかっただろう。
有り得ない方向に首が曲がっているお爺さんが通路をうろうろしたり、
子供が先生の顔を覗き込んだり。
すぐ傍を霊がうろちょろしているのに、先生はきょろきょろと見当違いな方向を見回している。
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293 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:16:58 ID:pK.GWnJcO
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('、`;川(どんだけ鈍いのよ……)
通路を挟んだ隣の座席には、若い女と小さな女の子がいた。
女は人形を抱っこしながらぶつぶつ呟き、
女の子は虚ろな目で足元を見つめている。
先生はその2人についても、何も触れなかった。
私達と運転手以外に、生きている人間はいないようだった。
流石おばけバス。
(´・_ゝ・`)「僕の傍に何かいないの?」
('、`;川「……先生の膝辺りに、男の子が頭乗っけてるけど」
(´・_ゝ・`)「え? ここ?」
先生が膝を叩く。
場所を確認する動きだったのだろうけど、
先生の左手は子供の頭にクリーンヒットした(とは言っても、すり抜けていたけど)。
子供は私を睨み、消えた。
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294 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:19:09 ID:pK.GWnJcO
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(´・_ゝ・`)「どんな子供? 今どんな顔してる?」
('、`;川「……消えた」
(´・_ゝ・`)「何だ」
つまらなそうに言って、先生は嘆息した。
先生から視線を外して前方に顔を向けた私は、思いきり後悔した。
さっきの子供が、前の席にいた。
背もたれの上に手と顔を乗せ、こっちを覗き込んでいる。
さらに後ろの席から黒い手が伸びてきて、私の首を撫でた。
拒否するように顔を振ると、首から離れた手が髪を引っ張る。
私は先生の手を掴んだ。
そっと握るとかではなく、手首を全力で握り締めるような感じで。
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295 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:20:14 ID:pK.GWnJcO
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(´・_ゝ・`)「痛いよ」
('、`;川「怖いの」
依然、子供は私を見つめているし、黒い手は髪を引っ張っている。
そこらを歩き回る他の霊も、ちらちらと私に意識を向けるようになってきた。
目が合うとかではないけれど、私を認識しているのを何となく感じられる。
私は視線を足元に落とした。
私の足と先生の足の間に、男の顔があった。
もうやだ。
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296 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:22:04 ID:pK.GWnJcO
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('、`;川「先生、次で降りよう……」
(´・_ゝ・`)「もうちょっともうちょっと」
('、`;川(この野郎)
先生を一睨みする。
そのとき、向こうの席に座っている、人形を抱えた女が目に入った。
人形の髪を引き千切っている。
合間合間に手足をもぎ取っては、ポケットに突っ込んでいた。
隣に座る女の子は、相変わらず虚ろな目。
〈悪い子……悪い子……〉
女の呟きが耳に届く。
私は目を閉じた。
前も後ろも下も横も、霊まみれ。
本当に嫌だ。
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297 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:23:13 ID:pK.GWnJcO
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(-、-;川「……もう、私1人だけで降りる……」
その一言で、私が本当に嫌がっているのを察してくれたらしい。
先生は「しょうがないな」と言って、降車ボタンを押した。
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298 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:24:46 ID:pK.GWnJcO
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次の停留所でバスから降りた。
通りすがりの女の子達が、私と先生を見て何か囁き合う。
おばけバス、という単語が聞こえた。結構有名らしい。
(´・_ゝ・`)「どのみち、ここから2つ先の停留所まで行けば、
霊がバスから降りるらしいんだけどね。
……もう少し我慢出来なかったの?」
('、`;川「出来るわけないでしょ!」
あれ以上あのバスに乗るのは御免だった。
霊が降りる様子を伊藤君に実況してほしかったのに、と先生が呟く。
誰がするか。
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299 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:26:38 ID:pK.GWnJcO
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私と先生は、そのまま次のバスを待った。
家に帰るのは何時になるだろうか。
(´・_ゝ・`)「正直、おばけバスの話はあんまり信じてなかったんだけど……。
伊藤君の様子を見るに、本当に『出る』みたいだね」
('、`;川「うん……霊だらけだった。気持ち悪いぐらい。
あれだけいて、何で先生は全然見えないわけ?」
(´・_ゝ・`)「僕の方が訊きたいな、それは。
……運転手、ぐったりしてたね。もう諦めたって言わんばかりの疲れ具合だった」
先生が笑う。随分と楽しそうだ。
恐らく先生は、あのバスにまた乗りに行くだろう。
そのときは是非とも1人で乗ってほしい。
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300 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:27:39 ID:pK.GWnJcO
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(´・_ゝ・`)「乗客も少なかったし、噂は真実だったってことでいいね」
('、`*川「少ないも何も、私と先生しかいなかったじゃない」
鞄から飲みかけのスポーツドリンクを取り出す。
キャップを開け、ペットボトルに口をつけた。
そんな私を、先生が小首を傾げながら見ている。
(´・_ゝ・`)「お客さん、もう一組いたじゃない」
('、`*川「え?」
(´・_ゝ・`)「僕らの隣」
私は先生に顔を向けた。
先生は、嘘などついていないようだった。
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301 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:32:00 ID:pK.GWnJcO
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(´・_ゝ・`)「親子か知らないけど、女の人と女の子がいたでしょ」
('、`*川「……人形持ってた人?」
(´・_ゝ・`)「うん。人形の髪とか足を毟ってた人。気持ち悪かったな、あれ。
女の子の無表情っぷりも恐かった」
女は、あからさまに異常だった。
女の子も、5、6歳ほどに見える幼さにしては、いかにも生気が欠けていた。
悪い子。
人形の足を捩り取っていた女の声が、耳の奥で蘇る。
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302 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/13(月) 04:33:49 ID:pK.GWnJcO
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──先生は零感だ。
信じられないくらい、そういうものに対して鈍感である。
確かめる術などないし、未だに真実がどうだったのかは分からない。
けれど、先生にも見えていたということは。
多分、あの親子は幽霊でも何でもなく──
('、`;川(……うわあ……)
バスの中で見た幽霊達よりも、そのことが一番恐かった。
第九夜『おばけバス』 終わり