('、`*川 フリーターと先生の怪奇夜話、のようです (´・_ゝ・`)

第八夜『呼ばれる』

255 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:15:09 ID:NIzUlJcYO

(´・_ゝ・`)「伊藤君、百物語しない?」

('、`*川「何言ってんの?」

 私のバイト先の一つである書店は、大きなファッションビルの6階にある。
 その下、5階の一角には百均。

 午後9時を回り、店も終わったので、下の百均で買い物して帰るか──と
 エスカレーターで下ったのが運の尽き。

 百均の袋を提げた先生に捕まった。
 しかも開口一番、冒頭の言葉を投げ掛けられた。

(´・_ゝ・`)「何って、百物語。
        九十九個でやめるような生温いことはしないからね」

('、`*川「……」

(´・_ゝ・`)「ね。やろうよ」

 先生は、かつて私の母に見せたような、やたらめったら品のいい笑みを浮かべていた。
 嫌な予感しかしない。

256 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:17:06 ID:NIzUlJcYO

(´・_ゝ・`)「学生が大学のサークル棟を利用して百物語やるっていうからさ、
        混ぜてもらうことにしたんだ。暇な子達だよね。
        結構な人数が参加するみたいだし、伊藤君もおいでよ」

 どうして私を誘うの、という質問は、もはや愚問だ。
 先生はすっかり私を「幽霊ホイホイ」か何かだと思っている。

 ほら蝋燭も買ってきたんだよ、と、先生は袋の中身を見せた。
 セット売りの蝋燭が何箱か。
 本気だ。

('、`*川「……先生」

(´・_ゝ・`)「何?」

('、`*川「今、思いっきりお盆なの知ってる?」



   第八夜『呼ばれる』


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257 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:24:11 ID:NIzUlJcYO

 こういう状況で私が先生から逃げられた試しがあるかといえば、全くない。

 結局その日、私はVIP大学のサークル棟の一室に連れ込まれ、
 そこにいた十数人ほどの学生に混ざり、
 一部からの「教授を引っ叩いてた人だ」という視線と囁きに耐えることとなった。

 幸いだったのは、私のように、友達や恋人に引っ張られてきたという
 この大学とは無関係な人間が何人かいたことだ。
 おかげで私があまり浮かずに済んだ。

 ちなみに、ここにいる学生はほとんど文芸サークルの面々らしい。
 何でも、サークルで発行する冊子に「ガチ百物語レポート」なる記事を載せたいのだとか。
 学生というのは、馬鹿馬鹿しいことを本気でやる生き物だ。

(´・_ゝ・`)「じゃあ始めようか」

 発案者である文芸サークルの人を差し置いて、一番やる気満々な先生が仕切っていた。

 私達は、円を描くような形で床に座らされた。
 私の左隣に先生が腰を下ろす。
 部屋の電気が消えて真っ暗になると、学生達に僅かな緊張が走るのが分かった。

258 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:27:13 ID:NIzUlJcYO

(´・_ゝ・`)「ルールは、百物語の作法を元にして、僕と部長が決めたよ」

/ ゚、。 /「まず、話し終えた人は隣の部屋に行ってください。
      そこに、火のついた百本の蝋燭と鏡を置いてありますので、
      鏡を見ながら蝋燭の火を一つ消す」

 向かいの方から、サークルの部長らしき女性の声がする。
 怯えを抑えるような声だった。

/ ゚、。 /「それが済んだら、この部屋に戻ってくること。
      その繰り返しです」

(´・_ゝ・`)「話し終えた人は、隣に行って火を消して戻ってくるまでの間、
        何があっても声を出しちゃいけないよ」

 何があっても、の部分を先生は強調した。
 誰かが唾を飲み込む音が聞こえたが、暗闇の中では、他の人の表情は碌に見えない。

(´・_ゝ・`)「じゃあ、最初は僕からでいいかな。
        ……百個目の話が終わったとき、何が起きるか楽しみだね?」


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259 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:29:37 ID:NIzUlJcYO

 百物語は滞りなく進んだ。
 必ずしも怖い話でないといけないわけでもなく、ただの不思議な話でもいいということで、
 それぞれ、話が被るようなこともなかった。

 当然ながら私にも順番は回ってくるのだけれど、
 誰かさんのおかげで、ネタには困らない。
 実体験を「人から聞いた話」として話しておいた。

 が、話自体はともかくとして、その後の試練が辛い。

 手探りで部屋を出て、隣の部屋に入る。
 小皿や空になった缶詰などの「燭台」に立てられた大量の蝋燭。物凄い光景だ。
 もしものときを考慮してか、床には水の入ったバケツが置かれていた。

 蝋燭を一つ取って、机の上の鏡を見ながら火を消す。
 これが怖い。
 私は微妙に視線を外しつつ火を吹き消し、さっさと元の部屋に戻った。

 足音の速さなどからして、みんなも大体そんな感じだったようだ。

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260 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:31:35 ID:NIzUlJcYO


 さて。
 何巡かして、残る蝋燭もあと10本ほどという頃になると、
 場の緊張感は凄まじいものになっていた。

 どこかで物音がすれば女性陣が悲鳴をあげ、その声に驚いた男性陣も悲鳴をあげる。
 大して動揺もしなかったのは、先生くらいなものだ。

 そんな状況でも百物語は進行していくし、
 もう心の底から帰りたいと思っていた私にも「話し手」の順番は巡る。

('、`;川「……じゃあ、人形の話でも」

 人数から考えて、もう私が話し手になることはない。
 早く終わらせたいという気持ちのまま、私は怪談を話し終えた。

261 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:33:10 ID:NIzUlJcYO

 腰を上げ、窓の方を見ないようにしながら移動する。
 ドアを開けて廊下に出た。外灯のおかげで、部屋の中よりは少し明るい。

('、`;川「……」

 廊下の奥から目を逸らす。
 途中で誰かが話していた、真っ暗な廊下を走る子供の怪談を思い出した。

 早足で隣の部屋へ。
 すっかり少なくなった蝋燭。
 その中から一本持ち上げて、鏡の前に立つ。

 ふっ、と息を吹き掛けた──瞬間。

 鏡に映る私の後ろを、上半身だけの女が横切った。

('、`;川「ひっ……!」

 引き攣った声が喉の奥から漏れる。
 びくりと体を震わせた拍子に、燭台代わりの缶詰が手から滑り落ちた。
 蝋燭の火は消えていたから良かったが、がしゃん、と響いた音の大きさに、また声が出た。

263 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:35:39 ID:NIzUlJcYO

('、`;川「あっ、わっ! ……っあ……」

 口を押さえる。

 ──何があっても声を出しちゃいけないよ。

 先生の言葉を思い出し、青ざめた。
 辺りを見渡す。
 空気が変わったように感じられて、私は部屋を飛び出した。

 廊下の奥に白い影。窓に張りつく何か。
 それらを見なかったことにして、みんなのいる部屋に駆け込んだ。

(´・_ゝ・`)「何か落とした?」

('、`;川「蝋燭……手が滑って。火は消してたから大丈夫」

 ぽつりと答え、先生の隣に戻る。

 それからはもう酷かった。
 誰かが話している最中に窓がばんばん叩かれたり、
 壁に寄りかかっていた女の子が「背中を撫でられた」と泣いたり。

 もはや楽しそうなのは先生だけで、多分、ほとんどの人が半泣きだったと思う。

.

264 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:37:15 ID:NIzUlJcYO


 ──しかし。
 最後の蝋燭を消し終えたとき、どうしてか、何も起こらなかった。
 というか、頻発していた怪現象がぴたりと収まったほどである。

(´・_ゝ・`)「何だ。拍子抜けだね」

 先生はそう言うが、何か起きていたら、多分心臓が止まる人が出ていただろう。



*****

265 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:40:22 ID:NIzUlJcYO


(´・_ゝ・`)「おやすみ、伊藤君。楽しかったね」

 私の家の前で車を停め、先生は言った。
 どの辺が楽しかったというのか。

('、`*川「おやすみ先生。人生で最低の夜だったわ」

 私は吐き捨てるように返して車を降りた。
 何かあったら教えてね、と先生が微笑む。
 あって堪るか。

 車が発進する音を聞きながら玄関の鍵を開け、家に入った。
 真っ暗。廊下の明かりをつける。

 私以外の家族は、祖父母の家に泊まりに行っている。
 つまり家には私しかいない。

 時計を見ると、既に日付は変わっていた。

('、`;川(ああ、誘われたときに先生を殴ってでも逃げてれば良かった……)

 リビングに向かい、ソファに座る。
 テレビをつけて深夜番組にチャンネルを合わせ、私はまず、恐怖心を収めることから始めた。

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266 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:42:20 ID:NIzUlJcYO

 ようやく落ち着いてきた頃に、2階の自室で部屋着に着替えた。
 それから、兄や弟の部屋から勝手に漫画とDVDを持ち出す。

 部屋で眠る気など、さらさら無い。
 「リビングでDVDをかけながら漫画を読んで朝を待つ作戦」に出た。

 ──怖がりな人の中には、何かに怯えたとき、こういう手段を選ぶ人もいるだろう。

 そんな人に、経験者の立場から言わせてもらう。
 これは無意味だ。



*****

267 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:44:01 ID:NIzUlJcYO


 いとうくん。

 先生の声が聞こえたような気がして、私は漫画から顔を上げた。

 当然、先生がここにいるわけもない。
 私はテレビに視線をやった。
 弟の部屋から持ってきた、お笑い芸人のライブDVDが流れている。

 その声と間違えたのだろうと思い、漫画に視線を戻した。

 ──とんとん。

 何かを叩く音。
 とんとん。
 方向からして、玄関の方。

('、`;川(ええ……)

 息を潜め、耳を澄ます。
 何度目かのノックの後、今度は声がした。

「伊藤君」

 今度は聞き間違いではない。
 先生の声だ。

 私は漫画を閉じ、そっとリビングを出た。

268 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:45:33 ID:NIzUlJcYO

「伊藤君、開けて」

 ノックの音、先生の声。
 やはり玄関から聞こえる。

 そろそろと廊下を進み──途中で、私は立ち止まった。

 我が家の玄関のドアは、真ん中辺りに、磨りガラスで出来た縦長の窓がついている。
 そこから、ドアの向こうに立つ人のシルエットが見えた。

 先生より背が低い。
 そして──頭が、斜めに抉れている。

「伊藤君。ねえ」

 いやに赤いシルエットは、先生の声を出した。

269 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:47:06 ID:NIzUlJcYO

「伊藤君」

 私はじりじりと後ずさった。
 ノックと声が止む。
 こちらの様子を窺っているように思えて、背筋が寒くなった。

 リビングに戻ると、テレビが静かになっていた。
 DVDプレイヤーは動いているのだけれど、テレビの電源が落ちている。

 スイッチを押しても反応しない。コンセントは刺さっている。

 四苦八苦していると、


「開けて」


 やけに近くから聞こえた。

270 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:49:55 ID:NIzUlJcYO

「伊藤君、開けて」

 声は、リビングの、庭に通じる窓からする。
 カーテンを閉めているから分からないけれど、きっと、あの赤いのが移動してきたのだろう。

「早く開けてよ」

 カーテン越しに見つめられている気がして、私は、ソファの陰に蹲った。
 両手を握り締める。

 天井の明かりが点滅した。
 あ、と思う間もなく、電気が消える。

 その直後、窓を激しく叩かれた。

「入っていい? 入っていい?」

 既に先生の声ではなくなっていた。
 がたがたと、窓が揺れる音が響く。

 涙目になりながら耳を塞ぐ──と。

271 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:51:44 ID:NIzUlJcYO

 急に、電気がついた。

('、`;川「あ……」

 テレビから流れる、芸人の声と観客の笑い声。
 窓は静まり返っている。

 ソファで体を支えながら立ち上がると、インターホンが鳴った。

('、`;川「ぎゃあっ!」

 また座り込む。
 私がじっとしていると、インターホンが連打され始めた。
 うるさい。

 震えながら玄関に行くと、最近馴染みのある背丈のシルエットがあった。

272 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:53:13 ID:NIzUlJcYO

('、`;川「……せ、先生ー?」

 インターホン攻撃が止まる。

「伊藤君、車に携帯電話忘れてたよ。
 忘れる方が悪いから放っておこうと思ったけど、気が向いたから持ってきてあげた」

('、`;川「本当に先生?」

「何その質問」

('、`;川「……今、幽霊みたいなのが来てたから」

 少し、間があいた。
 シルエットが答える。


「本当にずるいよね、君ばっかり」


 先生だ。



*****

273 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:56:34 ID:NIzUlJcYO

(´・_ゝ・`)「もう少し早く来てたら、僕も幽霊見れてたかな」

('、`*川「先生が来たからいなくなったんだと思うけど……」

 リビングのソファに座り、私が入れたコーヒーを啜りながら
 先生は「勿体ないなあ」と言った。
 どういう神経をしていれば、そんな言葉を吐けるのだろう。

 私は先生を一睨みすると、携帯電話で友人にメールを送った。
 今から泊まりに行ってもいいか、というような内容で。

 時間の都合上、断る断らない以前に返信すら無いことを覚悟していたが、
 意に反して、数分と経たずに了承の返事が届いた。

(´・_ゝ・`)「どうだって?」

('、`*川「泊まっていいって……。先生、送ってって。道案内はするから」

 先生はとてもとても面倒臭そうな顔をしたものの、
 すっかり中身を飲み干したコーヒーカップを見て、「仕方ないね」と呟いた。


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274 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 04:59:42 ID:NIzUlJcYO


('、`*川「……言われるがままに開けてたら、どうなってたのかしら」

 先生の車で友人の家に向かう途中、私は降って湧いた疑問を口にした。
 先生は少し考えて、先程話した体験に関する呟きだと気付いたらしい。

(´・_ゝ・`)「さあね。
        開けてみれば良かったじゃないか」

('、`;川「あの状況で開けられるわけないでしょうが」

(´・_ゝ・`)「何で?」

('、`;川「怖いから」

 ふうん、と先生が唸る。

275 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 05:02:31 ID:NIzUlJcYO

(´・_ゝ・`)「怖いなら、『帰れ』とか言えば良かったんじゃない?」

('、`;川「……怒らせたらどうするの」

(´・_ゝ・`)「さあ」

 先生は首を傾げた。

 けれど──まあ、たしかに、私がやっても逆効果な気はするけれど。
 先生がやれば、霊もおとなしく帰りそうだな、と思った。

('、`*川「先生ってもしかして無敵なんじゃないの」

(´・_ゝ・`)「何それ。そんなことないと思うよ」

 思わず吹き出したといった感じで、先生が笑う。
 いつもの、わざとらしかったり腹が立ったりするような笑い方じゃなく、
 自然な笑いだった。

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276 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/11(土) 05:04:51 ID:NIzUlJcYO



 ──自分で言うように、先生は決して無敵ではない。

 何よりも本人が分かっていたことなのに、
 このときの私は、先生の返答を謙遜や無自覚としか思っていなかった。





第八夜『呼ばれる』 終わり

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