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102 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 01:35:39 ID:tf4/L/nYO
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我が家には、とある人形が住んでいる。
所謂、衣装人形というやつ。
着せ替えたり玩具として扱ったりするのではなく、もっぱら鑑賞するための人形だ。
母が祖母から譲り受けたものらしく、それは、居間の棚に飾られている。
高さにして50センチメートルほどのガラスケースの中で佇む、すらりとした赤い着物の女性。
遊女を象った人形だと聞いた。
なるほど、たしかに、どことなく色っぽく見える。
今回は、その人形にまつわる話だ。
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103 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 01:37:26 ID:tf4/L/nYO
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(´・_ゝ・`)「伊藤君は神出鬼没だね」
('、`*川「こっちの台詞なんだけど」
あれは8月の頭だった。
バイト先の書店で新書の整理をしているところに、先生が現れた。
どうして、こうも頻繁に遭遇してしまうのだろう。
いっそ気持ちが悪い。
溜め息をついた私は先生の左手に目を留めた。
('、`*川「何それ」
(´・_ゝ・`)「ん?」
先生は、日本人形を抱えていた。
市松人形だったか、そういうやつ。
50過ぎの男には不釣り合いだ。
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104 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 01:38:34 ID:tf4/L/nYO
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(´・_ゝ・`)「知り合いから貰ったんだよ。
娘さんが持ってたんだけど、もう20歳だし、いらないってさ。
いる? あげるよ」
どうしてだか、私はその人形が無性に気になった。
幼い頃から、人形遊びなど興味がなかったような人間なのに。
何だか妙に心が引かれる。
先生が持っている時点で、警戒すべきだった。
というより──まったく警戒しなかったのが、未だに不思議でならない。
まるで何かに目隠しでもされたかのように、私は、その人形に対する様々な疑問を無視した。
('、`*川「……いる」
第四夜『遊女の人形』
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105 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 01:40:10 ID:tf4/L/nYO
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持ち帰った市松人形を、件の衣装人形の隣に置いた。
満足げに頷く私に、居間のソファに座っていた兄が「何だそれ」と訊ねた。
('、`*川「知り合いがくれた。可愛いでしょ」
('A`)「可愛いっつうか恐い」
人形好きでもない者には、市松人形は不気味に見えるだろう。
私だって、平素通りであれば、その人形を気味悪く思っていた筈だ。
('A`)「……何か気持ち悪いなあ」
──その数分後、兄は人形の前で躓き、左足を捻挫した。
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106 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 01:41:56 ID:tf4/L/nYO
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しばらくは何事もなかった。
状況が一変するのは、それから3日後のこと。
その日の深夜。
('、`;川「わっ!」
がしゃん、という凄まじい音で飛び起きた。
ガラスが割れるような音だ。
夢で聞いたのか現実で聞こえたのか判別出来ず、固まる。
強盗が窓を割ったのでは──という想像が駆け巡り、私は、そろそろとベッドから下りた。
少しして、家族が部屋から出てくるのが聞こえたので、私もドアを開けた。
両親、兄、弟、私の5人で、先刻の音について話す。
ずっと起きていた兄いわく、音は階下から聞こえたらしい。
爪'ー`)「いいから見に行こうぜ。泥棒だったらぶっ殺してやる」
がらの悪い弟は、一番に階段を下りていった。
両親が武器になりそうなものを持ってきて、後を追う。
私と兄も続いた。
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108 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 01:45:42 ID:tf4/L/nYO
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('A`)「何だこりゃ」
結論から言うと、1階にある窓は全て無事だった。
ただ──居間に置いてあった衣装人形のガラスケースが、床の上で割れていた。
衣装人形もそこに転がっている。
地震か何かで落ちたのだろう、と父が言った。
その言葉に兄は首を捻る。
('A`)「地震なんて、なかったと思うけど……」
それに、衣装人形の隣にいた市松人形は棚に座ったままだ。
納得はいかなかったけれど、いくら考えても答えは出ない。
とにかく私はガラスの破片を集め、母は人形を拾い上げた。
J( 'ー`)し「あら……」
母が声をあげる。
衣装人形の着物のあちこちが裂けていた。
ガラスで切れたとは考えにくい。
私と母は、顔を見合わせた。
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109 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 01:47:13 ID:tf4/L/nYO
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翌日、母は人形店に衣装人形を持っていった。
ガラスケースの手配と着物の修復、ついでに衣装人形の手入れを依頼するらしい。
兄は大学、弟は高校、父は会社、母は人形店に行き。
急遽、午前のバイトが休みになった私だけ、家に残された。
('、`*川
自室のベッドに座り、雑誌を読む。
──子供の笑い声が聞こえた気がして、顔を上げた。
当然ながら、私以外に誰もいない。
外で小さい子が遊んでいるのだろうと思い、雑誌に視線を戻す。
ページをめくると、今度は、ぱたぱたと走る音がした。
私の耳が正しければ1階で鳴った。
そっと部屋のドアを開ける。
ぱたぱた、また足音。間違いなく1階だ。
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111 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 01:48:41 ID:tf4/L/nYO
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('、`*川「……お母さーん?」
音が止む。
しんと静まり返る。
何となく怖くなって、ドアを閉めた。
ベッドに戻って雑誌を開く。
先程のことが気になったが、好きな俳優のインタビュー記事に差し掛かり、
そちらへ夢中になった。
じっくりとインタビューを読む。
新作の映画に触れられていて、観に行きたいなと思いながら文字を追った。
──ぱたぱた。足音がした。
一気に、雑誌から足音へと意識が移る。
1階を駆けていた音は、とんとん、階段を上るものに変わった。
息を殺す。
雑誌を押さえる手に力が入り、くしゃ、と、紙面が小さく鳴った。
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112 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 01:50:12 ID:tf4/L/nYO
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とんとん、ぱたぱた。
階段を上り終えた足音は、廊下を進み、私の部屋の前まで来た。
私の心臓が、馬鹿みたいに跳ねている。
やがて、ドアの向こうから甲高い声が聞こえた。
〈いなくなったいなくなったいなくなった〉
いやに低い位置から発せられているように感じられた。
最後に少しだけ笑って、足音が1階に戻る。
笑い声は、先程のものに似ていた。
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115 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 01:52:10 ID:tf4/L/nYO
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間もなく、玄関から物音と母の声がした。
私は雑誌を抱えたまま、恐る恐る1階に下りた。
('、`*川「……おかえり」
J( 'ー`)し「ただいま。あんた、午後からコンビニだっけ。お昼ご飯は家で食べてく?」
母は、居間で市松人形を抱えていた。
どうしたの、と訊ねると、市松人形が床に座っていたのだという。
誰も人形を棚から下ろしていない筈だ。
J( 'ー`)し「この棚、傾いてるのかしらねえ」
母は棚に市松人形を戻した。
さっきの出来事を話そうか迷って、私は結局黙った。
「いなくなった」。部屋で聞いた言葉を思い出す。
何が「いなくなった」のだろう。
私に思いつくのは、衣装人形しかなかった。
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116 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 01:53:40 ID:tf4/L/nYO
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('、`*川「ん……」
夜、私はトイレに行きたくなって目覚めた。
階段を下り、トイレに入って、用を足す。
寝起きでぼうっとしていた私は、水を流したときに、ふと朝のことを思い出した。
ぶるりと体が震える。
よりによって、このタイミングで思い出したくはなかった。
さっさと部屋に戻ろう。
ドアを開け──そこに市松人形が立っているのを見付けて、腰が抜けかけた。
びっくりしすぎて変な声を出してしまったように思う。
しばらく人形と睨み合ってから、私は、手を洗うのも忘れて部屋に駆け戻った。
ベッドに潜り込み、ぎゅっと目を閉じる。
朝。居間に行くと、人形は何食わぬ顔で棚に座っていた。
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117 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 01:55:10 ID:tf4/L/nYO
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あの人形はおかしい。
そうは分かっていても、不思議と、先生に返すとか
家族に相談しようとかいう気持ちにはならなかった。
それどころか、市松人形の髪を梳いたり着物を整えたりするようになっていたから、
端からは、私が人形を可愛がっているように見えただろう。
だが実際は、やりたくてやっているわけではなかった。
ふとしたときに「やらなければ」と思うともう駄目で、いてもたってもいられなくなる。
そうして人形の世話をしている間は、失敗してはならないという恐怖感に苛まれていた。
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119 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 01:57:08 ID:tf4/L/nYO
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そんな日々が続いていた、ある日。
バイト中に、私は「人形の世話をしなくてはならない」という感覚に襲われた。
('、`;川(行かなきゃ……)
しかし仕事は仕事。すっぽかすわけにもいかない。
私はバイトを続けた。
すると、時間が経つにつれ焦燥が激しくなり、
ついには「殺される」とまで思うようになった。
震えが止まらない。
私の異変に気付いた店長が帰宅を許してくれた頃には、あの感覚から、既に3時間は経っていた。
急いで家に帰る。
市松人形は玄関に座っていた。
泣きながら人形に謝り、髪を梳く。
いつもは櫛がするすると通るのに、この日の人形の髪は妙にごわごわして、
全て終わるのに時間が掛かった。
着物を整え終えても、まだ、人形が怒っているような気がした。
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121 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 02:00:48 ID:tf4/L/nYO
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その日の夜。
眠りに落ちかけた瞬間、名前を呼ばれた気がした。
ぼんやりとドアを見る。
中途半端に開いたドアの隙間から、市松人形が私を見つめていた。
(;、;*川「……ごめんなさい……」
そこに人形がいることではなく、人形の怒りが恐くて、私は謝っていた。
私が眠るまで、市松人形は、ずっとそこにいた。
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123 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 02:02:45 ID:tf4/L/nYO
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次の日、人形店に預けていた衣装人形が帰ってきた。
以前よりさらに綺麗になっていたように思う。
私が話したかったのは、ここからだ。
衣装人形が戻ってきてから、さらに市松人形の怒りが大きくなった気がして、
恐ろしくて堪らなかった。
私はバイトを休み、市松人形を抱っこしたまま一日を過ごした。
どうしても恐くて、それと、このまま一緒に寝るのはいけないという気持ちが湧き上がって、
眠る前には、いつもの棚に戻したけれど。
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125 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 02:04:22 ID:tf4/L/nYO
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そうして眠りに就いた私は、変な夢を見た。
川 ゚ -゚)
自室の真ん中で、私は女性と向かい合って座っていた。
赤い着物。艶やかな黒髪。色っぽい雰囲気。
普通の人間と同じ大きさをしている以外は、あの衣装人形にそっくりだった。
川 ゚ -゚)「あのいちまは駄目だ」
女性は、髪をいじりながら呟いた。
少し低めの、大人っぽい声だったのを覚えている。
私が黙っていると、彼女は同じ言葉を繰り返した。
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126 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 02:06:10 ID:tf4/L/nYO
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川 ゚ -゚)「あのいちまは駄目だ」
('、`*川「いちま?」
川 ゚ -゚)「市松」
('、`*川「……人形?」
川 ゚ -゚)「あれは憑いてる。駄目だ」
('、`*川「何が?」
川 ゚ -゚)「今年で20。お前と同じだ。だから妬んでる。駄目だ」
このときは分からなかったけれど、今にして思えば、
「20」は「20歳」のことだったのだろう。
川 ゚ -゚)「あいつ嫌いだから、追い出してやる」
彼女は、着物の袖を捲った。
右腕を露出させる。真っ白な肌。綺麗だ。
川 ゚ -゚)「壊れるけど、私のこと、捨てないでね。
ペニサスがお嫁にいくまで、一緒にいさせて」
私は無意識に頷いていた。
彼女が何者なのか、問う気にはなれなかった。
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127 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 02:07:32 ID:tf4/L/nYO
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するりと立ち上がった女性が、私の頭を撫でる。
川 ゚ -゚)「あの男、一回くらい叩いてもいいと思う」
('、`*川「……男って」
川 ゚ -゚)「『せんせい』」
くすくす笑って、彼女は去っていった。
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129 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 02:09:03 ID:tf4/L/nYO
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がしゃん。
音と共に目を覚ます。
あの日と同じだ。
廊下に出てきた家族と一緒に、居間へ向かう。
J(;'ー`)し「──あら……あらあら」
電気をつけて、母が絶句した。
衣装人形と市松人形が、床に落ちている。
衣装人形の方の被害は、新品のガラスケースと右腕。
市松人形は、首や足が取れた上に着物が裂けて、無惨なものだった。
('、`;川「……」
(;'A`)「うおっ、どうした!?」
へたり込む。
恐怖より、安堵の方が強かった。
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130 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 02:10:09 ID:tf4/L/nYO
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市松人形は人形供養をやっている寺へ。
衣装人形は、一緒に供養へ出そうかと言う母を説得し、
人形店で右腕を直してもらってから、再び居間に飾った。
以来、あの市松人形による怪奇現象はない。
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131 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 02:12:23 ID:tf4/L/nYO
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(´・_ゝ・`)「ふむ、そうか、そんなことがあったか」
早朝、私はVIP大学の前で先生を待ち伏せした。
先生を取っ捕まえ、一連の出来事を話す。
彼は興味深げに聞いていた。
('、`*川「……あの市松人形、何なの?」
(´・_ゝ・`)「知り合いから貰ったんだってば」
('、`*川「知り合いの娘さんが20歳になるから、もういらないって言ってくれたんだっけ?
それ本当なの? 何か嘘ついてない?」
先生はしばらく黙った。
辛抱強く答えを待つ。
通りすがる学生達の視線が私達にまとわりついてくるが、そんなものに構っていられない。
ようやく、先生が口を開いた。
(´・_ゝ・`)「今年で20歳になる娘さんが事故で亡くなったんだけど、
それ以来、彼女が大事にしてた市松人形が勝手に動いたりして恐いから、
人形を貰ってくれないかって言われた」
私は、深々と頷いた。
右手を掲げる。
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132 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/08/07(火) 02:14:13 ID:tf4/L/nYO
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('、`*川「先生。引っ叩いていい? 軽くじゃなくて、思いっきりなんだけど」
(´・_ゝ・`)「いいよ」
朝の大学に、頬を張る音が響き渡った。
VIP大学内はしばらく「盛岡教授が朝っぱらから若い女と別れ話をした末に、
思いきり殴られていた」という噂で持ち切りだったらしいが、
私の知ったことではない。
第四夜『遊女の人形』 終わり