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674 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:04:10 ID:YWhnb/9EO
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帰宅したのは、日付が変わる直前だった。
で、3人揃って父に怒られた。
特に高校生の弟をこんな時間まで連れ回していたのが駄目だったらしい。
生真面目な人だと思う。
兄弟仲が良くていいじゃないかと母が父を宥め、ようやく解放される。
一日中見知らぬ町を回った私達は疲労困憊で、お風呂に入るのも億劫だった。
とりあえずシャワーだけ浴びて、自室に入る。
ベッドに横たわると、眠気が降りかかってきた。
髪は乾いていないし電気もつけっぱなしだけれど、私はそのまま目を閉じた。
眠ってしまいたかった。
このまま起きていても、私は先生のことを考えるばかりで。
そうすると、不安やら後悔やら何やらで苦しくなるから。
眠りたかった。
シーツを握り締める。
先生。
*****
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676 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:05:23 ID:YWhnb/9EO
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(´・_ゝ・`)「──君ってそんなに馬鹿だったっけ?」
目を開けたら真ん前に先生がいて、開口一番馬鹿にされて、本当に訳が分からなくて、
私はひたすら瞬きを繰り返した。
口が動く。言葉が見付からない。無意味な声が落ちるだけ。
('、`*川「えう」
(´・_ゝ・`)「僕の知ってる伊藤君は、1人で心霊スポットに入るような子じゃないよ。
伊藤君ならビビりにビビって、足も踏み入れずに逃げる筈だ」
('、`*川「せ」
(´・_ゝ・`)「あのとき箱を落とさなかったらどうなってた?
君の貧相な想像力でも分かるでしょうに」
('、`*川「せんせい」
やっと、意味のある一言が出た。
ぶわり、全身に感覚が満ちる。
思考が動く。
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677 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:07:25 ID:YWhnb/9EO
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私はまず、周囲を確認した。
小綺麗な家具と畳。古い型のテレビ。箪笥の上に、小さな段ボール箱。
電気はついていないけど、明るい。
夕方に見たときのような廃屋じみた雰囲気は無いが、間違いなく、あの家だった。
その部屋の真ん中で、薄っぺらい座布団に座り、
私と先生は向かい合っていた。
破れていない障子の向こう──庭がある筈──からは、例の兄妹が遊ぶ声がする。
(´・_ゝ・`)「聞いてる?」
べらべらと何か喋っていた先生が、私の頬を抓った。
痛い。先生の手を叩き落とす。
体温が感じられない。
すぐさま叩き落とした手を握り、私は、まじまじと先生を見つめた。
いつもの、ワイシャツにグレーのベストとスラックス。
傍らには、折り畳まれたグレーの上着。
目の下に隈なんか無い、一番見慣れた、いつも通りの先生がそこにいた。
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679 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:08:28 ID:YWhnb/9EO
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('、`;川「先生」
(´・_ゝ・`)「うん」
('、`;川「……先生」
(´・_ゝ・`)「そうだよ」
('、`;川「……これ何? 夢?」
(´・_ゝ・`)「夢だね」
('、`;川「じゃあ、……先生、ニセモノなの」
(´・_ゝ・`)「何を根拠にするのかは分からないけど、本物だよ」
先生の手を離し、彼の頬を触ってみた。
ちょっと不快そうに顔を顰める先生は──私の記憶が作り出したにしては、
あまりにもリアルな「先生」だった。
先生。
先生だ。
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681 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:09:18 ID:YWhnb/9EO
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('、`*川「せん、」
言葉が詰まる。
いつだったか、私が海の夢を見たとき、私は先生に質問した。
幽霊は夢が好きなのか、と。
先生の答えは、干渉しやすいんじゃないか、なんていう簡潔なものだった。
思考の糸が絡まる。
あんな質問しなければ良かった。あんな答えを聞かなければ良かった。
嫌な想像ばかりが浮かび、私を攻撃する。
夢なんかに出てくるくらいなら、会いたくなかった。
上手く呼吸が出来ない。
思いきり息を吸うと、喉が引き攣って、目元に熱が集まった。
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683 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:11:24 ID:YWhnb/9EO
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(´・_ゝ・`)「……君、どうして僕を探しに来たの」
先生は私の手を掴み、言った。
手を下ろされる。
目元の熱が増していく。
('、`*川「どうしてって、だって、……先生いないから……」
(´・_ゝ・`)「君にとって僕は傍迷惑な変人だろう。
どうやってここを突き止めたかは知らないけど、何かしらの努力はしたでしょ。
そうまでして君が僕を探す理由があるとは思えないんだけど」
弟にもされた質問。
私は、また答えに困る。
理由ならある。
あるけど、本人に話すには──身勝手すぎる理由だ。
話したくない。
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685 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:13:54 ID:YWhnb/9EO
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それでも私は的確な言葉を探す。
素直に、正確に、先生にも伝わるような言葉を。
だけど、ちゃんと見付けられなくて、結局手近なところにあった単語を繋ぎ合わせるしか出来なかった。
('、`*川「自分、が」
(´・_ゝ・`)「うん?」
──先生を助けたいとか。
先生のために何かをしたいとか。
そういうもの、私の中にはなかった。
私は決して、そんな立派な人間じゃない。
('、`*川「自分が悪者になるのが嫌だったの」
ようやく絞り出した瞬間、熱が溢れた。
流れ落ちる水滴を、先生は、いやに優しい瞳で見つめていた。
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688 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:15:48 ID:YWhnb/9EO
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(;、;*川「……トンネル行ったとき、先生の様子がおかしいの分かってた。
あのまま放っておくのは良くないって分かってた」
(;、;*川「で、でも、私、『もう変なところに行くな』ってことすら言わなかった。
言っても無駄だって思って、それで、」
俯き、涙を拭う。
すぐにまた溢れてくる。
(;、;*川「まさか先生がいなくなるなんて思わなくて……。
あ、あのとき、私が止めなかったせいで先生がいなくなっちゃったんじゃないかって考えたら、
私、私、すごく悪いことしたような気がして、恐くて」
(;、;*川「……もちろん先生がいないのが寂しいっていう気持ちもあったけど、
でもそれ以上に、ざ、罪悪感、罪悪感があったから、私……」
ひくり、喉が跳ねる。
震える声を抑えるのが、難しくなってきた。
こうして泣いているのも、結局は、自分自身を顧みた上での後悔が大半を占めている。
情けないったらなかった。
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689 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:17:07 ID:YWhnb/9EO
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先生からの反応がない。
恐々、顔を上げる。
(´-_ゝ-`)" コックリコックリ
先生は舟を漕いでいた。
(;、;#川「死ね!! 馬鹿!!」
心の底からの、全力の叫びだった。
庭から聞こえていた声が途切れる。
躊躇いがちに「どうかしましたかお」という男の子の問い掛けが障子越しに飛んできた。
男の子も女の子も、私がいることは把握しているようだ。
わざとらしく、いま起きましたよと言わんばかりの動作をしながら、
先生は「気にしないで」と返していた。
2人は明確に相手を認識した上で会話している。
詳しく訊きたいが、それ以前に、まず先生をぶん殴りたい。
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690 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:20:57 ID:YWhnb/9EO
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(;、;#川「人が! 人が頑張って懺悔してるのに!!」
(´・_ゝ・`)「長いしつまらないよ」
(;、;#川「死ね!!」
(´・_ゝ・`)「死んでるよ、多分」
先生は笑った。
私の怒りが引っ込む。ついでに涙も。
('、`*川「……そういう冗談、笑えないわ」
(´・_ゝ・`)「冗談のつもりはないけどね」
もっと悪い。
どうしてそんなこと言うの。
私は唇を噛み締め、ずっ、と鼻を啜った。
(´・_ゝ・`)「今度は僕が話そうか。
──『懺悔』した君には悪いけど、僕は、君が何と言おうと
心霊スポット巡りをやめたりはしなかっただろう」
(´・_ゝ・`)「それくらい、あのときの僕は必死だった。
霊の声を聞くようになって……姿を見るのも夢じゃないと思っていたからね」
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691 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:23:57 ID:YWhnb/9EO
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(´・_ゝ・`)「たくさんの場所に行った。有名なところもマイナーなところも。
遠いところも近いところも……」
先生は障子を見遣った。
口元に笑みを湛えたまま。
(´・_ゝ・`)「それでここに来た」
('、`*川「……うん」
(´・_ゝ・`)「そしたら、初めて幽霊を見れたよ。女の子と男の子。
びっくりした。普通の人間みたいに見えるのに、どこか人間とは違うんだね」
念願叶った割には、いつも通りすぎた。
ごくごく冷静に経緯を話している。
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692 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:25:59 ID:YWhnb/9EO
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(´・_ゝ・`)「彼らの両親はいなかった。
伊藤君、あの心霊写真覚えてる? 子供の霊が映ってたやつ」
('、`*川「先生が燃やしたやつ」
(´・_ゝ・`)「それ。
……あの子供と変わらないよ。子供だけを置いて、両親がいなくなった。
だから子供は母親や父親を欲している」
('、`*川「……。先生は、見事に父親として捕まったわけ」
(´・_ゝ・`)「そうだね。父親に似てたか何だか知らないが、気付いたらこんな状態だよ。
この家から出られない。外の状態が分からない。
飲み食いしなくてもお腹が空かない」
(´・_ゝ・`)「案外悪くはないけどね。
ただ、生きてるか死んでるか分からないのが気持ち悪いかな。
これで生きてるとも思えないけど、死体が見当たらないから確実に死んでるとも言えないし」
夕方、女の子が私の前に現れたのは、私が先生を連れていってしまうと思ったから邪魔しようとした、らしい。
彼女が泣いていた理由が分かった。
男の子の言葉の理由も。
家の中で私に微笑んだのは、私も「家族」にしようと考えたから。
箱が落ちてきた──先生の仕業だろうか──ことで、それは成功しなかったけれど。
今は、特別に私と話すのを許してくれているそうだ。
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694 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:29:25 ID:YWhnb/9EO
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(´・_ゝ・`)「幼いが故に純粋に寂しがってるだけで、悪い子じゃないんだろう。
現状からすると、いい子とも言えないけど」
('、`;川「……何でそんなに冷静なの」
(´・_ゝ・`)「ん?」
('、`;川「幽霊に捕まってんのよ。
死んでるかもしれないのよ。
どうして普通でいられるの? 怖くないの?」
(´・_ゝ・`)「怖くないよ」
言って、先生は黙った。
見つめ合う。もしかしたら、睨み合う、が正しいかもしれなかった。
そして──先生が口を開く。
(´・_ゝ・`)「君はきっと、僕より優れているのかもしれないね。
こんなこと、フリーター風情に言いたくはないけど」
褒められて、馬鹿にされて、反応が鈍った。
私が先生より優れているなんて、この人が言うわけがない。
何それ、と返すので精一杯だった。
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697 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:32:24 ID:YWhnb/9EO
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(´・_ゝ・`)「伊藤君ってさ、怖がりだよね」
('、`*川「……人並みだと思うけど」
(´・_ゝ・`)「でも僕はその『人並み』にもなれない」
物悲しい響きがあった。
初めて聞く声だった。
(´・_ゝ・`)「昔から……子供の頃からそうだった。
怪談の怖さが理解出来ない。
悪いことをするとオバケが来るよ、と親に言われても、だから何だとしか思えなかった。
そんなものより、異常者や凶悪犯が来る方がよっぽど恐かった」
(´・_ゝ・`)「生きている人間の悪意や狂気に対する恐怖は分かる。
でも、死んだ人間は怖くなかったんだ。
そんな、幽霊だけを怖がれない自分も理解出来なかった」
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699 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:36:27 ID:YWhnb/9EO
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(´・_ゝ・`)「生きていようと死んでいようと人間は人間だ。
なのに、死んでいる人間だけが怖くない。その違いが自分で分からない」
幽霊を見たことがないから怖がれないんじゃないかと、若き頃の先生は考えた。
それが、心霊スポットに行き、霊を探すようになった切っ掛けなのだという。
「人並み」になりたかった。
みんなと同じように、霊に対して恐怖を抱きたかった──らしい。
紛れもない、劣等感がそこにあった。
(´・_ゝ・`)「これは立派な欠陥だと思う。僕は欠けている。
伊藤君やミルナ君達に比べると、よっぽど劣っている部分だ」
('、`*川「……怖がらずに済むのは、羨ましいと思うけど」
(´・_ゝ・`)「怖がらないってことは、触れてはいけないものに気付けないってことだよ。
それは今の僕が証明している」
君子危うきに近寄らず。
そんな言葉が過ぎった。
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701 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:41:58 ID:YWhnb/9EO
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(´・_ゝ・`)「……怖がりな人なら、こんなところには来ない。
今回は僕を探すというイレギュラーな動機があったからともかく、
普段通りであれば、君は近付くのも嫌がる筈だ」
('、`*川「……」
(´・_ゝ・`)「つまり『怖がる』ことは危機回避に繋がるんだよ。
僕にはそれが無かった。
自ら危険な場所に赴いていたくらいだ」
先生は無敵だと思っていた。
でも、彼が言ったように、そんなことは全然なくて。
寧ろ私達よりずっと危険だった。
その結果がこれだ。
何よりも分かりやすくて、馬鹿らしい証明だった。
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703 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:44:11 ID:YWhnb/9EO
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(´・_ゝ・`)「そして僕はやっぱり欠けていた。
実際に幽霊を目の当たりにして、こんなことになっても──まだ、怖くない」
(´・_ゝ・`)「僕には初めから無理だったんだろうね」
先生の声に、私の心臓が跳ねた。
とても嫌な声だった。
低くて。温度がなくて。
私と先生の、──いや、もっと別の何かの距離が開いていく。
また涙が出た。
今度は後悔じゃなく、悲しみだけが涙を作り上げていた。
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704 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:45:52 ID:YWhnb/9EO
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せんせい。
何度目になるのか、力なく先生を呼ぶ。
先生は微笑む。
(´・_ゝ・`)「これで、長年求めていたものの答えは出た。
もういいかなって思ってる」
(;、;*川「……」
(´・_ゝ・`)「僕は帰ろうとは思ってないよ。
簡単に帰らせてもらえないだろうし、普通に帰れるかも分からないし」
ふざけんな。
帰りたいって言え、馬鹿。
私が一日捧げて探した苦労はどうしてくれるんだ。
文句は次々に出てきた。
ろくな解決策も浮かばないくせに、子供みたいに泣きながら、必死に先生に苦情をぶつけた。
先生は優しく笑っている。
ありがとう。ごめんね。
先生は私が聞きたくない答えしかくれない。
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705 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:48:55 ID:YWhnb/9EO
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(´・_ゝ・`)「そろそろ帰りなさい、伊藤君。
これ以上ここにいたら、君までこっちに引っ張られる」
(;、;*川
(´・_ゝ・`)「泣かないでよ。
もう僕なんかに振り回されずに済むんだから、君は喜んでいればいい」
喜べるわけないだろう。
たしかに先生には困らされてきたけれど、
いなくなって清々したなんて言えるほど薄情じゃない。
(´・_ゝ・`)「今までごめんね。正直、楽しかったよ」
私をすっきり送り出したいなら、そんなこと言うな。
なんて酷い人だ。
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708 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:51:59 ID:YWhnb/9EO
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(;、;*川「わ、私、は、……楽しくなんか、なかった……」
(´・_ゝ・`)「だろうね」
(;、;*川「でも、」
(´・_ゝ・`)「うん」
(;、;*川「でも、先生のことは、そんなに嫌いじゃない……」
(´・_ゝ・`)「うん」
先生は私の手を取り、立ち上がった。
私も腰を上げる。
障子の向こうから声はしないけれど、気配はする。
(´・_ゝ・`)「僕も伊藤君のことは結構気に入ってるよ」
部屋を出て、廊下を歩く。
玄関に着いて、先生は私の手を離した。
先生はもう片方の手に、「あれ」を持っていた。
私の鞄からなくなっていたもの。
先生が靴箱を開け、2段目にそれを置く。
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709 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:54:17 ID:YWhnb/9EO
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(´・_ゝ・`)「……もう僕のことを探そうとしないでね。
僕は今のままでいい。
なかなか平和で落ち着くし」
(;、;*川「ほ、本当に、帰る気ないの……」
(´・_ゝ・`)「うん。けど君が僕を探しに来てくれてたのは少し嬉しかった。ありがとう。
でももうやめなさい。どこで何があるか分かったもんじゃないよ。
僕はここにいる、帰る予定はない。それが結論」
今更気付いたけど、私は裸足で、先生は革靴を履いていた。
先生が私の隣に立ち、玄関の戸を開ける。
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710 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:56:14 ID:YWhnb/9EO
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(´・_ゝ・`)「ばいばい。僕は外に出られないから、ここまでだよ」
先生の顔を見上げる。
5秒、10秒。
私が視線を下ろすと同時に、先生は私の背中を押した。
家の外に出る。
一歩進むと、勝手に、もう一歩。また一歩。
塀を抜ける。
顔を上げると、見慣れた場所にいた。
私の家の近くだ。
振り返ってもあの塀は無くて、ご近所さんちの生け垣があった。
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711 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:57:10 ID:YWhnb/9EO
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空は白んでいる。
私は一層泣いた。
声をあげて、年甲斐もなく泣きじゃくりながら家へと歩いた。
コンクリートの表面がちくちくと私の足に痛みを与える。
玄関のドアを開けたところで、視界が暗くなった。
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712 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:57:54 ID:YWhnb/9EO
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目を開けると、私の自室、ベッドの上にいた。
窓からは朝日が差し込んでいる。
夜が明けた。
私と先生の夜話は終わった。
*****
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713 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 01:59:45 ID:YWhnb/9EO
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起きてきた兄に頼み込み、また車を出してもらった。
行き先は、隣県某町の、あの家だ。
到着したのは昼過ぎで、昨日とは違って明るかった。
掠れた表札のついた塀を通り、玄関に入る。
右手側に靴箱。
私は、その靴箱を開けた。
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714 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 02:01:30 ID:YWhnb/9EO
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──私が先生について知っていること。
名前。職業。大まかな年齢。
わがまま。子供っぽい。人を見下しがち。
幽霊が好き。心霊スポット巡りが好き。
あと、コーヒーが好き。
靴箱の2段目。
そこに置かれた、コーヒーの缶を取る。
真新しいそれは、私が昨日コンビニで買ったのと同じもの。
先生に会えたら飲ませてやろうと思って買った缶コーヒー。
缶は空だった。
誰かが飲んだばかりのように、飲み口の辺りの溝には、僅かにコーヒーが溜まっていた。
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716 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 02:02:27 ID:YWhnb/9EO
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先生は酷い人だ。
本当に。
あれは単なる夢だったのかもしれない。先生はどこかで旅行しているのかもしれない。
そんな希望すら残してくれなかった。
空き缶を両手で持って、また少し泣いた。
*****
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718 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 02:06:08 ID:YWhnb/9EO
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あれ以来、先生失踪に関する続報はない。
ミルナさんにあの日のことを話したところ、「しょうがない人だな」と言って笑っていた。
笑った後、物憂げに溜め息をついたミルナさんの顔が印象的だった。
もう、あの家には行っていない。
行ったら先生に怒られるだろう。
ちなみに貞子ちゃんには既に怒られた。
兄と弟、私の3人は並んで正座させられて説教を受けた。
本当に恐かった。
一番最近の恐ろしい体験は、その貞子ちゃんの説教。
幽霊を見たり怪奇現象に巻き込まれたりすることは、今のところ無い。
やっぱり先生がいないと平和だ。
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721 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 02:08:28 ID:YWhnb/9EO
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( ・∀・)「──ペニサスちゃん、棚の整理してきてくれるかな?」
('、`*川「はあい」
店長の指示を受け、私は返事をしてからレジを出た。
今はお客さんが少ない時間帯だ。
私は、先生と出会った日に「辞めてやる」と決めたコンビニでまだ働いていた。
そんなに人間関係悪くないし。
時給もそれなりにいいし。
それと。
もしかしたら先生が来るんじゃないかという、ほのかな期待があって。
ただしいつまでも待ってやるつもりはない。
クビになったり、就職したり、何かしらがあってバイトを辞めるまで。
それまでは、ここで待っててやらないでもない。
だから、帰ってこれそうなら早く帰ってこい。馬鹿。
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722 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 02:09:13 ID:YWhnb/9EO
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来客を知らせるメロディが鳴った。
私は入口へ振り返る。
('ー`*川「いらっしゃいませー」
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725 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 02:12:28 ID:YWhnb/9EO
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これで話は終わりだ。
フリーター風情の私が、教授センセーのクソジジイに最後の最後まで振り回された話。
いま思い出しても腹の立つような、しょうもない怪談。
それでも、そんなに悪い体験でもなかったように思う。
ただバイトに明け暮れて過ごす日々よりは、随分といいものだった。
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729 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 02:18:55 ID:YWhnb/9EO
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と、まあ、ここまで過去の話を語ってきたわけで。
過去が終われば、当然、今現在に繋がっている。
これから先は現在進行形。
明日、いや、ほんの一秒先がどうなるかは分からない。
バイトに追われる日々か、
新たな出会いがあって、何かが起こるか。
あるいは、また──奇怪で怪奇な夜話が、幕を開けるかもしれない。
とにもかくにも、こんな話に付き合ってくれたことに感謝したい。
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731 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 02:24:12 ID:YWhnb/9EO
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願わくは、私と先生の話で、あなたの夜が特別なものになりますことを。
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732 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/09/09(日) 02:24:59 ID:YWhnb/9EO
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('、`*川 フリーターと先生の怪奇夜話、のようです (´・_ゝ・`)
完