■引き潮のようです
└五
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71 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/05(日) 00:53:27 ID:VSK7w/hg0
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空になったパフェのグラスに蛍光灯の光が反射し、虹色に光っている。
それを眺めながら、茂良は先ほどの「シネマ・パラダイス座」の館長との会話を
漠然と思い出していた。
館長はロビーの壁にかけられた小さなパネルを指差す。
駅前時代のパラダイス座の白黒写真だ。雰囲気から判断しても、ざっと六十年は前だろう。
( ´曲`)「一番賑わっていた頃ですな。私が生まれた年の写真です」
よくよく凝視すれば、なるほど建物の外まで人、人、人で溢れているのが分かる。
壁に寄りかかって眠る者、煙草を吸う者、取っ組み合いを始めんとする者、十人十色だ。
不思議なことだが、茂良が夢の中で見たあの景色と瓜二つであった。
( ・∀・)「楽しそうですね」
(´曲` )「まぁ…祖父もこの頃が一番だと死ぬ前に言っとりましたね」
( ´曲`)「この町…潮ノ町の娯楽っつったら、これしか無かったんですよ。そういう時代ね」
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72 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/05(日) 00:54:10 ID:VSK7w/hg0
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引き潮のようです
五 シネマ・パラダイス座、祖父宅、東潮ノ見山公園
パラダイス座は終戦直後、当時四十代だった館長の祖父が立ち上げた。
空襲のダメージを引きずる当時の潮ノ町には、ろくな娯楽が存在しなかったこともあり、
開館から十数年、館内は常に観客で混雑していたと言う。
( ´曲`)「ロビーで世間話をするだけのためにね、来たりするんですよ」
( ´曲`)「ただの映画館じゃなくてね、コミュニティ的な役割も兼ねてましてね」
戦後の潮ノ町の一等地にどっしりと構え、町民の数少ない憩いの場として重宝されてきた。
最早この町の象徴だったと言っても過言ではない、と館長は雄弁に語る。
( ・∀・)「その象徴が、何で閉館しちゃったんですかね?」
(´曲` )「まぁ…豊かになりましたから。娯楽の選択肢も増えてね」
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73 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/05(日) 00:55:15 ID:VSK7w/hg0
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( ´曲`)「それにね、どんどん若い人が外へ出るんですよ。働き口が少ないから」
( ´曲`)「で、お客さんの歯止めが効かなくなって、畳んじゃって」
頭の中を、祖父の「若い者は皆東京へ出るようになった」という言葉が反響する。
パラダイス座の閉館も、叔父が就職で東京へ出る直前の出来事だった。
(・∀・ )「…じゃぁ、この映画館は?」
(´曲` )「これはですねぇ…二代目、まぁ親父ですわ」
( ´曲`)「どうしてもパラダイス座をもう一度復活させたい、って言い始めましてね」
パラダイス座の閉館は、館長の父親に経営が変わって直ぐのことだった。
( ´曲`)「親父は責任感が強くてね…何十年も悔やんでたんですよ」
(´曲` )「だからオオカワヤのリニューアルに映画館の誘致があると聞くと、真っ先に飛びつきまして」
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74 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/05(日) 00:56:21 ID:VSK7w/hg0
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曰く、ある日父親がオオカワヤのリニューアルに関する文書を見せつけ、こう言った。
パラダイス座をもう一度作ろう、融資の当てもある。
そして、父の必死の説得に音を上げた館長は勤めていた会社を辞め、
父と共に会社を立ち上げ、「シネマ・パラダイス座」の再開館に漕ぎ付けたのであった。
( ´曲`)「貯めてたんですよ…お金を、三十年間も。流石に驚きましたね」
(´曲` )「でも、これが出来てすぐに体調崩しちゃって、今も入院してるんですよ」
( ・∀・)「じゃぁ、本当の館長はお父さんが?」
館長は含み笑いを浮かべながら、頭を掻く。
照れ隠しのようにも、呆れ笑いのようにも見えた。
(´曲` )「の、はずだったんですけどね。歳も行ってるし、どうなるのか」
( ´曲`)「まぁ…仮に親父が戻ってきても、無いけどね。親父が望むような景色は」
閑散としたロビーを眺める。
真新しい設備が、より一層悲壮感を際立たせているような、気がする。
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75 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/05(日) 00:57:29 ID:VSK7w/hg0
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( ´曲`)「まぁ…思うのは、映画館はもう町の顔でも、何でもないんですよね」
町の顔、町の象徴、町を飾る普遍的存在。
しかし、パラダイス座を閉館に追いやったのもまた、町以外の何物でもなかった。
オオカワヤを出た頃には、既に五時を過ぎていた。
帰りの車のFMから、聞き覚えのある音楽が流れてくる。
( ・∀・)「…これ、聞いたことあるかも」
( ´д`)「聞いたことあるも何も…ついこの前までCMで使われてたやつじゃん」
(・∀・ )「何の曲?」
( ´д`)「いや、そこまでは知らねぇけどさ…」
すると、前方の運転席に座っている叔父がため息をつく。
(; `ー´)「お前ら、これ、知らないのか」
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76 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/05(日) 00:58:44 ID:VSK7w/hg0
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( ´д`)「あれ、知ってるんすか」
( `ー´)「映画のサントラだよ…ニューシネマ・パラダイス」
( ・∀・)「ニューシネマ・パラダイス?」
(`ー´ )「知らないのか、名作だぞ」
( ・∀・)「………」
最早馬鹿馬鹿しくなってしまい、何を言う気にもなれない。
今朝方の夢から今に至るまで、全ての物事が一直線に繋がっているような、
薄気味悪いまでに出来すぎと言うか、言い知れぬ妙なくすぐったさを覚えると言うか、
ともかく、奇妙な話であることは確かだった。
( ・∀・)「なんか怖いな」
(´д` )「怖い?」
( -∀-)「何でもない、何でもない」
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77 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/05(日) 00:59:48 ID:VSK7w/hg0
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( `ー´)「…にしても、アレだな」
車はトンネルを抜け、潮ノ湾海岸線と合流する。
窓を開けると、予想以上にひんやりとした潮風が顔を突き刺してくる。秋は近い。
( `ー´)「この手の音楽を聴くと、意味も無くしみじみと来ちゃって…」
(´∀` )「そりゃもう、歳だから…」
(`ー´ )「認めたくねぇけどなぁ、歳のせいだとは」
西日は既に沈みかけている。
橙色の光が、真っ青な海に徐々に溶け込んでいく様を見た。
( `ー´)「でも…ノスタルジックなものにさ、弱くなるんだよ。どんどんね」
( `ー´)「段々分かってくるんだよ、昔の自分にゃ戻れんって」
家へ戻ると、既に夕食が用意されていた。
甲子園の速報を見ながら、茄子の茶わん蒸しを一気に口の中へかきこむ。
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78 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/05(日) 01:00:53 ID:VSK7w/hg0
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( ´父`)「なぁしてそんな、必死になっとるんかね」
( ・∀・)「いや…ちょっとやらなきゃいけないことがさ」
そう応えると、茂良は隣で枝豆をつまんでいる茂那に素早くアイコンタクトを送る。
「俺らは先に公園へ行って準備だ」の合図である。
しかし、茂良が必要以上に求めすぎたのか、それとも茂那が鈍感なのか
彼はこちらに視線を寄せている茂良の顔を一瞥するなり
( ´д`)「何だお前、気持ち悪い」
と吐き捨てた。
( -∀-)「いや…だからさ、お前もあるだろ?やらなきゃいけないこと」
( ´д`)「え?」
( ・∀・)「…『すいか』」
( ´д`)「………」
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79 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/05(日) 01:01:37 ID:VSK7w/hg0
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( ・∀・)「『公園』」
(´д` )「………………」
( ´д`)「あー、はいはいはい!!」
(´д` )「分かった分かった、分かりました分かりました…」
漸く茂那は全てを理解したのか、皿の上のから揚げを口一杯に詰め込む。
ふと祖父の方に目を向けると、怪訝な顔をしてこちらを見ていた。
夜の東潮ノ見山公園は、中央に建つポールからの明かりを除くと
完全なる真っ暗闇だった。
手元が見えないのは少々不便だが、花火にはもってこいと言えるだろう。
( ・∀・)「まぁ、懐中電灯でも用意すりゃいいんよ」
( ´д`)「水はどうする?」
(・∀・ )「水道があんだろ?あっちに」
( ´д`)「さっきバケツどこに置いたっけか…」
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80 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/05(日) 01:02:34 ID:VSK7w/hg0
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その直後、茂良の向こうで鈍い音がしたので目を凝らしてみると、
茂那が滑り台の柱に頭をぶつけたのか、頭を抱えて呻いている姿があった。
( -∀-)「目ェ凝らしとかないときついぞ」
(´д` ;)「冗談じゃねぇよ、変なとこ打って死にそうだわ」
ブルーシートを敷き、その上に持ち出してきたスイカを置く。
形はあまりよろしくないが、安物故に仕方あるまい。何より、質の問題ではないのだ。
( ・∀・)「で、これでパーン!と」
茂良が物置の奥から取り出してきた木刀を手に取る。ずしりと重い。
( ´д`)「これ、持てんのか。爺ちゃんが」
(; ・∀・)「そんくらいの体力はあるだろう…」
(´д` )「それに、割ったスイカはどうすんのよ」
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81 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/05(日) 01:03:32 ID:VSK7w/hg0
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( -∀-)「そりゃ、食うだろ」
( ´д`)「どこで?」
( ・∀・)「ここで?」
( ´д`)「ロクに明かりも無いのにか」
( ・∀・)「じゃぁ、破片を持ち帰って家で食うか」
(´д` )「馬鹿かお前…だったらここで割る意味無いだろうが」
駄目だ、と茂良が首を横に振る。
( -д-)「お前は風流っていうものを分かってないんだよ」
(´д` ;)「風流って…」
茂那はお手上げだと言わんばかりに肩をすくめた。
この勝負、茂良の粘り勝ちである。
続
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