■引き潮のようです
└四
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57 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/01(水) 22:07:31 ID:N4W7X6u20
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ドアが開き、たちまち冷風が三人の体を包み込んだ。
今の今まで粘っこく纏わりついていた重苦しい熱気が、四方八方へ逃げていく。
(; `ー´)「あーいいねぇ、いいねぇ…」
叔父が掌で顔の周りを必死に仰ぐ。
ペラペラのYシャツ、肩に手拭いをかけ、ステテコにクロックスの偽物、典型的な「中年」の出で立ちである。
十年前十年前と、何かに気付く度に昔のことを思い出すのもなんだが
あの頃の叔父は、今よりもう少しスラッとしていて、若々しい服装をしていたような気がする。
( ・∀・)「汗っかきなんですか、叔父さん」
(`ー´ ;)「いやぁ、まぁ昔からね」
(; `ー´)「でもちょっと今年は…異常だなぁ。異常」
ドアの向こうの駐車場が、熱気を帯びて揺らめいて見える。
南中手前の太陽が放つ熱気はより鋭さを増し、ジリジリとアスファルトを焦がしていく。
引き潮のようです
四 オオカワヤ、キネマ・パラダイス座、カフェ・サンライズ
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58 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/01(水) 22:08:27 ID:N4W7X6u20
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(; ´∀`)「異常っつったら…異常かもなぁ」
茂那もまた、叔父に負けず劣らずの汗かきである。
今朝のローカルニュースでは、潮ノ見地区は三十五度を超える猛暑日だと、
異常な暑さが続くと、ニュースキャスターが真面目な顔をして話していた。
( -∀-)「毎年異常だ―っつってるよ、テレビは」
( ・∀・)「分かんないけどなぁもう、暑いのが当たり前すぎて…」
(`ー´ )「どっちにしても汗ダラダラなのは勘弁だよ」
叔父の汗はいつの間にか引いていた。
この建物、空調があまりにも強い。外との気温差は、少なく見積もっても十五度前後はありそうだ。
( ´д`)「汗っかきは風邪引きやすいんだよなぁ…」
汗ばんだシャツを見下ろしながら、鬱陶しげに呟くのが聞こえた。
フロア内を進んでいく。
中央に大きい通路があり、脇に小さなセレクトショップがずらっと並んでいる。
郊外型のショッピングセンターにありがちな、モール型というやつだ。
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59 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/01(水) 22:09:14 ID:N4W7X6u20
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天井は二階からの吹き抜けで、陽光がいい塩梅で中央の絨毯を照らす。
通路の突き当りには映画館があり、ポップコーンの匂いが向こうから漂ってきた。
( ´∀`)「あんなもんまで出来たんだな」
( ・∀・)「…って言うか、客はちゃんと入るのかな。あれ」
皆昼食を摂っているのだろうか、チケットカウンターに並ぶ客は見えない。
カウンターに座っている女性がデジタル時計を手に取り、ぼーっと見つめている。
(´д` )「暇そうだ」
( `ー´)「まぁ、普段はもうちょい入ってんじゃねぇかな」
折角だからと、映画館の様子を伺うことにした。
薄暗いロビーに真新しいソファ、映画のグッズが並ぶ売店、
壁上に設置された巨大なモニターを見ると、
画面の中をアニメのキャラクターが縦横無尽に動き回っている。
( ´∀`)「流行ってんの?あれ」
(-∀- )「…いや、そういうのはお前の方が詳しいんじゃない?」
( `ー´)「でも、人気なんだろ?映画になるくらいには」
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60 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/01(水) 22:09:59 ID:N4W7X6u20
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三人の会話をよそに画面は目まぐるしく流れ、
「3D版も大ヒット上映中!」とナレーションが甲高い声で叫ぶと、
予告編はあっという間に終了した。
( ・∀・)「3Dねぇ」
(´д` )「あれってさ、もっとワッって飛び出すかと思ってたんだけど、別にそうでもないんだよな」
(・∀・ )「あっ、そうなの?」
( ´д`)「しかも3Dっぽく見える部分だって、半分あるかどうかも分かんねぇしさ」
(`ー´ ;)「…じゃぁ何、割と見かけ倒しなんか」
(; ´д`)「…まぁ、500円余分に払ってまで見る価値はなぁ」
茂那はそう呟くと、受付の方に顔を向け、顎をしゃくった。
受付上に設置されたディスプレイには、上映中の映画館の料金、空席状況、
上映先のシアター番号が表となってまとめられている。
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61 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/01(水) 22:11:07 ID:N4W7X6u20
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それを見ると、同じ映画にも
「オリジナル通常字幕」
「オリジナル通常吹き替え」
「オリジナル3D字幕」
…と、いくつものパターンがあり、確かに3D版は通常盤と比べると500円ほど割高だった。
( ・∀・)「でも、需要はあるんだろ?」
( `ー´)「まぁそうだろうな、作り続けてるってことは」
(`ー´ )「でも…3Dって、憧れだったからな。俺らの年代にとっちゃ」
叔父が腕を組み、しみじみと呟く。
( ´д`)「憧れ?」
( `ー´)「まずさ、平面から立体が飛び出すわけだ。びょーんっつって」
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62 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/01(水) 22:11:57 ID:N4W7X6u20
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(; `ー´)「それがよ、近未来的に見えるのよ。すげぇ!!って…」
そう語り終えると、おもむろに二人の顔をまじまじと見つめ、
「お前らには分かるまい」とでも言いたげに深いため息をついた。
考えれば叔父は五十も間近、東京五輪の数年後に生まれ、
物心ついた時には、日本中が大阪万博で湧き立っていた…そんな色めいた時代に、幼少期を迎えた世代である。
日進月歩の技術社会を肌で感じてきた男ならではの感慨、というものなのだろうか。
( ´∀`)「まぁ、俺らにとっちゃなぁ?」
(-∀- )「立体的だっつって、だから何ですか?みたいな…ねぇ?」
( `ー´)「…まぁねぇ」
(`ー´ )「でも、そういう変わり種を取り入れないと客が入らねぇんだろ。付加価値って言うか…」
皆必死なんだよ、と叔父は吐き捨てて映画館を出た。
茂那もそれに続き、茂良だけが閑散なロビーの中に、独り取り残された。
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63 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/01(水) 22:13:07 ID:N4W7X6u20
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近くのソファに腰を下ろし、天井近くのモニターに視線を移す。
予告編のストックはとうに流れ終わったのか、
ブルーバックに、この映画館のものと思われるロゴが映っている。
( ・∀・)「えーっと?」
筆記体フォントを使用しているのか少々見難いが
そこには確かに「Shinomachi Cinema Paradise」と書かれていた。
どこかで聞いたような名前だ。
( -д-)「えぇ…あれだ、あれだよ」
頭の中の記憶のロープを手繰り寄せ、辿り着くは、今朝の夢の中。
遥か昔に潰れた駅前の映画館、駅から来た客でごった返す玄関ロビー。
出入り口はモダンなガラス張りの回転ドア、その上に取り付けられた巨大な看板、
赤青黄色のネオンに縁取られ、果たして何と書かれていただろうか…。
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64 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/01(水) 22:13:57 ID:N4W7X6u20
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「…あー、お客さん?」
突然、背後から中年の男の声が飛んできた。
(; ・∀・)「あっ、はいっ!?」
( ´曲`)「何か、ありましたかな?」
(・∀・ ;)「あっ、いや…えっ、何がですか?」
( ´曲`)「いえいえ、ロビーで何分もぼーっとしているものですから」
男は、慌てふためく茂良を訝しげに見下ろす。
考えれば、誰もいないロビーで独り何をするわけでもなく、ぼおっと佇んでいる若者である。
怪しげに思われても仕方が無い。
(; -∀-)「いやぁ、まぁ…ちょっと考え事を…?」
( ´曲`)「はぁ」
(´曲` )「まぁ、何でもいいんですがね」
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65 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/01(水) 22:15:31 ID:N4W7X6u20
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男がモニターを細い目で眺め、肩をすくめた。
( ´曲`)「私ね、ここの館長なんですよ。この、キネマ・パラダイス座ね」
( ・∀・)「あっ…」
そこで、漸く思い出す。
夢の中の映画館の名前も「キネマ・パラダイス座」だった。
( -∀-)「…いや、そうでしたか。ははっ」
茂良は含み笑いをしたが、男には当然その意味が分かるわけもなく、
若干怪訝な顔を向けながらも、こう続ける。
( ´曲`)「まーぁ、人が入りませんで、こうやってお客さんに話でも振らんと、暇で暇で」
( ・∀・)「飯時ですからねぇ…」
話によると、この映画館はどの大手配給会社の系列下にも属していない、
完全に独立された個人経営のものらしい。
(・∀・ )「珍しくないですか?シネコンにしては」
( ´曲`)「珍しいかも分からんですねぇ、この手のスーパーに併設されてるものとしては」
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66 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/01(水) 22:16:18 ID:N4W7X6u20
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(´曲` )「昔ね、潮ノ町の駅前に映画館があったんですけどね」
(´曲` )「ありゃぁ、私の祖父が経営していたものでしてね…もうずいぶん前に潰れましたが」
( ・∀・)「あー」
( -∀-)「…その映画館の名前もやっぱり『キネマ・パラダイス座』だったり?」
( ´曲`)「あれま」
館長が素っ頓狂な声を上げる。
( ´曲`)「よぅ知っとりますね、生まれてないでしょ?」
(-∀- )「まぁほら…何かこう、知ってるんですよ」
今朝の夢は必然か。
それにしても、どうも出来すぎた話ではある。
( ´д`)「出来すぎた話だ」
茂那が「特大宇治金時」を乱暴に崩しながら呟く。
大きな白椀の上に「これでもか」と言うほどに積まれた氷の結晶の山は、
息を少し吹きかけるだけでも、簡単に潰れそうなほどに脆い。
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67 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/01(水) 22:17:57 ID:N4W7X6u20
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( `ー´)「駅前のあれは、キネマなんとかっつってたけどなぁ。確かに」
( ・∀・)「でも、はっきりと見たんすよ。夢の中じゃぁ」
(´д` )「お前が見た夢なんて分かるかい、そんなんいくらでも言えるって」
( `ー´)「まぁ、仮に作り話だとしても大した想像力だぁ」
茂那と叔父は顔を見合わせ、「ききき」と人を小馬鹿にしたような笑い声を上げる。
ここは、オオカワ二階の「カフェ・サンライズ」。
元々は「日ノ出食堂」と言う大衆食堂だったが、改装を機に一気に小洒落たカフェへと変貌し、
店名もそれに合わせてカタカナ横文字になったようだ。
日ノ出食堂時代から「夏限定特大かき氷」が有名な店だったが、
改装後も別段変わることなく、夏季のシンボルメニューとして存続していた。
( ´〜`)「にしてもデカいな、ひたすらにデカい」
いくら口に運べど氷の山は消えず、段々と嫌気が差してきたのか、
機械的にスプーンで氷を運び、口の中に放り投げ、しかめっ面で噛み続ける。
( -∀-)「いちごパフェにしといて良かったよ…」
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68 名前: ◆izumiRfWz6[] 投稿日:2014/10/01(水) 22:18:42 ID:N4W7X6u20
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( ´д`)「いや…店の前に『大人気特大かき氷』って旗まで飾ってあんだから、それを頼むだろ普通」
( ´〜`)「素直に定番メニューを頼まないなんて男じゃねぇよ」
茂那の口調が段々と荒々しくなっていくのが分かる。
茂良は肩をすくめてため息をつき、グラスの水を一気に飲み干す。
ポットを手に取り新しい水を注ごうとするも、すっかり中身は空だった。
( ・∀・)「あっ、すいませーんお冷ください」
反応は無い。
(; ・∀・)「あれっ…すいませーん!!お冷お冷」
すると、厨房の奥から骨ばった初老の男が、ポットを持ってこちらにやって来た。
その風貌は「カフェテリアの店員」より、「大衆食堂のおっちゃん」と形容した方が、しっくりとくる。
<; `∀´>「いやぁ申し訳ないねぇ、なんせ昼時だから皆忙しくってさ」
男は乱雑に冷えたポットを置くや否や、そそくさと厨房に戻り、炒飯を必死に混ぜ始めた。
額に汗を滲ませ、隣の女性店員に何かを大声で捲し立てている。
( `ー´)「カフェにする意味、あったかぁ…?」
続
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