- 28 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 08:58:05 ID:aULZrvKY0
-
部屋に戻ると暗がりの中から微かな旋律が聞こえた。
明りを点ける。
ツンが水面に浮かび唄を奏でていた。
その声はか細く、僕の記憶にあったツンの歌声だった。
( ^ω^) 「ツン」
ξ゚听)ξ ぶん。おきゃえり。
( ^ω^) 「ああ」
手を差し伸べる。
ツンはすいと泳ぎ寄って頬ずりするように上半身の全てを使って指先を抱きしめる。
柔らかく冷たい。少しぬるりとしている。
( ^ω^) 「離れろ。火傷する」
ξ゚听)ξ いーしょ
( ^ω^) 「ツン」
ξ゚听)ξ つん。ぶん、いーしょ。
( ^ω^) 「……ああ」
- 29 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 08:58:56 ID:aULZrvKY0
-
翌朝僕は、ツンが元気を取り戻したことを猫に伝えた。
彼は酷く間を空けたあとに。
(,,゚Д゚) 『そうか』
とだけ言った。
正しい何かを知る彼の意見を聞くのが恐ろしく、僕はこれまでの礼を言って窓を閉めた。
ξ‐凵])ξ 〜〜♪
ツンは、相変わらずであった。
相変わらずだったが、変わったこともあった。
いくらか成長し、さらに人間らしい形になり、美しくなり、言葉も少し達者になり。
そして以前よりも暗く重い旋律や激しく情動的な旋律を好むようになり、
かつて好んだ優しく軽やかな旋律や静かで寂しげな旋律を聞くことも歌うことも減って行った。
僕はその変化を自然に受け入れた。
むしろ、それを望んでいたようにすら思う。
少しだけ色を変えた僕とツンとの生活はそれでも穏やかに続いた。
- 30 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 08:59:49 ID:aULZrvKY0
-
夢を見る。
僕はいつものベッドに寝そべっていて、天井を見ている。
カーテンを閉め忘れていた。
夜色の空に、星が浮かんでいる。月はようやっと眠れたらしい。
口から泡が抜けてゆく。
水を吸い込む。
不思議と噎せらず苦しくも無い。
鏡があれば顎と首の境目にえらが出来ていないか確かめられたろうに。
ツンは僕の傍にいた。
年頃の少女のような姿で僕の腰元に寄り添っている。
僅かに動く唇の隙間から唄が零れていた。
愛らしい。
成長した体に僕の視線は少しだけ恥じらった。
ツンが僕の顔を見た。
いつもは魚のように半開きになっている口を揃えて少し端を持ち上げて。
そう。微笑みのような表情を見せる。
その顔が誰かに似ていたことだけを忘れて、僕は目を覚ました。
- 31 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:00:48 ID:aULZrvKY0
-
それから少し経った土曜日のこと。
残業を重ねて疲れ果てた、六連勤最終日の帰り道。
電車で寝過ごし二つ余分に過ぎてから降りた駅で僕に流れている時間が止まった。
ζ(ー *ζ
( ∀ )
向かいのホームで親しげに腕を組むその男女はどうやら少し酒に酔っているようだった。
僕には聞こえない声の大きさで何かを囁き合い笑い合っている。
男のことを僕は知っていた。
元恋人と同じ職場の一つ下の青年だ。
以前見たのは歓迎会だかの写真だったが、その頃よりも少し大人びて見えた。
真面目で頑張り屋で皆に好かれる子なのよと恋人が誉めていたのを覚えている。
確かに人柄の良さそうな、日向の気配を感じる人だった。
電車がホームに入る。
僕の視界から二人は隠される。
平坦な駅員の声。発車のベル。走り出す銀色の車両。
電車の居なくなった僕の視界からはその男女もまた消えていた。
家に帰りツンに一声だけかけて床に就く。
どこかで買ったウィスキーは僕の正常性を冷たく焼いている。
- 32 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:01:21 ID:aULZrvKY0
-
夢を見る。
僕はいつものベッドに寝そべっていて動くことができず天井を見ている。
金縛りのような苦しさは無く眠気に体が沈み込んで感覚が優しく痺れるようなそんな感覚。
微睡の水の中をツンが泳いでいる。
掌に乗ってしまう大きさでは無くまるで本当に人のような大きさになっていたが
僕はそれがまぎれも無くツンだと理解している。
人の身体は劣情を忘れるほど美しく。
魚の下半身は腐臭を放つかのように醜く見えた。
ξ )ξ ぶん。
ツンの両手が僕の首を掴む。
冷たい。
ゆっくりと、水になった微睡の圧が全てそこに集まっているかのように、僕の首が絞められていく。
ξ )ξ ぶん。
ツンの眼から溢れた黒い水が、融けて煙のように揺蕩う。
うっ血し膨らむ意識から手を放し、代りにツンの頬を触れる。
ξ )ξ ぶん。
。
- 33 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:01:53 ID:aULZrvKY0
-
朝日の差しこむ音で目が覚めた。
ツンは、水槽の底で砂利に寝そべり眠っている。
僕は起き上がり、洗面所へ向かった。
( ^ω^) 「夢だろう」
鏡を見て呟く。
( ^ω^) 「夢だったはずだろう」
僕の首には、人の手形のあざが残っている。
- 34 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:02:44 ID:aULZrvKY0
-
(,,゚Д゚) 『お前はどうしたい』
サッシを三度叩いた後に現れた猫は、僕の話を聞くなりそう言った。
( ^ω^) 「どうって」
(,,゚Д゚) 『これを殺さなければお前が殺される』
胸がずくりと痛んだ。
部屋の中ではツンが歌を口ずさんでいる。
いつもと変わらぬ心地のいい旋律だ。
彼女に大きな変化は見て取れなかった。
朝起きれば、僕に声をかけたし、指を差し出すと愛おしげにすり寄った。
とても、僕を殺そうとしているようには見えない。
(,,゚Д゚) 『あれが何を思うかは関係ない。性だ。呼吸のように鼓動のように、ある限りは必然起きる』
僕の胸中を悟った猫は僕の甘さを否定する。
首にある痣を指でなぞった。
相応に熱を帯びた体表の一部でありながらそこだけがほんのりと冷たい。
- 35 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:03:15 ID:aULZrvKY0
-
( ^ω^) 「でも、殺したりしたら祟りにあうって」
(,,゚Д゚) 『方法はある』
猫はそれ以上言わずに、僕をじっと見つめた。
カーテンを閉めた薄暗い部屋の中、洞穴の出口ような目を、僕は見返す。
( ^ω^) 「ツンがいなければ、俺は今も苦しみ、噎せいでいたかもしれない」
(,,゚Д゚) 『ああ』
( ^ω^) 「それを、殺すのか」
(,,゚Д゚) 『でなければ』
( ^ω^)
(,,゚Д゚)
( ^ω^) 「……少し、考えさせてくれ」
(,,゚Д゚) 『黄昏時にまた来よう』
- 36 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:03:56 ID:aULZrvKY0
-
ξ‐凵])ξ 〜♪
( ^ω^) 「つん」
ξ゚听)ξ´
( ^ω^) 「おまえ、」
ξ゚听)ξ ?
( ^ω^) 「……」
ξ゚听)ξ さんぽ?
( ^ω^) 「……散歩には行かない」
ξ゚听)ξ いかない
( ^ω^) 「ああ」
ξ゚听)ξ だめ
( ^ω^) 「そうだ」
ξ ゚)ξ
ξ ゚)ξ ざんねん
( ^ω) 「……」
- 37 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:04:44 ID:aULZrvKY0
-
気づけば、窓から差し込む陽光が赤くなっていた。
今日が終わる気配が、その光の中にあまりに不穏に漂っている。
(,,゚Д゚) 『決めたか』
( ^ω^) 「ああ」
(,,゚Д゚) 『どうする』
( ^ω^) 「……ツンは、殺せない。なんとか、する」
言葉と一緒に自分の中から何かが転げ落ちたが、床を見てもそれは見つからない。
間を置いて「わかった」と答えた猫を、僕は見ることができなかった。
肉球が床を、棚を、ベランダを叩く音。
顔を上げた時、猫の姿はもう無かった。
ξ‐凵])ξ 〜♪
( ^ω^) 「……」
夕日が沈んでゆくのが見えた。
夜が来る。
赤い光が地平に失せて、飛び降りる速さで夜が来る。
- 38 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:05:15 ID:aULZrvKY0
-
気付けば僕はまた微睡の中にいた。
いつの間に眠ってしまったのか寝入りの瞬間どころかその前の記憶すらも無い。
起きていればきっと何とかなると思っていた僕は、やはり甘かったのだろう。
ツンの白い手が僕の首に伸びた。
ぬらりとした鱗が体に触れる。
ξ )ξ ぶん。
体が動かない。
締め上げられる苦しさもどこか遠く、薄らいでいく意識は、単に深い眠りに戻るだけのような静かさだった。
冷たいのに、生ぬるい。
水と自分の境界線があいまいで、体が蕩けて無くなってしまいそうだ。
ξ )ξ ぶん。
ツンの眼には。
ξ )ξ ―――――。
- 39 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:06:21 ID:aULZrvKY0
-
大きな何かが倒れる音で目が覚めた。
慌てて上半身を起こす。
頭の重さに眩暈がした。何が起きたのか確認できないまま、頭を抑える。
水の気配がした。
少し生臭い。鼻の奥に粘つく湿気がある
カーテンが風で膨らみ月明かりが差し込む。
白い光の中に見慣れた金色の双眸が輝いた。
( ^ω^) 「ね」
猫は僕を見る。
( ^ω^) 「こ」
月は猫だけでなく、その口に咥えられた魚の半身も照らし出していた。
陰から白い手が垂れている。動かない。ピクリとも。
水槽に張り付いた水滴が流れ落ちてちらりと光った。
( ^ω^) 「猫」
猫は答えない。
爆ぜるように駆け出し、僕を踏み越えて窓から飛び出して行った。
すぐにカーテンを開けるもその姿はどこにも無く、見慣れた街の眠る影だけが静かに立ちはだかっている。
- 40 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:07:20 ID:aULZrvKY0
-
水槽から零れた水と砂を片付ける内に、カーテンを開いたままの窓から朝陽が差し込んできた。
白い朝だ。白々しい朝だ。
藍の空に東から染み渡る山吹が馴染んで、透明な青になってゆく。
砂利を集め終り水を拭いきって濡れた服や座布団を洗い終わり、僕はベッドに座った。
水槽にはほんのわずかな砂と、渇きかけて白くくすんだ水が残っている。
つい半日前までそこで歌っていた彼女はどこにもいない。
外を見る。
鳥の鳴き声が聞こえた。
窓が半開きだったことを思い出し、閉め直す。
猫はどうやってこの窓を開けたのだろうか。
彼のことだから、何かしら手段があったのだろうか。
それよりもなぜ。
( ^ω^) 「猫は」
独り言を遮る様に「にゃあ」と声がした。
(#゚;;-゚)
白い猫が僕を見ている。
- 41 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:08:07 ID:aULZrvKY0
-
白い猫に招かれるままついて行った場所は普通に生活していれば絶対に立ち入らぬような入り組んだ路地だった。
そこからさらに廃棄物置き場や何の残骸かも知れない瓦礫を超えて奥へと進む。
物陰から頭上の梁から大勢の猫が僕を見ている。
肩を壁に擦らなければ進めないような場所を抜けるとふと開けた空間に出た。
住宅やビルを乱立していった結果、要領悪く出来てしまった隙間のような空き地だ。
四方が壁になっていて、薄暗く人の目は無い。
唯一ある東側の住宅の窓もタンスか何か、木目のある板で塞がっている。
( ^ω^) 「……猫」
猫はその空き地の奥、積んだまま置き去りにされた建材の上にいた。
僕の接近に気付き、傍らに寄り添っていた数匹の猫たちが離れる。
取囲むように僕を見る彼らの目は友好的なものでは無かった。
- 42 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:08:43 ID:aULZrvKY0
-
(,,‐Д‐) 『……お前か』
( ^ω^) 「大丈夫なのか」
(,,‐Д‐) 『腹を壊しただけだ』
( ^ω^) 「……人魚を食ったのか」
(,,‐Д゚) 『猫が魚にしてやれることなど』
猫がのそりと起き上がる。
後ろ足は力なく寝そべらせたまま前身だけを僕に向けて立たせる。
(,,゚Д゚) 『喰らう以外には無いだろう』
いつもよりも痩せて見える顔だが、輝く目だけはいつも通りだった。
( ^ω^) 「それが人魚を殺す方法なのか」
(,,゚Д゚) 『魚に限らん。鳥でも、蟲でも、小さいものは食えば何とかなる』
「この通り腰が抜けるがな」と加えて、猫は再び建材の上に伏せる。
息が荒い。目やにが多い。腰よりも大事なものが抜け落ちているように見える。
- 43 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:09:24 ID:aULZrvKY0
-
( ^ω^) 「何故、人魚を殺した」
(,,゚Д゚) 『……』
( ^ω^) 「そこまでして俺を見捨てなかった理由を聞きたい」
(,,゚Д゚) 『お前の為では無い』
( ^ω^) 「……」
(,,゚Д゚) 『人魚が俺を呼んだ。アレは自分が何かを悟っていた』
( ^ω^) 「ツンが」
(,,゚Д゚) 『お前を救いたかったのは俺では無い。アレだ』
( ^ω^) 「……ツンのために?」
(,,゚Д゚) 『これは、アレの腸から出てきたものだ』
猫はゴミを払うように前足で体の下から小さな輪を差し出した。
内側に僕と、もう一人の頭文字が刻まれた安物の指輪だった。
- 44 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:12:31 ID:aULZrvKY0
-
(,,゚Д゚) 『人の昂った情など、魚鳥の身には強すぎる』
( ^ω^) 「そうか、あの時」
(,,゚Д゚) 『情のこびり付いたこれを餌と紛い喰らい孕んだ鯉こそ間抜けだが』
( ^ω^) 「僕は、あの池に」
(,,゚Д゚) 『産み落とされ持て余され仲間からはあぶれた異形のそれはあまりに哀れだ』
( ^ω^) 「指輪を、すてた」
(,,゚Д゚) 『せめて、お前らの情がそうであるように、時と風雨に融けて穏やかに終えればいいと思ったが』
( ^ω^) 「じゃあ、ツンは」
(,,゚Д゚) 『お前らの愚かさを侮った俺もまた愚かだった。その尻拭いをしただけだ』
( ^ω^) 「僕が?」
(,,゚Д゚) 『人の関わらぬものが人の姿で現れるかよ』
( ^ω^) 「……そうか」
- 45 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:13:28 ID:aULZrvKY0
-
( ^ω^) 「俺は自分で捨てたものをよしよしと愛おしがっていたのか」
(,,゚Д゚) 『そういうものだ』
垂れていた尻尾を猫は重たげに体に巻き付けた。
(,,゚Д゚) 『ただ要らぬ者であれば産み落とされることすらも無かった』
( ^ω^) 「……」
(,,゚Д゚) 『痛みを伴わぬのならいくらでも抱いていたい。そうだろう』
( ^ω^) 「……猫にはわかるのか」
猫の瞼が閉じる。
(,,‐Д‐) 『もういいだろう。しばし休む』
( ^ω^) 「……ああ」
- 46 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:14:14 ID:aULZrvKY0
-
猫の空き地を後にし自室へと帰り着いた。
気付いたら靴を脱ぎ台所で水を飲んでいる。
帰路の記憶が恐ろしく薄い。
行く道すがらのそれも思い起こせば曖昧だ。
手に持つ指輪が無ければあの空き地を尋ねたこと自体が、夢だったようにすら思う。
足の裏と脳みそがここに無いような感覚が体に付きまとう。
水を飲み干しグラスを洗う。
時計の目覚ましが鳴っていた。
月曜日。午前六時半と少し。
着替えようとして、掌に握った指輪を見る。
目の前には、床を拭くのに使ったトイレットペーパーが詰め込まれたゴミ袋がある。
- 47 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:14:46 ID:aULZrvKY0
-
左手の指で摘まみ、右手の薬指へ持って行く。
「左は結婚する時に取っておかなきゃ」と、彼女が言って、僕らはこの指に指輪を通していたのだ。
指先が少し入る。
馴染み深かったはずの感触が嗤う程によそよそしい。
( ^ω^) 「そりゃそうだ」
ひと息を呑む。
へその緒を切り落とすような心地で、指輪を手放した。
指輪はゴミ袋の中に積もった屑の隙間に落ちて、姿を消した。
部屋は相変わらず、静かなままだった。
- 48 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:16:29 ID:aULZrvKY0
-
数週後の休日。
僕はコンビニでいくつかの買い物をして、近所の公園に向かった。
それなりに大きな森林公園で、中央付近にひょうたん型の池がある。
横切る形で遊歩道が敷かれていて、石組みの小さな橋が架かけられている。
元は散歩やジョギングのコースとされることを目的とされていたのだろうが、
周辺の道との兼ね合いなどからあまり人が通ることは無い。
遊歩道をまっすぐ池へ向かう。
ぼんやりと覚えている。確かにあの日。僕はこの道を通ったのだろう。
いま胸に抱えているものはあの日のそれとはきっと違うのだけれぼんやりとした既視感がある。
少し急な上りになっている橋を渡る。
中腹で梁に寄りかかり下を覗く。
透明だけれどやはり濁ってはいて。
どこかねっとりとして見えるのはそこに犇めく鯉のせいだろうか。
- 49 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:18:05 ID:aULZrvKY0
-
( ^ω^) 「……僕は、あまり覚えていないのだけれど」
コンビニで買ったものを袋の中から漁る。
ビニルの擦れる音。鯉たちが全身をうねらせながら集まってくる。
背びれが。尾びれが。頭が入り乱れて一つの異形のような形を成す。
( ^ω^) 「お前らの中のどれかには、面倒をかけた」
袋から取り出したのは安物の食パン。
枚数の多さと不味くないことだけが取り柄の量産品。
( ^ω^) 「これは、詫び」
包装を破って一枚取り出す。
耳のあたりを千切り池に落とした。
水音が跳ねて鯉が押し合いへしあう。
僕はもうひと毟りパンを落としてそのさまを見ている。
- 50 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:20:42 ID:aULZrvKY0
-
水底の色が浮き上がり黒に見える水面。
ねっとりとした光の反射が乱れ揺れている。
僅かに黄ばんだ黒い鯉が数え切れないほどいる。
口を開けて白い欠片を喰らう。
目には意志の光がない。
水面にはどこもかしこも穴が開いている。
なにもかもが呑み込まれて当然だ。
あの日の僕にはあの穴の群れが自身の淀みを棄てるべき深淵に見えたのだろう。
白いパンが落ちる。
黒の中に消える。
水音がする。
風が温い。
「にゃあ」と声がした。
ハッとしてみると、猫が欄干の上に座っている。
目が合った瞬間に、顔を背けられた。
怒っているようにも、気にするなと言っているようにも見える。
僕は彼にかける言葉がわからず、再び視線を落とした。
- 51 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:22:09 ID:aULZrvKY0
-
夢を見ていた。
僕が居るのはいつものベッドでは無い。
欄干が胸に当たる。冷たくて硬い。
太陽の光が水面に反射する。
ちかちかと眩しい。
だけれど瞼を閉じることができずにそのさまを見ている。
口から出る息が気泡になることは無い。
薄霞の青過ぎぬ良い天気だ。どこまでも登っていけただろうに。
きっと空まで昇って雲になることだってきっとあったろうに。
猫が細い声で鳴いた。
眼下で鯉たちが蠢いている。
なぜ彼らはもっと自由に泳がないのだろうか。
こんな小さな池で、仲間の肌を感じ続けなければならないのだろうか。
(,,゚Д゚) 『おい』
猫が呼ぶ。
振り向くと、不満げな光の金色が二つある。
- 52 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/04/01(金) 09:23:23 ID:aULZrvKY0
-
(,,゚Д゚) 『腹が減った』
( ^ω^) 「部屋に缶詰がある」
(,,゚Д゚) 『マグロか』
( ^ω^) 「牛だ」
(,,゚Д゚) 『牛』
( ^ω^) 「ああ」
猫が欄干を飛び降りる。
堅い肉球が地面を叩いた。いい音だ。
猫が歩く、という音だ。
数歩行き猫が振り返る。
(,,゚Д゚) 『早く行くぞ』
( ^ω^) 「ああ」
橋の下を覗く。
黒い鯉が犇めき、蠢く。
その中に白い人の半身を見つけることは、ついにできなかった。
【了】
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