(  ゚¥゚)わが赴くは獣の群れのようです

29 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:39:04 ID:4QLUhYnU0
29
 
(  ゚¥゚)「結局。こうなるか……」

 俺は時空管制塔へのアクセス権を持つ、中央制御塔の近くに来ていた。
 時空管制塔へのアクセスは、量子テレポーテーション通信を用いる。距離を無視した超光速通信法だ。
 だが、この通信は性質上、一定ルートの周回など、どの時間にどの座標にいるかがハッキリする必要がある。

 この通信は簡単にいえば、レーザー光をお互いに飛ばし合っている状態がイメージに近いだろう。
 お互いの小さな受信機をこのレーザーで照らし続けなければ通信が成立しない。
 この時相手が予測できない動きをすると、どうしても受信機から外れてしまうのだ。

 クシナイアン文明の遺産である宇宙艇はこの縛りがない。どこどう動くかを管制塔に伝える事ができるのだ。
 だが、現代の通信機は通信容量が低い。また、量産もできない。故に現代製の船はコロニーに通信を委ねている。
 つまり、この中央制御塔の機能を奪えば、必然的に誘拐されたギコタイガーを乗せた宇宙艇は出発ができないのだ。

 奴隷商人も馬鹿ではない。痕跡を消すため、誘拐した奴隷は他惑星の宙域で競りに掛けるはずだ。
 恐らく帝国最大の商業コロニー地球第三リレーと見ているが、他にも候補は多い。このコロニーを出られたら足取りを追うのは困難だ。
 急がなければ、コロニーを出発される。今しかチャンスはない。

||‘‐‘||レ「オペレーター。再三繰り返しますが、任務をお忘れなきようお願いしますね?」

(  ゚¥゚)「中央制御塔は元から攻略予定だっただろう?」

||‘‐‘||レ「もしかして、オペレーター。痴呆と言う奴ですか? 却下した理由も忘れました?」

(  ゚¥゚)「リスクが高い。問題は軌道エレベーターを封鎖されることだな」

||‘‐‘||レ「ええ、軌道エレベーターを封鎖されれば惑星から離脱できなくなりますからね」

30 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:39:38 ID:4QLUhYnU0
30
 
 現在、惑星の重力を振り切り、大気圏外へ離脱するには軌道エレベーターと呼ばれる施設を利用する。
 軌道エレベーターとは、原理的にはエレベーターと全く同じだが、高さはその惑星の大気圏外まで伸びている施設。
 エレベーターと銘打つが、実際には宇宙艇を大気圏まで持ち上げる巨大なレールだ。

 太古の昔、人類はジェット噴射で大気圏を離脱していたらしいが、そのエネルギー量は亜光速加速の倍に匹敵する。
 軌道エレベーターにより宇宙艇は搭載するエネルギーをかなり小さくできるようになったのだ。
 逆に言えば、現在の宇宙艇に単独大気圏離脱能力はない。つまり、軌道エレベーターを封鎖されれば大気圏外へと移動できなくなる。

 ケレスには現代製の軌道エレベーターが4基ある。どれもVIP帝国の権力下にある。
 つまり、もし、ケレス内で指名手配を掛けられた場合、俺はケレスから出ることができなくなってしまう。
 それだけならば、他の辺境の民により救出してもらえばいい。最悪、ケレスに永住することすら覚悟している。

 だが、問題は『獣』を逃がした時に追えないことだ。これだけは決して看過できない。
 『獣』は存在することすら許されぬ人類の敵。『獣』に対する憎悪と憤怒は辺境の民ならば誰もが持っている。
 俺の感情だけの話ではない。逃がせばきっとVIPが研究を行うだろう。その先に待つのは『獣』の脱走だ。

(  ゚¥゚)「獣を逃さなければいい。先ほど情報屋から幾つかの情報を得た」

||‘‐‘||レ「ターゲットの情報が入ったとは聞いてませんが……」

(  ゚¥゚)「いや、軍事宇宙艇が数日間このコロニーに停泊しているとの情報だ」

||‘‐‘||レ「なるほど。できれば次から情報共有とやらをしっかりしていただきたいですね」

 カウガールの憎まれ口を受け流し、制御塔の監視を見つめる。
 時空間跳躍により瞬間的な移動が可能な現代で、わざわざ維持費の高い大型宇宙艇の連続停泊を行う理由とは何か?
 それは恐らく待っているのだ。『獣』を輸送するために。

 とすれば『獣』の輸送は、このコロニーを経由する可能性が高い。
 よって、制御塔の量子テレポーテーション通信機を破壊すれば、『獣』をこのコロニーで足止めできることになる。
 となれば話は別だ。これは博打でもなんでもない。この行動は科学的帰結である。

31 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:40:09 ID:4QLUhYnU0
31
 
 制御塔を護衛するのは帝国兵士だ。憲兵のようなボンクラどもではなく、十分な戦闘経験があるだろう。
 仮に守衛どもが腐っていようとも、通信機の破壊までに必ず精鋭部隊が当てられる。
 いや、慢心はよくない。今は守衛達にも全力を賭すべき、精鋭部隊と同程度だと断定する。

 帝国の兵士は全てが精鋭である。奴らは産まれながらに百戦錬磨の技術を持って産まれる。
 帝国兵士は全てが有名な一人の兵士、世界で最も優秀とされたその兵士の遺伝子を改良し、製造されたクローン人間だ。
 顔が皆同じなのは、その一人の兵士と同じ顔であるためだ。だから、認識困難を防ぐため、彼らは頬に部隊を示す刺青を入れる。

 産まれながらの百戦錬磨の熟練兵士。その秘訣は動物の本能にある。
 地球の海に棲むというイルカは、産まれながらに超音波の言語を身につけて産まれるらしい。
 また、猫は産まれながらに着地方法を知っている。それら本能を応用したのだ。

 これら技能は、単に記憶と呼んだ時に連想されるエピソード記憶とは違う方法にて脳に記憶される。
 つまり、産まれた直後の生物も、本能という形で技能の記憶を持っているのだ。
 でなければ、呼吸の技能を持たない生物は即座に死んでしまうだろう。

 帝国は生誕時技能を研究し、遺伝子を操作することで、生まれつき技能を身につけた人間を誕生させる技法が発明した。

 この技能の植え付けと優秀な人間の肉体により、クローン兵士は、超人的な実力を有する。
 兵士に必要な技能と精神、肉体全てを持つエキスパートなのである。

 クローニング技法の発達によりローコスト化も進み、VIP帝国は量と質両面で太陽系の支配を進めてきた。
 つまり、帝国の兵士は全てが精鋭。手練の集団なのである。

(  ゚¥゚)(そう、たかが、産まれた時からの熟練兵士。それだけだ)

 彼らが産まれた時からの熟練兵士ならば、辺境の民は産まれる前からの兵器である。

32 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:40:44 ID:4QLUhYnU0
32
 
 俺は外套を払いのけ、背中に掛けてあった愛弓と一本の矢を取り出した。
 辺境の民はあらゆる武芸に精通する。故に、銃も扱うことができる。否、むしろ得意な部類である。
 そもそも辺境の民に、苦手な部類の兵器は存在しないが……

 本来、辺境の民が弓を使うのは潜入任務のためである。音もなく敵を穿つこの兵器は、潜入任務でこそ輝く。
 だが駄目だ。今回は守りが堅い。物資も内部のエレベーターで運ばれるため、出入り口は人以外出入りしない。
 発見されることなく潜入することは不可能。正面突破以外ありえない。

 これが惑星の基地であればまた違っただろう。
 だが、広さに制約の強いコロニーという建物の中の建物である以上、潜入任務は不可能だ。

(  ゚¥゚)「行くぞカウガール」

 ――エネルギー供給、出力限定30%

 ――対人戦闘モードへ移行します。

 脳内に響く音声とも文字とも付かない。カウガールと同じ声。
 俺の体内に内蔵した、強化内骨格のシステムボイスだ。
 同時、俺は検問の意味もある正面玄関まで駆け抜け、ガラスをぶち破って内部へと進入する。

(強ФωФ)「し、侵入者? 馬鹿かこいつ? 正面から来たぞ!!」

 即座に警報が鳴り響く。
 現れるのは、無数の帝国兵士。誰もがパワードスーツを着用している。

(  ゚¥゚)「こい。貴様らの銃弾は聖アインシュタインの加護が全て弾くだろう」

33 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:41:19 ID:4QLUhYnU0
33
 
 パワードスーツを着た帝国兵士が殺到する。目標地点へのルートは頭に叩き込んでいる。あとは突破するだけだ。
 俺が一人だからと数で蹂躙するため、有効な射撃ポイントを目指しているらしい。だが、その考えは甘い。
 こちらの矢は百五十本。制御塔に詰める兵数は確か二百人前後。弾は十分。あとは殺すだけだ。

||‘‐‘||レ「オペレーター? 相手は多いですけど、計算できていますか?」

(  ゚¥゚)「いくら俺が半人前だからといって、相手はVIP兵だぞ? 低出力の対人モードで十分だ」

 腰の刀は俺が最も得意とする武器だが、これは対『獣』を本分とする。
 人と戦うのであれば、こちらの方が都合がいいからだ。リーチは戦場に於いて最も凶悪な利点となる。
 辺境の民はその場面に適した武器を使えるよう、様々な武を極めるのだ。

 矢を中指と親指で挟み込み、弦を引いて狙いを定める。
 この剛弓はパワードスーツなど、機械の補助なしに引けない程度に重い。
 だが、その程度ではやはり、たかが弓矢でパワードスーツの複合装甲は射抜けない。

||‘‐‘||レ「いえ、矢の話です。多少は残さないと、あとから『獣』が出たら辛いですよ?」

(  ゚¥゚)「矢は150。相手は200。引き算もできなくなったか?」

 だが、しかしこの弓は仕掛け弓である。内部にギアと特殊素材を内蔵し、矢を放つ直前、その重さは数倍に膨れ上がる。
 数トンレベルの腕力を必要とする剛弓は、対物長銃には及ばないものの軽装甲相手には十分な破壊力を秘めていた。
 装甲の分厚い胸部や形状的に矢を受け流す側頭部以外は確実に貫通する威力がある。

 威力は十分。ならば、問題は何一つ存在しない。

34 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:42:00 ID:4QLUhYnU0
34
 
 俺は通路を駈け抜けながら、まずは最初に到達した敵に矢を射かけた。
 
(  ゚¥゚)キリリリリ……

 矢を放つ。同時、VIPの強化歩行兵の頸部が血煙と共に爆ぜた。
 直後にバックステップを踏んで銃弾を回避。その間に二本目、三本目の矢を射る。
 最低でも一射一殺以上。矢が足りない以上、無駄な攻撃は避けねばならない。

(強ФωФ)「ぐふっ」

 全弾命中。殺気から弾道を見切って危険なものを躱す。細かなかすり傷ができるが無視。
 立ち止まればキルゾーンを設定されるだろう。その前に、屈むような姿勢から横に飛び、姿勢を正すと同時に二射。
 次々放たれる鏃。時にそれは装甲の薄い肘を貫通し、後ろの兵士を巻き込んで突き刺さる。
 故に一射一殺"以上”。可能ならば二殺三殺を積極的に狙っていく。

(  ゚¥゚)「矢の数など、足りるに決まっている」

||‘‐‘||レ「失礼。引き算もできなくなったか不安でした」

(強ФωФ)「弓じゃこれは対応できねえだろ!!」

 その時、横の通路から斧を持ったVIP兵が接近していた。
 それを横目に確認すると、番えようとした矢を持ち直しながら、その荒削りに過ぎる無駄の多い一撃を躱す。

(  ゚¥゚)「貴様、馬鹿か?」

 鏃付近を持ち直した矢はパワードスーツの膝に挟まり、関節の動きを阻害する。
 関節の異物挟み込みと、それに伴う転倒はパワードスーツにおける、近距離戦闘の弱点だ。

35 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:42:30 ID:4QLUhYnU0
35
 
 転倒した兵士を押しのけるようにもう一人が接近。またもや斧を振りかぶる。
 だが、それは予想済み。眼球へ弓の端、弦を留めるあたりを押し込み、攻撃を押しとどめた。
 相手が慌てて距離を取ろうと後ろに跳ねるが、その動きと同時、俺は相手へと飛び込みながら二の矢を構え終えていた。

(強ФωФ)「ギャッ!!」

(  ゚¥゚)「近距離は弓にとっても有利だ。的を外さない上、威力も上がる。それくらい武人ならば知っておけ」

||‘‐‘||レ「オペレーター。多分聞こえてませんよ」

 至近距離ならばこの剛弓は正面装甲も貫く。当然、その背後にいる相手を巻き込み、まとめて心臓と肝臓を射抜く。
 距離減衰を避けられる接近戦は、むしろ弓で戦うならば大歓迎である。そんなこともわからないのか?
 他に接近を試みていた二人もまとめて壁に縫い止め、そのまま障害物に身を隠す。

 発砲音だけが虚しく響き、殺気を隠さぬ弾丸は俺に当たることはない。もちろん、油断は禁物であるが……
 辺境の民は誰もが殺気を読み取る。故に、殺気を隠さぬ兵士など、数が多いだけでは辺境の民は倒せない。

 ――こうして、一方的な狩りの時間が過ぎていく。

( ノAヽ)「威力の高すぎる弓とそれを引く腕力。間違いなく強化内骨格! 辺境の民か!?」

 50人ほど殺した頃、後方に到着したらしい指揮官の男が吠えた。VIP帝国の兵士は誰もがクローンだが、指揮官だけは別だ。
 単に兵士をクローン人間にしてしまうと、軍需という大きな業界がなくなってしまう。
 特に指揮官のようなエリートは、優秀な人間を活かすため、また権力者の威厳を増すためにその席が必要だ。

 だが、だからこそ、指揮官は指揮に関することだけを学んだエリートだ。
 この場で最も警戒すべき相手、隙あらば矢を向けているが、流石に彼らはそれをわかって遮蔽物を確保している。
 今は一秒たりとも時間が惜しい。無視して階段を駆け上る。

36 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:43:02 ID:4QLUhYnU0
36
 
(  ゚¥゚)(だが……俺たち辺境の民を象徴する強化内骨格に気づいたのは、流石に上層部は辺境の民を知っているのか)

 強化内骨格は辺境の民の象徴である。我々は強化内骨格への改造手術を産まれた直後に行う。
 強化内骨格とはつまり、機械と人間の融合だ。

( `ー´)「辺境の民相手に一般兵士なんざ、束になっても敵わないんじゃねーの?」

( ノAヽ)「……しょうがない。アレを出すノーネ!」

(;`ー´)「おいおい、アレか? 流石に上に許可無く現場裁量なんざ、マズいんじゃねーの?」

( ノAヽ)「ここの突破を許す方がマズいノーネ!」

 パワードスーツは節足動物のように身体を機械で包み込む、ある観点から言えば強化外骨格と言える。
 人間の全身を支える骨格と装甲力を増強し、おまけとして機動力を付与する装置。それが強化外骨格だ。
 所詮中にいる人間は生身であるため、耐久性の関係で出力に限界が生まれてしまう。

 強化内骨格は全身義体。人間の身体のパーツを機械と置き換える技術とも似ている。
 だが、それには感覚器官の鈍化やラグという致命的な欠陥が、作業員はともかく兵士に向かない要因となっていた。
 機械のパーツではどうしても人間の神経に直結した感覚器官には敵わないのだ。

 例えば聴覚を機械化すれば、精度だけで言えば人間を超えるセンサーの取り付けも可能である。
 だが、このセンサーは機械である。当然、センサーの電子情報を聴覚神経信号に翻訳する必要がある。
 この翻訳作業は物理的に0秒にはならない。レイテンシー問題と呼ばれるそれは、現代まで解決していない。

 そこで産まれたのが強化内骨格。つまり、ナノマシンを注入し全身の骨格や筋肉を機械に改造する技術だ。
 これにより神経や感覚器官などはそのまま、出力と耐久性だけを引き上げることに成功した。
 だが、これにはナノマシンや強化内骨格の適性を持つ人間が極めて珍しく、適合者は数万人に一人という問題があった。

 クシナイアンは強化内骨格の研究のために数百年を費やし、数例の成功者を出したが、技術は凍結されていた。
 『獣』による滅亡の直前、この眠っていた技術は我ら辺境の民に託された。
 そして、我ら辺境の民は偉大なる科学者達の祝福により、全員が強化内骨格の適合者なのだ。

37 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:43:47 ID:4QLUhYnU0
37
 
 階段を駆け上り、7階に到達した。量子テレポーテーション通信機があるのは9階の制御室だ。
 ついでに、そこで俺の船のデータを書き換え、艇検済にしてしまえば、問題は全て解決する。
 だがそこで、爆音が響き制御塔が揺れる。何事かと警戒度を上げれば、カウガールがそれに答えた。

||‘‐‘||レ「オペレーター。8階の階段が何らかの封鎖を受けたようです」

(  ゚¥゚)「封鎖? 電磁フェンスでも展開したか? それなら容易に……」

||‘‐‘||レ「いえ、それは流石に通信越しには判断できません。外から見るに物理的に階段が破壊されました」

(  ゚¥゚)チッ

||‘‐‘||レ「7階の通路を通過し反対側の階段で9階を目指して下さい」

(  ゚¥゚)「もう向かっている」

||‘‐‘||レ「オペレーター? もちろん、最大限の警戒を――」

 通路を見ればVIP兵が6人。全員がスクラムを組んで強化複層合金製の盾と二液式ライフルをこちらに向けている。
 階段を封鎖したのは、ここで正面から潰すためだろう。
 なんと、甘い。その程度の防具で身を守っているつもりなのか?

 流石の剛弓と言えど、確かにあの盾を貫通することはできないだろう。
 だが、狙う場所はいくらでもある。盾の隙間、覗き窓、銃を覗かせるその腕。
 盾自体も、タイミングよく相手の進行に合わせてぶち当てれば、バランスを崩すことさえできる。

 壁を蹴り、フェイントを掛けながら、まずは一射。

 そう思った矢先。甘かったのが自分だと知る。猛烈な殺気は正面だけではなく、真上から迫ってきたのだ。
 瞬間、天井が炸裂し、俺は下の階へと廊下をぶち抜いて叩きつけられる。
 瓦礫と共に、圧倒的な暴力に跳ね飛ばされながら、俺は自らの未熟を恥じた。

38 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:44:24 ID:4QLUhYnU0
38
用語解説

『技術記憶の埋め込み』

 記憶はエピソード記憶。意味記憶。手続き記憶。など複数の種類に分類される。
 これら記憶は、それぞれの種類により、脳への記憶方法や場所が異なることがわかっている。

 例として、主に思い出に当たるエピソード記憶は海馬に保存される。
 つまり、海馬に損傷を負った人間は、手続き記憶であるピアノの演奏を習得することは可能である。
 だが、何故どうやって習得したのか、その過程に当たる思い出は一切思い出せず、ただピアノの演奏技術だけが残る。

 更に、あらゆる生物は本能的に幾つかの手続き記憶を、生まれつき所持していることがわかっている。
 例えば、イルカは超音波にて簡単なコミュニケーションを行うが、生まれた直後からこの超音波語を話す事が可能だ。
 他にも猫の着地など、生きるのに必要な技術を経験せずとも本能と呼ばれる形で「記憶」していることが判明している。

 これを利用し、特定の技術を生まれつき本能に刻む技術が開発された。
 生まれつき兵士として必要な技能を持つ兵士の誕生である。これにより訓練期間を大幅に短縮することが可能となった。
 クシナイアン時代はこれら技術は倫理に反するため開発されなかったが、現在はVIP帝国が発明し独占している。


『強化内骨格』

 強化外骨格(パワードスーツ)の欠点として、最終的には装着する人間自身の強度が性能限界を決めていた。
 また義体による全身改造手術は脳や神経との接続ラグにより、人体を超える感覚器官を得ることが難しい問題を抱えていた。
 それら問題を解決するために編み出されたのが、強化内骨格である。

 ナノマシンにより全身の神経を残しつつ、骨格・筋肉などを複雑な義体と換装する。人間と機械の融合といえよう。
 これにより全身の神経を最大限まで活用。状況次第で機械化により補助することが可能。
 損傷は常にナノマシンにより修復し、骨にも筋肉の働きを付与することで見た目に反した高出力を得た。

 最大の欠点として、神経と機械の相性があり、数万人に一人とされる適性がなければこの手術を受けることができない。
 そのため、長年様々なアプローチが試みられるもクシナイアン時代には研究段階で頓挫し過去の遺物となっていた。

 辺境の民はこの適性を全員が持つ点で特異であり、全人口が適性を持つことで技術を実現。
 これは、最初からこの適性を持つ者だけで始まり、外部からの混血を許さなかった民族だからこそ可能となった。
 故に辺境の民だけが、現代までこの技術を残している。

39 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:44:57 ID:4QLUhYnU0
39
 
 我ら辺境の民がVIP兵を相手に何故圧倒的に戦えるのか?
 それは積み上げた武の差であり、圧倒的な装備の差、強化内骨格とパワードスーツの違いである。
 本来、これらは『獣』と戦うための代物だ。こうまでしなくては勝てない相手が『獣』だ。

 天井からの暴力に、跳ね飛ばされたのは俺が半人前の証拠である。
 一人前の辺境人であれば、暴力そのものを回避することはできずとも、それを防御し、時に流すことができるだろう。
 だから俺は半人前なのだ。雑魚を相手に調子に乗ろうと、ここぞという時にこそ実力は露呈する。

 半人前の代償は左腕だった。恐らく骨材が一部砕けた。肘から先の感覚がない。
 額が裂けてドロリと血が垂れてくる不快な感覚の中、両の目は俺を弾き飛ばした敵を探す。
 そこにいるのは、見慣れたVIP兵の顔ではなかった。悪寒が、武者震いが身体を震わせる。

 腰の刀――我が愛刀であり、辺境の民が外界に出る時の標準装備でもある「獣喰」を引き抜く。
 額の血が流れ出し、首を傾いで片目にかかるのを防ぎながら、頬が釣り上がるのを感じる。
 笑み。原始的な威嚇の表情。相手を認識する前に、顔の筋肉が無意識に笑顔を作っていた。

 そこにいたのは異形の姿。同じ形の首が2つ。腕が6つ。肘には歯が生え、膝には口と鼻が絶叫する。
 背中には腕とは別の触手が生え、先端には眼球と耳がつく。
 一人の人物のパーツと言うパーツを無数に作り、それらを無理やりシャッフルしたような生命体。

 ――『獣』だ。『獣』がそこにいた。

 何たる行幸! 何たる運命! 聖・ノイマンは我らのために運命を用意していたのだ!!
 俺は、俺たち辺境の民は獣を食い殺すためだけに存在する!
 故に! 辺境の民は運命に惹かれて『獣』と出会うのだ! これは必定である!

 つまり、科学の偉人達は今が『獣』と戦うべきであると告げている。
 それこそ俺たち辺境の民への試練であり、俺たちが正しいことの証明である。
 でなければ、何故ここで『獣』と出会うことができるというのだ!?

40 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:45:42 ID:4QLUhYnU0
40
 
(  −¥゚)(聖・アインシュタインよ。俺の勝利を、俺が『獣』を食い殺すことを信じていてください……)

 俺は片眼をつむり、アインシュタインに祈りを捧げる。加護や助けは決して請わない。
 慈悲深きアインシュタインに加護を請えば、きっと力を与えてくれるだろう。
 だがしかし、それで勝利しては成長は見込めない。俺は俺の武を持って『獣』を制す。

 脳内でカウガールと同じ声が響く。文章とも声とも思考ともつかない、脳に接続した強化内骨格システムボイスだ。
 同時に、自分自身の中身が急激に切り替わっていく、全身が本来の自分を取り戻すような奇妙な感覚。
 自分の頬が釣り上がっている。まるで獲物を前にした太古の猛獣がするように、舌で乾いた唇を湿らせる。

 ――エネルギー供給、出力限定解除48%……69%……86%……

 ――消化器系へのエネルギー供給を切断……完了

 ――心臓、肺、肝臓、筋肉、骨格システムへのエネルギー供給を拡大……完了

 ――――警告:熱許容危険域に達します。放熱管開放を推奨します。

 ――放熱管開放……警告:全身から蒸気煙を排出します。視界低下に警戒してください。

 ――――警告:左第三肋骨および左腓骨に損傷を確認。治療を優先しますか?……NO

 ――エネルギーシステム:オールグリーン……戦闘モードへ移行が可能です。

 ――――警告:出力強制状態は内臓負荷のため30分が限度です。危険域5分前にアラートを鳴らします。


 ――READY? ……Yes


 ――強化内骨格、出力100%。戦闘モードを稼働します。


(  ゚¥゚)「往くぞ『獣』。俺の武で足りるか、その試練! 受けさせて貰おう!」

41 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:46:12 ID:4QLUhYnU0
41
 
 急激に跳ね上がった体温を排熱するため、全身から蒸気を吹き出し視界が白く曇る。
 歯を食いしばり、痛みに耐える。痛みは強化内骨格を通じて消せるがしない。鈍すれば、他の異常に気づけなくなる。
 額の血が止まらない。腕だけでなく、背面にも動かすたびに感じては行けない類の激痛が走る。

(   ¥ )(だが、それがなんだ! 『獣』は滅ぼす! 辺境の民はそれ以外の答えは持ち合わせていない!)

 全身の不調を押して、応急装置から左腕の骨だけ固定をする。
 感覚はない。だが、弱々しいものの指はまだ動く。動く、それだけで行幸だ。
 それはすなわち、左腕を使ってまだ戦えるのだ。

 右手一本で構えた獣喰は、特殊合金の刀身とカーボンナノブレードの刃先を、鈍く光らせる。

 笑顔を浮かべたまま、相手を凝視する。
 相手はぶち抜いた大穴を覗くように、階上から俺を見下ろしている。
 その姿はぐるぐると変化を続け、次第に目の数が2つに、鼻と口は1つに、顔が1つにまとまっていく

( "ゞ)「馴染んだか」

 それが言葉を発した。それは人の声をしている。脂汗がじわりと湧いた。
 本来『獣』は同化と複製と融合を繰り返す怪物だ。
 
 同化、つまり、生物の情報を吸収し、その記憶から生物の複製を作り出す。
 クローンと違うのは、その思想が生物の複製に影響する点だ。

42 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:46:53 ID:4QLUhYnU0
42
 
 例えば『獣』が「翼が欲しいと願う少女」と同化すれば、翼と少女を複雑に合成した生物を誕生させる。
 記憶から自分の願望を含めた、自分自身だと思う身体を再現するのだ。

 ただし、この複製は大抵一つの生物にならない。再現が不完全かつ支離滅裂なのだ。
 まず手や足、脳と意識を含む頭などパーツ単位で無数に量産され、それらが無茶苦茶に接合される。
 更に同化した生物を無数に混ぜ合わせる。そこに思想によるパーツが合わさり、大抵、原型を留めない。

 また、単なるクローンではなく記憶をコピーする点も厄介だ。

 一定の武技を収めた男をコピーすれば、『獣』はその武技を体得する。
 更に同化された人間は、自身がコピーである自覚も『獣』である自覚も、持っていない。
 稀に完全な人間が生み出され分離した場合、自覚症状がなく触れた人間を同化して突如合成と量産を再開するのだ。

 これら性質が、クシナイアン文明の生体機構技術と相性が最悪に悪く、崩壊の一旦となったと聞く。
 だが、目の前の男は無数に分裂したパーツをかき集め、正常な一人の人間となった。
 通常の『獣』が取るはずのない行動。これは最悪の事態が予想される。

(   ¥゚)「貴様、何者だ? いや、なんなんだ?」

( "ゞ)「VIPの被験体。元の人間は貧民窟の単なるガキだ」

 こいつ自分が『獣』である自覚があるのか? 研究の過程で知らせたか? まるで元の自分を別人のように見做している。
 俺は『獣』が軍事研究に使われているとは知っていたが、どんな研究なのかを知らない。
 だが、いずれにせよ確定した事実がある。こいつは既に何らかの研究を受け、変性しているということだ。

 俺は確保直後の『獣』と戦うと想定していた。研究は月面研究都市に輸送されて行われると踏んでいたのだ。
 だが、既にこいつはケレスで研究。恐らくほぼほぼ完成している、最悪、誘い出された可能性もある。
 『獣』の大敵、辺境の民を打ち破る自負があり、打ち破れるかを試すために半人前の俺を誘い出したのだ。

(   ¥゚)(そうだとしても、俺がやることはただ一つ。)

 『獣』は倒す。これは辺境の民唯一の目的だ。

43 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:47:31 ID:4QLUhYnU0
43
 
( "ゞ)「じゃあまあ、死んでくれ。トロヤの田舎者くん」

 男がストンと大穴から飛び降り迫る。相手は無手だが、その右手には雷撃が迸る。
 その雷撃に身に覚えがない。見たことも、原理もわからない。
 全ての武具に精通する辺境の民をして、見たことがない兵器だ。

( "ゞ)「雷光手」

(   ¥゚)「!?」

 拳に乗った殺意に反応し、躱そうとすると紫色の閃光が迫り回避は間に合わない。
 右足に痺れ。これはまごうことなき、本物の電流だ。
 無理やり左腕を振り回し、強制的に痺れて縮む足から転倒を防いで体勢を整える。

 痺れていなければ、蹴りを繰り出すところだったが、この不覚も未熟さ故か。
 なんとか左足に軸を変え、踏み込みと友に右手の『獣喰』を叩き込む。

( "ゞ)「雷撃槍」

 ――警告:損傷率45%。危険域に達します。性能低下に注意してください。

 地面からの雷撃。全身が硬直し、視界が白くスパークする。
 口の中に煙のような焼け焦げた味が充満し、ふらついた足は立っているだけで奇跡に等しい。
 もはや、俺の気力が、『獣』に対する執念が、倒れ死ぬことを拒絶する。戦って死ぬことを希望する。

( "ゞ)「原理、わかるかな? 『獣』に詳しい君ならわかるでしょ?」

(   ¥゚)「がっ……ハァ……イメージと願望と記憶の具現化。それの制御か」

( "ゞ)「そうだよ。僕は考えた必殺技が自由に再現できるんだ」

 『獣』がコピーするのはDNAではない、記憶だ。そのため稀に記憶の中の人物を誕生させることがある。
 再現されるのは、本人ではなくその人にとっての人物であるが、時にこれは破滅的な混乱を生むことで知られる。
 この記憶の再現。それを攻撃に回せばこうも変わるか。

 つまり、電撃は妄想の具現化だ。彼は思い通りの攻撃を実現している。

44 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:48:16 ID:4QLUhYnU0
44
 
( "ゞ)「ハアッ!!」

 構える。今度は間に合う。気合の声に合わせてバックステップ。雷撃を避けた。
 全身の筋肉を震わせ、雷撃から叩き起こし、溜めを作る。
 相手は腕を振り上げて、振り下ろす直前その溜めを爆発させた。

――バゴンッ! =三   ¥゚)

 強化内骨格の全力機動は通路の地面を砕き、雷撃を紙一重で躱す。
 何がくるのかを把握していれば、あとは殺気を読むだけだ。距離を取り、刀を納刀して弓を引き抜いた。

――キリリリリ…… =三   ¥゚)

 剛弓で狙う。『獣』は高い再生能力を持つため、致死には至らないだろう。
 だが、足止めくらいは確実に行える。『獣』も痛覚は存在するため、攻撃を無視できない。

――ダンッ! =三   ¥゚)

 まず一射。同時に急旋回。内骨格の出力を限界まで振り絞り、二の矢を放ちながら、ジグザグに獣へと迫る。
 相手は矢を雷撃で迎撃する。無駄だ。それは読んでいる。雷撃を目眩ましに三の矢を続けて放った。

(...:.;:ゞ)「ぐうっ」

 左目に直撃。脳の動きが止まり、相手は再生しながらも一時的に意識を失う。

(   ¥゚)(好機!)

 弓を投げ捨て、抜刀と同時に袈裟斬りを放つ。
 意識が飛び、相手の間合いに入る隙を俺は逃さない。確実に仕留める!
 同時、ぐるりと白目を剥く『獣』の残った右目が、ぎょろりと動いて、俺と目が合った。

( "ゞ)「飛雷閃!!」

 気を失ったのはフェイクか、あるいは瞬時に気絶から立ち直ったか!?
 相手へと迫る俺の身体を、雷撃の嵐が吹き荒れ熱く焼き尽くした。

45 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:49:07 ID:4QLUhYnU0
45
 
 ――警告:損傷率68%。致命的な性能低下に注意してください。

 ――警告:エネルギーパック損傷。戦闘モードを解除し対人モードに移行します。

 通路の白い廊下を、焼け焦げた身体が瓦礫ごと滑って止まる。
 身体がガクガクと震え、焼けた臭いは口内どころか全身から発せられていた。
 だが、まだ動ける。俺は『獣』を殺せる。立ち上がれば、オーバーヒートとは違う煙が身体から立ち昇っていた。

( "ゞ)「いってえ。マジで左目抉りやがったなてめえ」

 その怒りを示すように、バリバリと紫色の放電を繰り返す『獣』。
 これがケレスの秘密兵器か。おおよそ、彼我の実力差を理解した。

 俺は半人前の辺境人である。故に積み上げた武威は低く、必要以上のダメージを負ってしまった。
 俺の身体は死に向かっている。死に体である。
 だが、まだだ。辺境の民として『獣』を討伐せずには死ねない。侠者として恩を返せずには死ねない。

( "ゞ)「ま、オッサン。頑張ったよ。俺の奥義でサヨナラだ」

 『獣』が手の平をこちらに向ける。高まる殺気。手に取るようにわかる。
 電撃が破裂するように、脈動するように、そのエネルギーの高まりを示している。
 次に来るのは本気の一撃だ。恐らく食らえば、俺は死ぬだろう。

 全く、なんと弱いのだろう。この『獣』は――

46 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:49:43 ID:4QLUhYnU0
46
 
 ゆっくりと、刀を両手で構える。左手は相変わらず感覚がない。だが、両手で刀を握れるならばそれでいい。
 『獣』が雷撃を放った。何か必殺技の名前を叫んでいる。だが、その名前に興味はない。

( ;: ¥゚)「やれ必殺技だの、やれ気合の声だの……喧しい……」

 洗練された達人の一振りは全てが致死、全てが必ず殺す技となるという。
 派手な攻撃などそこには必要なく、ただ汗血に塗れた必死の鍛錬による無駄なき一太刀こそ最上である。
 そこに至るまで、武の道を歩むことこそ王道、最短の近道なのだ。

( ;: ¥゚)「必殺技は刀と技を鍛え磨き上げた、ただの一振り。それで十二分! それこそが武!」

 気合の声など、生死を分けるその刹那に一度振り絞ればそれでいい。
 それを相手を威圧するために連発するなど、愚の骨頂。
 武とはそうあるべきだ。俺の知る武はそれだ。それこそが辺境の民の矜持だ。

( ;: ¥゚)「戦場に余計なものを持ち込むんじゃあない」

( "ゞ)「あ? 何ぶつくさ言ってんだよ。死ね」

 俺はまだまだ半人前だ。VIPの研究の成果、ここまでダメージを負わなくては確認できないとは、何たる未熟!
 だが、彼我の実力差はもう十分に理解したのだ! 任務はこれで果たした。あとは倒すのみ。
 残るエネルギーを左足に収束し、構えるのは太古の剣術・ジゲン流はトンボの構え。

 放たれた電撃が球をなす。その周囲には降りしきる雨のような無数の放電が破壊と蹂躙を運ぶ。

 一閃。裂帛の気合と共に放たれた"ただの"袈裟斬り。全力を込めたそれだけの一振り。
 踏み込んだその速さは一息で、しかし放電の隙間を縫うように『獣』の眼前に到達する!

 ボロ雑巾のような身体から放たれる全力の一撃。それは一太刀で『獣』の大動脈に達する。

47 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:50:18 ID:4QLUhYnU0
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 ズルリ、斜めに裂ける『獣』の身体。だが、『獣』は笑みを崩さない。
 断面から臓物が溢れだし、膵臓らしきものがドロリと床に落ちる。
 腐った魚のような腐臭で周囲を満たしながら、『獣』はぐるりとこちらを睨む。

( "ゞ)「『獣』の再生能力は高い。この程度の損傷は瞬時に修復されるぜ? 何が必殺だよ」

( ;: ¥゚)「それが通常のならばな」

( "ゞ)「は? ちょっと待て、なんで再生しない! おい! 俺は! まだ――」

( ;: ¥゚)「『獣喰』は辺境の民がお前らを殺すための装備だ。正しい科学への信仰心は再生を止める奇跡を起こす」

( "ゞ)「ああああぁあああああぁぁ!!!!」

 『獣』が断末魔を上げ、グズグズと崩れていく。
 この刀、『獣喰』は辺境の民の司祭が聖別したナノマシンを塗布してある。
 ナノマシンは『獣』の細胞を判別し、再生を止める奇跡を起こすのだ。


( ;: ¥゚)「傷を負いすぎたな。だが、通信機だけは破壊させてもらおう」


 動きの鈍い右足を引きずりながら、弓を拾い俺は9階へと向かった。
 通信機を破壊して変えるまでの道中、帝国兵士の抵抗はなかった。

48 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:50:49 ID:4QLUhYnU0
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用語解説

『獣喰』

 辺境の民が使用する対『獣』用兵器の総称。外宇宙任務につく辺境の民は、必ず一つ携帯する。
 特殊合金を母材としてカーボンナノブレードを挟み込んだ単分子カッターの刀身が特徴である。
 これにより、刃先は常に炭素原子一つ分、硬度はダイヤモンドと同等という究極の切れ味を誇る。

 獣喰の名の付く辺境の民の兵器は、必ず刀身にナノマシンが塗布されている。
 刀剣型のものがよく知られているが、槍や矢など刃の付いた近接武器ならば様々なタイプが存在する。

 通常の使用方法であっても非常に優れた武器が揃うが、その本質は塗布されたナノマシンにある。
 『獣』に傷を付け、このナノマシンが付着すると、『獣』特有の体組織を感知しすぐさま待機状態を解除。
 傷口周辺の体組織を材料に高速で数が倍加し続け、傷を蝕み崩壊させる。

 『獣』は同化対象同士を蜘蛛の巣のように血管で結ぶため、この大動脈にナノマシンが達すれば致命傷となる。
 いわば、対『獣』専用の猛毒であり、不死身とも表現されるほど打たれ強い『獣』の簡易な討伐が可能となった。
 辺境の民はこの切り札とも言えるナノマシンを持つため、困難とされた様々な大型『獣』の討伐に成功している。


『クシナイアン文明』

 三千年ほど前まで栄華を誇り、太陽系を支配した文明。かの獣の脱走事故を引き金に、獣と抗争状態に陥り滅んだ。
 その滅亡により、クシナイアンの保持していた大部分の技術が失われている。
 その後、太陽系は二千年にも及ぶ混乱期に突入することとなった。

 しかし、現在でも各所に残された対獣の砦であるクシナイアン・タワーは健在で、自己修復機能により新品同然の状態を残している。
 この自己修復機能はタワー内部の素材を回収し、その性質を解読。結果に応じて自己強化を行うもの。
 獣の大まかな駆除が完了した現在では、VIP、アフィの二大勢力がこのタワーを攻略し、残された遺跡の回収に励んでいる。
 
 タワーはその防衛機構により侵入者を排除するため、現時点での攻略は難航しており、自己強化を繰り返しより強大な力を手に入れつつある。
 三千年経過した今も、技術の再発見が難航しているのはタワー攻略が進んでいないためと言えよう。

49 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:51:23 ID:4QLUhYnU0
49
 
(=゚д゚)「先生!! ありがとうございました!!!!」

 コロニー全体の宇宙艇航行を完全停止してから2日。ギコタイガーの奪還を成功させると一息をつく。
 攫われた宇宙艇発見のため情報屋に高い金を支払ったが、『獣』の研究を止めるという任務は果たした。
 その上で研究成果のデータ回収まで果たしたのだ。いうことはない。

<゚Д゚=>「ニセノ先生!! もう行っちゃうんですか!?」

(  ゚¥゚)「奪還は果たした。しばらく、奴隷商人も来ないだろう」

(=゚д゚)「だけどまだ、全然お礼ができていません!」

(  ゚¥゚)「俺は俺の目的を果たした。それにこれは俺の恩返しだ。礼などいらん」

 口にスヌースを放り込み。俺は宇宙艇へ帰還する道を歩く。
 ギコタイガーに怪我がなくてよかった。これで傷でも付けられていたら俺の恩を返すどころではなかっただろう。
 船へと戻るため、カウガールへと連絡しつつ、ふと思い出して、別れ際に声を張る。

(  ゚¥゚)「ああ、そうだ。悪銭身につかず。スリはほどほどにしておけよ? また蹴られるぞ」

(=゚д゚)「えっっていうか、ドタバタで財布を返せなかっただけだって、返すよ!」

(  ゚¥゚)「いらん。8万クレジットだったな? 倍は入っている。向こうでの生活に使え」

(=゚д゚)「先生!! こんな大金! 受け取れません!!」

(  ゚¥゚)「……それも含めて恩返しだ。俺の命は1億クレジットでも足りん。達者でな」

||‘‐‘||レ「オペレーターかっこ良くキメているところ申し訳ありませんが、次の任務です」

(  ゚¥゚)「何処だ?」

||‘‐‘||レ「アフィにて今回の研究と同様の研究をしているとの情報が。既に何人かの民が向かっています」

(  ゚¥゚)「急ぐぞカウガール!」

||‘‐‘||レ「はい、オペレーター!」

50 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:51:58 ID:4QLUhYnU0
50
用語解説


『アフィ商業教団』

 経済学の歪んだ発展の結果、経済学を宗教として認識するようになった宗教団体。また、その宗派が支配する国家連合。
 国としては複数の国を持つが、それら政治体制よりも上の階級として教団が君臨する。
 教祖は初代モララー・テイラー。現在の教主はモララー・テイラー十四世である。

 彼らの教義では、金儲けこそ正義である。金をより稼いだ方が正しい。という価値観を有する。
 引いては圧倒的な技術力により栄華を誇ったクシナイアンとその遺物は最大の崇拝対象となる。
 その教義により、敵対国であるVIP帝国とも取引を平然と行うことが戦乱を長引かせる主な要因となっている。

 この特異な教義の結果、圧倒的な資金力を盾に太陽系支配を進めることを可能とした。
 奴隷道徳の観点からみて、この教義が広まること自体が稀有である。
 が、高度なクシナイアン文明を崇拝対象としているために、強者が正義であることを肯定する現象が起きたとされる。


『VIP帝国』

 地球を中心に帝政を敷く、太陽系最大国家。
 現皇帝は内藤ホライゾンだが、12歳と幼齢のため、荒巻スカルチノフ元帥が主な執務の代行を務めている。
 初代皇帝がクローンを推奨し、その莫大な人口を楯にいち早く文明崩壊後の混乱期を治め、統治したことで知られる。

 クローニング技術をいち早く再開発し、また技術記憶の埋め込みの再発見も早かった。
 それにより、当時、異常なキルスコアから恐れられた杉浦ロマネスク少尉の遺伝子を改造し、クローン兵士を大量生産した。
 兵士として優れた能力を持ちつつ、兵士として必要な技能を生まれ持ったその兵団は、量と質の両面にて太陽系最強と謳われる。

 しかし、未だ兵器製造技術に関しては教団に劣り、主力兵器のパーツは大部分がアフィ商業教団に頼っている。
 戦争相手と取引しなくては戦争できない歪な関係が、現在の勢力均衡を保つ要因だろう。

51 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:52:29 ID:4QLUhYnU0
51
用語解説


『辺境の民』

 すでに失われたはずの技術を多数保持している、獣を滅ぼすためならば死すら恐れぬ、狂信者達の集団。
 その出自により、数千万人に一人とされる強化内骨格適正を民族のほぼ全員が持つことが特徴。
 また、優生学を取り入れた人間の品種改良すら行い、太陽系で最も武芸と研究に特化した人類となっている。

 獣の脱走事故により獣達が太陽系全体に蔓延り、クシナイアン文明の滅亡も間近とされていた時代。
 僅かに残された上層部は、強化内骨格適正のある科学者・兵士を集め、自己修復と資源生産機能を持つ宇宙コロニーに乗せた。
 獣から隔離された空間にて幾千年宇宙空間を漂いながら研究を続け、対抗手段を手に入れるための計画だった。
 この二千年も前に建てられた計画の成れの果てがこの民族である。

 辺境の民が外界へと連絡を取った時にはクシナイアンは滅び、獣たちもそれにより弱体化し絶滅間近となっていた。
 二千年の間に獣の駆除に関わらない科学は形骸化し土着宗教へと変貌したが、逆に駆除に関する技術を全て残す結果となった。
 そのため、クシナイアン文明の半生命体ナノマシン技術以外の様々な技術、開発能力を未だ保持している。


『『獣』』

 「それ」「けだもの」「怪物」と呼ばれる生命体。クシナイアン文明時代に南極にある大磁極基地にて研究されていた生物兵器。
 ある日、極秘裏に研究されていたこの生命体が脱走し、クシナイアン時代の幕を閉じる引き金となる。
 この生物兵器が何故南極で研究されていたのか、どのような経緯で脱走したかは不明。

 他の生物と同化し細胞を模倣する能力を持つ、クローンを製造し続ける生命体。
 同化した生命体の、神経細胞の状態を含めて完全コピーするため、製造されたクローンは被害者の記憶を有する。
 ただし、製造された生物の多くは不完全なコピーであり、様々な生物の腕や肺がない頭などが融合した生命体となる。
 また、クローニングを繰り返すたびに劣化し、元の姿から離れていくため、常に同化対象を摂取し続ける必要がある。

 クシナイアンは半生命体ナノマシンを利用した技術に優れており、その機器類のほとんどが半生命体で構成される。
 そのため、兵器を含めたあらゆる施設を獣にまるごと乗っ取られる形となった。これが強大な文明の主な敗因である。
 文明崩壊後、クローニングの劣化により獣は大幅に弱体化し、現在は一部地域で猛威を振るうだけの存在。

52 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:53:04 ID:4QLUhYnU0
52
 
 
 
 
 
 
 
        -  終劇  -


53 名前: ◆d7bMXbKy6Q 投稿日:2016/04/03(日) 04:53:44 ID:4QLUhYnU0
タイトルの元ネタはTiger! Tiger!の初代邦題「わが征くは星の群れ」
設定の大まかなイメージは洋ゲー「warframe」
『獣』は遊星からの物体Xのけだものより
その他、名称の多くはクトゥルー神話や名作SFより借用

最初は時代劇祭りに投下するつもりだったんだ
そう思って書いたら用語解説必要なレベルの何かができていた
なんだこれは……

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