( ・∀・)は落花狼藉のようです

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57 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:06:16 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
( ^ω^)「翁唯? たしかに、翁唯は、女子だお」
 
(,";・∀・)「どうして、黙ってた……」
 
( ^ω^)「いや、聞かれなかったし……あと、モララーが負ける姿も見たかったし」
 
 
 ――あのあと、茂良々木は、強烈な嘔吐感に見舞われた。
 同時に視界が暗転していっては、意識が遠のいていった。
 体中に張り巡らされた神経が電気信号を不可解な方向に飛ばすようになってしまったため、
 結果として電気信号という秩序が砕かれ、茂良々木は混沌なる存在として、実質的には死んだ≠フだ。
 
 ワンサイドゲーム
  『落花狼藉』 など、使う暇すらなかった。      リズム・オブ・カーニバル
 こちらは完全な物理攻撃なのに対し、翁唯の性質、  『一心腐乱』   は言わば完全な精神攻撃である。
 茂良々木の 「手当たり次第」 という性質を用いようにも、
 その前にその根本となる精神を掌握されてしまっては、茂良々木に成すすべなどなくなるのである。
 
 
 結果として、茂良々木はなにをするでもなく、渡辺を賭けた恋の決闘に完全敗北したわけである。
 茂良々木が一対一の喧嘩に負けるということは、それまでの彼にとっては考えられないことであった。
 
 
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58 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:06:53 ID:g7Vtth9g0
 
 
                                  リズム・オブ・カーニバル
 茂良々木が完全に動けなくなったのを見て、翁唯は  『一心腐乱』  を解除した。
 精神やら神経やら思考やらをしっちゃかめっちゃかにかき回されたのが、元の秩序の在り様に戻った。
 その瞬間、茂良々木は生き返ったが如く息を吹き返し、若干残る眩暈を噛み潰しながら現状把握に努めた。
 
 翁唯はそのまま茂良々木に忠告をした。
 低く、毒々しく、ドスの利いた、精神が捻じ曲げられそうな捻くれた声と言葉であったが、
 要約すれば 「渡辺を自分から奪おうものなら、次は容赦しない」 ということである。
 翁唯の変人性―― 『一心腐乱』 を惜しみなく使って、次は更に酷い仕打ちをするというのである。
 
                   ワンサイドゲーム
 茂良々木の持つ性質、 『落花狼藉』 は、ただの喧嘩においては圧倒的な制圧力を誇る。
 ワンサイドゲームの名に恥じぬ、謎の力による一方的な攻撃を乱打するだけで、
 相手は茂良々木に近寄ることも 『落花狼藉』 による攻撃も防ぐことができない。
 だからこそ、茂良々木はただの不良には負けることがなく、
 その変人性を持ってしても未だに笑いながら登校できる生徒となっているのだ。
 
 内藤もそのことは知っている。                   ワンサイドゲーム
 彼のような人材が未だに痛い目に遭っていないのは、彼が 『落花狼藉』 の名を有するからだ。
 そして、だからこそ、内藤は茂良々木が痛い目に遭っているという姿にこの上ない興味を持っていた。
 
 茂良々木は己の無様な有り様が砂埃として顔面や服いっぱいについているのを、恥じた。
 乱暴に拭ったりはたいたりして、砂埃を生徒会室の床に払い落とした。
 内藤にとってはそれはそれでたまったものではなかった。
 
 
( ;-∀・)「なんなんだ、翁唯ってオンナは……!」
 
( ;-∀・)「こ、この僕が、女性、それも一個下の後輩に、ワンサイドゲームを決められただなんて……!」
 
 
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59 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:08:16 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 茂良々木がこのように焦燥するのは、実に珍しい姿だと言える。
 ゲームなんかをして彼が負けても、だいたいは辞柄を弄するのだ。
 自分は完全な人間だから、自分が負ける背景には、なんらかのやむを得ない理由がある、と。
 
 しかし――だからこそ、茂良々木がこのように完全敗北を認めるのは、なかなか新鮮な光景だった。
 茂良々木は、 『一心腐乱』 を、ただの異常性癖に過ぎない、
 と笑い飛ばしたり逃げ口上を立てたりすることはできなかったのである。
 
( ^ω^)「だからこそ、お前と一緒で、翁唯は異端児扱いを受けるんだって」
 
( ^ω^)「頭のネジ――はおろか、基盤からして既に僕らと材質が違うんだお」
         リズム・オブ・カーニバル
( ^ω^)「でも、  『一心腐乱』   なんて凄まじいもの持ってるんだから、誰もいじめることはできない、と」
 
( ;・∀・)「いや……あんなの、お祭りなんかじゃあない。 ばか騒ぎだ。 狂い咲きだ。 気違いだ」
                            リズム・オブ・カーニバル
( ^ω^)「そりゃ、変な頭持ってるんだから   『一心腐乱』  みたいな狂気じみた性質を持ってるんだお」
 
( ;・∀・)「………ッ!」
 
                                                 ワンサイドゲーム
 茂良々木の心の奥に宿る猟奇性、残虐性、乱暴性――そういったものが、 『落花狼藉』 なるものを生んだ。
 翁唯におけるそれも、これと同じ原理だとしたら――それはすなわち、翁唯という人間の異常性を表している。
 
 持っている性質そのものも狂ったものだが、
 それ以上に、翁唯は、狂っている人物なのだ――
 
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60 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:08:46 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「ふ、ふざけるな! どうやって勝てばいいんだよ!」
 
( ^ω^)「たしか、あの子は 『捉え方次第』 の性質を持つ、って言ったおね」
 
( ;・∀・)「本人、次第………そういや、そいつはどういう意味なんだ」
 
( ^ω^)「 『一心腐乱』 は、あくまで精神攻撃。
      翁唯という異常の受け取り方によって、カーニバルの度合いが変わってくるってことだお」
 
( ^ω^)「だから、 『一心腐乱』 は、人を選ぶ。 相性がある。 得意不得意がある……っつーこと」
 
( ;・∀・)「…………、僕が相手どるには、最悪な相手ってこと……じゃないか」
  
( ^ω^)「性質面で見ても、変人性で見ても……マ、最悪だおね。 ……(笑)」
 
( ;・∀・)「笑いごとじゃあないぜ。 生きた心地が一瞬で消え失せたんだから」
 
 喧嘩においても、受験においても、生活においても、
 茂良々木は大きな失敗という失敗をしでかしたことはなかった。
 だからこそ、翁唯という存在はそれだけ強烈に印象に残ってしまった。
 印象に残ってしまったからこそ――あの一瞬の悪夢が、トラウマとして残ってしまった。
 
 
( ^ω^)「まあ……でも、いくら人を選ぶっつっても、
      あの子と双璧を成す次元の異常性癖を持てない限りは、
      だいたいの人がモララーみたいにフルボッコにされるお」
 
( ;・∀・)「……………お前でも、か?」
 
( ^ω^)「まあ、しゃべりたくはない」
 
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61 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:09:18 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 内藤が真顔で即答するのを見て、茂良々木は改めて翁唯の変人性を知った。
 これが特に肩書きを持たない人間との間で起こった出来事だったのであれば、
  「嫌なことがあったもんだ」 程度で済ませることができる。
 
 しかし、それができないのが、茂良々木にとっての問題だった。
 動機はさておき、茂良々木は、茂良々木としては、引き下がることができないのだ。
 それが、渡辺さくらとの恋を賭けた決闘――である以上は。
 
( ;・∀・)「…………」
 
 それに、内藤も気づく。
 
( ^ω^)「………まさか、お前……」
 
 
 
( ^ω^)「翁唯と……戦うのかお?」
 
( ・∀・)「……当然じゃないか」
 
 内藤は、ぎこちない顔をした。
 
 
( ^ω^)「絶望的なまでの相性の悪さは、さっき味わってきたばっかなのに?」
 
( ・∀・)「男には避けては通れない関門がある、とよく言うが、僕にとってのそいつが今、なんだよ」
 
( ・∀・)「関門、とは言うが、僕としてはどちらかと言うと喚問、だ。
       試練じみたものとして、決闘することが要求されているんだよ」
 
( ・∀・)「むしろ、それを取り除いても、僕としてはぜひ今一度邂逅したいものだ。
       ………久しぶりに、 『落花狼藉』 が破られたんだから」
 
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62 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:09:48 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 茂良々木のプライドが、垣間見えた瞬間であった。
 本当ならば、もう二度と味わいたくなどない嫌悪感、嘔吐感、拒絶感でこそあったものの、
 しかしそれだけ、自分にとってははじめてとも呼べる経験であったので、負けたまま引き下がりたくはなかったのだ。
 
 この返しを、内藤は半ば予想していた。
 茂良々木が止そうとするのを予想するほうができないのである。
 
( ・∀・)「そこで、聞きたいんだけど……」
 
( ^ω^)「?」
 
 茂良々木が、珍しく神妙な面持ちで問う。
 
       リズム・オブ・カーニバル
( ・∀・)「  『一心腐乱』  ……だっけ」
 
( ・∀・)「あれって………なにを、どうしてるんだ?
       まさか、ただ単に精神攻撃を仕掛けてきているわけではあるまいし」
 
( ^ω^)「あ、ああ………それね」
 
 翁唯の変人性は、知れ渡っている。
 つまり、それだけ、彼女の 『一心腐乱』 も名が通っているということになる。
 そして、内藤は、知らないことはなかった=B
 
 
( ^ω^)「残念だけど、そんな能力漫画じみたカックイイもんじゃあないらしいお」
 
( ・∀・)「じゃあ、いったい……」
 
( ^ω^)「聞くところによると……………………あれだ」
 
 
( ^ω^)「軸=v
 
 
.

63 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:10:21 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「………ジク=H」
 
( ^ω^)「お前、 『一心腐乱』 食らって、まともに立ててたかお=H」
 
 聞きなれないものに、茂良々木は復唱した。
 その様を見て、内藤が間髪入れずに質問を重ねてきた。
 
( ・∀・)「ま、と…も………」
 
 立っていられたのか≠ニいう、本来ならば意図が汲み取りづらい質問。
 しかし、茂良々木は、その質問の意図をすぐさま汲み取ることができた。
 立っていられなくなった≠フだから。
 
 
( ・∀・)「………原理はわからないけど、答えはノー。 立っていられなかった、だ」
 
( ^ω^)「それが、翁唯の 『一心腐乱』 だ」
 
( ;・∀・)「……? ………、…?」
 
 
 茂良々木は一応理解力はあるときはあるほうなのだが、
 その理解力を持ってしても内藤の言葉の真意は理解できなかった。
 立っていられたか否かの質問と軸≠ノある共通点が見いだせなかったのである。
 
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64 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:11:08 ID:g7Vtth9g0
 
 
          リズム・オブ・カーニバル
( ^ω^)「翁唯の  『一心腐乱』  ……噂じゃあ、あれだお」
 
( ^ω^)「なにかの軸をいくらかずらす≠フが、もとの在り様なんだとか」
 
( ・∀・)「は? 軸をずらす=H」
 
( ^ω^)「たとえば………こうしよう」
 
( ・∀・)「ん?」
 
 内藤は、傍らにあった少年誌を手に取った。
 それだけでは飽き足らず、きょろきょろと辺りを見渡しては、中身が空のペットボトルも手に取った。
 
 そして、机の上に立てたペットボトルの上に、少年誌を置く。
 不安定なバランスではあるが、なんとか手を放しても少年誌が落ちることがなくなる体勢にはできた。
 少しでも揺れが起こったら、少年誌が落ちそうな――そんな、不安定さ。
 
( ^ω^)「このジャンプが、モララー本体。 で、このペットボトルが、足」
 
( ・∀・)「よくわからないが、わかったことにしてスムーズに話を進めてさしあげよう」
 
( ^ω^)「……で、翁唯は、この足――軸≠、」
 
 
 
 ――内藤は、少年誌を支えているペットボトルを、数センチ横にずらした。
 
 
( ^ω^)「ずらす=v
 
 
 そして――支えが不安定になりバランスを崩した少年誌が、落ちた。
 
 
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65 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:11:51 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「―――――」
 
 茂良々木も、同様に、理解した。
 はじめて茂良々木が翁唯に会ったあの時でも、それ≠ヘ起こっていた。
 
 殴りかかった不良が、翁唯を前にして、いきなり転んだ≠フだ。
 転んだ、とは言うが、実際には体の支えをずらされ、
 直立する分にはいささかバランスが不安定になったため転んだ、のである。
 
( ^ω^)「で、吐き気とかだけど、」
 
( ^ω^)「最初に言ったお?
      翁唯、狂人は、人として軸がぶれている……つまり、そういうことなんだお」
 
( ^ω^)「軸をずらす対象を精神とかにすれば、
      またたく間に狂人の出来上がり――というわけでありまして」
 
( ^ω^)「つまり、正常≠異常≠ノする、それが…… 『一心腐乱』 」
 
( ・∀・)「………なんという性質なんだか」
 
( ^ω^)「普段のリズムと祭りのリズムは、違う。
       祭りのほうは、何かが吹っ切れた、吹っ飛んだ、ふっざけたテンションになる」
 
( ^ω^)「………リズム・オブ・カーニバルってのも、一心不乱ってのも、軸をずらすってのも。
      すべて、すべて、翁唯の、性質――言い得て妙だお」
 
 
( ・∀・)「……言葉遊び愛好家としては、カニバリズムとかかっているところも評価したいね」
 
( ^ω^)「言ってる場合かアホ」
 
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67 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:13:24 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
 渡辺さくらは、苦い顔をした。
 決して窮境に立たされているわけでもなければ、なんとも思っていないというわけでもない。
 困った、ちょっとした悩み――その程度のものとして、翁唯を捉えていたようである。
 
从'ー'从「根はいいコなんだけど〜…」
 
( ;・∀・)「じゃッ、じゃあ、本当に女の子に告白されてたってのかい!?」
 
从'ー'从「ま、まあ〜…」
 
 渡辺は、登校するのが早い。
 早くにきては暖房を効かせた教室で勉強でき、スムーズに授業に臨めるから
 というのもあるが、彼女としては遅れることなくのんびりできることのほうが大きいらしい。
 
 実に彼女らしく、淑やかな様が行動として現れている一面だといえるだろう。
 そしてその隣に茂良々木が珍しくもやってきているのも、同様に彼らしさの表れと言える。
 
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68 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:13:59 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
从'ー'从「最初はね〜、仲のいい先輩後輩〜ってカンジだったんだけど…」
 
( ;・∀・)「………ちなみにだが、部活動はどんな感じだったの」
 
从'ー'从「唯ちゃんったら、絵が大好きらしくて、一緒に油絵とか描いてたんだよ〜」
 
( ・∀・)「え、翁唯は絵が好きなんだ?」
 
从'ー'从「好きだから入ったんですって〜。 いいよね〜、美術って……」
 
( ・∀・)「渡辺ちゃんに惚れたから入ったんです、とか何とか言ってなかった?」
 
从'ー'从「まさか〜〜」
 
 翁唯は、その変人性が広まっているのを見ればわかるように、
 その持ち前の変人性を下手に隠そうとはしていないのである。
 公にひけらかしているわけでもないが、しかし隠すほどのものでもない――
 その在り方は、まさに茂良々木のそれと通じるものがある。
 
 そんな翁唯だが、意中の人である渡辺にはその実のところを言っていないようである。
 その点が、どこか恋する女子高生というピュアな響きに置換され、茂良々木は少し複雑な気分になった。
 
 
( ・∀・)「きみが抜けてから、美術部には行ってないみたいだけど」
 
从'ー'从「唯ちゃんも勉強するようになったのかな〜?」
 
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69 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:14:30 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 渡辺は、翁唯の変人性を知ってそうになかった。
  『八方美人』 であり、それだけ人脈は広い渡辺だが、彼女は彼女で情報の取捨選択は怠っていないのだ。
 悪口や根も葉もない噂、というものは自ら断ち切るタイプなのだ、と茂良々木は思った。
 
 おそらく、チェーンメールなんかも誰に言われるでもなく消しては展開を止める人なのだろう。
 一方の茂良々木の場合、チェーンメールが来たらその文章と校正後の文章とを並べてプリントアウトして
 内藤に最近の中高生の国語意識低下における危険性を三十分ほどかけて論じる。
 内藤といい、渡辺といい、茂良々木は無意識のうちに凸凹コンビというものに惹かれる性質を持つのだ。
 
从'ー'从「茂良々木くんは、どう思ってる〜?」
 
( ・∀・)「どう、って……翁唯のこと?」
 
从'−'从「なんだか、人間関係はあまりよくないみたいなんだけど……」
 
( ・∀・)「うーん、そうだな……」
 
 と、ここで茂良々木は 「翁唯の人そのものをあまり知っていない」 という欠陥に気づく。
 これから決闘を申し込むというというのに、その相手のことを知らないというのだ。
 
 彼女の変人性は、ある程度は内藤によって小耳に挟んでいる。
 だが、その異常性癖の在り様そのものは茂良々木は目にしたことがないのである。
  『一心腐乱』 の性質が 「捉え方次第」 にある以上は、その異常性を知らなければ話にならないのだ。
 
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70 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:15:21 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「……あまりよく知らないなあ。 どんな子なの?」
 
从'ー'从「人間の暗いところが好きな子なんだって〜」
 
( ・∀・)「く、暗いところ」
 
 ――間違っては、いない。
 間違ってはいないからこそ、よけいに複雑な気持ちになった。
 
从'ー'从「好きな本は 『人間失格』 ですって。 ほら、あの太宰治の……」
 
( ・∀・)「太宰か。 僕も彼は好きだよ。 なんというか、堕罪の名に恥じぬ、
       人間の心の奥底にある混沌としたものを肌で感じることができる」
 
从'ー'从「あ! じゃあきっと仲良くできるよ〜」
 
( ・∀・)「ちなみに、彼女、油絵やってたんだよね? どんな絵なの?」
 
从'ー'从「有名な絵をね、自分なりにアレンジしたりしてたよ〜」
 
( ・∀・)「ほう。 『モナ=リザ』 とか?」
 
从'ー'从「えっとね、ピカソの 『ゲルニカ』 」
 
( ・∀・)「あ、ああ……あ、あれを描いたんだ」
 
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71 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:16:42 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 戦争をもとにピカソが描いた 「ゲルニカ」 では、彼独特の不気味さが遺憾なく発揮されている。
 同氏による 「泣く女」 も有名で、太宰治を好きと公言――渡辺の手前、虚言である可能性は否めない――するだけある。
 しかし――とても、淑やかな女子高生が好き好んで描くような作品でないことは確かである。
 
从'ー'从「あと、有名なところだと、ムンクの 『叫び』 とか……」
 
( ・∀・)「わ、わかった」
 
 だが、内藤から聞いたような変人性――グロテスクであり正気を疑うような趣味――が
 渡辺の口から出なかった点に、茂良々木はやはりぎこちなさを感じた。
 どうやら、変人性――プライドじみたそれでさえ、恋の前では無力なのだそうだ。 茂良々木はそう合点した。
 
 
从'ー'从「でも、どうして急にそんなことを聞くの?」
 
( ・∀・)「ん? 言ったじゃないか、恋の決闘だって」
 
从'−'从「決闘、って……唯ちゃんを、いじめるの?」
 
( ;・∀・)「い、いじめるだなんて、そんな」
 
从'−'从「いじめちゃだめだよ、唯ちゃん、心の中ではずっと寂しがってるんだから……」
 
( ;・∀・)「わ、わかった、手荒いまねはしない」
 
 ――変人性は、恋の前では無力なのだ。
 茂良々木の無意識のうちに、それは不文律として成り立っていた。
 
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72 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:17:12 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
从'ー'从「そうだ〜」
 
 渡辺が、握っていたペンを置いて手を叩いた。
 
从'ー'从「今度、わたしと茂良々木くんと唯ちゃんで、どっか遊びにいかない〜?」
 
 手を叩いたまま、輝かしい瞳で茂良々木を直視した。
 
 
( ・∀・)
 
从'ー'从「それがいいよ〜。 茂良々木くん、太宰治好きなんでしょ〜?」
 
从'ー'从「そうしたら、きっと茂良々木くんも唯ちゃんと仲良くなれるし〜」
 
( ・∀・)「………」
 
从'ー'从「最近、勉強ばっかで疲れてきたし、行こうよ〜」
 
 意中の女性からの、遊びの提案。
 デートと称しても差し支えは――三人であることを除けば――ないのであるが、
 茂良々木はしかし、まったくと言っていいほど、喜びを感じられなかった。
 むしろ、悪夢だと呼ぶに相応しい申しつけである、とさえ言っても構わなかった。
 
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73 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:17:42 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「え、えっと……で、デートか! いいね!」
 
从'ー'从「ダブルデートだよぉ〜〜」
 
 他意や慢心などのない言葉。
 純粋に、茂良々木のことも翁唯のことも親しい友人だ、と思っているからこそであろう。
 茂良々木は、翁唯の存在とその渡辺の本心とで二重に複雑な気分を強いられた。
 
( ・∀・)「で、遊びに行くって……どこに?」
 
从'ー'从「うーん、どこにしよっか」
 
 茂良々木にしては珍しく愛想笑いを浮かべて――
 内心で真逆の顔を浮かべる。
 
( ;・∀・)「(映画館はだめだ、スプラッタホラーとかその類は苦手なんだ。
         というより、翁唯の趣味が前面に押し出されそうな場所は、全てノーグッド……)」
 
( ;・∀・)「(……クソ! せっかくの渡辺ちゃんとのデートだってのに、どうして翁唯が!
         渡辺ちゃんの手前じゃあ、 『落花狼藉』 は使えないし……)」
 
                  リズム・オブ・カーニバル
 それは言い換えれば   『一心腐乱』   も一時的に封じられるということなのだが、
 茂良々木にとってはもはや翁唯という存在がいるだけで 『一心腐乱』 を撃たれているようなものなのだ。
  「捉え方次第」 とはよく言ったもので、茂良々木にはみごとにクリーンヒットしていたわけである。
 
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74 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:18:25 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
从'ー'从「……あ!」
 
( ;・∀・)「ッ!」
 
 茂良々木はびくっとした。
 
从'−'从「ど、どうしたの〜…?」
 
( ・∀・)「な、なんでもない。 ちょっと寒かったから……」
 
从'ー'从「暖房、そろそろ効くと思うよ〜」
 
( ・∀・)「で……どうしたの?」
 
从'ー'从「行き先、一つ心当たりが浮かんだから〜」
 
( ・∀・)「そうなんだ。 どこ?」
 
从'ー'从「最近ツイッターで聞いたんだけどね〜?」
 
( ・∀・)「うんうん」
 
 渡辺はスマートフォンをいじりながら、言った。
 そのスポットの紹介をしているサイトを開き、それを見せて渡辺は言った。
 
从'ー'从「ここだよ、ここ〜。 この………」
 
.

75 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:18:57 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 

 
 
 
 ただ、入場料を徴収し、フードショップやみやげ物で利益を得るだけでは、動物園はすぐ廃園となる。
 動物を見るだけでは、楽しめない来場客が増えたのが原因だ。
 デジタル化が進むことで、いわゆる 「生」 を楽しめる動物園は未だに人気を誇っているが、
 しかし物珍しさを追求する現代人にとって、ただ実物の動物を見るだけでは物足りなく感じるようにもなっているのである。
 
 春先、桜が風に乗る季節に見る実物の動物は、なかなか絵になるものであった。
 奇しくも、茂良々木の隣には二人ほど美術を嗜んでいた女性が並んでいる。
 画材なんかを渡せば、茂良々木そっちのけで動物を描いたりする、かもしれない。
 
 集合場所で合流してから、常に翁唯と渡辺が他愛のない話で盛り上がる。
 その傍らで、二人の話をそれとなく聞き流しながらぼうっとしていたのが、茂良々木だ。
 しかし、その構図も、園内に入って適当なベンチに座ってから、崩された。
 
从'ー'从「ねえ、茂良々木くん。 いいでしょ〜?」
 
( ・∀・)「ん。 ん? あ……まあ」
 
从'ー'从「画材とか、持ってこればよかったかな〜…」
 
爪゚ー゚)「あっ! それ、思いました! もったいないなー、って」
 
从'ー'从「だよね〜。 売ってないかなあ〜…」
 
爪;゚−゚)「さすがに、画材は売ってないかも……」
 
.

76 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:19:30 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ・∀・)「(これが、翁……唯)」
 
( ・∀・)「(思ったとおり……渡辺ちゃんの前では、あの本性は出してないみたいだ)」
 
 翁唯は、茂良々木の前では、その変人性を遺憾なく発揮した。
  『一心腐乱』 で、持ち前の変人性を茂良々木に植え付けることで
 それをトラウマにさせる程度には、彼女の本性はどす黒く背徳的なものなのだ。
 
 しかし、翁唯は少なくとも渡辺の前ではその変人性を見せることはなさそうだった。
 最初、樹海高校の最寄り駅で集合したときから、茂良々木はそう思っていた。
 
 茂良々木は、翁唯はてっきり翁唯は地味めな、
 ファッション性のない女子高生らしからぬ服装でやってくると思っていた。
 しかし、実際は派手ではないもののファッション性のある、女性らしい服を着こなしていたのだ。
 
 黒のインナーシャツの上に、モノクロのチェック模様の、薄いアウターシャツを着ている。
 それだけで十分ファッショナブルだと思われるのに、加えて翁唯は
 白く、ぶ厚そうなショートパンツを履いては、皮製のベルトを通している。
 そして、同じく皮製のブーツからは、ニーハイの黒いソックスが見えているのだ。
 
 決して派手ではないが、しかし――だからこそ、それだけのファッションセンスが窺える。
 茂良々木はてっきり、翁唯は全身真っ黒だったり似合わない組み合わせで来ると思っていたのだ。
 別になにをされたわけでもないが、茂良々木は出会いがしらに先制攻撃を放たれたような気分だった。
 
.

77 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:20:02 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
 駅から電車を一本乗り継いで、樹海動物園に着くまでの間、
 茂良々木と翁唯は、一言も口を利いていない。
 互いに一戦交えた上で悪印象を胸中に抱いているため、利こうとも思わなかったのだ。
 
 茂良々木は、トラウマが鮮明に残っている。
 インフルエンザにかかっても味わうことのなかった狂気が、未だ記憶に新しい。
 翁唯も、愛しの人が茂良々木とかいう変人性の塊に奪われることが嫌で、
 それは是非を問わないうちに持ち前の性質を発揮しては茂良々木を圧倒するほどである。
 
 渡辺としてはこの二人に仲良くなってもらおうという考えなので、
 二人が口を利きそうにないというのは、むしろ彼女の思惑のうちなのだろう。
 茂良々木としても彼女と友好を深めるのは願ったり叶ったりなので問題ないが、
 翁唯のほうは、いったいそのことをどう受け止めているのか――茂良々木は、考えるだけで頭が痛くなった。
 
从'ー'从「ねえ唯ちゃん」
 
爪゚ー゚)「はいー?」
 
 いま、目の前に見えて耳の中に入ってくる翁唯という人間には、変人性は見受けられない。
 しかし、その見受けられない様が既に翁唯という異常性であると思われた。
 彼女の取り繕われた女々しい姿というのが、まさに狂気に満ち溢れているように感じられるのだ。
 
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78 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:20:55 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
从'ー'从「茂良々木くんと、仲悪いの〜?」
 
爪゚−゚)「?」
 
( ;・∀・)「(ああ、胃が痛い………戻しそう)」
 
 まったく口を利かない二人を見て、渡辺が動いた。
 彼女の目に映る範囲で言えば、茂良々木が翁唯に生理的嫌悪を覚えていることも、
 翁唯が茂良々木に警戒心と敵対心と闘争心を持ち合わせていることも、ないのである。
 だからこそ、二人にコンタクトの機会を与えてもなんら支障はない、と思うのも仕方のない話であるだろう。
 
 しかし、茂良々木にとっては、それこそが本題であるとは言え、ありがた迷惑、
 小さな親切大きなお世話、お節介――そんな、複雑な心境を抱かざるを得ない。
 
( ;・∀・)「( 『仲悪いの?』 じゃないよ……そもそも、少し会っただけなんだから……)」
 
从'ー'从「なんだか、唯ちゃん、茂良々木くんのこと視界に入れようとしないものだから……」
 
爪゚−゚)「先輩……ですか?」
 
从'ー'从「いちおう、面識はあるんだよね〜…?」
 
爪゚ー゚)「まあ……」
 
 そう言って、翁唯が茂良々木に視線をやる。
 同時に渡辺も茂良々木に視線を向けるため、彼女は翁唯の視線を見ることはできなかった。
 底なし沼のように、底が見えず濁った暗闇が侵食されていて、黒というよりどどめ色に近い、瞳。
 その目に生気は宿っておらず、ただ腐敗した心が浮かんできているに過ぎないとしか思えなかった。
 
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79 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:21:55 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
从'ー'从「茂良々木くんもね〜、太宰治が好きなんだって!」
 
爪゚ー゚)「あ、そうなんですか?」
 
( ;・∀・)「あ、まあ……」
 
 茂良々木が、珍しくたじろぐ。
 表情と声は、あきらかに 「淑やかな女子高生」 である。
 渡辺のよき後輩で、品を兼ね備えている、むしろ 「できた」 女子高生だ。
 
 だが、茂良々木は、彼女の瞳の奥を見てしまった。
 どどめ色に濁り、もしくはがらんどうで、光でさえ深淵に閉じ込めてしまう、底なしの沼。
 その沼は微量の毒が含まれており、一度足を踏み入れてしまうと、
 じわじわと神経が食い荒らされていき、身体中が痺れはじめ、やがて死を待つのみとなる。
 
 その視線は茂良々木に向けられているため、当然渡辺がその視線を見ることはない。
 ないからこそ、翁唯は有体の姿――その性質――を茂良々木にぶつけているのだろう。
 渡辺の前だから決闘ははじまらない、ことは、なかった。
 いま、まさにこの瞬間が、この二人にとっての、恋の決闘なのである。
 
爪゚ー゚)「なにが好きですか?」
 
( ;・∀・)「やっぱり…… 『人間失格』 かなあ」
 
爪゚ー゚)「あっ、私もです。 やっぱり、太宰さんのシリアスな作品は胸にキますよね!」
 
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81 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:24:03 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「太宰は………アレだ」
 
爪゚ー゚)「?」
 
 視線は、そらすにそらせない。
 わざわざ視線を外して話すのは、傍らで会話を聞いている渡辺にとっては不自然な動作だ。
 また、ここで翁唯のがらんどうの瞳からに背を向けると、
 すなわちこの決闘の敗北を意味するのではないか――プライド面でも、そらすにそらせなかったのである。
 
( ;・∀・)「たまーに、笑える作品が混在されているから、やめられないんだよ」
 
爪゚ー゚)「! 『畜犬談』 とかですね!」
 
( ;・∀・)「さすが、太宰ファンなだけある……」
 
爪゚ー゚)「? 知ってるんですか?」
 
从'ー'从「わたしが教えたの〜〜」
 
爪゚ー゚)「じゃあ、先輩もお詳しいんですね、太宰治!」
 
( ;・∀・)「僕の場合、文豪が好きだから、って理由なんだけどね……ハハ」
 
爪゚−゚)「文豪って、森鴎外とか?」
 
( ;・∀・)「あ、ああ……… 『舞姫』 はよかったよ」
 
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82 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:24:47 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
爪 ゚ー)「 『舞姫』 もいい作品ですけど……」
 
 翁唯が、ベンチから立ち上がる。
 渡辺は首をかしげて、翁唯のほうを見る。
 翁唯はあさっての方角に全身を向け、声だけを茂良々木に届ける。
 
 あの視線から解放されただけで茂良々木は精神的に救われた気になったのだが、
 しかし茂良々木を苦しめるのは、がらんどうの視線だけではない。
 翁唯という人間そのものが、茂良々木を苦しめつつあるのだ。
 
爪 ゚ー)「私、森鴎外ならあの作品が好きです」
 
爪 ゚ー)「翻訳本ではあるのですけど、森鴎外だからこそ翻訳できたのだ、っていうか……」
 
爪 ゚ー)「あと、太宰さんがなにか解説も書いてたし」
 
( ;・∀・)「………えっと、それって………」
 
 
 
 
 
 
爪 ー)「 『女の決闘』 って作品なんですけど」
 
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83 名前:同志名無しさん[] 投稿日:2014/01/23(木) 12:25:19 ID:g7Vtth9g0
 
 
 
( ;・∀・)「         」
 
 茂良々木は絶句した。
 重要なのは、話の内容ではない。
 翁唯のがらんどうの瞳や、それと振る舞いにおけるギャップでもない。
  「女の決闘」 という作品を通して、翁唯は、茂良々木に宣戦布告をしたのだ――
 
 翁唯は、茂良々木に、強烈な敵対心を、それも確たるものとして胸中に抱いているということである。
 いよいよ現実的な問題となったそれを前に、茂良々木は再びトラウマをこじらせた。
  『一心腐乱』 を受けているわけでもないのに、あの時と同じような感覚に見舞われる。
 
 春だというのに、茂良々木の背は冷たく、顔一面が汗で濡れていた。
 不自然に思われないように服の裾で拭う。
 その間に、翁唯は再び渡辺のほうに意識を向けた。
 
爪゚ー゚)「そろそろ動物見ましょうよー」
 
从'ー'从「そうだね〜〜」
 
爪゚−゚)「でも、どうして、来て早々に休んだんですか?
      すぐにでも動物を見ていったほうがよかったと思うんですけど」
 
从'ー'从「フフ〜〜。 まだ時間じゃなかったからなのです」
 
爪゚ー゚)「時間?」
 
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