('A`)夏の日とGANG OF FOURのようです

前編

※下記作品の続編です ('A`)夏の日とKILLING JOKEのようです

3 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:42:31 ID:J6Rkj0cE0
『ああ、夏だ』

未だに、夏。

額から汗がつうっと流れ落ちた。

頬に垂れたそれを、右手につけたリストバンドで拭う。
開けた窓から流れ込む風は生ぬるく、練習場となっている部室は殺人的だと思える程に熱かった。
「本当に夏は終わるのか?」そう思わせるには十分なくらいの熱気がこの部屋の中を包んでいる。
肩から下げた黄色いテレキャスターのボディを触ると、想像していた以上の温度が伝わってきたのですぐに手を放した。

https://www.youtube.com/watch?v=SUAnU1A38ec

('、`*川「だからさーさっきから半拍くらいズレてるんだって」

ドクオは先ほどから小姑の様に口を酸っぱくさせている先輩を眺める。
『彼女の熱意もこれくらいありそうだよな』と、ドクオは暑さと疲労で回らなくなってきた頭でそう思った。

4 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:43:17 ID:J6Rkj0cE0
('、`*川「ブーンさ、もう疲れた?」

(;^ω^)「いや……すみませんですお」

つい1週間ほど前、この校舎の屋上で結成したこのバンドは早くも修羅場を迎えている。

寄せ集めで作られた僕らのバンドは、とにかく時間がなかったのだ。
他のバンドが数倍の時間をかけて決めることの出来る曲目決めや練習を、僕らは大分圧縮してやらなくてはいけない。
焦るのも当然の話で、その様子はバンドメンバー全員に見えていた。

('、`*川「ちょっとクーちゃん、さっきのとこ叩いて」
彼女、ペニサスが後ろのスタンドに置いていた自分のムスタングベースを引っ張って肩へ下げる。

川 ゚ -゚)「分かった」
そう言って叩き出す彼女、クーのドラムのリズムは気持ちが悪いほど正確だ。
以前、メトロノームを使ってリズムをとる練習をしていた時も、何の苦も無く叩いていたのをよく覚えている。

5 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:43:57 ID:J6Rkj0cE0
('、`*川「ここ。ダッタ・ダッタダッタ・ダン!で変えなきゃいけないのに、ブーンはダッタ・ダッタダッタ・ダンダン!で変えてるからおかしくなるんだよ」
自分でベースを弾きながら実演して見せるペニサス。
今回ボーカルで参加するはずの彼女は、そのベースラインをさも練習していたかのようにあっさりと弾いてみせた。
それを見て、ブーンの表情は一気に曇る。

(;'ω`)「はい、すみませんですお」

('、`*川「ちゃんとドラム聞いてる? 聞いてたらそんなズレ起こさないよね?」

(;'ω`)「……おっおっ」

(,,゚Д゚)「はい、一旦落ち着けー。今日はここまでにしておこうぜ」

両手を広げ、ブーンとペニサスの間に割って入るギコ。
ご自慢のツンツンヘヤーも、部屋の暑さと湿気のせいか、少しへたれて見えた。

6 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:44:41 ID:J6Rkj0cE0
('、`*川「……あっ、もうこんなやってたんだ」

ペニサスが黒板上の時計を見たのにつられてドクオも同じく時計を見る。
1時を指していた時計の針は、既に3周して4の文字を指していたのだった。

(,,-Д゚)「明日から合宿だし、俺もこの後自分のバンドの練習があるから……」

('、`*川「そうね。ここで根詰め過ぎても良くないか」

(;^ω^)「が、頑張って練習しておきますお」

川 ゚ -゚)「ブーン、あとちょっとで本当に良くなるから。頑張ろう」

(,,゚Д゚)「……ま、俺たちゃ結成1週間のペーペーバンドなんだから。気楽に行こうぜ」

そう言って自分のギターをギターケースにしまい始めるギコ。
それがスイッチになったように、他のメンバーも片付けをノロノロと始めた。

相変わらず窓から差し込む日差しは熱く、僕らを酷く炙り続けていた。

7 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:45:24 ID:J6Rkj0cE0
………
……


練習の帰り道、ドクオとブーンはいつものコンビニへと寄っていた。

夏のコンビニは天国だ。いつもそう思う。
灼熱の太陽とアスファルトから跳ね返る熱でジリジリと熱されていた身体が、
コンビニに入った瞬間にそこに溜まっていた冷気に包まれて、サッと冷やされる瞬間がたまらなく心地よい。

コンビニの中で流れる有線の曲を右から左に聞き流しつつ、僕らはアイスの置いてあるコーナーへと向かう。
https://www.youtube.com/watch?v=asLRL5r2f-E

('A`)「天国だ」

( ^ω^)「ずいぶん安い天国だお」

('A`)「俺は庶民感覚なんだよ」

8 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:46:07 ID:J6Rkj0cE0
ドクオとブーンはそれぞれアイスを一本ずつ買い、店を出るといつものように正面にある歩道の柵へと腰かけた。
ドクオは昔から変わらないデザインの鮮やかな青い袋を開け、水色のアイスキャンデーを取り出してそれに迷わずかぶりつく。
表面の少し硬いキャンデー部分と、中身の氷が口の中を冷やす。

シャクシャクとした食感が、暑さで不快になっていたドクオの気分を少し爽やかにさせた。
そしてそれが胃に落ちていくと、冷たさの感触で堪らなくなる。

何となく空を見上げる。
もう既に5時を回ろうかという時間にもかかわらず、まだまだ青く澄みわたった空が広がっていた。

( ^ω^)「僕って不釣合いじゃないかお?」
ソフトクリームにかぶりつきながら、ブーンがボソッとドクオに呟いた。

('A`)「そうだな、確かにソフトクリームと言うよりはジャンボチョコモナカって感じだな」

(;^ω^)「そうじゃなくて……」

9 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:46:50 ID:J6Rkj0cE0
('A`)「バンドの事なら、別に俺はそう思わない」
ドクオも、アイスキャンデーの残りを食べながら答える。

('A`)「あん時も言ったけど、まだ集まって1週間しか経ってない」

('A`)「それであれだけ弾けるブーンは頑張っていると思うし、何より先輩方だって別に嫌な顔してないじゃないか」

( ^ω^)「でも、なんか皆凄すぎるんだお」

( ^ω^)「ペニサス先輩は、全く練習してないのにさらっと弾いちゃうし、クー先輩も今まで見たことないレベルでしっかりドラム叩いてくれるし」

( 'ω`)「そんでもってギコ先輩も……それにドクオだって皆に余裕でついていってるお」

( 'ω`)「ブーンはついていくので精一杯どころか、足を引っ張ってる始末だお」
そう言うとブーンは俯いた。手に持っているアイスクリームはドロドロに溶けて、彼の手を真っ白に染めていた。

(;'A`)「いやいや、俺だってついていくので精一杯だし、ブーンだって今日やった曲でちょっとつまずいただけじゃんか」

10 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:47:33 ID:J6Rkj0cE0
( 'ω`)「……自信、ないお」

(;'A`)「大丈夫、大丈夫。さっきも言ったけどまだ1週間だし、学祭までまだ1ヶ月ちょっとあるから」

( 'ω`)「おっおっ、ありがとうだお」

ブーンは手に持ったドロドロになったアイスクリームをコンビニの袋に放り込み、手についたアイスの溶け滓を適当に払うと、柵から降りてスタスタと歩いて行ってしまった。
ドクオも彼の後を追いかけようと手を動かした瞬間、溶けはじめていたアイスキャンデーがポロっと落ちた。

(;'A`)「あっ」

それに気を取られて、目線を落とすドクオ。
すぐにブーンの方を追わなければと思いなおしてブーンが去っていた方向へ顔を上げるが、既に彼は人ごみの中へ消えていた。

足元に落ちたアイスは、空気と地面の熱ですぐにドロドロに溶けてしまう。
そして、その液体にはどこからか嗅ぎ付けたアリたちが既に寄ってきていたのだった。

11 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:48:16 ID:J6Rkj0cE0
………
……



このバンドは数々の不幸が重なって一週間前、ポンと生み出された。
しかし、急遽生まれたという事は『何も無い』と同義なのだ。

今は猿から人間までの成長を猛スピードでやらなければいけない、そんな状態で日々を全力で駆けている。

(;'A`)「〜♪ 〜♪」

帰ってからもギターの練習は欠かせなかった。
今まで気分が向いたら家で弾いていたギターと、毎晩顔を合わせている。
指の先が痛くなってきて、自分の練習不足を最近は呪っているばかりだ。

まだ8月の半ばだけあって、まだまだ夜は蒸し暑い。
効かないクーラーのお陰でじんわりと熱される自分の身体と同じように、焦る心が少しずつ膨らんでいるような、そんな気がした。

(;'A`)「うおっ」

ビンッという鈍い音と共に、情けなく垂れ下がる弦。一弦が切れてしまった。
先ほどまで張りつめていた神経が弦が切れると同時に一気に緩んだのか、ドッと溜めていた緊張が身体の隅から隅に流れ込む。

12 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:49:04 ID:J6Rkj0cE0
ドクオはギターをスタンドへ投げるように立て掛けると、自分もベッドに身体を投げ出すよう仰向けに倒れ込んだ。
それと同時にドッと疲れがやってくる。
流石にここ1週間朝から晩まで根を詰めて弾いていたので、いい加減疲れてしまったようだ。

ドクオは枕元に置いていたスマートフォンで、適当な曲を選んで流す。
その曲を聴きながら、ぼんやりと部屋の天井を眺めていた。

https://www.youtube.com/watch?v=OipL9ToIDuU

ここ最近、全くもって忙しい。
しかし、今までに感じたことの無いような充実感があるのも事実だった。

('A`)「(すげー贅沢な経験を俺はしているんだろう)」

初めて親父のアコギを触った時より、
初めて通しでGet Backが弾けたときより、
初めて人前でギターを演奏した中学のあの時より、
初めて部活に入ってバンドを組んだあの時より、

遥かな興奮と、感動を覚えている。

13 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:49:47 ID:J6Rkj0cE0
それもこれも、全てはあのバンドメンバーたちのおかげだ。
「あ」と言えば「うん」と返すように、一音一音を弾くたびに向こうから思った音が返ってくる。
これは味わった事の無い至上の感覚だった。

満足しているのだ。物足りなさがまるでないのだ。
それだけ充実した、濃厚な日々を送れている自分は幸せなのだとドクオは思ってやまない。

しかし、ドクオには気がかりな事が一つだけあった。



( ^ω^)




ブーンの事だった。


.

14 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:51:05 ID:J6Rkj0cE0
( 'ω`)『……自信、ないお』

今日の帰り道、彼がドクオに言ったこの言葉は心からの叫びなのだろう。
ドクオにとってもこのバンドのレベルは高すぎると思っているのが本音だ。

だからこそ、必死に毎日練習をして食いつこうとしている。
それはブーンにとっても同じだとは思うのだが、彼は少し真面目すぎた。
他人からのアドバイスも受け入れてしっかりと取り組んでいる。
しかし彼は同時に完璧主義者でもあったようで、完璧に受け入れる事を目指しすぎるあまり、1から10まで出来ない自分への自己嫌悪が募るのだ。

正直に言って、彼とドクオの技術はトントン、もしくは完璧主義者な分ブーンの方が上回っているかもしれない。
なのだが先輩達は知ってか知らずか、彼に対して少し厳しい。

15 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:51:48 ID:J6Rkj0cE0
特に主導権を握る事が多いペニサスが同じくベース担当であった事もあってか、少し細かい注意をすることが多いようにドクオは感じていた。
彼のフォローに回ってくれる他の先輩と比べても、突き放すような注意をする時が多い気がする。

そして何より、彼はこの現状を作ってしまった責任を感じているように見える。
もちろんあんなのは誰のせいでも無く、起こるべくして起きた出来事であるとドクオは思っているのだが、本人はどうも落ち着かないようだ。

('A`)「(俺もうまくフォローに回ってあげなきゃいけないかなぁ)」

と、ベッドに寝転びながら一瞬そう思ったが、すぐに自分の中でドクオは否定した。
他人に構っている余裕が今の自分にあるかと聞かれればNOだからだ。

それでも、彼がしんどそうな時は自分が彼の手を引っ張ってあげる必要はあるだろう。
また喧嘩別れでバンド解散なんていうのは、ゴメンだ。

16 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:52:31 ID:J6Rkj0cE0
………
……


翌日の早朝、ドクオは合宿先へ向かう電車に揺られていた。
運動部などの合宿とは違い、バスに乗って全員で向かうような事は軽音楽部には出来ない。
まず、人数も少ないウチの部活ではそんな事をすれば予算がそれだけでオーバーするだろう。
各自指定された時間、場所に集合して、終わり次第現地解散となるらしい。

名義上は部活動の合宿という事なので顧問も一応ついては来るが、結構『ゆるい』と言うことを聞いていた。

ただ、うちのバンドはとにかく時間が無い。
今回の合宿は、とてもじゃないが『ゆるい』合宿にはならないであろう事は、これまでの先輩たちの様子を見ても明らかだった。

そして『ゆるい』とは真逆の表情をしながらドクオの隣に座っているブーンは、今にも吐きそうな表情をしながら俯き加減である。
「昨日はまともに寝れなかった」とは本人の弁で、目の下にクマを作って何かブツブツと呟いている姿にドクオは軽い狂気を感じた。

17 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:53:15 ID:J6Rkj0cE0
(;'A`)「……大丈夫かブーン」

(ヽ゚ω゚)「ベーンベベベーベンベンベーンベンベンベベベ……」

(;'A`)「電車の中でくらい運指の練習するの止めろよ」

(;゚ω゚)「お、落ち着かねえんだお、また何か言われそうで」

(;'A`)「大丈夫だって」

(;゚ω゚)「怖いお、ブーンは怖いお」

(;'A`)「俺だって怖いっつーの、何言われるか毎日恐怖だって」

(;゚ω゚)「ご飯も喉を通らなかったお、朝だってご飯2杯しか食べれなかったお」

18 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:53:58 ID:J6Rkj0cE0
(;'A`)「お前の基準の量の方が恐怖なんだけど」

(ヽ゚ω゚)「4杯だお」

(;'A`)「あぁそう……」

(ヽ゚ω゚)「ベーンベベベーベンベンベーンベンベンベベベ……」

早朝のガランとした車内に、ガタンゴトンと音が鳴る。
そして隣からは、ベンベンベンと声がする。
朝からかかるプレッシャーとこの状況に嫌気がさしたドクオは、耳を塞ぐようにイヤフォーンを差し込み、
何時もよりも数段ボリュームを上げて【PLAY】ボタンを押したのだった。

https://www.youtube.com/watch?v=jhgVu2lsi_k

19 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:54:41 ID:J6Rkj0cE0
………
……



合宿でも、特にこれと言って劇的な事は起こらず、ドクオたちのバンドの状況は変わらなかった。
練習用に貸し切っている宿泊施設内の会議室の中で、最後の一音が鳴り終わった後の沈黙が全てを物語っている。

('、`*川「……ダメだなー」

続く沈黙の中、ペニサスが呟いた。
心の思いがつい口から飛び出してきた、そんな感じだった。

('A`)「……」

正直なところ、ここまで出来れば上等、それどころかこの部活の中でもトップクラスに演奏出来ているとドクオは思っている。
結成して1週間ちょっとで出来るようなレベルは、とっくに飛び越しているのだ。

それも全て、集まった先輩達の技術が飛び抜けていることが大きい。
クーは言わずもがなだが、予想以上にギコとペニサスの能力が高かった。

20 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:55:25 ID:J6Rkj0cE0
ギコは「ちょっとしか弾いてない」と言う割に、ちょっと苦戦しそうなリフやフレーズをさらっと弾きこなしたし、
なにより予想外だったのは、冗談半分で依頼したペニサスのボーカルの質の高さだった。

英語の発音は流石としか言いようが無いし、何より歌唱力も一般的な基準で『上手い』方に入るレベルだ。

ドクオは確信している。
このバンドはとんでもないメンツが集まっていると。

(;゚Д゚)「うーん……」
ついにツンツンにする事を諦め、頭にタオルを巻いていたギコが、垂れてきた汗を右手につけたリストバンドで拭う。

川;゚ -゚)「……なんかイマイチ合っていない」
中身がもう殆どないペットボトルに口をつけながら、クーもタオルで汗を拭いた。
美しく黒く輝く長髪は、今日は後ろに簡単に纏められている。

曲を通すことは出来ても、致命的に演奏の『フィーリング』が合わないのだ。
それはタイミングであったり、リズムキープであったり、一口では言い表すことは出来ない。

22 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:56:22 ID:J6Rkj0cE0
('、`*川「ねえブーン、どう思う?」

(;^ω^)「ぼ……僕が悪いんですかお……?」

('、`;川「いやそーいうこっちゃなくてさ」
頭をポリポリと掻くペニサス。
余計な事を言ってしまったとでも言うように、バツの悪そうな顔をしていた。

(,,゚Д゚)「……ようするにさ、息が合ってねえんだよ」
足元のエフェクターのスイッチを踏みつつ、ペグを弄る。
鳴らしている素のギターの音はアンプを通した時の歪んだ音とは打って変わって、軽く気の抜けたような音を響かせていた。

(,,-Д゚)「単純に合わせ足りてないんだ、俺ら」

川 ゚ -゚)「うーん……そうなんだろうな」

川 ゚ -゚)「演奏こそちゃんと通せてるから、逆にそこが浮かんでくる」

(;^ω^)「申し訳ないですお……」

川 ゚ ー゚)、「何を謝る必要があるんだい、今日はちゃんとブーン演奏してたよ」

23 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:57:06 ID:J6Rkj0cE0
('、`*川「ブーン、私がよく言ってるからかもしれないけど……あんま気にしすぎんなよ?」

(;^ω^)「……いやいや」

(,,゚Д゚)「ま、そんなもんだよ! どのバンドだってあることさ」

(,,-Д゚)「昨日も言ったけど、まだ1週間だ」

('、`*川「うーん……そんなもん?」

('A`)「そんなもんなんじゃないっすか?」

('、`*川「偉そうに言うなよこのぉ♪」

ドクオの腹へとペニサスのパンチが飛んでくる。
思ったよりも鋭く重かったそのパンチは、鍛えていないドクオの柔らかい腹筋にいとも簡単にめり込んだ。

24 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:57:49 ID:J6Rkj0cE0
(;゚A゚)「グフッ」

('、`;川「あ、ゴメン! 大丈夫?」

慌ててその場にうずくまってしまったドクオの脇にしゃがみ込み、背中をさするペニサス。
どうも思ったよりキッチリ入ってしまったらしい。

その姿を眺めつつ、ギコはまだペグを回していた。まだ上手くチューニングが決まらないらしい。

(;゚Д゚)「あっれー?」

川 ゚ -゚)「……ネック曲がっちゃってるんじゃないか?」

(;゚Д゚)「いやーそんな事は……」

川 ゚ -゚)「一部が変わっただけでチューニングが合わなくなる、全く難儀だよな楽器ってのは」

('、`*川「つーか他のバンドの奴らはどったの? 私らさっきからずっとここ使っちゃってるけど」

ようやく落ち着いてきたドクオの介抱を止めて、グーッと身体を伸ばす。
ポキポキと言う身体の縮こまったのが解放される音が聞こえてくるようだ。

25 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:58:32 ID:J6Rkj0cE0
(,,゚Д゚)「んあ? そこの海行ってるよ。俺もバンドの奴らからさっきお誘いのメッセージ来てたわ」

('、`#川「夏をエンジョイしやがってるなぁおい!?」

川 ゚ -゚)「まぁまぁ……彼らが使わない分練習出来るんだからいいじゃないか」

('、`#川「クソッ……海ではしゃいでる奴らの水着を一人残さずズリ下げてやりたい」

( ^ω^)「……えげつねぇな……」

('、`*川「もしくはサメを召喚して奴らを恐怖のどん底に陥れてやりたい」

( ^ω^)「B級映画も真っ青」

('、`*川「お前は間違いなくエサ枠だな」

( ^ω^)「ふええ〜」

26 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:59:15 ID:J6Rkj0cE0
旧式なのか、普段聞かないようなゴウンゴウンといったクーラーの稼働音が響く。
音楽準備室よりは遥かに快適な場所である事は間違いないが、それでもここは暑い。
着ているTシャツは汗で少し湿っていて、へばりつく感じが不快さを増させている。

('A`)「でも暑いっすもんね、確かに海にでも入りたいですよ」

('、`*川「確かにねー、最後の合宿くらいサボって海ではしゃぎたいもんだわー」

(,,゚Д゚)「いつもサボってたクセに」

('、`;川「う、うるせーやい」

川 ゚ -゚)「夏を満喫、青春の一ページって感じだよな」

窓の外を目を細めながら見つめるクーの口元には軽く笑みが浮かんでいた。
彼女の澄んだ瞳に、透き通る夏の青空が反射しているように見えた。

('、`*川「でも、いいさ」

('、`*川「私にとっての青春は今だから」

ペニサスは、頬に垂れてきた汗を拭いながら、ニヤリと笑った。

川 ゚ ー゚)「そうだな」
ペニサスの方を振り向いたクーも、同じようにニヤリと笑った。

27 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 22:59:59 ID:J6Rkj0cE0
………
……


ふと空を見上げると、綺麗な三日月が出ていた。
日中太陽を遮ることの無かった雲は、月の光を邪魔することなく空の端に漂っている。

真夏の太陽の元で肌を日に焦がすことなく、耳がアンプから出る音で焼きついた合宿の最終日前日の夜。
ドクオとブーンは海岸沿いをフラフラと散歩していた。

('A`)「結局1日も入らなかったな」

( ^ω^)「噂に聞く、しい先輩のグレープフルーツも見る事が出来なかったお」

https://www.youtube.com/watch?v=2XoeYBwQL_Y

(;'A`)「お前なあ」

( ^ω^)「おっおっ、冗談だお」

28 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:00:43 ID:J6Rkj0cE0
既に陽が落ちて真っ黒くなった海を眺めつつ、夜風に吹かれてドクオとブーンは何となく黄昏ていた。

夜になると途端に合宿所内は騒がしくなる。それは当然、中に人が増えるからだ。
「誰と誰がくっついた」「どれくらい日焼けした」「しい先輩の胸の大きさが云々」……そんな話で溢れかえるのだ。

日中、ペニサス、クー、ギコ、そしてブーンと、一歩間違えれば殺伐とした雰囲気になりかねないような真剣な空気の中で練習していたあの空間とは、
全く別の所にいる気がしてならなくなる。

ドクオはそれに耐えられなくなっていく。何だか、自分たちの場所をぶち壊されている気分になる。
そして逃げ場を求めて外を散歩していた。
どうもブーンも同じ気分であったらしく、2人そろって夜の散歩となったわけである。

海は波寄せる音だけを響かせ、砂浜に白い泡を立てている。
遠くの方で光る灯台が小さく見えるだけで、あとは一切光が無い。それこそ、ここの歩道につけられた街灯位だ。

ドクオとブーンは歩道と砂浜の間にある手すりに寄りかかり、海をボンヤリと見つめた。
歩道と砂浜の間には結構な差があり、手すりからは砂浜を見下ろすような感じになっている。砂浜に降りるには、少し歩いた先の階段から降りなければならない。
波の動きと、遠くで回る灯台の光が差し込んで海面を反射していた。

29 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:01:26 ID:J6Rkj0cE0
('A`)「ブーンが元気になったみたいで良かったよ」

( ^ω^)「おっおっ、心配してくれてたのかお?」

(;'A`)「そりゃあ目の下にクマ作って、気が狂ったように運指の練習してるあの姿見せられたら、誰だって心配するって」

( ^ω^)「……まさしく杞憂ってやつだったお」

そう、取りこし苦労をしていただけだったのだ。
思ったよりも先輩たちは優しかったし、何より演奏できていない事をそれほどナーバスに捉えていなかった。

('A`)「あの余裕は何なんだろうな、どっから生まれんだろ」

( ^ω^)「そりゃあれだけ上手けりゃ余裕だお」

(;'A`)「俺らがダメでも俺たちがカバーするからいいかってか」

30 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:02:09 ID:J6Rkj0cE0
( ^ω^)「それよりブーンはペニサス先輩のあの発言にビックリしたお」

('A`)「……ああ、『私にとっての青春は今だから』……か」

( ^ω^)「元々生まれるはずの無かったこのバンドに入って、どうしてあれだけ入れ込んでいるのか」

('A`)「君の不始末のせいで分解しましたしね?」

( ^ω^)「申し訳ねえ」

('A`)「……ま、クー先輩は俺を焚き付けてくれた本人だし、ギコ先輩は真面目だし分かるが」

( ^ω^)「ペニサス先輩があんなこと言うなんて珍しいお」

('A`)「……ま、俺たちがバンドに打ち込むように、ペニサス先輩にも何かしら理由を持って打ち込んでくれてるんだよ、きっと」

( ^ω^)「ブーンにはよく分からないお」

31 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:04:06 ID:J6Rkj0cE0
('A`)「でもさ、俺ペニサス先輩見て頑張ろうって思ったよ」

( ^ω^)「おっおっ」

('A`)「だって元は違うバンドなのにあんだけ入れ込んでくれてるんだぜ」

('A`)「俺頑張らなきゃ誰頑張るんだって」

( ^ω^)「……ブーンも頑張るお」

('A`)「おうよ」

ドクオとブーンは互いに促すわけでも無く手を互いに差し出し、そして握りしめた。
あの屋上での握手以来、これは最早挨拶のようになっている。

お互いの滾る熱さを手から感じ取っていると、ポケットに入れていたスマートフォンが震えた。
サッと取り出し、差出人と内容を確認したドクオはブーンにその画面をサッと見せると、同時に宿舎に向かって駆け出した。

『クー先輩:最後に夏っぽい事をしよう』

そんなメッセージと共に、花火と一緒に写るクーの写真が来れば、急いで帰るしかないじゃないか。
ドクオもブーンもお互いの滾る熱さより、花火の熱さを感じたかった。
とにかく夏を感じたかったのだ。

32 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:04:50 ID:J6Rkj0cE0
(;'A`)「すいません」

('、`*川「おっせーよドクオぉ」

合宿所の正面にある広場に着くと、既に何人かの姿があった。どうやらうちのメンバーだけでは無いようだ。
見ると、既に火のついたロウソクが数本に水の張ったバケツ、さらに火のついた蚊取り線香まで準備されていた。

(,,゚Д゚)「ほんじゃあまぁ……花火の時間だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
  _
(*゚∀゚)「フォォォォォォォォォ!!」

(*・∀・)「ヒョォォォッォォォ!!!」

('、`*川「ウヒョォォォォォォォォ!!」

(;^ω^)「ちょっ、ペニサス先輩引っ張ら」

ギコ先輩の掛け声に呼応するように、暗闇に隠れていた他のメンバーたちが一目散に花火に向かって駆けだす。
そしてとりあえず打ち上げ花火とロケット花火を確保すると意気揚々と火を点け、それを手に持って打ちまくっていた。

(;'A`)「おお、すげー……」

その姿を遠くで見ていたドクオの肩が、ポンポンと叩かれた。

川 ゚ ー゚)「一緒に線香花火でもしないか」

33 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:05:33 ID:J6Rkj0cE0
目の前では派手に花火が飛び交っている。
飛んではいけない方向に飛んでいく花火やロケット花火の音が、賑やかさに華を添えている。

川 ゚ -゚)「ああいうのは見るのはいいんだが、やるのはどうもね」

('A`)「同感です」

手元で小さく光る線香花火の光を見るととても落ち着く。
パチパチと弾ける火が、2人の顔を照らしている。

川 ゚ -゚)「今日、正式に私のバンドは解散が決まった」

('A`)「ああ……言ってましたね、メンバーが受験勉強でって」

川 ゚ ー゚)、「そもそも合宿に来てなかったからな、当然と言えば当然なんだが」

34 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:06:16 ID:J6Rkj0cE0
('A`)「やっぱり3年生にもなると忙しくなるんですね」

川 ゚ -゚)「それでも最後だし、別に勉強を捨てなくても練習は出来るはずだと思って説得してたんだがな」

川 ゚ -゚)「『余裕が無い』の一言で突っぱねられてしまってな」

川 ゚ ー゚)、「加えて『あなたはいいわよね、勉強しなくても行けるから』って言われてしまって……悲しかったよ」

('A`)「……」

川 ゚ -゚)「……本当に、ドクオがバンドをやってくれて、それで私も入れてくれてよかったと思うよ」

いつの間にか、クーの線香花火は落ちていた。
もう消えているはずのその先を見つめながら、クーは話し続ける。

川 ゚ -゚)「もう、やりたい事をやれずに終わるなんて、嫌なんだ」

川 ゚ -゚)「……そして君にも同じ思いをしてほしくなかった」

35 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:07:54 ID:J6Rkj0cE0
川 ゚ -゚)「でも結局は、自分がやりたい事のために君を焚き付けたような形になってしまったな」

('A`)「……バンドがやりたいって言ったのは俺の意思です」

('A`)「そのワガママに着いてきてくれただけですよ、クー先輩は」

ヒュウヒュウとロケット花火が飛び交う音と、破裂音がこだまする。
とてもじゃないが落ち着いた夏の夜と言った感じでは無い気がする。

川 ゚ ー゚)「『俺の意思』……か、随分しっかりするようになったじゃないか」

('A`)「……まぁそりゃ一応俺が言いだしっぺですし」

川 ゚ ー゚)「それでいいんだ、やりたい事を押し通す、そうするだけで自分が大分救われるんだ」

川 ゚ -゚)「いずれ何かがあっても、一番後悔せずにいられるはずさ」

破裂音と同時に、空へ花火が打ちあがる。
とてもチープなそれは、ようやく本来の空に打ちあがれたと言わんばかりに、次から次へ打ちあがり暗い空に彩を添えた。

何か付け加えようとしたクーの口は、夜空に開く花火を見て、閉じてしまったようだ。
ドクオとクーは何も言わず、揃って空に広がるそれを見つめていた。

36 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:08:37 ID:J6Rkj0cE0
合宿が終わった帰り道、行きと比べて晴れ晴れとした顔で電車に乗っているブーンの姿がそこにあった。
一緒の方向へ帰る先輩や同級生たちが寝てる中、1人だけ背筋を伸ばして座っているものだから、いやに目立っていた。

('A`)「何かスッキリした顔してんじゃん」

( ^ω^)「そうかお?」

('A`)「うん、あの狂気に満ちた顔よりはいくらも」

(;^ω^)「あー……あの話はやめてくれお」

('A`)「まるでミスったら指でも詰められるんじゃないかと思う位の表情してたしな」

( ^ω^)、「……今までちょっと考えすぎてたお」

( ^ω^)「ミスったらどうしよう、ダメだったらどうしよう、そんな事ばっかり考えながらやってたお」

( ^ω^)「でも、思ったよりミスって怖くないって、先輩たちを見てて思ったんだお」

( ^ω^)「だから僕も気にしないでのんびりやろうって、決めたんだお」

37 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:09:20 ID:J6Rkj0cE0
('∀`)「いいじゃん、いい事じゃん」

( ^ω^)「おっおっ、だから僕も緩やかにいくお」

('A`)「……そのわりには背筋伸ばしちゃって、ピンとしちゃってるけど」

(;^ω^)「背中痛くて背もたれにつけらんねえんだお」

(;'A`)「どうした?」

(;^ω^)「……昨日のペニサス先輩の打ち上げ花火(横)が背中に直撃して、軽くやけどしてるんだお……」

(;'A`)「えぇ……」

(;^ω^)「当てられそうだったから逃げ回ってたのに、とんでもねえ精度で当ててきやがったお」

(;'A`)「……スナイパーか何かか?」

(;^ω^)「否定できねえ」

相変わらずのガランとした車内に、ガタンゴトンと音が鳴る。
目の前では例のスナイパーがポカンと口を開け、ベースを抱えて眠っていた。

38 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:10:04 ID:J6Rkj0cE0
………
……


(,,゚Д゚)「……でさぁ、俺がこう言ったわけ。『そりゃあお前、夏のせいだよ』って」

('A`)「HAHAHA!!」

( ^ω^)「なんかドクオの笑いがアメリカンナイズされてるお」

('A`)「昨日『朝まで深夜に流れる海外通販CM耐久レース』してたからな」

川;゚ -゚)「お前一体夜中まで起きて何してるんだ……?」

('A`)「結構面白いんすよアレ。テンプレ派とちょっと捻ってる派があって。あとNASAムダな開発しすぎだろって思いますね」

そう言っておどけるドクオの眼の下にはクマが浮かんでいる。
『最近練習を夜中までしてて眠れない』
なんて、カッコ悪くて言えなかった。

39 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:10:47 ID:J6Rkj0cE0
部室には相変わらず歪んだギターの音とセミの鳴き声が響いている。

合宿が明けて盆休みが終わり、いよいよ夏休みも終わる。
セミの声はまだまだ鳴りやむ気配を見せないが、それでも時折吹く風はそろそろ夏の終わりを知らせていた。

夏に唐突に生まれた新バンドも、ようやく『フィーリング』が合わさってきている。気がしている。

( ^ω^)

全員が曲にこなれてきたと言うのもあるが、何よりブーンの上達が一番の変化だった。
あの合宿以降、彼は目に見えて上達していた。明らかに彼の中で何かが変わった。
そんな弾きっぷりだった。

('A`)「(吹っ切れた事が良い方向に向かったんだろうな)」

この前までつまずいていた箇所をスムーズに弾きこなす姿を見つつ、ドクオはこの前の車内でのブーンの言葉を思い出していた。

(;^ω^)「ねみーお」

どうやら彼も一緒らしい。
いくら意識を変えたと言っても、根が真面目な彼は相変わらず睡眠時間を削って練習時間を増やしているようだ。
いつも目の下にクマを作っては常に眠そうにしていた。
それで集中が切れてはペニサスに叱られるという事もちょいちょい見かける。

40 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:11:30 ID:J6Rkj0cE0
('、`#川「おいドクオ、そのフレーズで何回つまずいてんだよ!」

(;'A`)「す、すいません」

(,,゚Д゚)「そろそろ慣れようぜ〜ここダメだと一気にカッコ悪くなる」

最近の問題はどちらかと言えば、ドクオだった。
ブーンが一段飛ばしの勢いで階段を駆け上がっていくのに対し、今のドクオは一段昇るのもやっとと言った感じに近い。

一歩進んでは躓き、また進んでは躓く。
何をしても止まってしまう今の状態に、ドクオは少しウンザリしていた。
あれだけ練習して、あれだけ遅くまで弾いているのに。

ここまでこんな事になったのは、今までに無いことだった。

(;'A`)「……」

('、`*川「……」

('、`*川「ドクオ、今日この後空いてる?」

(;'A`)「空いてます」

42 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:12:13 ID:J6Rkj0cE0
('、`*川「よし、じゃあ特訓決定な」

('、`*川「クーちゃん空いてる?」

川 ゚ -゚)「私は大丈夫だが」

(,,-Д゚)「すまん、俺はあっちのバンドの練習だ」

(;^ω^)「すいません、僕はバイトですお」

('、`*川「よーし了解了解、じゃあ残れる奴でやんぞー」

川 ゚ -゚)「場所は?」

('、`;川「あ」

部室は持ち回り制だ。
時間と曜日を決めて、それぞれのバンドが使う決まりとなっている。
ドクオたちのバンドももちろん例外では無い。

43 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:12:56 ID:J6Rkj0cE0
('、`;川「駅前のスタジオ行くか〜? でも空いてるかな〜」

川 ゚ -゚)「私のいつも使ってる練習場所で良ければ使えるぞ」

('、`;川「えーでも鍵借りなきゃでしょう?」

川 ゚ -゚)「合鍵なら私が持っている」

川 ゚ -゚)「『砂尾になら安心して貸せるからな』と言われて吹奏楽部の顧問から貰った」

('、`;川「さ……流石優等生……」

川 ゚ -゚)+「じゃあ、行こうか」

最近、異様にクーが格好良く見える。
優等生という看板を背負って、それを使って上手い事立ち回る姿が素晴らしく美しく見えるのだ。

部室で2人と別れ、階段を昇り最上階の廊下の突き当たり。
音楽室の入口のすぐ隣にある古ぼけたドアが、音楽準備室への入口だ。

44 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:13:51 ID:J6Rkj0cE0
クーがカギを使って音楽準備室のドアを開けると、むわっとした熱気と埃っぽい臭いが勢いよく飛び出してきた。
たまらず2人は、準備室唯一の窓に駆け寄り、すぐに全開にした。

('、`;川「相変わらずやべーなここ……」

(;'A`)「色んな意味でむせそうっす」

川 ゚ -゚)「そうか? もう慣れてしまったよ」

ドクオとペニサスが眉を顰めたしかめっ面をしながら準備をする中、クーは涼しい顔をしてセッティングをしていた。
流石にこの部屋の主と言った所だろうか。

元々活動をする部屋ではないここにはクーラーのような上等なものは存在しない。
あるのはクーが何処からか持ってきた古ぼけた扇風機だけだ。

本人曰く
川 ゚ -゚)「これで十分涼しい」
らしいが、とてもドクオとペニサスには耐えられそうになかった。

45 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:14:35 ID:J6Rkj0cE0
('、`;川「うーっし、やるか」
チューニングを終えたペニサスが指を伸ばしながら声を上げる。

('、`*川「ドクオ、何やりたい? 何でも好きな曲やろーよ」

(;'A`)「え? やる曲の練習ですよね?」

ペニサスはゆっくりと首を横に振る。

('、`*川「違うよ、ドクオがやりたい曲をやるんだよ」

(;'A`)「それだと練習の意味ないっすよ」

川 ゚ -゚)「最近のドクオは楽しんで弾いていない」

('、`;川「あっ、それ私のセリフー」

46 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:15:19 ID:J6Rkj0cE0
川 ゚ -゚)「私と『Fell In Love With A Girl』をやっていた時の君は何処に行った?」

('A`)「……変わらずここにいますよ」

('、`*川「嘘つけ」

川 ゚ -゚)「少なくとも、今の君は君じゃない」

('、`*川「何か責任でも感じてるの? そんなもの私たちにでも投げ捨てておけばいいのに」

('A`)「……」

川 ゚ -゚)「『チューニング』」

('、`*川「?」

川 ゚ -゚)「どこか一か所でも変化があれば、楽器のチューニングも合わなくなる」

川 ゚ -゚)「それは既に楽器としての体を成していない」

47 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:16:10 ID:J6Rkj0cE0
川 ゚ -゚)「バンドも一緒さ、誰か一人がおかしくなればバンド自体が狂ってしまう」

川 ゚ -゚)「それも同じく、バンドとしての体を成してないんだ」

('ー`*川「くーちゃんカッコいい事言うね〜」

('A`)「……俺がやるって言ったバンドで、俺が一番躓いている」

('A`)「それで、皆に迷惑をかけている自分がたまらなく嫌なだけですよ」

('、`*川「それが背負いすぎだって言ってるんだよ〜! この〜!」

ドクオの後ろからヘッドロックをかますペニサス。
急に締めてきた腕を外そうとしたが、頭に当たる柔らかい感触がドクオにそれを少し躊躇させた。

川 ゚ ー゚)「だから好きな様にやろうって言ってるんだ」

川 ゚ ー゚)「所詮、学園祭の1ヶ月前に急遽結成した酔狂な奴らが集まったバンドなんだ。それぞれが勝手に楽しまなくてどうする」

48 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:16:59 ID:J6Rkj0cE0
('、`*川「そうそう、狂人の集まりなんだよこのバンドは!」

そう言うと同時にドクオの首をグッと更に締め上げるペニサス。
いい加減感触を楽しんでいる余裕が無くなったドクオは締め上げている腕をタップする。

(;゚A゚)「グッ、グゥッ!」

('、`;川「あっ、ごめん、締めすぎた?」

それに気が付いたペニサスは腕をすぐに緩める。
ようやく気道が確保できたドクオはゲホゲホとむせ、締められた首をさすりながらギターへ手を伸ばした。

(;'A`)「ゲホッ、ゲホッ……や、やりましょう」

(;'A`)「好きなように好きな事やらせてもらいますよ」

('、`*川「そーそー、そんくらいの気持ちでいいんだって」

川 ゚ ー゚)「じゃあ、何して遊ぶ?」

('A`)「……何でもいいんですか?」

49 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:17:42 ID:J6Rkj0cE0
川 ゚ -゚)「知ってる曲なら」

('、`*川「知ってる曲なら」

('A`)「じゃあ、これを」

そう言ってイントロリフを弾きはじめたドクオの音を聴いて、ペニサスとクーはニヤリと笑っていた。
https://www.youtube.com/watch?v=dbB-mICjkQM

いつかのように、延々とドクオはリフを鳴らし、歌う。
ペニサスもクーも、そのドクオについていくように延々と正確なドラムとベースで続く。

最後の一音を鳴らし終えると、ドクオは同じくいつかのように余韻に浸っていた。
そして2人の方を向いて、深く一礼をしたのだった。

('A`)「ありがとうございました」

('、`*川「なんだよ、こんなに生き生き弾けるんじゃん!」

川 ゚ ー゚)、「まったく別人みたいだったな」

50 名前: ◆sVJSKQRVSQ[sage] 投稿日:2015/09/08(火) 23:18:25 ID:J6Rkj0cE0
(;'A`)「普段からこんな感じでいいんすかね」

('、`*川「こんな感じで、じゃなくて、こう弾かなきゃいけないんだよ!」

川 ゚ -゚)「そうそう……今くらい楽しんで弾ければもっと良くなるよ」

(;'A`)「……今まで自分の中で押さえつけていたかもしれません」

('、`*川「溜めてたの出して、気持ちよかった?」

(*'A`)「……え、ええ、とても」
ドクオはそれとなく、下半身をテレキャスターで抑えた。
少し火照った体に、外から吹き込む少し冷たい風が心地よかった。

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