( ^ω^)ナイトウスーツのようです
前口上 後口上



42 名前: ◆qvQN8eIyTE[sage] 投稿日:2013/05/30(木) 19:05:27 ID:oRlV1SEE0
七 死の大地

港に着くと、内藤は車をナガオ・カーボートから下ろして、
余分な荷物をナガオ・カーボートの収納スペースに残しつつ、しっかりと鍵をかけておいた。

ナガオ・カーボートの管理は基本的には車と同じなんだ。
ただ、陸地での移動には難があるから、船のように海上においておかなければならない。

だけど、ナガオ・カーボートは船以上に優れているのさ。
どんなに離れたところからでも、持ち主が指定された機種からナガオ・カーボートの固体識別番号に電話をかけることで、
GPSを頼りにどんな海辺にでも迎えに来てくれるんだよね。

そりゃあ、ある程度の時間はかかるけどさ。

日本に比べると、やっぱり厳しさを感じるほど冷たい風が内藤の体を舐めていったね。
目の前には壮大な山々が、まるで行く手を阻む壁のように内藤の前に立ちはだかっている。
でも、内藤はそんなことまったく気にする必要なんか無いのさ。
彼にはナイトウスーツがあるんだからね。

ナイトウスーツを手動に変えて、内藤の手はしっかりとコントローラーを握り締める。

( ^ω^)「よし、行くお」

その一言で内藤は走り出したのさ。
製作者の内藤にかかれば、ナイトウスーツの操作なんかお茶の子さいさいなんだよね。
手元も見ずに、禿げかけている針葉樹の合間をものすごい速度で潜り抜けていくのさ。

途中には牙の生えた鹿やら、角の生えた馬やらとすれ違ったりして、
内藤は案外シベリアの自然を楽しみながら山を登っていったね。
切り立った山壁も、ナイトウスーツの力でぴょん、と飛び越えちゃったりして。

43 名前: ◆qvQN8eIyTE[sage] 投稿日:2013/05/30(木) 19:07:14 ID:oRlV1SEE0
(;^ω^)「……お」

山頂について、全てを見下ろした時、すぐさま内藤はどこに北磁極があるかがわかったんだ。

山麓には私たちの人生をそのまま象形化されたかのようにゆっくりと大きな川が流れていて、
その奥に目を見やると東シベリア海に向けて扇状に広がる大地がある。

その土地の所有権を主張するように、それはあったんだ。

(;^ω^)「これが……僕の作ったマネキン?」

黄土色の塊が複雑に絡み合って、異常に膨れ上がった山さ。
とても大きく、汚い山。

マネキンの破片一つ一つが作り出す影が、まるで腐った血管のように黄土色の山を駆け抜けていて、
それこそ腐敗した血液を全身に送られているかのように、
その汚い山は内藤が駆け抜けてきたシベリアの山脈とはひどく対照的に死の香りを放っていたんだ。

呆然と内藤がマネキンでできた死の山をシベリア山脈の頂から眺めている間にも、
世界中から北磁極の磁力に引き寄せられてマネキンの破片が飛んでくる。

その光景は、いつまでも空腹が満たされない怪物が、わがままに食料を貪り続けているようにも見えたんだ。

(;^ω^)「……」

死の山からだいぶ距離を開けて、仮設住宅のようなものがちらほらと建てられているのが見える。
押し寄せるマネキンに居場所を奪われたんだろうね。
マネキンの山を中心に、避けるように建てられている。

汚い山の麓と、平野を輪郭づける川の僅かに見える隙間に申し訳程度に建っているそれは、
刻一刻と成長を続ける山にやがて仮初めの居場所すら奪われてしまうことが運命付けられていたよ。

44 名前: ◆qvQN8eIyTE[sage] 投稿日:2013/05/30(木) 19:09:08 ID:oRlV1SEE0
(; ω )「……」

内藤は驚いたね。
驚きだけじゃない。同時に深い絶望を感じていたよ。

今まで大切にしていた宝物が、地球にとって害悪でしかなかった。
そんな気分だったのかな。

ごめんね。
私は内藤自身じゃないから、そんなに的確に内藤の気持ちをここに書き残すことはできない。

だけど、今まで見たことのないような内藤の顔と、震える体。
小さく風が吹いて、僅かに揺れるナイトウスーツ。
そして、我を取り戻したかのように駆け出す内藤。

(; ω )「……」

これら一つ一つが連続写真のように、切り取られた一瞬として私の中に強く印象付けられたんだ。

(; ω )「何が新しい居住区ができるだお……。何が世界を変えるだお……。僕は馬鹿だ!」

うわ言のように、過去の自分の安楽的な考えに呪詛の言葉を吐き捨てながら、
ナイトウスーツの力を借りてものすごい速度で駆け下りる。
さっきまでは登り、今は降り。

さらには自責の念すらも内藤の背中を押しているんだ。
今までとは比べ物にならないほどの速度だったよ。

45 名前: ◆qvQN8eIyTE[sage] 投稿日:2013/05/30(木) 19:10:49 ID:oRlV1SEE0

もちろん興奮状態の内藤が、そんな速度でうまくナイトウスーツを操作できるはずもなかったさ。

(; ω )「……!」

シベリア山脈に生える針葉樹にはぶつかり、そのたびに勢いに任せて根っこごと吹き飛ばす。
ナイトウスーツに守られていない部分は傷だらけ。
だけど内藤は、そんなことお構いなしだった。

考えの浅かった自分のせいで生み出された罪の姿かたちを、すぐにでも近くで確認したかったんだ。

何本もの木を吹き飛ばし、何十メートルも山壁を転げ落ち、
何百匹もの動物を驚かし、数え切れないほどの生傷を作って、ようやく内藤は山を駆け下りた。

(; ω )「ハァ……ハァ……」

山麓に流れていた川は綺麗だったよ。
水温が低いためか、透明度も高くて、裸眼で川底まで見えるんじゃないかってくらい。

でもさ、目を凝らして見ちゃうともう駄目だね。
水面が薄っすらと上空に広がる光景を反射しちゃうんだ。

内藤の顔。
曇っていて灰色の空。

そして、その空の中を我が物顔で飛び交うマネキンの破片に、空へ今にも届きそうな育ち続けるマネキンの塊。

対岸には、マネキンの山に押し迫られて川辺ぎりぎりに建てられたバラックの家。

シベリアはやっぱり寒い。
それなのに、もともと住んでいた家をマネキンによって追い出されて、
ろくに寒さを防げないバラック小屋に住民を追いやってしまった責任を、内藤は確かに感じていたよ。

46 名前: ◆qvQN8eIyTE[sage] 投稿日:2013/05/30(木) 19:13:42 ID:oRlV1SEE0
(; ω )「行くぞ」

いち、にの、さん。
ナイトウスーツの力によって、生の山と死の山を隔てる大きな川をひとっ飛び。

その光景はまるで昔の有名な映画の、夜空に浮かぶ月を背景に、
自転車のカゴに宇宙人を入れたまま空を飛ぶシーンみたいだったね。

ナイトウスーツがうまくバランスをとって、対岸に静かに着地した。
するとどうだろう。
内藤の耳に、聞きなれないイントネーションの言葉が入ってきたんだ。

(´・ω・`)「今日は愉快だ。本当に愉快だ。愉快すぎてスーツ着たアジアンが空を飛びやがった」

(;^ω^)「あ、あぁ、どうもですお」

バラック小屋から、顔を真っ赤に染めたエスキモーが無表情のままに現れた。

ナイトウスーツの着用は全世界で禁止されているし、ナイトウスーツ人体使用許可証を持ってはいるものの、
そのナイトウスーツのせいで住み場を追われた住民に諸悪の根源を使用しているところを見られた内藤はどきりとしたね。

さらに内藤はナイトウスーツの製作者だ。
自分の愚かさ、自分の罪、自分の発明品。
それらへの絶望に興奮していた脳みそが、被害者であるエスキモーの顔を見ることで、申し訳なさから少し静まり返ったのさ。

47 名前: ◆qvQN8eIyTE[sage] 投稿日:2013/05/30(木) 19:15:41 ID:oRlV1SEE0
(´・ω・`)「ところでなんでこんな土地にお客さんがくるのかね。今や俺たちの住処は死の麓。
      わざわざ死臭がぷんぷんと匂うゴミ溜りに来るだなんて、アジアンは本当に愉快だぜ」

あまりにも酔っていて、内藤が脅威の跳躍を見せたことにもたいして驚いていないのか、饒舌に彼は語ったね。

だけど、愉快愉快と言うわりにはニコリともしないまま。
砂鉄が引き寄せられたかのような髭から垣間見える口に、内藤は強烈な酒臭さを感じていたよ。

(´・ω・`)「本当に愉快だ。ただ毎日酒を飲んでいるだけで、世界中から悪魔のようなマネキンが降り注ぎやがる。
      鳥が落ちる。魚が降り注ぐ。愉快すぎて生きてられないぜ」

ひたすらに言葉を垂れ流して、笑わないままに笑う。
意味のわからない表現かもしれないけれど、彼の浮かべる表情にはこの言葉しか見つからなかったんだ。

(; ω )「……」

内藤は自分の気持ちが、脊椎を通り、椎間板をすり抜け、そして足首の辺りまで落ちていくようにも感じていた。
エスキモーは無意識だったのかもしれないけど、自然と彼の言葉は内藤の後悔の念をちくちくと突っつきまわしたからね。

(´・ω・`)「おいおい、俺がこんなに愉快なのにアジアンは本当に無口だな。まったく、不愉快だぜ」

一通り喋りつくしたら、後はもう内藤に興味を失ったようで、
彼は防寒具を纏った体を静かに揺らしながらバラック小屋に戻っていったよ。

(´・ω・`)「そうさ、ここは死の大地。コンパスですら指差し笑う。『あそこは命を奪う場所だ』ってな」

こんな捨て台詞を吐いてね。

48 名前: ◆qvQN8eIyTE[sage] 投稿日:2013/05/30(木) 19:17:00 ID:oRlV1SEE0
(; ω )「とにかく、行かなくちゃ!」

しばらくは呆然と立ちつくしながら、皮膚に突き刺さるほど冷たいシベリアの風を甘んじて受け入れていた内藤だったけれど、
立っているだけじゃ何も変わらない。

マネキンの問題。
居場所を奪われたエスキモーの問題。
指輪の問題。

色々と頭を抱えたくなる問題は泣き出したくなるほどにあるけれど、
まずは動かなければ何も解決なんかしないもんね。

(; ω )

内藤はもう、泣きたい気持ちでいっぱいだったろうけどね。



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