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4 名前: ◆qvQN8eIyTE[] 投稿日:2013/05/30(木) 17:21:27 ID:oRlV1SEE0

一 車は路上を走るもの

『車は路上を走るもの』
その概念がついに崩された。
五十年前にはすでにエコブームが始まり、車の歴史が動き始めていた。

CO2削減を掲げ、日本の車メーカーは必死に排気量を減らす努力を続けた。
二酸化炭素を多量に排出する従来の車は次々と街中から姿を消し、代わりに排気ガスの出ない電気自動車が主流となった。
でも、そうなってしまうと、何万台という電気自動車を動かすために大量の電気が必要になるんだよね。これが四十年前の話。

日本列島にたくさんの発電所が立つようになった。
その多くは火力発電だった。ごぉごぉと音を立て、煙を上げ続ける火力発電所は決してCO2削減に協力的であるとは言えなかった。
本末転倒じゃないかと次々に各国からクレームが入るようになった。これが三十年前の話。

日本の技術者たちは協力し合い、車の軽量化に着手した。
次々と部品を小型化、もしくは排他していった。軽ければ軽いほど、動かすために費やすエネルギーは少なくなるんだ。
やがて国内に普及された自動車の八割ほどが単三電池で走り出せるほど軽いものへと変わっていった。これが二十年前の話。

6 名前: ◆qvQN8eIyTE[sage] 投稿日:2013/05/30(木) 17:24:10 ID:oRlV1SEE0
そして十年前、ある一人の技術者が革新的な発明をした。

長方形のそれは蒲団より二周りほど広く、成人男性の肩とほぼ同じ高さの鉄板で、周囲はベンチほどの幅で縁取られ、中は少しへこんでいる。
浴槽を上へと高く引き伸ばし、底を厚くすればこのような形になるんじゃないかな。

へこみの中にも、それぞれ四つの隅にさらに鉄板と同じ向きで長方形の窪みができている。
裏には鰭が中心を縦断していて、それを間に挟んだ両端には川の字のように、提灯を白く塗りつぶしたような浮きが縦に複数個並んでいた。
開発者はこれを、彼自身の名をとってこう名付けたんだ。『ナガオ・カーボート』と。

絶望的なネーミングセンスの欠落とは裏腹に、ナガオ・カーボートは急速に世界中へと広がっていった。
使い方は簡単さ。海へと面した道にナガオ・カーボートを置き、車で乗り上げ、四つの窪みにタイヤをはめれば良い。それだけ。

そしてそのままアクセルを踏み込めば、窪みの中にあるローターがタイヤの回転と連動して動き出す。
海上に出ればタイヤの回転がローターを通し、そのままモーターの回転となって、ナガオ・カーボートに内蔵されたスクリューが回り、海を走り出すことになるんだ。

前輪と窪みが共に動き、簡単に舵も取れる。
ブレーキもバックも、タイヤとスクリューが繋がっているために自由自在だ。

つまり、ナガオ・カーボートは自家用車を水陸両用に変えることのできる発明品だったんだ。
従来の車では沈んでしまうこのボートも、自動車の極端な軽量化によって重量に耐えられるようになった。
さらに燃料は電気自動車の単三電池によって動くので、環境の破壊もなければ、燃料の確保もとても簡単だ。

そのうえ、前述したように車と連動しているから、いってしまえば車と同じ感覚で運転することが可能なのさ。

7 名前: ◆qvQN8eIyTE[sage] 投稿日:2013/05/30(木) 17:25:39 ID:oRlV1SEE0
ナガオ・カーボートはとても革新的な発明品だったね。
この発明品が公開された時、世間は驚きの声で満ち溢れていたよ。
もちろん、私だってその世間の一部だったけどね。

だって、想像してみてよ。
今まで車で走ることができた面積は陸地のみだったのが、ナガオ・カーボートの発明によって、格段に範囲が広がった。
車さえあれば、簡単に海を渡れる。

鰭の左右にある浮きがしっかりと計算してバランスをとってくれるから、相当無茶な運転をしない限り、転覆の心配だっていらない。
海の上の交通量だってどんどんと増えていったから、交通事故、というか海難事故などのトラブルを避けるために、信号や交通標識が浮かぶようになった。

これらにも個別にエンジンが詰まれていて、GPSによって決められた位置に、ソーラー電池で動かすモーターによってひたすらに留まり続けている。
つまり、地上の感覚で一般ドライバーが安心して走ることのできるように、海上にも簡易的な道路が作られたんだ。
海の上なんて、普通のドライバーは走ったことないもんね。

それはもう船の領域をナガオ・カーボートはずいずいと侵していったさ。
もちろん、一定数の需要は残ったけれど、船の役割がだいぶ減ったのも事実だ。

交通法だって大きく動いたよ。
『運転中、夜間のライトに向かって集まったイカを勝手に取ってはいけない』とかね。

とにもかくにも、この長岡という男の発明一つで、世界の様々な規律が変えられてしまったんだ。
たった一人の男の、たった一つの発明品でね。

9 名前: ◆qvQN8eIyTE[sage] 投稿日:2013/05/30(木) 17:28:57 ID:oRlV1SEE0
このナガオ・カーボートの発明により、発明者の長岡はたくさんの賞を受け、たくさんの富を得て、たくさんの人の憧れとなり、たくさんの著書を出した。
そして、長岡はたくさんの旅客船関係者に恨まれた。

それでもこの長岡という男は、純粋に自分の発明品が世に認められたことを喜び、誇ったね。
講演に呼ばれた時は必ずこんな言葉を残すくらい、もう本当に長岡は舞い上がっていたのさ。

( ゚∀゚)「もうこの世界に、車が走ることのできない場所は空と海の底だけとなりました。
     でも、問題ありません。空の底である地面はもとより、海の頂上である海面は私の発明したナガオ・カーボートによって走ることができるのですから」

この挨拶に始まって、数時間延々とナガオ・カーボートの自慢をするだけの講演さ。
私も一度だけ長岡の講演に行ってみたことがあったけど、はっきりいって、つまらない以外の言葉が見つからないほどつまらない。

それでも長岡は、ほぼ毎日のように講演に呼ばれたり、政府のお偉いさんと座談会を開いたり、いろんなところからインタビューを受けたり、大忙しさ。
たった一つの発明品でも、それが世に認められれば、産みの親だって世界中で必要とされる。それこそが、発明品の力なんだよね。



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