■2012年芸術の秋ラノベ祭りのようです
└ひとりぼっちの魔物の話
- 364 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:04:52 ID:RgRp15sY0
その村の西の外れには、大きな森がありました。
昼でも常に薄暗く、誰も踏み入らないその森には
なんと、恐ろしい姿をした異形の魔物が住みついているのです。
魔物は、ずぅっと大昔からたった一匹、森で生き続けていて
人を食らう凶暴な魔物として、村の住民達から恐れられていたのでした。
とはいっても、そんな怪物が住まう森と隣接した地で
村人達が日々平穏な暮らしを送れるのにはわけがありました。
その魔物は、人間の他、何故かたった一つの果実しか口にせず
その果実を森に捧げ続ける限り、魔物は大人しく森に留まり
決して人を食べることは無いのです。
魔物が食らうその果実は、森の中にはありません。
一度迷ったらもう帰れない、木々が鬱蒼と生い茂る不気味なこの森の奥
その道ならぬ道を往く、少女のバスケットの中にあるのです。
ひとりぼっちの魔物の話
.
- 365 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:05:43 ID:RgRp15sY0
- l从・∀・ノ!リ人「あんちゃん、あんちゃーん」
茂る草木をかき分け、暗い樹海を抜けて
視界の開けた場所に来ると少女は足を止めました。
すると、小鳥のようなその愛らしい声に応えるように、数枚の葉を舞わせて揺れた樹木の影から
ずるずると大きな尻尾を引き摺って、両手で顔を覆い隠した
一匹の魔物が姿を現しました。
頭には尖った二本の角。そして、大きな獣の耳が4つ。
フカフカの体毛に覆われた手足には、鋭い爪が伸びています。
これこそが村人達が恐れる、森に住まう人食いの魔物なのです。
( ∩ゝ∩)「いつもありがとう、イレーネ」
少女が、若葉色に輝く美味しそうな青林檎をバスケットから取り出してみせると
魔物は両手で顔を隠したままお礼を言いました。
- 366 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:06:34 ID:RgRp15sY0
- l从・∀・ノ!リ人「今日もたくさん持ってきたのじゃ!」
イレーネが手に提げるバスケットの中、日の光を浴びて煌くこの果実は
村に昔から建っている一軒の廃屋、その隣に生えた大きな樹木から採れた林檎です。
それは他の林檎の樹とは違う、特別な樹で
春でも、夏でも、秋でも、冬でも
一年中美味しい実をつける、なんとも不思議な青林檎の樹なのでした。
とはいえ、どんなに美味しそうな実が一年中実っているとしても
そんな不可思議な現象を起こす樹はきっと、魔力の宿る樹に違いないと皆気味悪がって
村の住民ですすんでその果実を口にしようとする者など、誰一人としていませんがね。
そして、魔物は、何故だか村に生えたこの樹から採れる青林檎しか口にせず
この果実を捧げ続けさえすれば、決して人を喰らうことは無い。
イレーネの村では昔からそう言い伝えられていて
森に住む魔物に、こうして林檎を捧げ続けてきたのです。
- 368 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:07:28 ID:RgRp15sY0
- 穏やかな日の差し込む花咲く丘にやってくると、林檎の入ったバスケットを脇に置いて
少女と魔物は隣同士座り込み、いつものようにぽつりぽつりと言葉を交わしました。
l从・∀・ノ!リ人「あんちゃん、どうしていつもお顔を隠すのじゃ?」
( ∩ゝ∩)「イレーネに嫌われたくないんだもの」
l从・∀・ノ!リ人「イレーネはあんちゃんのこと嫌ったりしないのじゃ」
( ∩ゝ∩)「俺の顔を見たらきっと嫌いになってしまうよ」
l从・∀・ノ!リ人「お顔見せてくれないともう林檎持ってきてあげないのじゃ」
( ∩ゝ∩)「………」
l从・∀・ノ!リ人「嘘なのじゃ。でも、見せてくれないとイレーネ悲しいのじゃ」
( ∩ゝ∩)「………ごめんな」
それきり、魔物は黙り込んでしまいました。
l从・∀・ノ!リ人「……あんちゃん、泣いちゃだめなのじゃ」
( ∩ゝ∩)「泣いてなんかいないよ」
常に両手で顔を覆い隠し、項垂れるその姿は
まるで声も無く泣いている子供のように見えて、イレーネはいつも悲しくなるのでした。
- 369 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:08:20 ID:RgRp15sY0
( ∩ゝ∩)「気をつけて帰るんだよ、イレーネ」
村へと帰るイレーネの背を見届けると、魔物は森の常闇へ姿を隠しました。
木と木の間をくぐり、茂みの中を進み、太陽の方角を見ながら
確かな足取りでイレーネは村の入り口を目指します。
これもあの魔物の力なのか、奥深く入り組んだこの森で
どんなに暗くなったとしても、イレーネは決して道を見失うことも、迷うこともありません。
イレーネは村への帰り道を辿りながら
この広い森でひとりぼっちの、あの魔物のことを想います。
その身はどんなに人ならざる異形の姿をしているとはいえ
イレーネにはあの心優しい魔物が、村人達が畏怖するような
人を食らう恐ろしい怪物には、どうしても見えないのでした。
けれども確かに遠い昔、あの魔物が
村に住んでいた一人の男を食らったという事実が書物に書き記されていて
大人達は皆、昔から語り継がれるその話を疑う余地無く信じています。
それが本当なのかどうか、小さなイレーネには分かりませんでした。
- 370 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:09:08 ID:RgRp15sY0
l从・∀・ノ!リ人「ただいま戻りました、村長」
森から村へと帰ってきたイレーネは、いつもどおり村長の家を訪ねます。
今日のお勤めを終えたことを、きちんと報告する為です。
l从・∀・ノ!リ人「森に林檎をお届けしてきましたのじゃ」
( ゚д゚ )「ご苦労」
村長は普段通り、立派な机の向こうから
イレーネの顔を見ることもせず短い労いの言葉をかけました。
そうして、報告を終えたイレーネが帰ろうとすると
いつもその一言以外滅多に口にしない寡黙な村長が、珍しくイレーネを呼び止めました。
( ゚д゚ )「イレーネ、お前はもう森へ行かなくても良いぞ」
l从・∀・ノ!リ人「?」
イレーネは村長の言葉の意図が分からず、立ち止まって首を傾げました。
- 371 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:10:14 ID:RgRp15sY0
- l从・∀・ノ!リ人「どうしてなのじゃ?」
( ゚д゚ )「もう行く必要が無いからだ」
( ゚д゚ )「今日お前が持っていった林檎には、昨夜のうちに毒を仕込んでおいたのさ」
l从・∀・ノ!リ人「……え」
.
- 373 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:11:29 ID:RgRp15sY0
- ( ゚д゚ )「恐ろしい人食いの化け物にいつまでも森に住み着かれたままでは
村人達はこれから先ずっと、安心して暮らすことが出来ない。
だから、村の皆で話し合って決めたのだ」
l从・∀・;ノ!リ人「……!!」
( ゚д゚ )「狩猟用の致死性の毒を、より強力にしたものだ。
いくら魔物とはいえ、あの毒を食らえば死は免れまい」
l从・∀・;ノ!リ人「……っ!あんちゃん!!」
( ゚д゚;)「イレーネ!?何処へ行く!!」
イレーネは村長の家を飛び出し
あの林檎の樹から、林檎を一つだけもぎ取ってバスケットに入れると
森へと続く暗い道を、脇目も振らずに走っていきました。
- 374 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:12:45 ID:RgRp15sY0
l从・∀・;ノ!リ人「あんちゃん!」
もう日も沈みかけた時分、森のずっと奥深く。
地面に倒れこむ魔物の姿を、イレーネは見つけました。
l从・∀・;ノ!リ人「―――!!」
視界も悪く険しい獣道を走り続け、何度も転び、擦り傷だらけになったイレーネは
魔物の姿を見つけると、すぐにその傍に駆け寄ります。
l从・∀・;ノ!リ人「あんちゃん!しっかり……!」
(::::::_ゝ:::)
l从・∀・;ノ!リ人「……!!」
血を吐いて横たわる魔物の顔を見て、イレーネは息を呑みました。
初めて目にした魔物の顔。
いつも、声無く泣いているかのように、両手で覆い隠されていたその顔には
―――目が合わせて4つ、
口が2つも存在していたのです。
2つに裂けたその口からは、ぎらりと並ぶ鋭い牙が光り
血のように赤い舌が覗くそれは2つ連なって、まるで耳まで裂けているかのようでした。
l从・∀・;ノ!リ人「……」
そして―――
- 375 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:14:07 ID:RgRp15sY0
(:::゚゚_ゝ_゚゚) ギョロリ
―――突如、伏せられていた4つの目が一斉に見開き
赤く濁ったその瞳が、イレーネを睨みつけました。
(:::゚゚_ゝ_゚゚)「「 ミミ タタ ナナ … … !!」」
同時に、2つの口から発せられる二重の声。
それは、イレーネが今まで聞いたことも無いような低く恐ろしい声でした。
- 377 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:15:17 ID:RgRp15sY0
- l从・∀・ノ!リ人「……あんちゃん」
(:::゚゚_ゝ_゚゚)「「……イ゙イ゙」」
(::::::_ゝ:::)「……イ゙ ……イレーネ」
魔物は咄嗟に顔を伏せ、弱々しく体を起こしながら
その4つの目で、寄り添うイレーネの顔をそっと伺い見ました。
少女の名を呼ぶその声は
暖かみがあり、そして、常に深い深い悲しみを含んで震えている
イレーネがよく知る、いつもの優しい魔物の声でした。
l从・∀・ノ!リ人「……」
(::::::_ゝ:::)「俺が嫌いになっただろう」
l从・∀・ノ!リ人「ううん」
魔物は、寂しそうにもう一度イレーネを見やると、ゆっくり背を向けて
弱々しい足取りで、森の奥へと歩み去ります。
(::::::_ゝ:::)「……もうお行き。俺は大丈夫だから」
l从・∀・ノ!リ人「嫌なのじゃ」
それでも少女は、毒で弱った魔物に寄り添って
森の奥へと続く道を、どこまでもついていきました。
- 378 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:16:50 ID:RgRp15sY0
(::::::_ゝ:::)「―――この、目は。口は」
いつものように魔物とイレーネは、花咲く丘に隣同士腰を降ろして、
いつものように両手で顔を隠すことをやめた魔物は、自らを指さして
隣にちょこんと座るイレーネに向け、ぽつりと呟きました。
(::::::_ゝ:::)「俺の、双子の、弟のものだ」
l从・∀・ノ!リ人「?」
(::::::_ゝ:::)「俺は、ずっと昔………弟を食べたんだよ」
魔物の瞳に宿る悲しみの色が、一層濃くなった気がしました。
l从・∀・ノ!リ人「……どうして弟を食べちゃったのじゃ?」
(::::::_ゝ:::)「―――ずっと一緒にいたかったんだもの」
魔物は言いました。
- 379 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:17:37 ID:RgRp15sY0
- (::::::_ゝ:::)「オトジャは普通の人間だったから。
俺とは生きる長さが全然違う。それに、ずっと弱いんだ。
病気を患って、あっという間に死んでしまった」
(::::::_ゝ:::)「家族は、オトジャだけだった。他の人間は、俺を恐れ、嫌っていた」
(::::::_ゝ:::)「オトジャが死んだら俺はずっと、ずぅっと、ひとりぼっちになってしまう」
(::::::_ゝ:::)「そう思うと、どうしようもなく怖かった……怖くなって……
死んだ、オトジャの体を、食べたんだ」
l从・∀・ノ!リ人「食べたら一緒にいれるのじゃ?」
(::::::_ゝ:::)「そうだよ。
………ほら、な?
こうしていつまでも、一緒にいれるだろ」
そう言って魔物は、4つ目の瞳を指して悲しい笑みを浮かべました。
l从・∀・ノ!リ人「あんちゃん嬉しい?」
(::::::_ゝ:::)「ああ。嬉しいよ」
そう肯いた魔物の横顔は、それでもやはり、どこか寂しそうなのでした。
- 380 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:18:19 ID:RgRp15sY0
- (::::::_ゝ:::)「でも、人を食べるのは悪い事だ」
(::::::_ゝ:::)「だから。俺はそれから、オトジャを埋めたあの場所に生えた
あの木から生る林檎の実以外は、決して口にしないことにした」
l从・∀・ノ!リ人「……」
(::::::_ゝ:::)「俺はみんなが言うとおり、人食いの化物だ。
………イレーネ」
l从・∀・ノ!リ人「なーに?」
(::::::_ゝ:::)「もうこの森に入ってはいけないよ。
俺は毒で死んだと村長に告げて、お役目を免除してもらうんだ」
l从・∀・ノ!リ人「どうして?」
(::::::_ゝ:::)「このままだと、イレーネまで食べたくなってしまうもの。
……ずっと一緒に、いたくなってしまうもの」
l从・∀・ノ!リ人「でも林檎が無いとあんちゃん、食べるものが無くなって死んでしまうのじゃ」
(::::::_ゝ:::)「それでいいんだ」
魔物は、イレーネの持ってきてくれた1つの林檎を半分に割って
その半分をイレーネに手渡しました。
(::::::_ゝ:::)「気をつけて帰るんだよ、イレーネ。………お別れだ」
- 381 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:19:00 ID:RgRp15sY0
- 手の中にある半分の林檎を、しばらくじっと見つめた後
イレーネは小さく首を振りました。
l从・∀・ノ!リ人「あんちゃんに会えなくなるのは嫌なのじゃ。
イレーネ、森で暮らすのじゃ」
その言葉を聞いた魔物の4つの目が、驚きに見開かれます。
二つに裂けた口は何かを言おうとして、一度、二度と、開いて閉じてを繰り返しましたが
それでもその口から、なにか意味のある言葉が紡がれることはなく、再び静かに閉ざされました。
l从・∀・ノ!リ人「どうせ村へ帰っても、イレーネはひとりぼっちなのじゃ」
魔物に林檎を届けるのは、身寄りが無い孤児のイレーネのお役目でした。
たとえ魔物に食われてしまっても、誰も悲しむ者がいないからです。
- 382 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:20:25 ID:RgRp15sY0
- l从・∀・ノ!リ人「そうだ!この種をここに植えるのじゃ」
そう言ってイレーネは、手渡された林檎から一粒の種を取り出し、地面を掘り始めました。
(::::::_ゝ:::)「でも、イレーネ……、この森では、外からきた種は育たないんだ」
l从・∀・ノ!リ人「大丈夫。きっと育つのじゃ」
l从・∀・ノ!リ人「弟さんは、1人残されたあんちゃんの為に
ぴかぴかの林檎を、春も、夏も、秋も、冬も。ずっと実らせてくれてたのじゃ。
だからきっと、林檎の樹だって生える筈なのじゃ!」
(::::::_ゝ:::)「………でも俺は、オトジャを食べてしまった。オトジャはきっと、俺を恨んでいると思う」
l从・∀・ノ!リ人「ううん。イレーネはそうは思わないのじゃ」
(::::::_ゝ:::)「どうして?」
l从・∀・ノ!リ人「だって」
- 383 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:21:05 ID:RgRp15sY0
- イレーネは半分の林檎を一口齧り、ふわりと微笑みました。
l从・∀・ノ!リ人「弟さんがあんちゃんを恨んでいるのなら、嫌いだったなら
この林檎がこんなに美味しい筈は無いのじゃ」
イレーネのその言葉を聞いて、魔物は艶々の青林檎をじっと見つめました。
若葉のような眩い緑に輝くその果実の色は、双子としてこの世に生まれながら
真っ当な人間として生を受けた弟の、懐かしい髪と瞳の色でした。
そして、果肉の甘酸っぱくも優しい味は、遠い遠い昔に
魔物である自分を、家族として愛してくれた、弟のくれた幸せと暖かさそのものでした。
- 384 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:21:45 ID:RgRp15sY0
――――――ごめんな、アニジャ
――――――……なんで、謝るんだ?オトジャ
l从・∀・ノ!リ人「ずっと一緒なのじゃ、あんちゃん」
――――――ずっと一緒に……いれなくて、ごめんなぁ……――――――
アニジャの瞳から零れた涙が、つぅ、と頬を伝って
イレーネが林檎の種を埋めた、地面の上に染み落ちました。
- 385 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:22:32 ID:RgRp15sY0
夜が明けても、次の日になっても、季節が移り変わっても
二度と森から帰ってこなかった、親なし子の少女。
村人達は皆、口々にこう言いました。
「あの子は魔物に食われたのだ」と……。
村に生えていた不思議な林檎の樹は、何時の間にか枯れて実をつけなくなり。
村人達の記憶からは、魔物のことも、少女のことも、次第に忘れ去られていきました。
- 386 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2012/11/18(日) 22:23:15 ID:RgRp15sY0
少女と魔物がどうなったのか。
知るのは森の木々のみです。
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