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343 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 20:04:39 ID:P7FzPm6w
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教室を包む偽物の静寂は、いまにも崩れ去りそうなほど張り詰めている。
どこからか聞こえてくる、誰かがすすり泣く声は止まない。
(゚、゚;トソン「素直さんは一命は取り留めたものの――」
何が起こったのか、先生が説明する声が聞こえる。
異国の言葉のように、 その意味を汲み取ることはできない。したくない。
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( ∀ )
僕だけが聞き間違えている。淡い希望を抱いて、教室を見渡してみる。
蒼白く染まったジョルジュの横顔が見えた。 うなだれたまま、頭を抱えている。
その表情を読み取ることはできない。したくない。
(゚、゚;トソン「現在も意識は戻らず、VIP総合病院のICUで――」
先生が説明を続ける声が聞こえる。
先生が話す言葉の意味は、分からない。
( ∀ )
聞こえない。分からない。自分にそう言い聞かせ続けた。
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344 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 20:08:13 ID:P7FzPm6w
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o川*゚ー゚)oは残像のようです ―2016 Remastered―
最終話 ボーイ・ミーツ・ガール
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345 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 20:12:20 ID:P7FzPm6w
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(゚、゚;トソン「いまは面会謝絶中です。お見舞いは遠慮してください」
その言葉を最後に、先生は話を打ち切った。
そして、泣き崩れている生徒ひとりひとりをなだめながら、教室を回っていく。
声をかけられた途端、せきを切ったように泣き始める生徒もいた。
(゚、゚;トソン「あっ……」
しかし、無情にも鳴り響いたチャイムが、始業の時間を告げる。
一時間目は先生の担当教科ではない。いつまでもここにいるわけにはいかない。
( 、 ;トソン「っ……」
いまにも泣き出しそうな表情で、教室を見渡す。
そして、きっと、ためらいで重くなった足並みで、先生はドアへと向かう。
( ∀ )
_
( ∀ )
ドアの閉まる音を最後に、本物の静寂が、教室を支配した。
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346 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 20:18:50 ID:P7FzPm6w
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しばらくの間、誰も、何もしようとはしなかった。
やがて、誰かが鼻をすする音がして、押し殺した泣き声が聞こえてきた。
それを皮切りに、教室がざわつき始める。
( ∀ )
自分でも驚くほど冷静で、この状況をどこか客観的に見てすらいた。
耳から入った情報はきちんと整理されていて、当然理解もしている。
それでも、僕には分からなかった。
昨日、僕と別れた後に車に轢かれた。
道路に飛び出した子供をかばったらしい。
VIP総合病院に運ばれたが、意識不明の重体で危険な状態だ。
( ∀ )(……どうし、て)
そうなるのがなぜ、キュートだったのか。
キュートでなければならなかったのか。
それが、僕には分からなかった。
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347 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 20:24:20 ID:P7FzPm6w
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「なんでだよ……っ」
心の内を口に漏らしたわけでもないのに、不意に声が聞こえた。
気付くと、僕の机のすぐ横に誰かが立っていた。
「なんで……お前はっ……」
見上げて顔を確認すると、クラスメイトの男子生徒だった。
その表情は泣き出しそうにも、怒りに満ちているようにも見えた。
「俺は、知ってるんだぞ」
( ∀ )「……何を」
教室中の視線が僕たちにへ向けられたのが分かった。
「昨日、お前とキューちゃんが一緒に街を歩いているのを見た」
どういう意図で、その話を持ちだしたのか理解できなかった。
放課後に寄り道することに、特別な意味なんてないだろうに。
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348 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 20:30:17 ID:P7FzPm6w
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「先生は、昨日の学校からの帰り道でキューちゃんが轢かれたって言ってたよな」
( ∀ )「ああ、それで?」
「……お前のせいだ」
いまにも僕を殺しそうな、怒りに満ちた低い声で言われる。
心臓が一回、強く脈打つのを感じた。
「お前はそんなときに何やってたんだよ!!」
僕の机を握った拳で殴りつけると、彼は声を荒げた。
まるで、押し殺していた感情を爆発させたように思えた。
( ∀ )「僕は、事故が起きたときにはそばにいなかった。
キュートが事故にあったのは、僕と別れたあとだ」
「だったらどうして送っていかなかった!!
お前がそばにいれば事故になんてあわなかったに決まってんだろ!」
僕はただ、誤解を解くために事実を彼に告げた。
しかし、それで怒りが収まることはなく、机が蹴り飛ばされた。
机は大きな音を立てて転がっていき、隣の机にぶつかる。
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349 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 20:35:38 ID:P7FzPm6w
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( ∀ )「僕も、最初は送っていこうとした。だけど、キュートがそれを断った」
「だから僕は悪くありません、ってか!? ふざけんな!!!」
(; ∀ )「がっ!!」
腕を大きく振りかぶるのが見えてすぐ、頬に痛みと衝撃が走った。
体が宙を舞って、さっき蹴り飛ばされた机にぶつかって止まる。
「お前のせいだ! 全部、全部お前さえいなければ起きなかった!!」
「おい、やめろって!!」
「やめてぇっ!! お願いだからぁ!!!!」
殴った張本人は、僕を泣き叫びながら責め立ててくる。
彼を制止しようと押さえ付ける男子、悲鳴に似た声で叫ぶ女子。
教室は明らかに異様な喧騒に包まれていた。
(; ∀ )「……っ」
立ち上がろうとすると、視界がぐらりと揺れた。
よろめいて、近くの壁に激突するように寄りかかってへたり込む。
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350 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 20:41:49 ID:P7FzPm6w
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「はっ、なせぇええええ!!!」
視界の隅で、制止を力まかせに振り切る男子が見えた。
そのままの勢いで僕に飛びかかってきて、制服の襟を掴まれる。
何度も揺さぶりながら、むき出しの怒りをぶつけてくる。
(; ∀ )「ぐっ……」
「なんでだよ! なんでキューちゃんがこんな目に合わないといけないんだよ!
なんでお前はきちんと守ってやらなかったんだよ! なんでお前だけのうのうとしてるんだよ!
なんで……なんでだよぉぉおおおお!!!」
(; ∀ )
なんで、なんで、なんで。さっきからそればっかり。
聞き飽きるほど言われても、まだ止めようとしない。
頭の中で、ぷつん、と何かが切れる音がした。
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351 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 20:46:15 ID:P7FzPm6w
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( ∀ )「……ねえよ」
「あぁ……!?」
( ;∀;)「僕だって分からねえよ!!!
何でキュートなんだ! よりにもよって、何で!
やっと学校に来れるようになって! やっと望んでた生活を取り戻して!
全部これから始まるはずだったのに、全部!
もっと学校に行けるはずだった!!
もっといろんなところに行けるはずだった!!
もっと普通の生活が送れるはずだった!!
もっと好きなことが出来るはずだった!!
もっと楽しくて笑えるはずだった!!
もっとたくさん話が出来るはずだった!!
もっと思い出を作っていけるはずだった!!
もっといっしょにいれるはずだった!!
なのに……なのにそれが失われようとしてる!!!
あいつが15年間かけてようやく手にした希望が!!!
何一つ自由なんてない生活の末に、求めた自由が!!!
空っぽだった15年の分まで、思い出を作るための時間が!!!
生まれた初めて芽生えた他人への愛情が!!!
全部、何もかも、根こそぎ奪われなきゃいけない理由なんて分からねえ!!!
あいつがこんな目に遭わなきゃならない理由なんて分からねえよ!!!
そんなの……分かりたくもねえよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
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352 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 20:52:51 ID:P7FzPm6w
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( ;∀;)「はあっ……っぐ……」
気付けば、僕は相手の胸倉を掴み返して、押し倒していた。
ひどいやつ当たりだと、頭では分かっていた。
それでも、ぶつける先を見つけた感情を止めることは出来なかった。
「……」
教室が不気味なほどに静まり返る。
自分の呼吸と、鼓動だけがやけに大きく聞こえた。
「……おい、モララー」
( ;∀;)「っ!?」
聞き慣れた声が僕の名前を呼ぶ。
振り向いて目に入ったのは、鮮やかな金色の髪。
_
(# ∀ )「何やってんだよ……」
ジョルジュに腕を引っ張られて、無理矢理立ち上がされる。
そして、両肩を掴まれて荒々しく揺さぶられた。
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353 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 20:58:26 ID:P7FzPm6w
-
_
(# ∀ )「何やってんだ、つってんだよ!!」
( ;∀;)「う……ジョル……ジュ……」
いままで聞いた事もない悲壮な声で諭される。
掴まれた肩に指が強く食い込むのを感じた。
_
(# ∀ )「目が覚めてよぉ……お前がそんな顔してたら、きっと心配すんだろ……
それで、それですげぇ悲しい顔するに決まってるだろうが……
それぐらい分かれよ……お前が一番近い場所にいたくせに……」
はっとして、左の頬に手を添えると熱を持って大きく腫れていた。
一度気付いてしまうと、瞬きの際にすら痛みが走るのを感じてしまう。
いつの間にか肩から手を離したジョルジュは、みんなの方へと向いている。
_
(# ∀ )「俺たちには何も出来ないんだ。悔しいけど、悔しくてたまらないけど。
だから、せめて、いつキューちゃんが帰ってきてもいいように待っていよう。
帰ってきた時、楽しそうに笑ってもらうために、さ」
ジョルジュの言葉に、ゆっくりと全員が頷いた。
ある人は唇を固く結んで、ある人は涙をこぼしながら。
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354 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 21:04:56 ID:P7FzPm6w
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「……悪かった」
乱れた机をみんなが協力して直していく。
その最中、僕を殴った生徒が深々と頭を下げてきた。
( ;∀・)「……僕こそ、ごめん」
涙をぬぐって、腰よりも低く頭を下げた。
頭上から、もういいから頭を上げてくれ、と声が聞こえる。
( ・∀・)「ん、ああ」
「あ、あの、これ……使って」
タイミングを見計らってたのか、女子がハンカチを差し出してきた。
濡らしてくれたのだろう。触れると少し湿っていて、ひんやりとしている。
ちくちくと痛む頬に当てると、いくらが痛みが和らいだ気がした。
「なぁ、保健室行こうぜ。肩貸すよ」
(;・∀・)「いや、そこまでしなくてもいいって。先に行きなよ」
「そうか……分かった。先生にもお前が来るって言っておくよ」
( ・∀・)「ありがとう、すぐ行くよ」
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355 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 21:11:28 ID:P7FzPm6w
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なんとか納得してもらって、先に保健室に行ってもらう。
ドアの向こうに消える姿を見送ったあと、教室を見渡す。
いつも通り、とはいかないけれど、さっきまでとは明らかに違う雰囲気を帯びている。
( ・∀・)「なあ、ジョルジュ」
_
( ゚∀゚)「なんだ?」
( ・∀・)「……ありがとう。お前がいてくれて、よかった」
少し照れくさかったけれど、素直な気持ちを口にした。
それを聞いたジョルジュは困ったように笑って。
_
( ゚∀゚)「おいおいやめてくれよ、いくら俺でも男のおっぱいはちょっとな」
(;・∀・)「さっき空気読んだと思ったらこれか!!」
いつもの調子でそう言ってくれた。
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356 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 21:18:40 ID:P7FzPm6w
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( ・∀・)「じゃあ、保健室行ってくる」
_
( ゚∀゚)「おお、先生には言っておくわ」
踵を返して、保健室へと向かう。
少しだけ戻ってきたいつもの喧騒が、背中越しに聞こえてくる。
「礼なんていらねぇよ、バカ」
それに紛れて聞こえたジョルジュの呟きを、僕は聞き逃さなかった。
〜〜〜〜〜〜
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357 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 21:24:12 ID:P7FzPm6w
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季節が移ろい、街がクリスマスのイルミネーションに彩られた、冬のある朝。
キュートが目を覚ましたと、ホームルームで先生が告げた。
朝の厳しい寒さにも負けず、みんなが飛び上がって喜んだ。
(゚、゚トソン「目が覚めたとはいえ、まだ面会謝絶ですよ。
お見舞いは素直さんがもっと元気になってから来てほしい、とお母様が仰っていました」
あとから付け加えられたひと言が、残念ではなかったと言えば嘘になる。
それでも、そのうち元気な、いつものキュートに会えるようになる。
その事実だけで、この知らせはクリスマスプレゼントと呼べるものだった。
_
( ゚∀゚)「だけどよぉ」
( ・∀・)「ん?」
隣でパンをかじっていたジョルジュが呟く。
残りを一気に口に入れて食べきると、僕に話題を振ってきた。
_
( ゚∀゚)「元気になってるとはいえ、いまどんな状態なのかは気になるよな。
モララーだってそう思うだろ?」
(;・∀・)「そりゃ気になるけど……」
思えば、具体的にキュートがどんな状態なのか、僕たちは一度も聞かされていない。
僕らへの配慮だとは分かっているけど、一方で、やはり知りたいという気持ちはあった。
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358 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 21:30:11 ID:P7FzPm6w
-
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( ゚∀゚)「つーわけだ……こっそり病院行ってこい」
(;・∀・)「は!?」
周囲をうかがうと、ジョルジュはいきなりとんでもないことを耳打ちしてきた。
思わず変な声が出て、要らぬ視線を集めてしまう。
_
(;゚∀゚)「ばっかやろ、声でけぇっての!」
(;・∀・)「ご、ごめん……」
再び周囲を警戒しながら、ジョルジュは顔を近づけて小声で話しかけてくる。
僕も声を聞きとるために顔を寄せるが、はたから見るとなんとも怪しい光景だろう。
_
( ゚∀゚)「何も見舞いに行けってわけじゃねえよ。面会謝絶だしな。
でもよ、何か情報があるかもしれないだろ?」
(;・∀・)「いや、うん……」
_
( ゚∀゚)「よし決まり。今日の放課後さっそく行ってこい。
何か情報手に入れたら教えてくれよな」
(;・∀・)(断れる雰囲気じゃないな……)
心のどこかで行くべきではない、とは思っている。
しかし、一方で病院に行ってみたいとも思っていた。
最終的に、ジョルジュに押し切られる形で行くことを決めた。
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359 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 21:35:35 ID:P7FzPm6w
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( ・∀・)「……さて」
すでに暗くなり始めたころ、僕はVIP総合病院のロビーで立ち尽くしていた。
事故で入院している、ということは外科病棟にいる事は間違いないだろう。
しかし、何しろ面会謝絶だ。来たからといって、普通なら会えるわけがない。
(;・∀・)(看護婦さんとかに聞いたら教えて……くれないよな、絶対)
患者のプライバシーに関わることを、ぺらぺらと話してくれる看護婦。
フィクションの世界だろうが、そんな軽薄な人間を見たことはない。
結局、どうすることも出来ず、ただ行き交う人を眺めていている間に、時間は過ぎていく。
「おや? 君……」
(;・∀・)「は、はいっ!」
突然、後ろから呼びかけられて肩を叩かれた。
警備員に不審者だと思われたりしたのだろうか。
弁解を考えながら、慌てて振り返った。
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360 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 21:40:52 ID:P7FzPm6w
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川 ゚ -゚)「確か……モララー君、だったな」
凛とした顔立ちの、クールという言葉がとても似合う女性が立っていた。
その人は僕の慌てぶりなど意に介さず、少し自信なさげに僕の名前を呼ぶ。
(;・∀・)「そうですけど、あ、あの、どうして僕の名前を……?」
僕にはこの人と会った記憶はない。正真正銘、いまが初対面だ。
それなのに、僕の名前どころか顔まで知っている。
川 ゚ -゚)「ああ、そういえば君とは電話で一回話したきりだったな。
すまない、改めて自己紹介させてもらおうか」
そう言うと、黒に黒を上塗りしたような、夜の海に似た黒髪を手櫛で少し整える。
川 ゚ -゚)「私は素直クール。いつも娘が世話になっているね」
(;・∀・)「……あ!」
そう言われて、テスト勉強のときに電話で聞いた声だと思い出す。
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361 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 21:46:26 ID:P7FzPm6w
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川 ゚ -゚)「驚いたよ、どこかで見た顔だなと思ったら君なのだから」
(;・∀・)「あれ、でも僕と会ったこと……」
川 ゚ -゚)「体育祭のとき、キュートを撮っていたら偶然君が写っていてね。
あとでキュートが実に楽しそうに教えてくれたよ」
( ・∀・)「そうですか……」
落ち着き払った態度からは、とてもキュートがこの人の娘だとは想像出来なかった。
だけど、よく見るとなんとなく顔は似ている。
キュートも大人になったら、こんな風になるのだろうか。
(;・∀・)(本人には悪いけど、なりそうにないな)
川 ゚ -゚)「そうだ、どうしてここにいるんだい?
悪いけど、まだ面会謝絶中なんだ。会わせてやりたいのはやまやまなんだが」
表情は変わらないまま、クールさんが質問してくる。
これはまたとない好機だと思った。
( ・∀・)「あ、実はどうしてもキュートのことが気になって。
会えないのは承知で来たんですけど……」
川 ゚ -゚)「やはり、彼女は気になるものか?」
(;・∀・)「へっ!?」
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362 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 21:52:44 ID:P7FzPm6w
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クールさんはしれっととんでもないことを言ってのける。
そのことは、僕とキュート以外は誰も知らないはずなのに。
(;・∀・)「なっ、なんでそれを!?」
川 ゚ -゚)「キュートが教えてくれたよ。あの子が家出をして、帰ってきたときに。
家出の理由も、まあ君だろうとは思っていたけれどね。
本人から聞いて自信が確信に変わったわけだ」
そういえば、あのときのことをキュートは告白だと勘違いしていた。
ならば、クールさんが知っていてもおかしくはない。
川 ゚ -゚)「恥ずかしいなんて言いながら、私にだけこっそり教えてくれたよ。
自分から言いに来るあたり、よほど嬉しかったらしい」
( ・∀・)「そう……ですか……」
事故が起きる前の日常が、スライドショーのように映し出されては消えていく。
心臓の中を、針で何本も突き刺される感覚を覚えた。
川 ゚ -゚)「……すまないな、昔の話は少し辛かったかもしれない」
( ・∀・)「いえ……そんなことは」
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363 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 21:58:16 ID:P7FzPm6w
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これからまだまだ、普通の生活に戻るには時間がかかるだろう。
それでも、いずれキュートが元気に教室のドアを開け放つ日がやってくる。
確かな希望が胸の中に息づいている。それさえあれば、この辛さにも耐えられる。
川 ゚ -゚)「……モララー君」
( ・∀・)「はい?」
川 ゚ -゚)「君は、あの子が……キュートが好きかい?」
( ・∀・)「……はい」
静かに、だけど、はっきりと口にした。
数瞬、遠くから響くかすかな喧騒だけが、僕たちの間に流れた。
川 ゚ -゚)「……本当のことを、知りたいかい?」
ゆっくりと紡がれた言葉に、例えようのないざわつきを感じた。
背中から首筋までを得体の知れない感覚が走り、鳥肌が立つ。
(;・∀・)「それは、どういう意味、ですか……」
川 ゚ -゚)「知ってしまえば……もう君は戻れない」
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364 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 22:03:21 ID:P7FzPm6w
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うまく声が出せず、余した息が情けない音を立てて漏れた。
対照的に、僕の質問に対する返事は、とてもはっきりと発せられる。
言葉に秘められた不穏な響きが、明確に分かってしまうほどに。
川 ゚ -゚)「これからも、あの子と一緒にいたいのなら……君には聞いてもらいたい。
いや、聞いてもらわなければならない」
(;・∀・)「……話して、ください」
川 ゚ -゚)「君がこれを聞いて、例えどんな行動をしても私は責めない。
こんなことを伝える私を、許してくれなくても構わない。
ただ……すまない」
君の望みは、きっと叶わない。
そう言って、クールさんはゆっくりと口を開いた。
〜〜〜〜〜〜
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365 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 22:09:40 ID:P7FzPm6w
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うまく歩けていると思えない。
足は確かに地面を踏みしめていて、体は前へと進んでいる。
それでも、まるで宙に浮いているような感覚は続く。
『結論から言わせてもらうと、キュートは……死んだ』
『……え?』
音がよく聞こえない。
カラスの鳴き声も、車の走る音も確かに聞き取れている。
ただ、右耳から入った音は何も残さず、左耳から抜け出していく。
『死んだも同然、と言った方がいいか』
『……』
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366 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 22:14:48 ID:P7FzPm6w
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目がよく見えない。
焦点が合わない。合わせる気が湧いてこない。
勝手に体は障害物を避けて、無意識に来た道を戻っている。
『事故の後遺症で、過去の記憶を覚えていないんだ』
『……』
体が自分のものではないように思える。
誰か別の人間に動かされているみたいだ。
いっそ思考も何もかも、その別の人間に押し付けられればいいのに。
『それに、両足の怪我がひどくてね。リハビリ次第だが、歩くことも難しいかもしれない』
『……』
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367 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 22:20:06 ID:P7FzPm6w
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頭の中だけは、はっきりしている。
病院で聞かされた会話が延々と、鮮明に思い返されている。
きっと、いまの僕のような状態を『頭がいっぱい』と言うのだろう。
『全快しても、もう元気に走り回ることも出来ない』
『私のことも、君のことも、いままでの15年間の人生を何ひとつ覚えていない』
『君の知っているキュートは、もういないんだ』
ポケットの中で、携帯が震える。
きっちり三回震えると、取り出す前に振動は止んだ。
取り出してディスプレイに目をやると、メールが一通届いていた。
( ∀ )「……」
差出人はジョルジュだった。
件名の欄で顔文字がニヤリと笑っている。
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368 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 22:25:16 ID:P7FzPm6w
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『君の知っているキュートは、死んだんだ』
( ∀ )「っ……」
開かないまま、削除のボタンを押す。
ほどなくして、受信ボックスの一番上からメールは消えた。
( ∀ )(言えるわけ……ないだろ……っ)
ひと月前に、久しぶりに学校へ来たのが最後でした。
みんなとの記憶も全部なくして、怪我で歩くことも出来ません。
どの面下げて、そんな夢も希望もないことが言えるんだ。
(; ∀ )「くっ……」
電源を切って、鞄の奥深くへと携帯をねじ込む。
そして、自転車のかごに思い切り投げ入れようとするけど、見当たらない。
そこでようやく、自分が自転車を病院に置いてきたことに気付いた。
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369 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 22:31:09 ID:P7FzPm6w
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( ∀ )(どうでも……いいか)
明日どうやって学校に行くかとか、どれだけ歩かなければいけないんだろうとか。
普段ならそんな深刻な悩みになる出来事も、些細なことだとしか思えなかった。
( ∀ )「……あれ」
周りを見る余裕が少しだけ出来て、ようやく自分がどこにいるのかを把握する。
目に映るのは、もう飽きるほどに見てきた校門前の風景。
そして、校舎のすぐ横にある、大きな桜の木。
( ∀ )「はは……」
気付かないうちにここまで来ていたことに、思わず自嘲する。
キュートの死刑宣告を受けたあとに、彼女と初めて会った場所へと向かっていた。
自分でも笑えてくるくらい、僕はキュートのことで頭がいっぱいだった。
( ∀ )「……」
足は自然と、公園の入口へと歩を進めていた。
思い返せば、ひとりでこの道を歩くのも随分と久しぶりだった。
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370 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 22:36:08 ID:P7FzPm6w
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( ∀ )「……っと」
入り口横の自販機の正面にたどり着き、小銭を入れる。
季節外れになってしまったレモンスカッシュのボタンを押す。
相変わらず乱暴に落ちてきた缶のふたを開け、一気に飲み込んだ。
( ∀ )「いつまで経っても、炭酸に優しい自販機にはなってくれないな」
入り口に向かいながら上を見上げ、もう一口。
視界に入るのは、すっかり暗くなった空と、枝と幹だけになってしまった桜の木。
青空も、満開の桜も、もう僕の記憶の中にしか見えなかった。
( ∀ )(僕、そういえば入学式と同じことしてるな……)
どうせなら、そっくりそのままなぞってやろう。
そのうち、ひょっこりとキュートも飛び出してくるかもしれない。
視線を戻して、公園の中へと進んでいった。
( ∀ )「……」
入り口から一番近いベンチに、人影を探す。
電灯に照らされたそこには、誰も座っていなかった。
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371 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 22:41:23 ID:P7FzPm6w
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キュートが座っていたベンチに腰かけ、目を閉じる。
いまでも鮮明に、初めて会ったときのことを思い出せた。
( ∀ )「……ここにキュートが座ってたんだよな」
( ∀ )「それで、いきなり僕が一目惚れしたとか言ってきたんだ」
( ∀ )「本気で殴ってやろうかと思ったなあ、あのときは」
( ∀ )「あまりにウザいから、捕まえようとしたら残像で逃げられたんだった」
( ∀ )「……もう、あんなに驚くことなんて、死ぬまで、ないんだろうな」
( ∀ )「それから……僕、なんであそこまで恥ずかしいこと言ったんだろう」
( ∀ )「でも、そのおかげで仲良くなれたんだよな……」
( ∀ )「あのときは、こんな風になるなんて思わなかったよ」
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372 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 22:47:35 ID:P7FzPm6w
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出会ってからの思い出が、映画館のようにまぶたの裏に映し出されていく。
振り返れば振り返るほど、自然と口角が上がっていくのを感じた。
( ∀ )「自己紹介のときは、まさかあんな簡単に受け入れられるなんて信じられなかったな」
( ∀ )「真面目に心配してた僕が馬鹿みたいだった……」
こっちの気も知らないで、帰ろうとしたら追いかけてきたのは忘れない。
何も知らないくせに、僕が心のどこかで寂しさを感じているのをあっさり見抜いたことは忘れられない。
( ∀ )「体育祭だって、リレーで負けてこっそり泣いてたくせに……元気になったら抱きついてきて」
( ∀ )「こっちは恥ずかしくて仕方なかったよ、ったく」
いつでもどこでも、自分の感情のままに動くやつだったことは忘れない。
女の子相手に抱きつかれたのが生まれて初めてだったことも忘れられない。
( ∀ )「自分からは抱きついてきたのに、部屋で偶然押し倒しちゃったときは恥ずかしがるし」
( ∀ )「……あれは僕も悪かったけどさ」
案外女の子らしい一面があったことは忘れない。
心臓が痛くなるほど脈打って、しばらく顔が熱いままだったことも忘れられない。
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373 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 22:52:59 ID:P7FzPm6w
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( ∀ )「いきなり海に行きたい、って言われたのには焦ったな……」
( ∀ )「まあ、行った甲斐はあったけど」
夕日よりも輝いて見えた笑顔は忘れない。
はっきりと、自分がキュートを好きだと自覚した瞬間も忘れられない。
( ∀ )「すごく、文化祭楽しみにしてたっけ」
( ∀ )「来年は……いっしょに、参加できたのにな」
子供のようにはしゃいで、誰よりも文化祭を待ち望んでいたことは忘れない。
教室で見た、暗い影をの落とされた背中も忘れられない。
( ∀ )「急に学校に来なくなって……ここに呼びだした」
( ∀ )「……思い出の場所だったけど、また新しい思い出が増えたな」
僕だけに話してくれた、ずっと心に溜めこんでいた想いは忘れない。
何よりも温かく、柔らかかった唇の感触も忘れられない。
( ∀ )「それから、随分遠回りしたけど、恋人になれたんだよな」
( ∀ )「なって……それから……」
誤解を知らされたときの、残念そうな顔は忘れない。
告白されたときの、幸せそうな顔も忘れられない。
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374 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 22:58:27 ID:P7FzPm6w
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( ∀ )「それから……」
( ;∀;)「それ……から……」
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375 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 23:01:12 ID:P7FzPm6w
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頬を涙が伝って、手の甲へとこぼれ落ちる。
こらえようとしても顔は勝手にぐしゃぐしゃになり、嗚咽が漏れる。
( ;∀;)「うっ……ああ、っぐ、ううぅ……」
最後の会話は、また学校で会う約束だったのに。
最後に見た姿は、いつも通りの元気な姿だったのに。
( ;∀;)「ああぁぁ……うわあぁ……」
こんな明日が来るなんて思いもしなかった。
あの日の続きが、こんな悲しいものになるなんて考えもしなかった。
( ;∀;)「いっ……や、だぁぁああああ……っつ」
一緒に過ごした時間は、一年にも満たない。
それでも、僕にとってキュートと過ごした日々は、何よりも大切な思い出になっていて。
頭の中には、残酷なほど鮮やかに焼き付いている。
( ;∀;)「きっ……ゆ……とぉ……」
初めて出会ったこの場所で。
初めて僕に特技を見せて。
初めて向けられたキュートの笑顔が脳裏に映り。
ふと、思った。
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376 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 23:02:16 ID:P7FzPm6w
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377 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 23:03:16 ID:P7FzPm6w
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僕が見ていたのは、あまりにも早く一生を駆け抜けた、彼女の残像だったのかもしれない、と。
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378 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 23:08:09 ID:P7FzPm6w
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その後、キュートの状態は学校を訪れたクールさんの口から、直接クラスのみんなに伝えられた。
教室にいた人間は先生も例に漏れず、誰もが大声で泣いた。
それでも互いに励まし合い、変わらずにキュートを待ち続けようと全員で誓い合った。
月日は流れ一年生が終わるころ、キュートの面会謝絶が解かれた。
全員で押しかけると迷惑なので、協議の結果、満場一致で僕が代表して面会に行くことになった。
そして、僕はいま、キュートの病室の前にいる。
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379 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 23:13:19 ID:P7FzPm6w
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「本当に、これでよかったのかい?」
「……はい」
「君がそういうのなら、私は止めないが……」
「いいんです……これで」
「そうか……」
「それじゃあ、もう入って大丈夫ですか」
「……待ってくれ。ひとつだけ、言わせて欲しい」
「はい?」
「……ありがとう、モララー君。あの子のこと……よろしく頼むよ」
「……はい」
「キュート、お見舞いに来てくれた人がいるぞ」
「え……? あ、はい、どうぞ……」
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380 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 23:17:14 ID:P7FzPm6w
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「……やあ」
「……あ、あの。えっと、その、ごめんなさい」
「何が?」
「わたし、何も覚えていないんです。だから、あなたのこともわからなくて……」
「……」
「本当にごめんなさい、気分を悪くしてしま――」
「……自己紹介」
「……へ?」
「僕たち、ある意味初対面なんだから、自己紹介するのが先だと思うんだ」
「え、ぁ……あの」
「はい……君からどうぞ」
「そ、それじゃ、はい……」
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382 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 23:20:03 ID:P7FzPm6w
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o川*゚ー゚)o「私……素直キュート、って言います。VIP高校の一年生、だったらしいです……」
( ・∀・)「僕はモララー。君と同じ……VIP高校の一年生だよ」
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383 名前: ◆LemonEhoag[] 投稿日:2016/10/25(火) 23:21:09 ID:P7FzPm6w
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o川*゚ー゚)oは残像のようです ―2016 Remastered―
最終話 ボーイ・ミーツ・ガール
おわり
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