ξ゚听)ξ幽霊裁判が開廷するようです

番外編:連れ去り罪

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311 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:13:50 ID:rk55VhTcO



 ──地検に呼び出された男は、執務室に入るなり
 ニュッと狸娘を見て、ぎくりと身を竦めた。

 ニュッは開いていた本を閉じる。犬猫に関する本。

(;`ー´)「ニューソ検事に呼ばれたんじゃネーノ……?」

{´┴`}「あ、僕はこっちです。
     今日はこちらの方々が話を伺います」

从´ヮ`;从ト「鵜束様……たしかに、山でお見掛けしたのはこの方でした」

( ^ν^)「そうか」

{´┴`}「ネーノさん、お掛けください」

 机を挟んで向かい側に、ニューソが椅子を置く。
 ネーノと呼ばれた男は、警官に促されて椅子まで移動し、恐々と腰を下ろした。

312 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:14:40 ID:rk55VhTcO

 続けて、別の警官が子供を抱えて入室する。

< ゚ _・゚>

 犬と人間が半端に混ざったような姿。犬の方が割合は多い。
 狸娘が立ち上がろうとするのをニュッが制した。

( ^ν^)「話が終わってからだ」

从´ヮ`;从ト「は、はい……。ああ、無事で良かった」

 子供は、入口のすぐ隣に敷いたクッションに座らされた。
 状況を理解していないらしく、ふんふんと鼻をひくつかせて辺りを窺い、
 それから退屈そうにクッションの上で丸まった。

{´┴`}「ネーノさん。こちらが検察官の鵜束ニュッ、その隣が──」

从´ヮ`从ト「はじめまして──でもないのですけれど、こうして顔を合わせるのは初めてですね。
       私、リコと申します」

 ネーノはニュッと狸娘、子供を順繰りに見遣ってから、
 狸娘に視線を戻して小さく一礼した。

313 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:15:27 ID:rk55VhTcO

(;`ー´)「は、はじめまして……。──ええと、何の話をすればいいんだか」

( ^ν^)「飲み会にはよく参加すんの?」

(;`ー´)「は?」

( ^ν^)「飲み会。会社の」

(;`ー´)「──いや、あんまり……」

( ^ν^)「事件の日は行ったんだよな?」

(;`ー´)「そういう気分だったからじゃネーノ」

( ^ν^)「ふうん。……普段は、帰宅した後は何してんだ?」

(;`ー´)「……定時に上がれば、風呂に入って、夕飯を食べて……テレビ見たり本読んだりして──寝る。
       退社が遅かった日は風呂に入ってからそのまま寝たり……」

( ^ν^)「趣味とかあんのか」

(;`ー´)「──はあ?」

 ネーノが怪訝な顔でニュッを見る。
 ネーノだけではなく、ニューソも、狸娘も同じように。

314 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:16:22 ID:rk55VhTcO

从´ヮ`;从ト「あのう、鵜束様……?」

{;´┴`}「ニュッ君、何の話なの? リコさんの用だけで済む筈じゃ……」

( ^ν^)「趣味は」

(;`ー´)「こ──これといって、別に。たまに本を読んだり映画を観たりする程度じゃネーノ」

( ^ν^)「どんな本だ」

(;`ー´)「さ、最近は民俗学とかに興味が……。
       ……これ、事件と何の関係が……」

 ネーノの声に苛立ちが混じる。
 ニュッが問いに答えないでいると、ネーノは眉間に皺を寄せた。

 続けていくつか質問をぶつけていく内に、返答も早くなり、
 戸惑いは完全に苛つきへと変わる。
 空気が悪くなるのを感じ取ったニューソが幾度か止めようとしたので、その度に足を踏んづけて阻止した。

315 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:17:20 ID:rk55VhTcO

( ^ν^)「独身か。恋人は?」

( `ー´)「いない」

( ^ν^)「会社は日曜出勤とかあんのか」

( `ー´)「忙しい時期にはあるけど、今くらいの時期はない」

( ^ν^)「最近で大きな出費は」

( `ー´)「……車」

( ^ν^)「休日は何をして過ごす?」

( `ー´)「基本的には家で寝てる」

( ^ν^)「動物は好きか?」

( `ー´)「特には」

( ^ν^)「なのに犬を連れ帰った?」

(;`ー´)「──、あ、」

{;´┴`}「え……」

316 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:18:14 ID:rk55VhTcO

 ちょろい。

 途端に空気が変わった。
 ニュッは声を押し殺して笑う。これが楽しい。嘘つきに墓穴を掘らせる瞬間が。

 子供が顔を上げてこちらを見、欠伸をして再び丸まった。

{;´┴`}「ネーノさん、昔から犬が好きだったんだって言ったじゃないですか」

(;`ー´)「いや──犬は、犬は好きだ。動物全般じゃなくて──犬は、たしかに。
       っそ、それに、弱ってたから拾ったって話したじゃネーノ!」

( ^ν^)「最近ペットショップかホームセンターには行ったか?」

(;`ー´)「ペットショップ? ……そりゃ行ったよ、犬の餌買いに」

( ^ν^)「他に買ったものは?」

(;`ー´)「え? ……えー、と……」

( ^ν^)「首輪とか、リードとか、犬用のトイレとか」

(;`ー´)「……」

{;´┴`}「ネーノさん?」

317 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:20:20 ID:rk55VhTcO

(;`ー´)「……まだ首輪もリードも必要ねえだろうと思っただけだし、
       トイレも──重ねた新聞紙だけで済ましてた。
       それに、普通の犬じゃないって分かってからは、首輪のこととか考えもしなかったし」

( ^ν^)「犬の異変に気付いたのは、拾ってから一週間経った頃だっけか」

(;`ー´)「おう」

( ^ν^)「その一週間は、普通の子犬だと思ってたんだよな?」

(;`ー´)「……おう」

( ^ν^)「動物病院には行ったか?」

(;`ー´)「……」

( ^ν^)「行ってない? 『弱ってたから』拾ったのに?
       今は休日出勤も無い時期なんだよな、それなら病院に行く時間はあった筈だ」

 ネーノの顔から血の気が失せている。
 ニューソの目に、疑惑が灯った。

 しばらく室内に沈黙を保たせてから、それを不意に破る。

( ^ν^)「犬を連れ去った日のことと、目的を正直に話せ」

(;`ー´)「……」

318 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:21:23 ID:rk55VhTcO

从´ヮ`;从ト「この方は──何か目的があって、あの子を連れていったのですか?」

( ^ν^)「それを今本人に訊いてる」

 ネーノは口を閉ざし、俯いた。
 ニュッが何を訊いても、視線の一つも上げやしない。

 これ以上は粘っても時間の無駄か。
 ニュッが腰を上げると、ネーノは体を揺らした。

{;´┴`}「ニュッ君、どうするの?」

( ^ν^)「もういい。──行くぞ狸」

从´ヮ`;从ト

( ^ν^)「狸」

从´ヮ`;从ト「あっ、はいっ、……あの子は……」

( ^ν^)「こいつは嘘をついてる。まだ終わらせらんねえよ」

319 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:22:10 ID:rk55VhTcO

从´ヮ`;从ト「そんな──鵜束様! 私は、その方が嘘をついていたとしても
       あの子を無事に帰していただけるのなら、どうだって……!」

( ^ν^)「お前がそうでも、こっちは納得いってねえ。
       そもそも、そこのガキが本当にお前の仲間の子供なのかも、まだ確認がとれてない」

从´ヮ`;从ト「鵜束様……」

< - _・->

 クッションの上で眠る子供を尻目に、ニュッは部屋を出た。
 狸娘も名残惜しげにしてはいたが、それに続いた。


.

320 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:23:30 ID:rk55VhTcO


ζ(゚ー゚*ζ「あ、ニュッさんニュッさん」

 廊下の長椅子にデレがいた。
 雑誌のようなものを開いている。

从´ヮ`从ト「まあ、照屋様」

( ^ν^)「何してんだお前」

ζ(`ー´*ζ「私はニュッさんとリコさんのために頑張ると決めました。
       さあ何なりとお申し付けください」

( ^ν^)「俺に迷惑かけない形で死んでくれ」

ζ(´ー`*ζ「うふふ。その口幅ったいところも今だけは許してあげましょう。
       間もなくお別れなのだと考えると一抹の寂しさも覚えます」

 何なのだ。
 気持ちが悪いのでニュッはそれ以上何か言うのを諦めた。
 デレは優しい目で微笑み続けている。

{´ウ`}「あれっ、デレさんだ。どうしたの?」

ζ(゚ー゚*ζ「ああどうもこんにちは、ニュッさんより健康的な食習慣で肌ツヤもいいニューソさん」ジュルリ

{;´ウ`}「あ、うん……」

321 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:24:30 ID:rk55VhTcO

ζ(゚ー゚*ζ「私はリコさんの件に首を突っ込むことにしました。
      ニュッさんのことだから、面倒な事態に仕立てるのではないかと思ってやって来た次第」

{´ウ`}「当たってるね」

( ^ν^)「仕立てちゃいねえよ」

 扉が開き、ネーノが警官に従う形で出てきた。
 こちらから目を逸らすように、俯き加減で歩いていく。ニューソが礼をしても、それらしい応答はなかった。

 少ししてから、今度は子供を抱えた警官が現れる。
 子供は相変わらず現状を把握していない面。付き添いらしい警官が子供に毛布をかけた。
 狸娘が手を伸ばし、数秒程そのままの体勢を保ってから、手を下ろした。

322 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:25:36 ID:rk55VhTcO

ζ(゚ー゚*ζ「あの子ですか。たしかに、人間っぽさが覗いてますね。
      ──あ、そうだニュッさん! おばけ法通信、見ました? 今月の」

( ^ν^)「いや」

{´ウ`}「今日届いたばっかりのやつだね」

ζ(゚ー゚*ζ「そこのラックにあったのを拝借しました」

 デレは片手に持った雑誌をニュッに向けた。
 おばけ法通信。毎月、おばけ法の検察官や弁護士に届けられる会報誌のようなものだ。
 大きな事件があれば号外も出る。最近出た号外は、3月のA県での裁判についてだったか。

 中を見れば、珍しい妖怪や事件の判例が主な内容を占める。
 幽霊裁判はまだまだ先例というものが少ないので、毎日のように生まれる判例が注目されているのである。

323 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:27:12 ID:rk55VhTcO

ζ(゚、゚*ζ「ここ見てください、ほら、ヴィップ町の記事」

( ^ν^)「ヴィップ……」

{´ウ`}「ヴィップ? A県だよね。あそこも有名になったねえ、猫事件で。
     出連弁護士って、ニュッ君は2回も戦ったことあるんでしょ。すごいなあ」

(#^ν^)

{;´┴`}「痛い痛い痛い何何何!!」

 ニューソの鼻をもぎ取る勢いで捻る。
 やめなさい、とデレに手を引き剥がされた。

ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさいニューソさんプスッ、ニュッさんったらブフンッ、
      自分を二度も打ち負か、ピュヒュ、打ち負かした出連先生が一躍有能弁護士として名を上げたのが気に食わないようでクスクス」

(#^ν^)「だから一度目は負けてねえ!! 引き分けだったっつってんだろ!!」

{;´ウ`}「そ、そうなんだ……。
      でも出連弁護士って、何か特殊な力があるって噂あったよね。
      あくまで噂だけど、それが本当ならニュッ君の2敗だって
      別にニュッ君が弱かったことにはならないかもしれないし……元気出して!」

(#^ν^)「一敗一分けだし元気満タンだっつの……」

{;´ウ`}「やめてやめて耳取れる取れちゃう」

ζ(^ヮ^*ζ

324 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:28:23 ID:rk55VhTcO

从´ヮ`;从ト「何があったのかは存じませんが、あまり鵜束様を困らせないでいただけませんか……」

 狸娘がニュッを庇うように前へ出た。
 この場において唯一の味方だ。もう化け物が嫁でもいい気がしてきた。

ζ(゚ー゚*ζ「はっ! そうだ、そんなニュッさんの黒歴史はすこぶるどうでもいいんです。
      記事を見てください。ヴィップ町で詐欺事件の裁判が
      今月の始めに行われたそうなんですが……これ、弁護側証人のとこ」

( ^ν^)「……半人半獣?」

{´┴`}「え? どれ?」

 こっくりさんだとか何とか、事件の概容もそこそこに、
 記事は証人の方を大きく扱っていた。

 いわく、犬と人間が混ざったような少年。
 元は普通の野良犬だったが、本人の意思と関係なく体つきが人間に変わり始めてしまい、
 隠れ隠れ、人目を忍んで生きてきたという。

{;´┴`}「まるでさっきの子みたいだ」

 みたい、というか、まんまだろう。
 狸娘も興味深そうに覗き込む。

325 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:30:19 ID:rk55VhTcO

 その少年は弁護側の証人として法廷に呼ばれたそうだが──

( ^ν^)「『少年が些細な嘘をつくと、監視官はそれを見破った。
       この監視官は人間の嘘しか判別つかないのだが』──……」

ζ(゚、゚*ζ「くるうさんが嗅ぎ分けられたってことは、この少年、ただのおばけではないんですよね。
      ちゃんと人間でもあるんです」

 ただし嘘の臭いも鮮明ではなかったようなので、
 やはり、おばけとしての部分もある。

( ^ν^)「化け物と人間のハーフか」

{;´┴`}「そういうのって大抵は、人間かおばけのどっちかに偏るんだけどね」

从´ヮ`从ト「それなら、あの子とは違います……。
       あの子はあくまでも化け犬の子ですから、人間の血は入っておりませんもの。
       この記事の子がどうなのかは分かりませんけども……」

ζ(゚、゚*ζ「あー、そうなんですか? 本件と何か関係あるのかと思ったのになあ。見当違いですか」

( ^ν^)「──人間の血」

 血。血か。
 そうか。
 それがあったか。

 ニュッは雑誌を閉じ、ニューソに押しつけた。

326 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:31:07 ID:rk55VhTcO

{;´┴`}「わ」

( ^ν^)「おい。狸。お前の住んでる山に案内しろ」

从´ヮ`从ト「山にでございますか?」

ζ(゚ー゚*ζ「まさかリコさんのご両親に挨拶を……?」

( ^ν^)「面白いこと言うねお前」

{;´┴`}「山に行くのはまだ危ないよ、昨夜もどしゃ降りだったのに」

( ^ν^)「深くまでは入んねえよ」

从´ヮ`从ト「しかし鵜束様、山に行ってどうなさるというのです?」

( ^ν^)「いいから黙って俺の言うこと聞け。な?」

从´ヮ`*从ト「は、はい……強引なお方……」

( ^ν^)「照屋も来い」

 答えの代わりに返ってきたのは、腹の音だった。
 デレが腹を摩り、誤魔化すように苦笑する。
 そういえば数日前の朝以降、血を飲ませていない。

 まあ、と狸娘が口に手を当てた。

327 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:31:55 ID:rk55VhTcO

从´ヮ`从ト「照屋様、朝餉も途中でございましたものね」

ζ(´ー`*;ζ「あ、いえ、そうではなくて……私の本来の『食事』を最後にとったのは、丸3日前というか。
        すみませんニュッさん、ちょっと血のほう吸わせていただけますか?」

从´ヮ`从ト「あら──血を飲む刑事さんの噂は伺ったことがあります。照屋様のことでしたのね」

{´┴`}「駄目だよニュッ君、ちゃんとご飯あげないと。面倒見るって約束したでしょ」

( ^ν^)「俺は捨て犬ひろったガキか」

 よくよく考えれば似たようなものだった。
 躾ければ言うことを聞く分、犬の方がマシか。

 散歩の時間だぞと言い捨て、ニュッはデレの腕を掴んで歩き出した。
 狸娘もしずしずと付いてくる。

328 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:32:42 ID:rk55VhTcO

ζ(゚ー゚;ζ「え、あの、ご飯……」

( ^ν^)「ちゃんと仕事してくれたら吸わせてやる」

ζ(゚、゚;ζ「お腹空いてるのに、ちゃんとした仕事なんて出来ませんよう」

{´ウ`}「僕も何かすることある?」

( ^ν^)「ネーノの預金と出どころ調べとけ。
       あとヴィップ町の猫田に電話して、通信に載ってたガキのことも」

{;´ウ`}「預金? 何で?」

( ^ν^)「調べりゃ分かる」

 もしも想像通りなら──


 これは、とても自分好みな事件だ。



*****

329 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:34:21 ID:rk55VhTcO


从´ヮ`从ト「そこは踏まない方がよろしいです、雨が溜まっていますので……」

(; ν ) ゼーッ、ゼーッ

 来なければ良かった。

 山歩きがここまでキツいとは思わなかった。
 遊歩道を外れなければいけないので多少は覚悟していたが、それにしたって。
 昨夜の雨で軟らかくなった土に足をとられて余計に動きづらい。

 6月下旬の気温と湿度のせいで、むっとした空気がまとわりつくのが本当に不快だ。

从´ヮ`从ト「鵜束様、大丈夫ですか? ここで少しお休みになってください」

 狸娘が倒木の上に手拭いを敷き、そこへニュッを座らせた。
 隣に狸娘が腰掛ける。手拭いとは別の手巾でニュッの汗を拭った。

 腕時計を見る。正午だ。これから更に気温が上がるだろう。
 ループタイを緩め、シャツのボタンをいくつか外した。
 その動きにデレの視線が集中する。

330 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:35:27 ID:rk55VhTcO

ζ(゚、゚;ζ「ニュッさあん……お腹すきました……もう無理です……お願いします……」

(;^ν^)「後だ」

ζ(゚、゚#ζ「私だって飲みたかないんですよ! でも飲まなきゃやってらんないんです!
      いずれ近い内にニュッさんともニュッさんの血ともオサラバなんですから
      無駄な出し惜しみしないでください!!」

(;^ν^)「お前さっきもお別れとか言ったよな。何なんだそれ」

ζ(゚、゚#ζ「こっちの話です!」

(;^ν^)「いやどう考えても俺にも関係あるじゃねえか。
       ──もういい、どうせ下らねえこと考えてんだろ。何にせよ御馳走は山を出てからだ」

ζ(゚、゚#ζ「ごちそう! はー、見上げた自惚れっぷりですね! 空腹で働いて働いて与えられるのが粗食ですか。
      あんまり酷いと訴えますよ。私としてもニュッさんと離れられるなら、
      手段はこの際どうだっていいんですからね」

ζ(゚、゚;ζ「……うっ」

 腹の虫が大騒ぎしている。
 デレは腹を押さえ、ニュッを睨みつけた。

 あれだけ騒げるならばまだ余裕があるだろう。
 空腹感は仕方ないにしても、一週間メシ抜きにしてようやく体調に影響が出るような奴なのだ。
 この程度ならば働けないほどではない。

331 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:36:19 ID:rk55VhTcO

 街の中であるならば空腹に負けて他者に手を出しかねないが、ここは山だし、
 わざわざ山を下りて獲物を探すほど切羽詰まってもいまい。

 ──ともかく、この女には、しばし空き腹を抱えていてもらわねばならないのだ。
 我慢してもらおう。

从´ヮ`从ト「鵜束様、お加減はいかがです?」

 顔を覗き込む狸娘に、首肯を返す。
 幾分か楽になった。

( ^ν^)「喉が渇いた」

从´ヮ`从ト「向こうに湧き水がありますよ。とって参りましょうか。
       ちょうど水筒にしていた竹筒が空になってしまいましたし……」

( ^ν^)「危ない場所にあんのか?」

从´ヮ`从ト「いえ、少し下る必要はありますが、それほど危険では……」

( ^ν^)「そうか。じゃあ照屋、ちょっと汲んできてくんねえかな」

ζ(゚ー゚*ζ「は? ふざけてんですか?」

332 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:37:12 ID:rk55VhTcO

从´ヮ`从ト「照屋様は山に不慣れです、私が……」

( ^ν^)「いや、お前は俺と居ろ」

从´ヮ`*从ト「ま、まあっ、まあ、鵜束様、そんな、鵜束様ったら……もうっ」

ζ(゚ー゚*ζ

 殺気がすごい。
 腹が減ったと訴えて切り捨てられた直後に目の前でこのやり取り。
 ニュッがデレの立場だったなら、たしかに八つ裂きにでもしてやりたくなったことだろう。

 実際、デレの口元は笑っていたが目が据わっていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ええ、もう……私はね……応援すると決めましたから……
      いいです、いいんです、どうぞ飢えた私を酷使してください、
      そうですよね、分かりました、私なんかはお気になさらず存分に……」

 あっちですよね、と方向を確認してから、
 デレは狸娘から竹筒を受け取って水を汲みに行った。

 2人きりとなった空間に、鳥の鳴き声が響いて消えた。

333 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:38:31 ID:rk55VhTcO

从´ヮ`从ト「……鵜束様と照屋様はどのようなご関係なのです?」

( ^ν^)「飼い主とペット」

从´ヮ`从ト「まあ……」

 では恋仲ではないのですねと狸娘が胸を撫で下ろした。
 この女もなかなかズレている。

 鵜束様、と呟き、彼女はニュッへ身を傾けた。

( ^ν^)「暑い」

从´ヮ`*;从ト「あっ──申し訳ございません、私ったらはしたない……」

 ぱっと腰を上げ、狸娘が数歩離れる。
 そこまで離れろとも言っていないが。まあいい。

 樹に凭れ掛かり、デレの去っていった方向を見つめている。
 周囲を窺っているのか、耳がぴくぴく動いていた。
 尻尾はないのだろうか。あっても着物の下に隠れて見えないだけだろうけれど。

334 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:39:16 ID:rk55VhTcO

 視線を落とす。
 昨夜の雨を吸って、ぐずぐずの地面。自身やデレの足跡の他に、獣の足跡があった。

 小さな丸い四つ指の下に、いわゆる掌球というやつであろう大きな丸い跡。

( ^ν^)「狸」

从´ヮ`从ト

( ^ν^)「おい、狸」

从´ヮ`从ト

( ^ν^)「おい」

从´ヮ`从ト「──あ、はい、何でございましょう」

335 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:40:06 ID:rk55VhTcO

( ^ν^)「この足跡は?」

从´ヮ`从ト「それは私のものですね。ここらを通るのは私くらいですから。
       昨夜、山を下りるときは獣の姿でした。そのときのものでしょう」

( ^ν^)「狸の格好も出来るんだな」

从´ヮ`从ト「普段はこの姿ですが、山中の移動は獣の方が動きやすいのです」

 足跡は、先程デレが向かったのとは逆の方から来ていた。
 それを視線で辿るニュッに気付いたのか、狸娘も同じ方向を見遣る。

 少ししてこちらに振り返った彼女は、ニュッの額に滲んだ汗を優しく拭うと、
 ゆるりとニュッの手を持ち上げた。

337 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:41:21 ID:rk55VhTcO

从´ヮ`从ト「鵜束様……あちらに私の住み処がございます。
       ここより涼しいですから、そちらでお休みになってください。
       照屋様へは私が声をかけに行きますから」

( ^ν^)「……ああ。そうする。
       照屋には電話すりゃいい、この程度の山なら電波も入るだろ」

 立ち上がり、ポケットから携帯電話を取り出す。
 電源が入っていないのか、画面が真っ暗だ。
 起動させる。──しかし画面は変わらない。

 舌打ちし、無意味に携帯電話を何度か引っくり返した。

从´ヮ`从ト「いかがなさいました?」

( ^ν^)「携帯の電源が入らねえ。──充電はした筈なんだが」

从´ヮ`从ト「はあ……でんげん……ジューデン……?
       ともかく照屋様と連絡がつかないのでございますね?
       でしたら、やはり私が伝えておきましょう」

 参りましょうと言い、狸娘はニュッの手をとり歩き始めた。
 彼女はデレを気遣うように幾度か振り向いていたが、ニュッは一切後ろへ気をやらなかった。



*****

338 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:42:04 ID:rk55VhTcO


ζ(゚、゚#ζ「クソ野郎! お腹すいた!」

 デレが吠えると、樹上の小鳥が飛び去っていった。
 余韻が霧散していき、やがて、さらさらと水の流れる爽やかな音のみが満ちる。

 デレは、その水が湧いている岩場に竹筒を突っ込んだ。

ζ(゚、゚#ζ「あの野郎ほんといっぺん痛い目見せなきゃいけませんね……
      事故を装って崖から突き落としてやりましょうか」

 きんと冷えた水温に指先が痛み始めた頃、筒を持ち上げた。
 たぷん、と中の水が揺れる。

 眼前に掲げた竹筒をしばらく睨みつけ──
 そして、にんまり笑った。

339 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:44:08 ID:rk55VhTcO

ζ(゚ー゚*ζ(いやいや、私はキューピッドになると決めたんです。
      報復は後日たっぷりするとして……
      今日はあの2人の仲を取り持つのです。少々乱暴な手段になるとしても……)

 竹筒を右手に、そしていかにも怪しいピンク色の小瓶を左手に。

 小瓶には液体が満ちている。
 それを眺め、デレは舌なめずりをしてみせた。

ζ(゚ー゚*ζ(ふふふ……署に行く前に知り合いのもとで手に入れた、
      とっておきの催淫剤ですよ!! 世の人間共が欲して止まぬ下劣なる夢の薬!!
      これを飲めば不能も一発で有能に!! 後遺症、中毒性無しの安心安全設計!)

ζ(゚ー゚*ζ(この私をパシりやがってと先程は思いましたが、なんという僥倖、なんというチャンス!
      水に薬を混ぜ込んでやるのです! 無味無臭ではありませんが、
      喉の渇いたニュッさんが一口でも飲めば充分、
      あとはリコさんと2人きりで山に放置してやりゃ既成事実の一つや二つ……)

 小瓶の中身を竹筒に投入する。
 蓋を閉め、筒をくるくる回して薬を完全に行き渡らせ、作業は終了した。

340 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:44:46 ID:rk55VhTcO

 これで手筈は整った。
 待っているがいい、新しい監視係。
 ニュッより美味い血を提供してくれるのであれば、とびきり丁寧に扱ってやろう。

 たとえ美味でなかったとしても、あれより横暴で捻くれた輩もいないだろうから、
 今度のパートナーは食生活から何からサポートして自分好みの血に育ててやる。

 自分好みの。
 血に。

ζ(゚ー゚;ζ ギュルルルルルグウウウウウ

ζ(゚ー゚;ζ「……おなか……すいた……」

 血が飲みたい。
 血。血。
 血が。

 ──ポケットから甲高い音が鳴り響き、竹筒を取り落としそうになった。
 しっかりと握り直し、音の発生源である携帯電話を持ち上げる。

341 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/10/15(水) 22:45:54 ID:rk55VhTcO

ζ(゚、゚;ζ「山の中でも電波入るんだ……」

 ニューソからの着信だ。
 強烈な空腹感に蹲りながら、電話に出た。

ζ(゚、゚;ζ「はい、照屋です……」

『デレさん、ニュッ君いる? ニュッ君に掛けたんだけど出なくて……』

ζ(゚、゚;ζ「今は近くにいないですけど、あとで合流しますんで伝えておきますよ」

『良かった、ありがとう。あのね──』

 ふと。
 デレは、顔を上げた。



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