ξ゚听)ξ幽霊裁判が開廷するようです

case5:誘惑罪/中編

Page1

2 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:29:54 ID:BXPGb1/sO

    『……ミルナ、やっぱやめない?』

     『……なんで?』

    『初めての相手が私なんかじゃ、なんか勿体ないよ』

     『ペニサスは嫌なのか』

    『嫌じゃないけど』

     『……俺も嫌じゃない』

    『……後で文句ゆーなよな』


 好奇心とか、期待とか、不安とか。
 どきどきして、汗が吹き出して、手が震えて仕方がなかった。
 見慣れた筈のペニサスの顔が、いつもと違って見えた。

 舌を絡ませるキスというものがよく分からなくて、話に聞くような気持ち良さも感じられなかった。
 ただ互いの息が熱くて、ペニサスの呼気が自分の唇を湿らせるのが堪らなくて。

 どうしようもないほど溜まっていった熱は、父に邪魔され、放出されないままに終わった。

3 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:31:24 ID:BXPGb1/sO

 持て余した欲の遣り場に悩んだ。
 もう一度ペニサスが家に来たって、あのときと同じ空気になれないことは分かっている。


 そうする内に、「彼女」が来た。


   『……ずいぶん溜まった顔してんのね?』


 ペニサスのときのような焦りや興奮はなかったけれど、気持ちが良くて、心地よくて、熱くて──


 勉強が手につかなくなった。
 彼女が、夢が恋しくなった。
 眠るのが待ち遠しくなった。

4 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:34:20 ID:BXPGb1/sO


('、`;川『ねえ、ミルナ……』

( ゚д゚ )『何だよ』

('、`;川『あの、』

( ゚д゚ )『……用がないなら帰ってくれないか。勉強しないといけないし──
     また親父と鉢合わせたら面倒なことになるだろ』

('、`;川『……顔色、良くないよ』

( ゚д゚ )『……』

('、`;川『みんな心配してるよ。テストとかも、調子悪いんだろ?』

( ゚д゚ )『根詰めてるから、ちょっと疲れてるだけだ』

5 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:35:21 ID:BXPGb1/sO

('、`;川『じゃ、じゃあさ、息抜きにどっか行こう? 何か奢るよ! だから──』

( ゚д゚ )『俺に構わなくていいから』

('、`;川『だって、し、心配で、』


 そんなに言うなら、お前が相手をしてくれるのか。

 そう口にしそうになって、絶句した。
 戸惑うままに、ペニサスを部屋から追い出す。


 ああ。
 自分はもう駄目だ。

.

7 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:37:16 ID:BXPGb1/sO

 どうしていいか分からなくて、結局、夢に逃げた。
 また彼女が来てくれますように。そうすれば嫌なことも忘れられる。受験も父も、ペニサスも。
 祈りながら、ベッドに潜る。



          〈……ミルナ〉

( -д- )(……また……)

 あの声がした──ような気がした。
 温かい声。
 時折聞こえるこの声は何だろう。


 そんな思考も、「彼女」が現れると、どこかへ追いやられてしまった。

9 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:38:13 ID:BXPGb1/sO



 case5:誘惑罪/中編


.

10 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:39:13 ID:BXPGb1/sO

ξ;゚听)ξ「何でこうなるわけ?」

 ──裁判の翌日。昼。
 ファミリーレストラン。

 ステーキを前にしたツンは右手で頭を掻き、
 左手のフォークで付け合わせのコーンをつついていた。

('、`*川「私、間違ってた?
     あの──ひこ、ひこ、」

( ^ω^)「被告人」

('、`*川「ひこくにんは犯人じゃない、ってゆってあげるのが私達のやることでしょ?
     あれじゃ駄目だった?」

11 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:40:17 ID:BXPGb1/sO

ξ;゚听)ξ「いえ……。……ペニサスさんは嘘ついてないんでしょう?」

('、`*川「うん。嘘ついちゃいけないって聞いてたし」

ξ;゚听)ξ「勿論よ。嘘つかずに、見たままのことを話してくれればいいの。
      ペニサスさんの証言は弁護側の証人として大変素晴らしいものだわ」

( ^ω^)「お陰様でツンさんも弁護が捗って……。無罪判決まであと一歩ですおね」

ξ;゚听)ξ「ええ、見事に……」

('、`;川「じゃあ何でそんなに困ってんのさ?」

ξ;゚听)ξ「ちょっとこっちの事情が」



   川;д川『──さ、貞子といいます……山村貞子……。
        毎日ふらふらしてるだけの、ふ、浮遊霊です』

   川;д川『……あ、あの! 私、何もしてません!
        お願いです、信じてください!』


 ──山村貞子。それが被告人の名前らしい。
 自称浮遊霊。

 おどおどしていて、とても犯罪者には見えなかった。
 そこが怪しいといえば怪しくもあるが。

13 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:42:42 ID:BXPGb1/sO

   (*゚ー゚)『被告人はこれまで、分かっているだけでも13人もの男性の夢に潜り込み、
        夢の中で性交を行い、それを繰り返してきた。
        事件は本県だけに留まらず、隣県、そのまた隣……と、複数の県に渡っている』

   (*゚ー゚)『いずれにしても東日本に留まっていますがね』


 淡々と起訴状を読み上げるしぃの顔が蘇る。
 恥じらいは微塵もなかった。

 一番古い被害は10年ほど前、S県でのことだという。内藤も掲示板で見たので知っている。
 「昔そういう夢を見たし壁に焦げ跡もあったが、一度拒んだらそれっきり」──そんな感じの書き込みだった。
 これだけでは信憑性に欠けるが、おばけ課の方でしっかり調査済みである。

 しかしあくまでも、明らかになっている被害の中では一番古い、という話だ。
 裏を取れたのが13件のみなのであって、掲示板での報告者はそれよりも多い。
 まだ分かっていないだけで、もしかしたらもっと前から事件は起きていたのかもしれない。

14 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:45:26 ID:BXPGb1/sO

   (*゚ー゚)『死霊と生霊での性交となるため、
        生霊のエネルギーは死霊の方へ吸い取られ……
        その影響は、疲労や体調不良などとして肉体に現れることになる』

   (,,゚Д゚)『稀に、そういう影響を受けない体質だったりエネルギーが有り余ってたりって人もいるんだけどねえ。
        そんな人でも……まあ、すごく気持ちいいのかしらね、
        多くは夢に耽って、執着して、日常生活に支障を来しちゃうのよ』


 嘆かわしい、としぃが漏らす。
 貞子は口こそ閉じてはいたが、首を横に振ることで公訴事実を否定していた。


   (*゚ー゚)『そうして大半の被害者は、夢を見なくなってからも未だに正常な生活を送れず──
        1人は階段から転落、また1人は将来を嘆き首を括り、命を落とした』


 検察側には、被害の大きさを示す証拠がいくつもあった。

 しかし貞子を犯人だとする根拠は少ない。
 そもそもが夢の中での話なわけだから、期待など出来ないのだ。

 あるのは、例の掲示板を主とした被害者たちによる報告だけ。
 では、何故それだけで貞子に捜査の手が及んだか。

15 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:52:13 ID:BXPGb1/sO

 きっかけは一年以上前に首を吊った男。
 彼の遺書に、霊の存在を匂わせる文章があった。

 それ自体は他県で起きた事件だ。
 たまたまおばけ法が施行されている地域だったため、
 警察が男の身辺を調べる内に掲示板の書き込みを発見し、「夢」が関わっていることを突き止めた。

 最近になって、ここヴィップ町に犯人とおぼしき女が現れだしたという話があり、こちらの警察が捜査を引き受ける。
 そうして、ついに遺書や掲示板の情報と一致する姿の女、貞子を見付けたのだ。

 これがたまたまミルナの家の近くだったものだから、捜査を続けていく段階で、
 どうやら彼も被害者の1人だぞ──ということが判明したらしい。
 ミルナは掲示板の存在すら知らなかったそうなので、この偶然が無ければ誰もミルナに見向きもしなかっただろう。

 しかし、まあ。
 被害状況を詳しく見てみると、この犯人、ここ半年の間だけでも二股三股どころでは済まない。
 モララーまで一度狙われたくらいだから、年齢も関係ない。つまりは節操がない。すごい。

16 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:53:42 ID:BXPGb1/sO

   (*゚ー゚)『罪名及び罰条。
        誘惑罪、おばけ法第109条──』


( ^ω^)(……誘惑罪、ねえ)

 しぃの言葉を思い返しつつ、内藤は分厚く重たい本を開いた。
 六法全書ならぬおばけ法全書。ツンが持っているのを借りたものである。

 びっしり並んだ細かい文字。
 おばけ法ならではとも言える罪名がちらほらと。

ξ゚听)ξ「大切な本だから汚さないでね」

( ^ω^)「このページの隅っこに染みがありますけど」

ξ゚听)ξ「前にピザ食べながら読んでたときにソース垂らした」

( ^ω^)「あんたって人は」

 「誘惑罪」の文字を見付ける。
 文章を指でなぞりながら、心の中で読み上げた。

17 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:57:01 ID:BXPGb1/sO

 第109条、誘惑罪。
 生者の色情を煽り姦淫し、一方的に生者に何らかの不利益を生じさせることを禁ずる。

ξ゚听)ξ「……強姦だったらまた違う罪になるけど、
      今回は犯人が強制したわけじゃなく、被害者側が自分の意思で誘いに乗ってるからね」

 内藤が何の項目を見ているのか察したのだろう、
 切り分けたステーキを持ち上げながらツンが補足するように言った。
 肉を一口で収め、皿に盛られたご飯をフォークで掬う。

 ツンが口の中のものを飲み込んだ頃合いに、内藤は訊ねた。

( ^ω^)「合意の上でも罪になるんですかお?」

ξ゚听)ξ「誘惑に乗っかった結果、被害者は何らかの害……不利益を被ってるでしょう?
      その不利益について、被害者は事前に説明なんか受けてないから、
      完全に合意だとは言えないわ」

( ^ω^)「あ、そっか……」

18 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 01:58:51 ID:BXPGb1/sO

ξ゚听)ξ「あと、自分の意思でとは言ったけど、本当に100パーセント被害者の意思だったかは疑問ね。
      その気になるよう、犯人がコントロールした可能性もあるから。
      ……そこは証明が難しいし、今回の争点とは関係ないけどね」

 内藤は本をツンに返し、卓上の粉チーズの瓶を手に取った。
 ナポリタンにたっぷりチーズをかけ、いただきますと呟いてからフォークを握る。
 正直、裁判の話で食欲は少々失せていたが。

 内藤の隣でアイスティーをちびちび飲んでいたペニサスが、
 困惑の目をツンに、感心の目を内藤に向けた。

('、`*川「よくわかんない……。内藤、私より頭いーんだな」

ξ゚听)ξ「気にしないで。必要最低限のことだけ分かってくれてればいいから」

('、`*川「……べんごしさんは、ひこくにんが犯人じゃないって本当に信じてんの?」

ξ;゚∀゚)ξ「え? やだわ急に何を、信じてるに決まってるじゃないの! ほほほ!」

 くるうじゃなくても分かる。これは嘘だ。

 法廷でペニサスが「ミルナの上に乗っていた女と
 被告人の見た目が全然違う」と証言してからずっと、ツンの様子がおかしい。

19 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:00:21 ID:BXPGb1/sO

 その証言のおかげで、貞子を犯人とする根拠に乏しいという流れになったのだが、
 弁護人である彼女は喜ぶどころか焦っていた。

 「納得いかない、検察側も証人を用意するから2、3日猶予をくれ」としぃが閉廷を申し出たときには
 ツンの方が安堵していたくらいだ。

 まず間違いなく、貞子が事件に無関係なわけがない。
 弁護人自ら態度で教えてくれている。
 だからといって有罪かどうかまでは読めない辺り、厄介というか何というか。

 ともかく内藤から情報が漏れるのを恐れて秘密にしたくせに、
 彼女の方がよっぽど隠すのが下手だと思った。

20 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:02:02 ID:BXPGb1/sO

ξ゚听)ξ「──さてと。ペニサスさん。
      あなたが見たっていう女について、もう一度詳しく教えてくれる?
      見た目の特徴とか」

 ステーキを平らげたツンが、ナイフとフォークをメモ帳とペンに持ち替える。
 ペニサスはストローの袋を弄ぶ手を止めた。

('、`*川「んっとね、髪は肩ぐらいまでで、顔も隠れてなかったし……ちょっと古そうな服着てて、
     ひこくにんより背が低そうだった。てゆーか全体的に、被告人より小さいと思う」

 全体的に、と言いながら自身の胸や肩を触るペニサス。
 昨夜の裁判でも説明していた。
 そのときにしぃとオサムが確認したが、貞子が変装している様子はなかったそうだ。


   【+  】ゞ゚)『顔を見せてみろ』

   川д゚;川『これでいいですか……?』


 左側だけだったが、前髪を上げてみせても
 ペニサスの反応は──検察からすると──芳しくなかった。

21 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:11:50 ID:BXPGb1/sO

   ('、`;川『見覚えある……っちゃあるような、いや、やっぱり無いような……?』

   (#゚ー゚)『はっきりしろ! どっちだ!』

   ('、`;川『わ、私が見たのとは違う人じゃないかなあ』


 一般的に、浮遊霊はその気になれば自分の姿を変えられるが
 ベースまで変えることは、よほど強い霊でない限りは不可能だという。

 たとえば都村トソンを例に挙げよう。
 彼女は自身が死んだときのイメージが強いあまり、その瞬間の姿を保ってしまっている。
 しかし頑張りさえすれば、体にこびりつく血痕を消し、欠損した右手の小指を生前のように戻すことが出来るのだとか。

 実際にそれを行っていた例には、砂尾ヒートが挙げられる。

 が、何れにせよ彼女達は、顔つきや体型まで変えて
 まったくの別人になることは出来ない。らしい。

 だから、ペニサスが見た女と貞子は別人であることがほぼ確定する。

 さらに。

22 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:18:15 ID:BXPGb1/sO

   (;*゚−゚)『見たのは間違いなく5月下旬でしたか?』

   ('、`*川『うん。二十……──26……や、27日。27日だ』

   (;*゚−゚)『5月27日の昼?』

   ('、`*川『昼。2時過ぎくらい。
        怖かったから家帰ってすぐテレビつけたんだけど、
        そのときの番組も覚えてるし間違いない。はず。多分……』


 ──ミルナは日記をつけていた。

 この数ヶ月はほとんど日付と適当な一文を書くだけになっていたらしいが、
 例の夢を見た日には、日付の横に×印を付けるようにしていたという。
 几帳面というより、夢を楽しみにしていたが故に、「女」が来る間隔に規則性を見出したかったのだろう。

 その日記を元に作成したリストと、ペニサスの証言にある日付を比べると、
 どうも一致しているようだった。

23 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:19:51 ID:BXPGb1/sO

 ペニサスの言う女が犯人だとすると、貞子は犯人ではなくなる。
 しかしそれでは夢の中の女とも容姿が異なってくるわけだが──


   【+  】ゞ゚)『夢の中なら、ある程度は自由に姿を変えられるよな。
           魂そのものではなく意識を通して接触するわけだから』

   川 ゚ 々゚)『うん』

   (;*゚ー゚)『それを言い出したらどうにもならないじゃないか!』


 こういうことになるそうで。

 おばけという奴は便利なんだか不便なんだか分からない。
 そんな内藤の呟きに、オサムは「それは人間も同じだろう」と返していた。

 ともかくおばけは可能と不可能の区別が複雑で、そのため前提条件が曖昧になりがちだ。
 ここが、人間の裁判よりもやりづらいところか。

24 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:22:57 ID:BXPGb1/sO

('、`*川「あとは、あんまり覚えてない」

ξ゚听)ξ「ありがとう、新しく思い出すことがあったら教えてね。
      ──さあ、これからどうしましょうか」

 メモ帳を閉じ、ツンはボールペンの後部を口元に当てた。

 どうしようと言われても。

( ^ω^)「僕はもう何もしませんお?」

ξ゚З゚)ξ「あら残念。
      っつっても実は、内藤君にはもう用がない……ってか、なくなっちゃったのよ。
      でも居ないよりは居てくれる方がいいなあ。また2日後会いたいんだけど駄目かしら」

( ^ω^)「……ふうん。そうですかお。へえ。用無し」

 次の審理は2日後。

 ばっくれてやろうか──という心中の呟きは、決して実行されることもない、
 いわば、せめてもの抵抗であった。



*****

25 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:24:07 ID:BXPGb1/sO


 ツン達と別れ、内藤はバス停への道程を歩いていた。

 さっさと帰って、冷たい麦茶でも飲みながら夏休みの宿題に取りかかりたい。
 9割は既に終わっている。
 残るは読書感想文。本は読んだので、適当に感想を書くだけだ。

( ^ω^)(でも、次のバスまで結構時間あったお)

 コンビニで涼みながら時間を潰そうか。
 考え、ふと、左側へ顔を向けた。

 車一台通るのがやっとであろう道。
 じりじりと陽光を受けるアスファルト。
 住宅街へ続いている。

 少し行けば、ミルナの家がある。

( ^ω^)「……」

 あまり考えもせず、そちらへ進んだ。

 何か──手がかりになるようなものでも期待したのかもしれない。
 そういったものを見付けて、ツンに報告したかった。かも、しれない。

.

26 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:24:47 ID:BXPGb1/sO


 まあ簡単に事は進まないわけで。
 結果として、手がかりになるものは見付からなかった。

 が、


(*゚ー゚)「……何だ、スパイか?」


 思いもよらない人物は、見付けてしまった。

 例の公園。
 ベンチに座って足を組み、しぃがミネラルウォーターを飲んでいた。

 ジーンズに水色のTシャツ。
 やけに爽やかな格好だった。

27 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:25:47 ID:BXPGb1/sO

(*゚ー゚)「それとも君も河内ミルナに用があるのかな」

( ^ω^)「……何となく寄っただけですけど。
       その言い方からして、しぃさんはミルナさんに用があるみたいですお」

 訝しげに辺りを見渡したしぃだったが、ツンの不在を確認したのか、
 砂場で遊ぶ子供達へ視線を落ち着けた。

(*゚ー゚)「彼に証人として法廷に出てもらう。
     その交渉に来た」

( ^ω^)「結果は?」

(*゚ー゚)「さあね。今ギコが行ってる」

( ^ω^)「しぃさんは行かないんですかお」

 急に空気が軋んだ。
 迂闊な質問をしたかと内藤は口を押さえる。

 しぃは無言でミネラルウォーターを飲み、至極丁寧に蓋を閉めた。

28 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:27:18 ID:BXPGb1/sO

(*゚ー゚)「前回の──凛々島リリの件を知っていながら、その質問をするんだね。君は」

( ^ω^)「すみませんお、何のことだか」

(#゚ー゚)「僕が余計な真似をした話だ!」

 子供達の声が止む。
 内藤は優しい笑みを浮かべ、子供や保護者に頭を下げた。
 公園内が再び賑やかになる。

( ^ω^)「しぃさん、もう少し小さい声で。
       ……余計な真似っていうと──リリちゃんに変な嘘ついたことですかお」

(#゚ー゚)「ああ、それだよ。
     君の敬愛する弁護士殿に、僕のミスだと言い切られた件だ」

 呪術師、アサピーの裁判。
 凛々島リリに事情を訊くため、しぃはカンオケ神社の職員だと身分を偽った。
 その結果、リリまで嘘をつくことになってしまったのだ。

( ^ω^)「たしかに僕の侮蔑する弁護士様が、ばっさり切り捨ててましたおね」

(#゚ー゚)「僕なんかでは、公正な証言は得られないのさ。
     だから今回はギコに任せる」

29 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:29:30 ID:BXPGb1/sO

 ふと、しぃの首元に細い手が絡んだ。
 半透明の腕が回される。
 大きな口だけが顔に付いた、子供のようなおばけがしぃにしがみついていた。

 見れば、似たようなものが人間の子供達に混じって遊んでいる(誰も気付いていないが)。
 この公園に住んでいる妖怪か何からしい。
 悪いものではなさそうだが、まとわりつかれては邪魔だろう。

 しかし、しぃは気にした様子もなくペットボトルを握り直しながら、足を組み替えていた。

( ^ω^)「しぃさん、それ邪魔じゃありませんかお?」

(*゚ー゚)「何が?」

( ^ω^)「……肩の。ほら」

 手を伸ばし、内藤は「それ」を軽く叩いた。
 きい、と甲高い声をあげながら、そいつは滑り台の影へと逃げていく。

30 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:31:23 ID:BXPGb1/sO

(*゚ー゚)「何かいたのか。道理で襟元が冷えると思った」

( ^ω^)「見えてないんですかお?」

(*゚ー゚)「僕には君達ほどの力は無いよ」

 意外な答えで、少し、言葉に詰まった。
 しぃは再び内藤から目を外し、ミネラルウォーターを口に含んだ。

( ^ω^)「霊感がないってことですかお?」

(*゚ー゚)「全く無いわけじゃない。気配を感じることは多々ある。
     ただ、どこに居るかとか、どんな奴かとか、具体的なところまでは分からないね」

( ^ω^)「それで検事さんやるの、大変じゃありませんかお」

(*゚ー゚)「ギコがいれば問題ない。
     ギコは『強い』し僕と血縁関係にあるから、
     あいつの傍にいれば、その影響で僕にも霊が見えるようになるんだ」

 今はギコがいないので、先程の奴らにも気が付かなかったわけだ。

 事件の捜査はギコと一緒に行うだろうし、
 前に聞いた通り、幽霊裁判の法廷は特殊な結界が張られ、霊感の有無も関係なくなる。
 彼女が検事としてやっていくのも、決して無理なことではない。

 とはいえ。
 検事になるには、それなりの資格が必要だったはず。

31 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:34:59 ID:BXPGb1/sO

( ^ω^)「霊感のある人しか、弁護士や検事になれないって聞きましたけど……。
       というか、どうして検事になろうなんて──」

(*゚ー゚)「僕の家は昔、おばけ法の制定に携わっていた。
     ……と言うと大袈裟かな。手伝いをしていたってだけなんだが」

( ^ω^)「……それは。……はあ。すごい、んですかお」

(*゚ー゚)「手伝いの手伝いの手伝いの手伝い、って程度のもんさ。
     大したことはしていないが──それでも関わったことには変わりない」

( ^ω^)「そのコネがあったんですね」

(;*゚ー゚)「いや。……いや。そういう……ことだな。うん。たしかに。
     猫田家の人間だから、霊力が弱くても試験を受けさせてもらえた。
     言っとくが、試験そのものは自力で突破したぞ」

 どうして検事になれたか、という理由は分かった。
 どうして検事になろうとしたか、は、まだ答えていない。

32 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:38:51 ID:BXPGb1/sO

 内藤が目で促すと、しぃは頷いて口を開いた。

(*゚ー゚)「……僕の父が検事だった」

( ^ω^)「幽霊裁判の?」

(*゚ー゚)「ああ。すごい人だ。ほぼ毎回勝ってた。
     でも決してズルをしてたんじゃない」

(*゚ー゚)「丁寧に、慎重に捜査をして、真剣に話を聞いて……そうして起訴する。
     真実を見極められる人だったんだね。
     何がなんでも冤罪を避けたかったのもあるんだろう。
     彼は優しいから、万が一そんなことになればひどく自分を責めていたと思う」

 全てが過去形だ。
 今は検事をやっていないか──あるいは。

 何にせよ、その父に憧れてしぃは検事になった。
 実直で、有能で、心優しい父親。

 だが、父が理想なのだとすると、どうも彼女は理想に遠い気がする。

33 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:42:11 ID:BXPGb1/sO

( ^ω^)「……しぃさんは、今回の被告人をどう思いますかお?」

(*゚ー゚)「質問の意味を図りかねる」

( ^ω^)「有罪だと思いますかお」

(*゚ー゚)「当たり前だろう、だから起訴したんだ」

( ^ω^)「まあ、そりゃそうですおね……。
       でも──間違ってるかも、とか、少しは思わないんですかお?」

(*゚ー゚)「思わないな」

( ^ω^)「もし間違ってたら?」

(*゚ー゚)「そういったことは考えない」

 それは。なかなか。

 しかし、都村トソン、ドクオ、アサピーは冤罪だったし──
 砂尾ヒートだって、有罪ではあったが、検察側の主張する事実とは食い違っていたわけで。

 この4つの裁判しか知らない内藤にとって、しぃのこれまでの行いは無茶が過ぎた。
 その分、負けたときの反動が大きい。

34 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:47:04 ID:BXPGb1/sO

 もう少し思慮深くいけないものか、とさえ思える。
 盲目的に、犯人だ有罪だと騒ぎ立てるのではなく、
 せめて心の片隅にでも「もしかしたら」を置いておけば、幾許かの余裕も出来よう。

( ^ω^)(……『躍起になってる』ってやつだおね)

 霊感が弱いというのを思い返して、納得した。
 試験に受かるだけの知識はあっても、ギコから離れてしまえば途端に意味がなくなる。

 それにまだまだ高校生。
 彼女の足元はとても危うい。
 だから必死になる。きっと。

( ^ω^)「しぃさんって、無実だったときの被告人がどんな思いをするかとか、
       そういうの考えないんですかお?」

(*゚ー゚)「僕は自分が納得したときにしか起訴しないんでね」

 多分、彼女と父親の大きな違いはここにある。
 父親は冤罪を嫌ったと言っていた。
 だからこそ捜査を丁寧に行っていた筈なのだ。

 一方のしぃは、容疑者が犯人である証拠ばかりを追い求める。
 だからこそ重要なものを見落としてしまう。

35 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:51:15 ID:BXPGb1/sO

( ^ω^)「でもトソンさん達は実際に無罪だったわけだし、前なんか随分へこんでたし──
       ええと、なんていうか……あー、」

( ^ω^)「よくまあ毎回、そう自信満々でいられるもんだなあって」

 狙ったわけでもないが、嫌みたらしい言い方になってしまった。
 フォローの言葉も浮かばず、口を閉ざして頭を掻く。

(*゚ー゚)「君は僕が嫌いかい?」

( ^ω^)「ではないですけど」

(*゚ー゚)「腹が立つ?」

( ^ω^)「……でもないですお。多分」

 腹が立つとまでは言わずとも──快くはなかった。
 それは恐らく、どちらかといえば内藤がツンの方に傾いているからだろう。

 しぃのやり方はしぃ本人にとって良くない、と忠告したい気持ちもたしかにあるが、
 いくらか非難してやりたいという感情的な面も覗いている。

37 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:53:27 ID:BXPGb1/sO

( ^ω^)「ただ、事実を決めつけて被告人を攻撃するのを見てると、
       敵とか味方とか言うつもりはないですけど
       今のところ僕にとって、しぃさんは『いい人』ではありませんお」

 意外にもリリの件以降は怒っていなかったしぃが、ここで反応を示した。
 ぴりぴりとした空気が漂う。
 参った。やってしまった。

(*゚ー゚)「……いい人? いい人って何だ? 犯罪者に甘くすることが善行か? 僕は──」

(*,゚Д゚)「だーれだ」

 突如、視界が真っ暗になった。
 目元に温もり。大きな手。
 普段なら苛つくところだが、今ばかりは助かったという気持ちが湧く。

( ^ω^)「ギコさん」

(;,゚Д゚)「あいたたたっ、正解正解、抓らないで抓らないで」

 手の甲を抓りながら答え、後ろへ振り返った。

 ベンチの背凭れを挟んで内藤の後ろに立ち、にっこり微笑む埴谷ギコ。
 男の格好だ。

38 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:54:49 ID:BXPGb1/sO

(,,゚Д゚)「うちの子、あんまり苛めないでね」

( ^ω^)「苛めて……ましたかお、今」

(,,゚Д゚)「ちょっとね」

 しぃが立ち上がる。
 ペットボトルの中で、ミネラルウォーターがちゃぷちゃぷ揺れた。

 彼女の目が一瞬だけ、例の妖怪達に向けられる。
 ギコがいると見えるようになるというのは本当らしい。

(*゚ー゚)「河内ミルナは?」

(,,-Д-)「駄目ね。法廷にまでは出たくないって感じ」

(*゚ー゚)「そうか。……なら、とりあえずもう1人の方に行こう」

 内藤の前を通る間際、しぃは内藤の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
 ふ、と鼻で笑う。

 まるで子供に対するような──実際子供だし、しぃより年下である──、
 馬鹿にされた空気を感じ取り、内藤はしぃを睨んだ。

39 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:58:38 ID:BXPGb1/sO

(*゚ー゚)「僕を悪者だと思うなら、そう思いたまえ。
     君の言う『いい人』になるよりマシだ」

 またね、とギコが言い、去っていくしぃを追った。
 それを見送り、内藤は撫でられた頭に触れる。

 きっと、他人には分からぬ意志くらい、しぃにもあろう。

 むきになり、一方的に決めつけて攻撃したのは内藤の方だ。
 言い様のない羞恥心が胸中を巡り、居心地の悪い熱を頭に送り込んだ。

 なんて幼い。

( ^ω^)(あー。ああ。調子乗ってた)

 恥ずかしさでその場から立ち去りたい気持ちと、
 恥ずかしさで動くのも億劫な気持ちが同居する。

 内藤もやはり、子供だった。

40 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2013/08/08(木) 02:59:05 ID:BXPGb1/sO

 ベンチの上でうだうだやっていると、肩を叩かれた。
 振り向く。

( ゚д゚ )「……あ。やっぱり、昨日の子だろう」



*****

inserted by FC2 system