o川* ー )o幼年期が終わるようです

《 四 》

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416 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:30:50 ID:9wN2kVL.0
          ※



地下への階段を、キュートはひたすら降りていた。
岩をそのまま削った床。長年の湿気に濡らされたそれは、
つるつると滑って不安定極まりない。

手すりのないその階段から外れれば、
底の見えない奈落へと真っ逆様に落ちることだろう。
頼りになるのは自らの足と、蝋燭が灯す薄い明かりのみ。
額には汗。足を滑らせないように、慎重に、慎重に降りていく。


ゆっくりと、
一歩一歩、
確実に、
着実に、
どこまでも続くその階(きざはし)を、
降りて、
降りて、
降りて――


そして、明かりが消えた。
蝋燭の火が潰えたのだろう。あたりは完全な暗闇に囚われる。
自分のてのひらすら確認できない、真なる暗黒の世界。

417 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:32:06 ID:9wN2kVL.0
だが。

キュートは止まらなかった。
感覚だけを頼りに、変わらず降り続けていく。

現実感に乏しいこの感覚。キュートは感じる。
私はいま、覚醒したまま夢の世界へ降りているのだと。
生きたまま、死の世界へ臨んでいるのだと。

モララーから話を聞いていてよかったと、キュートは思う。
きっと、これ自体が儀式の一環なのだと、受け入れることができたから。

陽も時も失せたこの世界。
感覚が支配するこの場所で、キュートは永劫に身を任せる。

足を踏み出す。
足から膝へ、膝から腰へ、腰から腹へ、腹から胸へ、
胸から首へ、首から頭へ、頭から頭頂へ、頭頂から空間へ、
すべての感覚がすべてへと伝わっていく、この感覚。

そして空間は、キュートの足下へもどる。
すべてが回っている。すべてはつながっている。
そのつながりに、身を任せる。その永劫に、身を任せる。

やがて、足先につたわる感触が変化する。

418 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:33:12 ID:9wN2kVL.0
土。
水分を含んだ土。
キュートは確信する。
足をあげる。
足をおろす。
地面に到着する――前に、感触が伝わる。
再び変化した感触

冷えた痛み。
見えなくとも、わかる。
水。
遙か彼方までつづく水脈。

いる。
わかる。
感覚が告げている。

“しぃは、あの向こうにいる”。

この霊脈の続く先にいる。
霊脈の中へとキュートは、自らを潜らせていく。

419 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:33:58 ID:9wN2kVL.0
あしうらを、
つまさきを、
かかとを、
くるぶしを、
あしくびを、
ふくらはぎを、
すねを、
ひざがしらを、
ひざうらを、
だいたいを、
うちももを、
またぐらを、
しりたぶらを、
ゆびさきを、
ぜんわんを
こしを、
はらを、
ひじを
じょうわんを、
むねを、
かたを、
のどを、
くびを、
あごを、
くちを、
はなを、
めを、
ひたいを、
かみを、
つむじを、
ぜんしんを、
にくたいを、
おとを、
かおりを、
いろを、
ひかりを、
こころを、
たましいを
せいめいを――

420 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:34:45 ID:9wN2kVL.0
溶けていく。
境界が曖昧になっていく。
自己と自己以外の区分けが失われていく。
私という言葉の意味がなくなっていく。

それでも、キュートはキュートを保っていた。
キュートはキュートのまま、先へと進む、前へと進む。
犀の角のようにただ独り歩み進む。

421 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:35:30 ID:9wN2kVL.0




――あなたはだあれ、おねえさん



.

422 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:36:58 ID:9wN2kVL.0
声が、聞こえた。
幼い少女の弾む声。
姿は見えない。
くすくす笑う、声だけ聞こえる

423 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:37:39 ID:9wN2kVL.0




――あなたはなあに、おねえさん



.

424 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:38:21 ID:9wN2kVL.0
金色(こんじき)の残像が、視界を横切った。
残り香が、キュートの鼻腔をくすぐる。
嗅いだことのある匂い。
懐かしい、あの頃の匂い。

425 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:39:02 ID:9wN2kVL.0




――あなたなんて知らないわ

――あなたなんて見たことないわ



.

426 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:39:43 ID:9wN2kVL.0
蒼い光がふたつ、点灯する。
ふたつに留まらない。

よっつになる。
よっつに留まらない。

やっつになる。
やっつに留まらない。

数え切れない程に、光は増える。
数え切れないそれらがすべて、キュートの瞳を奥まで覗く。

427 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:40:28 ID:9wN2kVL.0




――私が知るのは一人だけ

――ちっちゃなあの子、私のあの子

――泣いてばかりのかわいいあの子



.

429 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:41:09 ID:9wN2kVL.0
声が近づいてくる。
内部に入り込んでくる。
内部から声が聞こえてくる。
キュートの隅々を、少女の声が徘徊する。

430 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:42:01 ID:9wN2kVL.0




――おねえさん、ねえおねえさん

――あなたはだあれ、おねえさん

――あなたはなあに、おねえさん



.

431 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:42:43 ID:9wN2kVL.0
音と色と光が集まり、一個の形が現れる。
音と色と光によって、少女の姿が結実する。
金色の髪。澄んだ碧い瞳。
花開くように咲いた、金髪碧眼の少女。

くるんと少女はその場を回り、そのおでこをぴとり、くっつけた。
上向きのそのおでこが、キュートのおでことくっついた。




从 ゚∀从「あなたはキュート? おねえさん」

432 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:43:33 ID:9wN2kVL.0
o川*゚ぺ)o「ハイン……」

知らないはずの少女。
出会ったことがないはずの少女。

けれど、キュートにはわかった。
この金髪碧眼の少女がハインであると、キュートにはすぐに理解できた。
懐かしさを覚えた。

从 ^∀从「キュート、来てくれたんだ。うれしい」

いつの間にか、ハインのおでこが下向いていた。
見下ろしていたはずのハインを、いまは見上げている。
背丈が逆転している。

ハインが大きくなった――わけではない。
キュートが、小さくなっている。
きっと、あの頃の背丈まで、小さく。


――“あの頃”?

433 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:44:26 ID:9wN2kVL.0


瞬間、感じる心地よさ。
身体にかかる抵抗のすべてから、瞬く間に解放されるような。
くらりと、意識がにじむ。

――辺り一面、花畑になっていた。

無数に咲き誇る浅黄の花。
いつかどこかで見た光景。
そして、そこにいる、少女も。

从 ^ー从「キュート、一緒にかんむりを編もう?」

無限の花畑のその中心に、ハインはちょこんと座っている。
キュートを呼ぶハインの笑顔は、とても清らかで、神聖で、犯しがたい。
これこそがあるべき楽園の住人と、そう思えてくる。

それでも、キュートは花を踏む。
神聖なるこの世界に、汚れた足跡を残す。

434 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:45:13 ID:9wN2kVL.0
o川*゚ぺ)o「ハイン、これは違うよ」

从 ^ー从「キュートはへたっぴだからね。結ぶの手伝ってあげる」

o川*゚ぺ)o「気持ちのいい所に逃げてるだけだ。安楽の幻想に逃避しているだけだ」

从 ^ー从「七枚花は幸運を、八枚花は愛情を呼び込むの」

o川*゚ぺ)o「でもそれは、自分を追いつめてることと同じなんだ。
      苦しくなってしまうのは自分なんだ」

从 ^ー从「だけど六枚と九枚はダメ。死と眠りが笑うからね」

o川*゚ぺ)o「帰ろうハイン」

从 ^ー从「いいのよキュート、うまく編めるまでずっと一緒にいてあげる。
     ずっと、ずーっとね」

o川*゚ぺ)o「ここは現実じゃないんだ」

从 ゚∀从「現実なんて死んでしまえ」

435 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:46:11 ID:9wN2kVL.0

花の色が、ハインから波状に変化した。
毒々しい紫。不安の色。そこに、肌色が、混じる。

一対の男女――大人の女性と、男の子が、現れる。生えてくる。

何組も、何組も、現れる、現れる。
何組も、何組も、生えてくる、生えてくる。

从 ゚∀从は「キュート、これが私の現実よ」

男女は、肌をぶつけ、交わっていた。
男の子の上で、下で、横で、女は男の子をむさぼっている。
叫びながら、同じ言葉を何度も何度も叫びながら、むさぼっている。

男の子は、無抵抗だった。
うつろな目で、されるがまま、女の行為を受け入れている。

キュートはその男の子に、見覚えがあった。
正確には、その面影が誰かに似ている気がした。
その顔。日本人離れした、整った顔立ちの、そいつは、まさか、この子は――

436 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:47:28 ID:9wN2kVL.0
o川;゚ぺ)o「……長岡?」

从 ゚∀从「あの女はね、レモナっていうの」

キュートの視界に、ある人の幻影が生じた。
その幻影が、女と重なる。ぶれた虚実は、どこかが何かが相似している。

从 ゚∀从「哀れな女でね、夫に捨てられてから気が狂ったの。
     ああいうのを、男がいないと生きられない女っていうんだろうね。
     狂ったあの女はね、いつしか自分の息子を犯すようになったんだ。

     何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、
     何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、ね?」

o川;゚ぺ)o「ハイ、ン……」

ハインの姿が見えなくなっていた。声だけが聞こえる。
肉のぶつかり合う音だけが響いている。女の叫びのみが轟いている。

从 ゚∀从「でもね、この女も捨てられてすぐに、
     自分が母親だってことを忘れてしまったわけではないんだよ?
     しばらくは、ちょっとは覚えていたんだ。少しだけ、わずかだけは。

     すっかり忘れ去ってしまったのにはね、切っ掛けがあったんだ。
     世界が崩壊するくらいの、重大な事件が。

     あの人をかろうじて保っていた心の支えが、
     一瞬にして抜き取られてしまった悪夢。それはね――」

437 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:48:23 ID:9wN2kVL.0
キュートの手が、血に染まった。

从 ゚∀从は「――愛するおにいちゃんが、殺されてしまったんだ」

幻影――モナーの首がぽきりと折れ、女の実体から落下した。
そしてそれは、男の子の首と重なった。ぴったりと、外れなく。

キュートは倒れそうになる。
しかしそこにはハインがいた。
キュートの背を支えたハインが、耳元でささやく。

从 ゚∀从「ほら、あの女の叫び声をよく聞いてみて。耳をすませて……」

438 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:49:28 ID:9wN2kVL.0




――おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん!



.

439 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:50:16 ID:9wN2kVL.0
o川; へ )o「うっ……」

猛烈な、吐き気。
その光景から、キュートは顔を背けようとする。
しかしハインが固定する。

背を、顔を、まぶたを、魂を、目の前の光景に固定する。

从 ー从「醜いよね?」

兄を呼びながら自分の息子を犯す母親の姿。
一度ではない。何度も、何度も、数え切れない程の回数を、見せつけられた。

見せつけられていたのだ、ハインも。

从 ー从「罪深いよね?」

キュートの背後から、手が伸びた。ハインの手。
その手は遠近の狂った男女を、女をその手中に収め、
その肌色に、自信の肌色を重ね、そして――。

从 ー从「だから私ね、私がね――」

にぎられた。

440 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:51:09 ID:9wN2kVL.0
从 ゚∀从「殺した」

女の頭が、陥没した。

从 ゚∀从「殺した」

女の腹が、裂けた。

从 ゚∀从は「殺した」

女の目が、落下した。

从 ゚∀从「殺した」

女の股が、破裂した。

从 ゚∀从「殺した」

女の臓器が、露出した。

从 ゚∀从「殺した」

女の背骨が、突き出た。

从 ゚∀从「殺した」

女の胸が、燃えた。

从 ゚∀从「殺した」

女の首が、絞まった。

从 ゚∀从「殺した」

女の肉体が、死んだ。

从 ゚∀从「殺した」

女の存在が、殺された。

441 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:52:19 ID:9wN2kVL.0
原型を留めぬ肉塊が、所構わず散乱していた。
花の紫に、朱が滲む。濁るその朱を吸色して、さらにその有り様を変じていく。

パートナーを失った少年は、裸のまま立っていた。
裸のままで、キュートを取り囲んでいた。
うつろな瞳が一寸の隙間もなく、キュートの背後のハインを取り囲んでいた。

ハインがキュートの前に躍り出る。
すると彼女の視線の向こう、彼女の視界に入る位置に立つ少年が、一斉に後ろを向いた。

从 ^ー从「ねえキュート、私、間違っているかしら」

ハインは片足を上げ、おどけた調子で向きを変えた。
すると少年たちの一部が、背中を向ける。

从 ^ー从「何か悪いことしたかしら」

ハインは再び向きを変える。
それに合わせて、別の少年たちが背中を向ける。

442 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:53:36 ID:9wN2kVL.0
从 ^ー从「だっておにいちゃん、私を無視するの」

そういって、ハインはくるりと一回転する。

从 ^ー从「だっておにいちゃん、私を軽蔑するの」

ハインの回転に合わせて、少年たちは波のように回転する。
ハインの見ている方向の少年だけが、背中を向ける。
ハインに見えない少年たちは、うつろな瞳でハインを見つめている。

从 ー从「罰もくれないの。罰。罪への罰。

     おにいちゃん、
     おにいちゃん、
     おにいちゃん……。

     キュートがいなくなった私には、おにいちゃんしかいなかったのに……」

両手で顔を覆い、ハインは毒の花が生い茂るその場にくずおれてしまった。
ハインを取り囲んだ少年たちは、無表情にハインを見つめている。
少年たちに取り囲まれたハインは、声を上げずに泣いている。

443 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:54:49 ID:9wN2kVL.0
o川*゚ぺ)o「ハイン……」

知らず、近づいていた。
勝手に足が動いていた。

放っておけない。
このままにしておけない。

そう思うことすらなく、
ただ心のままに従って、
従い、
そして、
手を、
差し伸べようとして――。

444 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:55:29 ID:9wN2kVL.0





从 ゚∀从「けれどもう、そんなことはどうでもいいの」




.

445 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:56:34 ID:9wN2kVL.0
その腕を、つかまれた。

从 ゚∀从「だって、キュートはずーーーーっとここにいるんだもの!」

足下から伸びた花と葉と蔓が、巻き付いてきた。
泥のように黒く染まったそれらが、キュートに侵入してくる。

動けない。
きつく拘束されて、隙間もない。
外部だけでなく、内部からも私を奪われる。
視界の表から、目の裏から、見えるものすべてが黒く染まっていく。

从 ∀从「ずっと二人でいよう……?」

ハインも同様だった。
全身をつたう黒い植物に内外を犯され、一体化しかけている。
頭に乗せた花飾りが、ゆれる。その黒い花の数は、六。

黒いかんむりは、キュートの頭にも乗っていた。
確認しなくとも、キュートにはわかった。その花の数は、九。

446 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:57:52 ID:9wN2kVL.0
从 ∀从「幼いまま、ずっと二人……」

黒い植物を介して、ハインの気持ちが流れ込んでくる。
ハインとひとつになる。ハインが何故こんなにも私を求めるのか……
キュートにも、わかった。

仕方ないのかもしれない。
これが、ハインの望みだというなら。
私自身が引き起こしたことだというなら。
すべてを受け入れ――

从 ∀从「罪も何もなかった、あの頃のまま……」

この女性<ひと>と共に、
永遠を眠ってしまっても――――――――………………











.

447 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:58:52 ID:9wN2kVL.0

















                             キュート!

448 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:59:47 ID:9wN2kVL.0
光がほとばしった。
光は闇を祓い、絡みつく草花を枯らせた。

キュートは立ち上がった。
光はキュートから溢れていた。
キュートのかけた、ペンダントから。
母から譲り受けたペンダントから。

从; Д从「やめてキュート、そんなもの見せないで!」

ハインが叫ぶ。
ハインにまとわりついていた草花も、そのすべてが枯れた。
無限に思えた花畑は公園の片隅、枯れた花を植えた花壇に過ぎなかった。

――お母さん。

キュートはペンダントを天高く掲げた。
光が広がり、暗闇に捕らわれた世界に差し込んでいく。

449 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:00:43 ID:9wN2kVL.0
o川*゚ぺ)o「私は母の愛を求めていた。
      どうすれば母に振り向いてもらえるのかを考え、
      そしてプレゼントを送ることに決めた」

母、倉田くるう。私の産みの親。
触れ合うことを極度に恐れていた人。
本当は愛し方を知らなかっただけの人。

o川*゚ぺ)o「私はプレゼント用のぬいぐるみを編んだ。
      しかしそのぬいぐるみは完成するより先に、
      危ないからと針を取り上げられた」

綿が飛び出たまま永久に結ばれることのなかった、
テレビで見た何かの動物を模したぬいぐるみ。

o川*゚ぺ)o「危なくなければいいのかもしれないと、
      私は花飾りを送ることにした。

      しかし私が花飾りを渡すより先に、
      母は雨と泥に汚れた私を無言で風呂場へ入れた」

会心の出来だった首掛け型の花飾り。
気づいたときにはもう、茶色く変色してしまっていた。

o川*゚ぺ)o「困らせれば気を惹けるのかもしれない。
      そう考えた私は、母の宝物をばらばらにした。
      母の母――私の祖母が唯一残した写真を切り裂いた。
      母は怒りもせず、紙屑になった写真を燃やして捨てていた」

母によく似た母の母。
穏やかに微笑むその人の名は確か、そう、クール。

o川*゚ぺ)o「昔の思い出だから気にしないのかもしれない。
      現在生きている人とのつながりなら、
      父との、母の夫との結婚指輪なら――」

450 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:02:32 ID:9wN2kVL.0



あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”
あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”
あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!


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451 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:03:12 ID:9wN2kVL.0
ハインが絶叫する。
蒼い瞳は血走り、かきむしられた金髪は
元の艶やかさを無くしぼろぼろに痛んでいく。

从# Д从「あいつが、あの魔女が、素直クールがキュートを奪ったんだ!
     私から、私の目の前で、悪い魔法をかけたんだ!
     あいつが全部悪いんだ!!」

o川*゚ぺ)o「違うんだハイン、そうじゃないんだ。
      父殺しの罪業から逃避するために、
      私は現実を塗り替えるストーリーを生み出した。

      母は私と父の仲に嫉妬し、私と父は嫉妬されるぐらい
      緊密な仲であったという妄想<ストーリー>を。
      けれどそれじゃ辻褄が合わない、妄想だけでは説明できないことが残っているんだ。

      私は『幼年期の終わり』の内容を知っていた。

      幼い私に『幼年期』を読み聞かせてくれた父以外の誰か。
      ストーリーを形成する上で、架空の父を形成する上で都合の悪い人物。
      父の役割に取り込まれることで存在を抹消されてしまった何者か……」

452 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:04:19 ID:9wN2kVL.0
公園の一角。
幌で覆った秘密の隠れ家。
泥で作った甘い甘いお菓子の山。

二人でひとつの布団を被って、
息苦しさも楽しみながら、
朗読するぬくもりに心地よさを感じて。

その人が、言ってくれたんだ。
お母さんに贈り物をしたらどうかって。
きっと、喜ぶよって。

だから私は、失敗する度その人に聞きにいって、
聞きにいって、
聞きにいって
そして、
そして――






从 Д从「私が、私がキュートに、キュートを殺させてしまったんだ……」

453 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:05:26 ID:9wN2kVL.0




あなたはだあれ、おねえさん



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454 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:06:38 ID:9wN2kVL.0
o川* へ )o「ごめんねハイン。
      私があなたを忘れてしまったことが、
      あなたをこんなにも苦しめていたんだね」

从 Д从「違う」

ハインの身体に、亀裂が走った。
ぴしぴしと、みしみしと、音を立てて、割れていく。

从 Д从「私がキュートを苦しめたんだ。
     私がいるだけで、キュートは傷ついてしまう。
     私が存在するだけで、人は壊れてしまう。死んでしまう。

     死ななければいけないのは、私だ。
     私は――私[ぼく]が、死と眠りを撒き散らす呪いそのものなんだ」

ハインの亀裂から、ハイン以外の誰かの姿が覗かれた。
しぃだ。
ハインと合一したしぃが、そこにいた。
きっと、ずっと、そこに。

455 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:08:05 ID:9wN2kVL.0
从 Д从「「死ななくちゃいけないんだ」」

ハインがしぃの、しぃがハインの、声と重ねてつぶやく。

o川*゚ぺ)o「そんなことない」

从 Д从「「私[ぼく]が罪だ。罪には罰を。死の罰を」」

声と共に、ハイン[しぃ]は崩壊していく。
自分を否定する度、自らが失われていく。

从 Д从「「私[ぼく]がいるから、だれもが不幸に。
      私[ぼく]のせいで、みんなが苦しむ。
      私[ぼく]はいらない、いらない子。いてはいけない呪いの子」」

欠けて、欠けて、欠けていくハイン[しぃ]の自己。
剥がれる表皮はぽろぽろと、涙のようにこぼれていく。
とめどなくこぼれていく。

从 Д从「「みんなのために、私[ぼく]が死ななきゃ。
      大切な人のために、私[ぼく]が死ななきゃ。
      キュートのために、私[ぼく]が――」」

o川* ー )o「おねえちゃん」

キュートは、ハイン[しぃ]を、抱きしめた。

o川*゚ー゚)o「おねえちゃんがいたから、私、生きられたんだよ?」

456 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:09:29 ID:9wN2kVL.0





















                             『どうしたの?
                              お前、こんな所で何してるの?
                              ……どうして泣いているの?
                              ……大丈夫。
                              大丈夫だからね。
                              心配いらないからね。
                              私が――
                              ――おねえちゃんが、そばにいるからね』






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457 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:11:51 ID:9wN2kVL.0
o川*-ー-)o「ありがとうハイン、私と出会ってくれて」

ハイン[しぃ]の崩壊が、止まった。
胸の中の二人のぬくもりが、確かに感じられる。

キュートは二人を見つめた。
ハインが、ハインの中のしぃが、キュートを見つめている。

从;Д从「「私[ぼく]、生きていてもいいの……?」

o川*゚ー゚)o「生きようよ」

ああ、そうか。
自分で言って、初めてわかる。
私たちが求めていたのは、たったこれだけの言葉だったのだと。
これだけのことを、求め続けていたのだと。

o川*゚ー゚)o「私たちは確かに、罪深い存在なんだと思う。
      存在するだけで他者を傷つけ、苦しませてしまうのが現実かもしれない。
      でも、それと同じくらい誰かの希望になれる。
      だれかの救いにだってなれるんだ。

      祈りが呪いになるのなら。
      呪いだって、祈りになるんだから!」

458 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:12:43 ID:9wN2kVL.0
何かの割れる音が、響いた。
激しい光。
真白いその色光は、
この世界の隅々にまで行き渡り――

そしてそれが晴れた時、
そこには公園も、
幌の隠れ家も、
枯れた花壇も、

ハインの姿もなかった。

ただ目の前に、しぃが、
追い続けたしぃの姿が、在った。

しぃは、キュートに向かってにこりと笑った。
つられてキュートも、笑った。

459 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:13:32 ID:9wN2kVL.0
o川*゚ー゚)o「ハインは?」

(*゚ー゚)「もう大丈夫です。あなたのおかげで、彼女は在るべき所へ帰りました。
     あなたが彼女を救ったんです」

キュートは首を振る。それは違うと。

o川*゚ー゚)o「私はたぶん、ただの切っ掛けなんだと思う。
      立ち上がることを選んだのは、ハインの意志だよ。
      それに、本当に救われたのは私だから」

それは、あなたにもだよ。
言葉に出す代わりに、キュートは手を伸ばしてそう告げる。
ありがとう、と。

o川*゚ー゚)o「さ、帰ろう」

しぃの手がキュートの手に重なった――その時だった。

急激な“流れ”が、二人を呑み込んだ。
キュートはつないだ手をかろうじて離さぬまま、叫ぶ。

460 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:14:27 ID:9wN2kVL.0
o川;゚Д゚)o「いったいなに!?」

叫ぶ間にも、二人は押し流されていく。
その勢いは激しく強く、目を開けることすらままならない。

(;゚−゚)「霊脈です、霊脈が溢れてしまったんです!」

近くにいるはずなのに、遙か遠いところから聞こえてくるようなしぃの声。
手をつないでいなければ、すぐにお互いを見失ってしまう。

o川;゚Д゚)o「いったいなんで!」

(;゚−゚)「杉浦しぃという霊的に巨大な個が塞き止めていた流れを
     新たな規定によりぼくという存在が収縮したことで、
     一気に爆発してしまったんです!」

指先に、しぃが手を離そうとするのが伝わってきた。
強く握り直す。それを感じ取ったしぃは、
キュートの指をふりほどこうとする。

(;゚−゚)「あなたには待っている人たちがいます。
     離してください。このままじゃあなたも帰れなくなる!」

461 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:15:25 ID:9wN2kVL.0
o川#゚听)o「バカいわないで!」

しぃの抵抗が、止まった。

o川*゚听)o「ここであなたを見捨てたら、私、元にもどっちゃう。
      私はもう逃げない。立ち止まらない。
      あなた<私>を背負って前へ、前へ進むと決めたんだ!」

しぃを引き寄せ、流れに逆らいキュートは泳ぐ。
もう言葉を発する余裕もない。呼吸すらままならない。
何かの塊が頭や、目や、腕を打つ。
その度ごとに体勢を崩し、流されそうになる。必死で抵抗する。

帰るんだ。
一緒に、帰るんだ!

目がかすむ。意識が朦朧としだす。
それでも構わない。
流れがあるのなら、それが目印だ。
それだけを感じ、それに逆らっていけばいい。
逆らっていけば帰れる。
帰れる。
帰れる、はずだ。

だが。

462 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:16:25 ID:9wN2kVL.0
無慈悲な流れは、個の意志など無関係に存在する何もかもを呑み込んでいく。
キュートにはもう、何も見えなくなっていた。
自分が進んでいるのかも、押し流されているのかもわからない。

それでも、諦めない。諦めたくない。
ここまで、ここまで来たんだ。
こんなところで、終わってたまるか――


    キュート!


しぃの声が聞こえた。
しぃは腕を伸ばし、指さしていた。
その向こう、その向こうに、何かがある。

463 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:17:09 ID:9wN2kVL.0
水。
水の腕。
水の手。

それが何なのか、
それが誰なのか、
キュートは、理解した。

意識を失ったしぃを抱え、最後の力を振り絞る。
それに向かい、その手に向かい、
懸命に、懸命に、腕を伸ばし、
伸ばし、伸ばし、伸ばして、
キュートは、叫んだ。



















                                                       お母さん<くるう>――!

464 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:18:03 ID:9wN2kVL.0

          ※



薄明かりの中で、キュートは目覚めた。
生きている。しぃは――よかった、ちゃんといる。隣で眠っている。

土の地面。ここは――まだ、地下の底らしい。
あの階段を降りきった先、みたいだ。
急激な疲れが、安心した身体に圧し掛かってきた。

「まだおやすみなさい」

声をかけられた。だれ――?
聞き覚えのある声。素直クール、だろうか。
薄明かりに照らされて、素直クールらしき人影は確かに確認できた。

けれど、何かが違う気がする。
髪や衣服が濡れているからだろうか。
普段の彼女ではない、別人のような雰囲気。

まるで、お母さん<くるう>のような――。

ああ、けれど。
身体が眠りを要求している。
これ以上考えることを拒否している。
自然とまぶたが落ちていく。

蝋燭に灯った火が、すぅっと消えていった。
それと共に、キュートの意識もまた、まどろみへと落ちていった。

465 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:19:03 ID:9wN2kVL.0
          ※



――この複雑に編み込まれた関係の宇宙で、私たちは確かに小さく儚い存在です。

聞こえました。あなたの声が、確かに私にも。

「内藤キュート、先の契約をここに言い渡します」

――大いなる太梵の流れから見れば、すべての個も生も、
  星々や太陽でさえも瞬く光のその一滴(ひとしずく)に過ぎないでしょう。


あなたがあの時何を言おうとしたか、私にもようやくわかりました。

「この契約は絶対です。実現するまであなたには、戦い続けてもらいます」

――でも、私たちの生は無駄じゃない。それはきっと残るから。
  私たちという形象が姿をなくしても、いつか別の場所で、
  別の形として表れるから。だって、すべてはつながっているもの。

あなたがどんなに私を祈ってくれていたか、わかりました。

「内藤キュートに命じます。あなたはあなたを失わずに。あなたは、どうか――」

――だから、ね、ヒート。あなたはあなたを失わないで。あなたは、どうか――

だから私も、この子のために祈ります。あなたのように、姉さまのように――





    ノハ ー )

466 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 21:20:16 ID:9wN2kVL.0














                 幸せに
















                                    《続》

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