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376 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:43:15 ID:9wN2kVL.0
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( ・∀・)「何とか撒けたようですね」
モララーの言うとおり、背後にはもう追っ手の姿はない。
ランボルギーニ・ガヤルドも穏やかな速度になっている。
とはいえ、メーターを確認する限り法定速度は軽くオーバーしているようだが。
感覚が麻痺しているのだろう。まるでジェットコースターか何かだった。
何度死を感じたことか。
o川*゚ぺ)o「偉い人って、もっと用心深く行動するものだと思ってました」
安堵に生まれた余裕の中で、嫌み混じりにモララーを責める。
その彼の顔は気取った、演技的な表情へと戻っていた。
速度を出すと性格が豹変するタイプのドライバーらしい。
( ・∀・)「地位や名誉を重んじる方々はそうかもしれないね。
けれどぼくはもう、偉い人ではいられないでしょうから。
相真、たぶん潰れます」
o川*゚Д゚)o「……は?」
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377 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:44:09 ID:9wN2kVL.0
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世間話でもするような軽薄な語り口のせいで、
あやうく聞き逃すところだった。
相真が、潰れる?
それは、廃校ということだろうか。
思わずサイドミラーで後方を確認する。
キュートが地下にこもっている間に、いったい何があったのか。
( ・∀・)「ですからきみの精神科への進級の件、
あれは破棄することになってしまいそうです。
申し訳ない限りなんですけどね」
申し訳なさそうな態度など欠片も見せず、モララーはそう告白する。
長年追い続けてきた目的が頓挫した瞬間。悲しみに打ちひしがれるべきなのかもしれない。
だが、キュートは――。
o川*゚ぺ)o「そう、ですか」
不思議なくらい冷静に、その事実を受け入れることができた。
つい一ト月程前までは、あんなにも執着していたことなのに。
なのにいまは、僅かなショックも感じない。
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378 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:45:08 ID:9wN2kVL.0
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( ・∀・)「薄いリアクションですねぇ。
ぼくにつかみかかってきた時は、もっとすごい剣幕だったのに」
o川//゚ぺ)o「つかみかかってなんて!
……いた、かもしれませんが……」
あの時のことを思い出す。
役員たちが居並ぶ異世界に乗り込んで、直訴に行った時のこと。
あの時の激情は、もう自分のどこを探しても見つからない。
精神科医を目指していた理由が
偽りの現実の上に成り立っていたものであると認識したいま、
その執着も消えてなくなってしまうのは当然だ。
激情など見つからなくて当たり前かもしれない。
けれど、それだけではない。
それだけではない何か根本的な、根本的な変化が起こっているように、
キュートには感じられた。言葉にしづらく、つかまえることが困難な何か。
しぃと会えば、ハインとの決着をつければ、その答えも自ずと見えてくるのだろうか。
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379 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:46:08 ID:9wN2kVL.0
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( ・∀・)「内藤さん、あなたはこれから向かう
『素直』という家のことについて、どの程度知っていますか?」
モララーから声をかけられ、思考が現実へと引き戻された。
素直について、とモララーは言っていた。
o川*゚ぺ)o「人を呪って栄えた一族、とだけ聞いています」
教えてくれたのは確か、ハインだ。
旧閉鎖棟へ降りるかどうか迷っているときに、忠告ついでに聞かされた覚えがある。
酔っぱらって、冗談も言っていたハイン。何だか遠い昔のことのように思える。
( ・∀・)「人を呪って栄えた、か……。
内藤さん、呪いって本当にあると思う?」
o川*゚ぺ)o「それは……」
キュートは言葉に詰まる。以前のキュートであれば、即答できただろう。
けれど母は、キュートに呪いをかけてなどいなかった。
この身を幼く留めたのは、自分自身に他ならない。それは、呪いと言えるのか。
キュートの言葉を待たずに、モララーが続けて話す。
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380 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:47:08 ID:9wN2kVL.0
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( ・∀・)「素直の起源は定かではないのですが
相当古くから継がれてきたことは間違いなく、
平安時代にはその起源をすでに確認できたとか。
そしてその祖は、人と妖怪の合の子(あいのこ)であったいう噂もあるそうです」
o川*゚ぺ)o「妖怪?」
とつぜん飛び出てきた胡散臭い単語に、自然と表情が怪訝になる。
( ・∀・)「真偽の程は定かでありませんけどね。
ただそう噂されるだけの根拠はある。
素直の者は代々超常的な能力を有していたそうです。
予知夢や透視、悟りの力。いまでいうESP<超感覚的知覚>のようなものかもしれません。
素直の言葉を借りるなら、すべては“太梵”のまま、だそうですが」
モララーの口から出た言葉に、反射的に反応する。
太梵。素直クールも言っていた言葉。しぃも口にしていた“すべて”。
( ・∀・)「“太梵”が何を意味するのか、詳しいところはわかりません。
ただ無粋な憶測を立てるならば、それはプランクの壁を
超えたところに隠された神秘、ではないかとぼくは考えています」
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381 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:49:10 ID:9wN2kVL.0
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o川*゚ぺ)o「プランク……?」
( ・∀・)「物理学の用語です。この言葉の後ろに長さと時間が付くと、
長さは十のマイナス三十五乗センチメートル、時間は十のマイナス四十三乗秒という、
限りなくゼロに等しい長さ、瞬間を表すことになります。
この極々小さな単位が何を意味するのかと言うと、
天地創世の爆発<ビッグバン>が起こってから物理学的に観測できる最小単位と、
それが証明する現行科学の限界です。ゼロが四十三並んだあとに一が来る時間。
その間に光の進む距離が、十のマイナス三十五乗センチメートル。
この極小の時間や空間に関する問題が提起されてから百年弱、
様々な仮説が打ち立てられてきました。ですが確かなことは、今もって判明していません。
重力の枷から解き放たれた光の振る舞いに翻弄されているのが現実です。
ただこの仮説の中には、興味深いものがあります。
一部の物理学者はマクロな世界では密接に結びついていた時間と空間のつながりが断たれ、
時間はその存在を停止すると主張しています。以前、現在、以後という概念が全く意味を失う。
逆に言えば、“すべての中にすべて<過去・現在・未来・無限>”が同居する事になる、と」
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382 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:50:45 ID:9wN2kVL.0
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すべての中に、すべてがある……。
( ・∀・)「そして切りはなされた空間は超ひもであったり
量子論的な泡であったり様々な形として仮定されますが、
概して振動として表されることが現在の主流となっています。
振動。素粒子の、そしてその素粒子を含む「場」の振動。
この振動が大きければ大きいほど巨大なエネルギーを生み、それに応じた形を成します。
またこの振動はそれ単体が起こすものではなく、
周囲の振動に影響を受けて起こると考えられています。
太陽も人間も、道端で静止している石ころでさえもミクロな世界まで拡大すれば、
超高速で振動――活動することで存在しているのです。
そしてその振動は他者から受け取ったエネルギーの顕れに他ならず、
その上で生じた振動をまた他所へと伝播している……。
さらに量子論では場の振動が収まった状態を「真空」と定義するのですが、
これは消滅を意味しているわけではありません。場から振動する素粒子が散逸し
「真空」となった状態はマクロな視点から見れば死や滅びに等しく思えるかもしれませんが、
散逸した素粒子自体は何も失われてはいない。違う場所で、違う形として表れているだけです。
どこか素直クールの言葉に似ている……そう思いませんか?」
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383 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:52:23 ID:9wN2kVL.0
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『この世界とは、複雑に編み込まれた関係の織物です。
我々とは、その織物が一時的に表す形象に過ぎません』……か。
( ・∀・)「今のところ仮説に過ぎませんが、とにかく彼らには超自然的な知覚力があった。
そしてその能力により、時代時代の権力者に重宝されていたそうです。
政治や戦にも深く関わってきたそうですよ。
しかしその中でもとりわけ重要であったのが、
とある儀式を行うことでした。
内藤さん、イニシエーション――通過儀礼という言葉をご存じですか?」
問いを投げられ、キュートは少しだけ記憶を探った。
が、すぐに首を横に振る。
o川*゚ぺ)o「聞いたことはあるかもしれませんが、詳しくは」
( ・∀・)「そうですね、簡単に説明すると……通過儀礼とは個が既存の状態から分離し、
別の段階へと再統合される際に行われる、移行の行事のことを指します」
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384 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:53:24 ID:9wN2kVL.0
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o川*゚ぺ)o「えと、つまり?」
( ・∀・)「つまりは元服などの、子供という状態から分離し
成人という段階へと移行する際などに行われる行事です。
他にも七日目という節目を迎えたことで神の子という状態から分離し、
人間の子という段階へと移行することを認められた赤ん坊に
命名を行う儀式であるお七夜。
七五三も似たようなものですね。「七つ前は神のうち」と言われ、
七歳の節目を越えて初めて、完全な人間に移行するものと考えられていたそうです。
その節目を祝う通過儀礼が、七五三です。他には、葬儀も通過儀礼ですね」
o川*゚ぺ)o「葬儀も?」
( ・∀・)「ええ。宗教感覚が強いので現代の人にはいまいちぴんと来ないかもしれませんが、
昔の人は死を終わりとは考えていませんでした。
この世からは去るけれども、別のところへ行くのだと。
つまり葬儀とは、この世から分離した個が
十全にあの世へと統合されるために行われる通過儀礼です。
四十九日とは、その移行期間の日数を表しています。
チベット仏教では、死者が迷わぬよう
期間中ラマ<僧>が経を唱え続ける習慣があるそうです。
また通過儀礼の中には痛みを伴うものも多く、
男性器の包皮を切除する割礼などはその典型例と言えるでしょう。
他にも入れ墨や鞭打ち、自ら毒を飲むといった我々から考えると凄惨な儀式が、
地上のどこかではいまなお行われているそうです。
そしてそれらの痛みは既存の個を破壊すること――
すなわち『死』の暗喩であると言われています。
『誠に誠に、汝に告ぐ、人あらたに生まれずば、神の国見ること能わず』」
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385 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:54:54 ID:9wN2kVL.0
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急に厳かな声色を作るモララーに、キュートは思わず彼を見た。
モララーはその効果がうまくいったことに気を良くしたのか、
楽しげに含み笑いをもらしている。
o川*゚ぺ)o「なんですか、それは」
たずねる声が、少々ぶっきらぼうになった。
( ・∀・)「聖書に記された聖句です。とある文化史家の言葉を借りれば
『いかなる被造物といえども、己の存在を否定せずして
より高いグレードの自然へ到達することは不可能だ』となります。
人は生きながらに死を経て、あらたなる生命として
生まれ変わることにより大きな存在へと変化していく。
それこそが通過儀礼、本来の役割です。
ここからが本題です。素直も大名や公家といった権力者――
人の上に立つべく定められた者たちのための通過儀礼を司っていました。
その通過儀礼で分離させるのは個という意識そのもの。
そして破壊し尽くされたそれを万物――
すなわち彼らの言う“太梵”へと統合――あるいは自己と同一であると
“認識<グノーシス>”させることを目的としていたそうです」
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386 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:56:09 ID:9wN2kVL.0
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太梵。再び現れたその言葉に、キュートは息を呑む。
( ・∀・)「ただしこの儀式には大変な危険が伴ったそうです。
月――下手をすれば年単位の長い時間を精神の戦いに捧げた者の多くは
自我を崩壊させ、精神に酷い障害を負ってしまいました。
ここにおもしろいデータがあるのですが、重度の統合失調症患者の脳波は、
幻覚剤摂取者のもの、そして徳の高い僧侶の瞑想状態のそれと酷似しているそうです。
いずれも大脳新皮質の活動を停止させていることに変わりはないのですが、
僧侶はそこから自然に復帰することができます。しかし後者ふたつ、
特に統合失調症患者がその状態から逃れることは中々できない。
素直がその理念とは異なる悪評――
呪いによって栄えたと噂される理由は、ここからきていると言えるでしょう。
相真の起こりも、通過儀礼に失敗した者を隔離するための施設として
建てられたのが始まりだそうです」
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387 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:57:36 ID:9wN2kVL.0
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デミタスも似たようなことを言っていたのを、キュートは思い出す。
治すためではなく、隔離するための施設だったと。
( ・∀・)「話を戻します。儀式に挑んだ者の多くは自我を崩壊させました。
それ故に素直では、精神の旅を先導する者、
儀式における司祭の役割を担う者を送るようになっていきました。
それこそが、素直家当主の役割です。
生まれながらに“太梵”を感じ取れる才に長けた者が、
歴代の当主に任命されてきました。
また代々の当主には女性が多く、いつしか素直家の当主には
女性がなるという不文律が生まれていたそうです。
ただし彼女たちはそのほとんどが短命であり、
通常齢三○と保たずにこの世を去っていったそうです」
o川*゚ぺ)o「三○……なぜ、なんですか?」
( ・∀・)「意識の深層と表層を何度も往復することは、想像以上に精神を磨耗するそうです。
途切れなく行われる自己破壊の旅のそのすべてに同行するわけですから、
その負荷も推して知るべしというものでしょう。
つまり素直家の当主――いえ、素直の女性とは、
生まれながらに使い捨てのバイパスとしての運命を課せられた存在なのです」
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388 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:58:49 ID:9wN2kVL.0
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バイパス――儀礼を受ける者と、太梵とをつなぐ役目、ということか。
使い捨ての女性たち。外側から見ればそれは、非人道的な行いなのかもしれない。
個人的な感情で言えば、やはり受け入れがたい話だ。
モララーも同様なのか、言葉遣いにどこか棘々しいものが混じっている。
けれど、疑問が浮かぶ。
o川*゚ぺ)o「素直クールは? 彼女はあの高齢で、まだあんなにも屹然としています」
( ・∀・)「彼女は例外ですから」
o川*゚ぺ)o「例外?」
モララーは答えなかった。
饒舌であったモララーが口をつむぐことで、車内は静寂に陥る。
( ・∀・)「……才を持たずに生まれた素直はね、人として扱われなかったそうです」
長い間の沈黙を破り、モララーが口を開いた。
表情はいつも通りだが、声のトーンが幾分か落ち着いている。
( ・∀・)「才無き素直の女が辿る運命は大体よっつ。下女という名の奴隷として生涯を終えるか、
分家である杉浦へ養子に出されるか、相真に死ぬまで――死んでからも幽閉されるか、
霊脈を通じ“太梵”へと還されるか」
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389 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:00:11 ID:9wN2kVL.0
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o川*゚ぺ)o「霊脈?」
また、知らない単語が出てきた。
疑問の声を上げる。
その声に対し、モララーはうなづいて答えた。
( ・∀・)「霊脈とは“太梵”につながる流れであり、
この地の地下深くで木の根のように張り巡らされているものです。
その一端は、いまも素直の屋敷の地下に続いています。
通過儀礼の舞台となる霊場としても扱われており、
ぼくの仮説が正しければプランクの壁を越える役割を果たしてもいる……。
そして内藤さん、おそらくはあなたの目的地もそこになるのでしょう」
モララーはそう言って、再び口を閉ざした。
しぃは太梵へ還ると言っていた。
ハインの痛みを肩代わりした上で、杉浦しぃという全存在をかき消すために。
素直の地下にある、霊脈。そこが、目的地。私たちの幼年期と、決着をつける舞台。
それにしても、と、キュートは思う。
この人はなぜ、素直の事情についてこんなに詳しいのだろうと。
だが、その疑問を口に出すことはできなかった。
キュートが口を開くよりも先に、モララーが話しかけてきた。
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390 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:01:47 ID:9wN2kVL.0
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( ・∀・)「内藤さん、いまのうちに靴を履いておくことをお勧めします」
o川*゚ぺ)o「えっ?」
( ・∀・)「面倒がやってきました」
モララーが言い終わるよりも前に、キュートにも聞こえてきた。
甲高いサイレンの音。次いで、点滅する赤色灯の明かりがサイドミラーに反射する。
パトカーだ。明らかに、キュートたちが乗っている車を追いかけている。
その目的はスピード違反の取り締まりか、それとももっと重大な何か――?
何にせよ、ここで捕まるわけにはいかない。
しかしどうやって逃れればよいのか。
仮に背後で追う一台を振り切ったところで、別の車両に阻まれるだけだろう。
素直の屋敷はどこにあるのか。あとどれほど掛かるのか。
( ・∀・)「内藤さん、山の上にある建物が見えますか?」
促され、山の上に視線を向ける。
モララーの言うとおり、木々の陰に隠れながらも大きな建物の姿が確認できた。
( ・∀・)「あれが素直の屋敷です。
ここから山道を突っ切っていけば、十分足らずで到着します。
……内藤さん、あそこで待つ素直を宜しくお願いします」
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391 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:02:42 ID:9wN2kVL.0
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モララーが話し終えるのと同時、視界が横に回転した。
急激な速度で、周囲の光景が横に伸びる。
何度も、何度もぐるぐる周り、周り、そして、衝撃とともに、止まった。
その衝撃の反動か、モララーの操作によるものか、両側の扉が羽のように開き上がった。
車両が路側に突っ込んでいるせいで、キュートの側の扉は木々に阻まれ半開きとなっている。
ちょうど、周囲からの視線を遮断するような形に。
キュートが動き出すよりも先に、モララーが車を降りた。
両手を上げて、道路の真ん中へと歩んでいく。わざと注目を集めるみたいに。
追いかけてきたパトカーのライトが、モララーを映した。
モララーは笑って一度、それと気づかれないわずかな動作で、こちらを見た。
そして片目をつむり、気障ったらしく、実にモララーらしくウィンクをした。
それが合図となり、キュートは走り出した。
舗装されていない山道を、目的地目指してただがむしゃらに登っていく。
水気を含む苔に足を取られ転び、
突き出た枝葉にほほを切りながらも勢いを弱めず、
走って、走って、走っていった。
そして、キュートは到着する。
小高い丘のように巨大で厳かな、
その主と同じ空気を醸す場所、素直の屋敷へと。
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392 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:04:33 ID:9wN2kVL.0
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キュートは近づいていく。その入り口へと。一歩、一歩、着実に。
そして、気づく。入り口の門前、薄暗闇に紛れた人影が立っていることに。
その人影は、キュートへと近づいてきた。一歩、一歩。
キュートも怯まない。もう怯まない。近づいていく。一歩、一歩。
二人の足が、止まる。
影の姿が、露わになる。
その視線を、キュートは正面から受け止める。
川 ゚ -゚)「お待ちしていました」
聳える怪老――素直クールが、いま、キュートの眼前に屹立した。
.
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393 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:05:30 ID:9wN2kVL.0
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※
川 ゚ -゚)「こちらです。ついてきなさい」
まるでお化け屋敷だ。
素直の屋敷に入ったキュートの第一印象が、これだった。
蝋燭に火を灯した素直クールに案内され、キュートは屋敷の中へ入った。
広い。途方もなく。外観からもその巨大さは予想できたが、
その内部は想像以上に広く、それ以上に複雑な作りをしていた。
人が住むことを考慮していないかのような、まるで、旧閉鎖棟のような。
あるいはこれも、儀式的な意味のある形状なのかもしれない。
それにしても――。
邸内はやたらと埃っぽく、異様に荒れていた。
それに、人の気配がしない。
人が日常的に生活している、その痕跡がまるで見られない。
もしかしたら、素直クールは一人でここに住んでいるのだろうか。まさか。
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394 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:07:08 ID:9wN2kVL.0
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川 ゚ -゚)「杉浦しぃは言いました。内藤キュートが自分を追ってここまで来るだろうと」
o川*゚ぺ)o「しぃが?」
川 ゚ -゚)「そしてそれを止めて欲しいとも、頼まれています。
頼まれなくとも素直の主として、太梵へ還ろうとしている者の邪魔を見過ごすことはできませんが」
身構える。迷路上の屋敷内、迷わせようと思えばいくらでも可能であろう形状。
周囲の空間が、素直クールの持つ蝋燭の火のゆらぎに合わせ、
キュートを取り囲むように歪んだ錯覚に陥る。
川 ゚ -゚)「安心なさい。地下へ続く道までは、間違いなくご案内します」
キュートの思考を見透かすような、クールからの一言。
背中を向けたこの状態でも、あの鉄面皮に違いないと容易に想像できる。
o川*゚ぺ)o「……信用して、いいんですよね?」
川 ゚ -゚)「私は素直クールです」
それだけ言うと、素直クールは再び歩き出した。
いまは他に、手掛かりもない。キュートも黙ってついていく。
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395 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:08:24 ID:9wN2kVL.0
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やがて二人は開けた部屋へと到着した。
部屋の中央には、丸いテーブルが置かれており、
それを壁沿いに無数に並んだ蝋燭が照らしている。
他の場所よりも一層重苦しく、息が詰まりそうになる空間。
そしてその奥には、厳めしい鉄の扉が道を塞いでいる。
川 ゚ -゚)「杉浦しぃはあの扉の向こうへ行きました。
ですがあの扉には、鍵が掛かっています」
そう言いながら、素直クールは腕を伸ばした。
その手の先には銀の輪っかと、その輪っかから垂れ下がる、
一本の鍵が揺れていた。
川 ゚ -゚)「そしてこれが、その扉を開くための鍵です」
素直クールは鐘を鳴らすような仕草で、鍵を揺らした。
見せつけるように。いや、わかっている。彼女は明確に、見せつけている。
キュートを食いつかせるための、餌として。
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396 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:09:04 ID:9wN2kVL.0
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o川*゚ぺ)o「……条件は、なんですか」
わかっていようと、退路はない。前へ進む。
川 ゚ -゚)「一方的な要求は好みません。内藤さん、賭をしましょう」
素直クールは中央のテーブルに手を付き、
そこに置かれた小さな箱から何かを抜き出した。同型のカードの束。
トランプ。
川 ゚ -゚)「あなたが勝ったら、この鍵をお渡しします。ですが負けたときは――」
o川*゚ぺ)o「旧閉鎖棟の牢獄へと帰れ、ですか?」
川 ゚ -゚)「いえ、もはやあなたにその必要はない。
もしあなたが負けたときには、内藤キュート。あなたには――」
素直クールの持つ蝋燭から、灯る明かりが、かき消えた。
川 ゚ -゚)「素直を継いでもらいます」
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397 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:09:47 ID:9wN2kVL.0
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勝負は開始される。
ポーカー勝負。
ルールは前回と同じ、持ち点十の奪い合い<サドンデス>。
コール。
レイズ。
レイズツー!
キュートは下がらなかった。
前へ、前へと、闘志を全面に押し出した強気の姿勢で戦いに臨む。
滅多なことではドロップせず、勝負に挑んだ。
対する素直クールは、いなし、受け流し、
確実に勝てる勝負だけを拾っていく戦法。
勝ち数こそ少ないものの大きな負けはなく、
一回の勝負で負け分を一気に取り返していく。
勝負は一進一退。
現在は十三対七とわずかにキュートがリードしているが、
勝負はどちらに転んでもおかしくない長期戦の様相を呈していた。
だがその中でキュートは、何かいい知れない違和感を、この勝負に抱いていた。
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398 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:10:37 ID:9wN2kVL.0
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川 ゚ -゚)「今回は、私の勝ちですね」
チップ代わりのマッチが、素直クールの手元に引き寄せられる。
これで十一対九。わずかにキュートが勝っているが、
その差はほぼないものと見て相違ないだろう。勝負はまた、振り出しに戻された。
そう、また。
川 ゚ -゚)「あなたはなぜ、しぃに会おうとするのですか」
次戦のカードを配りながら、素直クールが話しかけてきた。
キュートは受け取った手札を確認しながら、答える。
o川*゚ぺ)o「しぃを止めるためです。彼は死のうとしている。
看過することはできません」
川 ゚ -゚)「それが彼の望みだとしても?」
素直クールが、卓上に三枚のカードを伏せる。
そして伏せた枚数だけのカードを、山札から抜き取った。
それを確認したキュートは、自分も三枚のカードを卓に伏せる。
o川*゚ぺ)o「私は、母を憎み、その憎しみを成就するために精神科医を目指しました。
けれどいまは、それが間違いだったとわかります。
間違った前提からは、間違った望みが生まれる。
すべての真実を知った上で彼が自殺を望むのなら、
それを止める権利は私にないのかもしれない」
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399 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:11:24 ID:9wN2kVL.0
-
カードを引く。役が揃う。
キュートはカードから目を切り、素直クールに視線を向ける。
o川*゚ぺ)o「だけど彼は違う。
彼はあやふやな私から生じた、あやふやなしぃです。
彼が彼という個と真に向き合うために、
私はこのあやふやさと決着をつけなければならない。
そのために私は彼と、しぃと、
そしてハインと会わなければならないんです」
川 ゚ -゚)「本当の自分などというものはありませんよ。
すべては太梵という無形の織物が、
その時々に表す形象に過ぎないのですから」
素直クールが、コールを宣言する。
川 ゚ -゚)「ひとつひとつの生に意味などありえません。
個に固執することは、悲劇の始まりです」
o川*゚ぺ)o「それじゃあなたは、何のために生きているんですか」
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400 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:12:26 ID:9wN2kVL.0
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対するキュート、レイズツーを宣言。
川 ゚ -゚)「私の意志など関係ありません。私は状況に従うだけ、です」
それに対し、素直クールはドロップを宣言。
この一戦はキュートの勝利となり、チップ数の比率は、
十二対八、場に置かれたチップはキュートのところへ移動することになる。
だが、キュートは固まったまま、
場に置かれた二本のチップに手を伸ばそうとはしなかった。
川 ゚ -゚)「どうしました?」
素直クールの問いにも、キュートは反応しない。
冷静に、冷静に、彼女との問答を吟味する。
彼女の戦い方を、それによって導かれた結果を分析する。
初期の比率を維持したまま、ほとんど変動することのないチップの枚数。
大きな勝負に出ると、必ずといっていいほど逃げに回る素直クール。
状況に従うといった彼女。そして彼女の名は、素直クール。素直の主。
やがてキュートは、ひとつの結論に至る。
o川*゚ぺ)o「違和感の正体がわかりました。
素直クール、あなたは勝つつもりも、負けるつもりもないんですね。
あなたはただ、勝負を引き延ばすことだけを考えている」
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401 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:13:27 ID:9wN2kVL.0
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素直クールのまぶたが、ゆっくりと閉じられた。
枯れ木のような身体が、きしりと堅い音を立てる。
川 ゚ -゚)「それが素直家当主としての役目ですから。
杉浦しぃがその目的を完遂できたならば、それが私の勝利です」
o川*゚ぺ)o「違う」
素直クールは、キュートの言葉を肯定した。
けれど、それだけではない。それだけではないはずだ。
この人はいま、しぃの目的の完遂が自分の勝利だといった。
それも間違いだと、キュートは直感した。
なぜならこの人は、その役割に従っているだけだから。
“この人自身の願望”が、そこには含まれていないから。
o川*゚ぺ)o「素直クール、あなたはいったい、何を望んでいるんですか?」
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402 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:14:59 ID:9wN2kVL.0
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そもそもこの人は何故、私に素直を継げなどと言ったのだろう。
ただの脅しだろうか。しかし脅しにしては、弱い。
確かにモララーから素直の実状を
聞かされたばかりのキュートには、多少の脅しの効果は認められた。
しかし何も知らない者に素直を継げと言ったところで、
不気味に思いこそすれそれ以上のダメージになるとも思えない。
そして素直クールが、キュートとモララーの会話を聞いていたとも思えない。
以前のように”死んでも”幽閉し続けるなどと言った方が、余程脅しになる。
であればこの条件には、何かしらの意味があると考えられる。
だが、素直クール自身が言っているように、彼女に勝つ気がないのは明白だ。
彼女はキュートに、素直を継いで欲しいのか、
それとも決して“継がないで”欲しいと願っているのか。
川 ゚ -゚)「私は素直クールです。それ以上でも、以下でもありません」
o川*゚ぺ)o「それじゃあ何故、私を助けたんですか?」
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403 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:16:01 ID:9wN2kVL.0
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答えにならない答えの素直クールへ、さらに問いを重ねる。
考えてみると、この人の言動はいつもあべこべだ。
あの時、旧閉鎖棟でポーカー勝負をした時。
素直クールはキュートにいくつもの問いを投げかけてきた。
あの時は自分のことで精一杯だったが、いまは違う。
あの時素直クールは、キュートに対して紛れもない治療行為――退行療法を行っていた。
彼女の行為は間違いなく、キュートの精神の改善を目的としたものだった。
死してなお幽閉させ続けるようとした相手に対して。
他にも旧閉鎖棟という呪力うずまく空間に自ら誘って(いざなって)おきながら、
不用意に周囲に触れるなと呪いから遠ざけるような行動を取ったり。
しぃに関する態度もおかしい。
しぃの為に旧閉鎖棟の解体を延期させておきながら、
治療の為に送り込んだのが半人前の学生と、治療意志のない新人医師の二人。
本気でしぃを治そうと考えていたとは思えない組み合わせだ。
ただただ問題を先へ、先へ送ろうとしているだけにしか思えない。
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404 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:17:18 ID:9wN2kVL.0
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そもそもにして、この勝負自体がおかしい。
素直クールに勝つ気がないのなら、彼女にこの勝負で得られるメリットなど何もない。
彼女はキュートの下へ行かせないことが自分<素直>の勝利だと言っていた。
だとしたら、ポーカー勝負などせず、キュートが何をしようと突っぱねてしまった方が確実だ。
ギャンブル性のあるゲームにおいて、絶対などありえない。
負けないことだけを念頭においた戦い方は確かに手堅いが、それでも紛れはある。
素直クールの行いはまるで、
まるで万が一という可能性を残しておきたいがために、
あえて不確実な方法を選択したような――。
そこまで考えたとき、キュートの頭に、一つの回答が結実した。
o川*゚ぺ)o「本当はあなた、素直という家を憎んでいるのではないですか」
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405 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:18:07 ID:9wN2kVL.0
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素直クールが、トランプの山に手を置こうとした。
キュートはその上に自分の手を重ね、ゲームを始めることで
うやむやにしようとする素直クールの目論見を阻止する。
o川*゚ぺ)o「私にはあなたが、無理に素直を演じているように思えます。
何故かはわからないけど、感じるんです。
その無表情はただの仮面だって。
素直クール、もしかして、あなたは――」
キュートは思い出す。
夢の世界で、真実に向かうことも、甘い幻想に帰ることも選べずに影の子供――
しぃを抱きしめどっちつかずの場所に立ち止まっていたことを。
自分が何をしたいのか、見失っていた時のことを。
ただの投影なのかもしれない。見当違いの思いこみなのかもしれない。
しかしキュートは確信する。この人は、あの時の私と同じなのだと。
この人は、素直クールは――。
o川*゚ぺ)o「自分が何をしたいのか、わからなくなっているんじゃないですか」
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406 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:19:02 ID:9wN2kVL.0
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言い終わると同時、キュートは手持ちのチップ“すべて”をむんずとつかみ、
卓上に残したままのチップ二本の上へ、強く叩きつけた。
川 ゚ -゚)「……何の真似ですか」
つかんだままの素直クールの手を借り、
山札から交互にカードを配っていく。
一枚、一枚、二枚、二枚、三枚、三枚……。
o川*゚ぺ)o「決着をつけましょう、素直クール。
私はこの一勝負に、全チップを賭けます」
四枚、四枚、五枚、五枚。
配り終え、素直クールの手を離す。
川 ゚ -゚)「私が受けるとでも?」
散らばった五枚のカードを手元に引き寄せる。
五枚全部をひとまとめに束ね、そしてそのまま――。
o川*゚ぺ)o「受けさせます。私の手札は――」
伏せた。
o川*゚ぺ)o「このままで結構ですから」
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407 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:19:48 ID:9wN2kVL.0
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川 ゚ -゚)「……カード交換の権利を放棄すると?」
o川*゚ぺ)o「はい」
素直クールは配られたカードを前に、しばらく動かずにいた。
枯れ木が風の凪いだ場所で立ち尽くすように。
しかし風は、いつだって吹きすさぶものだ。
灯った蝋燭の火のすべてが、ふわりと揺れた。
それと共に、素直クールの手が動いた。
素直クールはキュートと同じように五枚のカードを束ね、
自分の手元へ引き寄せ、持ち上げ、それをそのまま、
“確認することなく”山札の上へ戻そうと――。
o川*゚ぺ)o「あなたの言うことを、何でもひとつ聞きます」
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408 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:20:38 ID:9wN2kVL.0
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素直クールの動きが、止まった。
o川*゚ぺ)o「勝敗に関係なくです。あなたがこの条件を飲み込んだら、
何でもひとつあなたの言うことに従います。
素直を継がせたいというなら、それに従います。
その上で私が、全部変えてみせます」
キュートは素直クールが怖かった。
得体の知れない、自分とは異なる理で行動するその未知の生命が。
けれど、いまはもう、怖くない。素直クールが――クールが何者なのか、わかったから。
キュートは目の前の枯れ木の化身ではない、
確かなる人間、その人を見つめた。
o川*゚ぺ)o「クール。あなたはこれでも、選択を放棄しますか」
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409 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:21:24 ID:9wN2kVL.0
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――卓上に、キュートとクールの手持ちを合わせた――
二十本すべてのチップが乗せられた。
o川*゚ぺ)o「ノーチェンジ」
カード交換の権利を放棄したキュートは、当然ノーチェンジ。
それがどんな手札なのか、役が揃っているかどうかも不明のまま、
勝負の開始から間髪おかずに宣言する。
対するクールは、長考していた。
手が迷っている。三枚のカードをつかんだ。
それを捨てるのか。
しかしクールはそのままの格好で硬直し、やがて手を離し、
手札から一枚だけを抜き取った後、それを場へと伏せた。捨てた分のカードを引き入れる。
その表情からは、役が揃ったのか、揃わなかったのか、判別できない。
けれど、もう、そんな次元の話ではないのだ。
キュートは手を開こうとする。
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410 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:22:20 ID:9wN2kVL.0
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川 ゚ -゚)「いまなら」
クールの声が、キュートの動きを遮った。
彼女の視線は手元のカードに向けられ、
まるでキュートから目を逸らしている様子だった。
川 ゚ -゚)「いまなら、勝負の破棄も受け付けます。
先にあなたが述べた馬鹿げた条件についてもです。
あなたが勝つ可能性は低い。無為に敗北を重ねる者の姿は、見るに忍びません」
o川*゚ぺ)o「私は――」
キュートは目をつむり、カードを握った手を、胸の前に寄せた。
父の消えた胸に。母の宿った胸に。そして――。
o川*゚ぺ)o「私は、前へ進みます」
カードを、開いた。
その内訳は――
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411 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:23:04 ID:9wN2kVL.0
-
3
7
ダイヤのキング
ハートのキング
スペードのキング
キングの、スリーカード。
役は、入っていた。
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412 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:23:44 ID:9wN2kVL.0
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o川*゚ぺ)o「あなたの番です」
――クールは、手を開かなかった。
トランプにも、チップにも触れずに、懐へ手を潜らせ、
手札の代わりとばかりに、卓上へ、
鉄製の、重く、無骨な鍵を、静かに置いた。
川 - )「行きなさい」
クールはそれきり動かなくなった。
眠ったようにも、死んだようにも見えた。
キュートは鍵を取った。
一本の蝋燭を蝋燭立てに乗せ、それを片手に扉を開いた。
キュートは前へと進む。しぃが、ハインが待つ、その場所に向かって。
前へ。
.
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413 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:24:43 ID:9wN2kVL.0
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キュートが地下へ降りた後、クールは自分の手札を開いていた。
その内訳は、
3
3
10
10
ハートのクイーン
3と10のツーペア。
クールの負けに間違いない。
だが。
積まれた山札に意識を寄せる。
あの山札の上二枚は、クローバーのクイーンと、ダイヤのクイーンだろう。
場に捨てたカード7と共に、手札の3二枚を交換していれば、
クイーンと10のフルハウスが完成していた。
クールは自嘲の笑みを漏らした。
あの人ならば、迷うことなく引けただろう。
ギコの言うとおり、結局私は失敗したということか。
どこまでも、私は出来損ないということか。
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414 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:25:39 ID:9wN2kVL.0
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「どうやら彼女について調べたのは、珍しく正解だったようですね」
人影が、クールのいる広間へと進入してきた。
彼はそのままクールに近づき、キュートの座っていた椅子に腰を下ろした。
( ・∀・)「態度が変でしたからね、すぐにぴんと来ましたよ。
あなたは非道を行える人だが、肉親に対してはすこぶる甘い。
生贄にするつもりだったのはむしろ、杉浦しぃの方だったのですね?」
川 - )「……モララー。私を嗤いに来たのですか」
モララーはクールの自嘲的な言葉に取り合わず、
山札から一枚一枚、カードをめくっていった。
そして目的のカードを見つけたのか、それを表にして、卓の真ん中に置いた。
( ・∀・)「ぼくはね、これになりたいんですよ」
モララーが置いたカードは、ジョーカー。
オールマイティカードの、道化。
彼はクールの手札にも手を伸ばし、
ハートのクイーンと、卓上のジョーカーを交換する。
クールの手元には、ジョーカーの混じったフルハウスが、ツーペアよりも高い役が揃う。
( ・∀・)「民主主義や社会主義といった古き時代の主義主張、
あるいはあらゆる宗教が目指しながら成し得なかった境地。
全人類の進歩を、『素直』のやり方ではなく、ぼくの手段で成し得たい。
それがぼくの夢です。
その夢にはあなたも含まれているのですよ、クールおば。
いえ――『ヒート母さん』」
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415 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 20:27:14 ID:9wN2kVL.0
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散らばったトランプを一つに整え箱にしまうと、モララーは立ち上がった。
彼の動きに合わせて、蝋燭の火が揺れる。
( ・∀・)「ぼくの手段は失敗しました。
けれどそれで、夢そのものが潰えたわけじゃない。
手段に間違いがあったなら、別の手を試せばいい。ぼくは次へ進みます。
あなたは、どうしますか」
モララーは去った。
後には一人の老婆だけが残された。
老婆は何をするでもなく、揺れる蝋燭の火をぼんやりと眺めていた。
何をするでもなく。
ただ、火を。
揺れる灯を――。
私は――。
.