o川* ー )o幼年期が終わるようです

《 四 》

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344 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:12:57 ID:9wN2kVL.0
『ママ<くるう>は何故パパ<モナー>を殺したのか。
 その理由を、あなたは現実をねじ曲げでっちあげた。
 すなわちその歪みこそが、パパという人物像。
 無条件に私<キュート>を愛してくれる父親。

 パパは私<キュート>を愛し、私<キュート>もパパを愛した。
 相思相愛で入る隙間がないほど統合された不可分の二人。
 くるうは、二人の関係を妬み、その妬みからキュートを憎み、
 その憎しみは殺意にまで発展した――ことにされた。

 そしてあなたもまた、己が生み出した物語に従い
 “大好きなパパ”を奪ったママを憎んだ。
 そうすることで心の平衡を保ったんだ』

345 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:13:39 ID:9wN2kVL.0
けれどそんな感情、すぐに風化する。

『普通はそうなのかもしれない。
 けれどあなたは、あなたが考えている以上に周到だった。
 あなたは母を忘れぬよう、長期的な目的を設定した。

 母の憧れる母の母、祖母のように人の心を癒し治す人物になること――
 つまり、精神科医になることを目的とした。
 その目的を目指している限り、母への意識が途切れることはないから』

346 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:14:59 ID:9wN2kVL.0
それでも、挫折する時はくる。

『そう、あなたは幾度も挫折しかけ、精神科医になることを――
 すなわち母への執着を手放す状況に迫られた。けれど結果は現状の通り。
 あなたは執着を失わずにここまで来た。それは何故か?』

347 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:15:41 ID:9wN2kVL.0
ママ<くるう>が、私の前に現れたから。

『あなたが精神科医を諦めかける度、彼女は現れた。
 今も尚あなたを憎んでいると表明するように、
 あなたの水中へのトラウマを喚起する形で。

 杉浦しぃの治療を諦めかけた時も、素直クールの取引を躊躇ったときも、
 相真への出願を迷った時も、そして――

 養父母を己の両親として受け入れようとした時も』

私の前に初めて呪いが現出した瞬間。
倉田キュートにこだわることをやめ、内藤キュートになろうと思った時。
この人たちの子供になろうと思った時。

“私”の気持ちが、変わろうとした時。

348 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:16:26 ID:9wN2kVL.0
『いまやもう、あなたにも答えはわかっているはずだ。
 倉田くるうはあなたを憎んでなどいなかった。
 むしろあなたが罪に押しつぶされぬよう祈り続けていた。

 あなたを憎むママは、あなたが生み出した虚像だ。
 存在しないものだ。存在しないものは、あなたを呪えない。
 呪いをかけた者は他にいる。身近な他者。遠い自己。あなたを呪ったのは――』


――私を呪ったのは、私自身。
母<くるう>の祈りを、私自身が呪いに転化させた――。


『すべての中にすべてがあるように、あなたの中にもすべてがある。
 そこから何を抽出するかはあなた次第。世界はあなたの形をしている。
 あなたはなぜ、呪いの鍵に精神科医という在り方を選んだのだろう』

349 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:17:07 ID:9wN2kVL.0
やめてよ。
それだけはやめてよ。
母が私を憎んでいなくとも。
私は違う。
私は母を憎んでいなければならないんだよ。
私は、私だけは――。
だって、そうしなければ――。

『あなた自身も気づいているはずだ。“精神科医になることが復讐に能わない”ことを。
 母が憧れるもついぞ成れなかったもの――それに成ることで復讐を目指すなんて、
 破綻した論理だって。だからあなたは、素直クールの問いにも答えることができなかった。

 あなたの無意識はもっと素直に求めた。母が憧れるも成れなかった存在にあなたが成ることで、
 母の願いをあなたが代わりに叶えることで、今度こそ、今度こそ――母に、褒めてもらいたいと。
 あなたは心の底では、母を憎みきることができずにいたんだ』

350 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:17:57 ID:9wN2kVL.0









ひどいよ。

『どうして?』

私は憎まなければならないのに。

『なぜ?』

憎まなければ、私でいられないのに。

『倉田キュートでいたい?』

倉田キュートでなきゃ、幼いままでいられないのに。

『幼いままでいたい?』

幼いままでいることが、私の望みなのに。

『ぼくがあなたの望み<アニムス>だよ』

ハインの望みなのに。

『どうしてハインにこだわるの?』

351 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:18:44 ID:9wN2kVL.0



……わからない。

『わからない?』

わからない。
わからないよ。

でも、こうする以外ハインに報いることはできない。
それだけはわかる。

だってハインは死んでしまったから。
死んでしまった人にはもう、会えないから。

『ハインは生きてるよ』

……えっ?

『生死の境をさまよっているのは確かだよ。
 けれど彼女を愛する人の最後の抵抗によって、一命を取り留めている』

ハインは助かるの?

『それはわからない。彼女自身が目覚めることを求めていないから』

352 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:19:36 ID:9wN2kVL.0
なぜ?

『一度目覚めてしまえば、抱えきれないほどの辛い現実が襲いかかってくるから。
 彼女の生み出した彼女自身の世界と対面しなければならなくなるから。
 だからハインは幸福な過去、穏やかなる原初の眠りへの逃避を望んでいる』

それがハインの望みなの?

『それはすべての生命が抱える願望でもある。同時にそれは、
 ハインという存在を表す極一部の面に過ぎないともいえる』

よくわからない。
あなたの言葉を理解しきれない。

『あなたはハインを救いたい?』

救えるの?
 
……ううん、違う。
救いたいと問いかける、あなたは誰なの。
私の知らないことを語る、あなたは誰なの。
あなたは――

353 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:20:18 ID:9wN2kVL.0




































あなたが、杉浦しぃなの?

354 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:20:59 ID:9wN2kVL.0



星が。
星が瞬いていた。
粒子状に散りばめられた星々が。
生命の星が。

星はその存在を主張するように自らを輝かせながら。
その輪郭を曖昧に、周囲の星とつながっている。
個と多の境を曖昧にして。
光と色とでつながっている。

まるで張り巡らされた充天の網。
ひとつとなりて形を表す織物。
どれもがつながっている。
ただのひとつも欠けることなく。
そのどれもが。

――私にも。

355 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:21:57 ID:9wN2kVL.0
(*-ー-)「ぼくは――個の欠片」

星の瞬くその中心。光の渦に影の取り払われた影の子供。
その真実の姿が、キュートの目の前に、在った。

(*゚ー゚)「真実を直視し幼児期からの脱皮を成し遂げたいと願うあなた。
     真実を回避し幼児期の固着を望むあなた。
     その相反する心理的葛藤の反映として表れた相が、ぼくです。

     ぼくは“あなた<キュート>によって規定された”杉浦しぃです」

杉浦しぃは、星々の織物から隔絶され、その身を虚空に漂よわせていた。
ただ、キュートとだけつながって。

(*゚ー゚)「ありがとう」

杉浦しぃの小さな身体が、キュートにぴとりとふれた。
その瞬間、キュートは自分にも肉体<個>が存在することに気づいた。

(*゚ー゚)「あなたがぼくに名を与えてくれたおかげで、
     ぼくは個を取り戻すことができました。意志持てる個に。

     けれどこの個は、一時的な形象です。時が経てばこの杉浦しぃは消滅し、
     再び意志を持たない“存在”へ還ってしまうでしょう。
     だから、急がなければなりません」

o川*゚ぺ)o「急ぐ? 何を?」

(*゚ー゚)「ハインの救出を」

356 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:22:43 ID:9wN2kVL.0
しぃの姿が一瞬、薄らいだ。

(*゚ー゚)「ハインはいま、がんじがらめになった関係の糸から目を背けるために、
     現実へ回帰することを拒んでいます。ぼくがその糸を断ちます。
     彼女の悲しみや苦しみの原因を肩代わりした杉浦しぃという全存在を、
     太梵の海へと還します」

o川*゚ぺ)o「それでハインは助かるの?」

(*゚ー゚)「わかりません。彼女の意志がそれでも現実を拒んだら、
     目覚めることはないかもしれません。
     あるいはいまのハインとは異なる存在が目を覚ます可能性もあります。

     けれど、このまま放っておけば彼女は絶対に目覚めない。
     あなたがハインと接触する機会――あなたの執着を解決する機会も、
     永久に失われてしまう。だからぼくは、いきます」

杉浦しぃの言葉はむずかしくて、よくわからない部分も多い。
けれど彼の行いによってハインが帰ってくるなら、それは喜ばしいことだ。
私はもう一度、ハインに会いたい。そう思っている。

ただ、気がかりな事もある。
しぃは『太梵』と言っていた。
太梵。素直クールも口にしていた、その言葉。
“すべて”のイコール。しぃはハインの痛みや苦しみを引き受けて、そこへ還るという。

357 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:23:24 ID:9wN2kVL.0
心地の悪い動悸が、気分を歪める。
しぃとつながった光が、不自然に揺れる。
しぃの姿が、再び薄らいだ。
まるで、そのまま消えてしまうかのように。

(*゚ー゚)「気にすることではないんです」

穏やかなしぃの声。
しかしその穏やかさが、却ってキュートの心を煽る。

(*゚ー゚)「ぼくの在り方は元々歪で不自然なものだったんです。
     周囲の糸をほつれさせ、その流れを停滞させてしまう。
     命を淀ませてしまう。

     ぼくはすべての生命に対する災厄なんです。

     ですから杉浦しぃという存在が消滅し自然な形で太梵へと回帰することは、
     誰にとっても喜ばしいことなんです」

しぃの言うことが、キュートにはよくわかる。
しぃはこう言っているのだ。ぼくは罪深い存在だと。
ぼくはいらない存在なのだと。

私が母の前で、“ママは私がいらないんだ”と叫んだように。
“いなくなってやる”と思ったように。

だから、それは、つまり――。

358 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:24:15 ID:9wN2kVL.0
o川* へ )o「あなたが、なくなるってことでしょう……?」

(*゚ー゚)「はい」

杉浦しぃは、笑顔だった。
かわいい笑顔。
理知的なのに、
あどけなさも残る、
子供の顔。

o川* Д )o「だめ」

許されない、と、強くそう思った。
自分でも理解できないくらい、強く。

ただ。

すべての光がつながったこの世界で。
何ともつながらず、ひとりぽっちで漂うこの子を見ていると。
ただ私とのつながりを頼りに存在する彼を感じると。
そう、思わずにはいられなかった。

キュートはしぃに手を伸ばした。
光の先へと手を伸ばした。
その時だった。

瞬く星々の一部が突然に、その光を閉ざした。

359 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:25:26 ID:9wN2kVL.0
(* ー )「ありがとう」

光の先のしぃが、遠ざかる。
キュートの手の届かない場所まで離れ、その形象が薄れていく。

(* ー )「ぼくに、恩返しをする機会をくれて」

o川; Д )o「恩返し?」

( ー )「そうです。あなたへの恩返し。
     あなたからもらった恩を返すことができる。
     人の役に立って消えることができる。
     ぼくという在り方において、こんなに満たされた最後は奇跡なんです」

しぃが話している間にも、星々の光は次々と失われていた。
暗闇がその圏を拡大していく。しぃの姿が、ますます遠ざかっていく。

「どうして!
 私、あなたたが喜ぶことなんて何もしてない!
 それどころか都合のいい道具としてあなたを扱った!
 憎まれこそすれ、感謝されるようなことなんてしてない!」

「そんなことないです」

いまやキュートとしぃをつなぐ糸だけが、頼りなげな光を放つだけとなっていた。
そして、その光も、また――

360 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:26:39 ID:9wN2kVL.0



  だって、キュート、あなたはぼくを――




キュートとしぃの糸が、途切れた。






                         ――抱きしめてくれましたもの。

















                       暗転。

361 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:27:23 ID:9wN2kVL.0
          ※




キュート!


目を開く。
まぶしい。
人工的な光で照らされている。
自分をのぞき込む三人の人物が確認できる。
焦点が合わない。三人が誰なのかわからない。

目を凝らす。
が、焦点が合うより先に、三人のうちの一人が抱きついてきた。
名を呼ばれた。

o川; Д )o「あっ……」

その人が誰なのか、わかった。理解した。
理解すると共に、涙があふれてきた。涙ににじんで、また視界がぼやけた。
ぼやけた視界の向こう、もう一人の人が誰なのかもわかった。
嗚咽混じりのあやふやな声で、キュートは二人を呼んだ。

o川*;Д;)o「おとおさん、おかあさぁん……!」

ξ;凵G)ξ「キュートのバカ! 心配させてぇ……」

息が苦しくなるくらいに強く、強く抱きしめられる。
母は泣いていた。それを見て、物理的な苦しさよりも、
締め付けられる胸の痛みに耐えられなくなった。

362 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:28:17 ID:9wN2kVL.0
o川*;Д;)o「ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい!」

ξ;ー;)ξ「もういいのよ、もう、あなたが無事なら……」

o川*;Д;)o「ちがうの! 私うそ吐いてた! 二人をだましてた! なのに――」

何食わぬ顔で二人の子供の振りをしながら、心の底では認めていなかった。
自分が“倉田”であることに執着する余り、
父<内藤ホライゾン>と母<内藤ツン>をないがしろにした。

その証拠となるこの、幼い身体。
“倉田キュートの姿”。

そんな私のために、母は涙を流してくれる。
私はずるいのに。うそつきなのに。
こんなにも私を愛してくれる人を、騙し続けてきた人間なのに。

あの一と多に境のない星々と触れたことで、私は知った。
すべては私だったのだと。
私の幼さが、私とつながる人々を追いこんだのだと。

母<くるう>も。
ハインも。
しぃも。

363 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:29:18 ID:9wN2kVL.0
そこまで考えて、キュートは気づいた。
杉浦しぃ。
彼は、どこ?

( ・∀-)「杉浦しぃなら、素直女史が連れて行きましたよ」

o川*;へ;)o「陣内院長……」

その場にいた三人目の人物は、
ここ相真大学病院の院長、陣内モララーその人であった。
そうか、この人が父と母に知らせてくれたのか。

( ・∀・)「驚きました。目を覚ますはずのない人物が目の前に現れ、
       あまつさえこのぼくに要求してくるのですから。
       内藤キュート、あなたを介抱してほしいとね」

モララーは相変わらの細長く形の良い手をあごに沿わせ、
気取った表情を取っている。

しぃ。
あれは夢などではなかった。
あの子は現実に目覚め、私に恩を返そうとしている。

364 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:30:37 ID:9wN2kVL.0
しぃの言う恩。それはきっと、夢の中の出来事。
行くことも戻ることもできなくなった私が、崩落に巻き込まれかけた彼を抱きしめたこと。

ただそれだけのこと。
それだけのことで、彼は自分を犠牲にしようとしている。
ハインを助けることで、私に報いようとしている。

消えようとしている。

ごしごしと、涙をぬぐった。

o川*゚ぺ)o「二人は、どこへ行ったんですか……?」

( ・∀・)「おそらくは素直の総本山、素直の者が代々受け継いできたお屋敷でしょうね」

o川*゚ぺ)o「私、行かなきゃ」

放っておくことなんてできない。
このまましぃを行かせたら、きっとそれこそ、私は私を永遠に赦せなくなる。

キュートは立ち上がり、出口に向かって歩き出そうとした。
が、その動きはすぐに止められた。

365 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:31:19 ID:9wN2kVL.0
ξ )ξ「行かせない」

腕にかかる負荷。母がキュートの腕をつかんでいた。
その瞳にはキュートを行かせまいとする断固とした意志が宿っており、
思わずたじろぎそうになる。

ξ )ξ「キュートが何をしようと思っているのか、母さんにはわからない。
      でもね、危険なところへ行こうとしてるってことくらいはわかるよ。
      キュート。これ以上、母さんを心配させないで」

母の心からの言葉。決意が鈍りそうになる。
思えば母からこんなに強く懇願されたことなど、今までになかった。
キュート自身、母を困らせるようなことを極力避けてきた。
迷惑をかけてはいけないと、心のどこかで思っていた。

キュートは向き直り、膝をつき、
そして、母と初めて、真正面から向き合った。

o川*゚ぺ)o「お母さん、前に言ってくれたよね。『あなたのしたいことをしなさい』って」

ξ; )ξ「それは……常識の範囲内での話よ。何でもしていいってことじゃないわ」

母は少し言い淀んでいた。携帯での電話。
聞かれているとは思わなかったのかもしれない。

366 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:32:10 ID:9wN2kVL.0
o川*゚ぺ)o「お母さん、そうじゃないの。
      私はいままで、自分が何をしたいかなんて考えたこともなかった。
      いまだって自分が何をしたいのか、本当のところはわからない。

      でもね、わかったんだ。何で自分が、そうなのか。
      自分が何を求めているのかもわからないのか。私は私を生きてなかった。
      自分の生み出した偽りに従って生きてた。

      私が私を生きるために、私が私を失わないために、
      きっと私は、しぃと会わなきゃいけないんだ」

ξ゚听)ξ「だから危険なところへ行くっていうの?
      素直クールのいる場所へ。認められない。あなたが何者かですって?
      そんなの決まってる。私とブーンのかわいいかわいい一人娘よ。

      その子のことは他の人に任せればいいじゃない。
      もっと相応しい人がいくらでもいるはずよ。あなたがわざわざ行く必要なんてないわ」

キュートは首を振る。

o川*゚ぺ)o「私じゃなきゃダメなんだ。あの子は言ってた。
      自分は“キュートに規定された杉浦しぃ”だって。

      あの子は私なんだ。この愚かで幼い私の分身。
      あの子の罪悪感は、私の自己否定の反映なんだ。
      私の幼さが原因で、あの子は死のうとしてるんだ!

      だから、私が変わればあの子も変わるかもしれない。
      あの子がいるから、私も変われるのかもしれない。
      そのために私はしぃと――ハインに会ってくるんだ」

367 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:33:35 ID:9wN2kVL.0
しぃは言っていた。ハインの苦しさを肩代わりすると。
それはきっと、ハインの心との接触を意味している。

どんな原理なのかはわからない。けれどキュートは、確信している。
しぃに会うことは、ハインとの再会も意味すると。
ハインと接触するしぃが、私とハインをつなぐ糸なのだと。

そしてハインこそが、幼年期の呪縛を解く最後のピースなのだと。

o川*゚ぺ)o「お母さん、私は、私の、私たちの幼年期と、決着をつけたい。
      幼年期を終えて初めて、私たちは自分を認められる気がするから」

キュートは口をつぐんだ。
話すべきことは、すべて話した。
あとは、母次第だ。

母の視線をまっすぐ受ける。
母も同じように、私の視線を受けている。
母は口を開きかけ、結局閉じた。

それは、ほんの僅かな時間だったのかもしれない。
けれどキュートには、もう何時間も母と視線を交わしているように感じられた。

いつ終わるともしれない視線の会話。
その均衡を破ったのは、キュートでも、母でもなかった。

368 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:34:29 ID:9wN2kVL.0
( −ω−)「ツン、行かせてやろう」

父の手が、母の肩を抱いていた。
柔和な笑みで、母の顔をのぞき込んでいる。
困惑顔の母とは対照的に。

ξ゚听)ξ「ブーン、でも……」

( −ω−)「この子はいま、大人になろうとしてるんだお。
       親であるぼくたちが邪魔しちゃいけない」

父が促すようにうなずく。
一呼吸置いて、母も同じようにうなずいた。
父はにこりと笑ってから、キュートに向き直った。

( ^ω^)「キュート、ひとつだけ約束してくれお。
       必ず無事に帰ってくるって。自暴自棄になったりしないって」

キュートも二人がしたのを真似るように、うなずく。
約束すると。今度こそ裏切らないと。私を呼び戻してくれた、二人に。

369 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:35:16 ID:9wN2kVL.0
o川*゚ぺ)o「二人の声、夢の中でもちゃんと聞こえたよ。
      お父さんとお母さんから受け継いだもの、絶対に無駄にしたりなんかしない。
      だから、あの、ね……帰ってきたら、二人の本当の娘になっても、いい?」

父と母の、当惑する顔。
それが次第に、苦笑いへと変じていく。
キュートは急に、恥ずかしくなる。

o川//へ//)o「わ、私、もう行くから!」

ξ ー )ξ「……バカね」

逃げだそうとしたキュートを止めるように、母が声をかけてきた。
母は自分の首に腕を回し、胸に下げたペンダントを外した。
そしてそれを、キュートの首にかけた。

ξ゚ー゚)ξ「キュート、誕生日おめでとう」

涙型の宝石が、キュートの胸の前で揺れた。
目の前がまた、にじみそうになる。みっともないなあと、キュートは思う。
でも、それも自分なのだと、今はそう思うこともできる。

370 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:36:13 ID:9wN2kVL.0
( ・∀・)「素直のところへ行くなら、ぼくが案内しましょう」

一人離れて壁にもたれていたモララーが、
気取った笑みを浮かべてキュートと両親の間に割って入ってきた。

o川*゚ぺ)o「あなたが?」

( ・∀・)「ぼくにも素直女史に会う必要ができましたのでね。
       それに、あなたに話したいこともあります」

o川*゚ぺ)o「話したいこと? 私にですか?」

( ・∀・)「ええ。ですがそれは車の中で。あまり悠長にしている時間はありません。
       上が少々やっかいなことになっていますからね」

そういってモララーは、気障な仕草で天井を見上げた。
つられてキュートも首を上げる。

371 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:36:54 ID:9wN2kVL.0
やっかいなこと?

ここからでは何もわからないが――しかし、何があろうと関係ない。
時間がないのはこちらも同じなのだから。 

両親と視線を交わす。二人に目配せする。
安心してください。必ず帰ってきますから。
だから、行ってきますと。

キュートはモララーを見上げた。
先へと進む鬨を上げるために。

o川*゚ぺ)o「お願いします」

モララーはいたずらっぽく口角を上げ、
そのよく手入れされた肌に小さなしわを描いた。


.

372 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:37:57 ID:9wN2kVL.0
          ※



( ・∀-)「あらま、予想より酷いことになってますね。こりゃ根回しされたかな」

旧閉鎖棟から出たキュートは、
久しぶりに浴びる月の光の静けさに浸る余裕も持てなかった。
モララーの言っていた『やっかいなこと』、その意味を痛感することによって。

o川;゚ぺ)o「なんですか、これ……」

昼よりも騒がしい夜が、キュートの目の前に広がっていた。
目を眩ませるきつい明かりが、
波のようにうねりながら地上を埋め尽くしている。

敷地内にまで踏み込んできているわけではなさそうだが、
吐き気がするほど密集したぶ厚いざわめきは、
キュートのいる場所まで十二分に伝わってくる。

( ・∀・)「人の恥部や失態を暴き立てることだけが生き甲斐の、
       この世でもっとも醜悪な人の群れですよ。
       もっとも、さんざ利用してきたぼくに言える台詞ではないかもしれませんがね」

o川;゚ぺ)o「マスコミ? 何があったんですか?」

( ・∀・)「些細なことですよ。大方の人間はそう感じないようですが。
       どちらにせよ、いまはそれどころではないはず。違いますか?
       さ、足はこちらですよ」

373 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:39:19 ID:9wN2kVL.0
モララーはそう言って、一人先へ行ってしまった。
どうにも腑に落ちないものを抱えながらキュートは、
走り方すら気障ったらしいモララーの後を追った。

モララーの向かった先は管理・研究棟の奥にある職員用駐車場のガレージだった。
いくつも並んだ車の前を通り過ぎ、一台の車の前でモララーは足を止める。

( ・∀・)「さ、乗ってください。あ、でも靴は脱いでね」

その車はまさにモララーのための車といった感じの流線的なフォルムで、光沢を放つ純白だった。
車に疎いキュートでも、これが相当な高級車であることはわかる。
しかもドアが、羽のように開くやつだ。初めて見た。

左ハンドルらしく、キュートは右側の助手席へ怖々と乗り込む。
居心地の悪い未来的な内装に縮こまりながら、
深く沈み込みすぎる座席に腰を下ろし、発進するのを待った。
ハイン、それにしぃ。二人のことを思いながら。

やがて腹に響くエンジン音が鳴り、
その音と比べるとそろそろとした慎重さで車は動きだし、
ガレージの出口に降りたシャッターの前に立ち、
モララーの操作でシャッターが緩やかに開き、そして――。

視界を潰す強烈なライトが、視界を覆った。

374 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:40:26 ID:9wN2kVL.0
o川;゚Д゚)o「な、なに!?」

『ご覧ください、陣内氏の車です! 裏口から陣内氏の車が現れました!
 説明責任も果たさず逃亡しようとしています!』

人の群がなす騒音から、そのボリュームをさらに上回ろうと
無理に張り上げたヒステリックな声が、車の分厚い隔壁すらも越えて響いてきた。

待ち伏せされていたのだ。
様々な機材が林のように鬱蒼と生い茂り、
そのどれもがこちらへ――モララーの車へと向けられている。
バリケードとなっている。

これでは発進できない。
発進できなければ、素直の屋敷に到着できない。
素直の屋敷に行けなければ、しぃに会えない。
しぃに会えなければ――それは、許されない。

( ・∀・)「何をするつもりです?」

車から降りようと扉に手をかけたところで、
モララーに声をかけられた。キュートは首だけで振り向く。

o川*゚ぺ)o「どいてもらえるよう説得します」

( ・∀・)「彼らは聞く耳持ちませんよ」

o川*゚ぺ)o「けれど、これじゃ進めません」

( ・∀・)「そうでもないですよ?」

375 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/11/20(木) 19:41:31 ID:9wN2kVL.0
モララーは、笑っていた。不適な笑みで。
そしてその笑みのまま、思い切り彼は、アクセルを踏み込んだ。

瞬間的に加速した車は重量を持つ弾丸となり、
生い茂る機材を次々と薙ぎ払い、踏み潰し、吹き飛ばしていった。
遙か彼方へと飛んでいったライトが、本物の木々の間にすっぽりと落着していた。

そのまま車は、速度を落とさずに公道へと出て行った。

o川;゚Д゚)o「な、な、な……!?」

( ・∀・)「人は避けます。壊れた機材は弁償すればいいでしょう。
       それでも怒る人がいたら、ま、謝ればいいんじゃないですかね」

o川;゚Д゚)o「そんな適当な――」

キュートが抗議しようとするやいなや、背後から強烈なライトで照らされた。
キュートは目を細め、サイドミラーを確認する。

報道車が道路を埋め尽くさんばかりにひしめき合っていた。
中には身を乗り出し、いまにも落下しそうな不安定な体勢でカメラを回している者もいる。
その距離は徐々に、徐々に縮まろうとしていた。

だがそれでも、キュートの隣でハンドルを握る彼は不敵な態度を崩さず、
いやより一層凶悪な相貌で笑みを浮かべていた。

( ・∀・)「まったく頭の足りない人たちだ。有象無象の日本車如きで、
       このランボルギーニ・ガヤルドに追いつけるはずがないでしょうに!」

モララーの車――ランボルギーニ・ガヤルドから、物騒な音が響いた。
運転席のメーターがぐんぐんと跳ね上がっていく。
その動きと比例して、窓から見える景色が高速化していく。
加速して、加速して、加速していくその間、キュートの悲鳴も伸び続けた――。

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