-
267 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:43:14 ID:v/2L0mXk0
-
※
まるで日常だ。
溜まった書類仕事を片づけながら、デミタスは溜息を吐いた。
あれから、三日が経つ。ハインが旧閉鎖棟へ乗り込んでから。
キュートが旧閉鎖棟に囚われてから。
そしてぼくが、旧閉鎖棟に関与する権利を失効してから。
ハインを無断で旧閉鎖棟に入れたことへの罰は、
モララーから二、三小言をつぶやかれただけで、拍子抜けするほどに何もなかった。
この緊迫した状況下での不用意な行動、クビも覚悟していたのだが。
ただし旧閉鎖棟に関する一切の関与を認めないと、それだけはきつく厳命された。
プロジェクトからも外されたので出世の道も閉ざされてしまっただろうが、それはまあ、いい。
自分が人の上に立てる器だとは思っていないし、
不気味でどこか薄ら寒い旧閉鎖棟にもできれば関わりたくはなかった。
近寄るなと正式に命令されたなら、それは願ってもいないことだ。
人生無事平穏に。安心して生きていければ、それに越したことはない。
いまのこの状況こそが、ぼくの望んでいた日常なのだ。
――本当に、そうか?
-
269 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:44:44 ID:v/2L0mXk0
-
从 ^∀从「デーミータスっ!」
(;´・_ゝ・`)「ひゃぁあ!?」
ほほに冷たいものが押しつけられ、デミタスは飛び上がった。
背後にはいたずらっぽい笑みを浮かべて、ハインが立っている。
(;´・_ゝ・`)「は、は、ハイン! ダメだよ用もないのにここまで来ちゃ!」
从 ゚∀从「用ならあるよ。ほれ」
ハインは手の持っていたものを、書類が散乱するデミタスのデスクに無造作に置いた。
それは液体がなみなみと注がれたビーカーだった。
結露しているのか、表面に汗をかいている。
ほほに当てられたものの正体は、どうやらこれらしい。
(´・_ゝ・`)「なに、これ?」
从 ゚∀从「新発売の飲料水なんだってさ。
学部の連中で分けてたんだけど、おいしかったから持ってきた」
(´・_ゝ・`)「そりゃ、まあ、なんというか気持ちはうれしいけど、
ここは患者さんも来るとこだから――」
ミセ*゚ー゚)「いやだ先生、せっかくハインちゃんが来てくれたのにそんないけずなこと。
ねぇハインちゃん、そんなことぜんっぜん気にしないで、いつでも来ていいんだからねー?」
看護師のミセリさんが、話に割って入ってきた。
というかあなたですね、ハインを通した犯人は。
-
270 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:46:31 ID:v/2L0mXk0
-
从 ゚∀从「ありがたいお言葉ですけど、すぐに帰ります。
邪魔はしたくありませんから」
「えーざんねんー」と不満顔のミセリに会釈したハインは、
屈託のない笑顔のまま、再びデミタスの方へ向き直った。
从 ゚∀从「とりあえず、さ。おいしかったから飲んでみてよ。
そんで仕事が終わった後にでも、感想きかせて。待ってるから、さ」
ずいと、ハインが近づく。
耳元で、ハインの呼吸が触れた。
从 ∀从「パソコン室で、待ってるから」
それだけ言うと、ハインは「じゃあね!」と爛漫な挨拶で去っていった。
部屋にはデミタスと、ミセリだけが残される。
ミセ*゚ー゚)リ「ハインちゃん、雰囲気変わりましたよねー。丸くなったっていうか。
ねぇデミタス先生、どんな魔法を使ったんですかー?」
(;´・_ゝ・`)「べ、別に何もありませんよ」
ミセリはにやにやと笑っている。
何を邪推しているのか、手に取るようにわかる。
何というか、とても親父臭いぞミセリさん。
ミセ*>∀<)リ「隠すところがあやしぃー。それに人が見てる前で愛妻弁当の受け渡しだなんて、
デミタス先生ったら、もう、見せつけてくれちゃって!
きゃー! もう、やぁーだー!」
(´・_ゝ・`)「いや妻ではありませんし、お弁当ってわけでも……」
-
271 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:47:42 ID:v/2L0mXk0
-
一人で盛り上がって「きゃーきゃー!」はしゃいでるミセリさんは放っておいて、
だがデミタスは、ミセリほど楽観的に考えることはできなかった。
ここ三日、ハインの機嫌はすこぶる良かった。
数日前までの憔悴がうそのように回復し、デミタスに対してもやさしい。
まるで、本当に付き合っている男女のように。
だからこそ、デミタスは不安だった。
あの日、キュートが旧閉鎖棟に閉じこめられることになった、あの日。
ハインはキュートと再会した。
二人の間にどんなやりとりがあったのかは不明だが、
いまのハインの態度がその時の出来事に起因していることは、間違いないだろう。
だがハインは、デミタスが聞いてもはぐらかすだけで、何も教えてはくれない。
杞憂ならばいい。ハインが本当に、心身の健康を取り戻してくれたならば言うことはない。
けれどデミタスには、どうしてもそうは思えなかった。
ハインの笑顔が演技だとは思わない。だが、何かが違う。違和感がある。
きっとハインが完全に――本当の意味で回復するには、キュートの介在が必要なのかもしれない。
依存対象としてではなく、もっと、根源的な部分で。
-
272 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:48:36 ID:v/2L0mXk0
-
彼女たち二人がどんな結びつきの下でそばにいたのか、デミタスにはわからない。
けれどもいまは、信じざるを得ない。鍵は、キュートだったのだと。
そして、その鍵を砕いたのは。
もはや手遅れなのかもしれない。
それでも、回収しなければ。旧閉鎖棟に置いてきてしまった”あれ”を。
例えそれが、モララーの意志に背くこととなろうとも。
もう一度、ハインとキュートを引き合わせよう。
『山内つー』の過ちを、繰り返さないために。
デミタスは、ハインの置いていった飲料水に口を付けた。
好みの味ではなかった。
.
-
273 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:50:00 ID:v/2L0mXk0
-
すっかり遅くなってしまった。窓の外では外灯が薄暗く灯っている。
春が近づいているとはいえ、まだまだ夜の色は濃い。
デミタスはビーカーの中に半分ほど残っていた飲料水を一気に飲み干すと、すぐさま走り出した。
春休み中ということもあり、講義室が並ぶ校舎には人気がない。
パソコン室は各棟に設置されているが、基本的に学生が自由に利用できるのはこの教育棟のものだけだ。
ハインもおそらくそこにいるだろう。帰っていなければ、だけれど。
果たしてデミタスはパソコン室にたどり着く。
しかし部屋の中は真っ暗で、どう見ても人のいる気配はしない。
さすがに帰ってしまったか。
自分の要領の悪さを呪う。だがいまはそれよりも、連絡することだ。
連絡して、謝ろう。そして言うんだ。一緒に、キュートに会いに行こうと。
デミタスは携帯を開き、履歴の一番上に表示されたハインの名前を選択した。
だが、その時。
いつか聞いた馴染みのあるメロディーが、
ハインの携帯の着信音が、
すぐそばで、
いや、すぐ目の前、
パソコン室の中から、
聞こえてきた。
-
274 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:51:54 ID:v/2L0mXk0
-
――来てくれないかと思ったぜ。
携帯から、ハインの声が聞こえてくる。
着信メロディーはもう、止まっていた。
(´・_ゝ・`)「ハイン……?」
どうした、入ってこいよ。
(´・_ゝ・`)「ハイン、遅れてしまったのは謝る。
だから普通に、ご飯でも食べながら話をしよう」
――何を怖がってるんだ?
(´・_ゝ・`)「そういうわけじゃ……」
デミタス。俺のことがどうでもいいなら、そのまま回れ右をして帰って。そうでないなら、入って。
そんな言い方をされては、入らないわけにはいかない。
デミタスはパソコン室の扉に手をかける。開ける。入る。
外から見たとおり、中は真っ暗闇だ。手探りで、電灯のスイッチに手を伸ばそうとして――。
――明かりはいらない。そのまま真っ直ぐ進むんだ。
釘を差される。言われるまま、部屋の中央あたりまで
机や椅子にぶつからないよう気をつけて進む。
すると部屋の一カ所、端の方で、仄かに光っている場所があるのを発見する。
-
275 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:52:53 ID:v/2L0mXk0
-
そうか、携帯の光だ。
ハインも通話中の携帯を操っているのだから、ライトが灯って当然だ。
そう思って目を凝らすと、薄い光に照らされて、
彼女の顔がぼんやり浮かび上がっているのが視認できた。
デミタスはその場所を目印に、呼びかける。
(´・_ゝ・`)「ハイン、聞いてくれ! きみとキュートの間に何があったのかは知らない。
でもそこであった事が、いまのきみにつながっているってことは想像できる。
きみは何かが終わってしまったと感じているのかもしれない。けれど違うんだ。
人生っていうのはだいたい、終わったと思ったところで始まるんだ。
きみはまだ、スタートラインに立っただけなんだよ。
ハイン、会いに行こう。旧閉鎖棟の鍵はぼくが何とかする。だからもう一度、会いに――」
とつぜん、強烈な光が照らされた。
視界がつぶされ、頭がゆさぶられる。
それでもデミタスは目をしばたたせながら、光源に視線を向けた。
スクリーンに映像が映っていた。音声は流れていない。
だが、何が行われているものかはすぐにわかった。
ハインが乱れていた。裸で。男と。
-
276 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:53:54 ID:v/2L0mXk0
-
……なんだ、これ。
思考が追いつかないまま、映像が切り替わる。
しかし、内容に大差はない。違うのは、場所と、相手の男くらいだ。
映像は次々と切り替わっていった。
その度に、違う男と汗を重ねるハインの姿が映る。
意識が朦朧としてくる。なんだ、ぼくは夢でも見ているのか。
”お友達”に、パソコンに詳しいやつがいてさ。
ハインの声に呼応するように、部屋中のパソコンに明かりが灯った。
そのどれもがスクリーンに映っているものと、同じ映像を再生している。
薄暗い部屋の中、等間隔で灯るパソコンのディスプレイ。
その一種幻想的な光景を、人影が遮った。
多方から照らされた人影は幾重にも分裂しながら、
ディスプレイから灯される強烈な光を後光のように背負って、
デミタスの下に近づいてきた。
ハインだ。人影の主は、ハインだった。
ハインは映像と同じ、一糸纏わぬ姿で立っていた。
-
277 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:54:51 ID:v/2L0mXk0
-
(;´・_ゝ・`)「ハイン――」
从 ∀从「動くな」
駆け寄ろうとしたところを、一声で制止される。
その声が頭に残響して、意識がゆれる。
从 ゚∀从「俺の許可なしに動いた瞬間、この映像をすべてネット上にアップする」
ハインはとんでもない事を言い出す。
確かにその脅しは、デミタスにとって有効に働く。
けれどもしその脅しを実行したとして、
それで一番ダメージを負うのはハイン自身ではないのか。
それともハインにとって、この程度のこと痛みにも何にもならないのか。
ハインは薄くほほえんでいる。デミタスには、ハインが何を考えているのかわからない。
(;´・_ゝ・`)「ハイン、なんでこんな――」
从 ゚∀从「バカなことをって?」
ハインがデミタスの言葉を継いだ。その声が、とても遠く思える。
この異様な状況のせいか、光の加減なのか、思考がぼんやりとしてまともに機能しない。
そんなデミタスなどおかまいなしの様子で、
ハインはくるりと少女のように、その場で回った。
長く黒い髪が、慣性につられてその後を追う。
-
278 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:55:53 ID:v/2L0mXk0
-
从 ゚ー从「俺さ、小さい頃、精神科に通ってたことがあったんだ。
自分が何でそんなとこに来てるのかわかってなかったし、
いやでいやでしょうがなかったんだけど、ひとつだけ、
楽しみなことがあったんだ。なんだと思う?」
初めて聞くハインの身の上話。ハインが精神科に通っていたとは、知らなかった。
彼女は過去の一切を話してはくれなかった。しかしいまになって、なぜ。
ハインはデミタスの答えを待たず、話を続ける。
从 ゚ー从「正解は、ある人と会えるから。素敵な人。格好良くって、やさしくって、
この人が本当の母親なら良かったのにって、何度も思った。憧れだったんだな。
それで俺、全部真似していったんだ。
髪も染めて、目にも黒いコンタクトを入れてさ。
振る舞いも、しゃべり方も全部研究して」
そう話をするハインの姿が、記憶の中のあの人と重なる。
本当に、そのまま。
あるいは、そう。彼女には話すだけの理由ができてしまったのだ。
いままでは無関係だと思っていた男の過去と、
自分の過去との接点を見つけてしまったのだ。
その接点を見つけたのは、いつだ。原因は、どこだ。
そんなの、ひとつしかない。
ぼくが、秘密を打ち明けたから――。
-
279 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:57:20 ID:v/2L0mXk0
-
从 ゚ー从「真似仕切れたとは言えないよな。だって俺には、あの人みたいな魅力はねぇもん。
子供っぽいのに、どこか知的でミステリアスでさ。
でもさ、念ずれば通ずってやつなのかな。
俺の中には確かに、あの人の残滓が息づいてたんだ。
俺を通してあの人の影が見えるくらいにはさ。なあデミタス、あんたもそう思うだろ?
あんたが殺した『山内つー』に、俺は似てたか?」
完全なる黒い髪。
完全なる黒い瞳。
ちょっとした動作の機微。
男勝りな話口調。
彼女は、ハインだ。
ああ、そして、これは――つーだ。
山内つーが、ハインを通じて顕現している。
(´・_ゝ・`)「復讐、なのかい……?」
きみの大切な人を殺してしまった事への。
あるいは、”あなた自身”を殺してしまった事への。
だがハインはデミタスの言葉を肯定することなく、
心底おかしそうに、少女のように笑った。
-
280 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:58:27 ID:v/2L0mXk0
-
从 ゚∀从「ちげーよ、全部偶然。あのババアなら因果とかなんとか言うのかな。
あんたが罪を告白したこと、兄さんが私を拒絶したこと、
キュートが妖怪ババアに誑かされたこと。
他にもいろんなことが全部つながって、いまのこの状況なんだ。
一個でも欠けてたら、素直にあんたと結婚してたかもな。
な、デミタス。あんたはつーさんが好きだったのか?」
山内つー。彼女と初めて出会ったのは、デミタスがまだ医師に成り立ての頃だった。
彼女はデミタスよりも年上で、子供も一人いると説明されたたが、
とてもそうは見えないと驚いたのを覚えている。
彼女は若かった。見た目はもちろんだが、心も同様だった。
無邪気で、活動的で、なによりも明るかった。
性性の希薄な性格も、若さの一因となっていたのだろう。
笑顔がまるで、少年のようだった。
(´・_ゝ・`)「きみと同じだと思う。ぼくは彼女に憧れていたよ。
恋愛ではないけれど、敬愛という意味では、好きだったと思う」
そのくせ彼女は思慮深い、賢人としての顔も持っていた。
心というものの在り方について、彼女から教わった事は多い。
現代常識から外れたことでも、彼女が話すと途端に真実味を帯びた。
地を流れる気脈の話なども、彼女から聞いた。
彼女は実家の影響でそういう話を覚えてしまっただけだと謙遜していたが、
こういった話をする時の彼女からは一種神聖な、
これは言い過ぎかもしれないが宇宙そのものの広大さ、みたいなものを感じた。
その彼女を、ぼくは殺した。
-
281 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 21:59:45 ID:v/2L0mXk0
-
言い訳はできない。
例えそれが上からの命令だったとしても、それが危険なものかもしれないと感じつつ、
言われるがままぼくが、他ならぬぼくが彼女に処方したのだから。
从 ゚ー从「そっか。大切な人だったんだ。大切なのに、殺したんだな。
それでその贖罪のために、彼女の面影を宿すガキ、
一回りも年の離れた生意気なガキのお守りをしてたってわけだ。あんたも大変だ。
でもな、デミタス。俺、わかったんだ。
罪ってのは、そんなことでそそげるもんじゃないんだって」
ハインが何かを投げた。
その何かは宙空でパソコンの明かりを反射してきらめき、
硬質な音を立ててデミタスの足下に落下した。
罪には罰を。
デミタスはそれを拾った。
堅いグリップから、空気まで切り取ってしまいそうな銀色の刀身が伸びていた。
デミタス、それを使って――
それは、メスだ。それはメスだった。
専門ではないが学生時代にはよく握ったもの。
医療系の大学であればどこにでもありふれたもの。
人の皮膚や肉を裂くには十分な威力を持つもの。
俺を、殺せ。
-
282 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:00:53 ID:v/2L0mXk0
-
ハインが近寄ってきた。
裸のハインがひたひたと、近づいてくる。
人体の急所を無防備にさらして、歩いてくる。
でなければお前の大切な人が、辱められることになる
ハインの手が、一番近くにあるマウスへと置かれた。
光が幻惑する。空間が歪んでいる。プロジェクターには、動画が流れ続けている。
ハインがささやく。
大切な思い出なんだろ。
大切な人なんだろ。
それを侵そうとする者はなんだ?
敵だよな。
だったら殺さなきゃ。
殺して、殺して。
その上殺して、守らなきゃ。
そうだろう?
-
283 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:02:03 ID:v/2L0mXk0
-
ハインはささやいている。
けれどデミタスにはわからない。
ハインがなぜ、こんなにも”追いつめられている”のか。
ハインの言動はデミタスの行いを咎めている、
というよりも、自分自身を罰しようとしているかのようだ。
ハインの語る罪。
不特定多数の異性と性交したこと。
それをネットに流そうとしていること。
山内つーの影を利用して、ぼくを脅していること。
なるほどそれは、どれも倫理的観点から見れば不道徳だとは思う。
でもそれが、死を持って償わなければならない程の罪だとは思えない。
デミタスにはわからない。
(´・_ゝ・`)「ぼくにはわからない、わからないよ。
きみが死ななければならない理由が、ぼくには見つからない」
ハインは薄く笑っている。
こんな格好なのに、どうしてかその表情にも仕草にも艶めかしさを感じられない。
まるで、そう、無理に背伸びをする子供のように。
从 ゚∀从「死ななきゃいけない理由、か。
きっと表面化した理由を話せば複雑多岐で、
逆に自分自身ですら混乱してしまうのだろうけど、
原因を突き詰めて、突き詰めて、突き詰めていったら、それは、結局――
生まれてしまったから、じゃねぇかな」
-
284 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:03:46 ID:v/2L0mXk0
-
ああ、わかった。
ハインは死にたいのだ。
理由はあるのかもしれない。
けれどすべての理由は、望みのための理由なのだ。
ぼくが彼女を殺してしまった時。
何度も自殺を考えたように。
彼女は死にたがっている。
それが彼女の望みなのだ。
気持ちが悪い。
酒を飲み過ぎてしまった時みたいに、頭がくらくらする。
ぼくは、彼女を殺すべきなのだろうか。
それが彼女の望みなのか。
それがぼくの償いなのか。
彼女を失うことがぼくへの罰なのか。
-
285 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:04:40 ID:v/2L0mXk0
-
頭が働かない。
彼女が目をつむる。
口づけを待つ乙女のように、
振り下ろされる銀の刃を待っている。
デミタスは手中のメスを振り上げた。
触れればそれで切れてしまいそうな、彼女の柔肌を見つめる。
何も考えなくていい。
ただこのまま振り下ろすだけで、それは達成されるだろう。
彼女に薬を処方した時のように。
言われるがまま、何も考えずに。
何も――
銀のメスが、軽い音を立てて床を転がった。
(´・_ゝ・`)「ぼくはきみを殺せない。
こんなことで、きみを殺せるわけないだろう」
どうかしている。バカげている。
ハインは、ハインだ。つーじゃない。
ハインを失うことが、つーへのつぐないになるわけないじゃないか。
それはただの、投影だ。ハインを見る。つむった目が、開いていた。
-
286 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:05:33 ID:v/2L0mXk0
-
从 д从「こんなこと……?」
微笑を浮かべていたその顔が、ひきつっていた。
デミタスのうちで、ハインはますます、ますます山内つーからかけ離れていく。
从 д从「こんなことってなんだよ……大切なものが汚されそうなのに、
こんなことって、なんだよ……それじゃ私は、私は――」
ハインの目から、涙がこぼれた。
从#;д从「私は殺したぞ! あいつを! トドメも差した! 何度も! 何度もだ!!」
ハインの姿態は、泣きじゃくる子供そのものだった。
デミタスは、いま初めて彼女と出会えたように感じた。
これが彼女なのだ。何重にも被せていた仮面をはぎとった、ハインの素顔なのだ。
一歩、彼女のそばに近寄った。
-
288 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:06:36 ID:v/2L0mXk0
-
从 ;д从「来るなぁ! 来たら、押すぞ! ほんとだぞ!
流れるのは動画だけじゃない、お前の犯した罪や、この病院の罪や、素直の罪も、
全部流れるようになってるんだぞ! 大変なことになるんだ! だから、だから――」
(´・_ゝ・`)「白状するよ。ぼくはきみにつーを感じて近づいた。
今度こそつーを守ろうと、そう思って。でも、いまはそうじゃない。
いまなら自信を持っていえる。山内つーにじゃない。
他ならぬ君に言うんだ。ハイン、ぼくと――」
从 ;д从「来るな、来るなよ、来ないでよぉ……」
(´・_ゝ・`)「結婚しよう」
-
289 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:07:38 ID:v/2L0mXk0
-
ハインを抱きしめる。
彼女はこんなにも小さかっただろうか。
まるで気持ちの大きさと比例して、縮こまってしまったようだ。
从 д从「私、どこで間違えたんだろう……」
彼女はつぶやく。小さな声で。
(´・_ゝ・`)「ぼくもついてる。やり直せないことなんてないんだ」
从 д从「無理だよぉ……」
(´・_ゝ・`)「そんなことないよ」
从 д从「もう手遅れなんだ……」
腕のなかで、ハインの手が動いた。
てのひらの感触が、胸のあたりに伝わる。
从 ∀从「全部、手遅れなんだよ」
-
290 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:08:34 ID:v/2L0mXk0
-
とん、と、軽い力で押された。
本来であれば、よろめくことすらない程度の、ほんの小さな干渉。
けれどデミタスはそれだけで、大きく後ろに倒れた。
世界がぐるりと回る。光が曲線を描いて、七色に変化する。
从 ;∀从「ねぇデミタス、私のあげた飲み物はおいしかった?
”クレンネス”入りの飲料は」
ハインの手がマウスに置かれ、クリックされるのが見えた、
と同時、スクリーンが、すべてのパソコンが、
次々と、次々と、
映像を切り替え、
次々と次々と、
動画に動画が重なり、
次々と、次々と、
裸のハインが現れ、
次々と、次々と、次々と、
それはさながら、シュールレアリスムの絵画のように、
それはさながら、電子ドラッグのように、
次々と、次々と、次々と、次々と――
-
291 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:10:04 ID:v/2L0mXk0
-
声もでなかった。
嘔吐感と幸福感が一挙にわき上がってきたように、
精神が極限から極限までを網羅している。
ああ、そして、見える。
画面から飛び出してきた、無数の山内つーが。
――初めから、こうすればよかったんだ。
幾層にも阻まれた膜の向こう側から、ハインの声が届いてきた。
彼女がぼくにまたがったのが伝わってくる。
彼女の手がぼくの手を包み込んだのも。ぼくの手に、何かが握られたのも。
メスだ。
ぼくは逆手にメスを握っている。
その手を彼女が握っている。
――罪には、罰を。
死ぬ気だ。
違う、殺される気だ。
あくまで彼女は、殺されるつもりなのだ。
身体が動かない。意識は明瞭なのに。
明瞭すぎる白い闇に、目が眩まされている。
彼女がいるのに、彼女の重さを感じられない。
-
292 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:11:14 ID:v/2L0mXk0
-
そうか、これが因果応報というものか。
ぼくの犯した過ちへの、これが罰か。
”内藤キュートの水筒に混入したものと、同じ幻覚剤を飲まされるとは”。
彼女がぼくの腕を動かす。
振り下ろせばそのまま、喉を裂けるように。
声もでない。
身体も動かせない。
それでも何とか、
何とかしなければ。
何かを、何とか、
何とか――
キュート、ずっと一緒に――
.
-
293 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:12:26 ID:v/2L0mXk0
-
※
.
-
294 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:13:11 ID:v/2L0mXk0
-
あのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃ
ないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこ
じゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃない
あのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃな
いあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃない
あのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあの
こじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあ
のこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃな
いあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃ
ないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃない
あのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃな
いあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃ
ないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあ
のこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじ
ゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃない
あのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあの
こじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじ
ゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこ
じゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこ
じゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃないあのこじゃない
.
-
295 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:14:00 ID:v/2L0mXk0
-
考えていた。
キュートは考えていた。
時間の失せたこの暗闇の中で、
血濡れの文言に囲まれ考えていた。
素直クールの言葉。
杉浦しぃの存在。
夢。
真実。
答えなんて、初めからわかっていたのかもしれない。
ただ、それを認めたくなかっただけ。
”真実”に塗りつぶされた”真実”を直視できなかっただけ。
あの日、私たちの間で起こった真実を――
-
296 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:15:00 ID:v/2L0mXk0
-
_
( ∀ )「ハインが死んだ」
長岡だ。長岡がいる。
長岡は、ハインが死んだと言っている。
_
( ∀ )「これは罰だ。母を止めず、あいつを拒絶した俺への罰」
ハイン、ハイン、ハイン。
本当は金髪のハイン。
蒼い瞳のハイン。
見たことはない。
髪を染め、コンタクトをしていたから。
でも、私は知っていた。
どうして私は、彼女を知っているのだろう。
_
( ∀ )「咎人よ、お前の罰はどこにある」
長岡はいなかった。
ハイン、ハイン――ハインが、死んだ。
幼き私を望むハインが、死んだ。
――私のせいで?
-
297 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:16:40 ID:v/2L0mXk0
-
いかなきゃ。
水筒からこぼれた水が、ちろちろと流れていく。道はこっちと流れていく。
キュートは歩いた。その後を血の文言が追いかけ、追い越した。
文言は血を流して脈打ち、さながらキュートは肉管のうちを逆流する胎児だった。
私は永遠のキュート。
開けた子宮には羊水がたまり、そこにある一切を還元する。
そこに溶けるのがわかる。ひとつになっていく。
そして、そこには、そう、神様がいる。安寧と混元の神様――杉浦しぃが。
倉田モナーの永遠の娘。
彼の左腕が、私の内部に入ってくる。
胸を破り、同化する。
ママ<くるう>から奪った結婚指輪と、しぃの薬指が混ざり合う。
倉田くるうを永遠に憎む者。
――ハイン。
-
298 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/10/17(金) 22:18:06 ID:v/2L0mXk0
-
おやすみなさい
《続》