ワンダーランドではないようです

その6

78 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 15:58:13 ID:HJW6zbMg0
――ξ゚听)ξ――


試合開始直後は明るかった空も、徐々に夜の帳に呑まれていき、
今球場を支配しているのは、けばけばしい照明と観客の声援だった。

私が内野席と呼ばれる場所から見ているグラウンドの、光の粒が付着したような芝と土は、
二色のコントラストを更に引き立たせている。その上で躍動しているのは、ほとんどは体格の良い選手だったけど、
一番目立つ場所で球を投げ続けている人間は、周りと比べると少し背丈が低いように感じた。
けれども、彼……モララーという選手のプレイは、私でも分かるぐらいに迫力があった。
投球動作を一回終えるたびに、野太い歓声が洪水のように溢れる。
別の投手がグラウンドに上がっている時とは明白な違いがあった。

しかし。

ξ゚听)ξ「確かにかっこいいですけどね。もっと女性にキャーキャー言われてるタイプだと思ってました」

髭を生やし、気迫を前面に出すモララーは、イメージとはだいぶ違った。
どちらかと言えば男性からの支持が厚いように見える。

79 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 15:58:57 ID:HJW6zbMg0
( ^ν^)「お前が生まれる前に言われ尽くしてるよそんなん」

さっきまでは日曜日なのにナイターかよ、と愚痴を零していた誘拐犯さんは、
今ではすっかり試合に見入っているようだった。時折ビールを頼みそうになるのが不安になる。

ξ゚听)ξ「王子様だから?」

( ^ν^)「そうだな、鬱陶しくてしょうがなかった。だからどうせすぐ冷めるとかそんな目で見てたわ。
……だけどな、腐った日々を送ってたはずなのに、あいつの投げる姿は結構記憶にあるんだわ。あほらし」

試合前はKOされろと言いつつも、現在の誘拐犯さんは彼の投球に手を握りしめている。
そんな姿を見ると、一つの記号が思い浮かんだ。

ξ゚听)ξ「あれですか、ツンデレってやつですか?」

( ;^ν^)「気色悪いからやめろ」

かわされた。やっぱりそういうものなのかと思う。案外似合っているように感じるけど。

80 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:00:46 ID:HJW6zbMg0
ξ゚听)ξ「中々点が入りませんね。いつもこんなものなんですか?」

( ^ν^)「いや、今日は投手が良いな。両方が最後まで抑えきれそうな勢いだから、ちょっとのミスで試合が終わりかねない」

ξ゚听)ξ「大変なんですね。ピッチャーって」

( ^ν^)「好投したら試合を作ったとまで表現されるからな、結構な重荷を背負ってるよ。
……それに、あいつの場合なんかはそれに加えて二重苦三重苦だからな、普通は潰れてる」

ξ゚听)ξ「……でも、楽しそうに投げてますよね、あの人」

二重苦三重苦が何を指しているのかは分からないけど、
少なくとも現在のモララーは、このスポーツが出来る喜びを全身で表しているように見えた。

( ^ν^)「……かなわねぇよなぁ。いるんだよ、ああいうやつって」

分厚い身体をした外国人のバットが空を切った。
対戦相手のモララーが咆哮を上げると、こだまするかのようにスタジアムの空気が振動した。

81 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:03:12 ID:HJW6zbMg0
( ^ν^)「こりゃお立ち台コースかな」

ξ゚听)ξ「お立ち台?」

( ^ν^)「用意された小さな台に登るんだよ。そこで今日のヒーローは○○選手ですとか言われてマイクを向けられんの」

なるほど。ヒーローという表現が妙にしっくりきた。
王子様もサンタクロースも理解出来ない私でも、ヒーローは理解出来るらしい。
内藤が少年漫画や彼に惹かれる理由も分かった気がする。……きっと、私も一緒だった。
頭でこねくり回して、伝わりもしない感想を言うよりも、ヒーローに惹かれていたと、
たった一言で済ませれば良かった。この試合が幕を下ろせば、きっと出来上がった日常が迎えに来て、
私は引き戻されてしまうのだろうけど、内藤にそれを伝えるのは楽しみだった。

……いや、そうでもないか。
ああ、気まずい、帰りたくない。本当に、今更なんだけど、そう思ってしまう。

いつかは冷める夢なのは知っていたし、受け入れていた。
ほんの少しだけ閉塞感から解放されたかっただけ。
その結果が死でも良かった。自発的には命を絶てないけど、外発的なら構わなかった。
どうせ世界なんて塗り替えられもしなくて、ただ平坦な日常を送ることしか出来ないのだから。

82 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:04:39 ID:HJW6zbMg0
けれど、多分、私は彼を悲しませてしまった。
それだけで、日常に波が起こってしまう。

事情が分かったところで、現在の彼は知る由も無い。
今頃何を思っているのかなんて、考えたくも無い。

目を逸らすように試合に目を向けると、電光掲示板に0以外の数字が刻まれていた。
モララーの投球で揺れていたスタジアムは、別のなにかに移り気をしている。
ヒーローは何処かへ行ってしまったらしい。無性に悲しくなった。

83 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:05:53 ID:HJW6zbMg0
……そっか、内藤もこんな気持ちなのかな。
そう思うと少しは気が楽にな「探したお!」


( ;^ω^)

ξ゚听)ξ


息を切らし、膝に手をついている内藤がこちらを見ていた。
とても残念だった。私の手にはマイクが握られていないから。

84 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:06:34 ID:HJW6zbMg0
――( ^ν^)――


まんまと取り逃がした、というべきなのか、取り逃した、というべきなのか。
どっちでも良かった。ビールを煽り、まだ続いている試合に目を向けていた。

KOされるならされるでもっと派手に散れよな。粘りのピッチングとか笑えないわ。

俺が柄にもなく汚い声を飛ばしているのは、酔いが回っているせいもあったが、
きっと、なにかに期待をしている自分を覆い隠すためでもあった。

「隣良いですか?」

( ^ν^)「ああ」

ζ(゚、゚*ζ「少しぐらい驚いて欲しいんだけどな」

不満げな声の主は、先ほど空いた席に座った。

85 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:07:08 ID:HJW6zbMg0
( ^ν^)「てめぇこそこんな危なそうな奴には物怖じしろよ」

ζ(゚、゚*ζ「なんたって誘拐犯さんだもんね」

( ^ν^)「……もう知れ渡ってんのか」

ζ(゚ー゚*ζ「さぁね。まあ親子に紛れても本物には分かっちゃうよね」

デレの砕けた声は、どこか自嘲的に聞こえた。

ζ(゚ー゚*ζ「しかしよくもまあツンちゃんを怖がらせてくれましたね」

( ^ν^)「あいつ全く動じて無かったんだけど」

ζ(゚ー゚*ζ「流石にね、車やら家に引き摺り込まれるところは怖かったんじゃないかなぁ。想像だけど」

( ^ν^)「……悪かったよ。さっさと警察に突き出せ」

ζ(゚ー゚*ζ「試合が終わったらね」

86 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:08:18 ID:HJW6zbMg0
呑気なもので、デレはこちらに目を向けず、グラウンドの動きを眺めていた。
俺もつられたかは分からないが、割高のアルコールを追加で頼んでいた。

三つのアウトを取ったモララーは袖で額を吹いていた。
流石に疲労困憊といった様子だが、微かに覗かせる眼光は死んでいないように感じた。

( ^ν^)「お前の差し金なの、あれ」

俺の声は旧友に話しかけるようなものになっていた。
相当脳がやられてきたらしい。そもそも旧友なんていねーよ。

87 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:09:03 ID:HJW6zbMg0
ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと違う。普通はお家に連絡するでしょ、待ち合わせの相手が来なかったら」

( ^ν^)「……普通はここじゃなくて警察に行くよな」

ζ(゚ー゚*ζ「ツンちゃん割と普通じゃないからね」

( ^ν^)「まあな。だからといってここに来るプロセスはわかんねぇけど」

ζ(゚ー゚*ζ「そもそもね、ほったらかしにしてるとはいえ、友達の家に泊まるなんて嘘っぱちだってわかるもん。
だからさ、なんかあるなとは思った。でも触れて欲しくはないんだろうなぁとも思ってね。
けど内藤君の試合にも行かないとなるとうーんとなった。わざわざすっぽかすとは思わなかったんだよね。
ツンちゃんって関心の幅が狭いから、持ったものにはとことん持ちそうだし。
ああ、そうなると、もしかしてモララーなのかなぁって。だからここにいるんじゃないかと思った」

( ^ν^)「正解だったがな、親のお前がそれでいいのかよ」

ζ(゚ー゚;ζ「駄目なんだよねー。だから自分では迎えに行かなかった。
ちょっと内藤君に仄めかしておしまい。まああの子が来なかったら私が行ってたけど」

( ;^ν^)「……はぁ、お前が子供想いなのかも分からねぇし、あいつがお前を慕ってるかどうかも分からねぇわ」

頭が痛くなって来た。デレの思考回路には到底ついていけない。

88 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:09:37 ID:HJW6zbMg0
ζ(゚ー゚*ζ「ツンちゃんなんか言ってた?」

( ^ν^)「さあ? 父親は関心無いけど母親はノーコメントだってよ。……なにガッツポーズしてんだよ」

ζ(゚ー゚;ζ「いや、つい」

デレは反射的に動かした腕を、所在なさげに揺らしていた。

( ^ν^)「……お前そんな嫌われるようなことやったの」

真っ当な母親には見えないが、娘を嫌っているようには見えない。寧ろ逆だった。

89 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:10:32 ID:HJW6zbMg0
ζ(゚ー゚*ζ「クリスマスの日に親同士で罵り合ってたら次の日から避けられた」

( ^ν^)「やっぱりクリスマスって糞だな」

ζ(゚ー゚;ζ「やっぱりってなに」

( ^ν^)「別に。……で、それだけで避けられるようになったのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「いや、普段とのギャップかなぁ。いつもはこんな感じでしょ私」

( ^ν^)「いつもは知らないけどそうなんだろうな」

ζ(゚ー゚*ζ「それがさぁ、あの日に限って頭の弱いふりやめちゃったんだよね。鬱憤が溜まりすぎちゃって」

( ^ν^)「それふりだったのかよ」

ζ(゚、゚*ζ「軽いのはふりじゃないんだけどさぁ……頭の弱い女に思わせといたのはふりだったね。
責任を取らせるために臆病な人を選んだからさ、せめてもの優越感を持たせておきたかったんだよね。
それに私がまともだと浮気もやりにくいでしょ。いざという時のためのカードを」

( ^ν^)「もういい」

もはやあきれ返る以外の選択が出来ない。俺の復讐心が馬鹿らしくなってくる。

90 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:11:17 ID:HJW6zbMg0
ζ(゚ー゚;ζ「あっ、ごめんなさい。……いや、でも結局ふりじゃなかったかなぁ。
正直結婚する相手は間違えた。収入さえ良くて、ある程度外で遊んでてくれればいいかなって思ったんだけどさ」

( ^ν^)「よくもまあそんなわがままを通せるもので」

ζ(゚ー゚*ζ「まあ見た目かなぁ。ツンちゃんもかわいいでしょ?」

( ^ν^)「外見は似てたな、内面はともかく」

ζ(゚ー゚*ζ「ほんとなんであんな良い子なんだか。産む子供は間違えなかったところは褒めて欲しいよね」

( ^ν^)「……親バカかよ」

あいつが良い子かは疑問が残ったが、まあ、嫌いでは無かった。

( ^ν^)「……なんでそんなにかわいがってるのに距離を取ってるんだよ」

だから、多少の同情心が湧いたのかもしれない。
らしくもないことをしてしまいそうだった。

91 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:13:00 ID:HJW6zbMg0
( ^ν^)「修復とか試みなかったのか?」

ζ(゚、゚*ζ「だってさ、嘘っぽいもん。次の日から優しいママですよー、とかやってもさ。
聡い子なら特にね。だから私は友達ぐらいでいいやって、資格を捨てました。終わり」

デレの物言いは子供のようだった。
だが、実際に母親を捨てているのだから、これも意図の内なのか。

( ^ν^)「多分、お前は見切りが早すぎるんだよな。割とリアリスト……というよりは悲観的」

ζ(゚ー゚*ζ「……そうかもね」

( ^ν^)「お前はモララーも失敗すると思ってたしな」

ζ(゚ー゚*ζ「あはは……」

デレは気の抜けたような笑い方をした。

92 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:13:36 ID:HJW6zbMg0
( ^ν^)「あいつを見てると、人生を間違ったなって思わないか?」

ζ(゚ー゚*ζ「なる」

( ^ν^)「即答かよ」

ζ(゚ー゚*ζ「どうせさ、ハッピーエンドの先なんて碌なものが待ってるとは思えなくてね、実際そうなりかけてたでしょ?」

( ^ν^)「一度や二度に飽き足らずに、怪我から復活した時はどう思ったんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「もう戒めのように登板見てた」

笑うしか無かった。ここまでは大体自分と一緒だったから。

( ^ν^)「だったら今からでも母親に戻れよ」

だが、ここから先は違うはずだ。

93 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:14:17 ID:HJW6zbMg0
ζ(゚、゚*ζ「……バッドエンドの先じゃない? それって」

( ^ν^)「お前が打ち切っただけじゃねぇのかよ」

ζ(゚、゚*ζ「……まあ、そうなんだけどさぁ」

( ^ν^)「取りあえず、サンタクロースの名誉ぐらいは回復させろよ」

ζ(゚ー゚*ζ「頑張る……ってなんで誘拐犯に説教されてるんだろうね」

( ^ν^)「今更かよ」

俺は笑った。デレも笑っていた。

歓声が響いた。強打者が左中間にボールを弾き返していた。
ベンチで声を張っているモララーが一瞬モニターに映った。

彼の名前は、まだ電光掲示板から消えていなかった。

94 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/28(日) 16:16:35 ID:HJW6zbMg0
――ξ゚听)ξ――


十二月の朝は底冷えするような寒さだった。
ゆっくりとした起床をした私は、着込んだ厚いセーターが身体に馴染むのを待ちつつ、
電気ケトルの中身を眺めていた。沸騰する頃には流石に瞼も軽くなっていた。

リビングのテーブルから封筒を取り、黒い液体が入ったカップを置いた。
コーヒーの香りは良いと思うのだけど、未だに少しずつしか飲めなかった。
お母さんは無理をする必要はないよ、と言うし、私もそう思うけど、やめることが出来なかった。

背伸びをしてしまうのは結局自分の性質なのかもしれない。
もしくは、誰かさんとの曖昧な繋がりを持っておきたいのだろうか。
それならば車から掻っ攫ったCDだけで十分な気がするのだけど。

ソファに身を預けた私は、差出人不明の封筒を切った。
手紙に書いてあった文章はたったの一行だった。



『サンタクロースは元気か?』



結構な頻度で死んだと聞くんですけどね、案外元気みたいですよ。




ワンダーランドではないようです  おわり

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