ワンダーランドではないようです

その1

1 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/17(水) 02:12:15 ID:aa.PTjuE0



両親の罵声が響く午前一時に、彼女はサンタクロースがいないことを知った。


.

2 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/17(水) 02:13:50 ID:aa.PTjuE0
――( ^ν^)――


ξ゚听)ξ「物ですか? 金ですか?」

少女の第一声はそれだった。
人質の身として疑問を抱く、というところまでは普通だが、
平然とそれを口に出す、というところまで来ると微妙なところだった。

下校途中に攫われ、数駅ほど離れたこのアパートに、
現在進行形で連れ込まれているというのに、少女は動揺をあまり見せない。
最初に押さえつけた際には、多少の反応があったものの、今思うと驚いていただけかもしれない。
それもクラッカーを耳元で鳴らされた時のような、ただの条件反射で。

ξ゚听)ξ「まあ、両方期待できないと思いますが」

( ^ν^)「別にしけた暮らしをしてるわけでもねぇだろ」

裾を外に出している白いブラウスと、それに覆われた紺のハーフパンツという、
少女が身に纏っている服は、シンプルではあるものの品の良さを感じた。安物には見えない。

3 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/17(水) 02:14:54 ID:aa.PTjuE0
ξ゚听)ξ「それなりには潤っているのでしょうね。だから別の問題です」

( ^ν^)「虐待でもされてんのか」

ξ゚听)ξ「この綺麗な顔を見て言ってるんですか」

( ^ν^)「自分で言うなクソガキ」

文句はつけられても、自惚れとは切り捨てられなかった。
確かに際立つ容姿をしている。自明の理かもしれないが。

この部屋においては、明らかな異物だった。
日が落ちてもいないのに雨戸に覆われ、付近にほとんど物が無い土壁に囲われ、
安っぽい四角形のカバーから漏れる蛍光灯に照らされ、ささくれが目立つ畳の上に座っている少女は。

少女の置き場所はここには無い。身の丈に合っていないインテリアと同種だった。
表情の乏しさや、綺麗に色が抜け落ちた白い肌と金の髪も、その認識を助長させた。

しかし、先ほどまでテープで塞がれていた唇を指でなぞり、
違和感を確認している現在の少女からは、ある程度の人間味を感じられた。

4 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/17(水) 02:15:53 ID:aa.PTjuE0
ξ゚听)ξ「ああ、そういう意味じゃないです。それにやるなら身体の方ですかね、見ます?」

気が済んだのか少女は唇から手を離し、口を開いた。

( ^ν^)「……いい」

十に一を足すか足さないか程度の子供相手に、少し心臓が揺れた。
これも自明の理かもしれないが、自己嫌悪は拭えなかった。脅し用に持っているナイフを握り直す。

ξ゚听)ξ「とにもかくにも、私は外れクジなんですよ」

( ^ν^)「なんだ? だから解放しろってか。馬鹿じゃねぇの」

少女の落ち着き払った佇まいには感心すら覚えたが、言いくるめ方には失笑を禁じ得なかった。

ξ゚听)ξ「いえ、それは無理です。引いたカードは山札には戻せませんし、
ポケットティッシュ程の価値しかない白玉も、ガラガラという音を鳴らす抽選機には戻せません」

( ^ν^)「はぁ……」

ξ゚听)ξ「つまり、配られたもので勝負するしか無いんですよ」

( ^ν^)「随分と立派な価値観をお持ちのようで」

ξ゚听)ξ「そうでしょうか」

( ^ν^)「多分同世代より三年ぐらい進んでるよお前は」

ξ゚听)ξ「ありがとうございます……でいいんでしょうか。えっと、なんの話でしたかね。
……ああ、そう。覆水盆に返らずという話でしたね。続けましょうか」

( ^ν^)「……三年も撤回するか。なあ、一応訊くがこれ見えるか?」

ξ゚听)ξ「刃物ですね」

( ^ν^)「……もういいや、続けろよ」

ここまで喋り倒す人質というのも珍しい。希少性から考えると寧ろ当たりだったが、
俺の視点から考えると確かに外れかもしれない。少女に呑まれ始めている自分がいた。

5 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/17(水) 02:18:40 ID:aa.PTjuE0
ξ゚听)ξ「私は帰れません。あなたも私を帰せないでしょうし。
ここまではしょうがない、変えられないんですけど、正直に言いますが共倒れしか見えません。
それは望まない結末であることは共通しているので、お互いの利益のためには、
変えられるここから先が重要だと思います。要は、誘拐ではなく旅にしましょうという話です」

( ^ν^)「……は?」

ξ゚听)ξ「大人の足を使えるまたとない機会ですし。駄目ですか?」

( ^ν^)「駄目に決まってんだろマセガキ」

訳の分からない要求に、流石に苛立ちを覚えた。
こいつはなにを言っているんだ? 呑まれかけていた自我が拘束を振り解き始めた。

( ^ν^)「俺にどんな利益があるんだよそれは」 

ξ゚听)ξ「私は人質としての価値はありませんが、スパイとしての価値ならあると思うんですよ。
家に地雷を仕掛けられると考えたならそれなりに意義があるんじゃないですかね」

( ;^ν^)「……は?」

ξ゚听)ξ「あなたが私を連れ回してくれるのなら、要求に従います。これじゃ駄目ですか?」

( ;^ν^)「……お前自分の立場が分かってんのか」

ξ゚听)ξ「分かってますよ。嫌ならどうにでもしてください」

そう言うと少女は目を瞑り、畳の上に横たわった。
肝が据わっているというよりは、人としての欠落を思わせる行動に、
俺はただただ呆気に取られてしまい、その場に立ち尽すよりほかなかった。

ξ゚听)ξ「あ、親に連絡していいですか。
今日と土日は友達の家に泊まります、ぐらいの文面を送れば三日は持つので。
心配もされずに放っておかれるのも今なら丁度いいですよね」

( ;^ν^)「……もう勝手にしろ」

助けを呼ぶことを警戒するべきなのだろうが、もはやその気も起きなかった。
こいつがそんな小賢しい真似をするような人間に見えない。
信頼よりも、畏怖から来る根拠を持ってして、俺はそう判断してしまった。

6 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/17(水) 02:19:30 ID:aa.PTjuE0
――ξ゚听)ξ――


愛想の無い子とよく言われる。
遠回しにしろなんにしろ、私に対する評は大体それだった。

実際、その通りだなと自分自身でも思う。
意図的にでは無いけど、不可抗力でそうなってしまうから。

直す気も起きなかった。寧ろ矯正することに抵抗すらあった。
その起因である嫌悪感は、いつかのテレビで見た海辺の岩をひっくり返すシーンや、
塩漬けした魚が入っている缶詰の封を切るシーンに対するものと似ていた。

だから私は口数が少ない。
自ずと人との交流は減っていき、周りに誰もいなくなっていた。
つい最近の進級で環境が変わってもそれは一緒だった。

現在休み時間を迎えている五年生の教室でも、
私はいつものように席から動かず、対象年齢にずれがある小説を読んでいた。

数年前、一人になった私は読書という趣味を選んだ。
行き着く場所としては自然かもしれないけど、そこで取った行動は少しずれていた。

7 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/17(水) 02:20:12 ID:aa.PTjuE0
結論から述べると背伸びがしたかった、ということになる。
スタートラインの前後にあるものから逃げ出したかった。
言うならば、視線を動かした先にいる男子の集団にはいないような存在から。

背後に映る曇天模様と、ミスマッチを起こしている窓際の彼らは、
身振り手振りを織り交ぜながら話を続けている。環境音のようなもので、
いつもは気になりもしないけど、廊下側にいる私にも分かるぐらいに騒がしい。

この中に王子様とやらはいないんだろうな、と思った。どこにもいないのだから、当たり前だけど。

大体の存在は日常を構成するパーツの一つでしか無い。
普段は関心を向けることは無いし、今のように目を寄越し続けることも無い。

( ^ω^)「何処を見てるんだお?」

だから、彼が滑り込んだのは貴重なタイミングだった。
声が聞こえた方……通路側へ振り向くと、良く言えば人が良さそう、悪く言えば気弱そうな男子が立っていた。
確か、さっきまで見ていたグループの一員でもあった。何らかの理由で教室の外に出ていたらしい。

8 名前:名無しさん[] 投稿日:2017/05/17(水) 02:21:58 ID:aa.PTjuE0
( ;^ω^)「あっ、急に話しかけてごめん! ただ、その、珍しかったから」

名前はなんと言うのだっけと、顔を見続けていると、彼は慌てて言葉を繋げた。

そう、思い出した。内藤という苗字だったはず。
流石に四年も同じ学校に通っていれば、それぐらいの情報は頭に入っていた。
けれど、そこまでしか分からず、どういう対応を取ればいいのかも分からなかった。

少しの間沈黙が続くと、意識の外にあった騒ぎ声が再び耳に届いた。

( ^ω^)「……もしかして、君も読んでるのかお?」

ξ゚听)ξ「はぁ……」

質問の意図が掴めず、擬音に近い声を返してしまった。
そのせいか、内藤は私の対応に良くないものを感じたらしく、所在なさげな手で頬を掻いた。

ξ゚听)ξ「ごめんなさい。別に怒ったわけではないの」

いたたまれなくなった私は、内藤の誤解を解こうと、出来るだけ柔らかいトーンで声を発した。
すると彼は、少しの間固まった後、再び動揺を露わにし始めた。どうしろというのか。

ξ゚听)ξ「大丈夫だから。落ち着いて」

私は立ち上がり、少し高い場所にある、内藤の頭に掌を置いた。
昔はあの人にこうされると落ち着いた記憶がある。
いや、母親としての威厳が無くなった今でもそうかもしれない。
刷り込みというやつだろうか。これもテレビで見た記憶がある。
案外テレビ子だなと思う、この時代に。BGMとして垂れ流せるのがいいのだろうか。

そこまで考えたところで、私の手は内藤に振り解かれた。どうしろというのか。

まあ初対面……というよりは、彼を初めて認識した日は、浮かび続ける疑問符に悪戦苦闘していた。

inserted by FC2 system