Where is my boogie? のようです

Part2

46 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 23:45:11 ID:Mq5XM1dw0






──【 緒本 麿 (24) 男性 】





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47 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 23:46:36 ID:Mq5XM1dw0


認められない事なんて、もうすっかり慣れていた。



(´・ω・`)「そんじゃ配信終わるわ」



『   もう終わりか〜〜

       乙乙

  今日早くない何か用事あんの    』



(´・ω・`)「今日はちょっと疲れたからさっさと寝たいんだよ」

48 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 23:47:50 ID:Mq5XM1dw0


『          明日もやんの

   ニート死ね

  凸待ち放送期待          』


(´・ω・`)「あ? ニートじゃねーわ、配信主だわ」

(´・ω・`)「この後か〜もしくは〜明日? 街中配信すっかも」

(´・ω・`)「ほんじゃみんなまたね〜」

(´゜)Q(゜`)「バイブーゥゥゥゥ↑↑↑」


いつものセリフとキメ顔を晒したまま『配信終了』のアイコンをクリックする。

49 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 23:49:23 ID:Mq5XM1dw0


『終了しました』


という文字が写る画面を数秒何となく眺めた後、ウィンドウを閉じてパソコンをシャットダウンした。
カメラとマイクのラインを引っこ抜き、完全にネットと隔離された事を確認して俺はベッドへと倒れ込む。

真っ白な天井を眺めながら、明日は何を、いかにアホに見せるかを考えていた。

ふと、こんな事を真面目に考えていることに悲しみを覚えるときもある。
しかしそんな思いは一瞬で彼方へと消え去っていく。

死んだように過ごしていたあの頃に比べれば、今はおおよそ人間らしい生活を送っているからだ。

もちろん、恥を晒して金を稼ぐことが人間らしいかと言えば疑問符がつくところではあるが。

50 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 23:50:18 ID:Mq5XM1dw0

大学を中退してから、俺は俗に言うニートとして生活をしていた。
こんな生活を続けてもう2年、いや3年になる。

別に勉学が嫌いなわけじゃなかった。
小、中、高を人並みに過ごし、それなりの成績を取っていた俺は周りの人間と同調するように大学へ進学した。

別に崇高な勉学を修めようなんて気があったわけじゃない。

ただ、肩書が欲しかっただけだ。『大卒』という肩書が。

この世の中、欲しいと思って名前は得ることはできない。

例えば今から俺がサッカー日本代表になる事なんて到底無理だし、プロの選手にだってなれるわけがない。

芥川賞だって直木賞だって当然のように無理だし、作家という名前すら得られるかなんて分からない。

51 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 23:51:31 ID:Mq5XM1dw0

その点、『大卒』という名前は金さえ払って4年間をルサンチマンにとりつかれていれば、誰だって貰える。

もちろん普遍性があって希少性なんて無いに等しい『名前』ではあるが、
これがあるだけで世の中の立場はグンと変わる。

しかし、当時の俺にとって4年間はあまりにも長すぎた。

4年という期間を、無為で無益な教授共の戯言に捧げ、
大金を払って異性との交流と飲酒に心血を注ぐ。

こんなものが有益であるとは到底思えなかった俺は、徐々に学校から足が遠ざかっていった。

悔いが無いかと言われれば、そりゃあるに決まっている。

しかしそれは『大卒』という名前が得られなかった事ではなく、あんな無駄な時間と金を消費したことに対してだ。

52 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 23:52:55 ID:Mq5XM1dw0

そうして学校を辞め、これから先の事を思慮しつつ暇を持て余していたある日。

俺は動画配信というモノに出会った。

最初の方こそ視聴者も少なく、正しくオナニーともいえる暇つぶしで、
やる事も無かった俺は延々と放送を繰り返すだけの日々を送っていた。

その延々とした繰り返しの日々を送る中で、
ある日『お前に金を振り込んでやる』という奇特な人物がリスナーに現れた。

冗談かと思って最初は流していた俺だったが、
あまりのしつこさに根負けした俺は残高が殆ど無い口座番号と名義を晒した。

どうせ使っていないモノだし、何かあったらあったでまあいいや。それくらいの気持ちだった。

53 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 23:54:52 ID:Mq5XM1dw0

ある時、俺は酷い困窮状態に陥った。
先日辞めたバイトの貯金がいとも簡単に尽きてしまい、加えて金を貸していた友人が返済期日の当日になって音信不通になったのだ。

今思い返すと色々なものを甘く見積もりすぎていて間抜けの極みであると言わざるを得ないのだが、
当時の無職ボケしていた俺には完璧にいくはずだったプランだった。

所詮返済される金と、おおよそそれまでには働いているだろうという見積もりで考えていた甘い目論見が見事に崩れ去ったという間抜けな話である。

さてどうするかと俺は思案していた。

返済期間は迫っているし、かと言って親に借りる事は出来ない、というより無理だ。

足りない脳みそをフル回転させる。
すると俺はあることを思い出した。

そう、例の晒した通帳だ。

これまでに行っていた放送でもその発言をしたであろうリスナーに振り込んだという旨のコメントを何度か残されていたが、
俺はいつもの煽りであるとか、ふざけた内容なんだろうとあまり深く考えてはいなかった。

54 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 23:55:48 ID:Mq5XM1dw0

藁にもすがる思いでその通帳を握りしめて近所のATMに駆け込み記帳する。

すると、2桁しか無かった残高が6桁に変わっていた。

しかも1人、2人では無く複数人から細かい金額が振り込まれていたのだ。

すぐに引き降ろして家に帰った。

その時からだった。

もっと人を集めるためにはどうするべきか、
他にもっと稼げる方法は無いのか、久々に真剣になって勉強を始めた。

俺は腹を括ったのだ。

ネットという檻に囲われた見世物になる事に。

55 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 23:56:37 ID:Mq5XM1dw0

(´・ω・`)「(俺は暇つぶししてるだけで、ちょっと過激な事を言っただけで金をくれる)」

(´^ω^`)「(こんなに楽チンな事ってあるだろうか!
      やっぱ大学なんて金の無駄だってハッキリ分かんだね)」

昔から面倒くさがりな性分であった俺が、金を稼ぐために必死の努力をした。

地味に宣伝を繰り返し、マメに投稿や配信を繰り返す。

そして所々で過激な発言を入れたり行動を入れる。

これだけでリスナーはぐっと増える。
いや、リスナーと言うよりは、見世物小屋へ興味本位で見に来る奴らと言う方が正しいか。

(´・ω・`)「ハイ論破、もうちょっと勉強してこいや中卒wwww」

最近では喧嘩腰でスカイプ通話をしてくる奴を適当にいなして遊んでいる。

56 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 23:57:41 ID:Mq5XM1dw0


詭弁でも何でもいい。


大体の人間は勢いとオラオラな姿勢だけでやってくるから、まともに会話しようとしてはいけない。

だからこういう場では高圧的な口調とそれっぽい事を言う。
そして相手より上の立場を取る。

そうすればあとは理論性とか調合性とかはどうでもいい。
マウンティングできれば、あとは適当に殴ってもダメージを与えられる。

こういうのは一方的に殴られる人間を見たい奴らが集まってくるだけなのだから。
そして、そんな会話を繰り広げる俺たちを見下して、優越感に浸りたいだけなのだ。

そちらがそう言う気持ちなら、こちらもそれを存分に使わせてもらうのが道義ではないだろうか。

具体的に言うならば、金をそいつらに如何にバラ撒かせるか、それだけをただ見据えて動くのである。

57 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 23:58:47 ID:Mq5XM1dw0

だがそれも最近は疲れてきた所がある。

ある程度俗に言う『信者』を獲得し、
定期的な貢物(それは金銭であったり物資であったり様々であるが)
を得る事が出来た俺は張り詰めていた気持ちが少し緩んできたのかもしれない。

そんな自分を正すために、久々に外で配信をやる事に俺は決めた。

外配信は必然的にスリルがある。

何が起こるか分からない。

ハプニングを引き起こす事もある。

だからこそ面白い。
でも、延々と続けるつもりでやっているほど馬鹿じゃない。

(´・ω・`)「いずれコンテンツは飽きられる時が来る」

(´・ω・`)「それは避けられないし当然の出来事だ」

(´・ω・`)「それまでに俺は金を毟り取らなければいけないんだ」

ゴロンと、倒れ込んだベッドの上で寝返りを打つ。

58 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 23:59:43 ID:Mq5XM1dw0

世の中の人間から見たら俺は何に見えるだろうなんて、考える事がある。

そんな時にあれやこれやと普段回さない頭で必死に考えてみるのだが、いつも同じ結論にたどり着く。


『クソ野郎』である。


これで何回目だろうという結論を頭の中で出した俺はフッと思わず息を吐いて笑ってしまった。

そして起き上がって、冷蔵庫へと向かう。
酒だ。酒を飲みたいのだ。

(´・ω・`)「たしか〜この前信者クンから送ってもらったヤツが〜」

(´・ω・`)「……ちぇっ、この前の配信の時に飲みきっちゃったか」

本当に欲しい時、こういう時に限ってモノが無い。
普段余計な時にはあるのに。

つくづくタイミングが悪いと言うか、なんかこういうモノは俺と一緒だ。

59 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:02:20 ID:Gv6jsmKA0

まぁいい。
こういった普段の行い1つも動画のネタに出来る事が良いところだ。

それでも『目立つ』という事はとてもシンプルで、とてもハードルの高い行為である。
何か意図的なトラブルを起こす必要性も少し考えた。

テーブルの上に置いていた財布を部屋着の後ろのポケットに突っ込み、とりあえず近所のコンビニへ向かうことにした。

玄関のドアを開けると目の前の廊下が水浸しだ。
どうやら強い風と通り雨が先ほどまで降っていたようだ。

(´・ω・`)「こういうしょーもない事ばっかりタイミングがいいから嫌になる」

俺は目の前の水溜りをピョンと飛び越し、なるべく水を跳ねさせないように、ゆっくりと、それでいて慎重に廊下を歩いた。
そしてスマートフォンの配信用アプリを起動する。これからまた配信が始まる。

(´・ω・`)「こんばんび〜♪」

数十人が、また明かりのついた俺の見世物小屋へとやってきた。
俺はそれを見てまたニヤリと笑うのだ。

『また金の元が増えた』

60 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:02:56 ID:Gv6jsmKA0





──【 素直 空 (24) 女性 】





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61 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:04:26 ID:Gv6jsmKA0

川 ゚ -゚)「〜♪」

私の足取りは久々に軽やかだった。
ここ数日の間、一心に抱えていた悶々とした不安を晴らすことが出来ると思うだけで、心が弾む。

毒田独雄、ここではあだ名であるドクオと呼ぶが──

彼は私にとっての精神安定剤である。

もちろん、身体的・精神的な依存という恋人的な安定を彼から得ているわけでは無い。

ドクオは私の全てを肯定してくれる。

誰しも他人から自分から否定される事、そして生きている中で生まれる違和感や恐怖などを回避して生きたいはずだ。
そんな時、誰かに自分の考え、もしくは行動を受け入れてもらう事で安心を得ることを求める。

ドクオは私の全てを否定しない。

真剣に聞いて私についての否定や提案なんていらない。
真面目な人生相談員なんてそんな時の私にはいらない。

62 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:05:43 ID:Gv6jsmKA0

とめどなく話す私の不安や愚痴を受け止め、ウンウンと頷き、ただ正しいよと言ってくれるだけで良い。

そんな人間が存在すると思うだろうか?


実際、ドクオはそう言う人間なのだ。


彼に初めて出会ったのは高校の部活動で、
緩い緩い先輩たちに囲まれていた文芸部の隅っこで、小さく縮こまっている人というのが最初の印象だった。

私にとってここにいる人たちは物珍しい存在だった。

今まで周りにいる人間たちはいつだって本を知らない人間たちだったから。

活字よりは漫画を愛し、文に目を通すのは国語の教科書くらいの友人くらいしかいなかった。

私も精々その時に流行っている書籍に目を通すくらいのもので、積極的に読もうとなんて思わない人間だった。

63 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:07:46 ID:Gv6jsmKA0

そんな私が何故文芸部に入ったかと言えば、
単に上手いことサボれて楽の出来る場所に居たかっただけである。

先輩たちも緩いといえば聞こえがいいが、
物静かで大人しめな、俗に言うオタクの集まりが彼らであったから、私がサボったとしても強く言えないだろうという短絡的かつ酷い思考だ。


その中でも彼は極めて異質だった。


常に彼の傍らには文庫本とハードカバー本が積み重なっていて、
背表紙は常に違うものへ変わっているのが分かったから、常に本を読んでいるのだろう。

ライトノベルやアニメの話で溢れる人々の中で彼は小説、特に古い純文学を好んで読んでいる。

地味で浮かない彼が孤立して更に空気と化しているのが部室での常であった。

64 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:08:49 ID:Gv6jsmKA0

川 ゚ -゚)「君はいつも何を読んでいるの?」

最初は興味本位だった。

隅の方で常に活字と向き合っているだけの彼というのがどんな人物なのか、気になったのだ。

('A`)「……僕はね、遠藤周作が好きなんだ」

意外と返答に戸惑いは無かった。
私は更に言葉を続ける。

川 ゚ -゚)「遠藤周作? 聞いたこと無いなぁ」

('A`)「有名な小説家なんだ……」

そう言って彼は普段の姿からは想像できない饒舌さで語り始めた。

『沈黙』がどうの。

『海と毒薬』がどうの。

そして『キリスト教が遠藤周作に』どうの。

65 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:11:48 ID:Gv6jsmKA0

私は彼の話を黙って聞いては時々頷いてあげた。
自分の語るものを静かに聞く事、それが下手な会話よりも心に響くのは自分の経験でもよく分かっているから。

案の定彼は一通り話し終えると、満足した表情で私に問いかけてきた。


('∀`)「君はどんな本を読むの?」

と。

私は無知を隠すことなく彼に本を学んだ。
そして彼は私に対して好意を持ったのであろう、それ以降頻繁に話しかけてくるようになった。

話を深めて仲も深めていくうちに、
彼が私に対して恋愛感情を持った事は手に取る様に分かった。
初めて出会った時以降、彼は隠すことなく好意を剥き出しにして私に接してくる姿があまりに滑稽ではあったが。

普通ならば怒るような事でも彼は笑って許してくれる。

受け入れてくれる。

なので私は大いに利用させてもらっている。

66 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:12:39 ID:Gv6jsmKA0


もちろん、恋人になるなんて一線は超えない。


彼が私を求めて、延々と私に与え続ける限り『恋人ごっこ』を続けるだけだ。
向こうが冷めたり、ふと現実に立ち直るまでは、ずっとそうしているつもりである。


利用する事に対しての罪悪感?


そんなものは無い。


財布を開けてこちらに札束を渡そうと懇願している人間から受け取らないなんて事は無いように、
何もこちらから提供することなく施しを受けられる事を拒む人間なんているのだろうか?

それを望んでいて、受け入れることによって彼は喜ぶのだから。

67 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:13:34 ID:Gv6jsmKA0

そんな彼を利用する事を誰が否定する? 

誰に疎まれる?

悲しむ人間なんて一人もいない。

これは素晴らしい、延々と続く『幸福』なのだ。

そう、私は貢献しているのだ。
一人の人間に対して時間を割くことで、見返りを得ているだけ。


誠に『誠実』な『天使』なのだ。私は。

68 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:14:53 ID:Gv6jsmKA0

アスファルトにちょくちょく広がる水溜りを軽やかに跳ねて避け、弾むようなリズムで歩く。

点々と続く街灯の明かりから伸びる影がやけに細く黒く見える。
私はそんな影をあえて踏んで、跳ぶ。

新興住宅街の中にあるここは、やけに静かで綺麗だ。
あまりにも静かなものだから、何だか鼻歌の一つでも歌いたくなる。

そろそろバイトが終わるという事なので私はドクオのバイト先へと向かっていた。

こうやって少し自分が歩み寄るだけで延々と勘違いをしてくれるのだから楽な限りだ。

数百メートルの徒歩で数か月の求心を得られるなら、私はいくらだって歩こう。

そうして歩いているとコンビニの大きい看板が見えてくる。
住宅街の漏れる薄明りの中で煌々と輝くそれは、とても異質で浮き上がって見えた。

69 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:16:26 ID:Gv6jsmKA0

(´・ω・`)「うん、今コンビニ着いた〜何オススメ?」

その脇で突っ立っている男がいた。

私が看板を見た瞬間、その男と目が合ったのだ。
と思った瞬間にはスッと視線を逸らされた。

上下スウェット姿で、顔だけやけに小奇麗な垂れ眉の男は、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら手に持ったスマートフォンに向かって話しかけている。

(´^ω^`)「ゴム? 使う相手がいねえwwww」

何なのだろう、通話してる風でも無く何故かスマートフォンの背面をコンビニに向けながらまだボソボソと言っている。
  _,
川 ゚ -゚)「(気持ち悪ッ)」

変質者かもしれない。
私は生理的な嫌悪感を覚えるその顔を浮かべるその男の元から足早に立ち去り、コンビニの入口へと向かう。

(´^ω^`)「おっ、カワイイ女の人いんだけど! ナンパしちゃいてえ」

私の方へスマートフォンの背面を向けるその男が視界の隅に入った。
早足を小走りに変えて、入口へと一目散に向かう。何かされてはたまったものでは無い。

71 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:17:50 ID:Gv6jsmKA0

最近流行りの配信者という奴だろうか?

友人に勧められて一度見てみたが、私はどうもあの手の人間が受け付けない。


自ら顔と恥を晒して、何が楽しいのだろうか?

ちんけな自己顕示欲を満たすため?

それともお金を得るため?


私には理解が出来ない。
したくもないが。

そんな奴らの巻き添えを喰らって私まで晒されてなるものか。

更に進む足が早まる。

72 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:19:41 ID:Gv6jsmKA0

そしてようやく自動ドアの入口の前に立つ。
足元を見てホッと息を吐き出す。


そして顔を上げた次に視界に入ってきたのは



('∀`)「よう、クー」



血だまりの中、鮮血にまみれ床に大の字で仰向けに倒れている人間たちの前で立っていたドクオの姿であった。


その顔は貼りつけられたような、なんとも狂気じみた笑顔を浮かべていて、
目線があった瞬間、私の背筋に冷たい何かが走った。

73 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:20:33 ID:Gv6jsmKA0



私は思わずヒッっと短い悲鳴を上げる。



地獄の入口で笑顔で手招きをしている悪魔は多分こんな感じなんだろうな。



上手く事態を飲み込めず、ボンヤリとモヤがかかったような頭でそう思った。



.

74 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:22:00 ID:Gv6jsmKA0


───
──




川;゚ -゚)「ドクオ、一回落ち着こう、な?」

('A`)「俺は至って冷静だよクー」

そう言って彼は、ふらふらとこちらに近づいてくる。

おぼつかない足元に、血みどろの制服。

そしてどす黒くなった銀色の支柱を持っている姿はさながら死神のようでもあった。

75 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:24:20 ID:Gv6jsmKA0



('A`)「俺は天誅を下さなければいけないんだ」



彼は足元に倒れている若者の頭を勢い良く踏みつける。

先ほどまでピクリとも動かなかった若者は、踏まれた瞬間ビクリと身体を痙攣させ、
くぐもった声を上げたが、またすぐに動かなくなった。



('A`)「今まで何故俺が報われなかったんだ」



('A`)「俺は精一杯必死に生きてきた、それにも関わらず人生は俺に分け前はくれなかった」

('A`)「それは何故かって必死に考えていたんだよ」

('∀`)「簡単な事だった、それは奉仕が足りなかったからだ」

先ほど死んだように冷めきった表情に戻ったはずの彼の口角がまたつり上がった。
歪めるように浮かべている笑みはやはり不気味であった。

76 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:25:41 ID:Gv6jsmKA0

川;゚ -゚)「違う」

私は思わずつぶやく。




('∀`)「違うわけがないだろう?」




('∀`)「床に這いつくばってる、このゴミ共を俺の中に潜むやつの声に従って殺した」

('∀`)「そうしたらなんと君から連絡が来た! いままで必死に僕が送っても一切反応が無かった君から!」

('∀`)「その瞬間俺は確信したんだ、俺の中に潜むのは『神』なんだ」

('∀`)「しっかりと神の声に答えた結果さ!」

77 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:26:41 ID:Gv6jsmKA0


川;゚ -゚)「違う! そんな訳があるものか!」


('∀`)「それこそ無いだろう? 僕が『応えた』瞬間に君は僕を誘ったんだ」


目の前にいる彼は、最早果てを見つめていた。
今ここではない遥か高みか、はたまた彼にしか見えない世界か。

川;゚ -゚)「狂ってる……」

どちらにしても、彼の瞳は尋常でない光を宿していた。
狂気とも達観とも言い難いそれは、理解の範疇を通り越して目眩がするほど。


少なくとも目の前にいる彼は、
私の話を笑顔でウンウンと頷いて同意し、肯定してくれる彼の姿では無かった。

78 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:28:09 ID:Gv6jsmKA0

('∀`)「さあ、クー、話をするんだろう? 行こうよ」

('∀`)「この前調べたんだ、ちょっとオシャレなカフェでさ、お酒も飲めて……」

先ほどより更に歪んだ笑みを浮かべる彼は、私の腕を掴み強く引っ張る。


思わず私はその手を叩き叫んだ。


川;゚ -゚)「触るなっ!!」

その瞬間。

彼の顔から笑みが消え去った。

貼り付けられていた歪んだ笑みが剥がれ落ちたかのような、そんな変化の仕方だった。


('A`)「お前も俺を拒否するのか?」


そう言った瞬間、再び彼は一旦跳ね除けて離した手を勢い良く伸ばしてきた。

先ほどとは比べ物にならないくらい非常に強い力で私は引かれ、思わず体勢を崩してしまう。

79 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:29:23 ID:Gv6jsmKA0


腕を握りしめている彼の指先は白くなり、爪は服を突き破り食い込まんばかりに突き立てている。


私を連れて行こうとした先ほどとは、明らかに違う意思が込められていた。



('A`)「結局お前もそうなんだな」

('A`)「俺が与えても返さない、俺が失っても得ることはできない」

('A`)「そういう奴には天誅を与えないといけない」

川;゚ -゚)「ご、ゴメン、ドクオ、さっきのは反射的に」

川;゚ -゚)「私達仲良くやってたじゃないか、天誅とか言わないで、な?」

80 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 00:30:20 ID:Gv6jsmKA0


('A`)「お前はいつもそうだな」


('A`)「都合が悪くなるとすぐに自分に都合のいいような言い訳を始める」

('A`)「俺が気がついていないアホだと思ってたんだろう? そうでもなきゃあんな事言わないよな」


川;゚ -゚)「ち、違う……私を信じて……ドクオ……」


('A`)「お前はずーっとそうだった、なんだってそうなんだろう?」

('A`)「お前みたいな奴にこそ俺は『忠実』な仕事をこなす必要がある」

そう言うと彼はその細身のどこから出しているのかわからない程の強い力で私を引っ張り、店の外に連れ出した。
必死に抵抗しようとした私の努力も虚しく、ズリズリとただ、彼に身体は引きずられていく。

最後にチラリと見えたレジの中では、メガネをずり下げた大学生くらいのバイトの男性が、必死に何処かへと通話していたのが見えた。

その瞬間、頭に鈍い痛みが走ると同時に視界はブラックアウトしていった。
倒れる瞬間に私を見下ろすドクオの顔が目に入る。

それはとても冷たく、それでいて悲痛な叫びを私に訴えかけているような……

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