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1 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:26:13 ID:YhHKyVTw0
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──【 砂洲 華(20) 女性 】
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2 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:27:06 ID:YhHKyVTw0
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夜の10時、私はステージに立つ。
別に立派な場所じゃない。
既に閉店の時間を迎えてシャッターを下ろした店の前、コンクリートのタイル敷きの上にギターケースを広げれば、既にそこは私の今日のステージだ。
('、`*川「〜♪」
鼻歌交じりで肩から下げたアコースティックギターのチューニングを始める。
週末を迎えて解放感と酒で満たされた人々の騒めきの中、私の弦を弾く音だけがやけに響いている気がした。
あらかた準備を終えると、私は一息ついて指をグッと伸ばしてストレッチをしてから本日の1曲目をスタートさせる。
急に鳴り出したギターの音に驚いて振り向く人、興味ありげに見つめる人、ニヤニヤと見下したような笑みを浮かべて眺める人。
良かれ悪かれ、視線が集まるこの瞬間はいつだって緊張だ。
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3 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:28:02 ID:YhHKyVTw0
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('、`*川「逢いたい、気持ちは、この雨のように……」
Gメジャーセブンスコードから始まるこの歌。
なんだかいつも弾いている。
('、`*川「全てを、濡らして、色を増すように……」
歌っていると、ふと思う。
私はいつまでここに立っているんだろう。
私はいつまで歌い続けるんだろう。
私はいつになったらここから離れられるんだろう。
どうでもいい世の中に取り残されて、どうでもいい生き方をいつまで続ければいいんだろう?
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4 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:29:01 ID:YhHKyVTw0
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週末の繁華街のアーケード、足早に人々が通り過ぎて、私なんていないみたいに西へ東へ歩いていく。
私の歌は、いつだって通り過ぎていくほんの数メートル前の人々に届くことなんてなくて、このアーケードの中に響いてどっかへ消える。
もしかしたら、地縛霊みたいにそこらかしこに曲の怨念が残っているかもしれない。届けられなかった恨みとして残留思念が……なんて。
あぁ、いやだ。
誰かに求められる存在になりたい。
何かになりたい。
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5 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:29:55 ID:YhHKyVTw0
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──【 Where is my boogie? のようです】
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6 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:30:32 ID:YhHKyVTw0
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曲を弾いていると立ち止まる人は珍しくは無い。
壁でもあるかのように数歩下がった位置で間をあけて見る人だったり、
反対側の店の前でこちらをジッと見つめる人だったり。
ただ、もれなく皆興味が無い。
例えばそれはカフェで流れるジャズやボサノヴァのBGMよろしく、
ここで垂れ流されている空間で聞いているだけなのだから。
たまに私に興味を持って立ち止まる人もいる。ただしかしその向けられた先は、物珍しい事をしている人間に対してである。
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7 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:31:40 ID:YhHKyVTw0
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(*・∀・)「ねえねえお姉さん、俺と一緒に飲みに行こうよ」
('、`*川「……せーかいは、一つじゃない、あーあそのまま、バラーバーラのまま」
先ほどからしつこく話しかけてくる若い男を無視して歌い続ける私。
彼の後ろに遠目からニヤニヤ眺めている奴らがいるから、多分面白半分にやっているのだろう。
酒臭い息を吐き出しながらテンション高く話しかけてくる男の話を無視して演奏を続けていると、
徐々に言葉の端々が攻撃的になり、最後にはあからさまにイラついた表情になった。
(*・∀・)「……んだよ、せっかく話しかけてんのに無視かよ」
そういって男は八つ当たりのつもりなのか、ペッと唾をギターケースに吐き捨てていった。
赤いライニングにまたシミが一つできてしまった。いい加減ここはゴミ入れでもなんでもないと皆に言ってあげたい。
少々の小銭とレシートやら包装紙やらが入った可哀想なギターケースが私に訴えかけてる気がする。
ごめんよ、ケース君と心の中で謝ってみる。もちろん、返事なんて来ないが、気持ちの問題なのだ。
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8 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:32:26 ID:YhHKyVTw0
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高校時代から私はひどく物静かな少女だった。
かといってイジメられているわけでもなく、かといって友達と騒ぐわけでもなく、
ただただ平和に静かにいないように過ごして、ドラマでいうところの少女Aが私の立ち位置だった。
成績だっていいほうでは無かったし、
ギターが弾けるという理由だけで入ったフォークギター愛好会でも一部員として3年間をつつがなく過ごした私。
大学に入ってもその立ち位置は大して変わらなかった。
多分、キラキラした生活を送ることはずっと無いのだろうなと思う。
もうすでに人生の中には光輝く人っていうのは運命づけられていて、そうでない人はその光の陰になるか、その光すら届かないんだろう。
演奏を終えて帰路につく途中、車内から見える街の光を眺めながらそんなことを考える。
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9 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:33:25 ID:YhHKyVTw0
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何故そんな目立たない一生を送るはずの私が路上で弾き語りをやっているのか、
それすら自分でも分からない。
でも心のどこかで、ほんのちょっと芽生えていた私の自尊心が、
自由に過ごし見聞を広めることの出来る大学生活によって、ニョキニョキと自己主張を始めたからだと思う。
多分私はずっとこのまま路上で目立つことなく、時たまあんな風に絡まれながら演奏を続け、そしていつしか辞めていくんだろうな。
自尊心の芽が花咲くことは無くて、多分次第に諦めという毒素に侵されて枯れていく。そして私は平々凡々とした一般的な人生を送るんだ。
きっと。
いつも通り、3駅乗って改札を抜ける。
少し中心部から離れたこの駅はとても凡庸で、そこかしこにあるような普通の駅舎だ。
まるで私みたいと勝手に思っているのだが、最近私はこの駅にすらなれないんだろうなと考えてしまう。
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10 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:34:30 ID:YhHKyVTw0
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だってこの駅は多くの人々の拠点となって、受け入れた入り吐き出したりを繰り返す、とても働き者だから。
きっと私が役立たせることができる相手なんて、自分の半径3メートルくらいの人間だけなんだ。
ダメだなぁ。どうしても夜はマイナス思考になってしまう。
こんな日は甘いものでも食べて頭をフレッシュさせよう。
帰り道にフラッと寄ってしまうスイーツコーナーから2つほど適当に確保してレジへ向かう。
('A`)「……ッシャーセ」
いつもこの時間にレジを打っているこの男性も誰かに認められたいと思った事があるんだろうか?
生気も覇気もなく、死んだような顔で黙々とレジを打ち、愛想もなく金を受け取って会計を済ませるこの男性にも。
いや、誰だってあるんだろう。そういう願望は。
でもそれはいつの間にか失われるか、悟られないように奥底へ仕舞い込んでいるのだ。
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11 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:35:21 ID:YhHKyVTw0
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あぁ、変な人間に絡まれるなんてよくあることなのに。
今日はやけにセンチな気分で考え込んでしまうなぁ。
帰り道にスマートフォンに向かってニヤニヤと話しかけている変な男がいた。
不気味。
横目でチラリと見ながら、気持ち早足で家へと向かう。
今日はさっさと寝るんだ。
そして明日からまたいつもの生活をするんだ。
そう、いつもの私の……
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12 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:35:58 ID:YhHKyVTw0
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──【 毒田 独雄 (24) 男性 】
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13 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:36:35 ID:YhHKyVTw0
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蓋を取ると、溜まっていた湯気が一気に広がった。
油やスープの臭いもそれと共にムワッと漂ってひどく腹を刺激するものだから、
たまらず俺はすぐに割り箸を割って麺をすする。
鼻腔に抜ける油とかん水の臭いが自分の中の食欲を満たしていく感覚が、いつだって堪らない。
ひとしきり食べ終わると、俺は脇に敷いてある布団へと倒れ込む。
万年床になっている布団から叩きだされた、えらい量のホコリが飛び散って部屋の明かりに照らされていた。
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14 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:37:18 ID:YhHKyVTw0
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古ぼけた木の天井をボーっと眺める。
相変わらず黒い染みは消えないし、むしろ増えているような気がする。
枕元に山ほど積み重ねられた古本の山に手を伸ばそうとしたが、止めた。
これからまた仕事だというのに、本の世界に入り込んでしまうと戻れなくなりそうだった。
俺はポケットから適当に折りたたんだ封筒を取り出す。
探っている最中にポケットの中に穴を見つけてしまった。
いい加減オールドと言い張ることを辞めて、新しいジーンズを買わなければいけないかもしれない。
('A`)「ひーふーみー……」
俺は選べるのなら現金手渡しを選ぶ。
単発で日銭を稼いだ日は、こうして数えて眺めるのが楽しみの一つだからだ。
自分が消費した時間が目に見えてわかる。重みを感じることが出来る。
機械で通帳に書き込まれる数字より、手元に入る金だ。
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15 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:38:03 ID:YhHKyVTw0
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───
──
─
('A`)「世の中って言うのは本当に不公平だと思わないか?」
ひと眠りした後のコンビニバイト。スナック菓子の品出しをしながら俺は呟いていた。
もう一人のバイトの大学生は、レジの中でボーっと突っ立っている。
('A`)「高卒か大卒っていうだけで就ける職だって変わっちまう」
('A`)「金が無い人間はいい職に就くことだって出来ないってこった」
('A`)「そんでもって高卒で職についても金だって大して貰えねえし、勤務時間だっておかしな事になってやがる」
俺は出し終わった菓子のケースを折りたたむ。
そして脇に置いていた、もう一つのケースを自分の方に引き寄せ、また品出しを始める。
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16 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:38:59 ID:YhHKyVTw0
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('A`)「人間扱いされない職場に勤めて辞めた俺みたいなのがゴロゴロいるだろうに、世の中は俺たちをポイ捨てして拾い上げる事は無い」
段々と棚出しが雑になっているのが自分でも分かった。
俺は頭に落ち着け、落ち着けと言い聞かせ、また丁寧に品出しを続ける。
('A`)「だから俺はそんな社会が嫌いだ。特に大学生は大嫌いだ」
('A`)「大学生は自分が将来楽に過ごせると思って大金を払ってモラトリアムを楽しんでやがる」
('A`)「遊びまわって遊びまわって、結局金の貰えるところへのうのうと勤めやがる。そんなあいつらが嫌いだ」
定数発注されているはずのスナック菓子が棚に上手く入らない。
俺は周りの菓子を動かし、必死に棚に押し込もうとする。
ダメだ、入らねえ。
棚の位置をズラす為に、支柱を取り外して足元に置く。
取り外すのですら酷く苦労した。
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17 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:39:42 ID:YhHKyVTw0
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何の気に無しにチラッとレジの方を見ると、ボーっとしている大学生が俺の方を見て笑っている気がした。
('A`)「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、見下しやがって。大学生がそんなに偉いのか」
俺が大学生を睨みつけてやると大学生はまた生気のない顔をしながらレジに突っ立っていた。
一言俺がそいつに言ってやろうと品出しの手を止めた瞬間、入店のチャイムが鳴った。
('A`)「らっしゃぁーせぇー」
入ってきた客の顔を見ようと何の気無しに入口の方を見たら、
俺の一番嫌いな人種がやってきた事が分かって、俺はげっそりしてしまった。
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18 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:40:37 ID:YhHKyVTw0
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( ・∀・)「まじでーちょーうけるんだけど」
ミセ*゚ー゚)リ「そう、あの顔まじやばかったから」
( ^Д^)「まじぱねー! ミセリやりすぎっしょ!」
ああ、こいつらだ。
髪の毛が金色だったり茶色だったりで、やけに襟足とか前髪が長いとか丸刈りでそり込みを入れてるとか。
社会性の欠片も無い奴ら。
中学生みたいに龍だの筆記体の英文字だのが書いてある胸元ざっくりな長袖Tシャツを着てる奴ら。
あるいは、灰色だったり黒だったりのスウェットを着て、足元はクロックスだったり便所サンダルを履いている奴ら。
青色LEDを取り付けた軽自動車だったり、型落ちのセルシオだったり、はたまたエルグラに乗ってたりして、変にブオンブオン鳴らしている奴ら。
そして、ペチャペチャ喚きながら入店してきては、尊大な態度をとる奴ら。
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19 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:41:31 ID:YhHKyVTw0
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俺はああいう輩がこの世の中で一番嫌いだ。
髪の毛に色をつけて、やかましい車に乗っているだけで、自分は偉いと思い込んでいる。
そして俺たちみたいな人間、つまり地味な奴らを無条件で見下す。
自分たちだって高卒、下手したら中卒の人間で、誰だって勤められるような仕事をしてるに決まっているのだ。
そんな奴らが、必死に生きている俺を見下すことがたまらなく腹が立つ。
そんなこいつらが死ぬほど嫌いだ。
俺は無条件で『偉い』と思い込んでいるやつらが嫌いだ。
だから、謎の万能感にあふれている大学生たちも大嫌いだし、
少しオラついてみたような、地元の狭い世界で生きてるヤンキー共も嫌いだ。
ああいう奴らは皆消えればいいと思っている。
偶に見るニュースで、そういう奴らが死んだというニュースが流れるとせいせいする。
『ああ、またこの世の中が少しまともに戻った』と、つくづく思う。
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20 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:42:22 ID:YhHKyVTw0
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あのヤンキー共は良く見かける奴らだ。
俺が必死に綺麗に整頓した棚を散々荒らして帰る。
俺の時間を使って必死に並べた棚を、あいつらは踏みにじっていく。
いつも適当な菓子や煙草や酒を買っては、うちの店の前にごみを巻き散らかして去っていく。
そして俺はたまらなくそれが悔しい。
あいつらが捨て去ったゴミを明け方に拾い集めていると、堪らなく憎しみが湧いてくる。
俺があいつ等を消すことが出来ればどれだけいいだろうか。しばしばゴミを捨てながら、あいつらを引き千切る妄想をしている。
しかし、それはあくまでも妄想でしかないのだ。
拾い終わり、綺麗になった店の前と昇る朝日を見るたび、俺の気分はガクッと落ち込んでいく。
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21 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:43:05 ID:YhHKyVTw0
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それと同時に言い知れぬ不安に襲われるのだ。
『ああ、俺はいったいこの先どうなっていくのだろう』と。
そんな思いは日に日に強くなり、最近ではもう今にも押しつぶされそうな位の重圧が自分の身体にかかっている気がしてならなくなった。
いや、そんな生ぬるいモノでは無い、何かあり得ない程に黒い欲求が、自分の中で鈍く渦巻いている。
('A`)「(あー畜生)」
俺は行きたくもない病院に通っている。
醜く太った、あの禿げ上がった頭を光らせるだけしか能が無い白衣を着た豚に金を貢ぎ、薬を貰う。
それを飲むだけで俺は落ち着く。そう言い聞かせて飲むと更に落ち着く。
俺の心の中には『悪魔』が住んでいるから。
これを飲まないと俺はコイツに侵食されてしまう気がしてならない。
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22 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:43:42 ID:YhHKyVTw0
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『悪魔』は時々俺の心のひび割れた隙間から這いずり上がって浸食しようとしてくる。
唐突に脳みその中へ奴の声が響き渡り、ハウリングをしたようなキンキンとした雑音まで響く。
そんなときは酷くクラクラする。
( ・∀・)「そんでさー」
( ^Д^)「笑えんだけど」
ミセ*゚ー゚)リ「てかさっきからあの店員こっち見てんだけど、マジキモっ」
落ち着かない。
奴らを見ていても冷めた目で見れるはずなのに、今日に限って黒い気持ちがとめどなく溢れ出てくる。
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23 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:44:28 ID:YhHKyVTw0
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( ・∀・)「なんだアイツ」
落ち着かない。
店長が来るまで我慢すればそれで終わるのか?
( ^Д^)「おいぃ? 何ガン付けてんだコラ? あ?」
落ち着かない。
目の前までにじり寄ってきたニヤケ面が俺の肩をドンと小突いた。
俺はよろけてその場に尻もちをつく。
目の前の奴らはそれを見て弾けるような馬鹿笑いをした。
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24 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:45:28 ID:YhHKyVTw0
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その瞬間フッと、突然目の前が開けた気がした。
光がパッと差し込んだ時のあの感じだ。
目の前が真っ白になり、全てが光に満たされて多幸感に溢れる朝の陽ざしに包まれるような。
そうか、これはそういう事なのだと俺は理解した。
湧きあがる気持ちを抑えるだけでは何も変わらないのだと、
『悪魔』が俺に語りかけているのだ。
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25 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:46:10 ID:YhHKyVTw0
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俺みたいな人間を見下す奴らを。
俺みたいな人間を馬鹿にする奴らを。
俺みたいな人間より『偉い』と勘違いしている奴らを。
皆平等であると思い知らせる必要が俺には存在していたのだ。
そのために神が俺に与えた『悪魔』という存在を、俺は白衣の豚からこさえた薬という名の鎖で自らしばりつけていたのだ。
そうだ、俺は神に与えられた『裁判人』なのだ。
足元に置いていた、棚の支柱が俺の目に入った。
仕事は『誠実』にこなさなければいけない。
そうして俺は思いっきり振りかぶって、握りしめた支柱を全力で振り下ろした。
蛍光灯が反射した鈍い銀の光が、やけに眩しく見えた。
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26 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:49:09 ID:YhHKyVTw0
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──【 素直 空 (24) 女性 】
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27 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:50:04 ID:YhHKyVTw0
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(;-∀-)「……ゴメン、やっぱりダメだ」
彼と共に真っ白なシーツに包まれようとしていたその時の出来事であった。
思わず私は耳を疑った。
川 ゚ -゚)「……なんで?」
(;・∀・)「本当に申し訳ないとは思う、けど君とは付き合えない」
額に汗を浮かべている彼は必死に私に向かって取り繕うと努力しているようだった。
必死に口から飛び出してくる数々の言葉は、
私の片耳から入ってはもう片方から抜けていくだけだった。
交わったのはこれで3回目だったろうか。
肉の無い貧相な身体を横たわらせながら私に覆いかぶさっているだけだった彼。
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28 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:51:23 ID:YhHKyVTw0
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相変わらずの軽薄でキザったらしい言葉で必死に私を何とか収めようとしているこの男に平手打ちを喰らわせて早々に立ち去る。
はずだった。
けれどその時の私は
川 ゚ -゚)「そうだな、別れようか」
と、あっさり答えるだけで、あとはただベッドに横たわっているだけ。
涙もこみ上げる感情もなく、まるで文章を読み上げるだけの機械のように平易な口調だった。
あまりの返答の早さに少し彼は一瞬狼狽えた表情を見せたが、
すぐにホッとした顔になったのが薄暗い部屋でも分かった。
(;・∀・)「……じゃ、じゃあ、君も気分が悪いだろうから、僕は帰るよ」
( -∀・)「……今まで楽しかったよ」
川 ゚ -゚)「……そうね、私も。バイバイ」
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29 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:52:12 ID:YhHKyVTw0
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そう言い残して彼は私の部屋からそそくさと出ていく。
彼とはおよそ1年間の付き合いだった。出来るだけの愛情表現はしたし、彼からの要求にも出来るだけ答えてあげた。
それでも、最後はこれだけあっけないものか。
彼が部屋から出て行ったのを見届けてしばらくボーっとしていた私はベッドから起き上がると、
テーブルの上に置いてあったコップに残っていた水をグッと飲みほした。
その時、入れた水が隙間から流れ落ちてくるように、目からボロボロと涙が零れ落ちてきた。
あんな薄っぺらな男と別れたところで、別に悲しくも無いはずなのに。
いや、そう思っているのは私の強がりかもしれない。
何回も別れを経験して、私の心はもう悲しみを抑えることが出来ないのだ。
止まらない涙を右手の甲で拭いながら、一人ぼっちになってしまった部屋の窓際で、
夜風に当たりながら出ることの無い答えを必死に考えていた。
身体に吹く夜風から香る草の匂いは、今の私の心とは裏腹に、酷くさわやかだった。
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31 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:53:04 ID:YhHKyVTw0
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───
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初めて私が『お付き合い』をしたのは中学1年生の時、上級生のカッコいい先輩とだった。
もちろん、こんな青すぎる恋が長続きするわけも無く、先輩が高校へ進学するときに私たちの恋は終止符を打った。
その後、私に彼氏が途切れることは無かった。
別れれば次の、また別れれば次のと言った感じで、まるで工場のベルトコンベアーで運ばれてくるかのように、延々とそれは続いたのだ。
私から告白することはほとんど無かった。
待っていれば向こうからやってくるからである。
わたしはそれをさも当然のように受け止め、そして日々を過ごしていた。
それは専門学校に行っても、社会人になっても変わる事は無かった。
最早、違和感なんてものは感じることも無く、半ば自分の中で『当たり前だ』とも思っていた。
だから私は、流れてきた男性とはしっかり『お付き合い』をしたし、出来る限りの愛情を彼らには注いだ。
そして彼らは私の元を去り、また新しい男性が私の元へやってくる。そして同じように彼に私なりの愛情を与えるのだ。
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32 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:53:45 ID:YhHKyVTw0
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しかし最近になって、私の中で違和感が生まれた。
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33 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:55:31 ID:YhHKyVTw0
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川 ゚ -゚)「……別れよう」
(,,゚Д゚)「……最後までつまらなそうだったな」
私なりの愛情を与える、与えているつもりなのだ。
だが、自分はどうも愛情というか感情を素直に表すことの出来ない性分であるらしい。
中学生の頃、ダブルデートをしたときに友人から「空ちゃんって、クールだよね」と言われた事がある。
私は自分なりには精一杯伝えているつもりであるし、表現をする努力もしているつもりだ。
でも、相手にとってはこれは愛とは思っていない。
ゆえに相手は私の思いを受け取ってはくれない。
私の愛情表現の下手さゆえに。
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34 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:56:15 ID:YhHKyVTw0
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もちろん付き合った人間は皆、私が愛した人間である。
私自身がそう思えない相手とはそもそも付き合わなかったし、一線を越えさせないようにラインをビッチリと引いている。
もちろんそれは勘違いさせないようにというのもあるし、相手に無駄な労力を使わせないための私なりの気づかいというのもある。
しかし彼らは、何も答えてはくれない。
これを人は自意識過剰と呼ぶかもしれない。
そうであってほしい。いや、そうでなくてはと思いたい。
正直に言って、この現状に怯えている自分がいる。
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35 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:57:19 ID:YhHKyVTw0
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20歳の頃まで、私は若くして結婚する年下や同い年の女性たちを正直馬鹿にしていた。
『まだ遊べるのに自分で手錠をする馬鹿がまた増えた』と。
ミセ*゚ー゚)リ「私ね〜おなかにベビちゃんが出来ちゃって〜今の彼氏と結婚するんだぁ」
川 ゚ -゚)「そうなのか、おめでとう」
こんな会話を地元にあるチェーン店のカフェで、色んな相手としてきた。
川 ゚ -゚)「式とか挙げるのか? 呼んでくれよ」
ミセ;゚ー゚)リ「いや〜いきなりだったからぁ〜〜とりあえず籍だけ入れるんだぁ」
その言葉を聞いた瞬間、心の中で口角を釣り上げた卑下た笑みを浮かべている自分がいるのが見えるのだ。
また一人、こうして自制心の無い人間が自分から足枷と重りを付けに行ったのだ。
これを笑わずして何を笑うのか。
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36 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:58:37 ID:YhHKyVTw0
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川 ゚ -゚)「子供がいるなら大変だな、身体とか気をつけないと」
ミセ*゚ー゚)リ「うん、だからカフェインとか控えなきゃって〜〜」
そう言ってクリームが山のように盛られたフラペチーノをおいしそうに啜る彼女の髪の毛は、
色が抜けきった金色の髪先と黒の根元が見事なグラデーションを作っていた。
無理やり巻いて纏めた毛の先は、ここから見ても分かるくらいには痛んでいる。
そういう彼女たちを見るのが、私は馬鹿にすると同時に楽しんでいたというのも事実だ。
そして、お祝いと称して無駄に高いドリンク代を奢ってあげるのが、私のささやかな喜びであった。
しかし、気が付けば私の歳も20半ばだ。もう少しで若さでごまかせない歳がやってくる。
そろそろ身を固めてもおかしくない歳だと思うし、
そうでなくても結婚を考える交際相手の1人でもいてもおかしくない年頃になる。
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37 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/09(土) 23:59:29 ID:YhHKyVTw0
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このまま私が歳を取るにつれて、私の前で並んでいる男性たちは次々と去っていき、そして居なくなるだろう。
それまでに私は生涯の伴侶と呼べる相手を見つけて、月並みな言葉で言えば『ごく普通の幸せ』を手に入れることが出来るのだろうか?
そう考えるたびに、心の中のどす黒いモヤが大きくなっていき、どんどんと黒さを増していく。
私はそのモヤに包まれた心が押しつぶされないように、必死に耐えている。
こういうマイナスな思考が続き、耐えられなくなった時に私は誰かと話すことにしている。
言葉にしてはけ口を作り出すことで、心がスッと軽くなれるからだ。
もちろん、そうでない時も多々ある。
そういう時は晴れるまで誰かを見つけて話す。
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38 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 00:00:13 ID:FaxA/HNg0
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話し相手は男性の方が良い。
これは別に出会い共感とかそう言う訳では無く、これまでの経験だ。
女性同士で話すと、とりとめなくダラダラと会話が続き、結局最初に話していた事と全く違う事を話して終わってしまう事が多すぎる。
そして結局モヤモヤを抱えたままになる。
よく話を聞き、私がアンサーを求めた質問に対して、しっかり回答をしてくれる聞き上手な相手が良い。
そして熱心に話を聞いてくれる相手は、少なからず『私に対して好意を持っている』相手でなくてはいけない。
しかし、私の前で順番待ちをしている人間を呼んでしまうと、それはそれで自分の機会を喪失してしまうのも事実だ。
では誰が適役か。
それは『私に対して好意を持つ人間』かつ『私が一線を引いて相手をしている人間』、そして『話を聞くのが上手い人間』だ。
私はこの条件に当てはまる人物を一人知っている。
その人物は、私が呼べば少ししんどくても、絶対に来るはずだ。
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39 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 00:01:01 ID:FaxA/HNg0
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私はメッセージアプリの履歴で下の方に埋まっていたその相手の名前を見つけ出し、メッセージを送った。
必ず返信が返ってくると、私は確信している。
何故なら、彼は『誠実に』生きている人間だからだ。
逆に言えば、クソがつくほど真面目で、純粋すぎる人間で、面白さのかけらもないとも言い変えれるが……。
10分ほどベッドの上で寝ころんでいると、彼からの返信がやってきた。
川 ゚ ー゚)「(来た来た)」
私は上手く彼を呼びだすことが出来るように、お決まりのメッセージを送った。
『久々に会って、ご飯でも食べない?』と。
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40 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 00:01:53 ID:FaxA/HNg0
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それだけで、2つ返事で『OK』を返してくれるのだ。
私にとって、非常にありがたい人間である事は間違い無かった。
『毒田 独雄』は、とても『誠実で真面目な人間』だ。
私はそんな彼が
『大好き』である。
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