( ^ω^)千年の夢のようです

ミ,,゚Д゚彡:時の放浪者

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496 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:09:55 ID:nQCm895A0


  _
(;゚∀゚)「なっ!?」


ガタン、と慌てて立ち上がった。
…その衝撃でジョルジュの座っていた椅子が後ろに倒れる。

  _
(;゚∀゚) 「バカ野郎!!
あいつは "ダットログ" のチャンピオンじゃねえか!
なんでこのデータムログにまでしゃしゃり出てくる!?」

(;*゚∀゚) 「……?」


正体不明との戦いを観戦していた時とはまるで別人のようにジョルジュが焦っていた。
つーにしてみれば、相手は人間にしか見えない。
さっきまでのお化けのほうがよほど恐怖だと思った。

ジョルジュを見る目を、闘技場に移す。


('A`)「……」


無防備に佇む男。 ジョルジュは相手をチャンピオンだと言った。
二つあるこの街の闘技場…その表の戦いの王者。

痩せっぼちで酷く垂れ目の男は、その手に銃斧を握っている。

497 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:12:01 ID:nQCm895A0

(;*゚∀゚) 「銃を持ってるよ!」
  _
(;゚∀゚) 「あいつの銃は完全に相手を殺すために造られたものだ。
力も時間もいらない…引き金をひくだけで ーー 」


青ざめたつーが立ち上がり、BETルームの出入り口に体当たりする。

しかし、
いくらドアノブを捻っても、
叩いても、
扉は何一つ反応を示さない。


「へっ、どこへ行こうってんだ?」
「試合が完全に終わるまで開くことはない…絶対にな」


数人からハハハッ、と沸く笑い。
下卑た人間からは下卑たものしか得られない。


(*゚∀゚) 「ちょっと! いい加減にしてよ!」


つーにとっては仲間…
いや、知り合いが危機に陥っている状態だとしても、彼らにすれば見ず知らずの他人が惨殺される瞬間の映像でしかない。
なんの感傷も沸きはしない。

  _
( ゚∀゚) 「賭け事にはいくらでも金をかけていいもんだ。
不慮の事故で死ぬのも、賭けに負けるようなもんだから仕方ない」

(*゚∀゚) 「そんな!!」
  _
( ゚∀゚) 「…だけどイカサマは気に食わない」


この男を除いて。

498 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:14:02 ID:nQCm895A0

  _
( ゚∀゚) o 「これは無効試合だ」


ジョルジュが拳を強く固める。
その途端、周囲にいた他の客らが腰を浮かせて怯え出した。


「お、おい! 何する気だ」
「ちょっと、この部屋のなかでは暴れないでくださる!?」
  _
( ゚∀゚)o 「お前らはどいてな」


闘技場では、いまだ立ち上がらないナナシに、チャンピオンがいままさに銃口を向けんと腕をあげようとしている。


(;*゚∀゚) 「ジョ、ジョルジュ?」
  _
( ゚∀゚)o 「あーいいからいいから。
危ないからさ、ちょ〜っと離れてよ」


それは優しい口調だが、えも言われぬ雰囲気がジョルジュを包んでいた。
つーが思わず後ずさると、ジョルジュの身体から赤黒い光が溢れ出す。


  _
( ゚∀゚)o 「【パワーデス】!」


発光し放たれた赤黒い魔導力が再集束し、ジョルジュの拳を中心点として集う。
そしてその拳は、
  _
( ゚∀゚)o彡 「ーー ハアッ!」

目の前にある分厚いガラスを容易く貫いた。



ーー 音はない。

あまりにも容易く貫かれたガラスは、ジョルジュの拳から二の腕だけを易々と貫通させている。

499 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:15:59 ID:nQCm895A0

ーー パキ、パキパキパキパキ

遅れて届く衝撃波が、穴をあけたガラス全体にヒビを走らせ


(*つ>∀<;) 「きゃああー!」

ガシャァン!!と、その身をすべて粉々に散らせてしまった。


単なるガラスなどではない。
たとえ闘技場内で暴れたとしても、
BET参加者の安全を保障するために、加工された金属や鉱石による物理的な衝撃をも吸収できる。

炎や風といった魔法を行使しても、
化学反応すら起こさないような魔導コーティングが施された、他に類をみない特別製のガラス。


たとえ大男のクマーが力任せに殴り付けても、一撃で破壊など出来はしない。


…恐る恐る、つーは目を開けた。
だがそこにジョルジュの姿はなかった。

500 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:17:12 ID:nQCm895A0


('A`)「!」
  _
( ゚∀゚) 「よう、そこまでだ」

トリガーに指をかけるチャンピオンの真横。
破砕したガラスの破片に彩られながらジョルジュがすでに着地している。


だがチャンピオンは驚く素振りもなく、無言で銃口の向きをジョルジュに変更し、躊躇なく発砲した。

  _
(;゚∀゚) 「うおっあぶね」


キュイン、とどこかへ着弾する音を聴きながらも、ジョルジュは首から上だけを傾けることで弾丸を避け、その場から動く様子がない。

  _
( ゚∀゚) 「チャンピオンさんよ、ここはあんたが来るところじゃないぜ」

('A`)「……敵は殺す。 それだけだ」

501 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:18:19 ID:nQCm895A0

ーー じゃあ仕方ないな。
ジョルジュがそう言うが早いか、詠唱と共にまたも赤黒い光がジョルジュの身に溢れる。

  _
( ゚∀゚) 「【ドッジ】!」


先とは異なる魔法。
赤黒い魔導力が、今度はジョルジュの足元に集束した後、弾むように光を天に昇らせる。


('A`)「邪魔だ」


チャンピオンの銃連撃が引き続きジョルジュを襲った。
…しかし、今度は余裕の表情で弾丸をスイスイ躱す。

  _
( ゚∀゚)o彡゜ 「あたらねーよーだ」

('A`)「……」


ジョルジュは腕を振りながら無造作に歩を進める。
チャンピオンの表情は変わらない。


破壊力を高める【パワーデス】。
瞬発力を高める【ドッジ】。

同時に唱えることはできないが、ジョルジュの魔法はそのどちらも身体能力を大幅に上げる事ができる。

502 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:19:55 ID:nQCm895A0
  _
( ゚∀゚)o彡 「せえッ!」

チャンピオンまであと数歩の距離というところで、ジョルジュの身体が横滑りに瞬時に伸びた。
腰元から体重をのせて放たれた突き…
鳩尾めがけて冲捶を放つ。

チャンピオンの身体が くの字に吹き飛んだ ーー かに思われたが、攻撃はヒットしていない。
直前にバックステップで下がったチャンピオンから近距離発砲が見舞われる。


ジョルジュの眉間めがけた弾丸も当たらない。
そのまま身を沈めて尚も迫るジョルジュに、出鱈目に放たれるチャンピオンの銃連撃が威嚇として成立。
その前進を止めた。

  _
( ゚∀゚) 「ちっ、そう甘くはないか」

('A`)「……」


大きく下がったチャンピオンの背後は壁が近い。
そのまま追い詰めれば接近戦の得意なジョルジュが有利だが、にも関わらずその場に静かに立つチャンピオンの振る舞いは思考を止めさせてはくれない。

なにかある…。
そして、こちらにはあの銃斧と渡り合うリーチが無い。


その時、ナナシに意識が戻った。

503 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:21:16 ID:nQCm895A0

ミ;,,゚Д゚彡 「な ーー っ!?」

強い驚きを携えて。


('A`)「……」

ミ;,,゚Д゚彡 「… "鼻唄" !?」


意識を失っていた事すら即座に忘れてしまうほど ーー
彼の目の前にいるのは、あの日、戦場で裏切った "鼻唄" その男。

  _
( ゚∀゚) 「お目覚めかい? …そして知り合いか?」


もう一人の男は判らない。
眉間にシワを寄せるような表情で、 "鼻唄" と対峙している。


(*゚∀゚) 「ナナシ! 目が覚めたんだね」

ミ,,゚Д゚彡 「つー!」


頭上からの声は、見上げればつーが身を乗り出している。


闘技場は壁一面が石畳に覆われているように見せかけられていた。

実際はBETルームのガラスには視覚情報を屈折する魔導力が掛けられており、
ナナシからはガラスがあることも、
BETルームの位置がどこかもわからなかった。


円形状の闘技場そのものが、巨大なリングによる魔導力の循環を促していたのだ。

504 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:22:27 ID:nQCm895A0

(*゚∀゚) 「銃を持ってる人が最後の相手だよ!
ナナシが動けない間、ジョルジュが助けてくれたんだ!」
  _
( ゚∀゚) 「…だ、そうです」

ミ,,゚Д゚彡 「把握したから!」


ツヴァイヘンダーを握り直し、 "鼻唄" にその尖端を向ける。
"鼻唄" の顔に特別な表情は見られない。
ナナシを見ても、何も言ってこないのだ。


('A`)「どいつもこいつも…邪魔なやつらだ」


"鼻唄" の声がどこか遠くから聴こえる気がした。
だがそれはナナシが記憶の中の彼との出来事を思い出していたから ーー

505 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:23:15 ID:nQCm895A0


(・∀ ・) 『ここで役に立たなきゃ足手まといだわな』


最初こそ口の悪い男だと思った。
ナナシを罵って優越感に浸るような男だと思った。


(;;・∀ ・) 『痛いうちはダイジョブだろ、よくやったぜお前は』





(-_-) 『本当に、その槍しか持ってないみたいだね』


その顔は何を考えてるのか分からなかった。
噂話だけで、他人を知ったような気になる男だと思った。


(;-_-) 『な、なにやってんだよ!
なんで味方を…』




"外斜視" も、"陰鬱" も、
短い時間を共に戦っただけだとしても、
ナナシを味方としてきちんと迎えてくれていた。


倒れた自分を支えてくれた外斜視の腕の感触…。

裏切りによって死んだ陰鬱の最後の表情…。

506 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:24:12 ID:nQCm895A0


('A`)「死ね」


ーー 他になにか言うことはないのか!?


ミ#,,゚Д゚彡 「うおぉぉっ!」

507 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:29:24 ID:nQCm895A0

"鼻唄" の容赦無い銃弾。
それと同時に振り払い一閃したツヴァイヘンダーが弾き返す。

弾丸が一瞬でナナシに迫ったなら、ナナシが弾き返した弾丸が "鼻唄" の右胸に捩じ込まれたのも一瞬だ。



('A`)「…あ?」


('A`)・," ごふっ


勝負がものの数秒で片付く場合、その実力差は伯仲しているか…
ーー あるいは大きな隔たりがあるか。

  _
( ゚∀゚)o 「…彼氏さん、あんた凄いわ」

ジョルジュが間髪いれずに "鼻唄" へと肉薄する。
わずかに屈み、腰を捻って鍛えられた脚が伸びる…【パワーデス】を纏って。

そして直撃の瞬間。

  _
( ゚∀゚) 「震脚」


軸となる足は大地を踏み抜き、波動を伴う真槍へと昇華して "鼻唄" の左胸を残酷に貫いた。



.

508 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:30:46 ID:nQCm895A0



"鼻唄" が倒れてから間もなく。

甲高いチャイムの音が鳴り響いた。
一戦目、二戦目よりも、長くゆっくりと。


闘技場、ナナシの入ってきた赤い扉が開く。


(*゚∀゚) 「二人とも、大丈夫?!」

(・(エ)・) 「データムログ、試合終了です」


扉をあけたクマーの脇をすり抜けて、つーがナナシ達の元へ走り出す。
ナナシもジョルジュも、つーに余計なものを見せないために、
身体に二つの穴をあけた "鼻唄" の死体を視界から塞ぐように並び立つ。


ミ,,゚Д゚彡 「大丈夫だから!」
  _
( ゚∀゚) 「お二人さん、すまないね。
乱入なんてしちまった…
なにか目的があって参加しただろうに」

(*゚∀゚) 「ジョルジュがいなかったらナナシがやられてたかもしれないじゃん!
ありがとね」

ミ,,゚Д゚彡 「ありがとだから!」


そう礼を述べるナナシは、しかし心のなかで自分の不甲斐なさを恥じていた。


戦いにおいて意識を失う事は、死神に向けて首を差し出すに等しい。

つーの言う通り、
あの状況を見る限り "鼻唄" がもっと早く銃を構え、
ジョルジュの乱入が少しでも遅ければ、
…今ごろ闘技場に倒れていたのはナナシの方だったのだから。

509 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:31:51 ID:nQCm895A0
  _
( ゚∀゚) 「このデータムログじゃあ挑戦者の希望の品に応じて対戦相手が変わる。
ダットログのチャンピオンが出てくるなんて尋常じゃない…
あんたら、何を欲しがったんだ?」


つーの後ろから大きなシルエット。
案内人を務めたクマーが、小さなトランクを指で摘まむように差し出してくる。


(・(エ)・) 「…こちらですよ。
お客様、お受け取りください…
希望商品と、ランクに応じた金額、
どちらも現物で入っております」


身近にいたつーが振り向きトランクを受けとる…と、胸に抱えるほどの大きなトランクに変貌した。
実際には身長差によって小さなトランクに見えていただけなのだが。


それよりも ーー

  _
( ゚∀゚) 「え、彼らへの商品でるのか?
失格とかでなく?」

(・(エ)・) 「ええ、滞りなく」

ミ,,゚Д゚彡 「ひょっとして…」


ナナシは再び思い出す。
案内人であるクマーの言葉…そのヒントを。

510 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:32:51 ID:nQCm895A0

ーー そう、

ミ,,゚Д゚彡 「反則は…なし」

クマーが大きく頷いた。


(・(エ)・) 「違反ルールに抵触しない限り、いかなるケースも認められています。
一対一であるという縛りもなければ、外部からの支援行動も、今回は禁止されておりません」


これはBETルームにいる参加者には知ることのできないルール。
…最下層の赤い扉の前でクマーからバトル説明を聴けた戦闘人員のみが辿ることの出来る蜘蛛の糸。

511 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:34:36 ID:nQCm895A0

そもそも外部からの支援とはいえ、
データムログ側が設置した特別製の防衝撃ガラスが割れるような想定はされていないのだ。

ナナシはジョルジュというイレギュラーな存在に偶然助けられたといえる。

  _
( ゚∀゚) 「じ、じゃあ俺の掛けたお金も?」

(・(エ)・) 「勝利者にBETされたものであれば当然お支払いします」
  _
( ゚∀゚)o彡゜ 「やっほう! くそ儲けたぜ」


最後の言葉につーは顔をしかめた。
とはいえ、ジョルジュがそれだけの結果を生み出した事には変わりはない。

銃を持つ "鼻唄" の前に立ち塞がってくれたのは彼なのだから。


(・(エ)・) 「ーー しかしながらお客様」
  _
( ゚∀゚)o彡 「え?」


突如、クマーが丸太のような腕を伸ばしジョルジュの手首をがっしり掴む。


(・(エ)・) 「データムログ施設内の破壊を行った件に関しましては別問題です」


鋭い目付きでジョルジュを見た…
いや、睨むと形容すべき眼光が彼に襲いかかる。

512 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:36:06 ID:nQCm895A0
  _
( ゚∀゚)o彡 「離せよ、逃げやしないって」

(・(エ)・) 「!?」


しかしその腕は軽々と振り払われた。

クマーは力を抜いていない。
手首を握りこんだのは指圧で筋力の発揮を抑えるためだった…にも関わらず、まるで掴んでいた腕などなかったかのように。

  _
( ゚∀゚) 「ちゃんと弁償するさ。
支払う金と差し引いてくれればいいよ」


ジョルジュはやはり何も思っている様子はない。
クマーも平静を装いつつ背を向ける。


ーー 振り向き様に、 チャンピオン… "鼻唄" の姿を確認した。

発砲と同時に着弾する銃弾を打ち返す剣技、生身を貫く蹴技、
…余りにも非凡な二人は、あくまでも常人の範疇にいるクマーが束になっても敵うことはないだろう。



(・(エ)・) 「それでは10階までご一緒します」

513 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:37:09 ID:nQCm895A0

三人はクマーに従い、闘技場を後にした。

BETルームに居た他の客達も、螺旋階段を登るクマーが誘導する。
気を失っていた者は、クマーの腕にまとめて抱えられた。
…ナナシの試合が最後だったらしい。



こうしてデータムログに滞在する全ての人間が、10階層のスタッフルームからはけていく。

その表情は二通りしかない。

己の利益を狙い通りに生み出せたもの。
そして、賭けに負けて悔しさを滲ませるもの。



ーー 彼らは知らない。
闘技場に残された "鼻唄" の死体が、やがて土塊となり、空調から流れ出るゆるやかな風に吹かれ、砂となって消えていった事を。




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514 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:38:29 ID:nQCm895A0

ーー 翌日。

ナナシとつーは、データムログで入手した "隕鉄" をもってモナー工房の扉をくぐる。


ツヴァイヘンダーも返却したかったが、その前に "隕鉄" をみたモナーの喜びようは凄いものがあった…。

母親に初めて買ってもらったプレゼントに狂喜する子供のように興奮を抑えきれず、
専門用語を噛み砕かずナナシ達に素材の素晴らしさを聞かせた。

その数十分は彼の独壇場…

はじめこそ真面目に聞いていたナナシは途中で放心し、
つーに至っては目の前で爪を弄ったり、果ては眠りに落ちた。


そんな都合は気にしないのがモナーなのだが……。

515 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:39:22 ID:nQCm895A0


( ´∀`)「…では "隕鉄" もこちらで預かるモナよ。
実質、作業はモナーでも一週間くらいかかるかも知れないモナ。
逃げも隠れもしないから一度家に帰ってもいいくらいモナ」

ミ,,゚Д゚彡 「一週間…」

(*゚∀゚) 「…うーん、そのほうがいいかな?
何日もこの街で泊まってたらモナーさんに払うお金が無くなっちゃうもんね」


同意を求めるように顔を覗き込んでくるつーには答えず、ナナシはある事を考えていた。


先延ばしにしていた疑念。
騎兵槍を直せる目処がついた今、目を背けることはできない。

目覚めた時と同じ質問をモナーにぶつける。


ミ,,゚Д゚彡 「…モナーさんは、赤い森って知ってるから?」

( ´∀`)「モナ?」


何を突然?といった顔でナナシに向き直る。
…何を今更?といった顔でナナシに向き直る。


( ´∀`)「赤い森といったらだいぶ昔…
モナーの曽祖父さん、つまり一代目がこの工房を作った頃にはもう戦争で大陸から姿を消していたはずモナよ」


.

516 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:40:57 ID:nQCm895A0

ーー 再び愕然とした。 今度こそ明確に。

しぃの夫、ショボンが赤い森の事を彼女に伝えたのがあの日から一年前。

その一年を、『昔』と呼ぶ人はいない。


(*゚∀゚) 「ナナシ…」

ミ,, Д 彡 「…つー、曾お婆さんの名前、まだ聞いてなかったから?」


あの時は聞かなかった……
うやむやに、聞けなかった答えをつーに求める。



偶然は続かない。
奇跡は何度も起こらない。
パズルのピースは ーー



(*゚∀゚) 「……」


(*゚∀゚) 「しぃ、だよ」



ーー 見事に嵌まってしまった。

517 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:41:59 ID:nQCm895A0



ダットログやデータムログで少しずつお金を稼ぎながら街に滞在することも考えたが、
観光が目的だったつーの事はとりあえず村に帰したほうが良いと思った。

元はナナシが騎兵槍を直し、赤い森 ーー いや、ショボンを捜すための準備をしにこの街へ来たに過ぎない。



外の街道を戻る馬車に乗り込むつーを見送る際、彼女はこう言った。


(*゚∀゚) 「なんだかんだで楽しかったよ。
ナナシがあの闘技場で死ななくて良かった」

(*゚∀゚) 「曾お婆さんのことで混乱させてごめんね。
私にはやっぱりよくわからない…
けど、ナナシがもしナナシなら、生きてたならそれでいいって、
曾お婆さんも思う気がする」

(*゚∀゚) 「…また村に寄る事があれば、今度は正面入り口から入ってきてよねw」



ナナシはただ頷くだけで、気の利いた言葉を返すことができなかった。


それでも、つーは笑って自分の村へと帰っていった…。

518 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:43:48 ID:nQCm895A0

ーー 3日後。

データムログで、つーと自分を助けてくれたジョルジュには、あれ以来会っていない。


受付カウンターで性別不明の従業員から細長い用紙に記入された弁償請求額を突きつけられた彼の顔は、
アゴが外れていたとしか思えないほどに驚愕していた。

  _
(  ∀ ) 『…パワーデスでハサンデスってか…』


ナナシにはよく分からない言葉だったが、その後の照れた顔を見た限り、きっと彼なりのユーモアがなにか込められていたのかもしれない。


今ならモナーへの依頼金を差し引いた分だけでも渡してやりたいが、
[ロータウン]のどこにも彼の姿は見当たらなかった。
この広すぎる[アッパータウン]では意図的に捜すことも難しいだろう。


ミ,,゚Д゚彡 「……」


今日もまた、日が変わるほどの時間になっていた。


彼の腰には、モナーに返し損なったツヴァイヘンダー。
その尖端が鞘越しに、舗装された街の路を時々引きずる音をたてる。

道行く人々がナナシを見ることはない。
大きな騎兵槍と違い、ツヴァイヘンダーは一般にも流通している凡庸な剣。
彼が視界に入っても、珍しくともなんともない群衆の一部として認識される。


作業に取り掛かったモナーは、ナナシが何度訪ねてもその扉を開けてはくれなかった。

店内から漏れ伝わる灯りと作業音が彼の不在を否定していた事から、ひとまず約束の一週間後に伺い直すつもりだ。

519 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:48:30 ID:nQCm895A0

ーー 6日後。

あれからナナシは昼夜問わず街を観光している。


4つの区画と1つのスラムを内包したこの街は、改めて歩いてみるとその区画一つ一つがナナシの故郷…
いや、つーの村を遥かに上回る広さだった。

そしていずれも生活が成り立っている。
放置された空き家などはなく、人が出ていった次の日には違う人が住んでいたのも見掛けた。


唯一気になるのは、さっきまで会話していた者達が、次の瞬間にはまるで互いを認識していないかのように振る舞う事だ。

同じ場所に住んでいる仲間といった様子ではない。
その場は笑って過ごしても、立ち入った話はしない。
その日は隣人であっても、翌日は赤の他人になる。


相手に無関心…という単語が似合うのかもしれない。
ナナシには少しだけ、それが寂しかった。

520 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:50:18 ID:nQCm895A0

モナーに "隕鉄" を預けてから7度目の夜が来た。
今日もまた周囲に灯りが点在する時間になる。

街をふらふらと歩いていたナナシの足は、やがて自然に[ロータウン]へと向けられた。


ダットログやデータムログが目的ではない。
人が多く賑やかな[アッパータウン]よりも、
[ロータウン]のような静かでゆっくりと過ごせる場所のほうが落ち着くのだ。

宿もあのビルの10階層をそのまま取り続けている。


食事も屋内のレストランは利用せず屋台で済ませていた。
ようやく馴染みの店となり、日替わりで適当な具材から時間をかけず出される炒飯が好きになった。


急ぐ理由もないのにガツガツとかっ込み、奥歯と舌でシンプルな味をシンプルに噛み締める。


ミ,,゚Д゚彡 「ふぅ!」


ーー 美味い。


たとえ一流のレストランで食べても、話題のグルメフードを食べても、この満足感は得られないだろう。

高価な材料や高名な料理が欲しいんじゃない。
その時、自分が食べたいものを出せる店が欲しいのだ。

521 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:51:36 ID:nQCm895A0

「…あんたもこんな路地裏の飯屋に来るなんて物好きだよ。
……そろそろ俺も帰るぜ」

屋台主のくたびれた男が閉店を告げる。
急かす口調ではない、むしろ息子に声をかける酸いも甘いも味わった苦労人の父親のように。


ミ,,゚Д゚彡 「いつもありがとうだから!
もうすぐ食べ終わるから!」

「ああ、いいよ。 食べ終わった器はこのシンクに置いといてくれれば。
…どうせ誰も盗みやしないさ」


己の境遇を呪うように自傷気味な返事をして、屋台主は
「また来てくれよ」
と笑い、立ち去っていった。


暗闇に残されるのは屋台の提灯と、ナナシただ一人の姿。

ふと路地を見渡すが周囲には誰もいない。
そして僅かに残る炒飯を食らう。


もちろん暗闇が怖いわけではない。
一人が怖いわけでもない。



ただ…
ミルナが出稼ぎで家を空けていた頃、独りで食事をしていた幼い記憶をなんとなく思い出した。

522 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:52:56 ID:nQCm895A0

米粒を残さず胃に納め、両手を合わせて誰もいない空間に御馳走様と呟く。



夜が明ければ約束の一週間になる。
モナーはうまく騎兵槍を直してくれるだろうか?
このツヴァイヘンダーも忘れずに返さなければ。

523 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:54:51 ID:nQCm895A0


つーは無事村へ帰れただろうか?
あの村がつーの曾お婆さん…しぃの居た村ならば、
自分があのとき感じた懐かしい感覚はやはりナナシの故郷でもあったという事なのだろうか。

ーー だが、面影を残しつつも様変わりした故郷を、自分は故郷と呼んで良いのだろうか。

524 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:55:41 ID:nQCm895A0


"鼻唄" はなぜあそこに居たのか?
彼の様子はいま思えばおかしかった。
本当にあの "鼻唄" であれば、
もっと得たいの知れない雰囲気で、
きっとなにか軽口を叩いていてもよかったのではないか。


…彼はやはりあの時に死んだのだ。

自分が……憎くかった彼の亡霊をも作り出してしまったのではないか。

525 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:57:00 ID:nQCm895A0




ミ,,゚Д;彡 ーー ぽろっ


ナナシの瞳から不意に一粒の涙がこぼれ落ちる。
前触れのない感情は、拭いきれない無言の嗚咽となって闇を助長した。



心のどこかでいま、
たったいま、認めてしまったのかもしれない。


自分が時の放浪者となった事を。
知っている人間はもう誰一人としてこの世界には居ない事を。



ミ,,∩Д∩彡 



幼い頃の孤独とはまた異なる…
世界に独り置き去られ、時に置き去られたという感傷。

どんな剣よりも、槍よりも、深く胸に突き刺さる常闇の感情。

526 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 21:59:17 ID:nQCm895A0



……どれだけの時間が経っただろう。
気付けば薄暗い雲の隙間から、薄く朝陽が昇らんとしていた。
カウンターに肘をつき、顔を覆っていた両手を離す。


顔をあげたナナシの視界の端に、一人影が浮かんでいた。
…徐々に近付く影。 頭から毛布をかぶり、その顔は窺えない。


ナナシは気付かないが、それははじめて[ロータウン]に足を踏み入れた日、宿の場所を聞いたあの浮浪者だった。


/ ::: <●>) 「……泣いていたのですか?」

ミ,,うД゚彡 「あ…」


見ず知らずの人を前に気恥ずかしさをおぼえる。
涙したのはいつ振りだろう…。
ミルナを凍葬した以来かもしれない。


/ ::: <●>) 「知っている人が誰もいないのは、どんな気持ちでしたか?」

ミ,,゚Д゚彡 「!?」


心を見透かされた驚愕。
ーー いや、それはもっと確信的な言葉。


/ ::: <●>) 「……もう一人の行方はようとして知れませんが……
見付けましたよ、私の探し物」


ナナシは反射的に身構えた。
ツヴァイヘンダーを素早く鞘から抜き放ち、グリップを広く持つ。


声をかけてきた男は、するりと頭を覆う毛布に指をかけ腕をおろす。

527 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 22:00:41 ID:nQCm895A0

( <●><●>) ミ゚Д゚,,彡


顔を合わせ対峙した瞬間、脳裏に駆け巡った。
ナナシが失っていた記憶の欠片 ーー

528 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 22:01:26 ID:nQCm895A0


『彼を巻き込む必要はない!
お前達の目的は僕だろうっ!』




『貴様に関わるものすべて我らの大敵と知れ』




『逃げてーーーっ!』




.

529 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 22:03:07 ID:nQCm895A0


ミ;,,゚Д゚彡 「はっ!」


イメージは一瞬。
一塵の風が吹いたように、その記憶は消えてしまった。


しかし、そのお陰でナナシはようやく思い出す。


( <●><●>) 「……不完全な魔法で貴方をきちんと始末できなかった "私達" の責任ということはわかってます。
……申し訳ありません」


"あの日" 、ナナシは相手の魔法をその身に受け止めてしまったのだ。
目の前に立つ、あの大きな瞳孔が特徴な、"あの一族" に出逢って。


( <●><●>) 「今の私であれば、もっと完璧に仕上げてみせます。
……この、未完成だった身体に託された先祖達すべての魔導力で」

ミ,,゚Д゚彡 「でやあああっ!」

ナナシの一歩は時を加速させたように男の眼前まで全身を運ぶ。

獣よりも速く、
獣よりも力強く、
ツヴァイヘンダーを男に突き付けて。






( <●><●>) 「……【リベンジフロスト】」

530 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 22:04:43 ID:nQCm895A0


(*゚∀゚) 「ーー あっ」


ガシャン!と派手に音をたてて、手から滑り落ちた陶器茶碗が砕け散る。


村に戻ったつーは、またなんでもない日常を過ごしていた。

呆けていたつもりは無い。
それは手のひらから意思をもって逃げ出したように…

そう、逃げ道を捜して足掻くように床に落ちてしまった。


(*゚∀゚) 「もー、危なかったなあ」


破片を踏みつけないように部屋の隅から箒と塵取りを手に取り、片付ける。


一日だけ、ナナシと食べた夕飯。

お腹を空かせて、
炊き込みご飯を食べるナナシが使った、あの茶碗を……。

531 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 22:05:51 ID:nQCm895A0


( <●><●>) 「……まさか、」

ミ,,゚Д゚彡 「……」


男は、フラりと身体を後ろによろめかせ…



…一歩下がっただけでまた立ち尽くす。
その身に怪我はない。

ツヴァイヘンダーの切っ先は、届いていない。


( <●><●>) 「まさか私が冷や汗というものをかけるとは知りませんでした」

( <●><●>) 「……詠唱を途中で止めなければ、倒れていたのはこちらの方でしたね」

ミ,,゚Д゚彡 「……」


前傾姿勢でツヴァイヘンダーを長く前に突き出したナナシは動かない。


ーー その全身は、蝋で塗り固めたように凍っていた。


( <●><●>) 「……中途半端な詠唱と魔法ゆえに、いずれまた目覚めてしまうことはわかってます。
……ですから」


そう言うと、先程とは違う詠唱を始める。

彼は凍ったナナシを粉々に砕きたかった。
武器を持っていないため、それに準ずる力を魔導力で努めるように。

それは魔導力を物理的な破壊力に変換する魔法。
詠唱完了と共に、男の身体が一瞬だけ黒く光る。


( <●><●>) 「【フォース】」

532 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 22:06:50 ID:nQCm895A0




.

533 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 22:10:08 ID:nQCm895A0

( <●><●>) 「……」




( <●><●>) 「……?」


ーー 無音。 静寂が辺りを包む。


男は自分の手をまじまじと眺めた。
魔法を放つ事だけを目的に創られたこの手。

魔導力は確かにこの身を駆け巡ったのに、発動していない。


( <●><●>) 「……なぜ?」


訝し気に首を捻るばかりの男の耳に雑音が混じる。


…シャラン、と重なりあう金属のぶつかる音。



「間に合って良かった。
あんな特殊な魔導力ならどこにいても見付けられるさ」


男が振り向いた方角には何もない。
裏路地の終わりを告げる壁一面。

だが、その壁の上には ーー

534 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 22:11:25 ID:nQCm895A0

川 ゚ -゚) 「アイツに頼んだ依頼が後回しにされてると思えば…
どうりでキナ臭くてたまらないわけだよ」


ーー 千年を生き、
幾多の魔導力を同時行使する大魔法使いがその手に持つのは、幾つものリングを備える彼女だけの錫杖。


愚か者に天罰を与える女神の如く、
彼女は外套を風になびかせていた。

535 名前: ◆WE1HE0eSTs[] 投稿日:2014/07/16(水) 22:12:45 ID:nQCm895A0


千年の時を生きる者達。
その総ての記録を見守り続ける事は誰にも出来ない。




唯一、それが出来るのは。




彼らと同じ時を生きる者か。




…どこかで千年の夢を視る観測者だ。






(了)

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