清夏のようです

銷夏のようです

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203 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:32:29 ID:btbomhEE0



 矢が空気を裂くような速度で、六月は駆け抜けて行った。

 湿気をはらんだ蒸し暑さは姿を隠して、訪れるのは肌を焦がさんばかりの日差し。

 七月に入り浮き足立つ生徒達は、今から夏休みの予定を立てては期末試験と言う現実に脅かされた。

 しかしそれも過ぎてしまえば、後は夏休みに突入するだけ。
 テスト休みは夏休みの前夜祭のようなものだった。


(,,゚Д゚)「あー……っつ」


 コンビニにでも出掛けようかと、財布を片手にぶらぶらと。
 早々に揺らめき立つ陽炎を眺めながら、昼間からの散歩をしていた。

 あれからずっと、いや、中学卒業からずっと、胸はもやもやしたままで。
 後悔やら何やらで、どこにも行けず、なにも出来ずに過ごしてきた。

 彼女の家は近い。
 会おうと思えば会える距離だ。

 だがそれが出来る程、言い訳も、口実も、用事も、思い付かない。
 高二なんてものは、まだまだ子供だ。

204 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:33:09 ID:btbomhEE0

 蝉の声はまだしない。
 しかし鼓膜を震わせるあのうるささも、もうじき始まる。

 緑は濃くなったが、まだ夏本番とは言えない若い色をしている。
 たんぼの稲もまだまだ若く、田植えからさほど経っていない。

 時おり吹くぬるい風だけが、夏の匂いを届けてくれた。


(,,゚Д゚)「あー…………あ?」


 幼い頃から歩き慣れた道。

 ふと通りかかったある場所に、違和感を覚えた。


 雑貨屋、イトウヤ。
 二年前に店主が亡くなり、店じまいとなった場所。

 色褪せたもとは青かったベンチ。
 あちこちが剥離して、骨組みは錆びてざらざら。

 雨漏りすらしたトタンのひさし。
 錆びて変色して、雨が当たるとやたらにうるさい。

 閉めきられたシャッターには、閉店の張り紙が貼られていた。
 雨風にさらされて無くなって、もう久しい。

205 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:33:52 ID:btbomhEE0

 いや、閉めきられていた。

 今は、開いている。


(;,゚Д゚)「い、伊藤のばーちゃん!? 生きてたの!?」

('、`*川「葬式来たでしょうがあんた」

(;,゚Д゚)

('、`*川

(;,゚Д゚)「伊藤の姉ちゃんが街から帰ってきた!?」

('、`*川「はいはい街から帰ってきましたよー」


 久々に見る、馴染みの顔。
 閉店した筈のここ、イトウヤの店番をよくしていた孫娘の姿。

 大学を卒業して、県内の街の方で独り暮らしをしていたはず。

 その元店番は、綺麗に掃除された店内で、売り物の瓶ジュースを飲んでいた。

207 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:35:06 ID:btbomhEE0

(;,゚Д゚)「な、何で!? やめたろ店!?」

('、`*川「私にも思うところがあったのよー」

(;,゚Д゚)「……イトウヤ、またやんの?」

('、`*川「やんの」

(;,゚Д゚)「……駅前にコンビニに出来たよ?」

('、`*川「知ってる」

(;,゚Д゚)(チャレンジャーだ……)

('、`*川「まぁ不便だって声が多かったみたいでね、ここ年寄り多いから」

(,,゚Д゚)「あー……うん、でもここ通学路だし、学校から買い食いの苦情来てたんだろ?」

('、`*川「買い食いさせる親が悪いのよ、店に責任押し付けんなっつう
 つーかPTAの苦情よりも地元住人のあると便利って声が大きいんだけどね! ふはは!」

(,,゚Д゚)(あ、このイトウヤは安泰だ)

208 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:35:26 ID:btbomhEE0

('、`*川「さて悩める少年よ、ついでにそこのサッシ閉めて」

(,,゚Д゚)「あ、はい、うわエアコン入ってる!?」

('、`*川「私は暑いのは嫌いです、ほらなんか買え」

(,,゚Д゚)「あー……なんか夢みたいだな、イトウヤまたやるんだ……」

('、`*川「ふふーん、告知一切しなかったから誰も来ないのよね、暇」

(,,゚Д゚)「姉ちゃん……はい50円」

('、`*川「ごめんねーそれ60円になったのよー」

(,,゚Д゚)「くっ、不況め……」

('、`*川「で、だ」

(,,゚Д゚)「ん?」

('、`*川「相変わらずのクソ半端な田舎だけど、少年少女は相変わらずかな?」

(,,゚Д゚)「…………」

('、`*川「えらく沈んだ顔してたわよー」

(,,゚Д゚)「あーうー……姉ちゃんつえーなぁ……」

209 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:36:08 ID:btbomhEE0

('、`*川「悩みごとかい」

(,,゚Д゚)「……誰にも言わない?」

('、`*川「いーわない言わない、2ケツしてたのも言わなかったっしょ」

(,,゚Д゚)「んー……じゃあ…………しぃ、覚えてる?」

('、`*川「根込さんちの長女でしょ? 女子高行ったっつー」

(,,゚Д゚)「うん……女子高行った……」

('、`*川「そのしぃちゃんが? どした?」

(,,゚Д゚)「俺に、何も言わずに女子高行って」

('、`*川「ふむ」

(,,゚Д゚)「それが、なんか、もやもやして」

('、`*川「んー、相談されたかったの?」

(,,゚Д゚)「…………」

('、`*川「同じ学校が良かったの?」

(,,゚Д゚)「……うん」

210 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:36:28 ID:btbomhEE0

('、`*川「それがワガママって、自覚してる?」

(,,゚Д゚)「うん……」

('、`*川「んじゃ良いや」


 カウンターに置かれた瓶ジュースを飲みながら、店主は天井を仰いで言葉を選ぶ。

 それを眺めるギコは、クッションの破れた丸椅子に座ったまま缶ジュースの蓋を開ける。

 カシュ、と飛沫をとばしながら暗い口を開いたそれ。
 口から溢れる白い空気を見下ろしてから、口をつけた。

 冷たくて、甘くて、しゅわしゅわで。
 よく冷えた缶の表面を水滴が伝い、手を濡らす。


 あの時のジュースも、こんな風に冷たかったっけ。

 復活したアイスストッカーには、きっと二つに割れるソーダアイスも入っているのだろう。
 最後に食べたのは、いったいいつの事だろう。

 しゃくしゃく。
 ねばるような甘さ。
 冷たくなる胸の奥。

 思い出すと、ふと食べたくなってしまう。

211 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:37:34 ID:btbomhEE0

 ああ、夏の残炎。
 いつまでもじりじりと、尾を引き、なごり、とどまり、消えてはくれない。

 胸が苦しくなるような、身を焼くような、焦がすような、暑い、熱い、何か。

 忘れてしまいたい。
 忘れたくはない。

 遠い日の秘め事、幼い蜜月、触れあった禁忌、身を抱くほどの熱い痛み。

 全てを無かった事になんて、きっと一生出来やしない。
 無かったことになんか、できっこない。

 そんな悲しいことはできない。
 そんなもったいないことはできない。

 だってあの思い出は、決して無下にはできない大切なもの。
 この懐かしい空気の中に身をおいて、ふと気付いた現実。

 そんな大切なものの、消滅を、願ってしまっていた。


 じゃあ。

 若い店主は天井を見上げたまま、口を開く。

212 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:38:06 ID:btbomhEE0

 「あんたは、どうしたい?」

 「俺は、」

 「あの子に謝ってほしい? それとも謝りたい?」

 「俺、は、」

 「仲直りしたい?」

 「   うん」

 「悪いことしたのは、どっち?」

 「俺、だよ」

 「じゃあ、謝んなさい」

 「 はい」

 「気の済むように、後悔しないように、やんなさい」

 「はい」

 「じゃ、もう行きなさい」

 「はい」

213 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:38:38 ID:btbomhEE0


 一人きりになった店内。

 古びた壁や天井が、壁に貼られたままの古いポスターが、あの頃の姿を残している。

 綺麗に掃除はしても、思い出だけは消せなくて。
 朽ちてしまうまで、祖母との思い出をこの店に生かしておきたい。


 ああ、全く。

 今日来た客は、二人だけ。


('、`*川「二人揃って、同じこと考えちゃって」


 若いって良いわねぇ。
 お姉さんも、旦那見つけなきゃな。


 本当にああもう全く。

 新装開店のビラでも作ろうかしらね。

214 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:39:07 ID:btbomhEE0


 イトウヤからの帰り道。

 懐かしい空気の中、少しだけ決心がついた。

 七つ上の若い店主が、背中をぐいと押してくれた。


(,,゚Д゚)(謝ろう)

(,,゚Д゚)(怒鳴ったこと、謝ろう)

(,,゚Д゚)(お前はお前に必要なのを選んだんだって)

(,,゚Д゚)(他のものが不要になったんじゃないって)

(,,゚Д゚)(ちゃんと、分かってるからって)

(,,゚Д゚)(あやま)

(*゚ー゚)「あ、ギコくん」

(;,゚Д゚)「ヘェアッ!!?」

215 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:39:39 ID:btbomhEE0

 来た道を戻りながら、前だけを見て考え込んでいた。

 だから途中のお地蔵さん横のベンチに座る彼女の姿に気が付かなくて。

 突然彼女が声をかけてきたから、間の抜けた声を上げてしまって。

 ついでに言うと右手に持っていたのみさしのジュースを落とした。


(*゚ー゚)「どうしたの? 変な声出して」

(;,゚Д゚)「お、オァァ……何でもない……」

(*゚ー゚)「イトウヤ行ったの?」

(,,゚Д゚)「あ……うん」

(*゚ー゚)「びっくりしたね」

(,,゚Д゚)「うん……」

217 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:40:08 ID:btbomhEE0

 さんさんと降り注ぐ日差しの中。

 会話はさして弾まず、先ほどの決心は突然のことにかき消えていた。

 せめて、せめて心の準備がしたかった。
 準備期間を設けてほしかった。

 さすがにさっきな今ではちょっと無理だ。


(*゚ー゚)

(,,゚Д゚)

(*゚ー゚)「……えっと」

(,,゚Д゚)「…………」

(*゚ー゚)「あ、暑いね……」

(,,゚Д゚)「……うん」

(;*゚ー゚)

(;,゚Д゚)

218 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:40:28 ID:btbomhEE0

(*゚ー゚)「あ、と……えと……」

(,,゚Д゚)「…………」

(*゚ー゚)「……あっ、野球!」

(,,゚Д゚)「え?」

(*゚ー゚)「野球部、だよね?」

(,,゚Д゚)「え、あ……ああ、まぁ……」

(*゚ー゚)「試合出てたよね、すっごいホームラン打ったの」

(,,゚Д゚)「まぁ……辞めたけど……」

(*゚ー゚)「えっ……辞めちゃったの?」

(,,゚Д゚)「うん……春に……」

(*゚ー゚)「……そっか、残念……かっこよかったのに」

(,,゚Д゚)「何言ってんだよ……つか、何で知ってんの」

(*゚ー゚)「えっとね、友達の彼氏が出てるからね、一緒に応援に行ってたんだ」

(,,゚Д゚)「……ふーん」

219 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:40:51 ID:btbomhEE0

(*゚ー゚)「そしたらね、相手のチームに急にギコくんが出てきたんだよ」

(,,゚Д゚)「…………」

(*゚ー゚)「すごくびっくりしてね、思わずギコくんの方応援しちゃって」

(,,゚Д゚)(良いのか応援して)

(*゚ー゚)「そしたらギコくんが、すっごいの打ったんだよ、すっごかったんだよ」

(,,゚Д゚)「俺の事だから分かってるっつーに……」

(*^ー^)「あ、そっか……えへへ……あとでね、友達に怒られちゃった」

(,,゚Д゚)「……バーカ」

(*゚ -゚)「あ、ひどいー」


 あれ、おかしいな。

 なんか、なんだ?


 普通に、話せるし、顔も見れるぞ?

220 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:41:55 ID:btbomhEE0

 やけに嬉しそうに、楽しそうに、はしゃぎながら話す彼女の笑顔。
 まるで自分だけが見ていたように、大事な何かを自慢するように話していて。

 妙に、むず痒い。


 しかし、友人の彼氏だろうが、見知らぬ男がしぃに応援されるのは何だか癪だ。

 少しだけ、ほんの少しだけ、気分が良い。


(*゚ー゚)「あ、そうだ!」

(,,゚Д゚)「ん?」

(*゚ー゚)「携帯ね、高校入って買ったんだよ」

(,,゚Д゚)「あー……お前、持ってなかったもんな」

(*゚ー゚)「自分で買おうと思ってて……携帯って高いねぇ、一括だと大変だったよ」

(;,゚Д゚)「一括で買ったのかよ!?」

(*^ー^)「えへへ、12万頑張りました。
 だからね、アドレス交換しようよ」

(,,゚Д゚)「あー……うん」

(*^ヮ^)「やったぁ!」

221 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:42:17 ID:btbomhEE0

 今さらのように、アドレスやら、IDやらを交換する。

 三年前にはもう持っていたギコと違って、彼女は慣れない手つきで白い携帯を操作していて。

 あんまりまごまごしているから、代わりに操作して自分のアドレスやら番号を登録する。

 よく使うアプリのインストールも、IDの登録も設定も、彼女の目の前で教えながら行った。


 大きな目を丸くしながら、画面を覗き込む彼女。

 すごいねぇ、ギコくんは詳しいねぇ、なんて
 あの頃と同じ顔で笑うから、何だか気恥ずかしくなってしまう。


 短くなった髪も、よく似合っている。

 少しだけ、活発な印象にはなった。

 けれどやっぱり、根っこは全然変わってない。


 携帯電話を額にぺちんとぶつけて返すと、彼女は爽やかな夏の日差しみたいに笑っていた。

 ありがとギコくん、今度連絡するね、なんて言うものだから。

 胸がぎゅう、と熱くなった。

222 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:43:03 ID:btbomhEE0

 容赦なく降り注ぐ日差しの中で、ベンチに座る彼女と、正面に立つギコ。

 上から見下ろす彼女の頭、白い帽子が眩しくて、目を細めてしまう。

 すらりと伸びた腕や脚は、太陽の熱で少し赤くなっている。
 楽しそうに携帯電話を両手で持ち、ぺちぺちと操作する彼女から視線をそらした。

 足元に落ちている先程落とした缶を拾って、残っていた中身を排水溝に流す。
 道を挟んだ斜向かいにある自販機と、隣に置かれたゴミ箱に歩み寄って、空き缶を投げ入れた。


(,,゚Д゚)(……あっつ)


 真夏よりは優しいが、昼間の日差しは肌を焼く。
 じりじり、じわじわ、汗がにじむ。

 尻ポケットに差し込んでいた財布を取り出して、小銭を自販機に落とし込む。
 ランプのついたボタンを眺めてから、やや悩んで、二つのボタンを押した。

 そして二つの缶をもって、彼女の前まで戻って行く。

 相変わらず彼女はピンクのケースに入った白いそれをぎこちなく叩いてばかりで、
 大体の事はそつなくこなせると思っていたのに、意外と不器用な面があると知り、少し笑ってしまう。

223 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:43:39 ID:btbomhEE0

(*゚ -゚)「うー……んー……? 伸ばし棒はどこ……?」ペチペチ

(,,゚Д゚)

(*゚ -゚)「小文字は……あれー……外だと画面が見づらいよー……」ペチペチ

(,,゚Д゚)「へい」ペト

(;*゚o゚)「ひぇっ!?」


 携帯電話と格闘する彼女の頬に、オレンジ色のよく冷えた缶をぴたりと当てた。

 びく、と跳ね上がった彼女がうっかり携帯を落としそうになりながら、ギコを見上げる。
 そして冷たい何かの正体に気づくと、にっこり、また嬉しそうに笑った。


(*^ヮ^)「えへへ、ありがとギコくん」

(,,゚Д゚)「おう」

(*゚ー゚)「120円?」

(,,゚Д゚)「奢り」

(*゚ー゚)「良いの?」

(,,゚Д゚)「飲めよ」

(*^ー^)「……えへへ」

224 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:44:13 ID:btbomhEE0

 携帯を膝に置いて、両手で冷たい缶ジュースを持っては回して、プルタブを上げずに眺める。

 まるで飲むのが勿体無いと言うように、にこにこ、缶をいじるだけ。

 それに対しては何も言わず、自分の分である赤い缶のプルタブを上げた。
 かしゅ、と冷たい音を立てながら、先程も見た暗い口が開く。

 一口飲めば、喉に炭酸の刺激と冷たい甘さ。
 この薬臭いような、身体に悪そうな甘さが、なぜだか妙に美味い。


(*゚ー゚)「……ギコくんは、やっぱりコーラが好きなんだねぇ」

(,,゚Д゚)「んー」

(*゚ー゚)「男の子はコーラが好きなのかなぁ」

(,,゚Д゚)「……お前はオレンジで良いんだろ」

(*゚ー゚)「うん、好きだよ?」

(,,゚Д゚)"

(*゚ー゚)?

(,,゚Д゚)「そうかよ」

(*゚ー゚)「うん」

225 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:44:33 ID:btbomhEE0

(*゚ー゚)「ね、ギコくん」

(,,゚Д゚)「んー……」

(*゚ー゚)「私がオレンジ好きなの、覚えてたんだね」

(,,゚Д゚)「…………おう」

(*^ー^)「……えへ」

(,,゚Д゚)「…………」


 ああ、むず痒い。
 気恥ずかしい、こそばゆい、走り出したい。

 覚えているに決まってる、どれだけの時間を共有したと思ってるんだ。
 覚えているに決まってる、どれだけお前の事を見てきたと思ってるんだ。

 いや、しかし、どれだけの時を過ごしても、どれだけ彼女を見てきても、
 未だに、その真意を探り当てて、汲み取る事なんて出来ないままだ。

 彼女が語らないのではなくて、ギコにその能力が無いだけなのだが。

226 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:45:24 ID:btbomhEE0

(,,゚Д゚)「……なぁ」

(*゚ー゚)「ん?」

(,,゚Д゚)「…………」

(*゚ー゚)「…………」


 彼女の正面に、横を向いて立ったまま、口を開いては閉じ、開いては閉じ。

 言葉を手探るように、缶や足元に視線を落としてから、よく晴れた空を見上げる。

 雲は少なく、やや白っぽい青。
 真夏には遠い、刺すような日差し。

 しかし、夏は近い。
 もう、すぐそこだ。


(,,゚Д゚)「……高校、楽しいか」

(*゚ -゚)「…………うん」

(,,゚Д゚)「…………そか」

227 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:46:10 ID:btbomhEE0

(,,゚Д゚)「俺も、楽しい」

(*゚ー゚)「……よかった」

(,,゚Д゚)「うん……」

(*゚ー゚)「……あのね」

(,,゚Д゚)「ん」

(*゚ー゚)「友達も出来たしね、楽しいんだけどね、」


 ざあ、と風が吹く。

 浮き上がった彼女の帽子を、上から押さえてやる。

 顔の見えない彼女が、小さく言葉を紡いだ。


 「ちょっと、寂しい」

 「…………俺も」

 「そっ、かぁ」


 ざわざわ。
 風は、まだ止みそうになかった。

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