清夏のようです

銷夏のようです

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176 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:03:13 ID:btbomhEE0


 蝉の脱け殻。

 ラムネのビー玉。

 拾った貝殻。

 きれいな石ころ。


 お菓子の缶に、宝物を詰め込むように。


 熱いサドル。

 終わらない宿題。

 凍らせた麦茶。

 汗の染みた帽子。


 夏のかけらを集めて、大事に仕舞う。

178 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:05:44 ID:btbomhEE0


 この夏は二度と来ないなんて、感傷的な気分に浸るよりも。

 この夏をどれだけ楽しむか。
 次の夏をどれだけ楽しむか。

 うんざりするくらい暑さを感じよう。
 うんざりするくらい日射しを浴びて。
 うんざりするくらい暑い暑いと繰り返す。


 さあ、今年の夏は何をしようか。

 海に行って、日焼けした肌に海水がしみるまで遊ぶか。
 プールに行って、人の隙間を縫うように泳ごうか。

 山に分け入り、虫を捕まえては量と大きさを競うか。
 川に足を浸し、海ともプールとも違う冷たさを感じようか。

 夜にはお祭りへ行こう。
 喧騒と熱気に飲み込まれながら、君の手を離さないように気を付けよう。

 一緒に花火を見よう。
 君の手を強く握って、花が咲いたように笑う、目映い光に照らされるその横顔を眺めていよう。


 夏にしか触れられないものは、やまのようにある。

180 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:07:16 ID:btbomhEE0



 冷房の効いた室内。
 窓辺に下げた風鈴と、日射しを遮るすだれ。

 よく冷えた麦茶と、汗をかいたコップのしずく。

 鞄には小さなパックの手持ち花火とサンダル、ビニール袋。

 首からタオルをかけて、さらした脚や腕に虫除けスプレーを振った。

 履き慣れた靴に足を入れて玄関を開ければ、冷えた室内に押し寄せる熱気。

 さんさんと眩しい夏の日射し、みんみんじゃわじゃわとやかましい蝉の声が降り注ぐ。

 暑さと眩しさとうるささを全身に浴びながら家を出て、歩き慣れた道を進む。


 ぺたぺた、暑さにわいたアスファルトが靴底に張り付く。

 わさわさ、フェンスに巻き付く野生化した朝顔の群れ。

 ざわざわ、眩しい緑の田んぼが風に揺れていた。

181 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:09:04 ID:btbomhEE0


 途中にある小さなトンネルは、すっぽりと日陰になっていて、僅かながら涼む事が出来る。

 小さくごく短いトンネルの中に立ち入り、その場で立ち止まる。
 中は暗くて涼しくて、中から見た外の世界は眩しい程に白い。

 コンクリートは容赦なく日光を照り返し、揺らめきたつ陽炎が暑さを伝える。

 トンネルの中と外の明暗がもたらすコントラストは、妙な異世界感すらあって。
 ひやりとした空気もあって涼むには最適だが、よりいっそうに不思議な感覚に陥らせる。


 目を細めて、目映い外の世界を眺める。

 コンクリートの照り返しに、妙な既視感を覚えた。
 過去何度もこうやって、目を細めた気がする。

 首を傾げていると、小学生の男女が、笑いながらすぐ脇を駆け抜けて行った。


 その背中を眺めて、少し笑って、トンネルの中から外へと踏み出した。



 『銷夏のようです』



 さて、今年の夏も暑いな。

182 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:11:06 ID:btbomhEE0


 日曜日、天気の良い昼間。

 水の抜かれたプール。
 藻やら苔やら枯れ葉やら、ヘドロ状のゴミがたっぷり溜まったぬるぬる地獄。

 その中に居るのは、水着にジャージを羽織った少年達。
 デッキブラシを片手に、プールサイドの友人が水を流すのを待っていた。


 六月の頭、命じられたプール掃除。

 渋々参加する者。
 真面目に取り組む者。
 とにかく大はしゃぎする者。

 各々が自由に掃除をしながら、暑くなり始めた日射しを浴びている。

 木々の緑はまだ若く、柔らかさを残している。
 未だ優しい暑さ、風のぬるさが、夏本番にはまだ時間がある事を物語っていた。


( ・∀・)「ギッコー、水流すぞー」

(,,゚Д゚)「おーう」


 紺のジャージを羽織った二人が軽く合図をして、プール内に水を流す。
 プールの底をブラシで擦るのはなかなか体力を使うらしく、額にうっすら汗を浮かべていた。

183 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:13:02 ID:btbomhEE0

 ばしゃばしゃと跳ね返りながら汚れを押し流す水は、初夏の日射しを浴びてきらきらときらめく。

 それを見ながら、ああ頭から水を浴びたい、とブラシを片手に思うばかり。


( ・∀・)「やっぱ動くとあっついなー」

(,,゚Д゚)「ジャージ脱ぐわもう……」

( ・∀・)「こっち置くから投げー」

(,,゚Д゚)「んー」
  _
( ゚∀゚)「俺みたいにさっさと脱げば良かったものを」

( ・∀・)「このクソ汚いどろどろジャージがなんだって?」バシャー
  _
( ゚∀゚)「あーやめてージャージに水かけないでー」

(,,゚Д゚)「アホが入ってすぐ転ぶから」
  _
( ゚∀゚)「楽しくてつい」

( ・∀・)「掃除してんだよ遊んでんじゃねーんだよ」

184 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:15:03 ID:btbomhEE0

( ・∀・)「ギッコさー」

(,,゚Д゚)「んー」ガシュガシュ

( ・∀・)「部活辞めたんだっけー」

(,,゚Д゚)「あー、春になー」ガシュガシュ

( ・∀・)「去年の夏にアレだろ、すげーの打ったんだろ、何で辞めたん」

(,,゚Д゚)「あれなーまぐれー」ガシュガシュ

( ・∀・)「あぁー……」

(,,゚Д゚)「登板も当たったのもまぐれでなー、まぁ普通に凡才だからなー」ガシュガシュ

( ・∀・)「ギッコも俺と同じだったかー」バシャー

(,,゚Д゚)「お前は秀才だろー、俺は凡才なんだよなー」ガシュガシュ
  _
( ゚∀゚)「ひょーう!! 滑るー!!」ツィー

(・∀・ )

(゚Д゚,,)

( ・∀・)「アレが天才なんだよなー」バシャー

(,,゚Д゚)「悲しいことになー」ガシュガシュ

185 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:17:01 ID:btbomhEE0

( ・∀・)「あーなんか部活やめる時にひと悶着あったってー?」

(,,゚Д゚)「あーあったあったー」

( ・∀・)「そのとき俺居なかったからさー」

(,,゚Д゚)「モラは帰宅部だしなー、えーとなー」



 桜がちらほら咲き始めた頃。

 自分の才能の無さ、頭の悪さ、大学受験のための勉強を始めなければいけない。
 そんな理由が重なって、ギコは部活をやめる事にした。

 元々、友人が「赤星かっこいいよな」と言う理由で入った野球部。
 それに引きずられるように、一緒に入っただけだった。

 途中で辞めようかとは思ったが、折角だからと一年の間はそこそこ真面目に勤しんだ。

 元々少年野球をやった事が少しだけあったので、ある程度までは成績を伸ばした。
 しかしまあ、努力も経験もまるで足りず、選手に選ばれる事は無いままで。

 けれど夏場の大きな試合、ひょんな事から一度だけマウンドに立った。
 結果としては母校を勝利に導いて、その瞬間だけは英雄になれた。その瞬間だけ。

186 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:19:01 ID:btbomhEE0

 あとはもう、特に語る事もなく。

 努力も、経験も、才能も。
 何もかもが足りない、きわめて半端な凡才。

 それに対してさしてショックは受けないし、当然だと受け入れている。
 だからこそ、学年が変わる頃に、あっさり部活をやめようと決めた。

 そんなギコの元に、神妙な顔をした友人が訪れる。

  _
( ゚∀゚)『なぁギッコ』

(,,゚Д゚)『んー?』
  _
( ゚∀゚)『部活さ、やめんの?』

(,,゚Д゚)『前も言ったろー、大学行きたいし、俺アホだからそろそろ勉強せんとなー』
  _
( ゚∀゚)『……俺もやめる』

(,,゚Д゚)『んぁ? お前は俺よか評価されてんだろ?』
  _
( ゚∀゚)『ギッコ居なくなるならやめる』

(,,゚Д゚)『えぇー……』

187 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:21:07 ID:btbomhEE0

(,,゚Д゚)『んだよ寂しいのか? 俺が居なくても十分楽しいだろ』
  _
( ゚∀゚)『俺な』

(,,゚Д゚)『ん?』
  _
( ゚∀゚)『先輩とかから、すげー嫌われてるみたいでさ』

(,,゚Д゚)『…………』
  _
( ゚∀゚)『部室でさ、なんか、色々言われてて』

(,,゚Д゚)『ヤな奴らだな』
  _
( ゚∀゚)『先輩しかいないとこでさ、言ってて、俺聞いちゃってさ』

(,,゚Д゚)『部活ではちゃんとしとるしなぁ、態度が悪いとかは無いよな……』
  _
( ゚∀゚)『なんかな、ちやほやされてるとか、生意気とか、』

(,,゚Д゚)『あー……気にすんなや、嫉妬だろ嫉妬、お前無駄に上達はえーし』
  _
( ゚∀゚)『ヤな気分なんだな、これ』

(,,゚Д゚)『……おう』
  _
( ゚∀゚)『だからさ、俺、やめたい』

188 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:23:39 ID:btbomhEE0

(,,゚Д゚)『お前が辞めたいなら辞めっちまえ、後腐れないなら好きにしろ』
  _
( ゚∀゚)『…………』

(,,゚Д゚)『後腐れすんなら、やりきってから辞めろ』
  _
( ゚∀゚)『……うん』

(,,゚Д゚)『ごめんな、俺知らんかったから』
  _
( っ∀゚)『ギッコ』

(,,゚Д゚)『うん?』
  _
( つд∩)『ごめん、ごめんな、俺、』

(;,゚Д゚)『な、なに、お前何で謝ってんの、は? 泣いてんの?』
  _,
( つд∩)『だって俺、お前とモラがどんな気持ちだったのか、やっと、』

(;,゚Д゚)『は? は??』
  _,
( つд∩)『天才とか、秀才とか、言ってただろ、』

(;,゚Д゚)『い、いや誰もガチでお前のこと妬んでないから、ないから、やめろ』

189 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:24:11 ID:btbomhEE0
  _,
( ぅд;)『…………俺頑張るから、辞めるまで本気でやるから』

(,,゚Д゚)『あの、あー……無理すんなや? ああ言ったけど嫌なら辞めて良いからな?』
  _,
( ぅд;)『うん……』

(,,゚Д゚)『えー……応援行くわ、元野球部員として、お前の親友としてな』
  _,
( ぅ∀;)『うん、』

(,,゚Д゚)『だからもー……泣くなやお前……』


 生まれて始めて聞く親友の泣きじゃくる声と、貸した肩の濡れる感触。
 背中をばんばん叩いて、泣くな泣くなと繰り返しても、なかなか泣き止む事は無かった。


 その後、ギコは宣言通りにちゃんと顧問と相談して部活を辞めた。

 『後輩の陰口言うような部活無理っすわー』と
 後ろ足で砂をかけるように言い放ち、目を丸くする親友を見て笑った。

 そして親友はと言うと、まさかのその場で同時退部。
 先日の宣言を見事に覆して、『傷ついたから辞めます!』と爽やかに言い放った。

 実際に嫉妬からの陰口を繰り返していた上級生と、なにも知らない顧問は狼狽していて
 後は色々と大変だったらしいが、もはやギコの知った事では無かった。

190 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:24:44 ID:btbomhEE0


(,,゚Д゚)「って事があってなー」
  _
(;゚∀゚)「ギッコ!? ねぇギッコやめて!?」

( ・∀・)「うわ長岡ガチ泣きしたの? 見たかったんだけどそれ」

(,,゚Д゚)「鼻水まで垂らしてた、俺の肩ぐっしょぐしょになったわ」

( ・∀・)「ないわー」
  _
(;゚∀゚)「あーやめて! やめて!! ごめんやめて!!!」
  _,
(,,゚Д゚)「お前とモラがどんな気持ちだったか」キリッ

( ・∀・)「ファーwwwwwwwwww」
  _
(;゚∀゚)「あぁー! あーっ!! いやーっ!!!」

( ・∀・)「つか何? 頑張る宣言からの即退部?」

(,,゚Д゚)「励ました俺が恥ずかしかったわー」

( ・∀・)「ないわー引くわーギッコかわいそうだわー」
  _
(;゚∀゚)「ごめんて! ごめんって!! ごめんなさいて!!!」

191 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:25:24 ID:btbomhEE0

( ・∀・)「で、天才の長岡君は部活を頑張る宣言覆しましたけど」
  _
(;゚∀゚)「反省してるから許して」

(・∀・ )「あーそうだーなぁギッコーそういやこないだしぃちゃん見かけてさー」

(,,゚Д゚)「ほー」
  _
( ゚∀゚)「あ、俺も見たわギッコの嫁」

( ・∀・)┌┛そ「長岡をヘドロに向かってシュウゥーッ!!!」メコォォォ
  _
(;゚∀゚)「ふぎゃあああああ!!?」ベッチャーン

(,,゚Д゚)「成長しないなーあいつ……部活やめたら頭金色になっとるし……」

( ・∀・)「アレでこそ長岡だけどな……校則ガン無視するしな……」

<ヌルヌルスルゥー!! ベチャンベチャン

(・∀・ )「ばーかばーか」

(゚Д゚,,)「あーほあーほ」

192 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:25:59 ID:btbomhEE0

( ・∀・)「んーでもよぉ、ギッコちゃんと連絡とってる?」

(,,゚Д゚)「誰と?」

( ・∀・)「しぃちゃんだよ……」

(,,゚Д゚)「取っとらん」

( ・∀・)「なーんーでーさぁ」

(,,゚Д゚)「あいつ携帯持っとらん」

( ・∀・)

(,,゚Д゚)

( ・∀・)「家とか」

(,,゚Д゚)「何をしろと」

( ・∀・)「お前なー……まだ怒ってんの?」

(,,゚Д゚)「……怒ってねぇよ」

193 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:26:53 ID:btbomhEE0

 ぷい、と顔をそらして掃除を再開するギコに、友人はそれ以上追求できず。
 ただ溜め息混じりに、俺の親友はアホしかいない、とプールの底に向かって水をまいた。

 騒がしくも賑やかに、男子生徒達によるプール掃除は進められた。

 プールが綺麗になる頃には、もう日は傾き。
 下がってきた気温のなか、各々は制服に着替えて、濡れた水着とジャージを袋に詰め込んだ。



 三人揃っての帰り道。

 緩やかな坂道を並んで下る三人は、近付く梅雨の湿った空気を肌で感じていた。
 しばらくは蒸す日が続く、と口々に文句を言いながら、自販機でジュースを買う。

 段々の坂道の中腹にあるバス停で、徒歩組は休憩がてらに備え付けのベンチに座って談笑する。
 その内容は最近暑いだの雨は嫌だの、下らない事ばかり。

 赤い缶の炭酸ジュースを飲む度に、ふと浮かぶ光景がある。

 もう思い出すべきではない、夏の残響。

194 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:27:34 ID:btbomhEE0

 薄暗い教室。
 汗の匂い。
 滴る音。


(,,゚Д゚)(あー)


 痛いくらいに動く心臓。


(,,゚Д゚)(忘れろ)


 彼女の目尻に浮かぶ涙。


(,,゚Д゚)(やめろ)


 触れた唇のやわさ。


(,,゚Д゚)(ああ、もう)

195 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:27:55 ID:btbomhEE0

( ・∀・)「なーギッコー」

(,,゚Д゚)(夏になるたびに、アホくせぇ)

( ・∀・)「ギッコー?」

(,,゚Д゚)(ああくそ、忘れろあんなもん)
  _
( ゚∀゚)「ギッコ応答しねーな」

( ・∀・)「たまに反応しなくなるよな」

(,,-Д-)゙(知るか、あんな奴)

( ・∀・)「目まで閉じやがった」
  _
( ゚∀゚)「強制再起動するかー」

( ・∀・)「やめろよ本体にエラー残して後々に大変になるだろ」
  _
( ゚∀゚)「そうなったらどうにかしよう」

( ・∀・)「なるかなー……あっ」
  _
( ゚∀゚)「お」

196 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:28:23 ID:btbomhEE0

 湿った生ぬるい空気がシャツ越しに背中を撫でる。

 俯きながら瞼を下ろすと、暗さと蒸し暑さが全身を包む。

 じっとしていれば、汗が流れるほどではない暑さ。
 それが妙に不愉快で、初夏のこの時期は好きになれない。

 暑いといろんなことを思い出す。
 思い出さなくて良いことばかりがぐるぐると、執拗に自分を責め立てる。


 悪いのはあいつだ。
  心の狭いことを言うな。

 あいつが、なにも言わないから。
  何で思い通りになると思ったんだ。

 だってあいつが。


「ギコくーん!」


 あいつは。

197 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:28:47 ID:btbomhEE0

 突然かけられた声に、下ろしていた瞼を持ち上げる。

 そして目の前の坂を見上げると、そこには一人の女子高生。


 形の良いローファー、紺のハイソックス、膝上のスカート。
 白いブラウスと、胸には赤いリボン。

 初夏の風に揺らされて、スカートから伸びる白くすんなりとした脚がよく見えた。
 白い三角もちらりと見えたが、手すりに身を乗り出す彼女はそれに気付いていないらしい。


(*^ー^)「ギコくーん! モララーくんと、長岡くんも!」

( ・∀・)「しぃちゃん久し振りー」
  _
( ゚∀゚)「どんだけぶりだっけー」

(*゚ー゚)「中学卒業以来だよー!」


 オレンジになり始めた夕日に照らされる姿は、記憶の中の彼女より活発に見えた。

 記憶の中の彼女は、いつまでも可愛らしくか弱いお姫様。
 元気いっぱいに手を振って、大きな声で自分を呼ぶ姿とは、乖離して思えて。

198 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:29:14 ID:btbomhEE0

 二年ぶりに見る姿。

 背が少し伸びたらしい。
 脚も腕も、あんなに長かっただろうか。

 細いところは変わらない。
 ろくに日焼けもしていない。
 だがあんな風に笑ったかな。

 ああそれに、あの。


 あの、短くなった髪が、なんだか癪にさわる。


(,,゚Д゚)「…………帰る」

( ・∀・)「は?」

(,,゚Д゚)「じゃあな」

(;・∀・)「は、いや待て、待てよギッコ!」

199 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:29:55 ID:btbomhEE0
  _
( ゚∀゚)「相変わらず足はえーなギッコ」

(;・∀・)「お前のが早いだろうが! あーもー……ギッコまだ怒ってんのな……」

(*゚ -゚)「…………」

( ・∀・)「あー……ギッコ腹痛かったみたいだから! うん!」
  _
( ゚∀゚)「こ!!」

(・∀・#)「やかましいわ!!」

(*゚ー゚)「……ギコくん、怒ってるんだね」

( ・∀・)「あー……んー……ギッコアホだからなぁ……」

(*゚ー゚)「んー……私が悪いんだよね……」

( ・∀・)「やー、ギッコがプリプリし過ぎなだけだと思うけどなぁ……」


 とぼとぼ、と坂からぐるりと回って降りてきた彼女は、困ったように笑って。

 それを見た友人は、どうにかしないとなぁ、と無駄にお節介な気持ちになって。

 もう一人の友人は、ふと「エビフライが食べたい」と関係のない事を考えていた。

200 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:30:22 ID:btbomhEE0


 一人で緩い坂道を駆け下りながら、自分の苛立ちに嫌気がさした。

 なんて下らない事をいつまでも引きずってるんだ。
 なんて馬鹿馬鹿しい怒り方をしているんだ。

 ガキじゃあるまいし。
 もう高二だってのに。


 だってあいつが、相談もせず女子高に行くって決めたから。

 教えられたのが、もう入学間近って時期になってからだったから。

 なんか腹が立って。
 なんか悲しくなって。
 なんか、なんか、

 申し訳なさそうに、離れた女子高の制服を着た彼女が謝ってて

 勝手にしろよって、怒鳴り付けてしまったから。


 もう、なんか、ずっともやもやしたままで。

201 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:31:19 ID:btbomhEE0

 頭の都合で、自分が通うのは近場の公立校。

 受験日に事故って、滑り止めに受け止められた友人と
 最初から「お前らと同じとこ行く」と宣言していた友人。

 何だかんだでいつものメンツが高校でも続くのだと思っていて。
 彼女に聞いても、曖昧に笑うだけで。

 結局彼女の選んだ高校は、電車で通う私立の女子高。
 偏差値も高く、頭の良い彼女にはぴったりだった。


 ぴったりだよ。
 わかってるよ。

 彼女が底辺から二歩上くらいの高校に通う必要はない。
 ちゃんと身の丈に合った、必要な勉強が出来る高校に行くべきだ。

 わかってる。
 それが彼女のためになるとわかってる。


 でもさ。

 寂しかったんだよ。

202 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/10(日) 21:31:40 ID:btbomhEE0

 下らなくて、恥ずかしくて、馬鹿馬鹿しくて、情けなくて。
 でも寂しくて、悔しくて、いたたまれなくて、恋しくて。

 どうしてあんな事を言ったんだろう。
 どうして気持ちをちゃんと伝えなかったんだろう。

 どうして笑ってやれなかったんだろう。
 どうして意固地になってるんだろう。

 寂しそうな彼女の顔が忘れられなくて。
 でも夏になるたびに胸を掻き回されるように苦しくて。


 夏はあまりにも思い出が多すぎる。

 彼女の唇の感触は、未だに忘れられそうにない。

 身を焼くような暑さの中の、決して消えない秘め事。

 締め付けられるように痛む胸と、どうしようもない、いとおしさ。

 暑くなると、何もかもが自分の情けなさを責め立てるみたいで。


 「夏なんか、大嫌いだ」


 坂道を下りきったところで、ギコは俯きながらそう呟いた。

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