清夏のようです

炎夏のようです

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135 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:51:48 ID:JRQfA62o0

 下らない事を話しながら、雨が上がるのを待った。
 軒先のベンチに並んで座ると、三年前のあの日のようだと胸が騒ぐ。

 あの時は馬鹿な事を言って別れたが、今はもう、同じような事にはならないだろう。
 何だかんだで、彼女は言葉の向こうの本音をみんな知ってしまっている。

 どんなにブスだバカだと罵っても、全部真意が透けている。
 こんなにやりにくい事があるだろうか。

 しかし素直になるのは、少々難しい。
 14歳と言う年齢に、素直さを求めるのは酷だった。


 だから、適当な理由をつけてからでないと、何も言えないし、出来なくて。


(,,゚Д゚)「お前、足遅いだろ」

(*゚ -゚)「早くはないけど……」

(,,゚Д゚)「だからチャリ、後ろ乗れよ」

(*゚ -゚)!


 ほんの小さな事でも、理由がなければ言い出せない。

136 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:52:22 ID:JRQfA62o0

(,,゚Д゚)「後ろ拭いたから」

(*゚ー゚)「ほんとはダメなんだよ?」

(,,゚Д゚)「知ってる」

(*゚ー゚)「伊藤のお姉ちゃん、内緒にしてね」

('、`*川「へいへい」

(,,゚Д゚)「乗ったかー」

(*゚ー゚)「うん」

(,,゚Д゚)「行くぞー」

(*゚ー゚)「はーい」


 からから、からから。
 きこきこ、きこきこ。

 二人分の重さを乗せて、自転車は軋みながら進む。

 雨上がりの空気は水っぽくて、外から内から、身体中に水気が染み込むよう。
 少しだけ気温は下がったが、それでも夏の暑さはそれに負けじと肌を刺す。

137 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:52:48 ID:JRQfA62o0

 結局蒸し暑くなっただけで、シャツは汗と雨水で湿気て肌に張り付く。
 じっとりとした不快感は全身を包む。

 じわじわとにじむような汗は、からっと暑い時に流れる汗よりも不愉快だ。


 からから、きこきこ。

 風は多少あるが、涼しいとは思えない。妙に暑っ苦しい。

 じわじわ、じりじり、汗がにじんで頬を伝う。

 その暑さの理由の半分ほどは、恐らく自分の腹に回された細い腕。

 ぴったりと寄り添うようにもたれ掛かる身体と、回された腕。
 後ろに座る彼女の体温を背中でめいっぱい感じながら、自転車を漕ぐ。

 互いの心臓の音が聞こえそうで、お互いが意識をそこからそむけようと風景だけを見ていた。


 まだ日は高い。
 空は青く、日差しは暑く、空気は緑。

 ざわざわと風に揺れる稲の横をすり抜け、田んぼから飛び出すカエルを避けながら。

 真夏の空気を裂くように、ペダルを踏む足に力を込めた。

138 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:53:36 ID:JRQfA62o0



(,,゚Д゚)「たでーまー……」


 鞄を引きずるように帰宅したギコは、暑さやら熱さやらに、真っ赤になっていて。

 一人置いて行くのもなんだし、かと言って自転車を押し続けるのも嫌だし。
  一緒には帰りたいし。

 だからと提案した二人乗りは、彼女がやけにしっかり抱き付いてくるものだから、
 もう息をするのも忘れそうなくらいに緊張してしまって、彼女の家につく頃にはふらふらで。

 お茶でも飲んでいく?
 なんて誘われはしたが、そんな余裕がある筈もなく。
 悪態をつく体力も残ってなくて、普通に断って帰って来てしまった。


 濡れた制服を洗濯機に投げ込んで、シャワーを浴びて部屋着に着替える。
 後ろから母親から小言が飛んできたが、耳を貸す根性は無い。

139 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:54:19 ID:JRQfA62o0

 そんなことより、今日は色々ありすぎた。

 暑くて暗い教室。
 彼女の背中の線。
 どしゃ降りの雨。
 濡れて透ける肌。
 腹に回される腕。
 背中で感じる熱。


 色々ありすぎて、膝を抱えて蹲りたい時もあった。
 青少年には少し、刺激が強かったのだ。

 今日見たもの、感じたものは、夜に眠らせてくれるのだろうか。


(,,゚Д゚)

(,,゚Д゚)「はー……」

(,,゚Д゚)

(,,゚Д゚)(やわかった……)


 寝かせてくれそうにない。

140 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:55:00 ID:JRQfA62o0

 暑い自室に戻り、ベッドに身を投げる。
 すると、ぺろん、と間の抜けた音が枕元から響いた。

 充電器を差したままだった携帯電話を覗くと、一日分の通知が溜まっている。
 メールだかチャットだかの、グループ会話の中身が増えていた。


(,,゚Д゚)(あー……モラと長岡か……)

(,,゚Д゚)(遊びいけなかったもんなー……また謝っとかんと……)

(,,゚Д゚)(あぁー、数学も教えてもらわんと……)


──────────

( ・∀・):おーい、補習どうだー
  _
( ゚∀゚):どうだー

( ・∀・):携帯忘れてったかな
  _
( ゚∀゚):だせー

──────────


(,,゚Д゚)(うっせーよ)

141 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:55:50 ID:JRQfA62o0

──────────

(,,゚Д゚):ただいま

( ・∀・):おかえり
  _
( ゚∀゚):お風呂にする?ご飯にする?

(,,゚Д゚):風呂もう入った
  _
( ゚∀゚):フケツ

( ・∀・):むしろ清潔だろ

( ・∀・):補習どうだった?

(,,゚Д゚):暑かった

( ・∀・):ちゃんと分かったか?

(,,゚Д゚):そこそこ
  _
( ゚∀゚):うんこ

( ・∀・):今度うち来いよな、勉強教えるし

(,,゚Д゚):うん、数学とか教えてほしい

142 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:56:46 ID:JRQfA62o0

( ・∀・):さっき雨だったろ、大丈夫だった?

( ・∀・):くそ暑かったけど水分とった?

( ・∀・):ギッコすぐ無茶するから

(,,゚Д゚):嫁かお前は
  _
( ゚∀゚):あー嫁っつーとさ

( ・∀・):嫌な予感がするから長岡は黙ろう
  _
( ゚∀゚):ギッコの嫁も補習だろ

(,,゚Д゚):しぃなら居たけど
  _
( ゚∀゚):赤点はギッコだけで
  _
( ゚∀゚):二年は二人だけみたいな補習

(,,゚Д゚):二人だったわ
  _
( ゚∀゚):なんで補習うけてんだろなギッコの嫁

(,,゚Д゚):さぁ

144 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:57:16 ID:JRQfA62o0
  _
( ゚∀゚):あれじゃん、ギッコ二人きりじゃん
  _
( ゚∀゚):ガンバれよ

(,,゚Д゚):は
  _
( ゚∀゚):色々出来んじゃん
  _
( ゚∀゚):ちゅーとか


[長岡がグループ会話から外されました]


( ・∀・):俺はなんもきいとらんし見とらん

(,,゚Д゚):おう

( ・∀・):ギッコそろそろ晩飯やろ食ってこい

(,,゚Д゚):うん

──────────


 長岡はいつか殺す。

146 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:58:05 ID:JRQfA62o0

 結局その日はなかなか眠れず、ゴミを増やしながら悶々とした夜を過ごした。


 それからと言うものの。
 友人の余計な茶々が頭の中にずっと引っ掛かっていた。

 朝起きて、制服に着替えて、学校に行き、彼女と勉強をする。

 そんな日々の中でも、ずっと二人きりだのと言った言葉が頭にこびりついてしまった。


 暑い中、二人で交わす言葉は他愛のないものばかり。
 けれどその下らない一つ一つの言葉すら、妙に意識してしまうような。

 胸の辺りがもやもやと熱く、ちくちくと痛む。
 察しはついているが、認めたくはない、まだ認めたくない。

 この胸焼けのようなもやもやも、とげの刺さったようなちくちくも。
 たったの一言で片付くものだと分かってる、分かってるが、しかしまだ。

 まだ、素直にはなれそうもないから、頭をかきむしって机に突っ伏するのだ。


 ああくそ全く。

 三年前の方が、まだ素直になれたじゃないか。

 たったの二文字をすんなり認められない。

147 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:59:13 ID:JRQfA62o0


 彼女の所作はなかなか綺麗で、育ちの良さがうかがえる。
 優等生で、女の子らしく、を絵に描いたような存在だ。

 と、思っているのはギコや男子のみで。
 実際は年相応であり、はしたない真似もよくする。

 しかし思い込むとそれらは気付かないもので。

 ギコの中の彼女とは、未だに可愛らしい大人しいお嬢ちゃんのまま。

 何も知らない、弱くて脆くて、危なっかしくて、誰よりも可愛らしいお姫様。

 そうではないと頭のどこかでは気付いているのに、心がまだついてはこない。


 だから汚してはいけなくて。
 二度と傷付けてはいけなくて。
 大事に大事に扱わなければいけなくて。


 それに相反する欲求を、どうにか殴り付けてねじ伏せて。

 部屋のゴミ箱には自己嫌悪に満ちたゴミが増えてゆく。

148 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:00:26 ID:JRQfA62o0



 木曜のその日は、朝からうだるような暑さだった。

 朝一番でも自転車は熱く、日差しを照り返す地面は陽炎に揺らぐ。

 みんみんじゃわじゃわ、みんみんじゃわじゃわ。
 蝉の声は、いつもよりうるさい気すらして。


 記録的猛暑と言われるその日は、頭の中がぼやけて濁りそうなくらいの熱に包まれていた。


(;*゚ー゚)「あっつーい……」

(;,゚Д゚)「あ゙ぁー……」

(;*゚ー゚)「窓開けちゃだめなのかなー……」

(;,゚Д゚)「カーテンすげーことになるから嫌がるんだよなあのオッサン……」

(;*゚ー゚)「先生をオッサンって言っちゃだめー……うぅーあづいー……」


 カーテンがぴっちり閉じられた教室内は、やはりどこか薄暗い。

 光熱費の削減だのと電気をつけない教師だが、黒板の上で回る扇機は許容するらしい。

149 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:01:54 ID:JRQfA62o0

 昼も過ぎれば、教室は更に薄暗さを増す。
 見えないわけではないが、まとわりつく様な暗さ。

 ねっとりと全身を覆うような、体内に似た明るい暗さ。
 それに教室にこもる蒸した熱気が合わさって、どうにも息苦しさを感じる。


 机で仕事をしていた教師当人は暑さに限界を感じたのか、それとも他用なのか、
 水分をしっかりとれとだけ言い、扇風機を強にしと教室を出ていってしまった。


 熱のこもった空気をかき混ぜる扇風機のぬるい風。

 ペンを持つ手からにじむ汗が、プリントに皺を作る。

 かりかり、固い机にのせた紙、そこをすべるペン先の音。


 あ、いま、二人きりか。


 ふと頭に浮かんだ言葉に、ギコの頬を流れる汗の量が増えた。

150 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:03:30 ID:JRQfA62o0

 どちらも言葉を発することはなく、ただ黙々と渡されたプリントに答えを書き込む。
 それが合っているのか間違っているのか、それもわからなくなってきた。

 暑さにくらくらと揺れる頭の中。
 思わず鞄から取り出した水筒。

 蓋を開けて、一気に口から喉へ、喉から腹へ、頭に響くような冷たい麦茶が流れ落ちる。

 ぶは、と大きく息をしながら汗を拭う。
 少し和らいだ暑さに水筒を仕舞うと、前方からくすくすとかすかな笑い声が聞こえた。


 かちこち。
 時計の針が進むが教師は戻らない。

 かりかり。
 ペンの先が撫でる紙も、もう終わりが間近。

 ぽたぽた。
 プリントに落ちる汗が、暗く丸い染みを作る。


 ふわ、と、カーテンが揺れた。

151 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:05:27 ID:JRQfA62o0

(;,゚Д゚)「え?」

(*゚ー゚)「ギコくん、終わった?」

(;,゚Д゚)「あ、ぇ、おあ、ま、まだ」

(*゚ー゚)「あー、ここ間違ってる」

(,,゚Д゚)「うっせ、気付くな」


 ふと顔をあげると、近くにあった彼女の姿。

 自分の分が終わったらしく、ギコのプリントを覗きながらくすくす笑っている。
 そんな彼女が窓の方を見て、きょとんと目を丸くした。


(;*゚ー゚)「あ、うそ」

(;,゚Д゚)「あー?」

(;*゚ー゚)「窓開けようと思ったら開いてた……」

(;,゚Д゚)「無風だったのかよ……」

(;*゚ー゚)「えー……あついよー……」

152 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:07:12 ID:JRQfA62o0

 もー風来ないかなー。
 唇を尖らせながら、手の甲で汗を拭う彼女は、
 とことこと自分の席まで戻り、二本のスポーツドリンクを持って戻ってきて、一本をギコに渡す。

 窓際、カーテンの隙間から差し込む光はやけに眩しい。
 そんな光を浴びながら、眩しそうにスポーツドリンクの蓋を開ける。

 元は冷たかったそれもすっかり温くなり、たペットボトルの表面はびっしょり。
 水滴だらけのそれを持ち、手を濡らしながら飲み口に唇を押し当てる。


 ごくごくと、喉を動かしながら飲み下す。

 額から頬へ、頬から顎へ、顎から首へと流れる汗。

 汗をかいたペットボトルと、濡れた手、滴る水、火照る彼女の顔。

 ぷは、とペットボトルから口を離せば、唾液が繋がり、切れて。


 薄暗い教室。
 きらきら、真夏の光を反射させるしずく。

 むせかえる様な暑さ。
 汗で頬や身体に張り付く、髪と服。

 赤くなった彼女の顔。
 あの夜の熱が、不意によみがえる。

153 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:09:16 ID:JRQfA62o0

 ふと、友人の言葉が頭によぎった。

 二人きりだの、頑張れだの。

 下らない言葉が、揺らいでいた理性を、蹴り落とした。



 気が付くと、席を立ち、手を伸ばしていて。

 驚いた顔の彼女の細い手首を掴んで、近くの机に彼女を押し付けた。


 ごとん。ちゃぽちゃぽ。
 床に落ちたペットボトルから、中身が溢れ出す。


 上半身を机に寝かせた姿になって、驚いたような、戸惑ったような顔。

 そこに覆い被さる影に、赤い顔を更に真っ赤にしていた。

 恐らく、いや間違いなく、覆い被さる方も、真っ赤になっているのだろう。

 ぽたぽたと落ちる汗は、止まりそうにない。

154 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:10:10 ID:JRQfA62o0

「ギコくん、待って、」

「しぃ」

「待って、待ってよ」

「しぃ、俺、俺さ」

「やだ、や、やだよやめて、ギコくん」


 乱暴にめくりあげられたブラウスに、日焼けしていない白い肌がさらされる。

 まだ小振りな胸を覆う、淡い色の下着。
 仰向けになった胸は重力に従い、下着の中でやわらかく歪んでいた。

 その胸に唇を寄せると、彼女はか細く声をあげる。
 汗の流れる首に、噛みつくように吸い付けば、きゃあとかすかな悲鳴。

 手首を押さえつけていた手が彼女を解放して、平らな腹に触れた。
 その手がゆっくり上がってきたところで、


 どん、と身体を突き飛ばされた。

155 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:12:06 ID:JRQfA62o0

 目尻に涙を浮かべる彼女が、肩で息をしながらギコを見上げる。
 そしてブラウスを正しながら、


(*゚ -゚)「…………ギコくんのバカ」


 自分の荷物を掴むと、教室から飛び出して行った。


 しぃの背中を追う事も出来ず、ギコはただその場に崩れ落ちた。
 倒された椅子を抱えるように、ばくばくとうるさい自分の胸をシャツごと掴む。

 あ、どうしよう。
 何してんの俺。
 どうしよう。
 何て事を。
 最低だ。


 蝉の声は遠く、聞こえるのはやたらに早い心臓の音だけ。

 背筋がいやと言うほど冷えているのに、顔は火が出そうなほどに火照っていた。

156 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:13:07 ID:JRQfA62o0

 大事に大事に扱わなければいけないのに。
 何て事をしてしまったんだろう。

 うつむいて、両手で頭をがしがしとかきむしる。
 見開いた目と、真っ赤な顔と、冷たい頭と背筋。

 床に広がるスポーツドリンクと、ちぎれて落ちたボタンが自分のしでかした事を語っていた。


 泣かせてしまった。
 また泣かせてしまった。

 ほんとには傷付けないようにしてたのに。
 あんな風にするつもりじゃなかったのに。

 何て事をしたんだよ。
 何てバカなんだよ。

 ああもう自分が嫌になる。
 謝らないと、ちゃんと謝らないと。

 いや待てよ、謝る資格はあるのか?
 あんな事をして、目を見る資格すら無いんじゃないか?


 ああ、どうしよう。

157 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:14:33 ID:JRQfA62o0

 ふらふらと、掃除をして、片付けて、徐々に血の気の失せてゆく顔。
 二人分のプリントを掴み、力のない足取りで職員室まで届けに行った。

 教師はその姿に困惑して、保健室に寄れと言ったがそれどころではなかった。
 とにかく彼女に謝る方法を探したかった。


 もう素直になれないとか、反抗期とか、そんなものは吹き飛んでいた。

 そんなもの、自分がやらかした内容に比べれば下らないことだ。

 それよりも、そんな事よりも、どうしよう、どうしよう、どうすれば。
 自分の理性が簡単に崩壊しやがったせいで、とんでもないことになってしまった。
 ああもうどうしよう、泣かせた、ああ、また泣かせた、もう。

 ほんとうに、


(,, Д )(しにたい……)


 俺は、どれだけあいつが好きなんだ。

158 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:15:17 ID:JRQfA62o0


 結局、何をどうするかと言う答えは見つかる筈もなく。

 翌日学校で彼女と二人になったが、お互いに顔も合わせず、声もかけない。

 ただ彼女の背中が、透けて見えていたものが、キャミソールに変わっていただけだった。


 謝りたくても謝れない。
 話しかけたい、顔を見たい。

 それも許されない気がして、ただ黙って机に向かった。


 補習期間は一週間。
 最終日と言うのは、想像していたよりも容易く訪れる。

 結局あれから一言も交わさないまま迎えてしまった最終日。

 夏休みが終わるまで、もう顔を合わせる事も無くなってしまいかねない。

 想像すると、腹が痛くなる。

159 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:16:16 ID:JRQfA62o0

 謝らなきゃ。
 バカなことしてごめんって。

 謝らなきゃ。
 二度とあんな事しないって。

 謝らなきゃ。
 謝らなきゃ。

 ちゃんと言わなきゃ。
 好きな子に、これ以上嫌われたくない。
 これ以上無いほどに、嫌われているのだろうけど。
 だってあんな事されたら、誰だって嫌いになるだろう。

 久々に話せて嬉しかったのに、楽しかったのに。
 気恥ずかしくて、素直になれなくて、バカだのなんだの言って。

 ああよくアレで嫌われなかったな。
 いや嫌われてたのかな。
 でもしぃはそう言う奴じゃない。

 恥ずかしくて、嬉しくて、楽しくて、暑くて、苦しくて。
 この気持ちはずっと身を潜めていたのに、再確認してしまって。

 ああもうとにかく、とにかくだ。

 自分の背中を蹴っ飛ばして、自分の勇気を蹴っ飛ばして、いわなけりゃ絶対後悔する。

160 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:17:03 ID:JRQfA62o0

 絶対、後悔するから。


(,,゚Д゚)「しぃ!」

(*゚ -゚)「!」


 だから、帰ろうとする彼女を追いかけて校庭まで走って。


(,,゚Д゚)「ごめん!!」

(*゚ -゚)「ギコくん……」

(;,゚Д゚)「ほんとにごめん!! あの、あんな事、するつもりじゃ無くて!!」


 無様なくらいに深々と頭を下げて、目一杯に謝った。


(;,゚Д゚)「あの、俺……ほんとあの……すみませんでした!!!」

(*゚ー゚)「……ぷっ」


 そしたら、彼女は笑って。

161 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:17:30 ID:JRQfA62o0

 とことこ。
 スポーツドリンクのボトルをぶら下げて、すぐ目の前までやってくる。

 思わず顔を上げると、しぃは再びにっこり笑って。


 少し背伸びする爪先と、後ろ手に持たれた鞄とボトル。

 柔軟剤と、シャンプーと、汗の匂い。

 唇に触れていたやわらかさは、ほんの数秒で離れたけれど。

 その感触は、人生二度目の感触は、もう一生忘れられない程に刻み込まれた。



「あのね」

「は、ひ」

「まだ」

「え」

「まだ、ダメだから」

「え?」

162 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:18:09 ID:JRQfA62o0

(*^ー^)「宿題、頑張ってね」

(,,゚Д゚)「あ、う、ん?」

(*゚ー゚)「約束だよ」

(,,゚Д゚)「うん、うん?」

(*^ー^)「また新学期にね、ギコくん!」

(,,゚Д゚)「お、う……またな……」


 いや待て。

 まだって何だ。

 何がまだダメなんだ。

 待ってくれおい。

 この夏はダメなのか。

 この年はダメなのか。

 教えてくれよしぃ。

163 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:19:09 ID:JRQfA62o0

 背中を向けて走っていく彼女だが、その耳は真っ赤に染まっていて。
 一人残されたギコは、口を押さえながらその場にうずくまった。


(,,゚Д゚)(あー)

(,,゚Д゚)(口、スポーツドリンクの味する)

(,,゚Д゚)

(,,゚Д゚)(俺もうスポドリ飲めない)


 まだダメだと言う言葉に、いつなら良いんだと言う疑問が頭から離れない。

 何だかよく分からないが、怒ってはいなかったらしい。
 嫌われてもいなかったらしい。

 許されたと言う安堵感。
 同時に押し寄せる暑さ。

 さっきまで聞こえていなかった蝉時雨が、鼓膜を揺さぶり全身を濡らす。

 その蝉のうるささも、心臓の音を誤魔化してはくれない。

165 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 23:22:15 ID:JRQfA62o0

 校庭の隅でうずくまったまま、全身に降り注ぐ真夏の日差しと蝉の声。

 蝉はいまだに生きようと鳴き続けるし、空にはもこもこの入道雲。
 夕方近くに降る雨も、この身を焼くような熱さを和らげてはくれそうにない。

 夏休みはまだまだ続く。
 潰されたのは一週間だけ。

 海にも行くし、プールにも行く。
 親と友人と共に、遊び倒さなければいけないんだ。

 楽しい楽しい夏休みは、まだまだ、


 (まだ、ダメだから)


 ああもう全く。

 まだまだ、この夏は続きやがる。


 やたらに火照る口を押さえて、暑苦しい空を睨んでいた。



 おわり。

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