清夏のようです

炎夏のようです

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108 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:27:54 ID:JRQfA62o0

 みんみん、じゃわじゃわ。
 みんみん、じゃわじゃわ。

 夏休みが始まり、部活や勉強、
 遊びに精を出す日々が始まった。

 ざわざわ、ざわざわ。
 さらさら、さらさら。

 気持ちの良い風が吹く。
 今年の夏は何をしようか。

 からから、からから。
 きこきこ、きこきこ。

 プールに行きたい。
 遠いけれど海も良いな。

 サンダルを履いたまま海水に足をつけて、足とサンダルの隙間を流れる砂と水の感触。

 膨らませた浮き輪やボール、熱せられた表面と、汗をかいた肌に張り付く鬱陶しさ。

 火照る身体を冷やす水の冷たさ、海水に浮かぶ身体、水に後頭部を浸した時の冷たい感じ。

 喉が乾いたら冷たいお茶やジュースを飲んで。
 お腹が空いたら売店で買った固いフランクフルトや油臭い焼きそばを食べるんだ。

109 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:29:42 ID:JRQfA62o0

 真っ黒に焼けるまで泳ぎ、遊ぼう。

 日が傾いたら、荷物を片付けながら海を眺めよう。

 大切な時間が終わってしまったみたいな、胸の痛みと切なさを抱き締めよう。


 なんて。


 きこきこ、きこきこ。
 からから、からから。


 今日から一週間、補習で学校に通うのだけれど。



  【炎夏のようです】



 ああもう全く、自転車のサドルとハンドルが熱い。

110 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:31:21 ID:JRQfA62o0


 夏休みの序盤。

 本来なら今日は、友人達と電車に乗って、街の方まで遊びに出掛ける予定だった。

 今度みんなで海に行きたいから、水着とか服を買いに行こうと約束をしていたのだ。

 今ごろは、買い物をして、物色をして、昼食を食べて、遊んで。
 楽しい楽しい夏休みだった筈なのに。


 しかし予定とはなかなか上手くは進まないもので。

 自転車を学校の駐輪場に停めた少年は、中身のほとんど入っていない鞄を肩にかける。

 妙に静かな校舎を見上げて、ため息混じりに足を踏み出した。

 じゃり、じゃり。
 砂の散らかるコンクリートを踏みしめる。

 砂もコンクリートも、妙に白っぽいものだから、太陽の光を反射させて目を刺す。

 まだ午前中だと言うのに空気はぬるく、お世辞にも爽やかとは言えない。

 年々、夏の暑さがひどくなっている気がした。

111 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:31:55 ID:JRQfA62o0


( ・∀・)『え、赤点?』
  _
( ゚∀゚)『実在すんの?』

(,,゚Д゚)『一週間補習になった』

( ・∀・)『お前今度の月曜は遊びにいくって言ったよな』

(,,゚Д゚)『すまん』

( ・∀・)『えー……はー……ないわー……』

(,,゚Д゚)『ごーめーんー』
  _
( ゚∀゚)『何時からやんの?』

(,,゚Д゚)『朝から昼』

( ・∀・)『何科目?』

(,,゚Д゚)『三科目、休憩挟んで一時間ずつ』

( ・∀・)『ちゃんと勉強してこいアホギッコ』

(,,゚Д゚)『ほんとごめんて』

112 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:32:55 ID:JRQfA62o0

 友人達のあきれた顔が忘れられない。

 三人での買い物は先伸ばし、今日は二人で宿題をやるらしい。
 昼から行くと言う案もあったが、帰りが遅くなると言う理由で却下になった。

 二人との約束を反故にしたのは、紛れもない自分の責任。
 言い逃れの出来ない状況のなか、腹をくくって学校へとやってきた。


 しかし夏休みの学校と言うのは、妙に静かで不思議な感じだ。

 上履きに履き替えて、静かな廊下を歩く。
 きゅ、きゅ、と音を立て、妙に生ぬるい空気が肺に染み込む。

 窓が開いていない。
 余計に埃っぽい空気が熱せられている。

 いつもは賑やかな廊下や教室も、しんと静まり返っていて。


(,,゚Д゚)(なんか……別の場所みたいだな)


 異世界感とでも言うのだろうか。

 何だか、居心地が悪いような、寂しいような、お腹がきゅうとなる。

113 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:34:27 ID:JRQfA62o0

 きゅい、きゅい。
 上履きのゴム底はいちいち声をあげながら、緩慢な動作で階段を上る。

 三階の教室で行われる補習。
 しかし二階まで上がっても人の気配すら感じない。

 階段に漂う中途半端に冷えた空気と、外に面した廊下の熱気。
 その二つがまじりあって肌を撫でると、何とも言えない気味の悪さ。

 きゅい、きゅい。
 三階に辿り着く。

 校舎内、人の気配も、声も音も無い。
 補習を受けるのは自分だけなのか、それとも場所を間違えてしまったのか。

 きゅ。
 普段とは違う顔を見せる学校に、言い様のない感覚を覚えて立ち止まる。

 頭の芯がゆれるような、ぼやけるような。
 急に瞳孔が広がる感覚と、くわんとゆらぐめまい。

 人の家に初めて上がる時に似た、不思議なめまい。

 グラウンドや体育館で練習する運動部の音も、遠くに感じる。


 白い廊下は、きらきら、夏の光を飛散させる。
 眩しいやら暑いやら、ギコは目を細めた。

114 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:35:22 ID:JRQfA62o0

 そう言えば前も、こうやって眩しいと思ったものがあったな。

 あれは何だったか。

 廊下とか、床とか地面とか。

 そうじゃなくて、もっと。


 ぱしゃぱしゃ、きらきら。
 波打って、たゆたって、ゆれるのは、水。


(,,゚Д゚)「あー……」


 思い出した。
 細い身体と濃紺の水着。
 きらめく水面が揺れて。


「ギコくん?」

(,,゚Д゚)!

115 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:36:12 ID:JRQfA62o0

(*゚ー゚)「やっぱり、ギコくん」

(,,゚Д゚)「あ、あぁ、しぃか」

(*゚ー゚)「どうしたの? そんなとこに立ってて」

(,,゚Д゚)「あー……ほら、人んち上がる時にくらくらするだろ」

(*゚ー゚)「あー、ギコくんするって言ってたね、大丈夫?」

(,,゚Д゚)「んー……なんかいつもと違うよな」

(*゚ー゚)「えっ」

(,,゚Д゚)「静かだし、窓開いてないからかな」

(*゚ー゚)「あ、あぁー……そうだね、変な感じだよね」

(,,゚Д゚)?


 教室後部の、開け放たれた扉から顔を見せたのは幼馴染みの少女で。

 つい先ほど思い出していた記憶の中に居たのも、この少女だ。

116 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:36:43 ID:JRQfA62o0

 遠い親戚で、幼馴染みで、ちょっとした秘密を互いに持つ少女。

 小学生の頃、疎遠になってそれは解消されたのだが。
 中学に入ってしまうと、小学校の頃よりも一緒に過ごす機会がぐっと減ってしまった。

 そうなると、険悪でも問題があるでもなく、ただ自然と疎遠な状態になっていた。

 しかしいざ顔を突き合わせて話せば、昔のように笑えるのだと言うことは実証済み。

 久々に言葉を交わす筈のしぃは、にっこり微笑みながらギコを教室へ招いた。


 彼女の笑顔と、泣き顔には弱い。
 と言うか、彼女には弱いのだ。

 誰よりも可愛くて、誰よりも良い子で。
 勉強が出来て、中学生にしては裁縫も料理も出来て、誰からも嫌われる要素はない。
 ただ少しだけ地味ではある。


 そしてギコは知らないが、彼女はなかなか早熟だ。

 白いブラウスの下に、キャミソールを着てこなかった程度には。

117 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:37:30 ID:JRQfA62o0

(*゚ー゚)「ギコくんどこ座る?」

(,,゚Д゚)「ここで良いや、自分とこ以外の教室って変な感じだな」

(*゚ー゚)「そうだね、二年は私たちだけみたい」

(,,゚Д゚)「ふーん……お前さ、何で補習受けんの?」

(*゚ー゚)「え? あー、えっとね、テストの時にね、体調悪かったの」

(,,゚Д゚)「大丈夫なのか?」

(*゚ー゚)「うん、もう平気、でもテストはがっかりだったから」

(,,゚Д゚)「気を付けろよな、お前すぐ風邪引くんだから」

(*^ー^)「えへへ……ありがと、ギコくん」

(,,゚Д゚)「おう?」


 久々に顔をあわせて、久々に言葉を交わして。
 それでも詰まる事も、構える事もなく自然と出来た。

 にこにこ笑顔のまま、斜め前の席に座る彼女の背中を眺めて、ギコは首をかしげる。


 補習なのに、何であんなに機嫌が良いんだ?

118 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:38:24 ID:JRQfA62o0

 カーテンの引かれたうっすら暗い教室内。
 二人が座る席は、いつも自分達が座る席と同じ位置。

 別の教室だとしても、何だかんだで自分の位置に座ってしまう。

 鞄から筆記用具を取り出して、机にぽいと置く。
 窓の方を見ても、クリーム色の重いカーテンが見えるだけ。

 ああ、暗いし暑いし退屈だ。

 しぃの方はどうだろう、わざわざ教科書とノートまで持ってきている。

 補習はプリントの問題をやるだけだと、説明されていないのだろうか。


(,,゚Д゚)(しぃは真面目だからな)

(,,゚Д゚)(テストで悪い点とったの、ショックだろうな)

(,,゚Д゚)(はー……俺もやんなきゃな……)

(,,゚Д゚)(後で教えてもらうか……)

(,,゚Д゚)(いやそんな恥ずかしい事出来ねぇわ……モラに教えてもらお……)

119 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:39:07 ID:JRQfA62o0

 ちくたく、ちくたく。
 ぱらぱら、かりかり。

 時計の音と、しぃの手元から溢れる紙をめくり文字を書く音。

 校舎の外ではみんみん、じゃわじゃわ。
 遠くでは運動部の音や声。

 耳を澄ませてみれば、いろんな音が聞こえてくる。

 けれど二人きりと言う空間に、少し緊張しているのだろうか。
 いろんな音は遠く聞こえるのに、室内の音がやけに大きく聞こえる。

 斜め前に座る彼女の息づかいまで、聞こえてきそうだ。


 何も言わずに自習を始めた彼女と、手持ちぶさたなギコ。
 声をかけようかと口を開くも、話題が見つからず口を閉じる。

 別に話しかけにくい訳ではないが、話題が無いのに無理に話すのも馬鹿げていて。


 とは言え、プリントを持ってくる筈の教師はまだ訪れない。

 暑いし暇だしほんの少し気まずい。
 もう帰りたい。

120 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:40:10 ID:JRQfA62o0

 世間話でもしようか。
  男子と女子じゃ話が合わない。

 最近の調子はどうかな。
  見れば分かるだろ普通だよ。

 勉強でも教えてもらうか。
  だから恥ずかしいって。


 秘め事の話しでもしてみるか。
  忘れろあれは過去だ。


 そう、秘め事。
 ギコとしぃの間には、ある秘密がある。

 それはちょっとした、恥ずかしい思い出なのだが。
 あの事は、あれ以来一度も話していないし、話題に出してもいない。

 触れてはいけない秘密のように、抱え込んで大事に仕舞ってある甘い味。


 思い出すと恥ずかしさに体温は上がるし、もう三年前だ、今さら話題に出してどうする。

 向こうは忘れたい思い出かもしれない、止めろ止めろ、忘れとけ。

121 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:41:06 ID:JRQfA62o0

 確か、好きだと、あの時言った。
 暗がりで、泣き止ませたくて、謝りながら全部言った。

 その答えは言葉では貰っていない。
 返事が欲しくて言ったわけでもない。

 それとも、返事はあの甘ったるい唇だったのだろうか。


 いやでもそうだとしてもだ。
 小五が二人で、好き合ったからとなんだ。
 おままごとみたいなお付き合いでもしろってか。

 できるかそんなもんふざけんな。

 いやしかし、中二になったからって変わるか?
 結局おままごとみたいなお付き合いにしかならないだろ?
 その前にあれが返事だったのかも今現在好き合っているのかも分からなくて。

 あああもういやになるいやになる。
 なんて恥ずかしい思考なんだ馬鹿馬鹿しい。

 普段はそんな事に興味なんてない顔で、やや斜に構えているのに。
 そう言うポジションに居るのになんだこれは。

 ああもう暑い暑い暑い扇風機くらい回せよふざけんな。

122 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:41:55 ID:JRQfA62o0

 頬についていた手で口元を覆い、俯きがちに明後日の方向をにらむ。

 今くそ暑いのは窓も開いてないし扇風機も回ってないからだ。
 顔が赤いとしてもそれはくそみたいに暑いからなんだ。
 全身からあふれだす汗も暑いからだ。
 全部暑いのが悪い、全部夏が悪い。

 別に思い出したりしてない。
 甘さとやわさを思い出したりなんてしてない。

 そのせいで下腹の奥の方が熱を持ったりなんて、してない。

 してない。

 別にしぃの事を、そんなに意識なんて、


(*゚ー゚)「あ、そうだギコくん」


 ずっ、がたん、がたがた。


(゚ー゚*;)「え、ギコくん? どしたの?」

(,,゚Д゚)「…………何でもない」

(*゚ー゚)?

123 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:42:44 ID:JRQfA62o0

 結局彼女の方から振った話題で、他愛のない談笑をして、ギコの緊張も徐々にほぐれた。

 そうしていると教師がプリントを持ってやってきて、時計を見ながら勉強をさせる。

 数学のプリントが三枚。
 滞りつつもどうにか答案を埋めた。

 朝から昼まで、休憩を挟みながらも黙々と強いられる勉強は、苦痛ではあった。
 しかし斜め前の少女がたまにこちらをちらりと見て、ひそひそ暑いねーなんて声をかけるから。

 何だか、案外、補習も悪くはないな、と思ったり、しなかったり。


 それよりも、気になるのは彼女の背中だ。

 うっすら暗い教室だから、はっきりとは見えない。

 しかし彼女の背中。
 ブラウス越しに、下着の線が見えているような気がして。

 いや見えていたとしても見るべきではない、考えるべきでもない。
 わかってる、わかってはいるのだが、視線が思わず彼女の背中に吸い寄せられる。


 後で、明るい場所で見ればはっきりわかるだろうか。

124 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:43:21 ID:JRQfA62o0



ざあざあ。
ばしゃばしゃ。


(*゚ー゚)「あー……」

(,,゚Д゚)「あぁー……」


 補習が終わり、さあ帰ろうと言う頃には、外はどしゃ降りだった。


(*゚ー゚)「傘は持ってないなー……」

(,,゚Д゚)「俺も無いわ……」

(*゚ー゚)「んー……しょうがない」

(,,゚Д゚)「え」

(*゚ー゚)「走ろっか!」

(,,゚Д゚)「待ておい、待て、しぃ待て」

(*゚ー゚)「先行くよー!」

(;,゚Д゚)「待ーてーってー!!」

125 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:44:44 ID:JRQfA62o0

 鞄を頭の上に掲げて、雨の中に向かって飛び出す彼女。
 それを追いかけて、まず駐輪場で自転車を回収するギコ。

 自転車を押しながら、彼女の隣を走る。
 何をバカな事をしてるんだと罵ったが、彼女はきゃーきゃーと楽しそうに笑うだけ。


 ばちゃばちゃ。
 水溜まりを蹴散らして、二人が駆ける。

 バカかお前は。
 頭から雨水を浴びながら、雨音に消えない声で罵る。

 あはは、つめたーい。
 その状況を楽しんでいるのか、嬉しそうに笑って走る。


 二人の並走は、イトウヤと言う小さな店の軒先まで続いた。


(*゚ー゚)「はー、冷たかった」

(,,゚Д゚)「バカだろお前、バカだよバカ」

(*゚ -゚)「えー、だって傘無くって」

(;,゚Д゚)「学校に貸し傘あるだろ!?」

126 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:45:31 ID:JRQfA62o0

(*゚ -゚)「あー…………あぁー」

(,,゚Д゚)「バカだよお前……」

(*゚ -゚)(そっか……相合い傘があったか……)

(,,゚Д゚)「おいバカ」

(*゚ -゚)「それやめてよぉ」

(,,゚Д゚)「ほら使え、汗臭いけど」

(*゚ー゚)「わぷ、タオル? 貸してくれるの?」

(,,゚Д゚)「一応使ってないけど、体操着と一緒だったから汗臭いぞ」

(*゚ -゚)クンクン

(;,゚Д゚)「わざわざ嗅ぐなよ!!」

(*^ヮ^)「……えへへ、ギコくんありがと」

(,,゚Д゚)「…………」

(*^ー^)「やっぱりギコくんは優しいよね」

(,,゚Д゚)「バカ言ってんなブス」

(*゚ -゚)「う、ひどいー」

127 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:45:57 ID:JRQfA62o0

 軒先に停めた、雨に打たれる自転車。

 二人並んでの雨宿り。

 ある程度濡れた彼女と、全身ずぶ濡れのギコ。

 頬を流れる雨水を、湿ったハンカチで拭う。
 その隣では、水を吸ったシャツの裾を絞る。

 肌に張り付く服の不快感と、半端に冷やされる体温。
 生暖かさを感じると、夏場の雨とは不愉快でしかない。

 ぽたぽた、短い前髪を上げて水を落とす。
 ちらりと、傍らに立つ少女に目をやった。


(,,゚Д゚)(あ)


 濡れた白いブラウスが肌に張り付き、健康的な肌色が透けて見える。

 すんなりとした体のラインを浮き彫りにしながら、スカートの水を絞る手。
 向けられた背中には、はっきりと細い下着の線が見えていて。

128 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:46:30 ID:JRQfA62o0

 ばっ、と顔を反対方向へ背けて、肩にかけていた鞄に何か無いかと漁る。

 元から物なんてほとんど入っていなかった鞄から出てきたのは、出し忘れた未使用のタオル。
 確か間違えて二枚持ってきて、一枚を使い洗濯に出したはず。

 汚れていないからと放置されていたタオルを掴み、彼女の横顔に押し付けた。


 一瞬驚いた顔をした彼女は、すぐに微笑んでそれを抱き締める。

 何がそんなに楽しいんだ。

 ころころと良く笑う可愛らしい顔から目をそらして、溜め息をついた。


(,,゚Д゚)(…………白だったな……)

(,,゚Д゚)(…………)

(,,゚Д゚)(いや、ちょっと色ついてたか……)

('、`*川「あれ、何してんのあんた達」

(゚Д゚,;)「伊藤の姉ちゃんおっす!!!」

129 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:47:46 ID:JRQfA62o0

('、`*川「はいおっすおっす、あらまー通り雨かしらね」

(*゚ー゚)「えへへ、雨宿りさせていただいてます」

('、`*川「はいはいどうぞ、タオル持って来ようかね」

(*゚ー゚)「ありがとうございます!」

(,,゚Д゚)「あ、あざす」

(*゚ -゚)「ちゃんと言わなきゃダメだよー」

(,,゚Д゚)「うっせーな……」

('、`*川(いちゃいちゃしやがって)


 店番の女子大生が大きなバスタオルを二枚持ってきて、二人の頭に被せながら空を見上げる。

 雨足は弱まり、空が明るくなってきている。

 通り雨だったらしい突然の悪天候は、気が済んだのか、風に押し流される様に姿を消して行った。

130 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:48:07 ID:JRQfA62o0

('、`*川「通り雨だわねー」

(,,゚Д゚)「そっすね」

('、`*川「もーちょいで完全に上がるでしょ、それまで雨宿りしてきなー」


 店の中に戻って行く女子大生は、手をひらひら振りながら笑う。

 このやる気の無い店番も、もうどれだけ見てきただろう。
 初めて見た時は、まだしぃと同じ制服を来ていた筈だ。

 今ではすっかり大人に近付き、店番姿も堂に入っている。

 そんな彼女が散々見てきた少年少女の後ろ姿も、いつの間にか随分と大きくなった。


 とは言え、まだまだ子供だ。


('、`*川(ったくもー、ニラニラさせてくれんだから)


 はーやれやれ。
 夏の暑さと別の何かに、頭をくらくらやられてしまえ。

131 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:49:04 ID:JRQfA62o0

 二枚のタオルである程度水気を落としたしぃが、そっと店の中にあるフリーザーに手を入れる。

 たっぷりの水と、氷に満たされたその大きな箱、冷やされているのは細い缶ジュース。
 細い手を中に入れれば、指先がちぎれそうなくらいに痛く冷たい。

 からから、氷と缶ジュースがぶつかり合う。

 冷たく暗いその中から、赤い缶を一本、オレンジの缶を一本。
 その二本と引き換えに、店番に差し出す百円玉。

 代金を受け取る店番は、口の前で人差し指を立てるしぃと、間抜けなギコの後ろ姿を見比べる。
 意図を察したのか、はいはい、と黙ったままで苦笑しながら、手を振って戻らせた。


 にんまり、左手に持った赤い缶を前へ差し出しながら戻るしぃ。

 その缶を後ろから、ギコの頬へ。


(*゚ー゚)「はいギコくん!」

(;,゚Д゚)「つべっつあぁあ!?」

(*^ヮ^)「あははっ、タオルのお礼!」

(;,゚Д゚)「ビビらせんなや……ありがとな」

132 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:50:20 ID:JRQfA62o0

(*゚ー゚)「ギコくんコーラ好きだよね?」

(,,゚Д゚)「んー」

(*゚ー゚)「男の子って何で炭酸好きなんだろ」

(,,゚Д゚)「モラあいつ炭酸飲むとむせるぞ」

(*゚ー゚)「炭酸苦手なんだ……」

(,,゚Д゚)「あいつガキだからな……」

(*゚ー゚)「一番頭良いのに?」

(,,゚Д゚)「一番ガキだぞあいつ」

(*゚ー゚)「ギコくんのが子供っぽいと思ってた」

(,,゚Д゚)「お前が言うなや」

(*゚ -゚)「私はちゃんと大人っぽくなってるもん」

(,,゚Д゚)「どーこが、チビ」

(*゚ -゚)「ギコくんが大きくなっただけー」

133 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:50:54 ID:JRQfA62o0

(,,゚Д゚)「チビ」

(*゚ -゚)「チビじゃないー」

(,,゚Д゚)「ブース」

(*゚ -゚)「むー……」

(,,゚Д゚)「ガキ」

(*゚ -゚)「ギコくんのウソつき」

(,,゚Д゚)「あ?」

(*゚ -゚)「昔可愛いって言ってくれたのに」

(;,゚Д゚)「な、ぇ、ば、バッカじゃねーの!? バッカじゃねーの!? 嘘に決まってっし!?」

(*゚ -゚)「結局ウソつきー」

(;,゚Д゚)「バーカ! バーカバーカ! ブス!!」

(*゚ -゚)「うーそーつーきー」

(;,゚Д゚)(こいつ泣かなくなったな)

134 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/06/19(日) 22:51:21 ID:JRQfA62o0

 どんなに子供のように罵っても、彼女はすべてを撫でるように受け止める。
 いつの間にそんなに強くなったのかと、横目で見ながら缶のプルタブを上げた。

 同じようにオレンジの缶を開ける指先。
 白いブラウスから伸びる細い腕。
 頬に張り付く湿った髪。

 ちらりと背中を覗き込んでも、あの白っぽいラインは見えなかった。


 安心したような、悔しいような。


 弱まる雨足、水色に染まる世界。
 何だか雨に沈む景色は、透明感が増す気がする。

 濡れる緑も、トタンの屋根も、湿っぽく透き通り、水滴を落とす。


 それでも全身にまとわりつく暑さは、あまり変わらない。

 湿気が足された事で、余計に不快にすら感じる。

 けれど夏の雨は、どうにも綺麗に見えていた。

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