清夏のようです

清夏のようです

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49 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 21:54:09 ID:4gBII52M0


(;,゚Д゚)「ッ……!!」


 みんみん、じゃわじゃわ。
 みんみん、じゃわじゃわ。

 勢い良く起こした上体と、腹に掛けられたタオルケット。
 首を振る扇風機、膝や肘に貼られた大きな絆創膏。

 全身を濡らす汗の心地悪さに、壁にかけられた時計を見上げる。


 昼の一時。
 食後に昼寝をして、2時間も経っていない。


 あのあと、走って逃げ出したギコは、帰り道の坂で盛大に転んだ。
 肘や膝を目いっぱいに擦り剥いて、血を流しながらの帰宅。

 傷が大きかったこともあり、あの日以来、学校のプールには行っていない。
 友人とも彼女とも顔を合わせたくなくて、ちょうど良いとばかりに宿題ばかりしていた。

 友人たちが様子を見に来た事も、あった。
 しょんぼりと縮こまりながら、バカみたいに囃し立てた事を謝っていた。

50 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 21:55:22 ID:4gBII52M0

 どうやら立ち去ったあと、店番の女子高生に死ぬほど説教されたらしい。

 自分がやられて嫌な事はするな。
 面白いと思ってるのはお前だけだ。
 言われた側がどんな気持ちになるか考えてから行動しろ。
 そもそも五年生にもなってそう言う幼稚な事をするんじゃない。

 等々、散々に言われたらしい。

 さすがに萎れてしまったお調子者の友人は、その場で彼女にも謝っていたと言う。

 彼女の妹も泣きながら謝ったらしいが、こちらには謝罪に来なかった。
 姉を侮辱された事が引っ掛かっているのかもしれない。


 正直、囃し立てた方は、もうどうでも良い。

 気がかりなのは彼女の事で。
 許せないのは自分の事だ。

 顔を合わせたら謝罪したいが、合わせる顔がどこにもない。

51 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 21:56:52 ID:4gBII52M0


 学校のプールにも行かず、友達と遊ぶ気にもなれず、黙々と机に向かって宿題をした。
 朝から夜まで、休憩を挟みつつ、脇目もふらずに。

 真面目にやれば、結果もついてくるもので。
 夏休みはまだ前半だと言うのに、宿題はほとんど終わってしまった。


 そしてやる事が無くなってしまった。
 毎朝ラジオ体操には行くが、他にやる事が無い。

 ゲームも漫画も、楽しめそうにない。
 外で遊ぶにも、一人ではつまらない。

 何をしていても彼女の顔が浮かんでしまって、楽しくない。
 胸がしくしくと痛むばかりだ。

 謝りたいけど、どんな顔をして会えば良いのだろう。
 そのためだけに彼女に会いに行くなんて、出来やしない。


 こんな事では、今夜の夏祭りも楽しめそうにない。
 今年は一人で回ろうかな、友人を呼ぶのもしっくり来ない。

 いっそ、今年は行かないでおくか。

52 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 21:58:19 ID:4gBII52M0

 そんな事を考えながら、だらだらと日中を過ごす。
 テレビを見たり昼寝をしたり、何も考えないように努めて。

 そうこうしてる間に、遠くから太鼓の音が聞こえ始めた。

 ここらの祭りは、太鼓を神輿として担ぐ太鼓祭り。
 夕方辺りから太鼓を担ぎ、鳴らし、町内を回ってから神社へと向かう。

 その太鼓の音が近くなる。
 この音を聞くと、不思議と気分が持ち上げられる。

 じきに辺りも暗くなり、そろそろ夜店も始まるだろう。
 夜の八時になれば花火が上がり、九時からは盆踊りが始まる。

 毎年の事ながら、なかなかに豪華で詰め込んでいる。


 だらだらと転がっていたギコが、時計を眺めながら身を起こした。

 どんどん、腹に響く、太鼓の音。

 買ったものを詰め込む為の袋と、小銭の詰まった財布をポケットにねじ込む。

 虫除けスプレーをむき出しの足や腕に吹き付けて、サンダルではなく、スニーカーに足を入れた。


(,,゚Д゚)「……いってきます」


 夏祭り特有の吸引力には、勝てなかったようだ。

53 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 21:59:37 ID:4gBII52M0

 膝や肘に貼った絆創膏も剥がれ、問題なく動く手足。
 うっすらと夕闇が姿を見せ始めた世界と、夏の混ざったオレンジ色の空気が胸の中に染み込む。

 田んぼの横を抜け、小さな橋を越え、まばらだった人影が増えて行く。

 近くなる太鼓の音。
 どんどんと腹に響く。

 迷いそうな橙紫の空。
 夜店の灯りが見えてきて、不思議な世界に足を踏み入れたよう。


 じゃり、と靴底に小石の感触。
 さして広くはない神社の境内にたどり着き
 不思議なオレンジ色で形成される夜店の空間に、足を踏み入れた。

 むせかえるような人ごみ。
 目移りする目映い色彩。
 祭り特有の熱い匂い。

 全身からお祭りの空気を吸い込んで、先程までの落ち込んだ気分が霧散して行く。

54 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:01:05 ID:4gBII52M0

 一人で遊びに来たのは初めてだが、祭りの雰囲気自体は楽しめるもので。

 小銭を握り締めて、そこらじゅうを見て回る。

 好きなアニメのお面を買って、頭に引っ掛けてそのままねりあめを買った。

 割り箸につけられた水色のねりあめを、ねりねり、ねりねり、白っぽくなるまで練って、口に入れて。

 ああ、夏の味。


 しかし金魚をすくったり、射的をする気は何となく起きなくて。
 買い食いばかりをして回るギコの目に、透き通る赤がきらめいた。

 鮮やかで、透明な赤色。


(,,゚Д゚)「…………リンゴ飴」


 大振りなものと、小振りのものが並んで立てられている。

 その熱を感じるような赤さをしばし眺めてから、小さい方を指差した。


(,,゚Д゚)「これ、ください」

55 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:02:04 ID:4gBII52M0

 小さなリンゴ飴をくるくると指先でいじりながら、一人歩く。

 こんなものを買って、どうするんだ。
 別段美味しいものでも無いと言うのに。


 袋を被せられたリンゴ飴をポケットにねじ込み、くわえていた割り箸をゴミ箱に投げ捨てる。

 祭りはまだこれからだと言うのに、夜店はあらかた回ってしまった。

 ふと立ち止まると、せわしなく動く自分以外の存在が、まるで自分を認識していない様な感覚に陥る。
 ざわざわとした喧騒を遠く感じて、急に心細さが胸の奥にわいた。


 みんなは楽しそうに誰かと笑ったりしているのに。

 どうして自分だけ、一人で居るんだろう。


 言い様のないもやもやとした孤独感が胸の中に詰まっていって、居心地が悪くて俯いた。

 一人って案外、きついもんなんだな、と頭の片隅で思った。

56 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:03:29 ID:4gBII52M0

 じゃり、じゃり。

 俯いたまま、神社の砂利を踏んで歩く。
 サンダルだと、この小石が隙間に入って足の裏が痛むんだよな。

 誰だっけ、下駄で来て、小石が挟まって痛いとか泣いてたのは。
 鼻緒は擦れるし、履き慣れないから固くて痛いと。

 ああ、しぃだっけ。
 あいつはいつもすぐに泣くから。

 だから俺は靴で来て、サンダルを別に持って。
 しぃが泣き出したら、靴を脱いで渡したんだ。

 あいつ来てるのかな。
 靴、持ってきてるのかな。


 じゃり、じゃり。

 じゃり、じゃり。


 「ギコくん?」


 じゃり、

57 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:04:48 ID:4gBII52M0

(,,゚Д゚)「……ぁ」

(*゚ー゚)「やっぱり、ギコくんだ」


 赤地に白の花の模様、黄色の帯。
 赤いリボンで前髪をとめていて、普段とは違う装いで。

 視線を上げて目が合った時、ぱあっ、と嬉しそうに笑顔を見せた。


(*゚ー゚)「ギコくんは一人なの?」

(,,゚Д゚)「……おう」

(*゚ー゚)「私ね、つーちゃんと来たんだけど、はぐれちゃって」

(,,゚Д゚)「…………」

(*^ー^)「ギコくんが居てよかったぁ、心細かったんだ」


 何で、こんなに平気そうに笑えるのだろう。

 あんなに、ひどい事を言ったのに。

58 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:05:39 ID:4gBII52M0

 普段とは違う世界と、普段とは違う装い。
 頭の芯がくらくらするような熱を顔に感じて、しぃから目をそらす。

 なんだかいつもよりきらきらしている。
 なんだかいつもよりかわいくかんじる。


 何してんだよ、せっかく会えたんだから、謝れよ。
 今ならうるさい奴らも居ないんだから、謝れるだろ。

 でも何だか、恥ずかしくて顔を見られない。
 祭りの赤っぽい光に照らされていなければ、頬の熱はまるわかりだったろう。


 顔を背けて黙っていると、しぃはもじもじと申し訳なさそうに俯いてしまった。
 ちらちらとこちらを盗み見るが、何も言えずに巾着の紐をいじるだけ。


(,,゚Д゚)「…………」

(*゚ -゚)「…………」


 ぽつり。

 きゅ、と気恥ずかしさに唇を噛んでいると、鼻の頭が濡れた。

59 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:08:08 ID:4gBII52M0

 ぽつ、ぽつ。

 いつの間にか真っ暗になっていた空から、大粒の雨粒が降ってきた。

 はじめはぽつぽつと雨粒が数えられる程だったが、次第にそれは数えきれなくなり。
 ざあざあと、どしゃ降りになってしまった。


(*゚o゚)「大変、雨降ってきちゃった」

(,,゚Д゚)「……こっち」

(*゚o゚)「え? あっ、待ってよギコくん!」

(,,゚Д゚)「濡れるだろ! 早く来いよ!」


 咄嗟にしぃの手を掴んで、慌てて移動する人ごみに逆らう様に走り出した。

 からから、ころころ。
 たまに躓きながら、下駄の音がすぐ後ろをついてくる。

 走り出したは良いが、実は行き先は決めていない。
 しぃと二人で話せる場所を、と思い付きでの行動だ。

60 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:09:18 ID:4gBII52M0

 からころ、からころ。

 参道を外れて鎮守の森へ。

 がさごそ、がさごそ。

 森の奥へ、奥へ。

 がさがさ、どさり。

 獣道を抜けた辺りで、引いていた手が重くなった。


(,,゚Д゚)「何してっ」

(*゚ -゚)「ギコくん……ここ、どこ……?」

(,,゚Д゚)「え……」


 転んだ彼女は周囲を見回して、不安そうにこちらを見上げた。

 ざあざあ、雨が降っている。
 祭りの喧騒は遠く、もう聞こえやしない。

 周囲は真っ暗、雨の森。
 濡れた土と緑のにおいが、先程までの熱気を冷ましてゆく。

61 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:10:37 ID:4gBII52M0

 冷えた空気にぞくりと肌が粟立ち、ギコは慌ててしぃを起こした。

 泥にまみれた浴衣を手で払ってやり、足元の下駄に目を落とす。
 またこんなので来たのか、と思ったら、左足の鼻緒が外れてしまっている。

 接着剤で固めてあっただけなのだろう、穴に鼻緒の端を押し込んでから、立ち上がる。
 その一連の動作を見ていたしぃは、どこか嬉しそうにも見えて。


 雨足が強くなる。
 手を引いて、近くの大きな木の足元に身を寄せた。

 木の下と言うのは少しは雨がしのげるもので

 ぽつぽつと頭や肩に水は当たるが、雨ざらしになるよりはマシだった。


(*゚ -゚)「…………」

(,,゚Д゚)「…………」

(*゚ -゚)「ここ……どこだろ」

(,,゚Д゚)「……さぁ」

(*゚ -゚)「誰もいないね……」

(,,゚Д゚)「うん……」

63 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:12:39 ID:4gBII52M0

(*゚ -゚)「……さむい」

(,,゚Д゚)「…………」

(*゚ -゚)「おうち、帰れるよね……?」

(,,゚Д゚)「雨が止んだら、降りれば良いだけだろ」

(*゚ -゚)「そうだよね……そう、だね……」

(,,゚Д゚)「…………」

(*; -゚)「ぁ……」

(,,゚Д゚)「え?」

(*∩-;)「あ、ぅ」

(;,゚Д゚)「えっ」

(*∩-∩)「ぅー……」

(;,゚Д゚)「嘘だろおいっ、泣くなよ!?」

64 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:13:52 ID:4gBII52M0

(*∩-∩)「ごめ……ごめんね……私、すぐ泣くから……」

(;,゚Д゚)「あ、やっ、ちが……」

(*∩-∩)「やだよね……すぐ泣くの……」

(;,゚Д゚)「そんな、こと……」

(*∩-∩)「泣かないようにね、頑張ってたんだけどね……涙出ちゃうの……ごめんね……」

(;,゚Д゚)「何で、謝ってんだよ……」

(*∩-∩)「だってね、ギコくんはさ、私のこと好きじゃないでしょ?」

(;,゚Д゚)!

(*∩-∩)「だからね、お祭りの時、嫌われちゃったから、もう嫌われないようにしてたの」

(;,゚Д゚)「は、いや、何」

(*∩-∩)「ごめんね……すぐ涙引っ込めるから……」

(;,゚Д゚)「あ、う、あうあう……」


 参ったぞ、謝るつもりが謝られてる。

66 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:15:04 ID:4gBII52M0

 どうにかして泣き止ませよう。
 どうにか謝るの止めさせよう。

 ハンカチなんて気のきいたものは持っていないし、うまい言葉も浮かばない。

 ええと、ええと。


 がさ。

 ポケットに入れたままの何かが、今だと主張する様に音を立てた。


(;,゚Д゚)「おい!」

(*; -;)「へ?」

(;,゚Д゚)「これ! やるから!」

(*; -;)「……リンゴ飴……? くれるの……?」

(;,゚Д゚)「あの、えと、前にさ! 買ってやれなかったろ!?」

(*; -;)!

(;,゚Д゚)「だからあの、や、やるから、泣くなよ」

67 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:16:49 ID:4gBII52M0

(*; -;)「前の、お祭りの……?」

(;,゚Д゚)「そ、そうだよ、お前泣いてたのに、置いてったし、あの」

(*; -;)「…………」

(;,゚Д゚)「ご、ごめんな!!」

(*; -;)「えっ」

(;,゚Д゚)「祭りで置いてったし! お前泣いてたし! 顔合わせづらかったし!!」

(*; -;)「ギコくん……」

(;,゚Д゚)「こないだもな! お前ブスじゃないから!! 嫌いでもないから!!」

(*ぅ-;)(良かった……嫌われてないんだ……)

(;,゚Д゚)「お前は可愛いし! 好きだから!!」

(*ぅ-゚)「え」

(;,゚Д゚)「あ」

(*゚ -゚)

(;,゚Д゚)

68 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:17:52 ID:4gBII52M0

(*゚ -゚)

(;,゚Д゚)

(*∩-∩)゙

(;,゚Д゚)「や、やめろ! それやめろ!!」

(*∩-゚)「……すき?」

(;,゚Д゚)「忘れろ」

(*゚ -゚)「可愛いって、思ってくれてるんだ……」

(;,゚Д゚)「忘れろほんと」

(*^ー^)「……えへへ、嬉しいな……」

(;,゚Д゚)「うっさい、うっさいブス」

(*^ー^)「嫌われてなくて、良かったぁ」

(;,゚Д゚)「聞けよブス、泣き虫」

(*^ー^)「えへへ……」

(;,゚Д゚)(ちくしょう)

69 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:18:41 ID:4gBII52M0

(*゚ー゚)「……私ね、あれからずっと嫌われてると思ってたの」

(,,゚Д゚)「…………」

(*゚ー゚)「だからね、泣かないように頑張ってたんだけどね」

(,,゚Д゚)「…………」

(*^ー^)「やっぱり、泣き虫のままだったや」

(,,゚Д゚)「……リンゴ飴」

(*゚ー゚)「へ?」

(,,゚Д゚)「溶けるぞ、飴」

(*゚ー゚)「……うん、いただきます」


 がさがさ、ばりばり。
 飴に張り付いた袋を剥がして、真っ赤な飴に舌を這わせる。

 濡れた髪と頬。
 赤く染まってゆく舌先。

 それを眺めていると、また妙に熱くなって。
 目が合うと、勢いよく顔を背けた。

71 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:19:44 ID:4gBII52M0

(*゚ー゚)「ギコくんは何で顔そらすの?」

(,,゚Д゚)「うっせバカ」

(*゚ -゚)「むぅ、ギコくんより成績良いもん」

(,,゚Д゚)「うっせうっせ」

(*゚ー゚)「……今度ね、水泳教えてほしいな」

(,,゚Д゚)「…………」

(*゚ー゚)「つーちゃんとか長岡くんはね、教えてくれるけどちょっと分かりにくいんだぁ」

(,,゚Д゚)「…………」

(*゚ー゚)「ギコくんがね、一番分かりやすいの」

(,,゚Д゚)「一口」

(*゚ー゚)「え?」

(,,゚Д゚)「一口よこせ、飴」

(*^ー^)「うん」

74 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:21:21 ID:4gBII52M0

 顔をそむけたまま受け取った飴。
 真っ赤に濡れたそれを、一口舐める。

 甘ったるい。
 体に悪そうなくらい甘ったるい。

 てっぺんの平らな飴に歯を立てて、噛み砕く。
 口の中いっぱいに甘さを感じて、頭の芯が痺れた。


(*゚ -゚)"「あ、てっぺん噛んだ」

(;,゚Д゚)「ぅわっ!?」

(*゚ -゚)「そこゆっくり食べるの好きなのに」

(;,゚Д゚)「ご、ごめん」

(*゚ー゚)「冗談、くれたのはギコくんだもん、好きに食べて…………ぷ」

(;,゚Д゚)「え?」

(*^ヮ^)「あははっ、ギコくん口の横のとこ真っ赤になってる」

(;,゚Д゚)「ぇ、あ、お、お前こそ口のまわり赤いからな!?」

(;*゚ヮ゚)「うそっ!? ほんとだベタベタする!」

75 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:22:24 ID:4gBII52M0

 お互いに口許を手で隠して視線を合わせる。

 少ししてから互いに吹き出し、下らない事に笑い合った。

 なんて顔してるんだよ、ブスだなお前。
 そっちだって口が裂けてるみたい。

 冗談めかして、肩を押し合って、久々にちゃんと笑えた気がした。

 最近のこと、昔のこと、思い付く限りを言葉にして交わす。
 吹っ切れたように笑って話が出来て、心にずっと引っ掛かっていたものが溶けてゆく。


 ふと、手を空に向かって差し出してみた。

 雨はもう止んでいた。


(,,゚Д゚)「……雨止んだな」

(*゚ー゚)「そうだね」

(,,゚Д゚)「なぁ、しぃ……一つ良いか?」

(*゚ー゚)「ん?」

(,,゚Д゚)「あのさ、俺」

(*゚ー゚)「……うん」

76 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:23:45 ID:4gBII52M0

(,,゚Д゚)「帰り道、わからん」

(*゚ー゚)

(,,゚Д゚)

(*゚ -゚)「ギコくん……」

(;,゚Д゚)「だって! だって走ってきたし! 適当に入ったし!!」

(*゚ー゚)「もー……雨止んだから、お祭りの光が見えないか探そう」

(;,゚Д゚)「はい……」

(*゚ー゚)「遭難なんてやだよー」

(;,゚Д゚)「俺もやだよ……」

(*゚ー゚)「じゃあ、ここ降りて……いたっ」

(,,゚Д゚)「どうした?」

(;*゚ー゚)「えへへ……鼻緒が擦れてたみたい……」

(,,゚Д゚)「まったお前……サンダル持っとけよな……」

(;*゚ー゚)「ごめんなさい……」

77 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:24:45 ID:4gBII52M0

(,,゚Д゚)「ほら、俺の履けよ」

(*゚ー゚)「ギコくんは?」

(,,゚Д゚)「裸足で良いから、袋あるから下駄入れろよ」

(*゚ー゚)「……ギコくんは、優しいよねぇ」

(,,゚Д゚)「あー? お前が手間かかるだけだろ」

(*^ー^)「……へへ、ありがとギコくん」

(,,゚Д゚)「わかったから、降り」


 どんっ


(,,゚Д゚)「!」

(*゚ー゚)「!」


 不意に、辺りが明るく照らされた。

79 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:25:41 ID:4gBII52M0

 ひゅう、どん、ぱらぱら。
 空へと上り、開く花。

 木々の隙間から開けた空に鮮やかな光の雨。

 雨が止み、中止になりかけていた打ち上げ花火が空に咲く。

 その明かりに照らされながら、二人はぽかんと空を見上げた。


(,,゚Д゚)「……こんなとこから見れるんだな」

(*゚ー゚)「山、登ってきたんだね……私たち」

(,,゚Д゚)「…………あ、花火があっちにあるならここから降りればいけるな」

(*゚ー゚)「あ、うん、そうだね」

(,,゚Д゚)「じゃあ、降りるか」

(*゚ー゚)「…………」

(,,゚Д゚)「……もうちょい見るか……」


 ぺたん、と彼女の隣に腰を下ろして、空に咲く花火を眺める。

 隣を見れば、鮮やかな光に照らされた横顔が、可愛らしくほころんでいた。

80 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:27:09 ID:4gBII52M0

 とんだ事になってしまったが、何やら仲直りは出来たらしい。

 彼女に謝る事も出来た。
 気持ちを全て伝え合えた。
 手を握って、横に座って、花火も見られた。

 雨に降られたが、良かった事が多い。
 これなら、また前みたいにクラスでも話せるかも知れない。

 いや、前みたいにではないか。
 前とは少し、違う感覚で、


「ギコくん」


 空を見上げていると、横から声をかけられた。

 間抜けな顔のままそちらを向いたら、何か、柔らかな感触。


 息のかかる距離にある顔。

 閉ざされた目、長い睫毛。

 赤く染まる頬、濡れた前髪。


 甘ったるい、飴の味。

81 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:28:53 ID:4gBII52M0

 長くはない時間。
 詰まる息と、鼻に抜ける甘さ。

 頭の奥から背中の筋がくらくらと、痺れて、のぼせて、ふわふわ。
 みるみる熱を帯びる自分の頬に気付いてはいたが、何をどうする事も出来ず、ただ硬直するばかり。

 ゆっくりゆっくり、甘い糸を引いて離れて行く可愛らしい顔が、にこり、微笑んだ。


「口の横、赤いの、まだついてたよ」

「…………ぉぅ」

「ギコくん、もう帰ろ」

「ぉぅ……」


 裸足の少年はぎこちない動きで手を握り、耳まで真っ赤にして山を、森を降りて行く。

 大きさの合わないスニーカーをかぽかぽさせて、少女は手を引かれて歩く。


 二人は俯いて、一言も発しはしない。

 自分がされた事を、自分がした事を、自分の中で処理しきれなくて
 頭から湯気が出るほど、恥ずかしくて恥ずかしくて言葉なんて出てきやしなかった。

82 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:30:20 ID:4gBII52M0

 いつの間にか神社の側まで降りてこられた二人は、安堵のため息を洩らす。
 それと同時に、先程まで自分達のいた場所が、舗装された山道の裏側だった事を知った。

 こんな獣道を進む必要は無かったのだと肩を落とすも、二人は顔を見合わせて、

 笑える筈もなく、互いに勢いよく真っ赤な顔をそらして俯いた。


 そして帰宅してから、二人はこっぴどく親に叱られた。

 気が付いたら家に居ないし、びしょ濡れで靴まで無くして。
  (祭りに行ったら楽しくなって気が付いたら靴を無くした)

 妹をおいてけぼりにして、浴衣までこんなに汚して何をしてたんだ。
  (はぐれちゃって雨が降って探してたら転んじゃったの)


 お互いの家で叱られる二人は、今夜の事は決して口にはしなかった。

83 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:32:05 ID:4gBII52M0

 しこたま叱られて、雨に降られたお陰で風邪を引いて。
 友達に馬鹿にされて、宿題を一緒にやって。

 でもあの子とは、夏休みの間、何だか気恥ずかしくて会えなくて。


 目を閉じるとよみがえる、真っ暗な光の中。

 遠い熱気と喧騒。
 雨の冷たさ、緑の空気。
 汗ばむ繋いだ手と足の痛み。

 甘い甘い、飴の味。
 やわいやわい、唇の熱。


 あの日の、夢のような夜の夏。

 思い出すだけで恥ずかしさに熱くなる。

 けれどあれが夢ではないと、足に貼った絆創膏が告げていた。

84 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:33:28 ID:4gBII52M0



 登校日。

 久々のランドセルの重さに、懐かしさを感じる。

 まだまだ暑く、蝉は絶える気配も無い。
 久々に見る顔から、しょっちゅう見る顔までが通学路に溢れている。


( ・∀・)「ギッコー」

(,,゚Д゚)「おーモララー、宿題どうよ」

( ・∀・)「自由研究だけ、お前もだろ?」

(,,゚Д゚)「宿題さっさと終わらせるとあとあと楽だわー」

( ・∀・)「だろー? だからいっつも早くやれっつーのに」
  _
( ゚∀゚)「おっすおっすー」

(,,゚Д゚)「おう長岡」

( ・∀・)「宿題は?」
  _
( ゚∀゚)「なにそれ?」

86 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:34:38 ID:4gBII52M0

( ・∀・)「お前ってそう言う奴だよな」
  _
( ゚∀゚)「三日あれば終わるし」

(,,゚Д゚)「お前ってやな奴だよな」

( ・∀・)「勉強出来るバカって感じ悪いよな……」
  _
( ゚∀゚)「えっ……俺そんな風に思われてたの……」

(,,゚Д゚)「モラは秀才だもんな……」

( ・∀・)「どうせ天才に負けるポジだよ……」
  _
( ゚∀゚)「じゃあ水族館行くのやめよっか……」

(,,゚Д゚)「なんだそれ」

( ・∀・)「聞いてないぞ」
  _
( ゚∀゚)「自由研究用に友達連れてみんなで水族館行こうって父ちゃんが発案を……」

(,,゚Д゚)「いく」

( ・∀・)「いく」
  _
( ゚∀゚)「現金だよなお前らって」

87 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:36:16 ID:4gBII52M0
  _
( ゚∀゚)「あと2、3人連れてってくれるって」

(,,゚Д゚)「お前の父ちゃんすごいよな」

( ・∀・)「今度お礼しないとな」
  _
( ゚∀゚)「あと誰誘う?」

(,,゚Д゚)「んー」
  _
( ゚∀゚)「あ、ギッコの嫁は?」


  「ズェア!!」
メギャア(#・∀・)三つ);#)∀゚)そ
           「へげぇ!?」


(・∀・;)「ギッコ、眉毛の消えたバカの発言は無視して」

(,,゚Д゚)「あー……誘ってみるか」

(・∀・;)

(,,゚Д゚)「ん?」

(・∀・ )(あ、これ何かあったな……?)

88 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:37:58 ID:4gBII52M0

( ・∀・)(今度それとなく聞こう……)

,,(*゚ー゚)

( ・∀・)「あ」

(,,゚Д゚)「あ」
  _
( ゚∀゚)「お、嫁じゃん」

( ・∀・)「長岡こっち来て」
  _
( ゚∀゚)「え、何? なんかくれんの?」


< クソガ メコォ
< イタァイ!?


(*゚ー゚)「あ、ギコくん……」

(,,゚Д゚)「おう、おはよ」

(*゚ー゚)「うん、おはよう」

(;,゚Д゚)

(;*゚ー゚)

89 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:38:56 ID:4gBII52M0

(;,゚Д゚)「あー…………そうだ、、あのさ」

(;*゚ー゚)「う、うん?」

(;,゚Д゚)「今度、水族館行かないか?」

(;*゚ -゚)「!」

(;,゚Д゚)「あの、長岡の父ちゃんが連れてってくれるって」

(*゚ -゚)

(*゚ー゚)「なんだぁ」

(,,゚Д゚)「え?」

(*^ー^)「ううん、何でもない」

(,,゚Д゚)?

(*^ー^)「自由研究まだだから、嬉しいなって」

(,,゚Д゚)「ああ、俺も自由研究まだでさ」

(*゚ー゚)「他の宿題は?」

(,,゚Д゚)「終わった」

91 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:40:15 ID:4gBII52M0

(*゚ー゚)「えー、ギコくんすごい、いいなーかっこいいなー」

(;,゚Д゚)「ば、バーカ、さっさと終わらせろよな」

(*^ー^)「うん、頑張るね」

(,,゚Д゚)「おう」

(*゚ー゚)「……ね、ギコくん」

(,,゚Д゚)「ん?」


 『あの事、誰にも言ってないよ』


 こそりと耳打ちをされて、隣を歩く少女に顔を向ける。

 あちらも恥ずかしそうに顔を真っ赤にしているものだから、
 こちらも、あの甘さを思い出してしまって。

 二人並んで、リンゴ飴みたいな顔をして。

92 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/05/29(日) 22:42:00 ID:4gBII52M0

 急に暑さが増した気がして、シャツの襟をぱたぱたと熱を逃がす。
 しかし暑さは治まる気配もなく、隣に彼女がいる限りその熱が続く事には気付かない。


 諦めたように空を仰げば、珍しく入道雲が見当たらなかった。

 気持ち良いまでに晴れ渡る空は、雲一つなく真っ青で。

 さあ、と吹き抜けるさわやかな風が髪や服を揺らす。

 耳に届く、ざわざわと育った稲のなびく音。

 身を焦がす様な眩しい日差しが、夏がまだ続く事を教えてくれた。


 ちらりと隣の子を見る。
 目があって、また顔を背けて。

 体感温度は更に高まる。


 ああ、なんて暑いんだろう。

 夏はまだ、終わりそうにない。



 おわり。

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