(゚、゚トソンムジナのようですミセ*゚ー゚)リ

Part9

146 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:20:49 ID:Rci4aPFU0


        Place: 草咲市 小手鳥町 字 辺津田 111 静かな趣の洋風建築
    ○
        Cast: 志納ドクオ 賤之女デレ
     
   ──────────────────────────────────

147 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:22:41 ID:Rci4aPFU0

ζ(゚ー゚*ζ 「ねえ、おじ様は、なぜ血を吸いたくないの?」

 柔らかなベッドの上に、その少女は横たわっていた。
 外出用らしいドレスを脱ぎ捨てた、キャミソールの下着姿。
 細い四肢が力無く垂れる。
 ただ一つの窓から差し込む長方形に切り抜かれた陽光の中。
 淡く輝いて見えるその姿は、人と異なる何かを思わせた。

('A`) 「俺は、人間だ。人の血は飲まない」

 男は、その広い部屋の奥。
 皮張りの、黒いソファに腰を掛けている。
 上半身に服は無く、下半身には白いタオルを巻いていた。
 髪が湿気っていることからも、風呂上がりであることがわかる。
 光は、彼の元までは届かない。
 不健康な体色のおかげもあり、彼の姿は闇に溶けかけているようにも見えた。

ζ(゚、 ゚*ζ 「でも、おじ様はやっぱり吸血鬼よ」

('A`) 「……」

 志納ドクオは黙り込む。
 同じ問答を何度も繰り返した。
 この家に連れてこられた時からずっとだ。
 彼女が老婆になるまで続けても、恐らく彼女は納得しない。
 何かが欠落している。ドクオが彼女に抱く印象のほとんどはそれであった。

148 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:24:23 ID:Rci4aPFU0

ζ(゚ー゚*ζ 『私の名前は、賤之女(しずのめ)デレ。でも、気に入らないなら、おじ様が好きな名前を付けてくださいな』

ζ(゚ー゚*ζ 『今の名前は、前のお父様が付けてくださったのだけれど、今はおじ様が父様ですから』

 少女の名前は、賤之女デレ。
 事情を察するに、孤児らしいことはわかっている。
 そしておそらく、ただ単純に親を失った子供でないことも。

('A`) (恐らく、お父様ってのは、吸血鬼だ)

 デレは『お父様』と呼ばれる存在が彼女を庇護し、共に暮らしていたことを真っ先に話した。
 父様が死に、遺産こそあれ子供だけでは生活が困難になってしまったことを次に説明した。
 そして最後にドクオに死んだ『お父様』の代りになることを望んだ。

ζ(゚ー゚*ζ 「ねえ、おじ様。そちらに行ってもいい?」

('A`) 「……」

ζ(゚、 ゚*ζ 「沈黙は肯定」

('A`) 「来るな」

ζ(゚ー゚*ζ 「嫌よ嫌よも好きの内」

 ベッドを降り、デレが駆け寄る。
 勢いのまま、ドクオの首に抱き着いた。
 ドクオは受け止めるでも、避けるでもなく同じ姿勢のまま。
 ただ、さっきまで日の光の中にいたデレの体温が、熱い。

149 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:25:55 ID:Rci4aPFU0

ζ( ー *ζ 「おじ様に、何をしてほしいわけでは無いの。ただ、一緒に暮らして、私の血を吸って。
        夜に同じベッドで寝てくだされば、それで」

 耳元で囁かれた声の音色は、蜜に似たねっとりとした甘さがある。
 姿を見ていなければ、少女であることを忘れてしまう。

ζ(゚ー゚*ζ 「それに」

 絡めていた腕をほどき屈むデレ。
 床に膝を突き、ややうつむいた姿勢のドクオを下からのぞき込む。
 流石に身を起こして距離を取ると、そのままドクオの足に張り付くように凭れかかった。
 デレの皮膚が、吐息が痛みを感じるほどに熱い。

ζ(゚ー゚*ζ 「おじ様が望むなら、私、なんでもしてあげられるわ」

 デレの小さな手が、ドクオの足を這い、その付け根へと昇ってゆく。
 太ももを裏から内へ撫で上げ、指先は蛇蝎の如くタオルの中へ。
 やはり熱い。羽毛のように軽い手つきが、その熱を別の感触として皮膚に伝えてくる。

ζ(゚、 ゚*ζ 「おじ様?」

 ドクオの反応を伺うために、デレが顔を覗き込む。
 同時に笑みが消え、手も止まった。
 不思議そうな顔はドクオが初めて見た彼女の素直な表情だったように思う。

150 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:27:40 ID:Rci4aPFU0

ζ(゚、 ゚*ζ 「なぜ、そんな顔をしているの?」

 鏡は無いが「そんな顔」の予想は出来た。
 酷い顔だろう。
 怒りよりも、狂気の笑みよりも、人の精神に突き刺さるのは多分、悲しみなの顔なのだ。

ζ(゚、 ゚*ζ 「私、上手では無かったかしら」

 不安げなデレ。ドクオに触れるのをやめタオルの中から手を引いた。
 ドクオは、その華奢な体を掴み、抱え上げる。

ζ(゚、 ゚*ζ 「おじ様?」

 予測外の行動であったはずだが、デレはさほど動じている様子は無い。
 そのまま下着姿の彼女を脇に抱え、窓際のベッドへ。
 直接の陽光があたらないギリギリの場所で足を止め、小さな体をベッドに放り投げる。

('A`) 「……」

ζ(゚、 ゚*ζ 「……」

 ずっと考えていた。
 血を与えれれ、命を救われたその時から。
 この少女が何者なのかを。

 その答えは、予想の範囲を出ないが、恐らく、分かった。

151 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:29:05 ID:Rci4aPFU0

('A`) 「お前を、飼ってやらんことも無い」

ζ(゚ー゚*ζ 「本当?」

('A`) 「だが、いくつか条件がある」

ζ(゚ー゚*ζ 「?」

 吸血鬼には、血を媒介に奇跡を起こす「血刑」のほかにも、人間には無い力がいくつかある。
 その内の一つが、「暗示」だ。
 いわゆる催眠術に近い。信じられぬものを信じさせ、意志と異なる行いをさせる。
 ドクオも少しならば使うことが出来る。吸血鬼の身分を隠すには使い勝手のいいものだ。

 そして、数いる吸血鬼の中には、洗脳と呼べるほど強力な暗示を使う者がいる。
 嘘を信じさせるであるとか、小手先の誤魔化しでは無い。
 相手の人格を、意のままに改ざんしてしまう。
 例えば、少女を攫い自分を慕わせ、血液確保のための家畜にしてしまうようなことも可能なのだ。

 確証はないが間違いない。
 この少女は、『お父様』に洗脳されている。
 元の人格を失うほどの、人としての生き方を忘れるほどの、強く深い暗示を。

 であれば、彼女の行動にも説明がつく。
 吸血鬼を全く畏れぬことも。自ら血を差出すことも。
 売女の真似事を、平然と行うことも
 すべてが、吸血鬼にとって都合のいいことだ。

 デレは作り物の“よう”だったのではない。
 この美しい肉の容れ物の中身は、まさに作り物で、紛い物だったのだ。

152 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:30:12 ID:Rci4aPFU0

('A`) 「まず第一に、前の父様のことは忘れろ」

ζ(゚、 ゚*ζ

('A`) 「いきなり全てとは言わん。だが、今の父様は俺だ。言うことは聞けるな?」

ζ(゚、 ゚*ζ 「はぁい……」

 不満げな顔をしながらも、デレは了承した。
 いくらか思い入れがあるはずの昔の『父』よりも新しい『父』が優先。
 彼女を飼っていた吸血鬼は、自分自身では無く吸血鬼そのものに依存するように彼女を洗脳したのだろう。
 一体何のためにそんな回りくどいことをしたのか、まったくわからない。
 都合の良い家畜にするならば、自分に従うよう調教すればそれで十分だったはずだ。

('A`) 「次に、俺に不用意に触れるな」

ζ(゚、 ゚*ζ 「何故?」

('A`) 「何故も糞もあるか。嫌だからだ」

ζ(゚、 ゚*ζ 「私はおじ様にもっと触れていたいのに」

('A`) 「……」

 こめかみを揉む。
 とことん媚びるように教育されているようだ。
 意識していても、揺らぎそうになる。
 元々甘ったれな子供だったのだろう。名残のせいか他の言葉よりも人間味があり、その分辛いものがある。

153 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:32:22 ID:Rci4aPFU0

('A`) 「ダメなものはダメだ」

 きっぱりと遮断し、ドクオは日陰へ引き上げる。
 ソファには座らない。部屋のドアへ向かった。

ζ(゚、 ゚*ζ 「どこに行くの?」

('A`) 「寝る。昨日からお前に粘着されて疲れた。部屋は勝手に借りるぞ」

ζ(゚ー゚*ζ 「あ、じゃあ!」

 デレがいそいそと駆け寄ってくる。
 また、抱き着こうとしたが、言いつけを思い出したのか数歩手前で急激に立ち止まった。
 少々つんのめるが、転ばずに踏みとどまる。
 一度念を押しただけでこの従順さだ。
 楽でいいが、この素直さを単純に喜ぶことは出来なかった。

ζ(゚、 ゚*ζ 「私も、まだ寝ていないから、ご一緒しても……?」

('A`) 「……お前のベッドはあれだろう」

ζ(゚、 ゚*ζ 「どれが誰のとは決まっていないの。あれは、そう。決まってない」

('A`) 「……」

 しばしの逡巡。
 洗脳されていても子供だ。一人で寝るのが寂しいのは仕方あるまい。
 だが、だからと言って昨日今日会った男と共に寝るのはいかがなものか。

154 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:35:13 ID:Rci4aPFU0

ζ(゚ー゚*ζ 「おじ様が望むなら、夜伽の相手も……」

('A`) 「それはいらん。むしろそれが要らん」

ζ(゚、 ゚*ζ 「えっと、じゃあ……」

('A`) 「血も要らない。昨日貰った分で十分だ」

ζ(゚、 ゚*ζ 「…………」

 吸血鬼のために作られた人格だ。
 そこには常に奉仕の意志があり、何かをねだるには対価を支払うという常識がある。
 甘ったれだが、純粋に甘えることが出来ない。
 多くの子供が当たり前に赦された権利を、この娘は義務と奉仕を果たすことで得てきた。
 自分が支払える対価のすべてを拒絶されては、甘えることすらできなくなってしまう。
 前言撤回。楽では無い。面倒だ。

('A`) 「俺はさっき言った二つ以外何も求めない」

ζ(゚、 ゚*ζ 「……」

('A`) 「だから、勝手にしろ」

ζ(゚、 ゚*ζ 「……?」

('A`) 「一緒に寝たいなら、勝手に来い」

ζ(゚ー゚*ζ 「……」

155 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:37:45 ID:Rci4aPFU0

ζ(゚ー゚*ζ 「地下のお部屋を使いましょう。暗くて涼しくて、とても心地いいの」

('A`) 「どこだ」

ζ(゚ー゚*ζ 「こっちよ」

 ドクオの歩速に合わせ、小走りで先行するデレ。
 キャミソールの肩紐がずり落ちるのを直す動作は、やはり少女離れしている。
 一々艶めかしい。初潮を迎えているかも怪しい少女に、『お父様』は一体何を求めたのか。
 予想は簡単に出来る。湧き上がる嫌悪感を抑え込むことは難しい。

 二階へ上がる階段の下、一見ただの壁に見えるところに、扉があった。
 開けると、冷たい空気と、ほんのり黴の臭い。
 手入れはされているようで埃は無いが、長く時代を経た建物独特の香りだ。
 明りを点け、石組の階段を下りていく。
 はだしの足に冷たさが伝わってくる。ドクオは平気だが、人間のデレには辛いはずだ。

ζ(゚ー゚*ζ 「ね、素敵でしょう」

 もう一枚の扉を開けた先にあったのは六畳ちょっとの小さな部屋。
 燭台を模した照明が壁に四つ備えられていたが、部屋全体に行き届くほどの光量はなく、薄暗い。
 真ん中に置かれた、棺桶を模したベッドが四角い影の塊に見える。

('A`) 「ベッドが一つしかないぞ」

ζ(゚ー゚*ζ 「はい」

('A`) 「……」

156 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:39:50 ID:Rci4aPFU0

 文句を言う気も失せ、ドクオはベッドへ。
 羽毛の布団が掛けられている。体温を維持する必要のない吸血鬼には無用のものだ。
 ここも、少女と共に寝るための床ということか。
 いくらかの嫌悪感を飲み、布団の中へ。
 ゴミ袋を枕に、ゴキブリの足音を子守唄に眠ったことに比べれば、いくらかマシだ。

 目を閉じる。
 小まめに手入れしているのだろうか。
 布団からは特別他者の臭いがしない。
 いい具合に眠気が襲ってきた。
 思えば吸血鬼になってからしばらく、布団で落ち着いて眠ったことは無かったように思う。

 もう少しで眠りに落ちる寸前、意識が少し覚醒する。
 デレが入ってこないことに気づいたのだ。ベッドが一つしかないことにかこつけ、来るものだと思ってたが。
 少し顔を上げて、周囲を見た。
 視野の中に姿は無い。暗いとはいえ、夜目の利くドクオが見逃すということは無いはずだ。

ζ(゚ー゚*ζ 「どうしたのおじ様」

('A`) 「……何をしている」

ζ(゚ー゚*ζ 「出来るだけ傍で、寝ようと思って」

 声は、下から聞こえた。
 ベッドの傍ら、冷たい石の床にデレは横たわっていた。
 下着のみの薄着のままで、体は少し震えている。

157 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:41:23 ID:Rci4aPFU0

('A`) 「……来い」

ζ(゚、 ゚*ζ 「でも、一緒のベッドに入ったら、おじ様に触ってしまうかもしれないわ」

('A`) 「……良いから、来い」

 おずおずと、デレがベッドに這い上がる。
 ドクオは彼女のためのスペースを空け、布団を捲って迎え入れる。
 昨日、ドクオに血を飲ませ、ただでさえ貧血のはずだ。
 その体で床で寝るなど、緩やかな自殺でしかない。

ζ(゚ー゚*ζ 「おじ様、ありがとう」

('A`) 「良いから寝ろ。ガキが隈なんて作ってんじゃねえ」

ζ(゚、 ゚*ζ 「ごめんなさい」

 二人の間に意図的に開いたスペース。
 デレは寝返り一つで落ちそうなほど端に寄り、体を丸めて眠っている。
 胎児のようだ。目を閉じ、眠りに堕ちようとしているこの姿が、最も生きているように見える。
 しばらく彼女の寝顔を見ていたが、ドクオも背を向け目を閉じた。
 静かな時間だ。眠気が優しく頭に靄を満たしてゆく。

158 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:42:14 ID:Rci4aPFU0

    「ねえ、おじ様」

 デレの声。
 まだ眠っていなかったのか。

   「なんだ」

 目を閉じたまま、眠気に惚けたまま応える。
 少し、動く気配がした。

    「お父様って、呼んでもいいの?」

   「……」

    「おじ様は、お父様のことを、嫌っているように見えるから。でも、私は」

   「勝手にしろ」

    「ありがとう、…………お父様」

   「……いいから、寝ろ」

    「はい、お父様」

159 名前:名も無きAAのようです[] 投稿日:2014/03/05(水) 22:43:23 ID:Rci4aPFU0

 終り。


 三行。

 ドクオ
 脅威の
 賢者タイム

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