(゚、゚トソンムジナのようですミセ*゚ー゚)リ

Part2

20 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:06:54 ID:FUwnuIG.0
 

        Place: 草咲市 須赤二丁目 56-1付近  駅裏の小さな公園
    ○
        Cast: 流石兄者 素直クール 松前ショウジ 咲名プギャー 色眼鏡の女 帽子の女
     
   ──────────────────────────―――────────

21 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:09:20 ID:FUwnuIG.0

 死というものに実体が、人としての姿があるのならば、きっと冷たいほどに美しい女なのだろう。
 誰もが抗えず、恐れながらも、どこかで惹かれ、目が合っただけで息を止めてしまう。
 そうでなければ、人はもっと容易く生を永遠にする方法を見つけているはずだ。

「そろそろ観念したらどうだ」

「ま、待ってくれ、頼む。二度としねえから」

 男は叫ぶように、醜い命乞いして見せた。
 両手と額を地面にこすりつけ、必死に慈悲を待つ。
 残念ながら、その後頭部に浴びせられるのが聖なる鉛の銃弾であることを俺は知っている。

「つ、つーかよ、俺はあの女から血を買っただけだろ。殺したわけでも、無理やり奪ったわけでもねえ
 それが何で、あんたらに狙われなきゃならねえんだ。あの女だって、了承の上だ。公正な取引じゃねえか」

「流石君、なぜだと思う?私は上手く言葉に出来ないのだが」

 銃口と視線を男の頭から離さず、彼女は俺に話を振った。
 常に気を付けていなければ、いつ話しかけられたかのかわからない。
 最重要の事柄以外について話すとき、彼女の言葉は無為な雑音に似たやる気の無さを持っている。

「そうですね。金に困っている家出娘に財布をちらつかせてホテルに誘う中年の下種親父に近い嫌悪感を覚えたから、でしょうか」

「成程。概ね同意できる意見だ」

22 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:12:43 ID:FUwnuIG.0

 炸薬が爆ぜるにしては、いくらかくぐもった湿り気のある音。
 銃身が白い煙を吹き出したのに気付いたころには、男の肩から血が噴き出していた。
 男は傷を抑え、叫び声をあげる。
 せっかくのサプレッサーもこれでは意味がない。

「夫が借金を抱え頼る身内も無い主婦にはした金を渡し、血を啜る。
 さて、これは公平な取引だろうか。私には相手の足元を見て、不等価の交換を行う悪しき所業に思えるが」

 再び銃が跳ねる。
 男は先ほどとは逆の肩から血を吹き出した。
 手で傷を抑えることが出来なくなり、地面に体を転がす様は針でつつかれ身もだえする芋虫のようだ。
 クールはそれを無感情な目で見下ろしている。

 彼女の言葉を、勘違いしてはいけない。
 あれはただの音だ。
 大きく深い洞穴を風が流れる時に、呻きのような音が鳴るのと大差ない。
 感情は存在せず、脳のうわべで思いついた適当な文句を、薄い唇の隙間から吐き出しているだけだ。

 義憤も嫌悪も存在しない。
 適当な理由を垂れているだけ。
 人間であることを失った彼女が人間のふりをするために身に着けた特技でしかないのだ。
 この吸血鬼を嬲り殺し出来ることに興奮して、やや饒舌になっている節はあるが。

「素直さん。それくらいにしとかないと。生かしておいたのには理由があるんだから」

「おっとそうだった。おい」

 引金にかかった指が、素早く動く。
 放たれた銃弾は、仰向けに悶える男の太腿に穴を穿った。

23 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:15:12 ID:FUwnuIG.0

「お前、地雷女を知っているか」

 クールの質問は簡潔であった。
 YESかNOのどちらか一つを選べばよい。
 より詳しい話はそのあとからだ。

 しかし、男はのたうち回って聞く耳を持たない。
 だから、むやみに撃つなと言ったのだ。
 俺はこめかみを人差し指で二度掻いてから、足を後ろに振り上げた。

 人工皮の靴で、男の顔面を思いっきり蹴り抜く。
 頑丈なこいつらのことだ。これくらいでは死にはしない。
 ただ、鉛を仕込んだ爪先は、歯を折るくらいは容易く出来る。

「あ、あがっ」

「質問に答えろ。地雷女を知っているか」

「いいね、流石君。悪役ここにありといったところだ」

 男の口から歯が二つ零れた。
 人間のものと似て非なる、長く鋭い犬歯。
 折れた歯の痛みは、撃たれた傷よりも鮮烈だったのか、男が狼狽した目で俺を見上げる。

「地雷、女」

 初めて聞いた、と言わんばかりのトーン。
 どうやら、俺たちの望む答えは持ち合わせてい無いようだ。

24 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:17:55 ID:FUwnuIG.0

「この街にいる吸血鬼なら、知っていると思ったんだがな」

 やれやれ、とクールは男の頭部に二発、心臓に二発弾丸を撃ち込んだ。
 男は、何をされたか理解できなかったのか、突然消えた体の痛みに戸惑った表情のまま、絶命する。
 あっけない。俺は携帯端末を取り出し、担当者に簡潔なメールを送った。

「奴らの中では、それほど有名でもないのか」

「此奴がよそ者なんじゃないですか。この街の吸血鬼なら、個人で血の取引をするような杜撰なマネはしないと思います」

「ま、なんにせよ結局収穫はゼロというわけだ」

 たった今吸血鬼の屠殺に成功したことは収穫では無いらしい。
 道に転がる小石を蹴って避けた程度のことでしかないということだ。

「処理班は?」

「もう呼んでおきました。エミナさんですし、すぐに来るかと」

「流石、流石くんなだけはある」

 言葉は満足気。
 しかし表情とトーンは相変わらずの無感動。
 彼女の下について三か月。やっとこのちぐはぐな感覚になれた。

25 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:19:59 ID:FUwnuIG.0

 クールは背広の内側、脇に取り付けられたホルスターに銃を収めた。
 街中で銃を扱う機会の多い俺たちのために作られた、サプレッサーをつけたまま収納が可能な特注のもの。
 銃も本来よりも銃身を切り詰め、消音機を取り付ける前提の元で設計されている。

 吸血鬼を殺す武器と言えば、杭が印象的であると思う。
 現に俺たちも杭と呼ばれる剣を扱うことが多々ある。
 しかし、あくまで主力となる武器は銃だ。
 文明の利器。神が非力な人間に与えた、悪鬼から身を守るための漆黒の撃鉄。
 実際、杭持ちという組織の発足から最も吸血鬼を屠ったのは、杭では無く鉛の弾丸なのである。

「さて、手がかりがさっぱりなくなってしまった。新しく情報を持っていそうな吸血鬼でも探してみるか」

「崎山がやられた件は、吸血鬼の界隈にも広がっているはずです
 我々が動くことは向こうも想定して動いているでしょうし、まず捕まらないでしょうね。
 仮に捕まえられたとしても、吸血鬼のコミュニティから締め出されたコイツ程度の無能くらいかと」

「まったく、身内を殺されたというのに歯がゆい話だ」

 先ほど駅前のロータリーで受け取ったポケットティッシュでクールは靴に着いた血を拭った。
 人間の者よりも黒が濃く、彼らが異種であることが一目でわかる。
 臭いも、人間の物とは少々異なる。生臭さは弱く、代わりに鉄の臭いが強くなるのが特徴だ。

26 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:22:19 ID:FUwnuIG.0

「ったくよぉ、クーちゃん、街中で殺すなって言ってんだろ。車が寄せられねえじゃねえか」

「君たちがそんなことを我々に要求するから、『杭持ちは街中では殺しをしない』などという
 莫迦らしい噂が吸血鬼の間ではやるんだ。一発撃ち損じて見ろ。奴らは必ず市街地へ逃げる」

「だから、逃がす前に殺せってんだ。またこんなに無駄弾ぶち込みやがって」

 折りたたんだ担架を担いだその男は、クールの顔を見るなり眉間にしわを寄せてそういった。
 死体処理の専門班、咲名プギャー。
 男としてもかなりの大柄で、武器を持たせれば俺よりも吸血鬼殺しが似合いそうな見てくれをしている。

 咲名が現れたのはクールが吸血鬼に止めを刺してから5分ほど経ってからのこと。
 言葉の通り業務用の車両を傍まで乗り入れることが出来ず、用具を持って走ってやってきた。
 汗をかき僅かな息切れを見せながらの、手馴れた作業。
 死体を真っ先に専用の袋に入れ、担架で運び。
 地面に着いた血は土ごと削り取り除染。
 舗装された地面は専用の薬剤を使って洗浄し特殊なポリマーで吸着、箒で掃き集めて袋に詰める。
 いつ見ても感心する速さだ。凄惨な殺人現場だった公園は、すっかり元の長閑な空気を取り戻している。

「次はもっと楽な所で殺せよ」

「ああ、君たちの部署まで連れて行ってから弾をぶち込むようにしよう」

 悪態に皮肉を返され、ケッと唾を吐き捨て咲名は去って行った。
 巨体がずんずんと地面を歩くその姿は、洋画でみた巨大ロボットが闊歩するシーンに似ている。

27 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:25:33 ID:FUwnuIG.0

「さて署に戻りますか?」

「あそこは居心地が悪い。今日は涼しいし、しばらく街を捜索してみよう」

「捜索、ですか」

 それは散策、ではないのか。

「見給え流石くん。ロータリー向かいのクレープ屋がカップルで100円引きだそうだ」

 クールが見せたのはポケットティッシュの袋に織り込まれた小さな広告。
 手作り感のあるそれには、確かに「木曜日はカップルDay(ハート)」と書かれていた。
 既にある一定水準の幸福を得ているアベックにさらに幸福を与えようとは。
 たかが菓子の露店風情が中々業深い。

「行くんですか」

「もちろん。私は甘いものには目も耳も口も無いからね」

「口は残しておきましょう。食えなくなる」

「君はもう少し減らず口を控えたまえ」

28 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:28:22 ID:FUwnuIG.0

 俺を置いて、クールは歩き出す。
 機械のように冷徹かと思えば、突然少女じみたことを口走る。
 ただ、いつ何時聞こうとも、録音した機械音声が再生されるような無機質さであることには変わりない。

「素直さんが行っても、100円引きはされませんが」

「君は、分かった上でそういう嫌味を言うのが悪い癖だな」

「いや、だって」

 クールの言外に込められた意図は、確かに読んでいる。
 俺に恋人のふりをしろというのだ。
 別段抵抗はない。ズルではあると思うが、顔をしかめて注意することでもないだろう。

 ただ、恐らくクールは気づいていない。
 誰もが思いつく程度のズルなど、すでに前提にして条件を付けていることに。

「正規の値段で買う気にはならないが、100円引きとなれば別だな」

 これから会議に向かうのかというほど機微とした足取り。
 低いが堅い踵がタイル張りの地面を叩き、堅い音を立てる。
 几帳面に一定のリズム。録音すればメトロノーム代わりにもつかえそうだ。

29 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:29:45 ID:FUwnuIG.0

「素直さん」

「なんだね」

「見てください。このチラシの隅」

 クレープ屋の前には、それなりの待ち人が並んでいた。
 そもそも人気なのだろう。時刻が夕方であることもあり、学生らしき姿が多く見られる。
 列の最後に着いてひと息をついてから、俺はティッシュのチラシをクールに差し出した。
 疑問の表情であったクールも意味に気づいたのか、表情がなおさら硬くなる。

「ふむ。随分な難題だ」

「だから言ったんです」

「提案がある」

「聞きましょう」

「普段からそういう嗜みをしているということにして、私が思いっきり君を殴る。
 そして君は恍惚の笑みで店員を見る。よだれを垂らすなどすればさらに真実味が増すね。どうだ、完璧だろう」

「いやです」

「いけずめ」

30 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:32:03 ID:FUwnuIG.0

「そもそも、意地が悪い。気づいているのなら、早めに言い出すべきだ」

「どんどん先に行ったのは素直さんじゃないですか」

 俺たちの後ろには、既に別のアベックが並んでいた。
 ここで列を離れるのは、少々みっともない。
 100円引きを不当に獲得しようとし、その条件を知ってすごすご帰る。
 犯罪ではないが、人に後ろ指をさされても文句は言えないだろう。

「割引してもらえない100円分は君が出したまえ」

「いやです」

「死ね」

 一度クレープを食べると決めたからか。
 それとも並んだ列から離れがたくなってしまったか。
 クールはぶつくさと文句を垂れながらも、財布を取りだした。
 黒皮の、ブランド物。
 こんなものを使っていながら割引狙いというのも少々情けない。

 正直愉快だった。
 この女に隙があるとすれば、こういうところだけだ。
 感情を表さなくとも、悔しい文句を吐いているだけで十分面白い。
 財布から取りだした千円札。列はまだ前に三組残っている。
 気が早い。どれだけ楽しみにしていたというのだ。

31 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:33:53 ID:FUwnuIG.0

「私たちレズカップルなんで100円引きお願いしまーす」

「ちょっと、恥ずかしいからそういう適当を大声で言わないでください」

 正当な金額を支払う覚悟を決めたクールと、内心笑いの止まらない俺の耳に、そんな声が聞こえてきた。
 注文にこぎつけた、二つ前の組み。
 大学生ほどの女が二人。店員は意外にもそれほど困った顔はしていない。

 なるほど。100円をケチろうとする浅はかな思考回路は、何もクールばかりでは無い。
 店員もそういった手合いになれているのだろう。
 そしておそらく、そういった単純な客に条件を突きつけ困らせることに、楽しみを見出してすらいる。

「へー、条件とかあったんだ」

「だから言ったんですよ」

「別にいいじゃん」

 賑やかな二人組についつい目を惹かれて、ぼんやりと眺めていると。
 快活な、サングラスの女がもう一人の帽子の女の首に手を回した。
 「あ」と声を漏らしたのは、俺と、前後の客の数人か。
 タイミングは見事に一緒だったと思う。

32 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:38:21 ID:FUwnuIG.0

 大声が影響して衆目が集まる中、サングラスの女がもう一人に顔をよせ、やや強引に唇を重ねる。
 「レズカップル」という発言を詭弁だと捉えていた店員は(俺もだが)いかにも驚愕した表情で硬直していた。
 サングラスの女が横目でそれを確認したのが見えた。
 面白がるように唇と下でもう片方の唇をこじ開け、舌を這いずりこませる。
 抵抗を見せた帽子の女だが、動揺が大きいのか動くことが出来ず手がおろおろしている。不憫だ。

 周囲も、どよめいている。
 並んでいる間に見ていたが、実際のアベックも精々唇で小突き合う程度の口づけばかりだった。
 衆目の前で舌を絡めるというのは、交際事実の有無以前の問題だろう。

「はい。これでおっけーだよね」

「バカですか、あなたは。100円以上の損失ですよ、こんなの」

 ともあれ、彼女らは店の出した「店員の目の前でキスをする」という条件をクリアしたわけだ。
 クレープと引き換えに確りと100円引きされた代金を支払い、二人組は、特に帽子の方は逃げるように去って行った。
 唐突なことで、カメラで写真を撮る者こそいなかったが、恐らくどこかしらに書き込みはされるだろう。
 現に、まるでスクープを掴んだ週刊誌の記者かと思うほどの必死さで携帯電話を操作している者が見られた。
 下世話さで言えば、記者なんぞよりもさらに下等な趣味かもしれない。

 俺が素性知らぬ帽子の彼女に同情していると、クールがするりと列を抜けた。
 目が、仕事中のものに戻っている。

「どうしたんです、素直さん」

「君はバカか、さっきの色眼鏡の女。あれは地雷女だ」

「えっ」

33 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 14:39:38 ID:FUwnuIG.0

 終り。


 長文が読めない人用三行

 キッスの
 価値は
 100円です

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